誰か、彼を。……答えはわかっているとしても。@虞美人
2010年5月31日 タカラヅカ タカラヅカのお約束。
主人公をかばって撃たれたヒロインが、主人公の腕の中で息絶える。はい、そこで主人公が絶叫「○○(名前)~~!!」。
お約束だからいつもそうだし、もう数え切れないほど見てきたけれど、それにしても最近立て続けに同じシチュエーションばっか続いてる気がする。
ヒロインでも他の誰かでも、死ねば必ず絶叫、「○○~~っ!!」……美しいなあ、伝統という名のワンパターン。
それがあまりに当たり前で、それ以外のパターンでの「死」、「慟哭」を思い出せないくらい、染みついてしまっている。
大切な人が目の前で死ぬ→節を取って叫ぶ。
歌舞伎だから、それが受け継がれてきた「型」ってやつだから、とにかくやらなきゃなんない。ないと落ち着かない(笑)。
だからこそ。
『虞美人』の虞姫@彩音ちゃんの最期……項羽@まとぶんの腕の中で息絶えるところで、項羽が叫ばないのは違和感があった。
つい先日観たバウホールでも、かなめくんが節を回して盛大に叫んでましたよね、ヒロインの名を。
現実問題、大切な人が亡くなったその瞬間、名前を絶叫することはどれくらいあるのかなあ。哀しみの爆発方法は人それぞれだから、ほぼ100%名前絶叫のヅカはやはり「型」としての表現を使っているわけでしょう。
「叫ぶ」というわかりやすい発散方法で、哀しみを表現するわけっす。
それをあえてしない『虞美人』。
声もなく慟哭する項羽に、劇場中が固唾をのむ。
あの、集中した感覚。
その場にいるすべての人々の意識が一点へ結びつく、息苦しささえある空気。
いっそ、絶叫してくれればいいのに。
そうすれば観ている者もスイッチ入って、だーっと泣き出せるのに。
項羽が叫ばないことで、哀しみはしこりのように胸に残る。発散してすっきりカタルシス、にならず、重苦しいまま涙だけ流れる状態で、次景へ持ち越される。
だからやっぱり、この『虞美人-新たなる伝説-』のクライマックスは、初演のクライマックスであった虞姫の自害を含む四面楚歌場面ではないんだな。
今作のクライマックスは、そのあとの項羽自害場面。虞姫を失った項羽の姿。
味方だった者はみな裏切るか殺されるかし、たったひとりになった項羽を数千人が探している。
数千対、ひとり。
この異様な光景で。
その数千人の敵の前に、無防備に姿を現す項羽。
彼が登場してきた瞬間、わたし、悲鳴あげたよ。
悲鳴っつーか、ひっ、てな息がもれた。
項羽がもう、この世の人ではなかった。
呼ばれたからただ出てきた、ここがどこなのか、自分が何故ここにいるのかもわかっていない……すでに、コワレてしまった男が、そこにいた。
どこをも見ていない……なにも映していない目。
たましいを、うしなってしまったひと。
ねえちょっと、この人今まで、つかここまで、どうやって戦っていたの? 虞姫が死んでから今まで、ここまで、戦っていたんだよね?
もう自分がナニかもわかっていない、赤ん坊みたいなこの人を、戦わせてきたの?
生物の本能で、襲われたら牙を剥く、爪を立てる、そんな脊髄反射だけでここまで来たの?
臣下がいる限りは自害も出来ないと、記憶をなくし理性をなくし、ただ刻み込まれた本能部分の愛情のみで、ココまで来たの?
項羽に近しい人ほど、最後まで彼を裏切らなかったんだろう。
んな、20数名になるまで、沈むとわかりきった船に残っていた者たちは、項羽自身を好きだったんだろう。不器用で欠点のしこたまある人だったけれど、それでも見捨てられなかったんだろう。
こんな姿になってなお、戦おうとする男を、見捨てられなかったんだろう。
たったひとりの項羽に気圧されて、数千人の兵士たちがたたらを踏む。
そんなやりとりも、項羽の耳には入っていない。なにも、見えていない。
ようやく近づいた呂馬童@めぐむを見つけ、はじめて項羽の表情が動く。
ゆっくりと、人間の表情が戻る。
「なつかしい」と。
やさしい、幼い笑顔になる。
呂馬童はそれ以上近づけない。そりゃそうだ、あんな顔を向けられて、どうして剣を振るえる。
猛々しい覇王ではなく、いたいけな少年が、傷ついた瞳でなおやさしく微笑んでいるんだ。なつかしい、会えてうれしい、と。自分を殺しに来た男に。
心の壊れてしまった項羽は、半分浮いているような透き通っているような姿で、それでも束の間正気に戻って遺言を伝える。
虞の名を呼ぶときはもう、心のほとんどは飛び立っている。この世ではないところへ。
彼が自害して果てるのを、待った。
待ち望んだ。
彼はもう、そこに行き着くしかない。あらかじめ決まった一歩を待つように、彼が踏み出すのを待った。
彼が死ぬのを、待ち望んだ。
そうでなければもう、彼は救われないから。
それがわかるから。
でも。
死んで欲しいわけじゃない。わたしは誰にだって死んで欲しくないし、死んで美しいとかハッピーエンドとかより、生きて大変とかかっこわるいとかのほうが好きだ、そっちを支持する。
死んじゃいやだ。
誰か彼を、救って欲しい。
ひとは、ひとに、あんな顔をさせちゃダメだ。
お願い誰か、彼を救って。
誰か。誰か。神様。
どんな想いで、最後の臣下たちは、彼を見つめていたんだろう。
壊れていく彼を、壊れたまま、それでも前進をやめない彼を。
凄まじかったのは、前楽。
楚軍の旗を手に登場したときからすでに、この世の人ではなかった。
魂を失ってしまった人が、昔馴染みの顔を見つけて記憶を呼び戻し、遺言を伝えだした日にゃあ。
あわれすぎてつらい。痛い。
人間、あっこまで壊れるの? たかが女ひとり失ったくらいで?
たかがでも女ひとりでもないことはわかっている。それが虞美人。それが項羽。
楽の項羽は、この最後の場面ですでにイッちゃってた。恍惚の人というか、すでに夢の国に半分踏み入れているようだった。なんかうっすら笑ってるの、ずっと。
より痛々しくて、破壊力が高かったのは前楽。
あのからっぽの瞳を見たときに、悲鳴上げた。ここまで痛ましい人を、見ることになるなんて。
前楽は虞姫の最期の慟哭もすごくて。声もないまま虞姫を抱きしめて……。
指揮者もぴたりとまとぶんの次の演技を待って、音も進行もなにもかも止まっているのに……空気読まずに出てくるめおちゃんが、らしすぎてイイ。
ここまでまとぶんが演技引っ張って、「終演時間、何分延びるんだろう」てな感じの芝居なのに、めおちゃんはなんの問題もなく、通常のタイミングで登場するんだな(笑)。待ってやれよ、項羽様まだ喋れる状態ぢゃねえよ(笑)。
最後の臣下、で思い浮かべるのは季布@めおくんなんだけど、彼のいかなる場合もめおくんなところが、いっそ救いかもしれない。
うん、救ってよ。お願い。
死んでいく者の名を絶叫して発散するのではなく。死んでいく主人公の名をみんなで絶叫して盛り上げるのでなく。
ストイックな自刃の輝きをカタルシスとする、その追いつめられたクライマックスを、素晴らしいと思う。
主人公をかばって撃たれたヒロインが、主人公の腕の中で息絶える。はい、そこで主人公が絶叫「○○(名前)~~!!」。
お約束だからいつもそうだし、もう数え切れないほど見てきたけれど、それにしても最近立て続けに同じシチュエーションばっか続いてる気がする。
ヒロインでも他の誰かでも、死ねば必ず絶叫、「○○~~っ!!」……美しいなあ、伝統という名のワンパターン。
それがあまりに当たり前で、それ以外のパターンでの「死」、「慟哭」を思い出せないくらい、染みついてしまっている。
大切な人が目の前で死ぬ→節を取って叫ぶ。
歌舞伎だから、それが受け継がれてきた「型」ってやつだから、とにかくやらなきゃなんない。ないと落ち着かない(笑)。
だからこそ。
『虞美人』の虞姫@彩音ちゃんの最期……項羽@まとぶんの腕の中で息絶えるところで、項羽が叫ばないのは違和感があった。
つい先日観たバウホールでも、かなめくんが節を回して盛大に叫んでましたよね、ヒロインの名を。
現実問題、大切な人が亡くなったその瞬間、名前を絶叫することはどれくらいあるのかなあ。哀しみの爆発方法は人それぞれだから、ほぼ100%名前絶叫のヅカはやはり「型」としての表現を使っているわけでしょう。
「叫ぶ」というわかりやすい発散方法で、哀しみを表現するわけっす。
それをあえてしない『虞美人』。
声もなく慟哭する項羽に、劇場中が固唾をのむ。
あの、集中した感覚。
その場にいるすべての人々の意識が一点へ結びつく、息苦しささえある空気。
いっそ、絶叫してくれればいいのに。
そうすれば観ている者もスイッチ入って、だーっと泣き出せるのに。
項羽が叫ばないことで、哀しみはしこりのように胸に残る。発散してすっきりカタルシス、にならず、重苦しいまま涙だけ流れる状態で、次景へ持ち越される。
だからやっぱり、この『虞美人-新たなる伝説-』のクライマックスは、初演のクライマックスであった虞姫の自害を含む四面楚歌場面ではないんだな。
今作のクライマックスは、そのあとの項羽自害場面。虞姫を失った項羽の姿。
味方だった者はみな裏切るか殺されるかし、たったひとりになった項羽を数千人が探している。
数千対、ひとり。
この異様な光景で。
その数千人の敵の前に、無防備に姿を現す項羽。
彼が登場してきた瞬間、わたし、悲鳴あげたよ。
悲鳴っつーか、ひっ、てな息がもれた。
項羽がもう、この世の人ではなかった。
呼ばれたからただ出てきた、ここがどこなのか、自分が何故ここにいるのかもわかっていない……すでに、コワレてしまった男が、そこにいた。
どこをも見ていない……なにも映していない目。
たましいを、うしなってしまったひと。
ねえちょっと、この人今まで、つかここまで、どうやって戦っていたの? 虞姫が死んでから今まで、ここまで、戦っていたんだよね?
もう自分がナニかもわかっていない、赤ん坊みたいなこの人を、戦わせてきたの?
生物の本能で、襲われたら牙を剥く、爪を立てる、そんな脊髄反射だけでここまで来たの?
臣下がいる限りは自害も出来ないと、記憶をなくし理性をなくし、ただ刻み込まれた本能部分の愛情のみで、ココまで来たの?
項羽に近しい人ほど、最後まで彼を裏切らなかったんだろう。
んな、20数名になるまで、沈むとわかりきった船に残っていた者たちは、項羽自身を好きだったんだろう。不器用で欠点のしこたまある人だったけれど、それでも見捨てられなかったんだろう。
こんな姿になってなお、戦おうとする男を、見捨てられなかったんだろう。
たったひとりの項羽に気圧されて、数千人の兵士たちがたたらを踏む。
そんなやりとりも、項羽の耳には入っていない。なにも、見えていない。
ようやく近づいた呂馬童@めぐむを見つけ、はじめて項羽の表情が動く。
ゆっくりと、人間の表情が戻る。
「なつかしい」と。
やさしい、幼い笑顔になる。
呂馬童はそれ以上近づけない。そりゃそうだ、あんな顔を向けられて、どうして剣を振るえる。
猛々しい覇王ではなく、いたいけな少年が、傷ついた瞳でなおやさしく微笑んでいるんだ。なつかしい、会えてうれしい、と。自分を殺しに来た男に。
心の壊れてしまった項羽は、半分浮いているような透き通っているような姿で、それでも束の間正気に戻って遺言を伝える。
虞の名を呼ぶときはもう、心のほとんどは飛び立っている。この世ではないところへ。
彼が自害して果てるのを、待った。
待ち望んだ。
彼はもう、そこに行き着くしかない。あらかじめ決まった一歩を待つように、彼が踏み出すのを待った。
彼が死ぬのを、待ち望んだ。
そうでなければもう、彼は救われないから。
それがわかるから。
でも。
死んで欲しいわけじゃない。わたしは誰にだって死んで欲しくないし、死んで美しいとかハッピーエンドとかより、生きて大変とかかっこわるいとかのほうが好きだ、そっちを支持する。
死んじゃいやだ。
誰か彼を、救って欲しい。
ひとは、ひとに、あんな顔をさせちゃダメだ。
お願い誰か、彼を救って。
誰か。誰か。神様。
どんな想いで、最後の臣下たちは、彼を見つめていたんだろう。
壊れていく彼を、壊れたまま、それでも前進をやめない彼を。
凄まじかったのは、前楽。
楚軍の旗を手に登場したときからすでに、この世の人ではなかった。
魂を失ってしまった人が、昔馴染みの顔を見つけて記憶を呼び戻し、遺言を伝えだした日にゃあ。
あわれすぎてつらい。痛い。
人間、あっこまで壊れるの? たかが女ひとり失ったくらいで?
たかがでも女ひとりでもないことはわかっている。それが虞美人。それが項羽。
楽の項羽は、この最後の場面ですでにイッちゃってた。恍惚の人というか、すでに夢の国に半分踏み入れているようだった。なんかうっすら笑ってるの、ずっと。
より痛々しくて、破壊力が高かったのは前楽。
あのからっぽの瞳を見たときに、悲鳴上げた。ここまで痛ましい人を、見ることになるなんて。
前楽は虞姫の最期の慟哭もすごくて。声もないまま虞姫を抱きしめて……。
指揮者もぴたりとまとぶんの次の演技を待って、音も進行もなにもかも止まっているのに……空気読まずに出てくるめおちゃんが、らしすぎてイイ。
ここまでまとぶんが演技引っ張って、「終演時間、何分延びるんだろう」てな感じの芝居なのに、めおちゃんはなんの問題もなく、通常のタイミングで登場するんだな(笑)。待ってやれよ、項羽様まだ喋れる状態ぢゃねえよ(笑)。
最後の臣下、で思い浮かべるのは季布@めおくんなんだけど、彼のいかなる場合もめおくんなところが、いっそ救いかもしれない。
うん、救ってよ。お願い。
死んでいく者の名を絶叫して発散するのではなく。死んでいく主人公の名をみんなで絶叫して盛り上げるのでなく。
ストイックな自刃の輝きをカタルシスとする、その追いつめられたクライマックスを、素晴らしいと思う。