会いたかったのは、項羽の方だと思う。

 『虞美人』オープニングと、エンディング。芥子の花の中の、真っ白衣装のふたり。項羽@まとぶんと虞姫@彩音ちゃん。
 会いたかったのは項羽の方だろう。より相手を求めていたのは、彼の方だから。

 わたしは、項羽が好きだ。

 まとぶさんの役で、いちばん好きかもしんない……。
 まとぶさんねえ、この人どーしてこうなんだろうねえ、熱が入り過ぎちゃって、公演が進むとどんどん怒鳴り芝居になってる。一本調子っつーか、いつもいつも真剣勝負、抜くことなしに本気で演じ、本気で「気」を放っている。見ていて疲れる、飽きる、苦手……そう感じる人がいても、仕方ない、と、思う。

 でもなあ。
 そーゆー芸風も含め、まとぶん演じるところの項羽が愛しい。

 その、あまりに本気で、一瞬も気をゆるめない……全力疾走過ぎて疲れるその演技、その存在自体がもお、項羽というキャラクタまんまで。
 愛しくて。
 泣けるほど、愛しくて。

 項羽を好きだと思う。
 彼は正しい。彼は素晴らしい。彼にあこがれる。
 だが、それと同じくらい、彼をウザいと思う。

 現実にいたら嫌だよ、こんな人。
 たとえば職場にいたら、絶対迷惑だって。めちゃくちゃ優秀で仕事できるんだけど、自分にも他人にも厳しくて、失敗もゆるみもまったく許さなくて、無能は罪、即切り捨て。なまじ本人が清廉潔白だから、断罪される方がいつも一方的に悪くて、逃げ場がない。

 劉邦@壮くんの方が人気あるの、当然だってば。
 本人もちゃらんぽらんだから、他人にも寛大。楽しむことが大好きで、ゆるい、調子のいい仕事っぷりでよし。宴会ばっかやって人の輪を大切に、チームワークで勝負する。

 わたしは凡人だし、とっても無能な人間なので、項羽にはこわくて近寄れない。絶対すぐさまクビ切られてる(笑)。能力の劣る分、しゃかりきに働くほど勤勉でも努力家でもないし。
 いーかげんでなあなあな人間なので、項羽に嫌われる・軽蔑される自信はばっちりある。
 でも劉邦なら、こんなわたしにでも居場所をくれそう。できることをやって、みんなと雰囲気良く過ごしていたら、仲間には加えてくれそーだ。

 項羽が滅びるわけだ。
 こんな仕事ぶりじゃ、敵しか増えないよ。
 ナニかあったとき、助けてくれる人間より、後ろから斬りつける人間の方が多くなっちゃうよ、日頃の行いゆえに。正しければいいってもんでもないんだよ。

 項羽は正しいけれど、間違ってるんだよね。
 彼の正しさは、あまりに攻撃的だ。
 項羽は正しいけれど、不器用過ぎるんだよね。
 彼の正しさは、彼個人で完結している。

 だけど項羽の、その厳しさが愛しい。
 バカだなあ、と思う、その愚かさが愛しい。

 わたしは項羽に絶対嫌われるし、わたしも項羽のそばにこわくて寄れないけれど、それでも項羽が好きだ。

 項羽には、たしかに羽根がある。
 それは、わたしにはナイもので。

 項羽のように生きたいとは、それでもごめん、ぜんっぜん思わないけど(笑)、でも項羽の生き方はアリだと思うの。
 あの苛烈な生き方を好きだと思う。自分とは無関係でいて欲しいが(笑)、彼には彼のままでまっとうして、他に染まったり歪んだりして欲しくないの。

 それが、項羽を好きだということ。
 彼の迷惑さや不器用さを知りながら、それでも愛しくて仕方ないということ。

 だからもお、項羽のかなしさ全開のこの作品が、泣けて仕方ない。

 『虞美人』は悲劇だから、主人公が死ぬから、泣けるんじゃない。
 その生き様に、泣くんだ。

 わたしとも世俗とも相容れない、不器用で純粋なひとりの男の生き様に、泣くんだ。
 ちくしょお、項羽、好きだあぁぁ。
 

 そんなうっとーしー正義の人・項羽を受け入れられるのは虞姫くらいのもんで。

 項羽には、虞美人が必要だった。
 彼には、彼女しかいなかった。
 虞姫は項羽と出会わなくても幸福に誰かを愛して生きたろうけど、虞姫に出会わなかった項羽は孤独の底で生きるしかなかったろう。
 虞姫を必要としていたのは、項羽の方だ。

 いろいろと間違いまくってる項羽を、ただ受け止め、ただ愛する虞姫。
 この世界の中で、裏切りと陰謀が渦巻く中で、項羽が唯一信じ、愛することのできた相手。
 たったひとつの、そしてすべての、光。

 だから。
 虞姫が先に死ぬのは、ありえないんだ。

 虞姫の死は、ひとえに項羽のためだ。彼女は項羽のためだけに生きて、死んだ。
 されど彼女は、項羽より先に死ぬべきじゃなかった。
 ほんとーに項羽のことを思うなら、項羽を残して逝っちゃ、ダメだよ。
 残される方が、つらいんだから。

 項羽は自分で死ぬこともできない。まっすぐすぎる彼は、責任を投げ出すことができない。
 どれだけズタボロでも、生き続け、戦い続けることしかできない。

 虞姫は菩薩の域まで達した女性だけど、やっぱり生身の女だったんだなと思う。
 項羽を残して死ねたんだから。
 彼女が真の高位に達した存在ならば、たとえ数分でも項羽よりあとに死んだと思う。

 この修羅の世に、愛する男を残して逝きはしなかったろう。
 強いからこそ悲しい、ひとりで生きられない赤ん坊のような男を、残して。

 ただ受け入れ続ける虞姫が、あまりに現実感がのない出来過ぎぶりで、呂妃@じゅりあなんか可哀想に哄笑するしかなかったけれど、大丈夫、虞姫だって生身の女だよ。
 彼女だって、間違っている。

 だから、やるせないんだ。

 項羽を残して、先に死んで。
 項羽は絶望の中で、それでも生きるしかなくて。

 ああ、だから。

 会いたかったのは、項羽の方。

 美しい天上の再会で、虞姫を抱きしめて項羽が天を仰ぐのは、それが彼の望みだから。
 会いたくて会いたくてたまらなかったのは、生きていけないほど求めていたのは、項羽の方だから。

 ふたりの再会のナビゲーターは、劉邦。
 天子になって項羽を思い、臨終の床で項羽を思う。

 ……ひょっとしたらそれは、劉邦の夢かもしれない。
 項羽が虞姫に会えた、って。
 再会できていてほしい、って。
 会いたがっているのは、項羽の方だから。
 項羽を愛するがゆえに、劉邦が祈っているのかもしれない。ふたりが再会できたことを。
 項羽に、虞美人が存在することを。

 
 会えて、良かったね。
 
 オープニングもエンディングも、もれなく泣けるんだ。
 項羽の笑顔に。

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