タカラヅカにおけるダブル主演は大人の事情。
バウ主演をしてもおかしくない立場、だけど劇団的に主演の実績を与えたくない上級生と、バウ主演をするだけの実力その他もろもろには欠けるけれど、劇団的に主演の実績を与えたい下級生。
上級生側は「本来なら主演出来なかった」のに半分だけとはいえ主演できるし、下級生側は「主演する実力(技術・集客力含む)はない」のに半分だけとはいえ主演できる。
大人の事情丸出しだけど、わたしはWin-Winの関係だと思う。
だって以前の劇団は、主演させたくない生徒にはどんだけ需要があっても絶対させなかったし、人気のまったくない生徒にがらがらの客席相手にえんえん主演させ続ける、という誰の得にもならないことを強行し続けていたんだもの。
バウホールのがらがらはつらいよ? 劇場が小さくて舞台と客席の距離が近いだけに、やっている生徒も観に来ている観客も、いたたまれない空気があるから。ほんとに。頼むよ。あの規模の劇場を売り損なうとか、それはプロデュースする側の責任だろ。
てことで、ダブル主演歓迎。
それも「ふたりが主役」のダブルじゃなく、興行期間をふたつに割ってのダブル形態がいい。
主演ふたりは、脚本を書ける人がいないのでやめとけ。
主人公ひとりでもまともに書けない場合が多いのに、ふたりとかマジ無理。無理なことはしなくていいっす。
演出家にとっては「うまく出来なかった。でもま、次がんばればいいや。てへっ」かもしんないけど、ダブル主演という微妙なバウ公演が当たる生徒(の片割れ)にとっては、「生涯でただ一度の機会」である場合が多い。習作は他でやってくれ、出来ないことはしなくていい。
いつか自在に「主役が何人でも書ける」筆力を得たら、好きなだけやってくれ。
ふたりが同時に主人公とされるダブル主演は、大抵の場合は「主演はひとり。もうひとりは2番手相当の比重。フィナーレだけふたりで登場してお茶濁し」になっている。
そんなら最初から公演をふたつに割って、それぞれ単独で「主人公ひとり」、あとは別の子を「比重が高くておいしい2番手」の方がいい。下級生にもチャンスが2倍になる。
てことでか、一時期劇団はこの2チームに分かれてのダブル主演バウをやりまくった。
しかし、これが大変。
主演の学年に合わせて出演者を配分するため、肝心の下級生主演チームにはさらに未熟なひよっこちゃんばかりになってしまう。舞台経験もそんなにないし、ビジュアルも磨かれてないし、無名ゆえにファンも少ないし、必然的に技術もなくて舞台クオリティは上級生チームより劣るし。
せっかく同じ作品を別キャストでやるのに、片方のチームだけ満員御礼、片方は絶賛発売中。
これじゃいかん。
てことで、そこからさらに進化した2チームでのダブル主演。
ひとつの物語のバージョン違い。2作両方観ることで完結する物語。
これはいいね!
これなら、両方観る人が増えるね!
ダブル主演にすることで、本来なら主演できない人も出来た。
2チームにすることで、倍の人数に役が付いた。
さらに、2チーム両方観ざるを得ない仕掛けをして、集客の手助けをした。
進化してるよ、ワークショップ。
わたしはこういう進化は歓迎です。
ただ、問題は。
複数作にわたる仕掛けのある、複雑なプロットを作ることが、演出家に出来るのか?
という一点に尽きます。
なにしろ直近のこのテの作品が大駄作『灼熱の彼方』だからさー……。
あれほどひどいモノはふつーの人には書けないと思うので、野口せんせがふつーの人なら大丈夫だと思う。
『A-EN』ARTHUR VERSIONは、他愛なくネタだけで終始した作品だった。
あちこち粗いという雑なんだけど、萌えネタ優先、ファンサービス優先の姿勢はアリだと思う。
ARI VERSIONと合わせて、どうひとつの作品として昇華するのか、楽しみだ。
バウ主演をしてもおかしくない立場、だけど劇団的に主演の実績を与えたくない上級生と、バウ主演をするだけの実力その他もろもろには欠けるけれど、劇団的に主演の実績を与えたい下級生。
上級生側は「本来なら主演出来なかった」のに半分だけとはいえ主演できるし、下級生側は「主演する実力(技術・集客力含む)はない」のに半分だけとはいえ主演できる。
大人の事情丸出しだけど、わたしはWin-Winの関係だと思う。
だって以前の劇団は、主演させたくない生徒にはどんだけ需要があっても絶対させなかったし、人気のまったくない生徒にがらがらの客席相手にえんえん主演させ続ける、という誰の得にもならないことを強行し続けていたんだもの。
バウホールのがらがらはつらいよ? 劇場が小さくて舞台と客席の距離が近いだけに、やっている生徒も観に来ている観客も、いたたまれない空気があるから。ほんとに。頼むよ。あの規模の劇場を売り損なうとか、それはプロデュースする側の責任だろ。
てことで、ダブル主演歓迎。
それも「ふたりが主役」のダブルじゃなく、興行期間をふたつに割ってのダブル形態がいい。
主演ふたりは、脚本を書ける人がいないのでやめとけ。
主人公ひとりでもまともに書けない場合が多いのに、ふたりとかマジ無理。無理なことはしなくていいっす。
演出家にとっては「うまく出来なかった。でもま、次がんばればいいや。てへっ」かもしんないけど、ダブル主演という微妙なバウ公演が当たる生徒(の片割れ)にとっては、「生涯でただ一度の機会」である場合が多い。習作は他でやってくれ、出来ないことはしなくていい。
いつか自在に「主役が何人でも書ける」筆力を得たら、好きなだけやってくれ。
ふたりが同時に主人公とされるダブル主演は、大抵の場合は「主演はひとり。もうひとりは2番手相当の比重。フィナーレだけふたりで登場してお茶濁し」になっている。
そんなら最初から公演をふたつに割って、それぞれ単独で「主人公ひとり」、あとは別の子を「比重が高くておいしい2番手」の方がいい。下級生にもチャンスが2倍になる。
てことでか、一時期劇団はこの2チームに分かれてのダブル主演バウをやりまくった。
しかし、これが大変。
主演の学年に合わせて出演者を配分するため、肝心の下級生主演チームにはさらに未熟なひよっこちゃんばかりになってしまう。舞台経験もそんなにないし、ビジュアルも磨かれてないし、無名ゆえにファンも少ないし、必然的に技術もなくて舞台クオリティは上級生チームより劣るし。
せっかく同じ作品を別キャストでやるのに、片方のチームだけ満員御礼、片方は絶賛発売中。
これじゃいかん。
てことで、そこからさらに進化した2チームでのダブル主演。
ひとつの物語のバージョン違い。2作両方観ることで完結する物語。
これはいいね!
これなら、両方観る人が増えるね!
ダブル主演にすることで、本来なら主演できない人も出来た。
2チームにすることで、倍の人数に役が付いた。
さらに、2チーム両方観ざるを得ない仕掛けをして、集客の手助けをした。
進化してるよ、ワークショップ。
わたしはこういう進化は歓迎です。
ただ、問題は。
複数作にわたる仕掛けのある、複雑なプロットを作ることが、演出家に出来るのか?
という一点に尽きます。
なにしろ直近のこのテの作品が大駄作『灼熱の彼方』だからさー……。
あれほどひどいモノはふつーの人には書けないと思うので、野口せんせがふつーの人なら大丈夫だと思う。
『A-EN』ARTHUR VERSIONは、他愛なくネタだけで終始した作品だった。
あちこち粗いという雑なんだけど、萌えネタ優先、ファンサービス優先の姿勢はアリだと思う。
ARI VERSIONと合わせて、どうひとつの作品として昇華するのか、楽しみだ。
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