笑えない冗談と。@MIND TRAVELLER
2006年11月25日 タカラヅカ 実際、教授の冗談って、笑えないのよね。そう、教授。あたしの勤め先の研究室のボスなんだけど。
本人は洒落たこと言ってるつもりなんだろうけど、笑えないっつの。てゆーか、周囲凍ってんですけど。
教授ね、最近入った患者のこと、「眠れる森の王子」とか呼び出したの。守秘義務があるから詳しいこと言えないけど、その患者って記憶喪失でね、大怪我して意識失ったままなの。で、カルテのナンバーで呼んだり、ジョン・スミスとかてきとーな名前つけて呼んでたんだけど、教授がいきなり、
「眠れる森の王子だな」
とか言い出して。……凍ったわよ、みんな。
でも教授、ウケたと思ったのか、それからしきりに「王子様の様子はどうだね?」とかやたら「王子」「王子」って言うようになったのよ。周りはイエスマンばっかだから、教授がナニ言い出しても持ち上げるだけだしね。たまんないわよ。
え? ああ、たしかにきれいな顔してるわよ、その記憶喪失の患者。眠ってると王子様みたいではあるけど……女の子が言い出すならともかく、おっさんが、若い男相手に呼びかける言葉じゃないわよ。
うん、教授はまだ若いわよそりゃ。立場のわりにね。でもあたしから見れば十分おっさんよ。
そのおっさんが、毎日王子様に会いに行くわけよ。1日1回必ず病室へ行くの。そして、語りかけてるのよ。「やあ、王子様」って。眠ったままの患者によ? 「王子様」よ?
そしてひとりで語りかけながら、眠っている王子様の髪を撫でたり額だとか頬だとか触ってるの。
……いや、べつに教授、ホモってわけじゃないと思うわ。だって教授が王子様に話しかけてる内容、さらにやばかったもん。
「早く君の海馬に触れたい」
とか、
「君の海馬の征服が、人類の未来を変える一歩になる」
とか、
「君の海馬とめぐりあう運命だった」
とか、王子様の顔を見ているというより、脳みその中を想像してうっとりしてるんだと思う。教授、救いようのない海馬オタクだから。
……カイバっていうのは、記憶をつかさどる脳の部位で、教授はそれについての研究をしているんだけど。
やばいなと思うのは、その記憶喪失の眠れる王子様は、教授の研究にうってつけの人材なの。身元確認をしたけど警察からはなにも言ってこないし、このまま意識が戻ったとしても、彼はどこにも行き場がないのね。記憶もなくて迎える人もいないんじゃ、生きていけないじゃない? そりゃ支援してくれるところはあるでしょうけれど。
大体、若く健康な記憶喪失患者なんて、そうそう出会えるもんじゃないわよ。
教授、自分の研究を彼で試してみたくてうずうずしてるのよ。ラットではさんざん実験を繰り返してきたけど、所詮ラットだしね。生きた人間の若く健康な脳、そして欠損のある海馬なんて、探したって見つかるもんじゃないわ。
教授はこの研究をはじめたときからずっと、探し続けてたんだと思う。……彼、名無しの患者ジョン・スミス(仮名)を。何年も何年も、まだ見ぬ恋人を想うように、ずっと求め続けてきたんだと思う。
そして今、探し求めた相手は無防備に眠っていて、彼が目覚めさえすればすべてうまく行く、手術の準備しながら待ってるのよ。
教授にとって、彼はほとんうに、「眠れる森の王子」なのよ。
寝顔に一方的に焦がれる、ただひとりの運命の人なのよ。
……毎日、会いに行ってるんだもん、教授。眠ったままの王子様に。……正確には、王子様の海馬に。
この間とかちょっとトラブルがあって、72時間不眠不休で研究室詰めて、ボロボロになってるのにそれでも教授、絶対王子に会いに行くのやめなかったもん……目の下クマつくりながら、
「やあ私の王子様、今日も元気そうだね。君が目覚めるのはいつになるかな」
って……愛しそうに彼の髪を梳きながら話しかけて。
凍ったなんてもんじゃないわよ、回れ右して、見なかったことにしたわよ。
盗み見しているわけじゃないわ。あたしは教授の助手だから一緒にいることが多いし、教授の動向はチェックしてるのよ、仕事で、仕方なく。そして教授、べつに隠してないのよ、王子の部屋に日参してなにやらささやき続けてること。
どうやら、本人的には気の利いた冗談のつもりらしいわよ。
「こうして話しかけていると、早く眠りの魔法が解けるかな。いや、姫君のキスでないと無理か」
笑えないっつの。
ええ、言ってやったわよ、「それなら教授がキスされてみてはどうですか」って。そうしたら、
「王子様を目覚めさせるのはお姫様のキスだろう。王のキスじゃないよ」
……ねえコレ、どうリアクションしろっつーの? 誰が王様? 教授って自分を王様だと思ってるの?
まあ誰がキスしてもいいんだけど、それで王子様が目覚めちゃったらどうなるんだろ。
魔法云々じゃなくて。
教授よ。
十何年もずっと、ひとりの人と出会うことだけを夢見て来たわけでしょ。
ようやく出会えた相手は意識不明で。
毎日顔を見ながら、肌や髪に触れながら、相手が目覚めるのを待ち続けてるのよ。
……毎日、彼のことだけ考えてるのよ。
彼と「出会う」ことだけを、夢見ているの。
それで彼と出会ってしまったら。彼が目覚め、彼の海馬を好きにできるようになれば。
教授は、どうなってしまうんだろう。
深夜の病室で、王子様に話しかける姿見ながら、なんだかすごく、こわくなって。
うん、やばいよ? 教授って絶対やばい。ふつうじゃないもん、あんなの。王子様が目覚めることだけ、祈ってる。夢見てる。恋する少女みたいに。なんかすっごく、無邪気な目で話しかけてるの。「帝国」がどうとか、「君の犠牲が」とか、よくわかんないことを。
眠ったままの王子様の指を一本一本撫でてみたり、額から鼻筋にかけて指でなぞってみたり、顎をもちあげて顔をのぞき込んでみたり、性的な行為じゃないってわかっていても、なんかすごくやばいの。
教授にとって海馬が、研究がすべてだから。
そしてそれゆえに、王子様の存在を切望していたから。
ねえ。……それほどの執着を、達成してしまったら。
ひとは、どうなってしまうの?
……うん、マジで、転職考えてる。
理由、どうしようかな。「教授の冗談が笑えません」じゃダメか。実際笑えないんだけどね。冗談にしてしまいたいのにさ。
研究内容、結構倫理的にやばいから、「罪の意識に耐えかねた」ことにしようかな。
でももう少し、続けるつもり。
眠れる森の王子が目覚めるまで。
どうなるか、見届けたいの。
教授の執着が……あの壮絶な片恋がどこへ行くのか、見てみたい。
本人は洒落たこと言ってるつもりなんだろうけど、笑えないっつの。てゆーか、周囲凍ってんですけど。
教授ね、最近入った患者のこと、「眠れる森の王子」とか呼び出したの。守秘義務があるから詳しいこと言えないけど、その患者って記憶喪失でね、大怪我して意識失ったままなの。で、カルテのナンバーで呼んだり、ジョン・スミスとかてきとーな名前つけて呼んでたんだけど、教授がいきなり、
「眠れる森の王子だな」
とか言い出して。……凍ったわよ、みんな。
でも教授、ウケたと思ったのか、それからしきりに「王子様の様子はどうだね?」とかやたら「王子」「王子」って言うようになったのよ。周りはイエスマンばっかだから、教授がナニ言い出しても持ち上げるだけだしね。たまんないわよ。
え? ああ、たしかにきれいな顔してるわよ、その記憶喪失の患者。眠ってると王子様みたいではあるけど……女の子が言い出すならともかく、おっさんが、若い男相手に呼びかける言葉じゃないわよ。
うん、教授はまだ若いわよそりゃ。立場のわりにね。でもあたしから見れば十分おっさんよ。
そのおっさんが、毎日王子様に会いに行くわけよ。1日1回必ず病室へ行くの。そして、語りかけてるのよ。「やあ、王子様」って。眠ったままの患者によ? 「王子様」よ?
そしてひとりで語りかけながら、眠っている王子様の髪を撫でたり額だとか頬だとか触ってるの。
……いや、べつに教授、ホモってわけじゃないと思うわ。だって教授が王子様に話しかけてる内容、さらにやばかったもん。
「早く君の海馬に触れたい」
とか、
「君の海馬の征服が、人類の未来を変える一歩になる」
とか、
「君の海馬とめぐりあう運命だった」
とか、王子様の顔を見ているというより、脳みその中を想像してうっとりしてるんだと思う。教授、救いようのない海馬オタクだから。
……カイバっていうのは、記憶をつかさどる脳の部位で、教授はそれについての研究をしているんだけど。
やばいなと思うのは、その記憶喪失の眠れる王子様は、教授の研究にうってつけの人材なの。身元確認をしたけど警察からはなにも言ってこないし、このまま意識が戻ったとしても、彼はどこにも行き場がないのね。記憶もなくて迎える人もいないんじゃ、生きていけないじゃない? そりゃ支援してくれるところはあるでしょうけれど。
大体、若く健康な記憶喪失患者なんて、そうそう出会えるもんじゃないわよ。
教授、自分の研究を彼で試してみたくてうずうずしてるのよ。ラットではさんざん実験を繰り返してきたけど、所詮ラットだしね。生きた人間の若く健康な脳、そして欠損のある海馬なんて、探したって見つかるもんじゃないわ。
教授はこの研究をはじめたときからずっと、探し続けてたんだと思う。……彼、名無しの患者ジョン・スミス(仮名)を。何年も何年も、まだ見ぬ恋人を想うように、ずっと求め続けてきたんだと思う。
そして今、探し求めた相手は無防備に眠っていて、彼が目覚めさえすればすべてうまく行く、手術の準備しながら待ってるのよ。
教授にとって、彼はほとんうに、「眠れる森の王子」なのよ。
寝顔に一方的に焦がれる、ただひとりの運命の人なのよ。
……毎日、会いに行ってるんだもん、教授。眠ったままの王子様に。……正確には、王子様の海馬に。
この間とかちょっとトラブルがあって、72時間不眠不休で研究室詰めて、ボロボロになってるのにそれでも教授、絶対王子に会いに行くのやめなかったもん……目の下クマつくりながら、
「やあ私の王子様、今日も元気そうだね。君が目覚めるのはいつになるかな」
って……愛しそうに彼の髪を梳きながら話しかけて。
凍ったなんてもんじゃないわよ、回れ右して、見なかったことにしたわよ。
盗み見しているわけじゃないわ。あたしは教授の助手だから一緒にいることが多いし、教授の動向はチェックしてるのよ、仕事で、仕方なく。そして教授、べつに隠してないのよ、王子の部屋に日参してなにやらささやき続けてること。
どうやら、本人的には気の利いた冗談のつもりらしいわよ。
「こうして話しかけていると、早く眠りの魔法が解けるかな。いや、姫君のキスでないと無理か」
笑えないっつの。
ええ、言ってやったわよ、「それなら教授がキスされてみてはどうですか」って。そうしたら、
「王子様を目覚めさせるのはお姫様のキスだろう。王のキスじゃないよ」
……ねえコレ、どうリアクションしろっつーの? 誰が王様? 教授って自分を王様だと思ってるの?
まあ誰がキスしてもいいんだけど、それで王子様が目覚めちゃったらどうなるんだろ。
魔法云々じゃなくて。
教授よ。
十何年もずっと、ひとりの人と出会うことだけを夢見て来たわけでしょ。
ようやく出会えた相手は意識不明で。
毎日顔を見ながら、肌や髪に触れながら、相手が目覚めるのを待ち続けてるのよ。
……毎日、彼のことだけ考えてるのよ。
彼と「出会う」ことだけを、夢見ているの。
それで彼と出会ってしまったら。彼が目覚め、彼の海馬を好きにできるようになれば。
教授は、どうなってしまうんだろう。
深夜の病室で、王子様に話しかける姿見ながら、なんだかすごく、こわくなって。
うん、やばいよ? 教授って絶対やばい。ふつうじゃないもん、あんなの。王子様が目覚めることだけ、祈ってる。夢見てる。恋する少女みたいに。なんかすっごく、無邪気な目で話しかけてるの。「帝国」がどうとか、「君の犠牲が」とか、よくわかんないことを。
眠ったままの王子様の指を一本一本撫でてみたり、額から鼻筋にかけて指でなぞってみたり、顎をもちあげて顔をのぞき込んでみたり、性的な行為じゃないってわかっていても、なんかすごくやばいの。
教授にとって海馬が、研究がすべてだから。
そしてそれゆえに、王子様の存在を切望していたから。
ねえ。……それほどの執着を、達成してしまったら。
ひとは、どうなってしまうの?
……うん、マジで、転職考えてる。
理由、どうしようかな。「教授の冗談が笑えません」じゃダメか。実際笑えないんだけどね。冗談にしてしまいたいのにさ。
研究内容、結構倫理的にやばいから、「罪の意識に耐えかねた」ことにしようかな。
でももう少し、続けるつもり。
眠れる森の王子が目覚めるまで。
どうなるか、見届けたいの。
教授の執着が……あの壮絶な片恋がどこへ行くのか、見てみたい。