まとぶさんが、幸せでありますように。

 舞台を観ながら、ここまで切実に祈ったのは、はじめてかもしれない。
 卒業していくタカラジェンヌに感謝と多幸を祈るのはいつものこと。ありがとう、出会えて良かった、これからもどうか幸せに。
 わたしは所詮ただのヅカファンで、ヅカファン人口の何万分の一にしか過ぎず、彼女たちの人生に対してナニか思うのはおこがましいってゆーか、どうこう言える立場じゃない。別れは悲しいし寂しいから、うだうだ言ったりはするけれど、ほんとのとこは仕方ないと受け止める。
 それがどんな決断、どんな結果であっても、最終的に選んだのはジェンヌ自身なので、わたしはただ外側から幸あれと見守るのみ。
 だからいつだって、幸せになれ、と願って退団公演を観劇するけれど。

 なんかもお、すごい勢いで、まとぶんの幸せを祈った。

 
 トップスターの退団公演、東宝千秋楽。
 それは、ヅカファンにとってはとても大切な日で、神聖な儀式で。
 卒業するスターの特別なファンでなくても、ヅカファンであれば誰もが特別に考え、その日の予定が恙無く終えられることを望む、そういう日だ。

 トップでなくても、スターと呼ばれる立場にない下級生であろうと、あらゆるジェンヌにとって、卒業の日は特別。
 だけどそこにさらに、トップスターは「タカラヅカのトップスターである」というお約束、儀式のようなイベントがある。
 望もうと望むまいと、それがトップスター。特別であることは、すでに義務だ。

 その伝統を受けて、花組東宝公演千秋楽、早朝から劇場前にはたくさんの人々が詰めかけていた。
 「入り」はないと発表されていたらしい。ファンクラブというものに疎いわたしには、それがどうやって決まったことなのか、どうやって伝達されたことなのかわからない。
 たしかに、劇場前には会服を着た人々がいなかったように思う。
 在団生たちは自分の会の前で立ち止まって手紙を受けることなく、人混みの前を等しくスルーして楽屋口に消えていく。帽子にサングラス、加えてマスクなどで、顔がわからない人たちがほとんど。
 千秋楽くらいしか東宝に来ないわたしには、そこまで顔を見せてくれない姿で劇場へ出勤する生徒さんたちを見るのははじめてだった。

 でも、卒業する生徒さんたちはちゃんと顔を見せてくれた。
 白い服を着て、清々しい笑顔を見せてくれた。
 ファンの人たちが集まっているところで挨拶をしたり、最後の声掛けをしたりとかいうことはなかったけれど、ちゃんと詰めかけたファンの前を歩いて楽屋へ入っていった。
 沿道の人々からは、拍手が起こった。
 会の人たちが取り仕切っているわけではないから、自発的にだ。
 ヅカファンならば、拍手をする。今日を限りに花園を巣立っていく美しい人たちへ、感謝と激励を込めて、手を叩く。

 イベントとしての「入り」はないということだけど、会に入っていない、ギャラリーしかしたことのないわたしには、卒業生の最後の楽屋入り姿を見送るという点では、通常とあまり変わりはなかった。

 でも。
 トップスター、まとぶんはどうなるんだろう。

 通常のトップスターの最後の入りは、劇場入口に大きな花のアーチが作られ、組子たちもロビーまで出迎え、とても盛大なモノだ。
 しかしこの日はアーチもなにもない。「入り」はしないということだから、それは当然かもしれないが、なんだか不安な劇場前姿だった。
 あるべきものがない、というのは、こんなに落ち着かなく、不安な気持ちになるもんなんだと、はじめて知った。

 わたしは退団者だけでなく組子全部眺めたいからと楽屋口の向かいにいた。
 しかし、まとぶんをひと目見たくてやって来た人たちの多くは、楽屋口前ではなく、劇場入口正面にいたのだと思う。トップスターは通常楽屋口ではなく、劇団正面入口から入るから。
 ガラス越しに出迎える組子の姿も見たいだろうから。
 詰めかけたギャラリーの中心点は劇場入口正面で、そこから左右に広がっている。人々はクリエ前にもたくさん並んでいる。トップスターが帝国方面へパレードしてくれることを期待して。

 だけど。
 現れたまとぶんの車はまっすぐ楽屋口前に停まり、降車したまとぶんはそのまま楽屋口に入った。
 立ち止まることすらなく、沿道を埋めたファンたちに一瞥もくれず、足早にドアの向こうへ消えた。

 悲鳴が上がった。
 落胆の声だ。
 まとぶんの車が来た、と待ち望んだ声と拍手が起こった、そのわずか数十秒後に。
 拍手は消え、歓声は嘆きの声に変わった。

 「入り」はない、というのは、こういうことなんだ。

 悲しかった。
 ただもう、かなしかった。

 楽屋口前にいたわたしはまとぶんの白服姿も見られたけれど、劇場前で彼を待っていた多くの人たちはろくに見られなかったのではないかと思う。
 最後にひと目会いたくて、姿を見たくて、早朝から沿道に並んでいただろう人たちの、嘆きの悲鳴が、胸に痛かった。
 ファンクラブに入っている人たちは別にお別れの場があるのだろうけれど、そうではない人で、この入りだけが最後のチャンスだった人も、いただろう。
 会に入って応援するのがタカラヅカの正しい姿だとは思うけれど、そうでない人たちにも門戸を開いている以上、どんなスタンスで応援したっていいはずだ。そんな人たちが「入り」はない、ということを知らず、劇場正面で何時間も待っていたとしたら、ないと聞いてなお、一縷の望みを掛けてそこにいたとしたら、切ないことだ。
 また、会に入っている人たちだって、ふつうに「入り」のイベントをしたかったろうし。
 どの立場の人にとっても、切ない。

 そして。
 あのまとぶんが、自分のファンに、タカラヅカのファンに、こんな思いをさせることを望んだはずがない。
 待っていてくれた人々に手を振って、笑顔を見せて、「ありがとう」と言いたかったに違いない。
 なのに彼は、詰めかけた人たちをそこにないものとして、背を向けた。

 嘆きの悲鳴は、彼に聞こえたのだろうか。

 どれほど、かなしかったろう。つらかったろう。

 
 震災後の東京での公演。
 募金活動や入り出の自粛をどうこう言うわけではまったくない。
 「入り」がないなんてひどーい、とか、そーゆーことを言いたいわけじゃないんだ。
 それが劇団の判断であり、生徒たちの思いならば、受け止める。
 これが今目の前にある「現実」だからだ。
 大好きな人たちが懸命に行っていることならば、受け入れ、「大丈夫だよ」と言いたい。
 思いは届いているよ、大好きだよって。

 思わず落胆の声を上げた人たちだって、それはまとぶんを責める意味で上げたわけじゃないだろう。
 悲しいから、もれてしまっただけで。

 なにが悪いのではなく、ただ、悲しい。
 震災で苦しんでいる人々から比べればたかが娯楽でナニが、てなものだが、そういう次元の話ではなくて。

 それぞれが、それぞれの立場で、立ち位置で、苦しみながら懸命に生きている。

 それを見守り、見守ることしかできないわたしは。
 ただなんかもお、かなしくて、祈ることしかできない。

 花組のみんなが幸せでありますように。卒業していくみんなが幸せでありますように。
 そして、まとぶんが、花組トップスター真飛聖が、幸せでありますように。 
 『愛のプレリュード』オープニング、白い衣装でせり上がってくるフレディー@まとぶんの激痩せした姿に胸を突かれ、動揺しまくった。
 が、それ以上に……今まで見たこともない表情に、うろたえた。

 見たこともないったって、わたしが知るまとぶんなんて彼のほんの一部でしかなく、わたしが知らないだけのことかもしれない。
 それでも、わたしがはじめて見る表情だった。

 まとぶんは良くも悪くもとても正直な人で。
 芝居だからそれは確かに演技なのだけれど、技術で演じるというよりも、そのキャラクタになりきることで、自分の感情で演じる人だ。
 だから悲しいときは本当にまとぶん自身が嘆き悲しんでいるのだろうし、喜んでいるときはまとぶん自身がうれしいと思っているんだろう。
 それが役者として正しいかどうかは知らないが、彼のナマの感情は、慟哭や叫びは、客席にいるわたしに届く。突き刺さる。
 今までもそうやって彼に泣かされてきた。

 しかし。
 今日の彼は、なんなんだろう。
 ときどき見せる、今まで見たことのない顔は、なんなんだろう。

 項羽@『虞美人』で見せていた、心を失ってしまった顔ともチガウ。
 耐えているとか激情に揺れているとか、そういう顔でもない。

 「フレディー」としての感情、表情の合間合間に、ぽん、ぽん、とその「知らない顔」が混ざる。

 喜怒哀楽で分類すれば、間違いなく「悲しい」顔だ。
 つらいとか苦しいとか痛いとか。
 そういう、見ているモノの胸が突かれる顔。

 でもそれは不幸だとかマイナスの色を持ってはおらず。
 ただ彼から目が離せず、愛しさばかりがこみ上げる。

 で、フレディーさんってばもお、あちこち顔面崩壊気味で、そこまで顔芸しちゃうと美しくないよ?ってくらい、嘆いたり怒ったり叫んだりしてました。
 なにしろ脚本がアレ過ぎるので、フレディーさんの言っていることは支離滅裂、意味がまったくわからない。言葉の意味はスルーして、演じている人の心を感じ取るのが正しい観劇方法(笑)なので、わたしはひたすらまとぶんの芝居のみに集中していました。
 まとぶんは自分の中のすべてを出し切る勢いで、タカラヅカ的に美しい域を超えた表情で、「フレディー」を演じていました。

 そして、真ん中のアツさに負けない花組っこたちの演技。
 キャシー@蘭ちゃんのきーきー具合もグレードアップ……大変な役だよなあコレ。悪いのはスズキケイですよほんと。
 ヒロインのジョセフ@壮くんは、銀橋ソロのアップテンポぶりにびびり、ラストの渾身の笑顔にえりたん健在ぶりを見ました。

 
 まとぶんの「表情」は、やっぱりフレディーさん固有のモノではなかったんだと思った。
 そのあとのショー『Le Paradis!!』でも、やっぱりあちこちで、あ、と思った。
 うまく表現できないし、第一それがなんなのか、わたしが勝手に引っかかっているだけで、他の人たちには見慣れたナニかなのかもしれないし。

 まとぶんは全開に笑い、ときどきやっぱ行きすぎていて、美しいを通り越した笑い方をしていた(笑)。
 そんなところも、すごくまとぶんなんだと思う。

 
 まとぶんや他の退団者たちを視界の中心においての観劇だったんだけど、中詰めあたりでふと、舞台を俯瞰して眺めた。
 なんか唐突に正気に返るというか、目が覚めるというか。

 舞台には、電飾が輝いていて。
 これでもかと一面に光があって。ホリゾントの鏡も含め、光は光を反射し、なんともまばゆい、美しい空間で。

 タカラヅカって、すごい。

 心から、思った。
 ほんとに、なんてすごい舞台で、公演で、わたしは今ここにいて、すごいモノを見ているんだろうかと。

 今さらなんだけど。

 そして、この美しい舞台が今こうして上演されていること、中止になったり、劇団自体がなくなったりしてなくて、良かったと思った。
 所詮娯楽なんてモノ、生きる上では不必要なモノだ。なくなったところで、人間は生きていける。
 だけど。
 美しい、と思う、この今一瞬の感動のために、エンタメは必要なんだと思う。

 美しい。
 そのことだけに心が揺れて、満たされて。

 この美しい舞台を作る人たちに、こころから拍手をした。
 感謝と、祈りを込めて。

 
 まとぶんのサヨナラショーでは、ムラで観たときほどはまっつの不在を感じなかった。
 さすがに、サヨナラショー観るの3回目だもんな。ムラ前楽で観たときの喪失感は半端なかったが、東宝楽では平静に観られたと思う。
 まとぶんの思い出は、わたしのなかのまっつの思い出と直結しているから、曲のひとつひとつに思い入れはありすぎるけれど。

 生き生きと踊るまとぶんと組子たちを見守って。

 
 退団挨拶がそれぞれ短めなのは、上演時間短縮のためだろうと思った。
 余震警戒だの節電だの理由はいろいろあるんだろうけれど、この建物にこれだけの人数を密集させておくリスクは、劇団としては少ない方がいいと判断したのか、短縮できるところはするつもりなんだなと思った。
 それくらい、退団者の挨拶は簡潔だった。

 予定より、かなり早く進行できたと思う。
 というのも、ロビーに貼ってあった「終演時刻」は午後6時20分だった。
 なのに、6時10分には1回目のカーテンコールも終わってたんだもん(笑)。
 客電が点いて明るくなったから、時計がよく見えた。

 あと10分は劇場を使ってイイってことだから、カテコしていいんだな、とわたしも安心して拍手を続け、幕が上がるのを待った。

 ところが、そっからが、もお(笑)。
 10分も余裕あるからと、出演者もスタッフも余裕でカーテンコールに応えたんだろうけど。
 退団者だけの「トークショー」が、ぐだぐだ(笑)。
 話進まない、終わらない。
 下級生たちはしっかり端的に話すんだけど、期待通りしゅん様がぐだぐだぶりを発揮、それにいちいちまとぶんがツッコミを入れ、しゅん様がソレに生真面目に反応、もとの話はどこかへ行って……とめちゃくちゃに。
 もちろんめおくんも右に同じく。
 袴姿で花楯を持って、緞帳前でまさかのどつき漫才。

 泣き笑いの客席と、出演者。
 余っていたはずの時間は押しまくり、オーバーしまくり、終演したの6時40分くらい。……ヲイ(笑)。

 笑いで収めるまとぶんのまとぶんらしさ。
「愛してるか?」のかけ声は、花組伝統としてらんとむさんにも是非継承して欲しい。
 オサ様のかけ声に合わせて叫んだのは、つい昨日のことのようなのに。

 
 「入り」はなかったけれど、「出」のパレードはちゃんとあった。
 それが救い。
 いつもならマスコミ用の櫓が組まれているのにソレもなしで、退団者はマスコミの前でポーズを取ったりしない、ただ花道を歩くだけのシンプルなパレードだったけれど。
 ちゃんとあって、良かった。

 ここでも、下級生たちはすごく早く出てきて、日比谷のこの場所に何千人だかの人間を集めるリスクを考えての処置なんだろうな、早く解散させたいんだろうなと思っていたら。
 しゅん様の出が、いきなり遅くて(笑)。彼よりあとは結局いつもの千秋楽パレードの時間って感じだった、まとぶんも含め。

 拍手で見送った。
 感謝と、多幸の祈りをこめて。

 ひとつの時代が、終わったんだ。
 雪組全国ツアー『ロック・オン!』

 まっつが、フィナーレで羽根を背負っています。

 すげえ。青天の霹靂。2番手扱いでも2番手羽根はナイかと思ってた(笑)。
 とゆー、とても貴重な公演、貴重な作品でございます。
 なにしろ合言葉は「最初で最後」。まっつがこんな扱い受けることは2度とナイでしょうし、堪能せねば。

 と、とてもありがたいショーです。
 それは確かで、その点は感謝感激です。

 が。
 それはそうとしてこのショー、つまらな……ゲフンゲフン。盛り上がらな……ゲフンゲフン。

 いやその、ショーの構成、内容がね……すごくびみょー(笑)。

 『ロック・オン!』はそもそも、水くんの退団公演ショーだった。前トップの退団ショー作品を再演する新トップなんて当たり前、めずらしくもなんともない。
 だからそのことはビミョーでもなんでもナイ。
 水くん主演の『ロック・オン!』は良い作品だったと思う。ソレが全ツ再演キムくんバージョンだとなんでこんなことに……って、使い回しの落とし穴について、考える(笑)。

 
 ショーはオリジナル作品なんだから基本アテ書きだが、退団作品となるとその色がさらに濃いのは当たり前。
 『ロック・オン!』は水くんのために書かれた作品だ。
 そして今回、全ツで使い回すにあたり、ナニに気を遣ったのか、水くんのために作られた部分、水くんならではの部分を、取り除いた。

 過去の「トップ退団ショー作品」を次のトップの全ツや別箱公演に転用する場合でも、あまり気は遣われないというか、そのまんま使われることが多い。たとえば、12月24日に退団したオサ様サヨナラ作品『ラブ・シンフォニー』は、わずか1ヶ月と1週間後の2月2日には中日劇場でまとぶんのプレお披露目公演として使われた。
 前トップファンのキモチとか、新トップファンのキモチとか、組ファンのキモチとか、一切配慮ナシですよ? たった5週間後に場面差し替えナシでそのまんま新トップさんで再演ですよ? 歌詞が一部変わったり、振付が一部変わった程度、イメージ的にはまるきしそのまま。歌詞の変更だって、別れの言葉を単に愛の言葉に書き換えた程度っすよ。お手軽すぎて笑える。
 それくらい、使い回しは当たり前。
 劇団都合優先、誰にも気は遣わない。

 なのに何故か『ロック・オン!』は場面が差し替えられていた。
 水くんならではの場面を使わなかった。
 今までそんなことを基本しない劇団が、何故ここで行ったのかはわからないが、とにかく、した。

 そして、サヨナラ作品の水くんならではの場面、というのは、その作品全体を通しての要にあたる場面、なのだ。
 水くんのための作品なんだもん、当たり前だよな。
 車でいうなら、エンジン部分ですか?
 フレームはそのままだから、エンジンがなくても同じ姿だけど、エンジンないと走りませんよ?

 なんかすごく安直に、エンジン外さなかった? 三木せんせ?

 差し替え自体はいいんだ。
 『ラブ・シンフォニー』くらい、そのまんま再演する方がおかしい。新トップコンビのためにはデュエダンしか新しくしなかったのは、実に中村Bらしい投げやりさだ。
 通常は1場面くらいは、それとは別に変更したりするもんだ。同じスケジュールだった月組の『Heat on Beat!』もそんなもんだったし。

 問題は、どう差し替えるか、だ。

 過去作品の差し替えは、エンジンを全部ではなく、一部分だった。ここのパーツだけチガウものに、とか、差し替えても差し障りのない程度だった。
 だから多少馬力の落ちる「本公演じゃないから、これで勘弁してよね」な演出でも、なんとかなった。

 しかし今回は、エンジン全部取り外してしまった。
 そして代わりに、別のものを詰めて、とりあえずフタをした。
 えーっと……別のもの詰めても、エンジンでないと車は動きませんよ?
 せめて別のエンジン積んでくださいよ。

 作品の要部分をカットして、スカスカになった骨組みに、明らかにレベルの落ちるモノを詰め込んで、とりあえずフタをしましたね?
 全ツだから本公演より見劣りして当然、ということに逃げましたね?

 と、まあ。
 使い回し再演の失敗例みたいなことになってます……しょぼん。

 クリエイターとして、どうしてこんなことになっちゃうんだろう。

 もしもわたしが『ロック・オン!』を作った人だとして、これを元に一部改稿して再演する、となると、どこを切って代わりにナニを入れるか。
 自分の作品を愛し、誇りを持つならば、「カットしてはならない部分」ってのが自ずとわかると思うんだけどなあ。
 文章書いていても、その文章のキモとなる部分、ここをカットしてしまったらその文章の意味がなくなる、魅力半減だってところは、自分でわかると思う。

 なのに、そのいちばん大切な部分を自分でカットして、かわりに作品の前後の流れもナニも関係ない、よくわからないモノを詰め込んでしまうなんて。
 その詰め込んだモノがものすごいハイクオリティで、カットしたモノと同等の力があるなら、前後のつながりも作品カラーも無視して上等かもしれないけれど、どう見てもアレなもので代用するって……。
 クオリティ落ちるのは仕方ないというならせめて、全体の流れを汲んで「ひとつひとつは大した場面じゃないけど、全体通して見ると味があるよね」とかにすればいいのに。
 
 自分の作品を、どうしてこんなふうにしてしまえるのか、クリエイターとしての姿勢が謎だ、三木せんせ。

 
 いやその、よーするに、水くん主演版『ロック・オン!』で、面白かった場面はなくなり、あまり面白くないなあ、と思っていたところのみまるっと残っていて、付け加えられた場面も長い方が相当微妙だということなんです、わたし的に。
 プラス部分がなくなり、マイナス部分にマイナスを加えられ、なんともトホホな作品になってます、全ツ版『ロック・オン!』。

 いちばん盛り上がるべき、新ラテン場面の盛り上がらなさはなんなんだろう……。
 初日は客席も困惑していた(笑)。
 昼公演は気合い入れて最初から手拍子したら、だらだらと長くて手拍子が力尽きてゆき微妙な空気になった。舞台の上ではキムくん他出演者たちが必死に「オラオラオラ~~!」とか「ヒュ~~!」とか言ってるのに……。
 夜公演は手拍子も起こらずしーんとしていて、舞台の上ではキムくん他出演者たちが必死に「オラオラオラ~~!」とか「ヒュ~~!」とか言ってるのに、みんなしーん、さすがに長々とそんな感じなんで手拍子しないとまずいかなって雰囲気でぼちぼち手拍子が起こった……ら、ときすでに遅し、場面終了、空気は冷えたまま。
 舞台上で必死に盛り上げているみなさんと、客席の空気の断絶感に、どうすればいいのかとまどった(笑)。

 これが「月の王」の代わりっすか、三木せんせ……。
 てゆーか、新場面はどっちも月組からですか? 安直だなあ。

 前半のピアノの場面の下がり方も、なかなかすごいものがあったけど。(あれは初日初回に観てよかった。客席の反応・空気がすげー正直で……いい経験でした・笑)

 てゆーか、トップコンビお披露目なんだ、デュエダン入れろ。最低限、これだけはなんとかしてほしかったよ、マジで。
 
 
 初日なので、観客もとまどいまくっていたけれど、リピートすればきっと慣れると思う。
 そして、最初で最後(笑)のまっつを堪能するためにも、盛り上がる所存でございます。

 と、問題点は先に書いたので、次からは萌え語りだー!!
 雪組全国ツアー『ロック・オン!』は、なんつーか……まっつのテンションについていけない(笑)。

 オープニングのギラギラぶりがねー、登場からして赤面モノというか、まっつなのにアクティヴでパッショネイトでハイテンションで……アンタ誰?!状態。

 あのまっつががなるよーに主題歌を歌い、短時間でもセンターにいる、という事態に混乱。
 そ、そうか、これは『ロック・オン!』で、まっつの立場的にこのパートをあの場所で歌うんだ。
 たとえ部分的にであっても、センターで歌うまつださんを見るのははじめてで。ええ、そんな立場になったことのない人ですから。(某ロケットボーイ以外で・笑)

 開演前にプログラムで出番だけざーっとチェック、彼を中心とした場面ナシの、劇団意志のはっきりとした扱いには「ちくしょーっ!!」と思いましたが(笑)、それでも今の立場に心臓ばくばく、半年前には夢にも思わない破格の扱い。

 なんかまっつのテンション変だー、と思っていたけれど、特に驚異……つか、はっきり「こわい(笑)」と思ったのは、客席降りにて。
 まっつは下手先頭なんだけど、だーっと下りて通路を走る、そのときに通路際のお客さんとハイタッチしていきます。
 おお、まっつがハイタッチ! と、ここでひとつ驚く。
 客席のかなり後ろの方まで行って、そこでしばらく歌い踊るわけだが、そこのまっつが……どうしちゃったの??
 の、のりのりでいらっしゃいます……。
 全身使って飛び跳ねるよーに踊り、指さしだーの、一本釣りだーのをがんがんなさってます。

 だ………誰? この人、誰? 知らない人だ……。

 さらに駄目押しの驚きは、客席降りタイムが終わってみんなが波が引くみたいにざーっとステージの上に戻る折、まっつひとりノリノリでいつまでも通路奥にいて、客席に向かってアピりまくっているという……。
 いつまでもやってるからステージ戻るの遅くなっちゃって、上手通路先頭のみみちゃんがもうステージへの階段上ってるあたりで、まっつがすげー勢いで走って追いつこうとして、でも明らかに遅れてますよっていう。
 キムくんよりは先にステージ戻ったからセーフなんだけど。

 あのまっつが、客席アピール?! ファンサービス?! 繰り返すけど、あの、まっつが?!!

 いや、彼はこの公演で2番目の位置にいる人なんだから、お仕事としてそれくらいはやらなきゃいけないと思う、当然のことをしているだけだと思う。
 それでも、びびる。アレ誰?!と、終演後にまっつメイトとガクブルするくらいには、特異な姿!!

 あのまっつの背中にはチャックがついていて、中に誰か別の人が入っているのかもしれません……。

 とまあ、オープニングですでに息も絶え絶えでした(笑)。

 
 でもってオペラ座の代わりの新場面って、そのかバウの使い回しなんだね。
 予備知識なく見ていたので、フロックコートの男たちが古いレコードの音に合わせて絡み出して「え、コレあたしこの間観たわよ??」ととまどった。

 紳士倶楽部……というか、ぶっちゃければホモが集まっていちゃこらする目的の部屋で、同好の士だからそこにいる人誰口説いてもOK!っていうか、実際そういうもんかもしれないけど、みんなほんとてきとーにあちこちでいちゃこらしていて、と。
 そこでのまつださんの貫禄が、なんかすごいです(笑)。

 若い男の子たちがそれぞれカップルになって踊ってたりするんだけど、まっつひとり相手ナシ……というか、相手にしていない感じ。
 まあひとりだけ年長なのはあるだろうけど、それにしてもこのお高い感は……(笑)。

 こーゆー場面ではなんつってもひろみちゃんの魅力が炸裂しますな。あの美貌、あの背徳的な色気。彼は実にいい仕事をしている!
 そしてまっつは、ひろみちゃんとはまったくチガウ色気をまとっている。
 組が変わり、立場が変わってもまっつはまっつ、このエロさはまっつ特有のモノだ。
 ただ、まっつのそのエロさは……キムくんと合ってるのかなあ?

 えー、ここでキム×まつがあります。

 ホモ部屋へやってきたホモ達人のキムくんが、そこにいる男の子たちを次々口説いていくという振付。男の子たちはみんなメロメロ腰砕け、と。
 されど最後に残ったお高い男、まっつは一筋縄ではいきませんよ……と対峙して。

 ふたりのダンス、リフト付き、そしてさらにキスシーン有り。

 えーと。
 けっこうぽかーんな感じで見ました。ナニが起こっているのかと(笑)。

 まっつが、受です。

 えーと、そのー。
 まっつが、なんつーんですか、「受け身です」という役割のエロ顔をしております。

 いやそのしみじみ、まっつって、攻しかやってこなかったんだなあ、と思った(笑)。えーっと、若い頃はともかく、大人になってから。
 『EXCITER!!』でまとぶさんを口説くところとか、彩音ちゃん口説くところとか、とにかく彼のエロ場面ってのはS基本の攻基本……同じ場面でも自分から上着脱いで悶え顔しちゃうみわさんとは属性がチガウとゆーか。
 あんなにちっこくて華奢なのに、何故か攻ばっかやって来た人だから(女役もやったことないしね)、いざ受をやるとなると……大変だなー(笑)。

 まっつは真面目に役割分担する人だと思う。その昔、『ファントム』お茶会で「あそこは受として応えないといけないと思って」とか発言したんだよね? 受け身、ではなく「受」と言い切ったことでまっつってBL用語知ってるんだ?!とファンがびびったという(笑)。
 フィナーレの男役群舞にて、なんか王子にスイッチ入っちゃったらしく、まっつ相手にBL的な絡みを仕掛けてくる、それでなんかまっつもそれらしい感じで絡んでいる、それについての発言が、上記の「受として」。
 当時はいろんなところで「まっつが、自分は受だと言った!!」と話題になりましたね……(笑)。

 まあそういう人だもんな、きっと今回も大真面目に「受として応えないと!」と思ってるんだろうなあ。

 なんだろう……見てはいけないモノを見た気がする(笑)。

 キムくんはいいんだ、彼のああいう能動的な役は好きだ。毒のある役は大好物だ。
 しかし、その相手がまっつだと……合ってるんだろうか、このふたり?

 キスシーンまであると思わなかった……というか、アレ、ほんとにキスシーンなの?
 初日は2回ともふたりの顔の位置がびみょーっつーか、「口、当たってないよね、その角度と位置ぢゃあ」な感じで、顔をぶつけているだけで、キスしてるよーに見えなかったんだが……がんばれ同期……もっと息を合わせてだな……。

 なのにその直後、キムくんが口元をぬぐいながら「にやり」とするので……いやもお、どうしようかと。その、いろいろと(笑)。

 とりあえず、楽しいです。萌えかどうかは置いておいて(笑)。

 ……相手がそのかだったら萌え狂ってると思いますが……キムくんがどうとかぢゃなくて、オレもともと園松だから。つか、キムくんにもこんなに合わない相手役でごめんなキモチっつーか(笑)。

 リピートすればきっと目も慣れて(笑)、萌えられるようになるんだと期待しておきまっつ。
 雪組全国ツアー『ロック・オン!』、慣れない番手、慣れないテンションのご贔屓にどきどきして。

 ああ、そうか衣装がチガウのか! と、今さら感心するギャングな場面から中詰め。
 臙脂色スーツで歌うまっつを見て、今までまっつがよく着ていた衣装とは質感が違っていることに気付く。
 通常まっつの衣装っていうのは汎用型というか、その他のみんなが着るもので、特別感のあるものじゃない。まっつ用に新調されたとしても、それはあくまでもその他用。

 それがなんか、その他じゃない衣装着てる!

 それは、『宝塚巴里祭2009』でも思ったことなんだ。同じスーツやフロックコートでも、今までまっつが着ていたタイプの衣装じゃない、って。
 真ん中の人にはそれ用の生地で仕立てた衣装が使われるものなんだ、って。

 トップさんの衣装が脇とはまったくチガウ豪華さだってこと、真ん中に近くなるほど生地も仕立ても良くて、モブなみなさんはそれなりのものしか着せてもらえないことなんて、はじめてヅカを見る人でもわかること。
 だから今さらナニ言ってんだ、てなもんだが、いざご贔屓が真ん中寄りの衣装を着せてもらって、改めて違いを実感する(笑)。

 でもってまっつの歌う「Comin’ Home Baby」!
 ちょっと濁ったジオラモさん系の声の出し方がツボ。
 スーツもギャングもジャズも花組ならでは、まっつならではの得意分野!
 センターで歌う彼に慣れないが(笑)、それでもそれ以外は見慣れたまっつ!……のはず。

 なつかしさとちょっぴり寂しさと。

 てゆーかイイ声だよなー。しみじみ。
 ギャングなまっつはイイの、衣装の質感以外は見慣れたまっつ。

 その次のカラースーツなまっつの慣れなさ具合に比べれば……っ。

 水色スーツの男たちがキムくんを囲んで歌い踊るわけだが、何故かまっつひとり青スーツ。
 って、もともとキムくんの衣装で、キムくんがそうだったわけだから、何故かってわけじゃないのはわかってるけど、まっつだと、なんで?!って気がする(笑)。

 ルパン三世的な浮き具合だな、とよくわからないことを思う。

 
 元祖『ロック・オン!』は水くん出ずっぱり、キムくんはピアノの場面以外はサブな扱いしかなく、いちばん重要な場面にはカゲソロしか登場していない、という偏った構成のショーだ。
 唯一のセンターであるピアノ場面に出ないで、あとのキムくん位置に入ると、笑えるくらい「見慣れた、いつものまっつ」。
 つまり、主役の人の脇にいる、その他の人。
 まあそのあたりは安心して眺められる画面である(笑)。

 そうやって基本的には元祖キムくん位置にいるため、出番自体は少ない。

 月の王は水くんならではの場面だからキムくんで再演する必要はないと思っていたけれど、中日『Heat on Beat!』ぐらいには使ってくれてもいいのになー、という希望はあった。
 水くんが登場するまでの、娘役たちの場面が大好きだったんだ。
 だから最初のとこだけ使って、水くんの場面は別物にアレンジして、と。きりやんがそうだったように。
 てゆーか、わたしは圭子ねーさまの歌を歌うまっつが見たかった(笑)。
 男役バージョンにアレンジして、まっつの声で、斉藤せんせの「ラビリンス」が聴いてみたかった!
 たたみかけるソプラノの迫力は、アルトの直接的な響きに直して。
 『男歌』で斉藤せんせのアレンジがえーらいこっちゃ!だったからさー。ナニこの「I LOVE YOU」、ショーで使うことを想定したアレンジ?? と首をかしげた、そんな斉藤せんせの曲をほんとにショーで歌ってリベンジだ! ……てな(笑)。
 まあまずそんなややこしいことをしてもらえるとは、思ってませんでしたが、勝手な妄想として。

 圭子ねーさまの歌を歌うまっつ、は斉藤せんせの曲ではなく、「La Vida」でしたな。
 振付まで圭子ねーさまのままで笑った。つまり、キムくんに後ろから抱きつき、衣装を脱がす(笑)。

 これくらいのキムまつはいい温度感ですな。
 ホモ倶楽部ではびびりまくったけど(笑)。

 んで、そのあとの黒燕尾はもう出ないのかと思った。
 場面の最後の方にセンター奥から現れるのに感動。特にナニがあるわけじゃないけど、端から出ていつの間にか混ざる、という選択肢もあったのに、わざわざセンターから登場させてくれてありがとう。

 ダンスの揃いっぷりがコム~水時代の雪組の特色のひとつなのに、この黒燕尾群舞はなぜかえらいことになっている。
 まっつが出てくると視界が狭くなるので全体がどうかはわかんないんだけど、そこまでがすごい状態だったから、最後までそうだったのかなあ。
 まっつはとってもまっつ、相変わらずの黒燕尾っぷり(笑)。いつまでもそのままのまっつでいて欲しいなあ。

 
 んで、感動のパレード。
 全ツだから羽根はナニかしら背負わせてもらえるだろうとは思っていた。普段タカラヅカを知らない・見ない地方のお客さん用だから、「タカラヅカ=大きな羽根」という対外的イメージを番手がどうとかいう内部事情で捨てるわけにはいかない。
 でもなにしろまっつなので(笑)、それでも大きな羽根は必要ないと判断されて、3番手羽根でお茶を濁されるかもしれない。や、それすらまっつは背負ったことナイですから!
 もしくは、ひろみちゃんやコマくんたちとトリオで3番手羽根とか。十分あり得る。地方のお客さん用に、大きさではなく数で羽根だらけにしてみました!みたいな。

 だもんで、ほんとに2番手羽根だったことに、感動しました。
 すげー。羽根ナシから一気にこんなことに(笑)。

 最後から3番目、娘役トップさんの前に降りてくるんだもん。
 すげー。

 そしてまさかの、下手先頭。
 銀橋ナイけど(笑)、ステージ端に勢揃いするときにまっつが下手先頭だ。
 すげー。

 と、感涙モノでございますが。

 ひとつ、落とし穴が。

 上手に坐ると、フィナーレまっつが一切見えない!(笑)

 トップさんの横って、こーゆーことなんだ!
 キムくんの大きな羽根に、まっつの小さな身体はすっぽり隠れ、影も形もございません(笑)。
 や、4番手以下の位置なら、ここまで見えないことはない。隣が大きな羽根の人でも、並ぶ位置は同じ線の上だから。でもトップさんは一歩前にいるので、真横の人は見えない。
 
 いや、やっぱ今までも見えないことはしょっちゅうあったか。立ち位置に関係なく。
 なにしろまっつ、小さ……ゲフンゲフン。
 よくあることですよね、なにしろいつでもいちばん小さ……ゲフンゲフン。


 市川のあとは大阪ともうひとつ地方へ行く予定で、楽チケは友会ではずれたので持ってないんだが、どうしたもんか。
 行けばサバキはあるのかな。←全ツ楽にチケ無しで遠征した、行き当たりばったりな過去アリ(笑)。
 全国ツアーのスポットライトって、3個しかナイんすかね?
 移動公演、地方巡業ゆえに3個しか持って歩けないのかな?

 雪組全国ツアー『ロック・オン!』、地元大阪梅田芸術劇場にて、そんなことを思いました(笑)。

 梅芸にライトが3個ってことはないだろうから、全ツ組が持って移動しているのが3個なのかなあ。

 「朝風くんの死に顔を上からじっくり見るのー♪」「引きずられるプガ様を真上から見るのー♪」なんて偏った楽しみを抱きながらの3階席からの観劇時。

 なにしろ梅芸の3階ですから舞台めちゃ遠いです、でもオペラでがっつり観る気満々。
 だったのに。
 『ロック・オン!』ではほとんど、オペラを使わなかった。
 いや、使えなかった。

 スポットライトの行方に、魅せられて。

 それまでずっと1階席だったからわかってなかった。
 どこでどう、ライトが当たっているか。

 オープニング。
 センターで踊るキムくん、登場した娘役トップのみみちゃん、そして横から出てきたまっつ、この3人に、ライトが当たる。
 舞台の上はもちろんそれなりに明るいんだけれど、その中でもこの3人にだけ、まばゆいライトが当たっている。

 2番手って、こういうことなのか!!

 芝居で2番手でも、ショーではセンター場面もらえてなかったり、劇団様が「カンチガイすんなよ」ととてもわかりやすく立場を教えてくれている、まつださんです。
 最後に羽根はもらってるけど、立ち位置全部ふつーに今までのまっつ、つまりは脇だよね(笑)、てな扱いだったんですが。

 脇は脇でも、やっぱ今回はちがってるんだ。

 スポットライトが、もらえる。

 そんなこと、夢にも思わなかった。
 というか、そんな立場のまっつを観たことがなかったので、考えたことがなかったんだ。
 スポットライトというものは、スターさんが浴びるモノで、まっつは関係ない。いや、関係がどう以前、そんなものがあることすら、見ていて思い出さない。
 暗い舞台、闇に沈むまっつを最後までしつこくオペラで眺める、それがわたしの観劇スタイル。ライトなんかナイから、シルエットでまっつを見分けたり。

 それが当たり前だったのに。

 わたしが「当たり前」と思う明るさの舞台で、他のみんなはふつーにその明るさで歌い踊っているのに、キムみみまっつだけ、もっと明るい輪の中にいるの!!
 まぶしい光が3つ輝き、3人の動きをぴたりと追っているの!

 びっくりした。
 そうか、2番手なんだ。
 2番手、って、こういうことなんだ。

 トップのキムくんが踊っていて、娘トップのみみちゃんが踊っていて。そしてまっつが、踊っている。
 3人だけが、スポットライトを浴びている。
 切り取られた3つの光を見て。

 泣いた。

 2番手羽根を見たときより、泣けた(笑)。

 そんでもって、終始ライトがあったの。

 次の紳士倶楽部、例のホモたちの集い場面で、舞台には7人の男がいるっていうのに、ひと筋のライトが、まっつだけを照らしているの。
 1階で見たときはわかってなかった。だって全員ふつーに舞台上に見えていたから。よく見たらまっつだけさらによく見える状態だったんだろうけど、そもそもまっつばっか見てるから気付いてなかった。

 まっつが動くとライトも動き、まっつだけが舞台上に浮かび上がっている。
 たったひとりでライトを浴びて、まっつが舞台センターで踊る。端正に、静謐に。

 ……泣くって。
 こんなん見たら泣くって!

 ホモ達人のキムくんが登場すると、なにしろ彼に当てられるのはトップライトですから、まっつのライトなんかささやかなものだったとわかるんだけど、それまではたしかにまっつだけのライト。
 で、まばゆいトップライトを当てられたキムくんが場面の主人公なんだけど、まっつにもライトはずっと当たっている。
 キムくんと、まっつ。輝度は違うけど、ライトは2本だけ。
 舞台にはあと6人いるけど、6人みんな次々とキムくんに絡むけど、なにしろライトはまっつにだけだ。
 コレ、ライトだけ見てたら、キムとまっつの物語だ。
 わたしがつい他の男の子たちも見ちゃうからわかんなくなっているだけで、舞台構成的にはキムとまっつが直に出会い、対峙する作りなんだ。
 と、わかった。気付いた。

 ……泣くって。
 こんなん見たら泣くって!

 その次のギャングたちの饗宴。
 ソロ歌にライトが当たるのは当然のこと。
 問題は、群舞になったとき。
 曲が終わり、舞台奥にキムくん登場、キムくんへガンっとまばゆいトップライト! 他の男たちがポーズを決める舞台は暗く沈む……ときに、まっつひとりだけに、ライトが残る。
 その瞬間、舞台上でスポットライトに照らされているのは、キムとまっつだけ。

 ……泣くって。
 こんなん見たら泣くって!

 青スーツは場面全体が明るいし、ライトもわりと全体を照らしていたかな。
 
 ラテンバージョンも、とてもまっつらしい、脇として少人数口で踊る場面。
 キムくんがセンターでライトを浴びて歌い踊る。その周りで踊る4人の中のひとりに過ぎないまっつ。
 だけど、ここでまっつがちょっと真ん中へ寄って踊る部分がある。そこで、まっつにライトが当たる。その一瞬、キムとまっつだけにライトが当たっている状態になる。
 同じように他の子たちも踊るけど、同じことをしても、ライトが当たるのはまっつだけ。

 ……泣くって。
 こんなん見たら泣くって!

 「La Vida」は歌手として特別っぽく登場するのでライトもらってるのは想定内……とはいえ、やっぱここでもライトは3人だけなんだよ、キムとみみちゃんとまっつ。

 黒燕尾はあとから登場するからライトはもらってる……けど、一旦袖へはけたあと、再登場するときに、やっぱちゃんとライトもらってるの、ひとり。
 黒燕尾の男はあんなにたくさんいて、少人数口のみんなは同じようにキムくんの周りで踊っているのに、まっつだけが。

 ……泣くって。
 こんなん見たら泣くって!

 
 今までまっつは、同じ状態でもライトはもらえない人だった。
 主役の後ろで踊る4人のうちのひとりだとしても、ライトはない。センターがまとぶんだとして、もうひとつのライトはえりたんとかみわさんとか、とにかくその場にいる誰か他の人のものだった。
 まっつはあくまでも、その他の人として、特別なライトはもらえなかった。
 それが当たり前で、それ以外の状態を経験したことがなかったから、それ以外の状態があるなんてこと自体、知らなかった。

 知らないから、ライトが欲しいと思うこともなかった。

 そうか……スターさんってこうやって、ライト当ててもらってたんだ。知らなかった……!

 
 で、ライトばっか見ていたから、気になった。
 全ツのスポットライトって3個しかナイのかなと。

 4個以上のライトが同時に使われる場面は一切無かった。最大で3個しか光がない状態(笑)。
 キムくんがみみちゃんと踊っていて、ヒメが奥で歌っていると、まっつにライトが当たらない……(笑)。4つ目があったら多分、暗めのライトを当ててくれてたと思うの、他の場面でのライト具合からして。かおりちゃんもそうだったけど、トップの他はソロ歌手にライト当てるルールらしい。

 闇の中を走る、光の筋の美しさに震撼した。
 感動した。

 今まで知らなかった。
 2番手だと、こんな風に光をもらえるんだね。

 ありがとう。
 目に、心に焼き付けるよ。
 1週間ぶりに観た、雪組全国ツアー『黒い瞳』『ロック・オン!』

 まっつが、受ぢゃなくなってた。(ソコ?!)

 『ロック・オン!』の紳士倶楽部にて、「受だから、それらしいことしなきゃ」と思ってがんばっていたらしいまつださんが、早々にできないことは、しなくていいや、と思ったのかなんなのか、いつものまっつになってた(笑)。

 いつものまっつがそこに。
 無理に受っぽい顔してない。ヨロメキ顔とかアハン顔とかしてない。
 ……今思えば、市川はキモかったよな……。(キモいゆーな)

 いつものしれっとクールなまっつが、硬質に、されどエロだだ漏れでホモ男を演じています。
 いや、べつにホモ男ぢゃないな。花男の標準装備を披露しているだけです、アレ(笑)。
 花組では毎公演観ているよーな気がする、毎回あーゆーのやってる気がする。みわさんとかみつるとかめおくんとか、花男なら「デフォルトですが、ナニか?」だよなまったく。

 まっつが受をやめたからといって、キムくんが受になったわけでもなく。

 攻×攻です、こいつら。

 どっちも譲らない(笑)。
 おかげで背徳感はあまりありませんが、いいんじゃないですか、キムまつらしくて。

 
 まっつが、ウインク開眼してました。

 すごい。
 まつださんが、あのまつださんが、ウインクしてる……っ。
 振付で決められていた『EXCITER!!』ですら、あちこちしてなかった人なのに!

 男役も14年やると、ウインクできるよーになるんだね。進化するんだね。
 なんでその半分の研7あたりで出来るよーになってないのかと、物言いたいキモチは大いにありますが(笑)、出来ないより出来る方がイイ、今からでも出来るようになって良かった!

 ……けど、見慣れなさすぎて、びびる。
 まっつがウインクしてる……。まっつがウインクしてる……。まっつがウインクしてる……。(口ぽかーん)

 まさに彼のウインクが飛んでくるところに坐っていて、椅子から落ちそうになりました。
 や、わたしアテではもちろんなく、彼の顔の向きの延長線上にたまたま坐っていただけなんだけど。
 びびった。
 口から心臓が飛び出るかと思った。

 
 まつださんは終始テンション高くて、別人のままです。
 市川でも十分別人だっだけど、大阪でも別人。
 キムくんから「ワンモアタイム」の掛け声を振られたりして、さらにまっつらしくなくノリノリで応えてます。

 客席降りは最後尾まで行ってハイタッチしてまつ。

 しかし、ダンスのキレの良さは依然ハンパないです。すごいです。
 てゆーかまっつに「ゴールドフィンガー」踊らせるって、神演出。
 いやその、そこ1曲だけじゃなく、あの場面ほぼ全部手の動きが重要なダンスじゃないですか。
 まっつの手はすごいですから。美しさに見とれますから。見とれすぎて息するの忘れてぜーはーする類いですから。
 いやもお……ここがカットされず残ってくれてて良かったよ三木せんせ。
 まっつのダンスが美しすぎる……っ。
 

 そして、別人になったまっつは、表情豊か。

 花組でいつも無表情に踊っていたのが嘘みたい。
 や、笑顔で踊るべきダンスとかでは笑顔だったよ、もちろん。TPOは考えていたし、微妙な変化だってあったけど、でもそーゆーんじゃなくて。
 ほんとに、表情が豊かなの。多いというか、やわらかくてバリエーションがあるの。

 彼が、すごく楽しんでるのが、伝わってくる……。

 ……ほんとに、この学年で、この年齢で(ジェンヌはフェアリーです、年齢などありません)、変わるなんて。

 人間って、変われるものなんだ。
 てゆーか、成長するもんなんだ。
 限界なんて、決めちゃいけないんだ。

 研14って、タカラジェンヌの寿命からすればもうかなり大人で、守りに入るような学年なのに。
 まだこの人、過渡期なんだ。

 空恐ろしいな、未涼亜希。

 変わり続けるまつださんに、ただただ驚くばかりで。

 
 プガチョフ様もますます格好良くて。
 てゆーかさー。
 美しいよね、皇帝陛下。

 プガチョフ軍の宴会ダンス場面にて、プガ様がオラオラ言わなくなっていて、ちょっとしょぼん(笑)。

 棒か鞭か?なんかしなるモノを手にして踊る場面、市川ではプガ様があの美声で「オラオラオラ~~!」ってゆってて、うわ、花組!(笑)と思ったんだけど、梅田では言わなくなってた。
 プガ様ご機嫌で踊ってたけど、声は出さないんだー。ちぇー。

 んで、パルミラ@ひーことのいちゃいちゃが……っ。
 「あとでな」って、おでこ、こつん。とかやられちゃうと、萌えまくる。
 ナニこのいちゃつきぶり。やに下がりぶり。

 
 でもって、ニコライ@キムくんとの、ラヴ度アップ。

 わたしは市川ではわりと単体萌えしてたんだ。ニコライが好き、プガチョフが好き。それぞれを好きだけど、このふたりが「ふたり」として好きかどうかは別というか。
 キムくんとまっつはほんとに別の地球に住む人たちで、あまり接点がないというか……。ニコライはプガチョフよりも、マーシャ@みみちゃんとのカップリングに萌えまくってたし。

 それが、今。

 プガチョフとニコライ、両想いじゃん!!

 と、納得。
 腐った意味ではなく(腐っていてもイイが・笑)、友情として、ふたりの想いが釣り合っている。
 一方通行でもなく、どちらかが軽かったり重かったりするのではなく。

 項羽に虞美人が必要だったように、プガチョフにはニコライが必要だったんだなと思った。

 
 いやあ、楽しいわ、全ツ。

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