みにくいアヒルの子と同じ、元から別モノ。@アイラブアインシュタイン
2016年9月19日 タカラヅカ わたしがこの『アイラブアインシュタイン』を観て、初お目見えの新人演出家の谷貴矢先生に対して抱いた、いちばん端的な、最大の感想は。
バカなの?
……だった。
すんません、自分もバカなくせに、ナニ言ってんだか。でも、バカだからひとさまをバカだと思わないわけもなく、いやひとさまをバカだと思うこと自体がバカの証明、アタマいい人はひとさまにそんなこと言いません……って、めんどくさいなヲイ、とにかく、自分のことは棚上げして、シンプルにそう思ったのよ。
「アンドロイドに感情はあるのか?」というテーマだったり、「アンドロイドと人間の対立」だったり、「アンドロイドの軍事利用」だったり、「アンドロイドは冷酷」だったり、道具と社会的弱者の混同とダブスタだったり、いちいちいちいち、アタマ悪いとしか思えないことばかりしている作者。
でも、それらすらぶっ飛ばす、最大の間違いが、2幕で披露される。
えー、『アイラブアインシュタイン』は、アンドロイドを取り扱った物語です。
タカラヅカでアンドロイドを扱うなんて! という、新人作家らしいモチーフで、新風を期待させました。
だからわたしも、アンドロイド物だと思って観ていました。
アンドロイドの描き方が破綻しまくっていて目眩がしたけど、それでもアンドロイド物だと信じていました。
1幕ラストに、主人公が実はアンドロイドだった! と告げられ、「おおっ、すげーな!」と思いました。この大どんでん返しをやりたくて、あえてアンドロイド物だったんだ! と、思いました。
しかし。
new谷せんせは、「アンドロイド」がナニかを、知らない??
ここまで、アンドロイドアンドロイド言っておいて。
「アンドロイド」を知らない。
主人公アルバート@あきらは、人間ではなかった。
彼は、トーマス@マイティーによって作られた、アンドロイドだったのだ!
アンドロイドは感情を持たない。でも、アンドロイド・アルバートには、感情もアルバートとしての記憶もある。何故か。
「死んだアルバート博士の脳を移植したからだ」
ソレ、「アンドロイド」チガウやん!!
アンドロイドとは、人造人間のことだ。ロボットのことだ。
中身(脳)が人間ならばそれは、ロボットではない。
ソレは、「サイボーグ」だ。
サイボーグは、もとは人間であったモノを、機械化したもの。
脳だけオリジナルで、あとは全部機械、とかもあり。
今までずーっと「アンドロイドに感情はあるのか」とやってきておいて、全否定。
アルバートとエルザ@みれいちゃんにだけ感情があるのは、それぞれ死んだ人間を移植したから。
つまり、アンドロイドに感情はない、ということになる。
さんざん「エルザはふつうのアンドロイドとチガウ」ってやっておいて、「アンドロイドではなく、サイボーグだからです」って。
そして、感情を持ち愛を知るアルバートもまた、サイボーグ。
アンドロイド関係ないやん。
感情はないとされたアンドロイドたちが、結局感情を持つように描かれるのだが、それはアルバートともエルザとも無関係だ。だって彼らはサイボーグ、アンドロイドたちがどう変化しようと別次元。
なのに、すべてが混同して描かれる。
ダブルスタンダードだらけ。
作者都合にあわせて動物になったり鳥になったり、おいしいとこ取りのコウモリ行動のみで展開する物語。
この作者、バカなの??
ちょっと類を見ない混迷ぶり。
物語を読んだりしないのかしら?
おかしいところだらけで、目眩がする。
誰かプロット段階で添削してあげないの? おかしいって指摘してあげないの?
アンドロイドというSF用語さえ使えばなにやってもいいと思ってる?
あー、こーゆーこと書くと、「アンドロイド」と「サイボーグ」の定義論に発展します? 法律があるでなし、全人類が納得する明確な定義はないのでしょう。
「人間の脳を移植してもアンドロイドだ」とnew谷先生は思っていて、それを間違いだと決めつけるわたしが間違っているのかも。
だとしても、「人間の脳を移植したアンドロイド」と「ただの人型機械」を同じ俎上で「感情はあるのか」と語る物語には「アホか」と言わしてもらいます。
バカなの?
……だった。
すんません、自分もバカなくせに、ナニ言ってんだか。でも、バカだからひとさまをバカだと思わないわけもなく、いやひとさまをバカだと思うこと自体がバカの証明、アタマいい人はひとさまにそんなこと言いません……って、めんどくさいなヲイ、とにかく、自分のことは棚上げして、シンプルにそう思ったのよ。
「アンドロイドに感情はあるのか?」というテーマだったり、「アンドロイドと人間の対立」だったり、「アンドロイドの軍事利用」だったり、「アンドロイドは冷酷」だったり、道具と社会的弱者の混同とダブスタだったり、いちいちいちいち、アタマ悪いとしか思えないことばかりしている作者。
でも、それらすらぶっ飛ばす、最大の間違いが、2幕で披露される。
えー、『アイラブアインシュタイン』は、アンドロイドを取り扱った物語です。
タカラヅカでアンドロイドを扱うなんて! という、新人作家らしいモチーフで、新風を期待させました。
だからわたしも、アンドロイド物だと思って観ていました。
アンドロイドの描き方が破綻しまくっていて目眩がしたけど、それでもアンドロイド物だと信じていました。
1幕ラストに、主人公が実はアンドロイドだった! と告げられ、「おおっ、すげーな!」と思いました。この大どんでん返しをやりたくて、あえてアンドロイド物だったんだ! と、思いました。
しかし。
new谷せんせは、「アンドロイド」がナニかを、知らない??
ここまで、アンドロイドアンドロイド言っておいて。
「アンドロイド」を知らない。
主人公アルバート@あきらは、人間ではなかった。
彼は、トーマス@マイティーによって作られた、アンドロイドだったのだ!
アンドロイドは感情を持たない。でも、アンドロイド・アルバートには、感情もアルバートとしての記憶もある。何故か。
「死んだアルバート博士の脳を移植したからだ」
ソレ、「アンドロイド」チガウやん!!
アンドロイドとは、人造人間のことだ。ロボットのことだ。
中身(脳)が人間ならばそれは、ロボットではない。
ソレは、「サイボーグ」だ。
サイボーグは、もとは人間であったモノを、機械化したもの。
脳だけオリジナルで、あとは全部機械、とかもあり。
今までずーっと「アンドロイドに感情はあるのか」とやってきておいて、全否定。
アルバートとエルザ@みれいちゃんにだけ感情があるのは、それぞれ死んだ人間を移植したから。
つまり、アンドロイドに感情はない、ということになる。
さんざん「エルザはふつうのアンドロイドとチガウ」ってやっておいて、「アンドロイドではなく、サイボーグだからです」って。
そして、感情を持ち愛を知るアルバートもまた、サイボーグ。
アンドロイド関係ないやん。
感情はないとされたアンドロイドたちが、結局感情を持つように描かれるのだが、それはアルバートともエルザとも無関係だ。だって彼らはサイボーグ、アンドロイドたちがどう変化しようと別次元。
なのに、すべてが混同して描かれる。
ダブルスタンダードだらけ。
作者都合にあわせて動物になったり鳥になったり、おいしいとこ取りのコウモリ行動のみで展開する物語。
この作者、バカなの??
ちょっと類を見ない混迷ぶり。
物語を読んだりしないのかしら?
おかしいところだらけで、目眩がする。
誰かプロット段階で添削してあげないの? おかしいって指摘してあげないの?
アンドロイドというSF用語さえ使えばなにやってもいいと思ってる?
あー、こーゆーこと書くと、「アンドロイド」と「サイボーグ」の定義論に発展します? 法律があるでなし、全人類が納得する明確な定義はないのでしょう。
「人間の脳を移植してもアンドロイドだ」とnew谷先生は思っていて、それを間違いだと決めつけるわたしが間違っているのかも。
だとしても、「人間の脳を移植したアンドロイド」と「ただの人型機械」を同じ俎上で「感情はあるのか」と語る物語には「アホか」と言わしてもらいます。
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