『銀河英雄伝説』は、青春だった。

 まだ若かったわたしと当時の親友は、あきもせずに会うたび『銀英伝』の話をしていた。
 本が好きで、長編小説は特に好きだった。
 その前はえんえん『グイン・サーガ』の話をしていたっけな。『銀英伝』も『グイン』と同じように、わたしと友人たちのブームになった。

 若くて、お金がなくて。
 毎週末会って出かける先が、梅田の大型書店だったり、複合施設の中にある図書館だったり。
 自分たちの住む市の図書館では満足できず、わざわざ隣の市の中央図書館まで電車に乗って通ったり。
 自転車に乗って、近隣の古本屋(ブックオフ等の大型店は存在しない)を何軒も回ったり。
 とにかく「本」が好きだった。
 素晴らしい本と出会ったら、まず親友に報告し、同じ本を読んで、感動を分かち合う。それが通常だった。

 わたしは学校の図書室の常連で、卒業前には表彰されたな、「図書室利用数最多生徒のひとり」って。
 や、びんぼーで本が買えず、学校で借りて読む、のが日課だったんだな。
 司書の先生たちに気に入られ、サロン的な感じで毎日溜まってた、つーか。
 親友は学校が別だったけど、彼女も自分の学校でそんな感じになってたらしいから、本好き少女はどこでも似たよーなことになるみたい。

 まあそんな日々で、『銀英伝』は実にいい題材だった。
 長いし文字びっしりだから、読み甲斐があるし。
 読み込むことでいろんな発見はあるし、たんにキャラに萌えていられたし。

 『グイン』がそうであったように、「次の発売日」を楽しみに、展開を予想したりなんだりできて、とても楽しかった。


 また、作者の田中芳樹という人が、謎の人で。

 『銀英伝』にはあとがきがない。
 作者の言葉を読めない。
 現代のように、著名人はすべからくブログその他をやって自身の言葉を世界へ発信していたりしない。
 『銀英伝』以外書いてないし、どんな人なのかさっぱりわからない。

 栗本薫の饒舌さに、最初は喜んでいたけどだんだん失望するようになっていたこともあり、田中芳樹のストイックさを快く思ってもいた。

 田中芳樹と富野由悠季が対談する、ちゅーんで、ワクテカ『アニメージュ』だっけかを買ったような?
 謎のベール(笑)に包まれた、田中芳樹の言葉が読める!てな。

 そしたら、何ページにもわたる対談記事で、喋りまくっているのは富野氏ばかりで、田中氏はその相づち程度しか喋っていなかったというオチ。

 ますますわからん、田中氏の人となり。


 そんなときに。

 親友と電車に乗ってわざわざ行った某図書館。
 そこに行けば、『SFアドベンチャー』という雑誌のバックナンバーが読める。
 『SFマガジン』も『SFアドベンチャー』も、びんぼーなわたしたちには手が出ない、高価な雑誌だった(笑)。

 そこで、田中芳樹のエッセイを見つけた。
 見開き2ページだったかな。3段組とかでびっしりと。
 はじめて読む、田中芳樹の「小説」以外の文章だ。

 …………すごかった。

 わたしと親友は、言葉を失った。

 えーと。
 たぶん、今と違って、いろいろ自由な時代だったんだと思う。
 現代に、あの文章を載せる雑誌はないんじゃないかな。

 エッセイのはじまりは、礼儀正しく理性的。
 でも最初の挨拶文が終わると、「これから暴言を吐くので、嫌な人は読まないように」という意味の注意書きがあった。
 わたしと親友は「?」と首をかしげつつ、先を読んだ。

 ほんっとーに、暴言だった。
 すごかった。

 無礼な読者から、酷い手紙をもらったのだという。
 そのことに対する怒り、内容への反論、揚げ足取りだった。

 その無礼な読者ってのも、確かに大概なもんだと思うが、それに対し、作家が雑誌という公共の場で、一個人(複数相手だったけど)に対し反論……ちゅーか、攻撃するのを、はじめて見た。

 匿名なので本人に返事を出しようがなかったんだろうけど、それにしても、雑誌で2ページかけてやることなのかと。

 わたしも親友もびっくりして、読み終わっても無口だった。
 どう反応していいか、わかんない……。
 わたしら、『銀英伝』ファンの、無邪気な女の子たちだったんだよー。

 んで、とりあえずわたしは、「鼎談」という言葉をおぼえた。
 物知らずなガキだったので、そんな言葉は知らずに生きていた。

 無礼な読者が、3人での座談会のことを「対談」と記していたことに対し、「3人のときは鼎談って言うんだよ、バーカ、低脳、その程度の奴がナニ上から意見してんだよ」てな感じ(あくまでも、イメージ)に田中氏が罵っていたんだな。
 「鼎談」という言葉を知らないと、こうまで罵られるんだ!と、肝に銘じたんだ(笑)。


 結局、わたしと親友の意見は一致した。

「見なかったことにしよう」

 ぱたんと雑誌を閉じて、書架へ戻す。
 作者と友だちになるわけじゃなし、どんな人でも作品さえ良ければいいんだよ。
 田中芳樹の小説は面白いんだから、それでいいじゃん。

 てことで、1回読んだだけのエッセイなので、あくまでも記憶、イメージだけです。
 真実がどうかは、もう時の彼方。


 とはいえ。
 そっから先は、田中氏へのイメージが変わった。

 すなわち。

 田中芳樹、こわい!!

 作品は面白いし、好きだから読むけど、本人にはできるだけ近づかないでおこう。
 エッセイとかインタビューとか、2度と手に取らない。

 あのエッセイを読んでから、小説内にストーリーに関係なく唐突に挿入される「無礼な人」「非常識な人」のエピソード(『創竜伝』とか、現代物の小説に特に多かった)は、作者の実体験なんだろうなあと思うようになった。
 エッセイで攻撃しないかわりに、小説内に登場させるんだ、と。ぶるぶる。

 クリエイターなんて、個性的でナンボだし、別にいいと思う。
 思うけど、わたしは苦手だなあ。こわいなあ。

 年を取るにしたがい、趣味嗜好も変わる、待っても待っても続きは出ないし、たまに出る別の本は面白くないし……と、いつの間にか田中芳樹の小説を読まなくなっていた。

 大好きだった『銀英伝』も、なまじ大好きだっただけに布教に忙しく、いろんな子に貸しているウチに、戻って来なくなった。
 ほとんどが初版帯付きだったんだがなあ、徳間ノベルズ。


 後年、田中芳樹せんせーを知る人から「すっごくいい人だよ! あんなにいい人で大丈夫なのか、心配になるくらい」てな話を聞いた。
 あのエッセイの記憶がトラウマなわたしは、半信半疑(笑)。そうなのかなあ、でもいい人だったら、あんな文章書くかなあ。
 同じ攻撃文でも、巨大な権力とか企業とかに対してなら小説のイメージ的にもアリだったけど、市井の人、自分の読者に向かって誌上攻撃は、大人げなさ過ぎる。

 それでもやっぱり、あれだけ大好きな小説の作者。
 わたしにとっては、青春の1ページ、時代の象徴。あこがれの人。


 あれから何年経つのか。

 『銀河英雄伝説@TAKARAZUKA』初日。

 張り切って駆けつけたわたしと友人のチェリさん(ヲヅキファン)は、示し合わせたわけでもないのに、SS席で互いが見えるくらいの席。や、気合い入ってるよね、わたしたち(笑)。

 チェリさんが「作者の人、来てる? 私は顔知らないけど、劇団の人に案内された男性がいたよ」と教えてくれた。
 そうなの? と、意識して眺めれば、確かにいた。席、近かった。

 あ、田中芳樹だ。って、シンプルに思った。

 つまり、顔、おぼえてるし。

 そのことに、おどろいた(笑)。
 本人には近づくまい、と小説以外目にしなくなり、それすら遙か昔のことなのに。
 それでもバイブルだった徳間ノベルズに載っていた写真は、いやっちゅーほど眺めていたもの。

 公演の初日挨拶時、舞台上から紹介された田中氏は場内の拍手に応え、何度も何度も頭を下げていた。
 終演後、席を立って歩く人々の群れの中でも、握手を求められたりカメラを向けられたり、大変そうなんだが、彼はいちいち律儀に礼を尽くしていた。

 いい人そう。

 以前人から聞いた通り。すごくいい人なのかもなー。
 文章内でだけ、人格変わるのかもしれない。つか、当時の彼は、成功したばかりの若者だった、ってことなのかもしれないし。小娘のわたしからは「大人」と見えていただけで。

 ノベルズの写真といちばんチガウのは、ズバリ髪の毛だった……そうか、それだけ時が流れたんだ。

 少女時代のわたしなら、人混みをかき分けて彼のところへ行き、握手を求めるなりしたのかなあと、微妙な距離から握手責めにあっているかの人を眺めた。

 それでも『銀英伝』が好き。
 出会えて良かった。

 今も、また。
 てことで、とにもかくにも、『銀河英雄伝説@TAKARAZUKA』初日観劇。

 かなめくん、みりおん、トップお披露目おめでとう!!

 そして、新制宙組。
 かなめ、みりおん、ともちん、ヲヅキ、まぁくん、って、ナニ組観てんのか混乱する画面多々あれど、華やかに幕開いたのは喜ばしい限りです。

 いやあ、宙組長身男役たちがこれでもかと華麗に登場、それだけで楽しい、わくわくする!

 かなめ姫がマジ二次元……「タカラヅカ」の本領発揮ぶりに、胸が熱いです。

 外見はともかく、キャラクタが原作のイメージ通りかというと、それはちょっとわたし的には違うんだけど、それはそれでよし。

 てゆーこのおハルさん、ヒロイン度高すぎない?(笑)

 ナチュラルにヒロインしていて、「あれ、こんな話、こんなキャラだっけな?」と思うことしばしば。
 まあタカラヅカだし、かなめ様だし、いいのか。


 オーベルシュタイン@ともちんに、吹いた。
 いやもお、あちこちで。

 『銀英伝』で贔屓を含めた妄想配役をするとキャラ的にオベ様になってしまうのだが(個人的見解)、幕が上がるなり銀橋に登場してえんえんナレーションをするオベ様に、贔屓の姿が重なって笑いツボ入っちゃったよ、イケコ……!
 もしも贔屓のいる組で『銀英伝』やってたら、ナレーション役がまちがいなく完璧に回ってくるさ……!!
 しかも、かたや劇団最大の男役スター、かたや劇団最小の男役スター……なのに、芸風や立ち位置のかぶりっぷりにウケる。(最小、てのは、真ん中付近にいる人で、の意味ね)
 ともちんすきだよともちん!!
 我ながら好みがブレない、体格関係ナシに、好きなキャラはかぶっている……(笑)。

 ともちんはますますキャラクタを確立してきたなと。
 下級生時代の彼は、大きな身体に芸風が合ってなくて、もてあましていた印象。まああのころはたか花政権、組子たちは全員「動く大道具」状態だったわけで、舞台人スキルを磨くどころじゃなかったんだけど。
 タニちゃん時代になって、キャラ的に似合わないなりに、色悪路線を開拓して、やり続けるうちに、味が出てきて。

 ほんとのところ、ともちんは「悪役」の人ではないのだと思う。
 彼はホット過ぎる。持ち味のおおらかさ、やさしさがにじみ出る。
 だけど、そんな彼が立役を、色悪をやり続けることによって、なんとも言えない、独特の魅力を持つキャラクタになった。
 アニメ的な色気っていうかな。
 あり得ない、デフォルメされたような、つまりその分派手な、色気。
 役や作品によっては場違い過ぎたり、空気クラッシャーな存在になってしまうが、昨今の宙組カラーならば、問題なし!
 今回もSF作品、次回はゲーム原作、アニメ系ど真ん中!

 つくづくともちんは、宙組が生んだスターだと思う。

 彼の芸風は、宙組という土壌あってこそ培われたモノだ。
 ビジュアル組、アニメ組ならではの、強み。それこそ、エッジワースだーの氷(アイス)だーのがハマるアニメキャラ。

 今回のオーベルシュタインも、なんともデフォルメされた美形キャラ。
 原作ともアニメ版ともチガウ、タカラヅカならではの、宙組のともちんならではのキャラだ。

 てゆーかオベ様素敵過ぎる~~(笑)。←笑うのか。


 油断して眺めている舞台で、誰をオペラで追うか、で、自分の真意が知れたりする。

 なんかわたし、とってもヲヅキさんを見ていました。

 そうかわたし、ヲヅキさん好きか……。
 や、知ってたけど。
 組が変わっても、やっぱりそうなんだ。と、納得したり。

 もちろん、ヤン・ウェンリー役だってことも、大きい。
 ああ、ヤンが大好きだとも! ヤンコップだったからなわたしゃ!(こらこら) ……素朴な疑問、今もこーゆー言い方してるの? 大昔はそうだっけど。間に×記号を入れるなら、もちろん右がヤンですが。さすがに、逆は嫌だ……(笑)。

 演目が発表になったとき、ヤン@ヲヅキ希望だったわたしです、ヲヅキさんのヤンはとても好みでした。
 ああ、うん、これもヤンだよね、原作から抽出した、ひとつのヤンの姿だよね、と思った。

 演出的に驚く部分はあっても、ヲヅキさんの作るヤンには違和感なし。

 つくづくヲヅキは不思議な役者だなと思う。
 彼の持つあたたかさと、ゆるさは、独特だ。

 狙って出来るものでもない、ナチュラルボーンの魅力だよなあ。
 ヲヅキはヲヅキに生まれた。
 もうそれだけで、愛しい(笑)。

 ヤンとしての髪型が好き。
 自然な前髪が額に落ちているヲヅキ、って、見たことあったけ……?? てなときめき(笑)。
 ほとんどベレー帽で隠しているのがおしい。
 イケコ、ヲヅキに帽子取る演出・場面増やして、お願い。

 そして、さらっと前髪の反動なのか。

 フィナーレのウルトラマン・リーゼントは、あれでいいのか?

 初日はヲヅキファンのチェリさんと一緒だったんだが、共にフィナーレで「ヲヅキ……」と肩を落としたぞ?(笑)

 ヲヅキさんは毎度、髪型・ヅラのセンスがなー。そりゃもう致命的にいろいろやらかしてくれるよなー。
 愛しいわー(笑)。


 キルヒアイス@まぁくんは、きゃあ、まぁくんだ!!な気持ち。

 ねえねえ、まぁくんってやっぱ、どこ行っても揺るがなくまぁくんだね!
 宙組だからどう、とか、キルヒーだからどう、とかじゃない。
 いやあ、まぁくんだわー。

 まぁくんに必要なのは前髪! と、つねづね思ってきたので、ヅラなキルヒアイスがいいです。さわやかにイケメン。無理に大人とか無理に黒くすることなく、等身大のまぁくんで勝負できる。
 まぁくんの持つまっすぐな魅力を解放し、さらに磨けばいいんだ! がんばれ花組御曹司。



 ヒルダ@みりおん、かわい~~。
 原作では出番のないヒルダを、どう料理するのかと思ったら、なんか少女マンガど真ん中で、見ていて照れました(笑)。

 歌えるっていいなあ。背伸びのない、素直な歌声が心地いい。

 ヒルダがあんなキャラなのかは原作スキーとしては首をかしげるところですが、タカラヅカのヒロインなんだからOKっしょ。
 しどころのないキャラなんだけど、初々しくてなあ。

 露出の少ないキャラでもあるし、トップ娘役としてもここから少しずつ花開いていくんだろう。
 かなめくんとのコンビとしても、これからに期待ですわ。
 『銀河英雄伝説@TAKARAZUKA』観劇時の、最大目的。

 ヴィジュアルを、堪能しよう。

 タカラヅカでしかありえない、美しさ。豪華さ。
 それを楽しむ。


 ってことで、とにもかくにも。

 ロイエンタール@ちーちゃんが美しい。

 ちょっと、もお。
 どーしたこったい。

 や、もともと好きですよ。好みの顔ですよ、まっつファンに聞いてください、ほとんどの人はちーちゃんの顔を好きだと答えるでしょう。わたしの知りうるまっつスキーたちは、もれなくちーちゃんスキーですから。
 自分と自分の知りうる範囲が全世界の常識だとは思いませんが、ひとつの指標ではあります。

 蓮水さんは、好みの顔。

 わたしの好みである、というだけで、どれくらい一般的美意識で美しいのかは、わかりません。
 美形だとは思っているけど、それにしては舞台でそれをうまく使えていない。……という印象。

 一時期、どうにもキモチ悪かったしなあ(笑)。
 いろんなバランスの問題で、美しいんだかキモチ悪いんだか、微妙なとこにいた。や、わたし的に。2008年あたりですか。
 そのあとまた、カッコイイ、やっぱ好みだと持ち直して行った。
 すべて、『殉情』が悪いんですけどね。イシダが悪い。マッカーサーはかっこよかったのにさっ。

 カッコイイ、美しいはずなのに。
 芸風的にシリアスに落ち着いてくれないというか、よそ見しがちなキャラクタなのがいかんのかなあと、勝手にじれったく思っておりました。

 それが。
 今、正しい美貌の使い道に出会った。

 そう。
 ちーちゃんはコレよ、コレなのよ!!
 雹(ヒョウ)が萌えキャラだったよーに、アニメ系クールビューティがハマるのよ~~!

 や、とにかくロイ様が美しいです。
 出番はいろいろあるけど見せ場はろくにない、そんなにぎやかしキャラなんだけど、いるだけで、美しい。

 いやあ、彼の物語を、その最期まで、ちーちゃんのビジュアルで見届けたいっすよ。

 なにがどうじゃなくても、ロイ様見てるだけでゴージャスな気分になれる。うおお、タカラヅカだぜえ、と思う。
 このレベルの美形が、メインキャラじゃなくその周囲で踊ってるのよ? タカラヅカおそるべし! じゃないですか。

 ミッターマイヤー@かいちゃんとの並びもきれい。
 ミッちゃんは「でかいなあ」と、どーしても思ってしまう……双璧の身長差はねえ、こだわりポイントだからねえ(笑)。
 でも彼の持つ温度がいいよね。ミッターマイヤーならではの、熱さと温かさ。


 ラインハルト@かなめくんの幕僚のみなさんが、ほんと美形揃いで、ここまでくると笑える。
 タカラヅカすげえ!
 知ってるよ、知ってるけど。

 『相棒』が美形揃いでドラマオープニングに乗って、ポリスマンダンス踊ってた、あのびっくり感というか。

 りくくんが好みの美形っぷりなのは言うまでもないが、りんきらがきれいになっていて、驚いた。りんきら比で痩せてる!! 痩せればきれいなんだ、がんばれりんきら。
 宙組は良くも悪くもガタイがいいので、そこまで痩身にならなくても見栄えを保つことは出来る。たしかに、りんきら向きの組かもしれない。


 ユリアン@うららちゃんを見て、いろいろと頭を抱えた。

 娘役としてなかなか成長しない彼女に、男役に転向してくれと、思っていた。
 で、実際男役を演じる彼女を見て……見た目は期待通りの美少年なんだけど……。
 やっぱ芝居、うまくない……。ぶっちゃけ、へ……ゲフンゲフン。

 娘役として育てるなら、半端に男役をやらせるべきではないし、いっそ男役に転向させるなら、さっさとした方がいい。
 素材はいいのに、なんとも中途半端なことに。

 てゆーか何故、ユリアンを娘役がやっているのだろう?
 ユリアンは子役というよりは、男役だ。
 娘役スターとして育てる予定の子に経験させて、娘役スキルに活かせる役とはとても思えない。
 娘役に役がないから、スポンサー付き新進スターを特別扱いするため、というその場しのぎの配役なら、「娘役」としてのうららちゃんにプラスになってない気がする。
 彼女がすでに娘役としてのスキル万全なら、なんでもできる器用な子ならいいよ? 芝居がすごくうまくて、なにかと勘のいい子だから、男役もお茶の子さいさい、てなら。
 でも、そうじゃないじゃん。不器用ちゃんなのに、貴重な時期に娘役として不要のことに努力させて、変な癖でも付いたらどーするんだ……。

 いやその、初日はほんとひどくてなあ。1週間後に見たらぐんと良くなっていたので「おおっ」と思ったんだが、それなら余計にこの「伸びる」時期に、ナニをやらせてるんだと。

 それにしても、ウメちゃんは芝居うまかったんだなあ。
 「男役に転向して欲しい」と言われ続けた娘役の先輩として、思い出すよ。
 娘役の彼女が、「子役」という言い訳付きで男役をやったのは研3のときか。
 ふつーに「あの美少年は誰? しかもうまいし!」だったよなあ。マジでこのまま男役になって欲しいと思ったが、そんなことは起こらなかったよなあ。

 ユリアンはいい役なので、もっと芝居の出来る子で見たかった……。
 いやその、それでもうららちゃん、公演が進めばうまくなると思うんだけど……それを次以降の娘役に戻る公演に、100%活かせない、つーのがなあ。

 こんなに美しい子なんだよ、劇団よ、うまく育ててくれえ。


 うまいといえば、トリュー二ヒト@モンチ。

 月組『ロミオとジュリエット』に続き、イケコ、脇は好きに配役してるなあ(笑)。
 研4のゆうまくんに大公役をやらせたように、研6のモンチにトリュー二ヒトか。
 ほんとにイケコ、歌ウマ好きだよなあ。

 ゆうまくんは見た目がおっさんだからいいけど、見た目が少年のモンチはいろいろ大変。
 メイクとかがんばってるけど、見た目だけだと新公の子がトリュー二ヒトやってるみたいだ。

 それは彼の持つカルマ、仕方ない。
 誰だって持って生まれたモノで勝負している。

 見た目が大変だなあ、とは思うけれど、それでも、ハンデを吹っ飛ばす勢いで歌い、演技している彼をすごいと思う。
 気持ちいいと思う。

 宙組コーラスの素晴らしさと共に美声を響かせて、『銀英伝』中いちばんの嫌われ者トリュー二ヒトを、とことん演じきって欲しい。
 輪郭濃く、きゅっと、きりっと。
 で、『銀河英雄伝説@TAKARAZUKA』って、どうなのよ?

 初日を観たときの感想は、『太王四神記』の花組初日を観たときと酷似していました。

「……で、これ、面白いの?」

 いろいろ派手でたくさん詰め込まれて、きれいな人がコスプレして大騒ぎどっかんどっかんで幕。
 だけど結局のとここれって……面白いの?

「サイトーくん演出で見たかった」

 イケコ演出って総じて地味だよね……サイトーくんに比べて。
 基礎体温が低いというか。
 同じことをやっていても、サイトーくんの方が無駄にアツいというか。


 映像使いまくりーの盆回りまくりーの階段とセリが上下しまくりーのレーザー光線使いまくりーのの、現小池作『銀河英雄伝説@TAKARAZUKA』を「地味」だと言わしめる、サイトーヨシマサの芸風恐るべし(笑)。

 つっても、『太王四神記』のときは『エル・アルコン-鷹-』の印象が強かったのでサイトーマンセーになっていたのであって、『TRAFALGAR』のショボ演出を観たあとである今となっては、手放しにサイトーくんを持ち上げられない。
 単に『エル・アルコン』が神がかっていただけかも。大劇場芝居演出デビューってことで、めちゃくちゃ気合い入ってたんだよね。さらに、演出家の相談役(笑)としても定評のあるトウコちゃんが主演だったしね。

 それでも、一発成功例があると強いね。
 『エル・アルコン』の神オープニングが脳裏に焼き付いている者としては、『銀河英雄伝説@TAKARAZUKA』のオープニングの地味さと残念さに肩を落とした(笑)。

 そしてこれは、キムシンにも言えることなんだけど、小池作品は、音楽が残念だ。

 演出家によって、組む作曲家が決まっている。
 演出家の好みで決めているらしい。
 キムシンが長谷川せんせの音楽に惚れ込んでいることもわかるし、イケコが太田せんせの音楽に惚れ込んでいることもわかる。
 でも、「作品」と合ってないんだ、それらの音楽ってば。

 太田・長谷川の共通点は「よく聴くときれいな曲だが、瞬発力がない」。
 はじめて耳にしたときに絶大なインパクトを与え、脳裏から消えなくなる。……そういう音楽じゃない。

 きれいだからBGMには適しているけど、主題歌に向かない。

 メインに使う曲だけ、外部の作曲家に依頼するべきでは、と思う。とにかく瞬発力のある、1回聴くだけでよそ見していたのを振り向かせるような、求心力のあるタイプの音楽に。

 選ぶ作曲家のタイプに、その演出家の作風が表れてるよなああ。
 太田せんせの音楽は、長谷川氏の音楽ほどタルくないし、そこそこ重厚だと思う。
 派手なのではなくて、奥行きがある。だから1本立てコスプレ作品の音楽としてそぐわないほど地味で単調ってわけじゃない。音楽が主張しすぎてドラマの邪魔をする、ということがない。さらっとしていて重みや澱みはない。


 何十時間もある原作を2時間半(フィナーレ・大階段パレード込み)にまとめた『太王四神記』も大概だが、本編だけで10巻まである原作を2時間半(フィナーレ・大階段パレード込み)にまとめた『銀河英雄伝説@TAKARAZUKA』も、大概だ。
 その詰め込み方が。
 や、『銀英伝』は実質2巻までだけど。

 説明することが多すぎて、出来事を追うだけで精一杯で、ドラマ部分が弱いのはお約束。
 『銀英伝』みたいに複数視点で、かつ「後世の歴史家」視点っつーか、どこかに肩入れするでない突き放した感のある物語を切り取って「ドラマ化」するのって、実はイケコ苦手分野じゃあ?と、思う。

 まとめる力、演出する力は、イケコを超える人はそうそうナイと思うけど。

 だからただ「長いモノをまとめました! キリッ!」というデキになり、感情として盛り上がるところがナイっちゅーか。
 出来事が多くてどったんばったんしているから、なんか盛り上がったキモチになるけど、ほんとのとこ、心揺さぶられるモノはないっちゅーか。


 盛り上がらないなあ、と思うのは、視点のあるなしかな。
 作品に作者自身の視点っちゅーか思い入れを強く置き、「俺はこう思う!」「この台詞を言わせたいがためだけに、この芝居1本書いたんだっ」という、本人の創作意欲、表現意志。そーゆーのがあってモノ作りをしている……わけじゃないもんなあ、イケコの作風。

 引いたところで作劇しているから、複数視点の歴史物を演出すると、まとまってはいるけど、地味で精神的な盛り上がりと深みのないモノになる。

 とはいえ、今回の作品が盛り上がらないのはイケコの責任だけじゃないよなあ。

 原作からして、もっとも盛り上がる場面をクライマックスに出来ないところに、「タカラヅカ」の限界を感じた。

 いちばん盛り上がる、盛り上げてしかるべきなのは、キルヒアイス@まぁくんの死だ。
 そこを盛り上げることが出来ず、上がったテンションをわざとぶち切る、冷水ぶっかけて「ここで盛り上がっちゃダメ、ここクライマックスじゃないから、誤解しないで!」とやる……やらなければならなかった、ことに、原作ファンとしても、タカラヅカファンとしても、盛大に落胆した。

 エンタメなんてラスト命、クライマックス命。
 それまでどんだけ盛り上がらず、ぐだぐだになっていても、ラスト10分盛り上げて、観客高揚させて泣かせちゃえば、過去は帳消し、「いいもん見たー!」なキモチになるっちゅーに。

 クライマックス否定で盛り上げろ、と言われても……無理な相談だよなああ。


 てことで、ますます「長大な原作を、各種関係者の顔を立てながら短くまとめました」的な作品になっている。

 そのまとめる手腕が老練でそつがないため、ちゃんと楽しいモノになってはいる。

 キャストはとにかく美しいし。

 それでなんか、大作を見たなー、という気分で劇場を出るんだけど。

「すごいことはよくわかった。……で、これ、面白いの?」

 と、『太王四神記』初日と同じ感想を持った。
 ああデジャヴ。わたしこれ、3年半前にも同じこと言った。

「オープニングとか、残念すぎ。サイトーくん演出で見たかった」

 『エル・アルコン』の夢よもう一度。
 今のサイトーくんにそんな力があるのかどうかわかんないけど。


 それでも複数回観たいと思わせる力のある、大作だと思う。
 と、コレを書いている時点で「毎週『銀英伝』、週に一度は『銀英伝』」状態で、ムラへ通うことになってるわたしです(笑)。
 小池先生がタカラヅカで演出家をこれだけ長く続けていられるのは、彼が優秀なサラリーマンだからなのか、と思う。

 芸術家よりも、職人。
 自分の作品・芸術性を愛し、譲らずに作劇する芸術家気質ではなく、まずクライアントがいて、その希望に添って質の高い作品を作ることに心血を注ぐ、職人気質。

 謎な配役、大人の事情。
 それが丸わかりでもとにかく、イケコは自分の仕事をする。
 彼は劇団に雇われて、劇団の仕事をしているわけだから。

 小池先生って劇団理事なんでしたっけ? 劇団にてひとかどの位置にいる人なのは、わかります。
 それでもやっぱり、サラリーマン。劇団の意志に従って、作劇しているんだろうなあ。
 演劇というお金の掛かるジャンルでは、なにもかも好きになんて作れない、いろんな事情や横やりがあって、それらの中で譲ってあきらめて、制限ある中で精一杯のモノを作る、というのが当たり前なんだろう。

 主要キャストは上から言いなりだけど、脇だけは自由に出来る。そこでだけ、ひっそりと自己主張。
 海外ミュージカルの潤色でもっとも才能を発揮するように、まったく自由であるより、「制限がある」方が燃える人なのかもしれない。


 毎度いろいろ大変そう、と思う小池せんせ。

 小池せんせが毎回大変のは、彼が「ヒットメーカー」であり、彼の登板を指名するということはつまり「大作」を制作することであり、大作を用意するからにはそこに「劇団事情」が特に関わっている、ということにある……と、思う。

 小池作品っていつも、人事大変!というイメージ(笑)。

 謎のヒロイン抜擢とか、番手ぼかしとか。
 全タカラヅカの娘役よりも、「優れている」「相応しい」ってことで、他組の無名の男役下級生がエリザベート役に抜擢されたりとか、入団したばかりで舞台人としての基礎も娘役スキルもなにもない研1生がジュリエット役に抜擢されたり。
 その「全タカラヅカ生徒より優れている」とされた「100年に一度の天才」たちが、そのときだけ抜擢され、その後はそれが「なかったこと」にされたかのように、ふつーの組子に戻されていたり。
 トップスターも2番手も3番手もない、わけわかんない配役を、とても細心の注意を持って行ったり。準トップだとか、トップはいても2番手がわからないように、だとか。

 劇団がお金を掛けて上演する「大作」は、その分「大人の事情」が満載。大作はヒットメーカーのイケコでなくては、だからイケコはいつも事情を抱え込んで「大変」。
 やーん、3つの「大」が重なるのが当たり前のイケコってば素敵、重圧かかえてがんばれ日本のサラリーマン。

 今回の『銀河英雄伝説@TAKARAZUKA』は、いつものにも増して。ほんっとーに大変だったんだなあ、と思う。
 プログラムの異例の長文(笑)。どれだけ大変だったかの言い訳羅列。書かなきゃまずいことを並べ立てた事情羅列。

 ご苦労様っす。


 人事面でいつも大変そうな小池せんせ。

 今回もなあ。

 原作からして、もっとも盛り上がる場面をクライマックスに出来ないってあたりがもお、気の毒だなと。

 ラインハルト@かなめを主役に原作の2巻までを使ってミュージカルを作るなら、クライマックスは当然キルヒアイス@まぁくんの死だろう。
 ラインハルトの腕の中で死ぬキルヒ、をいちばんのドラマティック場面にするだろう。
 よく例えられるけど、ラインハルトとキルヒアイスは、オスカルとアンドレみたいなもん。アンドレの死は重要でしょう。

 なのに、『銀河英雄伝説@TAKARAZUKA』は、そのいちばん盛り上がり必須の場面を、クライマックスにできない。してはならない。
 盛り上がって当然、ストーリー的にもファン心理的にも盛り上げろ泣かせろ!と期待する場面を、「ここで泣いちゃダメ、感動しちゃダメ」と制止しなきゃならない。

 キルヒアイスが死に至るまでの経緯もあっさりしたもんだし、死もあっさり。
 慟哭するラインハルト、さあここからさらに盛り上がるぞーっ、と観客がスタンバったところで。
 突然場面が変わり、関係ない人たちが出てきて次の芝居を進める。
 えっ……。

 えー、「タカラヅカ」のお約束では、こういう場合、ラインハルトの独白やソロ歌になります。
 キルヒアイスを失った、慟哭の場面になります。

 ラインハルトが泣きながら1曲歌って銀橋渡ったりします。

 本舞台にスモークたいて、回り舞台から笑顔のキルヒアイスがせり上がってきたりします。
 そして友情のデュエットダンスをしたりします。(それってどこの『愛のプレリュード』 ……)

 舞台奥の階段に、少年時代のおハルやキルヒ、アンネローゼ様が現れて、無邪気に「キルヒアイスと呼ぶことにする」とか「ジーク、弟と仲良くしてやってね」とかの会話を再現していたりします。

 そしてキルヒの今際の際の台詞が響く中、目の前のキルヒが消えてゆき、残ったおハルが再び客席に向けて絶叫(メロディ付き)。

 それくらいやるのが「タカラヅカ」ですとも。

 キルヒが死ぬなりソルーナさんたちが出てきて陰謀話の続きをはじめ、盛大に、肩すかし。
 わざと盛り上がらないよう、余韻をぶった切っている。

 何故か。


 クライマックスは、ヒロイン・ヒルダ@みりおんと、ラインハルトの場面にしなければならない。

 だから、キルヒアイスを相手に盛り上げてはいけない。

 いやその、原作ではヒルダ、ここでまだレギュラー入りしてないし。
 原作にはいないキャラのために、原作の盛り上がり部分をスルーする。……ありゃりゃ。


 男役至上主義のタカラヅカだ、トップ娘役を飾りにして男役同士でドラマを展開することはできる。
 トップとはいえ娘役の面子のために、トップスターの見せ場を犠牲にすることは通常ない。
 オスカルとアンドレはその最たるモノだし、『愛のプレリュード』 なんかトップと2番手が痴話喧嘩して和解するまでの話で、クライマックスは男同士のデュエットダンスだ。

 女性キャラに出番がない、見せ場がない、程度のことでタカラヅカのシステムは揺るがない。

 今回クライマックスを正しく設定して盛り上げることができなかったのは、ヒロイン問題に加えて、

 2番手男役が不明

 であるためだ。

 まぁくんが正2番手なら、ヒルダのことは置いておいて、とにかくキルヒアイスの死→ラインハルトの慟哭を盛り上げることができた。
 『愛のプレリュード』 が成り立ったのは、主人公の親友役が2番手だったからだ。

 何故か新制宙組の2番手は明確にされていない。
 プログラムでは、ともちん、ヲヅキ、まぁくんが同等の扱い(学年順)になっている。
 同等ってことは、オーベルシュタイン@ともちん、ヤン@ヲヅキ、キルヒアイス@まぁくんは同等の扱いにしなくてはならない。

 原作も大事にしなくちゃならない、タカラヅカのお約束も守らなければならない、その上人事まで気を使わなくてはならない……。

 イケコ、乙。

 ほんとに大変だなあ……。しみじみ。

 がんばれサラリーマン。がんばれ職人。


 まあ、イケコが本能のままに作劇したら、世界征服でマッドサイエンティストでエコでNPOでネットでスマホでヒップホップなわけだしな。
 制約があってナンボだよな、うん。
 でもさ、やっぱイケコってすごいよね、うまいよね、と思う、『銀河英雄伝説@TAKARAZUKA』を観て。

 いちばん盛り上がること必至のクライマックス場面が、大人の事情で盛り上げられない。

 同じよーなモノを観ました、同じ劇場で。

 タカラヅカには番手というものがあり、たとえ原作がどうあろうと、観客がナニを求めていようと、んなことぁお構いなしに優先されるモノが、あるのです。


 その物語の主人公は、オスカル(男装の女性)といいました。
 オスカルがいろんな経験をして、成長して、それまで自分を捕らえていたしがらみを自ら捨てて、自分の道を歩く……己れの信念を貫き、剣を抜くことになる物語でした。
 オスカルがそれまで属していた貴族社会を裏切り、平民側で闘う!という場面は、物語のクライマックスです。
 もっとも盛り上がる場面であり、そこでオスカルは幼なじみである最愛の人アンドレを失い、さらには自分も華やかに戦死するのです。

 この原作を、ナニを間違ったのか、とってもおかしな料理をして、タカラヅカで舞台化されました。
 トップスターが演じるのは、主人公のオスカルの幼なじみ・アンドレ。主人公の恋人役だし、主人公の影として常に付き従ってきたし、最期は華々しく戦死するし、まあ彼をトップスターが演じるのは、わかります。アンドレ視点に微調整することは可能。
 問題は、トップ娘役。
 物語の主人公のオスカルは、男装の女性です。女性役なんだから、トップ娘役が演じてもよさそーなもんですが、そうではないのです。その役は、男役が演じると決まっている。
 じゃあトップ娘役はナニをするの、というと……主人公オスカルの恋人アンドレの、幼なじみ、という、わけわかんない役になりました。

 物語の中心は、オスカル。その恋人アンドレを演じるのが、トップスター。そのアンドレに片想いしてストーカーする女を、トップ娘役が演じる。
 ……えーと?

 すでによくわかんないことになってますが、物語はどうあがいたって、オスカル中心に存在するわけです。
 物語のクライマックスだって、オスカルが民衆の真ん中に立って闘う場面なんだし。

 じゃあその、原作の主人公であるオスカルを演じるのは誰? トップスターでもトップ娘役でもないなら、男役2番手?
 ……いいえ。何故か男役3番手が演じました。

 原作の主人公。物語の中心。クライマックスの、中心人物。
 それを、3番手が演じるとどうなるか。

 クライマックスに、オスカルは出ませんでした。

 オスカルが、民衆の真ん中に立って闘う場面です。
 なのに、本人不在。

 かわりに、その恋人アンドレ役のトップスターが、ひとりで「オスカル~~!!」と連呼しながら、群舞のセンターにいました。

 オスカルは、いません。
 いないけど、いるということにして、名前だけ出して、アンドレ役のトップスターひとりでがんばる。

 物語的にも原作的に、オスカルがこの場面にいたら、どーしても彼女が「主役」になってしまうからです。
 物語を動かしているのは、主人公である彼女ですから。

 タカラヅカには番手がある。
 トップスターより、3番手を目立たせてはいけない。
 いや、それでもトップが目立つ演出は可能だが、そうしたとしても、少なくとも2番手より目立ってしまう。
 それではいけない。

 てことで、3番手が演じている役だから、という理由で、原作の主人公はいるはずの戦場に不在、「いるという設定」で名前だけ連呼されるエア主人公になっていました。

 原作の名前に惹かれて来場した客も、往年のタカラヅカ名作に思いを馳せて来た客も、ふつーのタカラヅカファンも、ひたすらぽかーん。

 アンドレがひたすら大仰に、いもしないオスカルの名前を呼びながら、派手に絶命しておりました。
 ぽかーん……。

 そして、アンドレが死んだあと、トップ娘役演じるストーカー女は、アンドレ戦死=彼はもう私のもの、と恍惚の笑みを浮かべる。

 タカラヅカですから、トップスターとトップ娘役のラブラブでエンドマーク出さなきゃいけないから、オスカルの名を呼びながら戦死したはずのアンドレが、天使が舞い踊る中、ストーカー女の前に笑顔で現れ、トップコンビの場面で幕が下りる……という。

 ぽかーんを通り越して、震撼。こわっ。こわすぎるっ。


 こんなものすごい公演もあったわけです。

 今回の『銀河英雄伝説@TAKARAZUKA』に当てはめるなら。

 「キルヒアイス役は、クライマックスで自然と目立ってしまう。トップや正2番手ならともかく、それ以外の役者がクライマックスの華となってはいけない」と判断され、エア・キルヒアイスになる。

 キルヒは舞台上にいないけど、「いる」という設定で、ラインハルトが「俺をかばって撃たれるなんて! 死ぬなキルヒアイス!!」と説明台詞を喋りながら、ひとりで騒いでいる……という場面になる、わけだ。

 舞台にいないんだから、目立ちようがないよな、ひとりで大騒ぎしているラインハルトを観客は「なんだなんだ?」と見るよな。
 ほーら、演出家の狙い通り、目立ってはいけない番手の人は目立たず、目立たせたいスターだけが目立っている!

 原作も観客の期待も、作品のクオリティも関係ない!
 人事優先、大人の事情優先!


 そんなことになっておらず、あっさり短めとはいえ、原作通りにキルヒアイスが撃たれて死ぬ場面があり、ラインハルトが親友を抱いて嘆いてるんだから、十分だよな。

 植爺作『外伝 ベルサイユのばら-呪いのドングリ編-』に比べれば、クライマックスをキルヒの死から、ラインハルトとヒルダのラブラブ場面に変更するくらい、大したことないさ。

 ラインハルトとキルヒアイスが歌う、ふたりの友情の歌……「ああ あれはフレイヤの星♪」を、ラストでラインハルトとヒルダの歌として使われ、ラインハルトとキルヒアイスの少年時代の思い出「共に流星を見たモノは」をラインハルトとヒルダの思い出にすり替えてエンドマークでも、だ。

 RPGでキャラクタが離脱し、ぽっと出の新キャラクタが引き継ぐとき、パラメータが前キャラのまんまで「キャラが変わる意味ナシかいっ」と突っ込む、アレですな。
 キルヒのパラメータは、全部まるっとヒルダにコピーされましたとさ。必殺技も溜めてきたポイントも、全部そのまま使えます。

 ラストシーンで、ラインハルトとヒルダの背後に流星が走ったときに、膝を打ちました(笑)。
 パラメータ完コピの、キャラ引き継ぎキターーっ!!と。

 わかりやすくて、いいんじゃないすか? 時間もないことだし。(真顔)
 『銀河英雄伝説@TAKARAZUKA』でいちばんわからなかったことは、実はイゼルローン、どうなったの??です。

 ちょ……っ、イゼルローン攻略なしかよっ?!!
 いつの間にか、終わってる……。

 この「いつの間にか」ぶりに、混乱しました(笑)。
 フェザーンの人たち、説明してくれてたったけ? すでに3回観たけど、よくわかってない……。

 考えてみれば、わたしが原作を読んだのは遙か昔で、なんつーんだ、別の話ばかり読んでいたもので、ナニが公式だったのか、どこまでが原作設定だったのか、かなりアヤしくなってるんですなー(笑)。

 グリーンヒルさんの最期って、どうでしたっけ? わたしの脳内では演説カマしてヤンたちの見守るスクリーンの中で自決するんだけど……とーぜんフレデリカも父の最期を、ヤンの後ろで見ている……という。
 あれ? これって原作にあった? なんか別のモノ?

 なにしろあのころは、二次創作花盛りで。
 いろんな人が書いたいろんな『銀英伝』をむさぼり読んだ。腐ったモノ(笑)も、そうでないモノも。

 あまりにたくさん読み過ぎて、わけわかんないわー。
 カップリングも花盛りでなー。ジャンプ系もびっくり!なくらい、いろんなパターンが存在したな。
 わたしはどこへいっても王道・主流派のちょっと外側、マイナー過ぎもしないけどセンターライトも当たらないあたりが好みだった。好みってほんと変わらないね。

 とまあ、いろんなドラマやいろんなキャラクタ、いろんな切り口での『銀英伝』を柔軟に楽しんで生きてきたので。

 『@TAKARAZUKA』も、どーんと来い!
 ナニがあってもおいしくいただけます。


 このタカラヅカ版で、いちばん愉快な変更って、オーベルシュタインぢゃないの?(笑)

 ラインハルト@かなめ姫を、キルヒアイス@まぁくん、オーベルシュタイン@ともちんで取り合う、三角関係に昇華するとは、思ってなかった。

 天使と悪魔はあらゆる創作に登場するテーマだけど……まさか、キルヒとオベ様が、天使と悪魔となっておハルを翻弄するとはなー。

 キルヒアイスは原作のイメージを大事に造形されているけど、オーベルシュタイン、あれいいの? 別人やん(笑)。

 あんなに体格良くて強そうで、性欲も強そうなオベ様、オベ様ぢゃない!!(笑)

 あれがオーベルシュタインじゃないことはわかる、チガウことはわかる。原作とかけ離れすぎだろ。
 キャラクタも役割も。
 同人誌並に、別人だ。

 でもとりあえず、面白いから、いいや。

 ともちんはほんと、ヘンタイ役が似合うなああ。あ、ごめん、間違えた、訂正する、ヘンジンだ、ヘンジン。
 ヘンジン役が似合うなあ、ともち。

 大好きだともちん。


 キルヒとオベの関係性が面白いから、ほんとにここを中心に描ければよかったのにね。

 せめてトップコンビのお披露目じゃなければなああ。
 もう少し、トップ娘役の出番や比重が低くてもよかったろうに。さすがに今回、お披露目だからなああ。

 ヒルダ@みりおんの比重を落として、ラインハルトとキルヒアイスを、どーんと深めて描く。
 ふたりの友情を阻むモノ……ラインハルトが進む道の「必然」として、オーベルシュタインが存在する。

 もともとイケコは情念を書くのは苦手。
 出来事は書けても、心理は書けない。
 そんな人が、複数視点の歴史物を「とりあえずまとめました」とやっちゃうと、ほんとに人物描写が薄くなる。

 だからその打開策として、「主人公・ラインハルトの一人称にする」。

 ほんとに一人称にするわけじゃなく、ストーリー説明はフェザーンの人たちが必要だし、同盟側も登場していいんだけど、主軸をラインハルトに固定する。
 物語をラインハルトだけにするのではなく、彼の「心の動き」を追う。
 なにか出来事がある、その出来事を描写するのではなく、ラインハルトがどう思ったのか、それによってどう変わったのか、どう次の行動につなげるのかを、丁寧に追う。

 それだけで、かなりすっきりすると思うんだが。
 物語的にも、感情の盛り上がり的にも。

 そうするなかで、キルヒアイスとオーベルシュタインは大きくクローズアップされてくるし、ストーリーとしての出番は少なくても、ヤン@ヲヅキの「イメージ」はなにかとラインハルトを圧迫するだろう。

 双璧のふたりももう少し出番と比重が上がるだろうしなあ。
 ラインハルト側の物語だけに整理されたら、宮廷描写で娘役の出番も作れるかな?

 ヒルダはいっそ、狂言回しにするとか。
 聡明なフロイラインは、ラインハルトの価値を知り、まだ彼が「金髪の孺子」としか貴族たちに認識されていない頃からずっと彼のことを高く評価し、調べていた、とか。
 フェザーンのナレーターさんたちには、彼らしか知り得ない同盟側のこととかを解説してもらって、帝国側のことはヒルダが解説する。
 その過程で、彼女がどんどんラインハルトに惹かれていくのがわかる、と。
 みりおん歌ウマだから、歌で盛り上げることが出来るし。

 クライマックスはもちろん、キルヒアイスの死とラインハルトの慟哭。
 とことん盛り上げて。
 客席も一緒に号泣するくらい。
 ファンが、観客が、「見たい」と思っているモノを、見せてくれよ。

 で、あまりに「To Be Continued」な終わりだとぽかーんになるから、たとえ続編やスピンオフの下心があるにせよ、一旦きちんと終わらせるべきだ。

「彼がその誓いを果たすのはこのあと**年後……」みたいなナレーション入れて、いっそ大階段出してマントひるがえすラインハルトを真ん中に立たせて、幕僚たち勢揃いさせて、派手に終わっちゃえ。
 そこではじめて、ナレーションしていたヒルダも本舞台に立ち、ラインハルトの後ろに控える。
 あ、この娘もそーゆー場所に落ち着くことになるんだ、とナニも知らない観客にも納得させて、完。


 なーんて、わたしも二次創作好きですから、いくらでも原作いじってどうこう言えますわん。

 オベ様があまりに面白いキャラなんで、もっとキルヒとの色の差を出して楽しめばいいのに、と(笑)。
 双璧がもったいなさ過ぎる、とか。

 あ、ちなみにわたし、ハル×キルだったんで、ソレは『@TAKARAZUKA』でも変わりません(笑)。
 かなめ姫は攻キャラだ、わたし的に!(誰も聞いてない)
 すみません、アンネローゼ様がどうしても、任じゃないと思うんです……。

 本役さんも、少女時代も。

 わたし的に、アンネローゼ様は絶対ヒロイン、揺るぎなき美貌の人。『銀河鉄道999』ならメーテルだし、『北斗の拳』ならユリアです。他のなにはともあれ、ひとめ見て「この世界でもっとも美女」「しかも、特別な存在」とわからねばならんのです。
 ひとりだけ作画違ってる、くらい、かけ離れててヨシ!な人です。

 外部の『銀英伝』でとなみ姫がアンネローゼを演じると聞いて、膝を打ったモノ。そう来たか!と。
 タカラヅカでいえば、となみちゃんレベルの「姫役者」が演じるべき役です。

 ちさきちゃんはなー……。
 新公ヒロやったときに、その華のなさに驚いた子だったっけ。

 脇の個性的な女の子の役を演じていると、とてもうまくてかわいいんだけど、アンネローゼ役はただもう、任ではないとしか……。

 少女時代はえっと、歌は素晴らしいけど、あの頭身では皇帝が見初めるほどの美少女に見えないっす……。


 かといって、宙組の姫役者って、誰……?

 アントワネットやエリザベートがハマる、美貌と高貴さを持った娘役って?

 小娘ではない、大人の女性ですよ。
 ラインハルト@トップスター様の、姉なんだから。

 わたしが宙組に無知なせいか、思い当たらない……。

 宙組の現メンバーの中では、いちばん摺り合わせ可能かなと思えるのは、せーこちゃんだな。
 せーこちゃんは正統派の美貌キャラじゃないけど、キャラクタが力強く輪郭がはっきりしているので、雰囲気で「アンネローゼ」像は作れるかなあ。

 せーこちゃんのジェシカは、すげーハマり役だと思ってるけどね。
 ヤンにとっての「あこがれの女性」からの連想・転換で、アンネローゼ様も発展可能かなと。

 どこの組も、正統派の姫役者は少ない。
 美貌と高貴さ、って、難しいよなあ。
 親しみやすい美少女はいっぱいいるけど。

 えりちゃんが、残ってくれてたらなあ。
 薄幸成分多めになるけど(笑)、とりあえず美貌と気品はあったよなあ、とか。小さいけどなー。

 やっぱうららちゃんは、男役をしている場合ではないってことか。
 美形娘役貴重。

 つっても、うららちゃんがアンネローゼ役ができるとは、まーーったく思っていない。
 確かに彼女は老け顔だけど、周りが若く未熟な新人公演ならともかく、トップスター様や組長、専科さんなどに囲まれて「大人の美女」が出来る演技力も娘役スキルもない。
 顔だけならアンネローゼだけど、妄想配役の静止画撮影じゃないんだから、役者として不適格。

 早く成長してほしい……。アンネローゼがびしっと演じられるほど、アントワネットやエリザベートが出来るほど。


 もしも他組で、まったく同じ『銀河英雄伝説@TAKARAZUKA』をやったとしたら、アンネローゼは誰だろう……。

 路線娘役に限らないんだから、誰だっていいんだよね。役にさえ合えば。
 正当姫役者でなくてもいい。
 雰囲気、キャラも含めて合うならば。
 トップスターの「姉」、美貌の寵姫。聡明で控えめな女性。

 花組はいっぱい候補がい過ぎて困る……(笑)。
 蘭寿さんの「姉」ですよ。小娘却下、下級生ナシ。
 じゅりあ、きらり、いちかあたりは「任せて!」って感じだよなー。

 雪組は、なんつっても、せしる!
 キムくんの「姉」、大丈夫だせしこ! なんか『忘れ雪』で弟だった気がするけど!(笑)

 さらさちゃんもキャラ的にいけると思う。某作品でアントワネットやってたし。
 ……娘2であろうと、今度トップスターでアントワネットをやろうと、ごめん、あゆっちはチガウ……。

 星組は、ねねちゃんがいちばんアンネローゼキャラな気がするんだがなー。
 でもこのアンネローゼ様は脇役だからなー、ねねちゃんじゃダメなんだよなー。
 れおんくんの「姉」……だとしても、たぶんふつーにわかばちゃんがやってるんだろうなあ。

 月組がなあ……。
 宙組以上に、誰もいない……。
 まさおとみりおの「姉」なら、下級生でもちょっと大人っぽい子ならこなせそうな気もするが。(ここでもWキャスト想定してしまうあたり……)

 あーちゃんでしょうか……。

 いやわたし、トウカさんがしれっとやってそうで、こわいです……。
 イケコの『スカーレット・ピンパーネル』で堂々の娘2だったお人ですもの……。


 てことで、ちさきちゃんがやっている宙組も、ぜんぜんアリなのかなあ、と思ったりもした。

 どっとはらい。
 宙組初日、トップコンビお披露目のキャトルレーヴはそりゃー混雑していましたとも。
 通常の公演グッズの他に、トップスターのグッズも発売されるからなー。

 そんな日に、ブックマーク発売もかぶせるんだもの。
 全組対応の混雑になってますがな。

 昔わたしは、まっつグッズを買うことができなくて、無駄な抵抗をしていましたが、大人になったわたしは平気、堂々と「未涼亜希さんのブックマーク」を買うことが出来る。
 ……時の流れってすごいわねー。

 と、時の流れを感じたもんで。
 過去の自分を振り返ってみた……ところ。

 あれえ?
 わたし、いったいいつから、ブックマークの話を、しなくなったんだろう。

 2007年の初登場時から……正確には、「まっつのブックマーク出してくれよう」とぐたぐだ言ってる2005年から、ブックマークの話は毎年している、と思っていた。
 2007年、2008年、2009年とネタにしている。
 なのに、そっから先は?? 忘れてるのか?

 もちろん、買っている。
 わたしがまっつグッズを買っていないはずがない。

 ネタにならないくらいのブツだったのかしら、とまっつグッズ入れ(笑)を引っ張り出してみたんだけど。

 ない。

 まっつのブックマークが……いやその、実はポケットカレンダーもだけど……ろくに、スクラップされてない!!

 どこへやったの?!
 整理整頓できない人だから! ぐちゃぐちゃの部屋に住んでるもんだから!

 あれええ??

 マジで探し回って、ブックマークだけはけっこう発掘できた。

2007年 『TUXEDO JAZZ』プロローグ
2008年 『Red Hot Sea 』中詰めラテン
2009年 『太王四神記』フィナーレ・玄武
2010年 『虞美人』張良(1幕)
2011年 『H2$』ブラッド
2012年 『Shining Rhythm!』影A

 ……2008年が行方不明。そして、2007年ばっか何枚もある……(笑)。

 買うだけ買って、もちろん使うことはなかったもんで、どこへやったかわかんなくなってたのねええ。
 張良先生はもちろんカッコイイし、ブラッドさんのビジュアルはもともとマジ神がかってたので、もちろんすげー美しいし。
 特にネタにするまでもなかったってことか、2010年と2011年。

 今年の影さんも美しいし、特にナニも言うことはない……って、こうやって「日常」になるの?
 いやいや、まっつのグッズは貴重なんだから、ちゃんと感動を持って迎えなければ!!
 すぐなくしちゃうから、今度ムラへ行ったらもう1枚買っておこう。←なくすなって!


 写真は本人選べないんだっけねえ?
 今年はあまりハズしたものはないけど、以前はほんと「本人もファンも、これは絶対選ばないだろう、うれしくないだろう」なモノとか、平気で混ぜて販売してたもんねえ。
 個々の写りより、全体を並べたときのバランス優先、みたいな感じで。

 まつださんが自分の写真をじっくり本気で選んだら、どういったものになるのか知りたいところです。
 ……ファンの意識とはちがったものになるのかもしれない……『インフィニティ』のポスター、あんなに気に入ってたもんなー……ファンは度肝を抜かれたのに……(笑)。

 せっかく過去日記さがしたので(笑)、昔のブクマ関連で「今も望む!」モノをメモとして貼っておく。
 http://koala.diarynote.jp/200809080141290000/


 ところでブクマの発売数って、減ってるの?
 2009年の日記には、「48種」って書いてる。
 なのに今年の発売数は、「38種」。
 10種も減ってる……。
 つまりそれだけ、「スター」の数が減ってるってこと? 大丈夫か、歌劇団。
 グッズなんてにぎやかしだから、いっぱい出せばいいのに。

 そーゆーもんなのかと思い立ったので、メモしておく。
 2012年版メンバー。

専科(2名)・轟、北翔
花組(9名)・蘭寿、蘭乃、壮、愛音、華形、春野、望海、瀬戸、鳳
月組(6名)・龍、愛希、明日海、星条、美弥、宇月
雪組(8名)・音月、舞羽、未涼、早霧、沙央、夢乃、鳳翔、彩風
星組(6名)・柚希、夢咲、十輝、紅、壱城、真風
宙組(7名)・凰稀、実咲、悠未、緒月、朝夏、蓮水、凪七

 キャトルレーヴHPを眺めながらの手打ちで、混乱したのは各組生徒の順番。

 なんとなく「こーゆーグッズって、トップ以外は学年順よね」という思い込みがある。
 舞台写真のコーナーとか、雪組が音月・未涼・早霧という順番で並んでいるもので。

 で、花組を打ちながら「トップの次が娘役トップ、次が2番手、3番手、それから学年順ね、ふんふん」と思っていた。
 んじゃ月組は、トップコンビの次は誰、学年順ならマギーよね……あ、チガウ、みりおだ。準トップ様は下級生でもトップの横に並ぶんだ、なるほど。
 いや、今回は学年順じゃなくて、番手がはっきりしているところは番手順? だから、まさお、ちゃぴ、みりおなんじゃ?
 ってことは、雪組はキム、みみ、ちぎ、まつよねー。と勝手に打って、HP見て「チガウ。ここは学年順だ」。
 続く星組も、トップのあとは学年順。宙組も。

 ……いや、現時点で2番手が明記されていない星と宙が学年順なのはわかるのよ。
 でも雪組はちぎくんが正2番手じゃん。
 花組、月組と番手順に並んでいるだけに、ちぎくんが2番手位置に並んでいないことが、地味に不満だ。
 や、グッズは基本学年順だとわかってますが。準トップ様が特別なんだと想像も出来ますが。
 しかし花組は揺るがないなあ。学年順が番手順、年功序列。ここまで並びが複雑になったタカラヅカにおいて、もう何年も何年も。
 来年どうなっているのか、わかんないけども。


 来年もブックマークが出るといいなあ。ほんとに、心から。
 博多座『フットルース』についてあれこれ。

 少人数舞台を、なんやかんやで2ヶ月、20回超えで眺めていると、いろいろ感じることが出てくる。

 なんかしみじみと、あだちゅうの、カラダが好きだ。

 梅芸・博多で、目覚めました。自覚しました。
 あだちゅうの、カラダが好き(笑)。

 顔が好みでないために、気づくのが遅れた模様。
 『Shining Rhythm!』でもやたら目に付いていたのは、彼女が「『インフィニティ』に出てたから、愛着あるわ!」というだけのことでは、なかったらしい。

 制服姿の彼女が、イイのだ。

 スカートにインしたブラウスの短さ……つまり、胴の短さと、腰から下の長さ。凹凸のあるカラダのライン。
 そーゆーものが、やたら好みであるらしい。

 女子高生姿のあだちゅう、素敵過ぎる……っ。

 うきちゃんなんかはマジ外国の女の子としてときめくレベルで好きなんだけど、あだちゅうは日本人女子としてときめきまくる。
 こーゆースタイルの女の子好きだー。あこがれる。


 んで、あだちゅうのお相手は、イリヤくんであってる? ……ちょっとさすがに記憶が薄れてきてて。
 場面によって違う子と組んでたりもするけど、教室でいちゃこらしてて、ラストのダンスでも組んでたから、ステディな仲?

 イリヤくん、博多に来てちょっと丸くなったよーな?
 幼い顔して、エロい芝居しようと意欲的。……なんだけど、やっぱり幼くて、かえってその「俺は男役だぜ!」な気合いが空回っててかわいい。ちょっとどうしよう!(笑)


 おーじくんの男子度が上がってて、ハクハクした(笑)。
 なにちょっとアレ、カッコイイ。
 このまま育てばみつるくん的な、オトコマエに成長するんじゃないかと期待したナリ。ほら、華形のみつるさんってば、リアルでも男子じゃないですか。あーゆー系ですよ。
 ちょっとした表情とかが男っぽくて! イイヨイイヨ、そのまま育って! 楽しみだー!!


 さらさちゃんの大股開きが好きだ。

 ナニをやっていても、彼女ひとり、股の開きっぷりがチガウ。
 女の子たちがみんな、脚を開いて腰を落として踊るとことか、さらさちゃんひとり男子並みに開いてるんだよねー、力強く!
「おー、今日もまたオトコマエだー」
 と、さらさちゃんの大股開きを眺めるのが、観劇時の恒例行事だった。


 千秋楽のライル@レオくんに、すみれコード限界を危惧した。
 や、レオくんが毎回、カノジョ役のひーこちゃんといちゃいちゃラヴラヴしまくっているのは、いいんです。
 美形ふたりがスキンシップしてるのは、目に優しい。

 そっちの意味ではなくて、えーと。

 バーガー・ブラストにて、最初は男女それぞれくつろいでいるのに、気がつくと店内には女子ばかり、そこでアリエル@みみちゃんが「HERO」を歌い出すわけです。
 その、女子ばかりになるため、男子は理由を付けて店から一旦いなくなるわけです。

 レオくんが席を立つ理由が、どうも、腹痛らしくて。
 あー、おなかピーピーゴロゴロなのね、という小芝居。
 そうやって彼、下手へ去って行くんですよ。

 そっちにどうも、トイレがある、らしい。
 そーゆー小芝居。

 レオくん、すみれコード!!(笑)

 そっちへ行って、ナニをしているのか、想像させたらダメでしょー!(笑)

 無駄に細かく、またリアルな小芝居にウケました……なんでそこまでやるか、タカラジェンヌよ。

 で、「HERO」ではいつものかっこいい「チューインガムを噛む騎士」としてひと踊りして。

 そのあと、アリエルの妄想が終わると同時に男子たちも店に戻ってくるんだけど、ここでレオくんは「あー、すっきりしたあ☆」てな小芝居をしながら登場して。

 ~~だから、ナニをしていたか、想像させるのは……っ!(笑)

 おもしろいなあ、煌羽レオ。
 やり過ぎ感がたまらん。


 2幕アタマの「BAR-B-QUE!」にて。

 ノリノリで腰を振る香音くんと、ザッキーがツボだったりするわけだが。
 ここでの愉快ポイントは、カウガールひーこの台詞。
「踊りながらアンタの耳に、甘~い言葉をささやいたことは?」

 えーと。
 つまりコレは、ひーこは自分の体験を語っているわけで。
 んで、ひーこのお相手は、ザッキー。

 踊りながら、甘~い言葉をささやくザッキー!

 ……想像するだけで、ごはん三杯イケますねあたしゃ!!(笑)

 香音くんとあゆみちゃんの生々しさも、どうかと思いますが。あゆみちゃんのお尻がなあ……ちょおコレいいのか、って感じだしなあ。

 それから、ここでもやはりあだちゅうのカラダが……。ハァハァ。(やめなさい)


 博多座では、途中から空波くんが休演していたわけです。
 わたしに余裕がなくて、ちゃんと捕獲できなかったんですが、ラストのパーティ場面とか、どうなってたんですか?

 ボーモント高校のみんなは、なんだかんだいって、最終的にそれぞれカップルになります。
 ダンスパーティでは、タキシードを着た男の子たちと、ドレスを着た女の子たちがペアで踊る。
 男子がひとり減ると、女の子がひとりあぶれちゃうのよ。

 ふつーのショーなら、ひとり減ってもそこだけ空けて、もしくは詰めて踊って誤魔化す、というテもあるが、今回は無理。
 代役を立てようにも、人数ぎりぎり。
 相手のいない女の子は、パーティに出られない……?

 ミサの場面では、空席になっていた。4人で坐っているところが、3人になっていた。

 でもダンスパーティは……?

 ぱっと見、女の子ひとりで踊っている子はいなかったと思う。みんなちゃんとカップルになっていた。
 じゃあ、空波くんの相手役だった女の子は、カップルが踊っている場面では、どうしていたんだろう……?

 休演ってのはほんと、大変なことだなと思う。

 『フットルース』が愛しいのは、青春がキラキラしているから。

 失った、もう二度と帰らない「時」が、輝いているから。


 ラストのダンスパーティ。
 ここで主題歌リプライズ。
 プログラムに主題歌「Footloose」の歌詞が載っているけれど、それとは別。プログラム掲載歌詞は、オープニングのもので、登場人物たちがそれぞれ不満を歌い「逃げ出したい」と歌っている。
 それが、レン@キムとの出会い、変化・成長をもって、「I’m Free!」と叫ぶようになり、逃げ出すのではなく、ここで闘うことをおぼえる。
 そうやってたどり着いた主題歌だ。
 同じ「Footloose」という曲。でも、歌詞も役割も、まったくオープニングとはチガウ。

 不満や逃げ出すことを歌うのではなく、オシャレして、好きな人と踊ろう!と歌っている。

 肯定の歌に、なっている。

 素敵なパーティ。素晴らしい人生。
 自分でオシャレをして素敵になって、自分で横にいる大切な人の手を取るの。
 それが、しあわせなの。

 誰だって踊れるさ。
 誰だって、解き放たれるさ。

 本当の自分、本当の人生を、手に入れられるさ。

 肯定の歌を、キラキラ歌う若者たち。


 タキシードを着て背伸びした男の子たちが、愛おしい。

 高校生の男の子が……わたしみたいなおばさんから見たら、ほんとにただの子どもですよ……が、好きな女の子のために、背伸びして正装しているわけですよ。
 ウィラード@コマとか、自分で語ってるけど、父さんの一張羅を借りて、サイズ合わないのを無理矢理補正して着ているわけですよ。実際にコマくんがそんな衣装を着ている、のではなく、物語中の設定ではそういうことになっている。
 そんな風に、それぞれの男の子たちが、懸命に用意したわけでしょ、衣装。
 ダンスを禁止されていた町の子たちが、晴れ着を全員普段から持っているとも思えないし。

 女の子と違って、男の子は晴れ着を着ることに、そんなにわくわく感や楽しみは感じないよね? どう着飾ろうか、美しい僕に萌え~~、なんてことは、あまりないだろう。
 どちらかというと、「ドレスを着て、自分のためにオシャレしてくれるカノジョのために」自分もがんばってタイを締めて、ジャケットを着るんだと思うんですよ。
 好きな女の子と踊るために、カノジョに相応しい正装をする。

 その一生懸命さというか、一途さというか。
 ドキドキしながらタイを締め、大人の男を気取って、カノジョをエスコートする。
「お手をどうぞ」とやる。

 その緊張とときめきを思うだけで、泣けてくる。

 青春だ。
 くそお、青春じゃねえか!!


 ドレスを着て背伸びした女の子たちが、愛おしい。

 女の子たちにとって、「着飾って、カレと踊る」ってだけで、一大イベント。
 ドレス選びから当日の髪型、お化粧、アクセや小物選びまで、もースペクタクルな日々を過ごしたに違いない。
 仲のいい子同士で集まって、ああでもないこうでもない、テンション上がりすぎて口喧嘩になったり泣き出したり、集団心理でちょっとパニック状態になったりしつつも、必死で準備したに違いないっ。
 どのドレス、どのルージュ、考えているだけで、選んでいるだけで、幸福な時間。
 親友たちときゃあきゃあガールズトークを繰り返し、いつ果てるとも知らない時間を過ごす。

 たのしくて、きらめきに満ちていて。

 カレの前で、とびきりきれいで、特別なわたしでいたい。
 その想いだけで、夢中になって用意して。

 女の子たちの、オンナノコである姿が、愛しくてならない。
「きれいだよ」
 そう言ってもらいたい、そのためだけに努力する、そう期待してときめく。緊張した、ぎこちないエスコートに、慣れないヒールを履いてついて行く。

 そう、女の子たちはみんな、それまでヒール履いてないのよ。みんなスニーカーとかなの。
 この最後の場面のために、ヅカのお約束・ハイヒールを封印してあるわけですよ!!

 別に女の子たちはハイヒールにふらつく、ような演技はせず、素直に踊ってるんだけどね。

 スニーカーばかりだった女の子たちが、ロングドレスにヒールを履いて、タキシードの男の子たちの腕の中でくるくる踊るんですよ!

 青春だ。
 くそお、青春じゃねえか!!


 もうわたしなんかが持ちようのない、取り返しのつかない時間の中に、彼らはいるわけですよ!
 うらやましいよ!
 ちくしょー、若いっていいなっ。

 ラストシーン、泣けてしょーがないですよ。
 みんながきらきらきらきら、かわいくて。

 「青春」が愛しくて。

 みんなみんな、いい子たちだしね。


 アリエル@みみちゃんの妄想「HERO」場面にて、男子たちが「白馬の騎士」になって登場するじゃないですか。
 あそこでレンは別人入って「王子さまバージョン、キリッ!」になってるけど、他の子はけっこうそのままっていうか、ウィラードはドジっこだしライル@レオは不良のままだし、ボーモント高校男子のキャラのままやってるよね。

 あの「白馬の騎士」姿になった男の子たち。
 「ヒーロー」の男の子たちは、みんな「囚われのわたしを救い出して」くれるだろう。

 ドジっこのウィラードだって、不良のライルだって、テレながら踊っている大樹くんだって。
 みんなみんな、もしも女の子たちが危機に陥り「助けて!!」って言ったら、助けに来てくれるよ。
 こわがったりベソかいたりするかもしれないけど、一瞬腰引けたりもするかもしれないけど、それでも、絶対助けに来るよ。
 そういう子たちだよ。
 全員が。

 だからこの子たちは、全員が「ヒーロー」だ。

 好きな女の子のために、ヒーローになれる、ふつーの男の子たち。
 計算とか常識とかしがらみとか、大人が持つようなものに汚れてない。
 彼らは「少年」という奇跡。
 少年はいつだって、誰だって、少女のために「白馬の騎士」になる。


 みんなみんな素敵過ぎて、好き過ぎて、たまらない。
 失った時間が、決して戻らない時間が、キラキラまぶしくて。

 切ない。
 わりとよく聞かれた、「フィナーレ、どっちが好き?」

 『フットルース』の日替わりフィナーレ。

 てかてかシャツとぴちぴち黒パンツ着用の「I’m Free」バージョン。
 カラーシャツ+黒燕尾+腕まくりの「HERO」バージョン。

 どちらが、と言われれば、即答していた。

 「HERO」バージョン!!と。

 えー、他の人のことは、よくわかりません。
 まっつにおいてのみ、です。
 彼しか見ていないので(笑)。

 着崩した黒燕尾がどんだけカッコイイか……っ!!
 ムーア牧師の髪型と化粧のままなので、落ち着いたおっさん顔でワイルドに踊る黒燕尾。
 セクシー過ぎて、どうしようかと。

 今までまっつのことでメールをくれたことのない友人が、わざわざ「まっつカッコイイ」というだけの内容で、!を2桁付けて送ってくれたり。
 ファンじゃない人にも、「思わず言いたくなった」と言わしめるほどの、格好良さ。セクシーさ。

 うおお。
 ほんとにカッコイイんだわー。

 ビジュアルもだけど、ここのダンスがまた、よくってさー。
 まつださん、「表情付き」で踊ってる。

 『Shining Rhythm!』の影でもやってたけど、すごく意識して表情を付けている。
 今までのまっつにはなかった傾向。

 この「舞台上から、客席へ働きかける」表情が、すごく好き。

 クールなまっつは今までさんざん見てきた。貪欲なまっつが、見たい。

 舞台に対し、男役に対し、ファンに対し……「未涼亜希」というモノに対し、欲が出てきたような、そんなダンス。

 男役15年。
 この人まだ、変化している。
 変わろうと、している。

 まだ、過渡期なんだ。これからまたチガウまっつになるんだ。チガウまっつがあるんだ。

 そう思わせてくれる、ぞくぞくした期待感。喜び。

 ……まあその、あゆっちのリフトは、ほんとに大変そうだけど……まっつファンであるなし関係なく、いろんな人に心配されるくらいだけど……でも、まあ、それでも無事、こなしてくれたし。

 黒燕尾まっつ、かっこいいなあ……。
 なんであんなに黒燕尾が似合うんだ。正統派のシンプル黒燕尾の似合いっぷりも半端ナイけどさー、着崩してもすごいよねー。
 ってもお、盲目状態ですな。


 わたしはまっつしか見てないからわかんないけど、きっと他の人たちも格好良くて、どの人のファンもみんなそれぞれ、自分のご贔屓にうっとりしているんだと思う。
 「HERO」バージョンは、まっつだけでなく主要男役に短いソロがあるし、コマくんは長いソロがある。
 ってだけでもポイント高いと思う。

 また、キムくんは本編で「HERO」は歌ってないので、新たな歌を聴けるって点でもオイシイ。

 演出面で凝っているのも、「HERO」だと思うな。


 てことで、どっちか片方しか観られない、というなら、迷わず「HERO」推しでした。


 だからといって、「I’m Free」バージョンが、嫌なわけではなく。

 こっちはねええ、変な中毒性があるんだよなー(笑)。

 男役群舞のセンターで、まっつがライト浴びて踊り出す、というイントロも大好物だ。
 カラダの線が微妙に出る、やんらしい衣装も楽しい。

 てかてかシャツとぴちぴちパンツ、この衣装だと、まっつのおっさんヘアと顔は、一層やばい(笑)。

 この衣装と振付用意したとき、ムーアさんのことは考えてなかったんじゃないかと思うの、制作側。

 ふつーに「タカラヅカの男役のショー場面」としかアタマになかったんじゃないかな?

 似合わないから、かっちりおっさんヘア!! 抑えたおっさんメイク!

 似合わないのに、センターでくねくね踊り出すのよ?
 それがもお……すごく、素敵なの。

 似合わない、と思うのは、なんつーかこう、妙に生々しいのね(笑)。
 リアル男性がやっていい格好ぢゃないもの。タカラヅカの男役だから許される衣装だもの。
 や、男性ダンサーこそ着そうな衣装ではあるけど。それこそ筋肉のラインや下半身のライン剥き出しにして。ソレをヅカだからこその美しさでシャープに着こなす……べきところを、まつださんはリアル男性な髪とメイクで踊っているから、やばいんだと(笑)。

 そーゆーセクシー衣装だけど。
 こっちはクールでねー。
 無表情基本。
 ときおりクチ半開き。伏し目がち。

 やーらーしーい~~。

 まっつの薄い身体が、ツボ過ぎて。
 肩から胸と背中あたりの肉付きが、なんかストライク決まりすぎてます。ハートのど真ん中命中してます。

 なんか久しぶりに、「小さいまっつを指でつまみ上げて、愛でたい」と思った。
 あの薄い胸あたりを、ドミノでもつまむ感じでピックアップして、うちへ帰りたいなと。
 この場合のまっつのサイズは、リカちゃん人形ぐらいのイメージです(笑)。

 その昔、『チャーリーとチョコレート工場』を見たとき、映画館でうっとりしていました。
 歌い踊るウンパ・ルンパを見ながら、「アレが全部まっつなら、至福のトキだわ……」と思った、あのとき以来の萌えです!

 「I’m Free」バージョンも好きです、楽しいです。


 って、よーするに。

 どっちのまっつも大好物!! まっつならなんでもヨシ!!

 という、アタマ悪い結論になるわけですけどね。

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