わかりやすい歌ウマは、わかりやすく話題をかっさらうのだ。

 新人公演『ガイズ&ドールズ』を観て思う。
 観劇後の人々が口々に「まあやちゃんすごい」と言いながら歩いていることについて。

 以前、『心中・恋の大和路』でも同じよーなことがあった。幕が下りたあと、人々が口にするのは「まっつすごい」で、それは彼の歌がわかりやすくすごかったからだ。
 ミュージカルで歌ウマさんが本気でぶっ飛ばすと、公演の印象を偏らせてしまうんだ。
 歌の力はそんだけ大きく、わかりやすい。

 『心中・恋の大和路』のときのまっつはらしくもなく空気を読まない芝居をしていて、ラストの大ナンバーも「作品の中の1曲」ということより、別の次元で歌っていた。その歌声はものすごくて、いいもん聴いたと思うけど……「作品」には合ってなかったと思う。
 歌ウマさん、ブレーキング大事。そう思った。

 まあやちゃんのアデレイドを観て、そんなことを思い出した。
 まあやちゃんの歌は「わかりやすくすごい」。だから、作品の印象を変えてしまう。

 まあやちゃん無双。

 ことちゃんが脇に回ったこの公演、まあやちゃん無双になるんじゃないかなと思っちゃいたが、ほんとにそうだった。
 全部吹っ飛ばしてひとり勝ち。

 たまにいるよね、こういうタイプ。
 ええ、近くにいるじゃん、星組。みっちゃんがまさにこのタイプ(笑)。
 みちこVSまあや観てみてええ、とニラニラしました。どっちも譲らないから摩擦部分から火花散るのかなとか。
 ただ、経験から圧倒的にみっちゃんが上だから、勝敗はわかっちゃいるんだが、その火花具合は観客には愉快なものだろうなと。ハイクオリティな応酬ですもの。

 とりあえず、まあやちゃんのアデレイドは新公の中で浮いてしまう出来でした。
 周囲の子たちとのバランス悪い。

 役者ならば合わせなきゃいけないんだけど、新公だからこそ合わせずに存分にやってくれてよしとも思う。たった1回の限られたチャンスに、周囲に合わせて実力セーブして、セーブした実力をMAXだと誤解されたら切ないもんな。
 それに、突出したひとりに引っ張られて、全体のクオリティが上がったりするし。新公の一か八か空気は好きよ、ミラクルな可能性。

 なんにせよ、アデレイドを娘役がやるとこうなるのか!! と、新鮮でした。
 2002年の『ガイドル』本公新公含め、娘役の演じるアデレイドははじめて観た。(02年『ガイドル』時点でるいるいは男役)

 タカラヅカによくある、クラブの色っぽい女の子だった。本来は下品な役なのかもしれないけれど、タカラヅカ比での下品さでちゃんと不快感のないラインでまとめてある、よくあるアレ。
 すでにカタチのあるモノにあてはめてるだけだから、とてもわかりやすかった。

 わかりやすいというのは、いいこと。余計な疑問に思考を取られることなく、あるがままを受け止められる。そして、歌声を堪能できる。

 まあやちゃんはすでに出来上がっているのかな。
 タカラヅカの娘役としてはまだ発展途上としても、舞台人としてのスキル部分は。
 入団前にどっかの劇団にいたとか? なんか、役の作り方とか舞台での居方がタカラヅカとは別の計算式で瞬時に答えを出せる回路がすでに備わっているみたい。
 彼女が無双になっちゃうのって、その別の計算式を使ってるからかも? 他の子たちが紙に数字を書き連ねていちいち計算していってるのに、まあやちゃんひとり式に当てはめてさっさと解答している感じ。

 ソレはそれで面白いので、この子がこれからどうなるのか楽しみだ。
 てゆーかみっちゃんと絡むのが観てみたいなあ。別箱でもなんでもいいから、芝居で絡まないかしら。


 ヒロインのサラ@キサキちゃんには、新たな発見は特になし。相変わらずかわいかった。

 ただ、作品的に難しかったかなと思う。
 『ガイドル』は、スカイに包容力が必要。リカくら、みち風と劇団が「大人の男役」「がくんと学年の離れた若い娘役」にやらせているのは、そういうこともあるだろう。
 スカイが百戦錬磨で、その手の内で小娘サラを転がして、だけど本気になっちゃって最後は逆転、という話だから。

 初主演でいっぱいいっぱい、周囲を見回す余裕のないせおっちと、ヒロイン経験十分でそれゆえの落ち着きを持ったキサキちゃんでは、役割が逆。
 今回の新公は、キサキちゃんにとってヒロイン力をあまり発揮できない作品と役だったなという印象。

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