『心中・恋の大和路』初日のまっつは、とにかくまっつらしくなかった。
 ナニをもって「まっつらしい」とするかは個によってチガウだろう。
 あくまでも、わたし個人の思い込み所以。

 地味だけど、空気を大切にした堅実な芝居をする人。実力ゆえにスタンドプレイもできるはずだが、決してしない。役目忠実。身についた脇芝居。真ん中の邪魔をしない。全霊を挙げて、主演を支える。
 ストライカーにパスをつなぐ名アシストみたいに。

 真ん中に立つまっつも好きだけど、(劇場のサイズはともかく)真ん中もいけると思っているけれど、それとは別に、今のまっつは主役ではないのだから、彼の立ち位置で、助演として舞台を引き締める役者っぷりに、わたしは惚れ込んでいる。

 涙を流すことで哀しみを表現するのではなく、技術で泣いていることを表現する人。
 「タカラヅカ」は技術よりも感情優先をよしとするきらいがあって、泣いている演技が出来ることより、舞台で大泣きしてみせる方が、観客の感情を揺さぶったりする。「**ちゃん、泣きながら歌ってたね」「もらい泣きしちゃったー」てな。
 感情に任せた方がわかりやすくて好まれるのに、がんとしてそれをしない。
 スターというより、職人。

 だから。
 初日の空気を読まない真ん中芝居と、感情まかせのラストの絶唱に、腰を抜かした。
 混乱しまくった。

 なんてこったい。どーしちゃったんだ、まっつ。
 こんなぶっ飛ばした芝居や、歌い方が、出来たのか。
 幕が下りたあと、席を立つ人々みんなが「まっつすごい」とまっつのことを話題にする、そんな派手な芸風ぢゃなかったはず。

 むーん。

 新しい、まっつ。
 こんな、タカラジェンヌにありがちなぶっ飛び方をするまっつ。
 研17にして。
 こーゆーのは新公主演あたりで済ませておくことだと思うんだが。
 10年遅いよ……(笑)。

 えりたんをすごいと思うのは、なんといってもあの揺るがなさ。
 まっつがまっつらしくないのに、気にせず、唯我独尊。
 まっつが暴走したくらいじゃ、びくともしないわ……。

 まっつの違和感は、すぐに答えが出た。
 まっつらしくない「真ん中芝居」をしている。主役ならそれでいいけど、まっつ、主役じゃないし。
 なんでこんな押しつけがましい俺様芝居をしているのかはわかんないが、違和感はそこにあるとわかった。

 答えが出たらわたしの気持ちも落としどころを見つけるし、翌日からはまっつも落ち着いたのか、初日ほど飛ばさなくなった。
 アタマを抱えることなく、ふつーに見ることが出来る。

 なんつってもわたしが「慣れた」こともあるだろう。
 だってわたしはまっつヲタ、まっつしか見てないし、まっつのいいところしか拾わない。
 疑問や違和感も、全部アリだと肯定してしまう。

 てことで、まっつのことは早々に片が付いた。
 問題は、えりたんだ。

 えりたんへのこの違和感……これはどうしたもんか。
 答えが出ないまま観劇を重ね公演を楽しんでいること、高いクオリティの作品だと感心してしていることとは別に、途方に暮れていた。

 そして、わたしがたどり着いた答えは。

 わたしが求めているえりたんは、コレジャナイ。

 それは、わたしが求めている忠兵衛、わたしが求めている『心中・恋の大和路』はコレジャナイ、ということだ。

 なんというか……。
 えりたんの忠兵衛は、あまりに、えりたんだ。
 忠兵衛を演じているえりたん、という図が見える。
 立ち方や顔の角度、表情のつけ方、それは忠兵衛なのではなく、忠兵衛を演じているえりたん。
 忠兵衛ならこうするだろう、こういうポーズ、こういう角度でこうやる……思い出すのは『ベルばら』の「今宵一夜」だ。ポーズが決まっていて、それが現実的がどうかではなくまず「型」があって、あとはその「型」を演じる役者の個性を楽しむ。

 型ありきだから、感情主体じゃない。
 そしてえりたんは、植爺芝居任せろのヅカ歌舞伎得意。
 なんかすっげー、「型、やってます!」「歌舞伎、やってます!」感……。

 わたしが見たかったのは、決められたポーズをするえりたんではなく、えりたんゆえにそのポーズになるえりたん、だ。

 そっか……なまじ名作様の再演だから、えりたんの自由にはならないんだ。
 型にはめられてしまうんだ。
 そしてえりたんは型にはまる人じゃないから、こんな微妙なことになっちゃうんだ。

 加えて思い出すのは、えりたんは別に、芝居がうまい人ではなかったんだよな、ということ。
 スターとして、トップとしての見せ方、はったりを得ているため、スターがやるべき大抵の役はなんとかしてしまうけれど、もともと芝居が得意な人じゃない。『DAYTIME HUSTLER』とか、その大根っぷりにアタマを抱えたよなー。
 いやその、ヘタレ美形役ってことで、観ていて今回、やたら『DAYTIME HUSTLER』を思い出して(笑)。

 「タカラヅカ」のスターに必要なのは、地味に芝居が巧いことより、はったりがきくことだ。
 えりたんは美貌と華の人。なにがうまいわけじゃないが、「スター」という才能のある人。
 その明るさで、周囲を照らすことの出来る人。

 ナニをもって「まっつらしい」とするか。
 ナニをもって「えりたんらしい」とするか。

 これはあくまでも、わたし個人の感覚。

 忠兵衛を演じるえりたんには、終始「コレジャナイ」感を抱いていた。

 それでも、作品として成立させてしまうからすごい。
 まっつとはあうんのやり取りをしてみせるし。

 すごいと思う。
 面白いと思う。

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