雨なので、映画館に行けない水曜日。
 映画館まで、自転車で40分もかかるんだもん(電車乗れよ)。

          ☆

 ここ数日、母がなつかしグッズをひろげています。
 昨日は帰るなり、25年ほど昔の「母の日記帳」を見せられたし。
 育児日記なのよね。わたしと弟のことだけが書いてある。しかも、当時のグッズがいろいろ貼り付けてあるし。
 わたしが母の誕生日に贈ったお手製のお守り袋だとか、賞状だとか、母と父の似顔絵だとか、とにかく「あちゃー」なものがいっぱいさ。

 今日は、30年前のビデオを見せられた。
 ……なんつっても30年前だから、音声はなし。カラーもずいぶん色あせている。わたしは幼稚園児くらい、弟は直立歩行する動物状態。
 母は笑えるくらい太ってるし、父は貧相。祖父母は人相悪し。

 映像が残っているのはいいけど、いっさい整理してないんだよね。
 当時のテープは3分しか録画できず、3分に1回映像が途切れ、そのたびにまた別のテープをつないであるんだけど、つなぎ方がめちゃくちゃなの。時代も季節もとびまくり。
 テープは劣化する一方だから、デジタル化したいんだけど、このめちゃくちゃなままじゃ、どうしようもないよ。
 どうして「撮影年月日」と「場所」をメモしてないの?

「大体わかるじゃない。桜が咲いているなら、春よ」
「いつの春よ? 30年前? 31年前?」
「年齢でわかるじゃない」
「じゃあこのテープのわたしは、4才? 5才?」
「場所でわかるわ。ほら、この遊園地、ファミリーランドよね?」
「ぜんぜんちがう」

 話にならない。
 わたしは、DVD化するならちゃんと年代順に整理したいのよ。
 それを話しているのに、年寄りどもときたら、たんに「昔の映像」に大喜び。20年前でも30年前でも、まったく気にならないみたい。
 ただ「過去」がうれしくてしょうがないのね。

 我が家には、映像財産が山ほどあるのよー。昔から、ビデオカメラ大好きだったんだもん。
 しかし、それらのほとんどが未整理(日にちすら書いてない)ってのは、どうよ。
 現代のビデオカメラ時代になるまで、日付機能はなかったわけだからねえ。

 それにしても、わたしはつくづく、ぶさいくな子どもだったなあ。

 
 なんか、親ふたりが人間関係でばたばたしている。

 父は少し前から、彼の属する組織(とーってもささやかなグループ。蛙の住む井戸のよーなもん)の人事でモメていた。
 タカラヅカでいうならば、父はそこの2番手らしい。性格的にトップスターにはなれないし、なる気もないので、機嫌良く2番手でおいしいとこ取りをしていた。だが、このたびトップスターが専科入りし、トップ・オブ・トップスになるそうな。現在のトップがいなくなるわけだから、次のトップが必要だ。
 そこで起こる、もめごと。
 父はトップになる気はない。それくらいなら退団すると言う。他のトップ候補は、トップになりたがっている人がひとりで、あとはみんな嫌がっている。じゃあその、やりたがっている人がやればいいじゃん、というとそうはいかず、その人には人望がないという。
 それでなんか、毎日電話が鳴りまくり、ばたばたしてやがる。
 最近になって少し落ち着いたかな。結局父は2番手からも降りて、「相談役」になるという。それって「専科」ってこと?

 父がちょっと落ち着いてきたかなと思ったら、次は母だ。
 ある雑誌が、母の師匠の特集を組むという。そしてそこに、「5人の弟子が**先生を語る」という企画があるらしい。
 その雑誌社から、母に原稿依頼が来た。母は師匠の数多い弟子たちの中から、世間的な評価として「5人」に選ばれたらしい。
 ……さあ、そこで起こるもめごと。
 誰が選ばれて、誰が選ばれていないか。「わたしこそが先生の愛弟子なのに! あの人が選ばれて、どうしてわたしが選ばれないの?!」
 鳴りまくる電話。派閥がどうの、誰の面子がどうのと、漏れ聞くだけでも、うんざりする。

 人間、いくつになっても人間関係でもめるよね……。

 CANちゃんからは、「トド様理事就任おめでう! ……おめでとうって言っていいのよね?」というメール。出張していたから、情報にちと時差があったそうな。
 さあ? めでたいんでしょうか。わたしにはよくわかりません。とりあえず、ずーっとファンはしてますが。
 同い年の彼が、どんなカタチであれがんばってくれていれば、それが励みになるというもの。
 ……そーいやタカコも同い年だけどな。彼は年々若返ってるから、ちっとも同い年って気がしないわ。

 あ、ぜんぜん関係ないけど、思い出した。
 我が家には何年も前から、タカちゃんの載っている卒業アルバムがあります。何故か(学校チガウのに・笑)。
 歯並びは多少矯正したかもしれないけど、彼女が整形していないことは断言できます。今とおんなじ顔してるよー。

 

台風の行方。

2003年6月9日 家族
 朝、母はいそいそと旅立ちました。

 長年の夢であった、縄文杉に会いに、屋久島へ向かったのです。

 この旅行が決まってからというもの、母はなにをやっても上の空、うざいイキモノと成り果てていた。
 わたしの部屋に鼻息荒くやってきて、「空港までの交通機関の、時刻表を調べて!」とか、「屋久島のバスの時刻表が欲しい」とか、「登山記録とかあったら探して」とか、「こことここの地図が欲しい」とか、好き放題わたしをこき使った。
 インターネットは便利だし、パソコンは魔法のハコだけどな、ママ、それを使うのは人間、すなわちわたしなのよ。
 あーっ、めんどくせー。
 わたしは、わたしが行くんでもない旅行のために、いろいろ調べまわりましたよ。
 つーかなんで、ママの友だちの分まで時刻表調べなきゃなんないの。大人なんだから、空港で待ち合わせりゃすむだろーに。「どうやって空港まで行けばいいのかわからない」なんて友だち、つきあい方考えようよ……。

 そうやって、我が家の台風は旅立ちました。
 これで数日間は、静かです。

 が。

 昼過ぎに、携帯に電話が。

「今、鹿児島。天候不良で、屋久島行きの飛行機が欠航なの!!」

 母からの悲鳴電話です。

「どうしたらいいのか、わからない。旅行社の電話番号調べて!」

 ……旅行に行くのに、ツアーの旅行社の連絡先も持ち合わせてなかったんかい……。
 ぎゃーすかわめく母のために、パソコンを立ち上げて、旅行社を調べて電話番号を教える。

 そのあとどうなったのか、気になったのでメールを打ったが、返事はナシ。

 夕方、オレンジとまたしても長電話をしていたら、携帯が鳴った。

「今、モノレールを降りたところ! もうじき家に着くわ」

 母は、大阪に戻ってきていた。
 結局飛行機は飛ばず、ツアーは中止になったらしい。

「鹿児島空港から一歩も外に出てないわ。4時間くらいいたかしら。ラーメン食べたわ」

 こうして、我が家の台風は無事帰宅し、明日旅行社とどう対決するかを練っている。

 またしばらく、うるさそうだ……。

          ☆

 ところでわれらがトド様は、どこまでお行きになるのかしらねえ。
 トド様の専科行きが発表になったとき、

「わたしが死ぬのが先か、トド様が退団するのが先か」

 と思ったもんだったけど。
 マジ、笑い話ではなくなったってことかしらね。

 今のトド様からは想像つかないだろーけど、あの人は昔ね、「やんちゃな男役」だったのよ? 悪ガキだったのよ? そこが魅力だったのよ。

 ペーちゃんとふたり、ささやかにヅカファンをしていたあのころからは、想像もつかない今日このごろ。

 

踊る母。

2003年5月31日 家族
 ちょうどそのとき、母がわたしの部屋の隣にある、風呂を使っていました。

 そのとき、ってのは、夜9時ぐらい。
 わたしは『ぼくの魔法使い』を見るために、テレビをつけていました。
 画面に映っているのは、ナイターです。阪神×巨人戦。こん畜生が終わらない限り、ドラマははじまりません。
 まだ8回裏だよ、いつになったら終わるんだ……。

 わたしは野球が嫌いです。
 野球というスポーツに含むところはありません。ナイター中継を憎んでいるだけです。
 いや、放送延長さえなければ、ゆるします。はじめから中継枠を3時間とか4時間とか取っておいて、それより早く終わったら、過去の名場面とかをえんえん流していればいいのよ。そうしたら、他人に迷惑をかけないのに。
 わたしが野球を嫌いなのは、わたしに迷惑をかけるからです。
 迷惑なモノを嫌いなのは、中庸な人間としてふつーのことだと思っています。

 とまあ、大嫌いな野球中継を、苦々しくかけていたわけさ。パソコンの方の画面で他のビデオを見たり、DVDのダビングをしたりしながらな。
 そしたら、叫び声とともに母が現れたのよ。

「阪神はどうなってるっ?!」

 まだ2対4で負けてるよ。でもまだノーアウトだな。あれ、満塁になった。あれ、抜けたよ、ヒットだ、てことは1点入ったじゃん?

「ちがうわっ、ランナーいるから、同点よっ!!」

 母、吠える。
 ほんとだ、4対4になった。
 母はひとりで次のバッターの解説をしている。知らねーよ、んなもん。
 あ、打った。

「やったーっ、逆転だーーーっっ!!」

 母、踊る。
 わわわ、やめてよ、部屋が揺れる。本棚がぎしぎしスイングしてるよー。ひー。

 てゆーか、ママ。
 ぱんつ、はいてください。

 すっぽんぽんで娘の部屋に着て、ナイター見て踊らないでよ……。

「だって、こんないいところでテレビから目を離せないわっ」

 母は虎キチです。
 タイガースと共に生きてます。
 ああ、うざい……。

 野球はこーやって、わたしに迷惑をかけるのです……。

 
 猫が痩せている。

 毛並みの色が変わり、アメリカンショートヘアというよりぞうきん色になったうちの猫。
 最近、ひどく痩せてきました。
 まるまるしていたおなかが、ぺっちゃんこ。

 何故……?

 今日体重を量ったら、3.5kgしかなかった。
 前は4kgあったのに。

 一緒にいた母は「たった0.5kgじゃない」と言うけれど、通常体重の8分の1が減ってるんだよ? わたしらでいうなら、7kgくらい一気に痩せてる計算だよ?

 食欲は旺盛だし、機嫌も悪くない。今も膝に乗っている。
 ……どこか悪いのかな?
 しかし病院に行くとなると、大騒ぎだしな……。我が家には車がないのだよー。

 さて、猫の体重を量るためには、ついでに人間の体重も量ることになります。
 まず猫を抱いて体重計に乗り、次に猫ナシで乗る。

「あんた、そんなに体重あるの?」

 わたしは猫の体重の話をしたかったのに、母の関心はソコですよ。

「あたしはあんたより体重少ないわ。ほら、見て」

 わたしの次に体重計に乗って、自慢顔。
 あのな……。わたしとアンタと、身長いくつちがうと思ってんのよ。

「あたしってスマートだわー」

 だから、猫の話をしたいんですけど?
 ママとは会話にならないっす。
 ……いつものことだけど。

 
「今日のデザートはソレよ」
 と、母は言う。

 ソレって……かしわ餅、ですかい。

 緑野家の夕食には、デザートが必須アイテム。必ず出る。
 主に季節のフルーツ。あとはプリン、ヨーグルト、ゼリーなどの「つるっと」系。
 夏にはわらび餅が出ることも多い。
 たまにケーキや和菓子も出る。

 しかし。

 かしわ餅、てのはどうよ?

「なんでかしわ餅がいけないの? 端午の節句よ?」
「端午の節句はいい。問題は、“デザート”ってことだ」
「4月はさくら餅や三色団子も出したじゃない」
「さくら餅や三色団子との大きなちがいを、何故理解しないんだ?」
 ママにいくら言っても無駄だ。わかってはいるが。

 ふつー、かしわ餅ってのは「デザート」には適さない。
 なんでかってそりゃ、「ヘヴィ」だからだ。

 さくら餅や三色団子は、「小さい」のよ。1個とか1串食べるぶんには、まだかろうじてセーフ。
 だがな、かしわ餅ってのは、めちゃ腹持ちいいんだよ。ヘヴィな食べ物なんだよ。
 しかも出されたかしわ餅、めちゃでかいんですが。

「ふつーにごはん食べたあとで、かしわ餅なんか入らないってば!」

「あたし、夕方にかしわ餅1個食べたんだけど、そりゃーもー、腹持ち良くてねえ。晩ごはんの量を減らしちゃったわ」
 と、母はころころ笑って言う。
 わかってるなら、ふつーの量を食べたあとに出すんじゃねええ。

 それでも、食べました。
 とりあえず、1個。
 ……げっぷ……。

 1個をちまちま食べるわたしの横で、「デザートに出すもんじゃないよな」と言いながらも、弟は2個ぺろりと食ってました。……甘党め……。

          ☆

 某オークションで、終了時刻寸前の戦いを手に汗握って観戦しました。
 自動延長につぐ自動延長。
 リロードするたびに上がっていく金額。
 どきどき。
 戦っているのは2人。
 わたしは片方の人を応援していました。
 がんばれ、**さん。負けるな**さん。ぜんぜん知らない人だけど、がんばれー。
 あっ、ライバルさんがまた高値更新しちゃったよ、**さんどうするの? 敗北を認めるの? 1分前、キター!! **さん高値更新!!

 何故、知らない人の戦いを応援していたか。

 そのオークションにかけられているのは、今公演中のとあるチケットで、「数量3」出品だったのです。
 **さんは「2枚希望」。
 ライバルさんは「3枚希望」。

 そしてわたしは、「1枚希望」でエントリーしておりました。

 ライバルさんが勝った場合、チケットは3枚ともライバルさんが落札。
 しかし、**さんが勝った場合、3枚あるチケットのうち2枚が**さんの落札となり、残り1枚は、「1枚希望」であるわたしが落札することになっちゃうのです。
 ライバルさんは、なにがなんでも「3枚」欲しい人で、他の枚数ならいらない人なんです。

 わたしは早々に「この席にこれ以上の値段は出せないわ」と脱落していたんですが。
 2枚希望の**さんが最高金額入札者になるたびに、唯一1枚希望でエントリーしているわたしも、**さんの隣に名前が並んじゃうのです。
 あの、わたし、めっちゃささやかな値段しか入れてないんですけど。

 **さんとライバルさんの戦いはつづく。
 ふたりでどんどん金額を上げていく。

 そして、**さんの横にはいつも、彼らより何割か少ない金額のわたしが、ちょこん、とおまけのようにくっついている。
 そう。
 わたし個人の値段ならば、お話にもならない額。
 だけど**さんが勝利すれば、そのお話にもならない金額で、落札できちゃうのよお客さん!

 がんばれ**さん!! ライバルさんに勝ってくれ。そしてわたしにこの定価以下価格でチケットを落札させてくれえ。

 手に汗握る30分。
 ……ええ、30分も延長しました。

 勝者、**さん!!
 拍手拍手、パフパプ〜〜!!

 見知らぬ**さんのおかげで、わたしは愉快な金額で、もう一度『ドン・ファン』を観に行けます。

 オークション・マジック。落札のエアポケット。
 連番席なのに、わたしは**さんよりずっと少ない金額で落札。負けたライバルさんの方が、わたしよりずっと高い金額で入札している。

 実際WHITEちゃんが先日、同じ目にあったと聞いていた。彼女は明日からはじまる某公演のチケットを、2枚落札者の人の半額くらいの値段で1枚落札したそうな。
 3連番出品で、「複数購入者優先」と謳っていないオークションは、エアポケット出現率高し。

 つーことで、たのしい30分でした。
 そして、また月組を観に行くことが決定しました。

 

父の退院。

2003年4月25日 家族
 案ずるより産むが易し。

 父が退院しました。
 迎えはわたしひとり。
 ……荷物が多すぎるんだよっ。わたしひとりじゃ持てないっつーの。
 手続きしたりなんだりで走り回り、かなりへとへと。
 いや、わたしも悪いんだよ。いつも小汚ねー格好で見舞いに行っているから、最後の日ぐらいまともな格好をしようと、ちょっとオサレしてみたりなんかしてたからさ。ひどい靴擦れでね……まさかあんなに働かされるとは思わなくてな。

 父は元気で、杖なしで歩き回る。……おーい、大丈夫かー?

 どうやら、わたしの自由は守れそうです。父は自分の家で暮らす模様。てゆーか、退院したその日から仕事してます。働いてます。……いいのか?

 その夜、父が早々に就寝したあと、母とふたりで溜息をつきました。

 大変だったね、このひとつき。
 がんばったね、このひとつき。

 母のことを偉大だと思う。よくも乗り切ったもんだ。

 笑えたのはうちの猫。
 父が会いたがるので、わたしは猫を連れて親の家に行った。
 しかし、薄情なうちの猫は、父のことをすっかり忘れていた。
 父に抱かせてやろうとしたのに、
「あんたダレ?! なにするのっ、触らないでよ?!」
 と、抵抗。わたしにしがみついてはなれない。父は傷ついた模様。

 ところが、父が私の家にきたとき。
 猫はいそいそと階下に行き、
「エサくれー、水くれー」
 と、父を呼びつけた。

 どうやら猫の頭の中には、父単体の記憶はなく、「エサをくれるおっさん」としてだけ認識されているらしい。
 エサとセットで記憶。
 したがって、自分のエサ場以外の場所では「知らない人」。

 父は不自由な足で階段を降り(階段を自力で降りられない、というふれこみだったんだが……)、猫にいそいそとエサをやっていた。
 あわれなり、父よ。

 
 人を呪わば穴二つ。……チガウ?
 ミイラ取りがミイラに。……チガウ?

 人生なにが起こるかわからない。

 弟の携帯電話が壊れた。
 液晶がご臨終。
「まぁああ、大変ねえ。あんたの携帯、まだ新しいのにねええ」
 他人の不幸は他人事。わたしはせせら笑う。

 父の病院からの帰り道、弟は「携帯電話のショップに寄りたい」と言った。
 彼が以前に携帯を買った店は、新規加入のみの取り扱いで、機種変更には対応していないそうな。だから家の近所のショップに行きたいのだと。
 場所がわからないという弟につきあって、わたしも一緒にショップに行く。

「機種変更をしたいんですが」
 という弟に、お店のおねーさんは次々見本を見せてくれる。
「ねえねえ、これいいじゃん。あっ、これなんかあたし好きー」
 他人事なので、わたしは気軽。説明を聞きながらいろいろ手にとって、好きに言う。

「じつは今使っている携帯が壊れたんですが……修理するより、買い直した方が安いですよねえ? 修理代って、いくらになりますか?」
「500円くらいですね」
「えっ……っ?!」
「会員の方は、修理代が10分の1になりますから。500円以内で収まります」
「でも、修理にかかる時間は……」
「1週間ほどいただきます。その間は無料で代替機をお貸しします。電話帳などのデータも転送しますから、ふつうにお使いいただけますよ」

「修理にするか……」
 と、弟。

「ええっ、買わないのおーっ?! これなんかいいじゃん、かわいいじゃん! 買おうよ、これ!」
 治まらないのはわたしだ。
 いろいろ見ているうちに、物欲がむらむら。
「でも、ぼくの携帯はまだ十分新しいし、ポイントもまだあまり溜まってないし。修理でいいよ」
 と、言っているうちに、弟の携帯が鳴る。液晶が死んでいるからメールは全滅だけど、通話は無傷。会社の人かららしい。社会人の顔になって話し出してしまう。

 残されたのはわたしと、店のおねーさん。
「あのー……この携帯、わたしが買うとしたら、いくらになりますかね……?」

 うわわわぁぁん。

 買っちゃったよお、携帯!!

 弟が電話を切ったときには、わたしはもう機種変更をすませていました。弟よりはるかに古い携帯を使っていたわたしは、とーぜんポイントもそれなりに溜まってたのさ。

 ああでも、この金のないときに! なにをやってるんだわたし!

 一目惚れだったのよ。
 オレンジ色の小さなソイツに。

 わたし色だったんだもんよ。
 黄色系はわたしのトレードカラーなのよ。パープルがうちのママのトレードカラーのように。(ちなみに弟はグリーン、父はベビーピンク。みんな「自分の色」を持っている)

 新しい携帯電話を買うのは弟。
 ……の、はずだったのに。

 どーしてこんなことに?
 予定外出費。
 予定外の出来事。

 
 父が入院しました。
 ので、忙しいです。

 ねえママ、ほんとにそれはわたしがしなければいけないこと? 父がいないのを理由に、わたしに仕事を多く押しつけてない?!
 とか思いつつも、走り回ってました。

 夕飯はわたしが作るはずだったんですが、時間切れ。……理由は「退屈で死にそうだ」と言う、入院1日目の父の相手をえんえんしていたせいです。
 わたしは8時に家を出るんだってば、そしてバスに乗るんだってば。

「父親が入院して手術だって言ってるのに、あんたはタカラヅカなのっ?!」
「だってもうチケット取ってあるんだよっ?!」
「父が入院することは1ヶ月も前に言ってあったでしょ!」
「それは聞いてたけど、“いつ”入院するかは聞いてないっ」
「……そうだったっけ?」
「そうよ」

 伝達不足は毎度のこと。
 いつもいつも「言った」「聞いてない」で騒動になる。
 旅行中のわたしに、ママから「パソコンでわからないとこがあるの、今すぐ教えにきてよ」とか電話が入ったりな。
「今わたしは東京だよっ、なんで教えに行けるのよっ?!」
「東京? なんでっ? 聞いてないわ!」
「行くって言ったじゃない」
「行くのは聞いてたけど、今日だって聞いてない!」
「言ったわよっ。いついつのなになにのときに」
「そんなに前に言われてもおぼえてないわよっ」
「前もって言わなきゃいつ言うのよ?!」
 ……なんて不毛な会話が日々繰り返される。

 うちの家族に伝言機能はありません。
 重要な連絡も、あったりまえにスルーされています。

 そーいや先日の7回忌も、弟は「聞いてない」って言ってたな……。それで彼は不参加。母曰く「何ヶ月も前に決まっていたのに」。アンタが伝達してないんじゃん、いつも……。

 つーことで、娘は病気の父を置いて愛するオサ様のもとへ行ってしまうのですよ。

 注・父の入院は膝の手術のためです。本人も元気です。リハビリの先生が若い女性だとよろこんでました。車椅子に乗る練習をしてはしゃいでました。
 ほんとに元気です。そーでもないと、いくら薄情な娘でも、置いていったりはしません。
 祖母の七回忌。

 時の流れは速い。
 夢の中には当たり前に出てくるけどね。祖母も祖父も。彼らがいることが「日常」の風景だからでしょう。

 しかし、お坊さんがお経を上げている間ずっと、猫が仏壇の上にいたんですが……あれっていいのか?
 線香が煙かったらしく、顔をしかめながらも仏壇から降りない。
 法事の最中、猫と追いかけっこをするわけにもいかず、参列者全員がはらはらしながら猫の挙動に注目。

「猫は仏典を守るために連れてこられた動物ですから」
 と、お坊さん。苦笑しながら許容。
 仏教との相性は悪くはないのかもしれないが、猫よ、法事の間はおとなしくしてくれよ。飼い主がこまるよ。

 平日に行うことでわかるように、大袈裟な法事ではないのだ。
 だが、それでも親戚はやってくる。
「こあらちゃん、仕事はどうなの?」
 と聞かれるのがつらい。
 はあ、まあ、ぼちぼち。
「あれから本は出たの?」
 あれからって、いつからですか。
「本屋で探してるんだけど」
 探さなくていいです。
「読んだけど、ぜんぜんわからなくて」
 だから言ってるじゃん、読んでもわからないから読まなくていいって。
「こあらちゃんの書くものは難しいから」
 ……対象年齢がちがうだけです。難しいものなんか書いてません。そんなアタマはありません。
「ねえ、名刺ちょうだい」
 その名刺持って、なにする気ですか。今、切らしてます。つーか永遠に切らしている予定です。

 頼むから、触れないでくれよ、わたしの仕事のことは。
 興味津々されると面倒だー。
 つーか、わたしからひとことも言ってないのに、なんで親戚ってみんな知ってるのかしらね。
 犯人はわかってるけどね。親が吹聴してまわったらしいからね。やれやれ。
 どうせ特殊な職業だよ、後ろ暗い人生だよ、わかってるから、放置してくれー。

 中でも叔母のひとりが、わたしの本を探すのに必死になっている模様。
「似たような本がたくさんあるのね、びっくりしちゃった」と。
 てきとーに会話をしながら、わたしはびくびく。
 わたしの本を読むのはいい。うれしくはないが、まだいい。
 だがな叔母よ、わたしの本を探すときにまちがって、ボーイズを手に取らないでくれよ? たぶん、近くにあるだろうからさ。
 んでもって、ヘンな混同や混乱はしないでくれよ?
 んでもって、還暦を過ぎてBLに目覚めたりとか、しないでくれよおおお??

 いろんな意味でびくびく(笑)。

 

がんばれママ。

2003年2月27日 家族
 母はアクティヴな人で、複数のサークルを主催していたり、世話役をしていたりする。
 だもんで、毎日のように、その複数のサークルの会報やらなんやらを作成している。

 今日もまた、母宛にサークルのメンバーから原稿が届いた、らしい。

 封筒を開けた母、中身を確かめて、
「これでやっと会報の印刷ができるわ」
 と言う。
 見れば、びっしりと文字がプリントアウトされた紙が入っていた。

「最近ようやくワープロを使う人が増えてきて、ずいぶん楽になったの。でもまだまだ手書きの人が多いから、それをワープロで打ち直すのが大変なのよ」
 ごもっともなことだ。他人の手書き文字をパソコンに入力するのは気力と時間が必要。

 だがさらに母は、妙なことを言う。

「この人もね、会報はB5だから、B5用紙に印刷してって言ってたのに、A4で送ってきたのよ。だから、『もう一度B5に印刷し直して』って言って、送り直してもらったの」

 は?

「待って母。その送られてきた原稿、どうするつもり?」

「どうするって、会報に載せるの」
「載せる、って、どうやって? まさかその、4つに折りたたんである紙を、そのまま印刷するの?」
「折り目はこうやって、山折りを谷折りに、谷折りを山折りに、癖を付け直せば目立たなくなるわ」
「いや、そーゆー問題じゃなくて、そのまま印刷するってわかっているものを、どーして4つ折りにして送ってくるの?」
「だって、折らないと封筒に入らないじゃない」
「定形外なら入るでしょ、B5ぐらい」
「そんなことしたら、お金がたくさんかかるじゃない」
「たかが120円でしょ。ふつうより40円多いだけなのに?」
「主婦はみんなケチなのよ」

 ……理解不能ナリ……。

「てゆーかさ、ワープロなりパソコンなり使って原稿作る人なら、データで送ってもらえばいいじゃん。メールに添付でもして」
「そんなこと、わからないし、できないわ」
「んじゃ、フロッピーに入れて送ってもらいなよ。80円切手ですむよ。使い終わったフロッピーは会報を送るときに同封すればいいし」
「……どうしてそんなことしなきゃならないの? こうやってB5の紙にプリントアウトして送ってくれるのに、このまま印刷して会報を作ればすむことじゃない」
「データなら、相手も楽でしょ。いちいちプリントアウトしなくてすむし、母だって自分のパソコンで自由にレイアウトできるわけだし」

 いろいろ話した結果は、コレだった。

「仕方ないでしょ、60なんだから!!」

 ……いつもコレが、ご老公様の印籠なのだ。
 還暦の母は、都合が悪くなるとコレを言う。
 60でもさ、印刷する紙を折りたたんで送ってくる理由にはならないと思うよ……。ふつー、折れないように厚紙で補強したりが最低限のルールじゃん……。
 まあ、その程度の会報なんだろーけどさ……わたしなら耐えられない、そんな折り目の陰が印刷されたよーな小汚い会報。

 そして母は今日も、わたしを呼び出した。

「プリンタが動かないの、認識されないとかメッセージが出るの!!」

 親の家まで行って、確認してみる。
 原因は簡単だった。

 コンセントが、抜けていた。

 ママ。
 コンセントが抜けていたら、電化製品は動かないよ。

「コンセントが抜けてるなら抜けてるって言えばいいのに! なんで『プリンタが認識されません』なんて出るのよ!!」

 強く生きてくれ、母よ。

 
 それは昨日のことでした。

 新聞にある文学ジャンルの作品が載っていた。
 深く考えずに、それを読む。
 6、7人の作品が載っていたの。
 ふーん、こうやって新聞に取り上げられるだけあって、いい作品だなあ。
 と、思っていたんだが。

 ひとつだけ、どーにもこーにも読めないモノがあった。

 読めないのだわ。
 マジで。

 この漢字のつらなりは、どう読むんだ? てーゆか、どこで切るんだ? このひらがなはどこまでがひとつの単語?
 単純に、「読む」ことさえできなかった。

 それ以上に、意味もわからない。
 漢字は表意文字だから、眺めているだけでイメージが湧く場合もあるが……その作品にいたっては、この漢字のあとに何故この漢字が出てくるのか、まったく想像できない世界が繰り広げられていた。

 いやあ、まいった。

 母をつかまえて、解説を頼んだ。その文学ジャンルは、母の管轄だからだ。
「ああ、これはね……」
 と母、すらすら解読してくれる。
 すげえよ、ママ、わたしは「読む」ことさえできなかったよ。日本語だと認識できなかった。
 わたしがそう言うと、母には感慨深かったようだ。

「まず、この単語だけど、現代ではあまり使わないわね。この単語が**のことを表していて、**は春に※※するのだという前提の元で、この作品は表現されているのよ」

 つまり、わたしが無知だから読めなかった、つーことですな。
 でもさ、**という単語なんかふつーに暮らしていたら一生知らなくても問題はないし、その一生知らなくても問題のないコトが、実は※※するものなのだ、ということなんか、それこそ一生知らないままだと思うよ、わたしゃ。
 それを知っている現代人は、この世にどれくらいいるのかなあ……。
 そんなマニアックな、「知っている人だけ知っている」よーなことを「前提」で書かれた作品っていうのは、どうよ?

 まあ、この文学ジャンルの人は、それくらいの知識はあったりまえにあるのよね。うちのママですら、すらすら解読しちゃうんだもの。
 でもわたしは一般人。多少一般の人よりアタマ悪いかもしれないけど、いちおー国語教師の資格なんか持ってたりする程度の教育は受けてきた。
 のでちょっくら、ショックだったよ、「読む」ことすらできない日本語が。まったく、勉強不足ですなあ。

「この作者は、このジャンルでは有名な人よ。あたしの師匠と同じくらいの地位にいる人」

 へー、そーなんだ。
 で、ママ、その人のことは好きなの? 人となりはどーでもいいけど、作家として。

 母は複雑に笑う。

「……好きじゃない。自己満足的な傲慢な作風の人だから」

 話の長い母のことだから、うっかり質問しちゃったらその何十倍もの答えを垂れ流してくれたが、要約するとそういうことだった。
 そして彼女は言うのだ。
 自分と娘が、似ていることを。

 たまに母はわたしに、自分の文学ジャンルの作品をわたしに読ませる。
「あんたがどう思うか、率直な意見を聞かせて」と。
 それが誰の作品かもわからないまま読み、わたしは思ったことを母に告げる。
 すると母は得心するのだ。
「やっぱりあんたもそう思うのね。あたしもそう思うのよ」

 どーも、好きな文学傾向が似ているようだな、母。

 わたしが「これ、好きくねー」と思うモノは、大抵母も「いいとは思わないわ」というモノらしい。

 あ、母の書いている文学ジャンルだけの話な。
 母は小説は読まないし、ドラマも見ないし、映画も見ない。だからそのへんの話はできないし、したくもない。(母にはそーゆーものを理解する能力は欠けていると思われ)
 母のテリトリーにおいてのみ、わたしと彼女の嗜好は一致するのだ。

 なにしろわたし、母の作品好きだし(笑)。

 そして、わたしが読むことさえできなかった「巨匠」作品は、反面教師として心に刻み込むさ。
 そのジャンルのなかでは技巧にあふれたすんばらしい芸術作品なのかもしれんが、一般人には文字化けメールと同じ、読めやしねえ、つーのは、せつなすぎるよ。
 わたしはいついかなるときも、ふつーのひとに読んで、たのしんでもらえるものを書き続けたい。

 そう誓い直すわたしは、仕事がかなり逼迫。マジやべえ。ぶるぶる。

 

お伊勢参り。

2003年1月2日 家族
「おかげ横町か……。あそこには苦い思い出があるからな……」

 弟は苦く笑ってそう言う。
 伊勢神宮の門前町、おかげ横町。江戸時代の町並みを再現した、愉快な場所だ。
 緑野家の初詣第2弾、お伊勢参りです。
 寒いのなんのって。天気は良くて気温も低くはない。ただし、風が強すぎて、体感温度は極寒。震え上がる。
 そして参拝客が多すぎて道路は渋滞、タクシー料金は通常の倍以上かかったよ。

「おかげ横町に入るなり、観光客にカメラ向けられたんだ。こっちも客なのに」

 弟は語る。学生時代の「苦い思い出」とやらを。

「弟よ。念のために聞くが、君はそのときどんな格好をしていたんだ?」
「江戸時代の『おかげ参り』の再現だから、はっぴを着て笠をかぶって柄杓を持ってた」
「……そら写真撮られるわ」

「でもぼくは、わらじ履きでもなかったし、歌い踊りもしてなかった!!」
「……してる奴もいたのか?」
「いた。ていうか、『おかげ参り』ってそういうもんだし」

 弟は某大学の史学科で、江戸文化を学んでいたはずだ。
 そして彼の所属するゼミでは毎年、おかげ参りを再現する授業がある。
 つまり、奈良県から三重県の伊勢神宮まで「徒歩」で旅をするのだ。当時の街道を通って。

 「徒歩」だ。

「ちなみに、どれくらいで着くの?」
「ん、4日ぐらい」

 4日。
 4日間、歩くわけだ。マジで。

「有名なゼミだぞ。マスコミの取材もよく来るしな。卒業生も参加してるし、毎年ものすごい人数で練り歩くんだ」
「……笠かぶってはっぴ着て?」
「当時の風俗を再現するわけだから。……でもぼくは、ふつーの服にはっぴとか着る程度だけど」
「ほとんどコスプレの集団が、4日かけて奈良から伊勢まで旅するのね?」
「仕方ないだろ。参加しないと単位もらえないんだから。……最初のうちは、恥ずかしいぞ。まだ街中だからな。しかし、伊勢まで来るころにはもー、周囲の視線にも慣れてるから、平気になってる」

 ……弟よ。

 江戸の町並みを再現したみやげもの街に、江戸の風俗を再現した大学生の集団が現れたわけだ。4日もコスプレしたまま往来を練り歩いていた集団のテンションは想像がつく。

「そりゃ、観光客にカメラ向けられるわ……」

「いいかげん視線には慣れてたけど、囲まれて写真撮られたら、びびるって」

 ……やれやれ。

 おかげ横町はたのしい場所なんだが、寒すぎるのと混みすぎているので、長居はできず。残念。

 前日ささやかな「ツキ」に恵まれ、ほくほくしあわせだったわたし。
 本日はなにかしら不運。ささやかな不運が続く。

 そのうえ。
 お財布に付けていた願掛け福猫が割れてしまいました。……がーん。
 さらに、ダヤンの招福ストラップも、欠けてしまいました。がーん。

 縁起物が次々と壊れるって、なにこれ。
 も、ものすごく不吉なのでわっ?!

「大大吉の効力は、やはり1日限りだったか……」
 と、弟。
 そ、そんなことないわよっ。あれは1年有効なはずよ。
 たぶん……きっと……願わくば……。

 

大大吉。

2002年12月31日 家族
 思ふ事 思ふがままに なしとげて 思ふ事なき 家の内哉

 ……いきなり、「大大吉」引きました。

 はい、12月31日です。
 なのにおみくじの話。

 つーのも、31日のうちから初詣に出かけるからです。
 除夜の鐘を聞きながら、のんきに歩いているうちに日付がかわり、はっぴーにゅーいやー。
 今現在は1月1日の午前2時です。
 でも、気分的には31日のまま。やっぱこれから一旦寝て、起きてからが元旦本番っちゅーかね。

 初詣は弟とふたりでした。

 我が家の年中行事。
 近所の神社へ初詣。
 氏神様っていうのかな。わたしも弟も、そこの神社で一通りの成長記録神事を受けてきました。だから、どんな有名な神社より、そこが特別。

 弟とふたり、思い出話をしながら夜道を歩く。

 昔は、家族6人で通った道を、ふたりだけで歩く。
 祖父と祖母が、いつも大張り切りで歩いていた。面倒くさがり屋の父は脱落することが多かったので、父抜きの家族5人のことも多かった。母が家に残ることもあった。
 でもとりあえず、祖父母とわたしと弟は参加していた。
 祖母が亡くなり、祖父が亡くなり。
 父が膝を悪くして出て来なくなり、夜間行動を嫌悪する母が来なくなり。
 近年は、弟とふたりきり。

 我が家の年中行事。
 31日の夜に近所の神社に行く。神社を通り抜けて隣の寺に行き、除夜の鐘を撞く。そのあとで神社へ戻り、初詣。そしておみくじを引く。
 日を改めて、京都の伏見稲荷へ行く。伏見稲荷は商売の神様。自営業である我が家にははずせないところ。
 そして10日は今宮戎へ。えべっさんもまた、商売の神様。縁起物を買って帰る。

 これはお正月のお約束。

 今は亡き人の思い出を語りながら、今年もまたお約束をたどる。

 神社もお寺も混んでいて、弟はうんざり顔。

「え、除夜の鐘撞かないの?」
「撞きたいの?」

 弟は列を見ただけで鐘を撞く気が失せたらしい。なんでよ、昔は並んで撞いてたじゃない。

「ぼくは、神社の列を見ただけで相当嫌気さしてんだけど。なんか、毎年増えてないか?」
「あの程度の列でそんなこと言ってたら、一生コミケには行けないよ?」
「んなとこ、一生行かない」

 オタクの弟が欲しかった、気もする姉であった。
 結局鐘を撞くのはあきらめた。根性なしの弟のために。
 ふたりで神社にだけ並び、参拝した。

 おみくじは大大吉。
 びっくりだ。
 今年で年女3回目になるこのわたし、今まで毎年この神社でおみくじ引いてたってのに、そんなもんがあるのを知らなかったよ。「大吉」が最高峰だと思ってた。

「思ふ事 思ふがままに なしとげて 思ふ事なき 家の内哉……って、すげえ。願望、待人、失物……なにもかもオールグリーンだぞ?」
「世界征服でもできそうだな」
 わたしのおみくじをのぞきこんで、弟も言う。
 彼は小吉。大袈裟ではないが、いいことばかりが書いてある。
 ふたりそろってなかなかな出だしか?

「縁談……他人の言う儘に委せてよし(笑)」
 弟、わたしのおみくじの、よりによってそこのくだりを読んで笑う。
 待て。
 なんでわざわざそこを音読して、笑うのだ。「他人の言うまま」というあたりに含みを持たせているのは何故だ。
 この姉が、自力では男をつかまえられないと、そう言いたいのか? そうか? ……そうだけどさ。

 コミケ疲れで腰は痛いし、今日(だから31日)になって担当からプロットについての連絡が入ったし(予定より遅れている)、しかもなんか、会社都合の不安てんこ盛りだし(わたしの手の届かないところにトラブルの予感……うう。不安だ)、順風満帆な年の暮れではなかったけれど。
 どうかどうか、2003年はよい年でありますように。

 ……しかも、現在仕事している担当氏に年賀状出し忘れていたことに「今」気づいたしな……この日記書いてるおかげで。
 他社の担当諸氏には全員出したのに、今現在の仕事の担当を忘れるとわっ。今朝電話で話したのに。
 しかも彼は、明日元旦から出社するとかなんとか、言ってたのに(それも、わたしとの仕事の関係で、元旦出社……気の毒に。あ、わたしのせいじゃないぞ。会社都合な)。うわーん、間に合わない〜。他の人なら、初出社時に間に合うように出しておけばすんだのに。
 マヌケなタイミングで届くなんだろーなー。ちぇっ。

 とゆーことで、さらば激動の2002年。

 

ママ孝行。

2002年12月5日 家族
 母と旅行することになった。
 お正月に。

 なんでもいきなり、思い立ったらしい。

「娘なんてものは、嫁に行ってしまったら一緒に遊べなくなる。母娘で旅行できるのは最後のチャンスかも!」と。

 いやその……心配しなくても、娘、嫁に行く予定ないですが……。

「そんなのわかんないじゃない。あたしは出会ったその日に『この人と結婚する!』って思ったもの。あんただってそうかもよ」

 それはあんただけっすよ、ママン……。わたしにはそんな思いこみの激しさはないってばよ。

 よーするに母、予定外に休日ができてしまい、暇らしい。
 「この世でもっとも忙しい人」であるのが母のポリシーなので、予定のない休日なんてものは存在してはならない。んで、わたしに白羽の矢がたったのだろう。

 わかったよ……安かったら、つきあうよ……娘、今金ないんや……。

「大丈夫、ほら、これなんか安いでしょ? つきあってくれるなら、半額出してあげてもいいわ」

 と、見せられたツアーは、まあ許容範囲。
 そしてそのまま、わたしはアルバイトへ出かけた。CANちゃんの会社がまた忙しいそーなので、お手伝いするのだ。

 そのバイト先で、母からのメールを受け取る。

『旅行、いいのがあったから申し込んだよ』

 申し込んだ? いいのがあった? じゃあ、さっき見せられたのとは別なやつ?

 帰宅してから、その「すでに申し込んだ」という旅行のパンフレットを見せられる。

 ……あの、最初に見たやつの「倍」のお値段ですが……。
 そして母、「つきあってくれるなら、半額出す」と言ったことはきれーに失念してます。
 全額、わたしが出すんですか……?
 この金額出して旅行するなら、友だちと行きたいです。その方が絶対たのしいのわかってる。

 でもまあ……親孝行……だよな……つきあってあげなきゃ……。

 ママはビール片手にるんるん。
 がんばってエスコートしますですよ、はい……。

 
 舞台のケロが小さく見えないってのは、バランスが取れてるからなんだろーなー、と、WOWOWの『うたかたの恋』を見ながら思う。(昨日の話題をまだ引きずっているのだ・笑)
 ケロのスタイルがいいとは、特別思ったことがないけれど、たった167cmの身長(トウコやきりやんと同じ身長)で、「顔でかっ」と思わないってことは、身長の割には小顔なんだろー、とか。身長の割に手足が長いんだろー、とか、やはりあのでかい手は好みだよなー、と、いかん、どんどん「うっとりファンモード」で見ているぞっ。

 しかし、マミさんのルドルフ役って、どうよ……。アンドロイドみたいだ……。嘘くせぇ(笑)。
 それはそれで愉快だけど、「『うたかたの恋』のルドルフ」ぢゃねーよーなー、マミさんは。

          ☆

 ひさしぶりに、道に迷った。

 そのときわたしは「タイムスリップ昭和!」と言うべき、淡路の商店街にいた。めったに行かないんだけど、たまにいくと目眩がするほど前世紀。
 目当ての買い物ができず、意気消沈。
 そこへ母からのTEL。
「今どこ? 荷物運ぶの手伝って欲しいんだけど」
「今、淡路。これから帰るとこ」
「じゃあそのままこっちへ寄ってよ、江坂にいるから」
「わかった」
 安請け合いしたはいいが。

 江坂? 江坂だと?

 今いるところから江坂って、どう行けばいいんだ?

 ちなみにわたしは、自転車だ。
 江坂に行くためのいちばんメジャーな橋は、たしか車専用。自転車は通行できない。
 んじゃ別ルートだな。

 別ルートって?
 知らねえよ、そんなもん。
 
 大阪市から隣の吹田市に行くには、大きな川を越えなければならない。淡路から江坂に行くには、JRと阪急の線路を越えなければならない。
 阪急はともかく、JR。
 貨物も通っている、広大な線路群。
 どうやったら渡れるんだ??

 ……迷いました。
 ええ。

 方角のアタリだけつけて走っていたら、謎な場所へ。
 ここはどこーォっ?!

 道を聞こうにも中小工場地帯、土曜日の午後には人っこひとりいやしねえ。
 目の前の広大な線路群を向こう岸に渡るためには、右左どちらへ行けばいいんですか? つーか、何キロ走ったら渡れる道があるの? 行きたい方向に道がありません!!

 ぜえぜえ。

「ずいぶん遅かったわねー。直線コースで言えば近いのに」
 と、ママン。
 懸命にやってきた娘に対して、ボケたことを言ってくれる。
 そうね、地図で見れば大したことないわね。地図に定規で線を引けばね。
 でも現実には道ってもんがあって、それは個人の都合だけでのびていないのよ。
 川と線路を渡るために、どれだけ遠回りしたと思うよ?!

「いい運動になってよかったじゃない。……あ、手袋買ってあげようか?」
 いりません、ママン。180円のカラー軍手なんて。

 またしても母が「自分の自転車だけでは運びきれない」ほど買った、花の苗と土を載せて、母と娘の2台の自転車は、よろよろと紅葉美しい江坂の街を走りました。

 

物欲MAX!

2002年11月14日 家族
 DVDレコーダーが欲しい……。

 今わたしは物欲の人。
 収入もないダメ人間のくせに、なに言ってんだ、というセルフツッコミはおいといて。

 今、DVDレコーダーが欲しい……。

 某電化製品量販店に勤める弟に、DVDレコーダーのことを聞いてみた。
「パイオニアのなら、今やってる優待セールの重点商品だよ」
 それって、HDDつきのやつ?
「はあ? んなもんついとらん。DVDレコーダーといえば、漢らしくDVDレコーダーのみだ」
 漢らしくなくていいわい。
 重点商品というのは、弟の会社が時折やってる「お客様優待セール」で目玉になる商品だ。つまり、かなりお買い得になっている。……そのかわり、店員は「販売ノルマ」が課せられ、なにがなんでも売らなくてはならないらしい。

「欲しいのはHDDつきのDVDレコーダーだよう。友だちはパナソニックのを持ってて、すっごく便利だって言ってるんだよう。『緑野ちゃんがRAMを持ってたら、CS放送のトド様をデジタルで録画してあげられるのに』って言われてるんだよう」
 わたしが持ってるのはプレステ2、つまりRしか見られないんだよー。RAMは再生できないの。

「RAM? RAMは消えゆく運命だから、あんまりおすすめしないけどなあ」
「えー? でも、わたしの周りではRAMが優勢だよ? それって、わたしの周囲だけ?」
「お姉の周囲だけでしょ。世界的に、優勢なのはRW」

 でもでも、某掲示板では、みんな反対のこと言ってるよ?
 優勢なのはRAM、RWはもうだめだって。
 電器屋の店員がRWをすすめたりするけど、きっと売れ残りを売りつけようとしているんだ、信用するな的なことを、複数の人が同意しあってたぞ。

「ぼくら店員サイドからすれば、RAMを売る方がこわいな。将来的になくなりそうだってわかってるだけに、あとでクレームのもとになりそうだから、躊躇する。RAMを欲しいって人には、『RAMですけど、本当にいいんですか?』って確認してるよ。あとがこわいから」

 そ、そんなにだめなの、RAMって……。んなこと言われると、たしかに躊躇するよ。

「ま、とりあえずRAM/Rを買っておけば問題ないでしょ。RAMは消えるかもしれないけど、Rは生き残るだろうから」

 そうか。Rのレコーダーさえあれば、なんとかなるか。
 んじゃやっぱり、HDDつきのDVDレコーダーで、RAMがいいな。友だちと互換性があるにこしたことないもん。

「そういえば、パナソニックは次世代のDVDレコーダーとも互換性があるんだよね? んじゃパナにしておくべきかな」
 と、わたしが聞きかじりの知識を披露すると弟は、シニカルに笑った。
「パナソニックはなー……冷徹だからなー。信じると、あとがこわいぞー」
 な、なになに。

「たしかに、パナは互換性をうたい文句にはするけどな、それは第一期機種までなんだ。
 パナは昔、独自で大容量の記憶メディアを開発してたんだけど、そのときのうたい文句が、『DVDと互換性があります』。
 たしかにそれは、嘘じゃなかった。
 DVDレコーダーが発売された、最初の機種だけには互換性があった。けど、その半年だか1年だかあとに発売された機種からは、互換性ナシ。切り捨て」
 切り捨て?
「そう。DVDレコーダーとの互換性を信じて買っていた人たちは、切り捨て」
 いいのか、それ?
「たしかに、次世代機の最初の機種では互換性があったから、嘘はついてない。嘘じゃないけど……。
 ぼくら販売店サイドの人間からすりゃ、よくもあれだけ冷酷に切り捨てられるもんだな、こわいな、と。
 パナは過去2回、やってるからな。互換性を売りにしたうえでの、切り捨て」
 2回っすか! そ、それは……3回目もありそーだな……。

 互換性はアテにしちゃいかんっちゅーことか。
 うう。
 どうしよう。

 でも今すぐ欲しい……。
 莫大なビデオ財産を、Rに焼きたいんだよう。

 頭を抱えるわたしに、弟は言う。

「それよりも、誰か空気清浄機いらない? 重点商品なんだけど……」

 いらない。
 つーかそんな微妙にマニアックなもの、同世代の独身たちが欲しがるかっつーの。
 そしてそれって、店頭で安くなってるからって、流しの客が買うとも思えないアイテムですけど……?

「だからみんな、こまってる」
 みんな、って、現場の社員一同ですか。決めるのは現場を知らない上の人たち。
 いずこも同じ秋の夕暮れ。

 てゆーか弟よ、あんたはパソコン売り場の人間でしょ。
 なんで空気清浄機売るのがノルマになってるのよ?

 
 弟に会うなり、文句を言われた。

「お姉は大罪を犯した。おかげでぼくは迷惑を被った」

 お姉、というのはわたしのことだ。弟はわたしをこう呼ぶ。そして弟の一人称は「ぼく」だ。何故か一度も「おれ」とは言わない。へんなところでおぼっちゃま。

 
 は? 大罪?
 愛用のマグカップを持ってもらい湯に行ったわたしは、顔を見るなりそう言われて首をひねった。
 いや、のどが渇いたからお茶が飲みたかったのよ。でもちょーどウチのポットが空でさ。一から沸くのを待つより、親の家にカップ一杯のお湯をもらいに行った方が早いだろーと思ったのよ。
 んで、茶こしにお茶っぱ入れて、それをマグカップの上に乗っけて、つっかけ引っかけて、すたすた公道を歩いて、親の家まで行ったのよ。

 ドアを開けるなり、「あーっ、言ってたら本人が来た」と言われ、なにごと? と顔を見た途端、弟に責められたのよ。

「お姉が、この世でもっとも尊い母上様の予定を狂わすと言う、ゆるしがたい大罪を犯したから、すべて悪い」

 仕事から帰って来たところなんだろう。弟はひとりで遅い夕食を取っていた。
 弟の横には母が坐っている。

「母の予定とは、地上に存在するあらゆるものより大切な、なんびとたりとも邪魔をすることはゆるされない尊いものだからな」

 弟はかなり怒っている。
 怒りながら、ごはんを食べている。

 あー、なるほど。

 わかりました。

「母、あんたにも言ってたの?(笑)」
「言っていたさ。ずーーーーっとな(怒)」

 はい。
 今日わたしは、つい先刻まで飲まず食わずでいました。
 理由はありません。
 もともと食事というものにルーズなので、理由もなく食べなかったりするんですわ。
 それが、母にバレましてね。

「なんでなにも食べてないの?!」
 と、叱られましたのさ。

 んで、ゆうべから20時間ほど飲まず食わずだったわたしに、大慌てでなにか食べさせようと、ごはんを作ってくれたんですわ。つっても、レトルトのパスタソースを温めて、パスタをゆでてくれただけだけどな。
 食欲がなくても、とりあえず他人が労して作ってくれたら、その厚意に報いるために箸を取ります。
 とくに食べたくもなかったんだが……母上様がわざわざ作ってくれたから、ありがたくいただきましたさ。

 でもそれによって、母は「予定が狂った」のだ。

 母は忙しい。
 いつもいつも忙しい。
 仕事と家事だけなら、それほど忙しくはないはずだが、彼女はその人生において「暇」だったことなどただの一度もない、とてつもなく忙しい人なのだ。
 秒刻みで生きている、たぶんこの世でもっとも忙しい人の時間を、わたしが不用意に奪ってしまった。
 わたしが自分でごはんを食べなかったから、母が作るはめになった。
 母は予定が狂った。
 わたしが自分でごはんを食べてさえいれば、しなくてよかったことで、時間を浪費した。

 それに対して母は、怒っていた。

 山からの帰り道でわたしに電話してきたとき「なんでなにも食べてないのっ?!」と叱りつけてからずーーーっと、家に帰ったときも、わざわざわたしのために作ったごはんを、わたしがありがたくいただいているときも、ずーーっとずーーっと、怒り続けていた。

「予定が狂った!」
 と。

 わたしのために時間を浪費したことを、えんえんえんえん、愚痴り続けていたんだわ。
 わたし相手にも、顔を合わせている間中、絶えることなく言っていたんだが。

 どうやら、帰宅した弟相手にも、同じように愚痴りつづけていたらしい。

「朝起きたところからはじまって、現在にたどり着くまでずっとだぞ」
 と、弟。

 朝?

 わたしのためにごはんを作ってくれたのは、今日の夕方だ。なのに母の愚痴は今日の朝のことからはじまる。朝の段階では、別の家に暮らしているわたしとはまったく関係ないはずなんだが。

 朝、忙しい母は「今日はこうしましょう」と自分で1日のイメージを作る。
 朝、母はいろいろ夢を見る。今日はこんな日。今日はあれをするの。これもするの。そしてこんなふうになるの。
 朝の希望。きらきらきら。

 なのに。
 アホウな娘のために、予定が狂った。
 朝、あんなに夢を見たのに。
 あれもしましょう、これもしましょう。こんな日になるはず。
 そう思っていたのに。
 ああ、夢を見たわたしの朝のひととき。
 朝のわたしが希望に満ち、無邪気だったことから語らなければ。アホウな娘の仕打ちの非道さは伝わらないわ!
 ……てなもんで、まず、母の朝の話からはじまるわけなんだわー。

 朝の話を聞かされて、昼間の趣味の山登りの話を聞かされて、夕方機嫌良く帰ってきたら、なんと娘が食事もせずにいるという! オーマイガッ! すぐになにか食べさせなければ! なんて非常識な娘なの、いいトシをして!! という話を聞かされ。

 弟は、仕事から帰ってからずーーーっと、母の愚痴を聞かされつづけていたらしい。

 た、大変だな。
 朝から今日一日ぶんの母の日記を愚痴モードで聞かされたのか……そりゃ怒るわ。

「母の大切な時間を浪費させるなんて、絶対にやってはならないことだ、法律でも決まっている!」
 弟はぷんぷん。
 ごめんてば。
 まさかあんた相手にも、壮大な自分語り……じゃねーや、「アホウな娘のために、大切な時間を30分ほど浪費させられた」ことを嘆いていたなんて、思わなかったからさー。
 しかも朝の話からか……わたしには朝の話はしてなかったから、弟の方が話が壮大になっている分、気の毒だ。

 でもわたし、母にはひとことも言い返してないよ。
 「ごはん作ってなんて、わたし頼んでない」なんてこと、言ってませんてば。
 母はわたしのことを思って、自発的に作ってくれたんだもん。ありがたいことです。
 そして、食べている間中、ずーーーっと責められつづけていましたさ、「予定が狂った。時間を浪費した」と。

 いやあ、元気です、マイ・マミー。

 母がなんでそんなに忙しいのか、わたしは理解する気がないので、子どものころからずっとスルーしてきた。
 下手に「なんで忙しいの?」なんてことを聞こうものなら、それこそ何時間も「いかにわたしが忙しいか!」を語られてしまうからだ。
 何時間も語る暇があるなら、もっと有意義に時間を使えばいいのに……とは思うんだが。こわくて言えない(笑)。

 とにかく母は忙しい。
 そんな母の時間を奪うことは、万死に値するのだ。
 そして今日のわたしは、大罪を犯した。

 弟は被害者。
 彼は最近、母と人間らしい会話することをあきらめている節があるのだが、今日またそれに拍車がかかったかもしれん。

 母は「息子がろくに口をきいてくれない」と嘆くが、それはまー、自然の摂理のひとつじゃないかと。
 それこそ、母の時間を浪費することはこの世でもっとも許されない大罪、という摂理と同じくらいには。

 緑野家は今日も平和ナリ。

  
 母がきのこを採ってきた。

 母は山女。
 傍目からすれば「アンタおかしいよ」というくらいの、山オタク。
 この世のすべての価値観の中心にあるのが「山」。
 母を見ていると、「いくら好きでも、ものごとには限度があるよな」と自戒になるくらいの日々の暴走ぶり。

 そんな母は、今日も山登り、明日も山登り。

 んでもって、わたしが第九の練習に行くために自転車を取りに親の家まで行ったとき、ちょーど母は山から帰ってきたところだったようだ。
 まだ着替えもせずに、茶の間で本を読んでいた。

 きのこの本。

 テーブルの上には、得体の知れないきのこがごろごろ。

「今日山で採ってきたの。食べられるかと思って」
 母はご機嫌でそう言う。

 ……食べる? ちょっと待て、冗談でしょ。なんでそんな、得体の知れないモノを食べようなんて考えるの?

「だから今、調べてるのよ。種類さえわかれば安心して食べられるでしょ? わざわざこの本、買ってきたんだから」

 そういう問題じゃないでしょ。
 この飽食の時代に、食用としてお店に並んでいない種類のきのこなんて、食べられないか、食べてもおいしくないかのどちらかに決まってるっつーの!!

「あたしはこれから練習に出かけるから、ごはんは帰ってから食べるね」
 つきあっていられないので、それだけ言い捨てて自転車に乗って家を出た。

 マジ母は、あのきのこを食べるつもりなんだろうか。
 晩ごはんはきのこ料理なんだろうか。
 難関、フーガの練習をしながらも、わたしは不安にさいなまれる。
 わたしは絶対食べない、口にしない。わたし個人の問題なら、それでいい。
 しかし母は。
 あの調子なら、絶対食べる。父にも食べさせるかもしれない。弟もだまされて口にするかもしれない。
 どうしよう、毒きのこだったら……!!

 腹を抱えて笑い続ける緑野家の人々が、救急車で運ばれる姿を想像。
 もちろん、遠巻きにひそひそ話をするご近所さんたちの図付き。

 うわあああ、いやだぁぁああ。

 つーか母、山でなにか採ってくるのはよせと、あれほど言っているだろう!!
 勝手に採ってくるのは泥棒だってばっ。この国のどこに所有者のいない土地があるというんだ、みんなどこかしらが権利を持っている私有地なんだぞ。そこにあるものを勝手に採取したらそれは、泥棒だってばーっ。
「**さんなんか、たけのこを採ったりしてるけど、あたしはしてないもん。あたしが採るのはワラビとかの山菜くらいのもんよ」
 そーゆー問題じゃないってば。
 中高年ハイカーのおそろしさ。集団で狩りに出るからなー。

 母は狩猟民族タイプだから、きっと血がうずいてるんだと思う。獲物を狩りたくてしょーがないんだ。
 わたしと母はまったく似ていないと思うのだが、母はわたしを見て「顔も性格もそっくり!」とおそろしいことを言う。
 たしかに顔は似ているかもしれないが、性格はちがうってばーっ。
 わたしはアナタほど攻撃的じゃないよーっ。

 ああでもでも、前の職場に有名な「イタタ」なおねーさまがいた。彼女のものの考え方はすべてにおいて「自分中心」、身勝手を絵に描いたよーな人だった。
 そのおねーさまが語るところの、おねーさまの母上様。これがまた、おねーさまそっくり!!
 そっかー、おねーさまの性格の傍迷惑さや非常識さは遺伝だったのかー、と感心して聞いていたら。
「ほんとにうちの母ときたら、自分勝手で! アタシとは性格ぜんぜん似てない!!」
 ぎゃふん!!
 アンタら親子、そっくりですがな!!
 と、ココロの手がハゲしくツッコミ入れましたがな!

 そーゆー例があるからな。
 ひょっとしてわたしと母は、ほんとは似ているのか、性格??
 でもでも、わたしはあそこまでコワレてないぞ。コワレてないと思いたい……。
 わたしはタカラヅカ大好き人間だけど、人生の価値のほとんどをタカラヅカだとは思ってないぞ。

例 「ねえねえこの服、すてきでしょ?」
母 「でもそんな服じゃあ、山では着られないわ、すぐに破れそう」
ツッコミ 誰が山の話をしている!!

例 「このスープ、おいしくない」
母 「山でならなんでもおいしいわ。空気がちがうもの」
ツッコミ 誰が山の話をしている!!

例 「**ってたのしくていいよね」
母 「山ほどたのしいものはないわ」
ツッコミ 誰が山の話をしている!!

例 たとえそれがどんな話であろうと、
母 「山はいいわ。どうしてみんな山に登らないのかしら。世の中の人って変ね」
ツッコミ 変なのはアンタだっ!!

 わたしは少なくとも、「この服すてきでしょ?」と言われ、「タカラヅカではそんな服着られないわ」とは返さないわ。ちゃんとその服についての感想を言うわ。
 スープの話をわざわざヅカにつなげたりしないし、とにかくなんの関係もない日常生活のあらゆる会話を、すべてヅカに関連づけて喋ったりはしないわ。
 ヅカに興味のない人を、「変」だとは思わないわ。

 わたしは母よりは常識的だと思う!
 そうよね??

 練習の帰りの電車の中で、携帯電話のチェックをした。
 ……母から電話が入っている。
 練習中は音を切ってあったから、事なきを得た。
 が。
 家に帰ってもちろん怒る。
「ちょっと母、あたしはこれから第九の練習に行くって言って家を出たよね? なのになんで、その練習中に『今すぐごはん食べに来い』って電話かけてくるのよ!」
「あんたが家にいないなんて知らなかったもん!」
「これから練習に行くって言ったでしょ?」
「聞いてない」
「言った」
「いつ言った?」
「母がきのこの話してるとき」
「じゃあそんな話、聞いてるわけないじゃない、あたしはきのこの話してたんだから!」
 勝ち誇って言うな!
 つーか人の話を聞け。
 自分の話しかしないんだから。

 んで、問題の晩ごはん……。
 きのこなの?

「あのきのこは、あきらめたわ。図鑑に載ってないんだもの」
 母はしぶしぶ。

「だからっ、食べられないことぐらい、最初からわかってたでしょーに!」
「なんでわかるのよ? 調べてみないとわからないじゃない!」
「知らないきのこだってだけで、もうダメなのわかるでしょー?!」
「知らないから調べるんじゃない!」

 世の中の母と娘は、どんな会話してるのかなあ。
 ウチは、コミュニケーションに問題アリっす。
 ママには微妙に日本語が通じません。

 
 エミリオ攻のキッド受小説を、書こうか。ここに。
 わたしにとってのなおちゃんつーと、あのかしましいキッドだったから。
 萌えキャラを演じた人が退団を発表したら、ここで萌えを文字にしてみようか、自分的な区切りの意味で。

 ……なんてことを5分ほど考え、やめた(笑)。

 『大海賊』はプログラムも買ってないし、ビデオも持ってないし、記憶も遠いし。
 小説書くには資料が足りないわ。
 それにエミリオ×キッドを真面目に書いたら、お下品になりすぎる。勃つのたたないの、入れるのいれないのという話になるから(あ、これだけでも十分お下品だわ……)。

 またなにか萌えがあったら、そのとき考えよう。

          ☆

 母の携帯に迷惑メールが来る。
 何故?
 わたしの携帯にも弟にも、あとてきとーに聞いた友人たちみんな、迷惑メールなんかほとんど来ないというのに。

 母にだけ、1日に何通も来る。

 母は、メール文化に慣れていない。いや、携帯電話というものにさえ、未だ慣れているとは言い難い。
 携帯電話を買ってしばらくは、「無くしたりぶつけて壊したりしちゃいけないから」と言って、携帯しなかった。
 携帯電話を携帯しないでどうする!(怒)
 そしてつい先日までは「もったいないから、使わないときは電源を切っておきましょう」という人だった。
 電話の電源を切ってどうする!(怒)
 言い含め、諭し、半ば脅迫して、「外出するときは携帯電話を携帯する、いつも電話の電源を入れておく」ということをおぼえさせた。

 メールは母が自分からおぼえたいというので、わたしが教えた。……そりゃーもー、すばらしい忍耐力で、教えた。サルにものを教えるような、はてしない忍耐力でだ。
「ねえねえ、それで、漢字の変換はどうやるの?」
「……前にも何十回と言ったけど、ここを押すの」
「わかった、おぼえたわ。それで、句読点はどうやったら出るの?」
「……前にも何十回と言ったけど、ここを押すの」
「わかった、おぼえたわ。それで、のばす記号が使いたいんだけど、どうするの?」
「……前にも何十回と言ったけど、ここを押すの」
 そのときちょうどわたしは、出かけるところだった。待ち合わせの時間が迫っていた。それでも「前にも何十回と言った」ことを忍耐強く繰り返し教えていた。
「もう一度言っておくけど、変換はこう、記号はこう、こことここを押せば、それで送れるから。んじゃ、あたし、もう出かけるね」
 だめ押しにもう一度説明して、さあ家を出るぞと思ったら。
「ええっ、あんた出かけるの?! それならメモ取るから最初から説明して!!」

 最初からメモを取れ(怒)。

 何十回でも何百回でも、わたしがいる限り、横で説明させるつもりだったろう、ママン!!
 「おぼえた」と言いながら、カケラもおぼえる気なんかないんだよね?!

 母にメールをおぼえさせるのが、どれだけ大変だったか……。遠い目。
 未だに、句読点とのばす記号はおぼえてないみたいだけどな。

 母にとって、携帯電話もメールも、いまひとつ理解しがたい文化らしい。
 そんな母のもとに、迷惑メールが来る。

「知らないメールが来た!!」
 …………パニックである。

「人妻、熟女とも出会える……って書いてある!! あたし、人妻も熟女もいらない!!」
 そりゃそうだろう。

「なんなのこれっ?!」
 出会い系サイトってやつだよ。名前くらい聞いたことあるでしょ?

「なにと出会うの?」
 人とに決まってんじゃん。

「なんで出会うの」
 友だちとか恋人とか、その他いろいろ、欲しいとか思うんじゃない?

「なんで欲しいの? あたし、友だちなんかこれ以上いらない。今、どうやって友だちを減らそうかって苦労してるくらいなのに」
 …………。

「あたしと友だちになりたいって人が多すぎてこまってるのよ。あたしはもういっぱいいっぱい、これ以上つきあう人を増やせないところまで来てるのに、みんなどうして……」
 以下、自分語りがはじまるので略。

 とにかく、これ以上なく人気者で人生充実していて現状になんの不満もない母上様には、「出会い系サイト」などというアサハカな広告メールは迷惑千万、誰に向かって言ってるの、文句があったらベルサイユへいらっしゃい!! なシロモノらしい。

「いらないメールは、読まずに消去。はい、ここを押す」
「わかった、おぼえたわ」

 ……ええもちろん、この「わかった、おぼえたわ」ももちろんただの相槌に過ぎず、わたしは何十回と同じ説明をすることになったさ。迷惑メールが入るたびにな。

 そして母は最近、メールの消去の方法はおぼえたようだ。いちいちわたしに消し方を聞きに来なくなった。
 しかし。

「なんとかして、いらないメールが山ほど来るの!!」

 はじめ、わたしは信じなかった。だって、わたしにはまったく来ないのよ。昔はそーゆーメールが山ほど来ていたころもあったけれど、いつのころからかピタリと来なくなった。電話会社が規制をかけたんだよね、たしか。
 またまた、たまーに1通2通迷い込んでくるぐらいのことで、「山ほど」とか言って。大袈裟なんだから。
 と、なまあたたかく母の携帯をのぞいてみると。

 ほんとに、いっぱい来ていた。

 1日に5通以上は当たり前。
 おかしい。なんで母の携帯にだけ、こんなに来るの? わたしには1通も来ないのよ?
 しかも母の携帯は、電話番号メールを拒否している。アドレスを打ち込まないとメールは来ない。
 ちなみに、わたしの携帯は電話番号メールも受信することにしてるんだけど。それでも迷惑メールは来ないよ?
 弟や、他の友人たちにも聞いてみた。
 みんな、迷惑メールは来なくなったと言っている。

 何故、母にだけ?

 しかも、よりによって、母。
 迷惑メールが来るたび、パニックに陥る。
「またメールが来た」
「またメールが来た」
「またメールが来た」……
 メール着信するたびに、騒ぐ。
「どうして? 不愉快だわ。友だちが欲しいなんて変。わたしは友だちを減らすのに必死なのに。熟女や人妻。さみしいあなたって誰よ、わたしはべつにさみしくなんてないわ。さみしいなんて言う人が変。ふつうに生活していたら、そんなこと思わないものなのに」……
 ああ、うるさいっ。

「いちいち騒ぐな、いらんメールが来たらさっさと消せ!!」

「またメールが来た」
「またメールが来た」
「またメールが来た」……
 理屈ではなく、耐えられないらしい。
 メール着信音がするたびに、踊るアホウがひとり。

「メールがママンになにかした? 噛みついた? 爆発した? お金を取った? 些細なことでぎゃーぎゃー言わず、消せばすむことでしょうがっ」
 うちの携帯がメール受信に課金されるタイプならともかく、無料だっつーのに。なにをそんなにさわぐことがある。

「だって、電気代がもったいないわ!!」

 ……はい?

「いらないメールを受信したら、そのぶん電気代がもったいないわ!! 画面が動くし、音がするし、消すのだって電気使ってるし!!」

 どうやら母、電気代を心配して踊りまくっていたらしい。

「あのね、母。母は1日何分時計を見る? 1日に時計を見る時間を全部合わせても、5分間ぐらいよね? じゃあ時計を見ていない23時間55分は無駄だってことよね? 電池代がもったいないってことよね?」

 母が言っているのは、そういうことよ。
 見ていない23時間55分、時計を動かしているのはもったいないって!!

 つーか、メール着信関係の電気代って、いくらだよ?!
 それは時計の電池代とどっちが上だ?!

 言い含め、諭し、半ば脅迫して、
「わかったわ。メールを受けて消しても、大して電気代はかからないのね。それなら我慢するわ」
 と、納得させた。

 それでも迷惑メールが来ると、やっぱりなにかとうるさい。
 ああああ。
 何故、母にだけ。
 他の誰にも来ないのに!!
 そして、他の誰だって、迷惑メールごときでこんなに騒がないのに!!

 もちろん、着信拒否アドレスを設定してあげましたよ。ドメインごとね。
 それでも、隙をぬうように、母の携帯にだけ迷惑メールはやってくる。

 誰か、緑野家の平和を壊す目的で、うちのママンを狙っている?
 迷惑メール爆弾で。


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