なにもなかった。
 はじめから、いなかった。

 それが、こんなにつらいとは、思わなかった。


 舞台は、1回限りの、リアルタイムのエンターテインメントだ。やり直しはきかないし、言い訳も出来ない。
 撮り直しや編集を重ねて最高の物にした映画やテレビドラマなどとはチガウ。たとえなにかアクシデントがあっても、不本意な出来であっても、それがすべてだ。そのとき創り上げたモノが「最良」。
 一期一会、二度とない、ただ一度だけ存在し、消えてなくなる。役者とスタッフ、そして観客は「同じ時」を共有し、すなわちそれは「人生」の一片となる。二度とないからこそ、取り返しがつかないからこそ、意味がある。

 雪組『Shall we ダンス?』『CONGRATULATIONS 宝塚!!』宝塚大劇場公演には、まっつがいなかった。
 ケガによる、全休演。

 組3番手スターが全休演なんて、わたしのヅカヲタ人生でも同じ事例の記憶がない。
 (トップスターの全休演や、番手スターの部分休演はあったが、それとは違う)

 大きな出来事だと思う。
 大変なアクシデントだと思うが、実際にはじまった公演では、まっつ休演については、一切触れられなかった。

 初日の挨拶でも、各種インタビューでも、スカステ内の番組でも。
 まっつが3番手として堂々と載っている公演プログラムのみ、訂正用紙が挟んであった。
 大劇場では入口など数カ所に、プログラムに挟んであった用紙の拡大版が貼ってあったが、なにしろプログラムの訂正用紙と同じ書式だから、掲示目的にしてはあまりに地味っちゅーか、目立たない。必要だから貼っているだけで、宣伝したいわけではないんだろう。ちなみに、今上演中の『眠らない男・ナポレオン』のプログラムの表記ミスの訂正文と同じ掲示の仕方だ。ミスプリと同格。

 劇団の希望というか、方針としては、休演者などいない、公演は完璧な形で行われているということなんだ。

 当たり前だな。たとえばシンプルに「販売品」「商売」として考えた場合、「予定していた部品が入手できなかったんで、急遽別の物で間に合わせた、新作の電子レンジです、さあ買ってください」と、メーカーがわざわざ宣伝するはずもない。
 「予定していた部品とチガウ? なんのこと? 最初からこの形で販売予定でした、これが完璧な形です!」ってことにしなきゃおかしいし、買ってくれた人に失礼。

 舞台はもちろん家電とは違う。予定していたキャストでないからといって、クオリティが下がるとは限らない。
 出演しているキャストが、最上の物を創り出している。同じモノが二度とない以上、今現在ある物が、いつも「最上」。それが現状であり、事実なのだから、休演者の有無など関係ない。誤表記にならない程度の掲示だけして、あとは「なにもなかった」。

 これがトップスターならば、そうはいかない。この興行を背負っているのがトップスターだからだ。
 タカラヅカはスター制度の劇団なので、トップ休演は「なにもなかった」ことにはしない。
 代役のスターがどれだけすばらしいパフォーマンスをし、すばらしい舞台を務めたとしても、別問題。
 『サザエさん』のイベントをします、とチケットを売ったあとで、「『サザエさん』の版権が取れず、急遽『ちびまる子ちゃん』のイベントに変更になりました。どっちも同じくらい人気の同じくらいすばらしいアニメだから、いいですよね」が通らないようなもん。どっちがすばらしいかとかの問題じゃなく、「チガウ」ことが問題。
 トップ休演については、アナウンスが徹底していたはずだし、インタビュー記事などでもそのことに触れていた記憶がある。

 トップスター以外の休演は、よくある。
 大きな役の付いていない下級生から、組内で重要な役割を持つ上級生まで。全休演もあれば、部分休演・演出変更など、いろんなパターンで存在する。
 が、この場合特にアナウンスはない。HPでの発表と、プログラム表記とチガウ場合はその訂正程度。
 もちろんスターたちのインタビューでも、初日・楽の挨拶でもいちいち触れない。

 まっつはトップスターではないので、この「一出演者の休演」と同じ扱いだ。
 最近の例でいうと、花組のじゅりあ休演のときも、トップや他のスターたちが、スカステのニュースやトーク番組、新聞雑誌のインタビューで「休演しているじゅりあさんが……」と話題に出すことはない。
 同じ舞台に立っていた・立つはずだった以上、「いるはずの人がいない」ために起こる混乱や苦労、感情はあるだろうけど、それは一切口外しない。
 「なんの変更もアクシデントもなかった。最初からこの形だった」というスタンスで通す。

 舞台は一期一会、今、ある形がすべてだ。
 そこに言い訳など存在しない。

 過去の例からしても、まっつが全休演する、という時点で、そうなることはわかっていた。

 だが。

 わかっていたことと、実際にそれを体験することは、別だ。

 複数日の稽古場映像を流すのが慣例の「プロダクション・ノート」も、まっつがいた時期の映像は流さない。
 代役は本人も周りも大変だったろうに、トークとして盛り上がる苦労談もあるだろうに、そのエピソードは「NOW ON」でも誰も話さない。

 販売DVDをはじめ、大劇場で撮影されるさまざまなメディアに一切映らないことは仕方がないが、東宝公演での撮影になる『TAKARAZUKA CAFE BREAK』すら、まっつは出演メンバーからはずされた。
 3番手ではずされた人を近年見たことがないので、やはり大劇場休演が理由だろう。
 出演者決定時期が休演中であった場合、その後東宝公演で復帰が決まっても、最初の企画を覆せない……そういうことかと思う。

 また、休演後に撮影されたと思えるスカステの「新春メッセージ」でも、休演についてのコメントは「リセットできる時期」という言葉止まりで詳細には触れられなかった。「2013年を振り返る」上で、もっとも大きな出来事だろうに、それに触れないのは、劇団的に「触れて欲しくない」と思っているんだろうなと思った。
 もしも今トーク番組に出演すれば、どうしても休演の話題が出る。『TAKARAZUKA CAFE BREAK』に出られるはずもない。

 まるでナニかの忌み語のように、タブーのように、細心の注意を払って「休演などナイ」とされている。
 休演者などいないのだから、未涼亜希という人も、最初からいない。

 仕方がない、ソレが当たり前だ……そう思いながらも、ただ、つらかった。

 だからこそ、東宝初日、わざわざえりたんが「雪組全員揃って」と強調してくれたことがうれしかった。
 タブーに触れない、ぎりぎりのところで、まっつの復帰を祝ってくれた。
 ありがとう、えりたん。

 そして。
 まっつがいないことのつらさとは別に。

 なにもなかった。
 はじめから、いなかった。

 そう扱われることが、つらかった。

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