楽しく観劇した誕生日、の翌日に人事関係の発表いろいろで混乱、まったくもって落ち着かないままに、あれ、今日もう次の観劇日じゃん!

 わたわたと行ってきました、『桜華に舞え』『ロマンス!!』。これが見納め、ラストデイ中継も観る予定はないので、最後である感慨を噛みしめつつ。
 くじ運のないわたしですが、なんか久しぶりに友会で当たりました、サヨナラショー付き公演。何年ぶりだヲイ。レアチケットにはとんと縁がナイというのに。
 みっちゃんとは縁があるのかなあ……観られるはずがナイ、ほんとうならここ(劇場)にいないはずなのに、こうして節目の舞台を観ることが出来てしまう……というのは。

 なんやかんやで、ほんとに長く観てきたんだよな。
 そして、徹頭徹尾、みっちゃんへの印象は変わらなかった……。『飛鳥夕映え』新公を観て痛感した印象が、まさか干支ひとまわりしても変わらないとは、誰が思う(笑)。


 退団するトップさんってほんとみんな、超人的な働き方をする、と思う。通常の人間の枠を超えるというか。
 みっちゃんもそうで、舞台の上からすげーパワーが伝わってくる。
 こんなにこんなに、動くんだ。こんなにこんなに発するんだ。

 どの公演だってトップさんは組と舞台を背負って奮闘していると思うけど、退団公演はさらにその奮闘ぶりがチガウと思う。
 覚悟、なのかな。
 ものすごく強い、重いものを核にして、放射線状に光を発する。

 『桜華に舞え』は悪くない作品だと思っているけれど、わたしの好みではない。
 サイトーくんには言いたいことだらけだ(笑)。
 だからあまり没入することが出来ないのだけど、ただもう、真ん中のみっちゃんの強い光に視線を奪われる。
 漠然と舞台全体を眺めていると、強い光が「ここだ」と主張するのよ。「お前が観ていいのは、ここだ」と。

 だから降参して、素直に真ん中を観る。みっちゃんを観る。
 うん、「ここだ」ね。今わたしが観ていい場所、観るべき人。

 思い出すのは『記者と皇帝』 のとき。
 膝が当たりそうなところでソロを歌っていたみっちゃんを見ずにぼーっとしていたら、なんか視線感じて、ふと見ればみっちゃんがわたしを見つめながら歌ってて、事態を飲み込めないわたしが「あのー、わたしを見てます?」って疑問符飛ばしたら、「うん、見てるよ」って頷かれて、瞬間アタマどっかーん!!したわたしに向かい、みちこ様がすっげー悪い顔で「にやり」とした……ドキドキドキドキ、みみみみちこ様?!
 あまりにびびってSNSに書いたら、仲間たちから怒濤のコメント付いて、「みちこさんは、自分を見ていない人は落としかかる」という事例をたくさん知ることが出来たんだった……。

 あのときは、バウホールの狭い空間で、客席降りの階段に坐って歌うみっちゃんと、最前列通路際(つまり階段の目の前)に坐るわたし、という距離感だった。
 や、あの位置で目を泳がせていたわたしも悪いが(だって目の前過ぎてどこを見ていいやら!)、だからってわたしが自分を見るまで凝視して、事実に気づいて爆死したわたしを見て嗤う、って、やだーっ、みちこ様男前過ぎるーー!! 手のひらの上で転がされちゃったよーー!! きゃー、オトされるーー!!
 てな経験。

 今はこの広大な大劇場で、彼はわたしを認識するでなくただ「真ん中力」を発揮して、わたしを釘付けにしているのよ。
 わたしも、彼がわたしを見ているからではなく、彼が「見ろ」と発するから「はい、見ます」と膝を揃えてかしこまっているの。

 いいな。
 これぞトップスターだ。
 わたしは舞台から「見ろ」と命令されるのが好き。
 みっちゃんはほんとうに、「トップスター」だ。


 芝居よりも、ショー『ロマンス!!』の方が好き。
 わたしは『THE ENTERTAINER!』が苦手だったので、今回よーやく「みっちゃん星組のショー」を素直に楽しめたと思う。
 前にも書いたと思うけど、昭和ショーテイストの岡田作品は、トップスターが客席に命令する人でないと威力を発揮しないと思う。
 「ここが真ん中」「俺を見ろ」と命令する人。
 「良かったら観ていただきたいです」「楽しんでいただけたら幸せです」なんてへりくだってゆるい空気をまとう人じゃダメ、「見ろ!」「楽しめ!」と自分本位になれる人。
 昭和のスターらしさを持つ人。

 みっちゃんは存分に、真ん中力を見せつけてくれた。

 「俺を見ろ」……はい、見ます。
 こくん、と、頷く感じで。

 命令されることが、心地良い。

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