なにかを選ぶということは、他のすべてを捨てるということ。@ドン・ジュアン
2016年7月12日 タカラヅカ そしてついに、『ドン・ジュアン』最後の日がやって来た。
DC千秋楽。
千秋楽は全体を観て、海馬と心に刻み込むのよ……と、思っていたの。
この作品が好き。物語が好き。
フィクション好きの者として、最後に全体を観て、わたしの血肉とするのよ。
と、思っていたのに。
2列目を、サバキで手に入れてしまった。
DC初日に引き続き、なんつー強運。
DC初日もサバキ待ちで埋まった劇場前で、たまたま声をかけてもらえて、7列目センターなんつー神席で観ることが出来た。
もうそれが最初で最後、そんな幸運は二度とめぐってこないとハナからあきらめていたのに。
最後の最後に2列目て……!!
センター寄りのサブセン。DCは舞台が低くて座席のすぐ前にあるから、1~2列目って出演者が触れそうなくらい目の前に見える、すげー席。
そう、目の前。
つまり、キャストばかり見えて、舞台全体は見えなくなる。『リンカーン』のときに最後の星条旗がカケラも見えなかった・わからなかった。『アル・カポネ』だってタルの中が見えなかったわ。
舞台全体を観たいなら、選んではいけない席。
出演者の顔しか見えないよーな席。
わたしは、この『ドン・ジュアン』という作品が、物語が好きで、それで、最初と最後は作品全体を味わおうと決めて……。
…………。
一瞬、迷った。
迷った。ほんの一瞬。たかが一瞬。されど一瞬。
ええ、譲っていただきましたとも。あわてて財布出した。現金入っててよかった、自分がいくら持ってるかも意識してなかった。
や、サバキ待ちしてたわけじゃなかったの。劇場入る前に隅っこで立ち止まってメールしてたの。でもこんなわたしに声掛けてもらえた! 神! 神ですか!!
んで、自分のチケットはすぐさま他の人にさばいた。真ん中通路上のセンター、全体を観やすい席。めちゃよろこんでくれた、いやいや、わたしの方こそありがとう、助かりました。
舞台全体より、だいもんを取っちゃった。
作品よりも、だいもんを取っちゃった。
だいもんガン見したい!! という、それだけの欲が勝ってしまった。
作品好きだって言ったくせに~~。物語好きだって言ったくせに~~。
いやはや。
前言撤回、お恥ずかしい。人生矛盾に満ちている。
もー、むっちゃドキドキして2列目に坐ったわ。『アル・カポネ』は超前方でしか観たことなかったくらいなのに(後方で観てみたくて、あとから入手したくらい)、この公演はほんっとにチケ運に見放されていて。
前方で観たことなかったの。
この公演こそ、前で観たかったのに。
全体とか物語とか手放して、気になるキャラクタひとりをガン見してみたかった。
もっと思う回数観られていたなら、他の人を観るのもいいけれど。
唯一の機会だもの。
ドン・ジュアン@だいもんを視る。
他は手放す。
二兎は追えない。
わたしが「視たい」「識りたい」いちばんの人、主人公ドン・ジュアンを視る。
ドキドキしながら。
偏頭痛起こしそうなくらい、集中して。
ドン・ジュアンを理解しようとは思わない。
ただ、魅せられて。
惹きつけられて。
その豊かな歌声を、饒舌な声音を、表情のひとつひとつを、注視し続ける。
なんかずっと、ドキドキしていた。
何故こうも動悸が激しいままなのか、わからない。
終わってしまう。
消えてしまう。
なくなってしまう。
たぶん、そのことにずっと、煽られていた。
待望の座席、切望した画面を堪能しながら。
今ここにあり、そして、消えてしまう「舞台」というものを、惜しみ、愛しさに身を灼いていた。
最後の最後にこんな画面を得て。
せ、せめてもう1回猶予があるときでなきゃ、無理。許容量限界起こしてる、受け止めきれない。
最初の最後で全部得なければ、って、焦燥感でおかしくなりそう。
苦しい。ちょっとマジ苦しい。
幕間に鎮痛剤飲んで、糖分取って、貧血起こさないよう予防線張って。
大好き。
苦しいほど好きなモノに出会えた。
大好き。
そしてそれほど大切なモノを、今、失おうとしている。
大好き。
だから、苦しい。
…………ぜえぜえ。
年寄りには過ぎた快楽じゃ……消耗したわー……。
若いときはもっと、余裕を持って受け止められた気がするのだけど。
でも舞台はいつだって一期一会、そのときのわたしが出会えたモノがすべて。
今の老いたわたしが受け止められるものを、精一杯浴びるだけ。
衰えた脳と心でナニを得られたかわかんないけども、とりあえず。
ラストシーンの「だいもん」が脳裏に焼き付いた。
……てことで、翌日欄へ続く。
DC千秋楽。
千秋楽は全体を観て、海馬と心に刻み込むのよ……と、思っていたの。
この作品が好き。物語が好き。
フィクション好きの者として、最後に全体を観て、わたしの血肉とするのよ。
と、思っていたのに。
2列目を、サバキで手に入れてしまった。
DC初日に引き続き、なんつー強運。
DC初日もサバキ待ちで埋まった劇場前で、たまたま声をかけてもらえて、7列目センターなんつー神席で観ることが出来た。
もうそれが最初で最後、そんな幸運は二度とめぐってこないとハナからあきらめていたのに。
最後の最後に2列目て……!!
センター寄りのサブセン。DCは舞台が低くて座席のすぐ前にあるから、1~2列目って出演者が触れそうなくらい目の前に見える、すげー席。
そう、目の前。
つまり、キャストばかり見えて、舞台全体は見えなくなる。『リンカーン』のときに最後の星条旗がカケラも見えなかった・わからなかった。『アル・カポネ』だってタルの中が見えなかったわ。
舞台全体を観たいなら、選んではいけない席。
出演者の顔しか見えないよーな席。
わたしは、この『ドン・ジュアン』という作品が、物語が好きで、それで、最初と最後は作品全体を味わおうと決めて……。
…………。
一瞬、迷った。
迷った。ほんの一瞬。たかが一瞬。されど一瞬。
ええ、譲っていただきましたとも。あわてて財布出した。現金入っててよかった、自分がいくら持ってるかも意識してなかった。
や、サバキ待ちしてたわけじゃなかったの。劇場入る前に隅っこで立ち止まってメールしてたの。でもこんなわたしに声掛けてもらえた! 神! 神ですか!!
んで、自分のチケットはすぐさま他の人にさばいた。真ん中通路上のセンター、全体を観やすい席。めちゃよろこんでくれた、いやいや、わたしの方こそありがとう、助かりました。
舞台全体より、だいもんを取っちゃった。
作品よりも、だいもんを取っちゃった。
だいもんガン見したい!! という、それだけの欲が勝ってしまった。
作品好きだって言ったくせに~~。物語好きだって言ったくせに~~。
いやはや。
前言撤回、お恥ずかしい。人生矛盾に満ちている。
もー、むっちゃドキドキして2列目に坐ったわ。『アル・カポネ』は超前方でしか観たことなかったくらいなのに(後方で観てみたくて、あとから入手したくらい)、この公演はほんっとにチケ運に見放されていて。
前方で観たことなかったの。
この公演こそ、前で観たかったのに。
全体とか物語とか手放して、気になるキャラクタひとりをガン見してみたかった。
もっと思う回数観られていたなら、他の人を観るのもいいけれど。
唯一の機会だもの。
ドン・ジュアン@だいもんを視る。
他は手放す。
二兎は追えない。
わたしが「視たい」「識りたい」いちばんの人、主人公ドン・ジュアンを視る。
ドキドキしながら。
偏頭痛起こしそうなくらい、集中して。
ドン・ジュアンを理解しようとは思わない。
ただ、魅せられて。
惹きつけられて。
その豊かな歌声を、饒舌な声音を、表情のひとつひとつを、注視し続ける。
なんかずっと、ドキドキしていた。
何故こうも動悸が激しいままなのか、わからない。
終わってしまう。
消えてしまう。
なくなってしまう。
たぶん、そのことにずっと、煽られていた。
待望の座席、切望した画面を堪能しながら。
今ここにあり、そして、消えてしまう「舞台」というものを、惜しみ、愛しさに身を灼いていた。
最後の最後にこんな画面を得て。
せ、せめてもう1回猶予があるときでなきゃ、無理。許容量限界起こしてる、受け止めきれない。
最初の最後で全部得なければ、って、焦燥感でおかしくなりそう。
苦しい。ちょっとマジ苦しい。
幕間に鎮痛剤飲んで、糖分取って、貧血起こさないよう予防線張って。
大好き。
苦しいほど好きなモノに出会えた。
大好き。
そしてそれほど大切なモノを、今、失おうとしている。
大好き。
だから、苦しい。
…………ぜえぜえ。
年寄りには過ぎた快楽じゃ……消耗したわー……。
若いときはもっと、余裕を持って受け止められた気がするのだけど。
でも舞台はいつだって一期一会、そのときのわたしが出会えたモノがすべて。
今の老いたわたしが受け止められるものを、精一杯浴びるだけ。
衰えた脳と心でナニを得られたかわかんないけども、とりあえず。
ラストシーンの「だいもん」が脳裏に焼き付いた。
……てことで、翌日欄へ続く。
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