わたしにとって、タカラジェンヌはとどのつまり「架空の存在」である。「ファンタジー」である。

 テレビでアニメを見ているのが、いちばん近い感覚かな。二次元と三次元の間にあるよーな、美しい人たち。

 アニメ本編とは別のラジオドラマとかキャラ個人のファンディスク視聴とか、そーゆー感じでジェンヌのお茶会に参加しているかもしれない。

 だからゆみこちゃんのお茶会でネタとして「佐野さん」が連発されていると、ソレだけで楽しい。
 どーして「佐野さん」なのかは、どーでもいいんだ。
 佐野さんは『ロシアン・ブルー』という架空の物語に登場する架空のキャラクタで、実在の人物であるとか、誰が演じているとかは関係ない。

 舞台の上でひとりだけ意味もなく着物姿で異彩を放ち、下駄ップが愛らしい萌えキャラ、というだけのことだ。

 男子向け学園モノ萌えコミックに、無意味に巫女衣装の女の子がいるよーな感覚で、スーツ姿のガイジン美男子たちの間にひとりだけ袴姿の日本男児がいると受け止めている。

 そーゆー意味で、「佐野さん」をネタとして選び、三択クイズのオチとして使用するのはスタッフGJ!と思う。

 
 が。
 タカラジェンヌは生身の人間なので。
 舞台上の役と演じている生徒の混同を平気でしてしまうカルチャーなので。

「佐野さんはゆみこさんのお気に入りのキャラということで、クイズなどに使わせていただきました」
 と、最後に注釈が入った。
 演じているひろみちゃんに含みはなく、失礼な意味で名前を出したのではないということを説明し、また使わせてもらったことへの感謝、謝罪を述べていた。

 これはとても大人の対応で、実際必要なことなんだと思う。

 「佐野さん」をネタにして会場が沸いた、楽しかった……ことは事実だが、人間はひとりずつ感じ方がチガウ、中には「ひろみちゃんを貶めた、笑いモノにした」と思う人だって、いるかもしれない。
 や、いないと思うけどな、最初からゆみこへ悪意がない限り。わたしの隣の人は本命がひろみちゃんらしかったが、この佐野さん祭りにがっつり食いついていたし(「ひろみファンとして美味しすぎる展開!」とウハウハしていたよーに見えましたよ、お隣さん・笑)。

 大人の対応で、仕方のないことなんだろーけど、わたしとしてはかえって、この最後の「種明かし」にがっかりした(笑)。

 「佐野さんはゆみこさんのお気に入りのキャラ」というのは、知らない方がおもしろかった。
 そんな内輪ネタより、単に「舞台上の佐野さんの特異さ」のみをいじっているのだと思う方が、無責任におもしろかった。アニメを見ているみたいで。

 もっともゆみこちゃん自身が、あまりこのネタに食いついていないっていうか、せっかく佐野さんをオチとして問題が作られているのに、ゆみこちゃんは佐野さんをオチにはせず、ふつーに解答していたから、それほどアニメっぽくはなってなかったんだけど。

 ひろみちゃんが演じている佐野さんを徹底してオチとして利用し、笑いを取ることをゆみこちゃんはせず、また、オチとして利用した会側も最後にちゃんと説明して礼と詫びを述べている。
 佐野さんがまったくの架空、二次元の存在ならそれはないんだろう。
 彼らは生身の存在であり、立場や感情がある。それを踏まえた上でのことなんだなあ。

 つーことで、ゆみこちゃんはまともな感覚を持ったいい人で、ゆみこ会もユーモアを理解しつつ行きすぎることのない大人な会だと思いました。

 で、「種明かし」にがっかりとかいっておきながら、それとは別の意味で、そーゆー部分が楽しくもある。
 
 ゆみこちゃんとひろみちゃんは、お茶会のネタに役名が出るくらい仲良しなんだろうな、と思えることが、ですよ。
 ジェンヌさんたちの仲良し話は大好き。

 や、だってわたしは「タカラヅカ」へ夢を見続けているので。彼らは二次元と三次元の間の、美しい世界にいる人たちだと、信じているので。
 彼らが互いに仲良しだと、それだけでうっとりするのですよ。ああ、美しいなあ、と。

 
 お茶会へ行くことはあまりないんだけど、行くたびに確実に、そのスターさんをより好きになってる(笑)。
 だってみんな、どの子もどの人も、すごく素直で真面目で真摯なんだもんよ。
 本人の喋りがヘタだったり鈍くさかったり、会の進行がアレだったりしたとしても、みんなみんな一生懸命で誠実で、あたたかい空間なんだもの。

 ジェンヌさんは、存在自体がファンタジーだよなあ。
 と、しみじみ。

 「タカラヅカ」が今後どうなるのか、どう変わっていくのかわかんないけれど、なによりも「ファンタジー」であってほしいと思う。

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