オサ様退団公演が近づき、ついでに集合日も近づき、落ち着かない緑野です。
 集合日……まっつは大丈夫だよね? ね? あああ心臓に悪いったら。

 博多座星組公演初日おめでとうございます。
 駆けつけたいのはやまやまだけど、今年は無理ですよ。オサ様にいくらかかるかわからないんだもん……TCAチケットが友会で当たったら博多行っちゃおうかなとか、それでもひそかに野望を抱いていたんだけど、ハズレたので無理ですわ。TCAチケを無理にでも購入するなら、博多までの旅費やチケ代は吹っ飛びますもの。

 TCAはもちろんカウントダウン中であるオサ様目当てでございますが。
 まっつファンとしても切実です。まっつはナマでなけりゃ見られないんだもの。中継やテレビのカメラは映してくれないんだもの。
 まっつまっつまっつ。立ち見でいいんだっ、2階席の隅でいいんだっ、なんとかして劇場に潜り込むんだ、がんばれわたし!(と、わたしの周囲はみんな言っている……お目当てはみんな別なんだけど・笑)
 ……オサ様チケット難民はTCAからスタートを切りました。はい。

 でもって本日、友会のお知らせが届いたわけなんですが。
 それにはもう、花組東宝公演の申し込みが載っているのですよ。
 前回のお知らせにはない、前楽の枚数制限も記載されており、近づいてくる「現実」に打ちのめされるわけですよ。あああ、たのむよ友会、当たってくれえ。わたしにオサ様を見送らせてくれえ。
 言霊頼みだ、当たれ当たれ、オサ様オサ様。

 さて、そのお知らせに載っている、『アデュー・マルセイユ』のあらすじ。

 いつもは前もってそんなもん読まないんだけど、前回のお知らせのあらすじを読んで、ここでネタにしちゃったこともあり、なんか気になって目を通してみた。

 あ、あれ?

 ロマンチック・ミュージカル??
 
 ちょっと待て。
 たしか恋と友情のアクション・コメディだったはずじゃん?!

 前回のお知らせも引っぱり出した。
 ふたつを見比べてみる。

 さらに、公式に行ってそこに載っているあらすじをチェックしてみる。

 ぜ、ぜんぜんちがってますがな……。

 来週集合日だって聞いてますけど? 今ごろこんなにストーリー変わって大丈夫なんか小池??

 同じなのは幼なじみ設定のみ?
 港町の悪ガキ、ジェラールはシモンをかばって捕まる。

【旧設定】ジェラールとシモンは、その後も同じ街で過ごす。ジェラールはレ・ボッシュ組の若頭に、シモンはラ・ルージュ組の若頭になる。

【新設定】ジェラールは少年院を出たあと行方不明。密輸商として故郷へ帰ってくる。シモンはオリオン組のボス。オリオン組は港の覇権をめぐってスコルピオン組と対立中。

 ギャング組織の名前は変わっているし、組織のボスと若頭って似ているよーで意味合いから違ってくるよね?
 幼なじみで一緒に成長したのと、大人になって再会、はまたまーったく意味がチガウ。

 なによりも、ヒロインの設定が全部まるっと変わっている。

【旧設定】アメリカのマフィアに誘拐されていた富豪令嬢マリアンヌ。わがままでおてんば、護身術に長けている。

【新設定】婦人参政権運動の活動家マリアンヌ。汚職事件の最中、狙撃された元市長の娘。

 おてんばお嬢様と、つらい過去を持つ自立した大人の女性?
 あの、いくらなんでもありえないくらい変わってますが。

 そして、物語の中核をなすドラマ、ストーリー部分が全部チガウ。

【旧設定】レ・ボッシュの幹部ルイがアメリカ・マフィアと通じる裏切り者で、彼の陰謀によりジェラールとシモンがぬれぎぬを着せられる。マルセイユのギャングすべてがジェラールたちの敵に。悪者ルイをやっつけて、アメリカ・マフィアを撃退し、マルセイユを守れるのか?! そしておてんば天使マリアンヌとの恋は??

【新設定】婦人参政権運動、市長の汚職事件(?)、市長狙撃の銃撃戦。マリアンヌもジェラールも、その政治絡みの悲惨な事件の被害者。

 あのー、すごくダークでヘヴィになってますけど。
 政治とそれゆえの暴力事件が絡んで来ると、重いってばよ。

 ほんとに、同じなのは幼ななじみ設定、だけだよ……。

 てゆーか、導入部分の出来事紹介と雰囲気説明ばっかで、肝心のストーリーはほとんどなにも説明されていないんだ、新あらすじ。
 とりあえず、「過去を背負った男が、恋人を助け、腐敗した故郷の裏社会に立ち向かう」そうですよ。
 んじゃやっぱり政治絡みで、「ギャングスターにあこがれて★」な話ではないな……。
 最初のギャング設定が足枷にならなきゃいいけど……(例・最初の妖精設定が足枷に、すべてをぶちこわした『JAZZYな妖精たち』)。

 や、サムいコメディ(小池のコメディはサムいと決めつけている)より、ロマンチックな方がいいんですが。その方がいいけど、根っこから変わると、不安ばかりが先に立つ。

 てなことをミクの方で取り急ぎ嘆いてみたら、BENさんがすかさず「紫吹淳の退団公演の時は集合日に本が出来てなかったです」と追い打ちをかけてくれるし!!

 頼むよ小池先生。
 『あさきゆめみしII』の駄作ぶりでもー消耗しきってるんだよ。『あさき』に比べれば『NEVER SAY GOODBYE』も『MIND TRAVELLER』も十分許容範囲、小池万歳! つーことで望みをつないでいるので、なんとか踏ん張ってほしいっす。
 どきどきどき。

 あ、壮くんに世界征服企ませてくれたら、ソレだけで全部許します(はぁと)。


 ダンディ・ギャングスターの間をぬって、花組『ハロー!ダンシング』の話(笑)。

 なんかつらつらと場面ごとの感想書いてますんで、その続き。

 狂言回しその3、の場面。
 男役3人で派手派手衣装、肩からモールなんかつけちゃって、掛け合いで歌いながら客席にアピるという、実はいちばん難度の高い場面。
 なんの難度かってそりゃ男役スキルと、スター・スキル。
 歌えなきゃスベるし、男役としての着こなし、立ち居振る舞いができてなきゃ格好悪いし、なにより客席に対して「タカラヅカ男役スター」としてオーラを発散しセクシーに語りかけなければならない。
 ただ踊るだけならダンスの勉強している人にはできるかもしれないが、歌って踊って語りかけることで場を吸引し、しかも色気を振りまくとなると通常トップスター・クラスの人か組長等管理職クラスの人でないと難しい。
 大劇場でトップスターや組長やら専科さんやらが歌いながら客席いじりをする、あのノリね。
 ただここはバウホールだから、そこまでのオーラがなくても大丈夫だけど。

 はっきりいって、ひよっこたちにできるわけない。
 男役としての佇まいや声すらできていない学年の子がやるわけだから。
 つまりここは、気合いだけで「スター」を演じる男の子たちのそのサムさを堪能する場面。……や、どの組もそうだったから(笑)。

 ここでのセンターは、何故か月央くん。
 何故か。
 いや、いろんな人がセンター経験をするべきだから、彼がここでセンターを勉強することも、おかしくはない。破綻なく美形な彼、しゅん様がののすみとふたりでその1を務めた狂言回しだ、同期の月央くんにその3が回ってきてもおかしくはない。

 ない、が。

 何故か、と思ってしまうのは、一緒にいるのがだいもんとネコだからだ。

 おかしくはないんだよ。上級生の月央くんがセンターで、サイドが下級生のだいもんとネコだっつーのは。
 学年順ではおかしくない、けど……。

 ザ・弱肉強食。

 だいもんとネコ、手加減無し。
 はじめてのセンターで、たぶんはじめてのソロでいっぱいいっぱい、声震えてませんか? 目線泳いでませんか? レベルのとこでうろうろしている月央くんをよそに、余裕でアピりまくる。

 ヲイヲイヲイ、ちょっとは遠慮してやれよお前ら!(笑)

 だいもんもネコももともとシンガーだ。歌で勝負、のところで、負ける気はハナからない。
 歌える分、周囲を見る余裕もある。

 なんにもできないのに、それでも一生懸命キザる男の子たちのサムさを堪能する場面なのに。
 だいもんもネコも余裕だー。ふつーに歌ってキザってますよー。客席釣ってますよー。
 そしてそんな濃いぃ男たちの間で、キョドっているセンターという、すげー愉快の光景が繰り広げられていました。

 なんでこんな愉快なことになっているんだ花組。
 だいもんとネコをつけるなら、センターは彼らに負けないキャラでなきゃダメだろうに(笑)。
 今回の出演者でなら、マメからい?(ちゃーとしゅん様は勝てないと思うんでやめておいた方がイイし、かりやんは論外)

 いやあ、めちゃおもしろかった。
 弱肉強食ってすごいなあ。なんでもアリだなあ。

 
 続いてみほちゃん司会者でキャスト紹介。
 案の定下級生はなにを言っているのかぜんぜん聴き取れず(笑)。上級生になるとだんだん聞こえてくるし、意外にちゃーの声が耳通りいいことにおどろいてみたり。

 ただなー、わたしが観た回は客席がジェンヌだらけで。
 歓声がすごすぎて、舞台の声が聞こえないという……。はしゃぎすぎですよ、宙組さんたち。や、舞台も客席もノリノリでたのしかったけどなー。

 なにしろアピール上等!な人たちなので、自己紹介+客席降りともなりゃー野放し状態でした。
 にぎやか。てか、うるさい(笑)。投げチュー、ウインク、てんこ盛りだもんよー。

 で、次に問題の「ブエノスアイレス」になるわけなんだが。

 ここもまた、予備知識ナシに観ているので誰がなにをするのかわかっていなくて……かりやんで、肩を落とした。

 この場面が、この役がかりやんかー……。

 わたしほんと、かりやんに対してなんの含みもないんだが。
 この公演では彼、男を下げまくりですよ……。
 今まで歌うことがなかったのだから、歌えないのも仕方ないとはいえ、男役の声すらできていないことにはおどろいた。女の子のまま歌いますか、黒燕尾なのに。

 たとえば雪組のせしるも、この役で男を下げまくったんだが、ソレとはまた意味合いがチガウ。
 せしるは精一杯やって自爆しているというか、現時点ではコレが限界、でもぎりぎりまでやってあがいてます、って感じ。今はダメでもこれから先はなんとかなるかも?的な熱量。

 しかしかりやんは、なんか力をセーブしている感じ。自爆しないようコントロールして、ソツなくやってます、みたいな。

 プロだから、全霊を上げて自爆、フラフラになって目も当てられない、というのはチガウかもしれない。
 体力配分してお客様に失礼のない芸を見せなければならない。というのが本当かもしれない。

 でもなあ。
 セーブして、コントロールして、魅力がないんじゃなあ。

 フラフラよれよれになっても、そこまですることによって発する熱で、とりあえず「ここがセンター! 俺が主役!!」と断言していたなにもできない男の子と、ソツなく規定演技をして背景に埋もれてしまう、結局求心力のなさ、センターがどこかを示す力のなさでつまらない場面になってしまうのと、どっちがマシかって話だなー。

 「ブエノスアイレス」というオイシイ場面が、ここまで灰色に沈むことにおどろいた。

 かりやんと踊るのはちゃー。
 ちゃーはこーゆークラシカルなものは似合う。が、彼もまた決して「強い」人ではないので……かりやんとふたりで踊っても、なんつーかこー、萌えに欠けるというか……ううむ。

 だがしかし。

 他の男役たちが登場すると変わるんだ。

 ザ・弱肉強食。

 センターなんか関係ない。
 脇の男たちがすげーテンションで「俺、主役」の顔でセクシーに踊ってくれます。
 かっこいーかっこいーかっこいー。

 しゅん様の黒燕尾スキ。らい、キザ。マメ濃すぎ。だいもん顔芸し過ぎ。

 真ん中がどこかわからなくなっていたことは、ラストシーンでもよくわかった。
 最後、かりやんを残して男たちはみんな袖にはけていく。
 いちばんあとまで残るのはマメ。彼は去り際に軽く投げキスをする。

 マメの投げキスで、客席が湧いた。

 ……みんな、マメを見ていたんだ。真ん中ではなく。
 主役を見ていたら、袖近くの人がなにかやったって、気づかないのに。

 「ブエノスアイレス」で笑いが起こるなんて、思ってもみなかったよ。主役は去っていったマメなのか?

 かりやんって、チャーリーに似てるなあ、と今回思った。
 きれいなんだけどなー。すごーくきれいで、ちゃんと踊れる人なのになー。

 あああ、かりやんに対してきついことばっか書いているわ。
 今回かりやん株暴落しているんだけど、このままだとは思ってないし。せしるが新公ルキーニで株を上げまくってくれたように、これから先いくらでも変わっていくから。
 それを期待する。


 花組『ハロー!ダンシング』千秋楽で、月組大劇初日ですね。
 実は両方行ってたんですが、まあその話はいずれするとして。

 ムラには、『アデュー・マルセイユ』のチラシが置いてあるわけですよ。
 わーい、チラシだチラシだ、今回オシャレだなー。壮くんハンサム〜、まとぶ目線変〜、オサ様なんか顔チガウ〜、彩音ちゃん……えーっと……とか、手にとってのんきに眺めていたんですよ。

 そしたら。

 あらすじ、また変わってますがな。

 つい2日前、あらすじが変わったことでネタにしたとこだったのに。
 またネタにしろってことかよー。

【5月24日】
 2人のギャングの友情と1人の令嬢を巡る恋の鞘当を描いたアクション・コメディ。

【8月1日】
 過去を背負った男が、恋人を助け、腐敗した故郷の裏社会に立ち向かう。男たちの友情と女たちとの恋の駆け引きが、粋で洗練されたナンバーによって綴られる。ムード溢れるロマンチック・ミュージカル。

【8月3日】
 禁酒法時代のアメリカに高級ワインを密輸する計画を持つ粋でダンディな男と、マルセイユを浄化するために努力する清純な女の間に恋が生まれ、偽札事件に巻き込まれて行く。ピカレスク・ロマン風味溢れるミュージカル。

 
 印象としては、第1案から第2案への変化がいちばん大きく(なにしろヒロインが富豪令嬢のわがまま天使から、辛い過去を持つ婦人参政権活動家に変更だからな)、暗く重くなりすぎたところが、第3案でちと最初の設定に戻ってきた感じ?

 第2案では「過去を背負った男」とわざわざ書いてあるのが、第3案では「粋でダンディな男」になっているからな。
 主人公もヒロインも過去の凄惨な事件の被害者、という共通項が第2案では上げられていたんだが……第3案ではなくなったのかな?
 第3案は大分軽くなった印象だが……。

 てゆーか、小池のいつもの話、いつものエピソード、いつもの場面、いつもの展開が目に見えるようでイヤン★ですわ。
 救いは時代設定が1930年代だってこと。これならインターネットも携帯電話もメールも、小池がよろこんで使いたがる(そしていつも盛大にハズしてサムい)現代用語辞典が使用されないで済むってこと。

 や、たのしみにしていますよ!
 オサ様の最後の作品。
 たのしみでないはずがない。

 ……それで「終わってしまう」ことへの怯えとは、まったく別に。

 
 オサ様の最後のポスターが、きれいでなによりです。

 彩音ちゃんの背中(蜥蜴に引き続き!)、まとぶんの葉巻(煙草ではなく、葉巻ってのが萌え!)、壮くんの拳銃(悪役? 悪役なの? ワクテカ!)。
 ドラマのある画が好きなので、ただスター様がポーズつけて複数突っ立っているだけの合成写真とか、顔だけ・バストアップだけをトップから順に立場に合わせた大きさで切り張りしました、とかよりずーっと好き。

 まっつに台詞が3つ以上あるといいなあとか、寿美礼サマを(どんなカタチであれ)愛している役だといいなあとか、そんなことも祈りつつ。

 はじまってしまったら、終わるしかないから、はじまることがこわくて仕方ない。
 それでもお、なんかすごーく過敏で、今までこんな、「あらすじ」についてどーこー言ったりポスターについて言ったり、ついぞしたことのなかったことを、うだうだやっているわけですよ。

 あああ。
 オサ様……オサ様……。

 
 ダンディ・ギャングスターの間をぬって、花組『ハロー!ダンシング』の話、続き(笑)。

 狂言回しその4、女の子たちだけの場面。歌詞のサムさは公演No.1。「タカラヅカが好き♪ タカラヅカが好き♪ タカラヅカのなにが好き?♪」……演出家を憎みたくなる一瞬(笑)。

 歌は萌子、ダンスはゆまちゃん。
 女の子だけごちゃっと現れて自由度高く歌い踊ると、やっぱののすみのかわいさ、華やかさが目に飛び込んでくる。

 かわいーなー。『MIND TRAVELLER』のときのジュディみたい。
 場慣れしていることもあるんだろうな。所作や表情、ひとつひとつかわいらしい。

 スタイルでも顔単体のかわいらしさでも、ひめかちゃんの方が上だろうに、それでもののすみの方があざやかにかわいく見える。
 ののすみはこうやって脇に混ぜながら「やっぱあの子、目立つよね」と思わせる方が賢い売り方なんぢゃないだろうか……。

 なんにせよ、そのののすみとひめかちゃんが組んでデュエットダンス合戦?をしてくれるのでたのしい。ちゃんとリフトするんだ、できるんだー。
 女の子同士でも、あんなに華奢な子同士でも、ちゃんと持ち上がるんだねえ。

 余談だが、HOTEL DOLLYにて、スカステの『ダンス魂』を見ながらリフトに挑戦したことがある。
 サトリちゃんが男役でわたしが娘役。ふたりとも身長でかいんですが、無謀にもチャレンジ。
 ……ほんとに、持ち上がるもんなんだね。
 わたしとサトリちゃんは体格がほぼ同じ、向こうがはるかに若いから体力腕力あるとはいえ、女性が同じ体格の女性を持ち上げられるもんなんだ、タイミングや型さえ守れば。
 わたしを持ち上げたサトリちゃんは「それがぜんぜん重くないんです」と言っていた。番組でさおたさんが言っている通りにしてみただけ。そうか、技術が大切ってのは、こういうことだな。それを習うことで、ふつうならできないこともできるよーになる。
 これでわたしがあと10cm小柄で、20kg痩せてりゃあ、サトリちゃんももっと軽々持ち上げられたことだろう(笑)。

 ただやはり、持ち上げるだけでなくソレで踊って、なおかつ「美しく見せる」というのはさらに特別な技術がいるよなあ。

 女の子たちがリフトをしている姿は「おおっ、できるんだー」という感動はあるが、うっとりするほど美しいよーなものではない。
 ただ、かわいい。
 すごくかわいい。
 若く可愛い女の子たちが、リフトをしてくるくる回っている、という事実だけですごくかわいい(笑)。

「ふたりだけのダンス♪ ふたりだけのダンス♪」
 と歌い踊る女の子たちの次の場面が。

 いきなり、野郎が3人登場して来たので、吹いた。

 や、わたしではなく、わたしの後ろの席の人が。
 わかる。わかるよ。わたしも、あれほど「ふたりだけのダンス」って煽ったあとで、男3人が出てきたら、「なんのギャグ?」って思うけど。
 後ろでウケていることに、ウケた。……ちなみにわたしの後ろの席、全員宙組生だったんですが(笑)。

 デュエットダンスは、だいもんとみほちゃん。
 最初に登場した野郎どもはすぐに退場、男はだいもんひとりになる。

 望海風斗は、男を上げたと思う。

 彼がアピール上等!なうるさい芸風の人であることも、歌がうまいことも知っていた。
 だが、ダンスでセンターもらってどうこうできる人かどうか。
 それは、やってみないとわからない。
 狂言回しでは、見事にセンターを務めた。華と押し出しの良さ。だがあれは、得意の歌があった。センターで客席をずーっと見ながらアピールするのと、声を出さず純粋にダンスで場を埋めるのとはチガウ。

 場面は、『メモアール・ド・パリ』から「モンマルトルのカフェ」。
 カフェで働くムッチムチ(笑)のいい女@みほちゃんにぞっこんな男@だいもんが、彼女を口説く、というダンスシーン。

 ダンス技術の問題ではない。
 ここはタカラヅカだからだ。
 ふつーに踊れればそれで問題ない。それより大切なのは、「スター」であることだ。

 みほちゃんはすげー「いい女」。ムッチムチかどうかは疑わしいし(笑)、だいもんが惚れるにはあまりにおねえさんすぎる気がするんだが(歌詞に「年上のいい女」って入れればいいのに)、佇まいとダンスっぷりから十分「美女」として成立する。
 一方だいもんは。
 ダンスでは、みほちゃんに劣る。そりゃーもー、素人のわたしにもわかる。同じ振りを並んでしちゃったりすると美しさがぜんぜんチガウ。
 でも、そーゆーことじゃない。

 だいもんは、見事に「芝居」してみせた。 

 たしかにダンスなんだけど。
 ただ決められた振りを踊るのではなく、その振りによってナニを表現したいのか。何故踊っているのかを、全身で表現した。

 ミュージカルだ。
 今コレ、「ミュージカル」を観ているんだ。と、思った。

 エネルギーがあふれているのも、観ていて気持ちいい。
 変わり続ける表情。
 最初にカウンターの上に飛び乗るの、ナニ気にすげー跳躍してねえ? スピード感にびっくりしたんだけど。

 ダンスで「魅せる」のは、踊りの技術だけのことではない。ただうまく踊れるだけじゃ、タカラヅカでは「真ん中」に立てない。
 「真ん中」に立つには、まったく別のスキルが必要である。
 だいもんはそのことを体現してくれた。

 
 そーやってミュージカル・ハートになったあと。
 狂言回しその4、しゅん様とかりやんの微妙にサムいスーツ姿でキザるタップを挟んで、次が組別のオリジナル場面。

 花組は「花とナナ」。

 これがもお、見事にナナ@ののすみ主演ミュージカルでした。

 そっかぁ、花組はダンスではなくミュージカルの組かぁ。
 純粋にダンス勝負していない、つーか。ダンス以外のとこでアピりまくってますっていうか。

 貧しい花売り娘ナナ。
 彼女と花の精たちのダンス。
 花を売ろうとする彼女に冷たい一瞥をくれる通行人たちが、本気で芝居しているし。

 てゆーか、通行人@らい素敵。

 スーツにロングコート。
 意味もなくかっこよくて、目を奪われる。
 赤シャツにブラックジーンズという少年っぽいの花の精たちの間で、唯一「大人」という風情のらいが、目立つんだわ。そりゃあもお、無意味に。
 そこでらいを見ていちゃいかんのだが、ただ通り過ぎるだけの彼を目で追ってしまう。
 OL風の萌子と待ち合わせ、コートを彼女に着せかけてあげたりしているのを、ひたすらガン見してしまう。……だから、ただの通行人だから、モブだから、見ていちゃイカンから。

 らいがあんまりかっこいいから、なにかストーリーがあるのかと、本筋に関係ある人なのかと思っちゃったよ……。ただの通行人じゃん、本筋となんの関係もないじゃん……。

 
 と、話はめっちゃ途中だが、文字数の関係でぶった切る。


 今ごろだけど花組『ハロー!ダンシング』の感想、続き。

 とってもミュージカルなののすみ主演「花とナナ」。すみ花ちゃん、タイトルロールですよ……彼女のための書き下ろしですよ……なんつー大物だ。

 ナナちゃんの相手役は、ちゃーでした。
 青いシャツとブラックジーンズでひたすら笑顔、若ぶってます。

 何故だろう。黒燕尾とかスーツとかクラシカルなものは似合うと思っているんだが、反対にこう、いかにも「若者」な姿になると、ちゃーってなんかおさまりが悪いというか……いたたまれなくなるのは何故?

 さわやかな青年風なのが、なんかチガウというか、愉快というか。
 ああ、ちゃー好きだなー、かわいいなー。

 「これぞ青春!」って感じで中学生のように頬を染めて踊るののすみとちゃー。
 すみ花ちゃんは本気でかわいいし、可憐だし。ちゃーは……ええっと、わたしは好きだからいいんだけど、役に合ってますか、あの人?

 かといってあのクソさわやかな役を、他の誰でできたというのか……花男たちみんな濃すぎてさわやかメンが演じられない……?!

 つぎはぎドレスで不幸に儚く踊り、次に白いドレスで光の中で踊るナナ@すみ花ちゃんは、ものごっつーかわいいです。
 主演スターとして、十分な働きっぷり。
 髪型がちょっと合っていない気がしたが、その透明感あふれるキャラクタが気持ちいい。
 白いドレスでよみがえったときに、本当に光が射すのね。彼女から。
 ぱあぁっと周囲が明るくなる。

 あ、花總まりだ。

 なんかふつーに、すごくすこんと、そう思った。

 何故だろう。
 顔とかスタイルとか、べつにぜんぜん似てないのに。
 花ちゃんに似てる……。

 終演後、nanaタン改めえりざべーとちゃんも同じことを言っていておどろいた。あ、わたしだけじゃなかったんだ、ののすみが花ちゃんに見えた人って。

 語り部はみほちゃん。イイ声なんだコレが。ドラマを盛り上げるしっかりとした歌声。
 もうひとりの歌手はかりやん。こちらは少年の声でもべつにいいので、女の子まんまなかりやんもここではOK。歌がここだけならよかったのにねえ。

 
 ダンス公演ではなく、ミュージカル・テイスト。

 そう思っていたら、次は「パタパタ」。草野せんせが演出だから、絶対になくてはならないアフリカ場面。

 さきほどのミュージカル場面にて通行人をやっていたふた組のカップルが、ここでも引き続きカップル(笑)。

 らいと萌子がかわいいっ。
 
 なにしろ『エンカレ』組だからな、「パタパタ」のメンバー(ゆまちゃん以外。でも、ゆまちゃんだって博多で歌っていたとき声はよかったぞっと)。
 「パタパタ」のコーラスが、なんかすごくきれいでウケる。
 そしてこのふた組のカップル、らい×萌子、ネコ×ゆまが、すげー本気で芝居していて。客席にもアピっていて。
 いやあの、これってダンス公演だよね?
 なんかもー、よくわかんないや。

 仲良しカップルがモメて、女の子が男をピンタしたりなんだり、そしてカップルが入れ替わって、でも結局元の鞘に戻って。
 かわいいなぁ。濃いなぁ。

 
 そのままボレロに突入、しゅん様の端正さを堪能し、全組共通の映画『フラッシュダンス』の主題歌女性ソロ。

 えええ、ここ、すみ花ちゃんなの?!

 予備知識ナシで見ていたため、知らなかったの。萌子の見せ場だと思い込んでいた。
 萌子は歌手ポジでしょう? 何故ミュージカルでタイトルロール務めた子が、歌える娘役の唯一の見せ場すら独占しているの??

 劇団もなんでこう極端なことをするのかなぁ、それは本人のためにもならないんぢゃ?と老婆心を発揮とつつ。
 ののすみちゃんの声は好き。透明で、きれいな声。彼女は歌も十分歌える人だと思っているが、この歌との相性はいまいちかな。
 ここはやはり、歌手ポジの子に歌ってほしかった。

 
 そーしてフィナーレへ。

 
 マメのセンター場面がひとつもない?! ってことに、驚愕。
 ありえないよー。もったいないよー。
 1回は真ん中に立たせてみればいいのに。

 しかし全編通して目立ちまくっていたひとりは、まちがいなくマメ。

 ちょっと独特の彼のダンスはやわらかさに富み、またなんつーかこー、粘度と温度がある。
 シャープ、とかいう形容詞の対極にあるよーな?
 存在自体が派手なんだよなあ。動きが個性的だからかなあ?

 そして、だいもん。
 バランスを崩すほどの抜擢をされるでなく、学年と立場にあった見せ場をもらい、それを確実に昇華したうえで、それ以外の場面でもじつに生き生きと踊っている。
 下手に目をとめてしまうと、はずせなくなってこまるよ。あの動き続ける表情と、前へ前へと意識を向けてくるスター精神と。

 実力に裏打ちされた輝きが、まぶしくて。
 かわいいなあ、だいもん。
 やりすぎなくらいやりすぎているのが、気持ちいいったら。

 しゅん様は他のやりすぎる面子に比べれば、十分おとなしい部類の人だということがわかった(笑)。
 てゆーか不器用に思えたんだが、あちこち。
 なにか気の利いた挨拶をしようとして、結局ナニも言えなくて客席から爆笑されたり。
 あちこち「今話しかけないで、許容量フルだから!」ってところと「許容量オーバー。真っ白です」ってところとが透けて見えて、すげーかわいい。
 それでも、下手にアピったりせずただ自分の内側に向かいながらダンスしている様が、すげー男っぽくてかっこいいんですが。
 侍だなー。

 ちゃーはいろいろいろいろまっつとかぶるところが多くて、わたしをうろたえさせる(笑)。
 そして見れば見るほど好みでこまる。
 「真ん中」を担うには足りないところも多々あるけれど、それでもそのクラシカルな端正さ、やさしさとやわらかさは武器だと思う。

 みほちゃんはほんとうにいい女役さんだし、萌子が急激にいい女に成長しているのもうれしい。
 ゆまちゃんの胸と美貌も堪能させてもらった。大勢の中にいても「あ、美少女がいる!」ってわかるもの。

 ゆまちゃんはマメと組んでいることが多かったんだけど、このふたりいいよねっ!
 濃いぃの。
 ゆまちゃんは小物な男では御しきれない迫力があるから、マメくらいカラダも中身も寛くないと映りがよくない。
 個性的な男と、小悪魔的な美少女。……わくわくするわ。

 
 わたしが観たとき、宙組さんがたくさん客席に来ていて、正直すっげーうるさかったが(笑)、かわりにものすごーく盛り上がった。
 拍手の温度がいちいちチガウし、初日でも楽でもなんでもない平日なのに、満場一致のスタンディング・オベーション。

 全組平日のなんでもない日に観ていたけれど、客入りはそりゃあもう、ここで書くこともアレなくらいだったし、スタオベはおろかカーテンコールもなかったさ。
 『ハロー!ダンシング』ってのはそういうものだと思っていたし、ソレでいいと思っていただけに。

 客席のテンションと鳴りやまない拍手にびびった。

 真っ先に立ち上がった花組のふたり、まとぶとみわっちが、自分たちが立ち上がったことで見えなくなる後ろの席のお客さんに謝っていたことも印象的。
 いい人たちだ……。その「ふつー」の感覚が愛しい。

 客席の反応が良すぎる・うるさすぎるのもたしかに問題だが、それによってキャストが盛り上がるのも素晴らしいことなので、両刃の剣だな。
 カテコであいさつするみほちゃんは声を詰まらせていたし、他の出演者も感動しているようだった。

 たのしかったのだわ、花組『ハロー!ダンシング』。
 もお、どーしよー、ってくらい。

 あんまし、ちゃんとしたダンス公演になっていなかったよーな気がしないでもないっつーかぶっちゃけなんの公演だったのか、よくわかんない面は、たしかにあるのだけど。

 それでもひたすら、たのしかった。
 きゃーきゃーヒューヒュー騒ぎまくる客席ごと、たのしんだ。

 みんなダイスキ。


 さあ、今日は花組大劇場の友会抽選結果のわかる日ですよ。
 はりきって朝10時から電話を掛けました。
 ……つながらない。

 10時頃ってつながらないもんなんですか。
 結果照会をスタート時刻からチャレンジしたのがはじめてだったので、わかりません。
 
 や、だってわたし的に一大決戦の日ですから。
 すっげーどきどきして、電話したのに、つながらない……。

 結局10時半過ぎてからかな。つながったの。
 それだけ競争率が高かったってこと? これっていつも通り??

 結果は聞かないで下さい……ふふふ……そうよ……わかっていたわよ……あたしのくじ運なんて……涙目。

 どっか、くじ運の良くなる神社とかないですか? あとはもー神頼みだー。

 明日の集合日がこわいです。
 これ以上ヘコむことになるんだろうか……。

 つーことで、明日の精神状態がわからないので、今夜中に感想書いておかなきゃ!!

            ☆

 しゅん様は、受キャラなんでしょうか。 

 と、いきなり腐った話題ですみません。
 
 今夜中に書いておかなければならない話題がコレか、緑野こあらよ。
 や、だって明日はヘコみきって腐った話なんかできないかもしれないし……。

 今さらな話題ですが、花組『ハロー!ダンシング』、千秋楽に行って来ました。
 どの組も『ハロダン』は1回こっきりだったのに、花組は最初から複数回前提、てゆーか『ハロダン』楽と月初日重なってるじゃん。
 花『ハロダン』と月大劇を天秤に掛けて、花組を選んでしまった花担なわたし……。
 つか劇団も考えればいいのに。『ハロダン』なんて75分しかないんだよ? なんで大劇と丸かぶりにさせるかな。ズラせば両方の客が両方ついでに観るかもしんないじゃん。
 初日好きなわたしとしては、「くーやーしーいー」とハンケチを噛んでおりましたよ、あああゆーひくん、あああそのか。や、結局月初日も芝居だけ観たんですけどね。

 『ハロー!ダンシング』千秋楽。
 客席はもうリピーターばかり?って感じで、拍手のタイミングが見事でした(笑)。自己紹介が手拍子でかき消されるなんてことはまったくなく、登場と共にすげー拍手、本人がなにか言いかけるとぴたりと拍手が止み、聞き耳を立てる。挨拶が終わると拍手、おさまると手拍子、登場と共に拍手……の繰り返し。
 おもしろいなー、もー。

 みんなノリノリで進化していて、安心して観ていられた。
 かりやんも前に観たときよりずっとよくなっていたし!

 で、まあ、千秋楽の感想というか、新たな疑問というか。

 ゆうずみしゅんは、受なのか?

 どうなんでしょう、世の中的に。
 どんな世の中かって、聞かれても困るけど。

 昨年の『Young Bloods!! 』ではオトコマエだったし、ダンスも歌もOK、がっちりした大柄な体格でカオも濃くてハンサム。文句ナシにイイ男だと思っていたしゅん様。
 オサコンで「春野寿美礼より老けている」という烙印を押されていたが、まあそれは仕方ないとして。(ヲイ)
 若いわりに洟垂れ小僧に見えなくて、かっこいーにーちゃんだと思っていたのですが。

 今回の『ハロダン』にてしゅん様は、学年や責務に相応しいだけの存在感と華を有し、ダンサーとして堅実に仕事をしていたと思う。
 しかし。
 他の威勢のいい連中に比べ、なーんかいっぱいいっぱい風というか。
 その力み具合が可憐に見えたんですけど、あの体格なのに。
 ぶっちゃけ、出演者の誰よりもたくましいのに。男役として恵まれた容姿をしているのに。

 ……受?(首傾げ)

 でもって。

 カーテンコールで、男同士で姫抱っこされていたのは、どーゆーことですか?

 一瞬だったんで、気づくの遅れて、我が目を疑ったときには終わっちゃってたんだけど。
 でもって、「まあいいや、あんなオイシイことしてくれたんなら、ネットで噂になっていて、みんながその話をしてくれるだろうから、ちゃんと詳細がわかるわ」とタカをくくっていたんだけど。
 ざーっと眺めたところ、誰もそんな話してないぢゃないですかっ。
 スカステのニュースでもカットされてたし。

 あれは幻? 青春の日の幻影? てか、わたしの妄想?

 えーと。

 確認。
 誰か見た人、答えて下さい。

 『ハロー!ダンシング』千秋楽。
 何度目かのカーテンコールにて。

 しゅん様が、姫抱っこされてたよね? 

 わたし、誰かとまちがえてますか?
 わたしの妄想?

 でもって相手、月央くんに見えたんですが?
 少なくともしゅん様より小柄な男の子に抱き上げられてたよね?(や、しゅん様がいちばんでかいので、どの男でも小柄です)

 カテコはみんな好き勝手動いていて、本来の位置も並びもなくなっているんで、咄嗟にわけわかんなくて。

 しゅん様が月央くんに抱きついて、そのまま成り行きで姫抱っこになった、よーに見えたんだが?

 先日の感想で、リフトの話を書いた。
 コツさえわかれば、女の子同士でも持ち上げることはできるって。技術ってのはすごいもんだなって。

 しかし、姫抱っこの技術って? 練習って?
 そんなもんしてるのか、花男たち?!

 成り行きで、横抱きにしてしまえるもんなの?

 しかもしゅん様、泣いてるし。

 あの色男、カテコで感極まってベソかいてるんですよ。あんな男らしい外見で。
 必死になって涙ぬぐってて。

 そんでもって、同期男に姫抱っこ……。

 どこの受ですか。

 ハートがきゅんきゅんしてたまりません!!(笑)
 どーしてくれるんだ。

 
 あー、えーと、ちっとも千秋楽の話してないなー。
 しゅん様だけでぶっ飛んでしまった。

 カテコではみんなナニをしていいのかわからなかったみたいで、最初はてきとーに動いていたけど、ラストは全員で輪になって踊ったり、ラインダンスもどきやってました。打ち合わせはしていなかったんだろう、手が逆になっている子とか、そろわない子とか続出。ダンス公演とは思えない鈍くささ(笑)。
 や、ほんとに何回も幕が上がるもんでさ。そりゃしゅん様も泣くわな。(あっ、またしゅん様の話に!)

 
 『ハロー!ダンシング』を観てよかった。
 花っ子たちをますます好きになった。

 アピール上等、ダンス揃える気なんかハナからナイよな的、ダンス以外で勝負する気満々だな的、実に花組クオリティな公演だったけれど。

 ソレも含めて花組上等!
 たのしかった。

 
 明日は寿美礼サマの退団公演の集合日。
 これ以上、かなしい別れが増えませんように。


 花組集合日。

 昔のわたしは、集合日に鈍感だった。
 日にちも知らなかったし、興味もなかった。
 トドファンだったので、退団に対しておびえることがなかった。下級生時代は「いずれトップになる人」だと信じて疑っていなかったので(途中タータンに抜かれかけていたこともあったが)、途中でいなくなるなんて思ってなかったし、トップになってからは集合日より前に発表があるわけだから、これまた無頓着でいられた。
 ケロファンになったあとも、星組に組替え=トウコちゃんがトップになるまで辞めない、と勝手に思い込み、力一杯油断していた。

 ケロのことがあってからだ。
 集合日がこわくなったのは。

 『ドルチェ・ヴィータ!』大劇公演のチケット発売日よりあとに、集合日があった。
 発売日の方が先だったんだよ?
 ケロと水くんの出演する公演にチケ運皆無のわたしは、抽選で敗れ、いつものように1枚も購入できていなかった。
 でもま、ムラ公演だし、なんとでもなるさ、と安心していた。だって、いつもの、なにひとつ変わることない、ふつーの公演だもの。

 それが。

 呆然だよ。
 寝耳に水だよ。

 だってケロ、来年のカレンダーの掲載予定者に名前載ってたじゃん!!
 来年もういないなんて、ありえないよ!!

 
 ……以来、集合日はトラウマだ。
 他の人がなーんとも思っていないときに、いつもわたしひとりが悪い方へ考えすぎてガクブルしている。

 まっつにハマってからこっち、集合日のたびにひとりで大騒ぎ、周囲にあきれられてきた。
 寿美礼サマと同時だと、言われて続けた人だから。
 今回も、年末からこっち、ずーーっとおびえていた。あー、『ヘイズ・コード』初日からだから、すげー長い間ガクブルしてたなあ。

 寿美礼サマとまっつ、同時に失ったら精神の均衡を保てないよ、あたしゃ……。
 寿美礼サマだけでも、もーどうしていいかわかんないのに。

 まっつだけでなく、これだけ大好きな花組、誰が欠けたって哀しいんだってば。

 ということで、戦慄の集合日。
 
 や、まっつはチガウって、いろんな人からなだめられ、それで結構落ち着いてはいたんだ。
 いろいろ教えてくれた方々、ありがとうございます。ささやかなエピソードでも「それならまっつは大丈夫かも!」と、そのたびに救われておりました。

 退団者は、寿美礼サマの他4名。
 立さん、としこさん、ひーさん、きよみ。

 うわああ、こうきたか……。
 今日はnanaタン改めえりざべーとちゃんとムラにいたんですが、彼女の携帯のぞかせてもらって、発表を知りました。

 みんな思い出深い、よい舞台人ばかりさ……覚悟している部分はある面子だったが、実際に名前が出ると寂しいさ……。
 立さん、専科さんの中で唯一「可憐」という形容の似合う男性。腐女子視点で申し訳ないが、素敵な受オーラを持つ美形なおじさま。萌えキャラのひとりだったのに。
 としこさん、わたしの愛する『マラケシュ』は、この人ナシではあり得なかった……。
 ひーさん、つい先日、梅芸でお元気な姿を拝見したところっすよ、どーして?

 そして、わたし的にきよみ退団がつらいっす。

 きよみって、まっつの「お嫁さんにしたい人」だよね?

 や、いつぞやのお茶会で本人がそう言ったそーぢゃないですか。
 お嫁さん……まっつが旦那で、女房がきよみ? すげー体格差だなそりゃ。ノミの夫婦は萌えなので、ぜんぜんOKです。

 『明智小五郎の事件簿―黒蜥蜴』でもまっつの相手役?ってくらい絡み続けてくれて。
 あっちのブログでも書いたが、最近改めて見た『JURIの“それってどうなの!?”』第1回での、きよみ×まっつで萌えまくっていたところだったのに。

 きよみの旬はこれからだろうになあ。おっさん+悪役がハマる役者は貴重なのに。
 
 残念だ……。

 
 『アデュー・マルセイユ』の配役は、カタカナの名前の羅列だけではナニもわからない……。

 ジオラモ@まっつって、なんの役ですか。職業だけでも教えてほしいっす。

 ジャンヌ@みわっちって、女役ですか。
 ちょっと待ってよ、『舞姫』のあとだよ? かっこいー男役を見せてよ、濃いぃ男前ぶりを見せてよ! みわさんの女役は目新しくないんだってば〜〜!!(あたしゃ、愛音羽麗の最初の認識が『琥珀』新公)
 前回もショーで女役やってて、「また女役」って印象っすよ。みわさんはたしかに小柄な美人さんだけど、持ち味はフェアリーでも女性的なモノでもなく、男っぽい・黒っぽいモノだと思ってるんだけどなあ。
 なんで本公演で、そーゆー役が回ってこないんだろう。

 市議会議員モーリス@壮くんは絶対悪役だよね?

「きっと麻薬中毒なんだよ」
「なんせマフィアと通じているからね」
「……『DAYTIME HUSTLER』のトニーとかぶるんですが……」
「リーマン・ヘアでセカンドバッグ持って?」
「そして、銀橋で世界征服ソングを歌う」
「お稽古場写真はとーぜん白丸首シャツで」

 いついかなるときも、壮くんの話題は和むなあ……。

 
 終わりのはじまりが、近づいてくる。

「オサ様に会えるのは、あと……」

 えりざべーとちゃんと、いつもの店で指折り数える。
 ……しょぼん。
 チケ取り、がんばろうね……。

           ☆
 
 あ。
 昨日の『ハロー!ダンシング』の疑問に、回答がありました。

 だーれも反応してくれなかったんだけどね(泣)。
 こうめさんが千秋楽を観ていたことが判明、えりざべーとちゃんにメールで質問してもらいました。

 しゅん様は、たしかに男に姫抱っこされていたそうです。

 こうめさんは、しゅん様を抱いていた男が誰かはわからなかった模様。
 月央くんで合ってるかな?

 でもま、わたしの妄想でなくてよかったわ……。

 泣き虫しゅん様(でもカラダはごつい、濃い顔立ちのオトコマエ)は、男に姫抱っこされていた、と。
 世の腐女子のみなさま、萌えな話ぢゃございませんこと?


 とりあえず、司祭様@そのか萌え。

 いい加減、月組の話。
 最近公演が重なりまくるので、月組は初日を観てもなかなか感想を書けない……。

 月初日はハイディさんのおかげで芝居だけ観ることができました。
 ショーはまた日を改めて、ふつーに観に行ったよー。

 んでもってとりあえず、『マジシャンの憂鬱』の話。

 てゆーか、そのか話。

 相変わらず予備知識ナシ。そのかに役がついているのかどーかすら知らん。
 小耳に挟んでいたのは、あさことゆーひがまたしても仲間役で、嘉月さんもゆーひと同じ仲間カテゴリであると、kineさんが言っていたよーなちがったよーな。月組集合日、ムラの喫茶店でかねすきさんを交えて3人で話したよーな。

 てゆーかマジシャン主役で、どーゆーストーリーなんだろう。現在のわたしにとっての「マジシャン」は山田奈緒子@『トリック』なんだが。

 まあ、そんなこんなで観劇して。

 そのか。
 あああ、そのか〜〜。
 そのか素敵〜〜。

 アルバイトでかっこよく踊っているのももちろんめちゃ男前だが、そうじゃなくて、彼の本役の話。
 公式サイトに載っているシャラモンという役のことだ。
 名前だけじゃなんのことやらわからなかったが、なんと司祭様なのだ。
 そのかが司祭……。
 それだけで、「なんの冗談?」って感じだが。

 ごつい体格に、かわいらしー髪型、漢らしい顔立ち。
 登場してきただけで、その違和感に、客席が湧く。

 変装? 変装だよね、アレ。だってあからさまに怪しい。あの不自然な肩幅はナニ? 不自然なマッシュルームカットはナニ?
 足首まで隠れる司祭服がドレスのよーにも見える。
 体格も顔立ちも男、それもかなりいかつい漢。なのに動作はたおやか。てゆーかほとんどしとやかな貴婦人。
 ショックではらりと倒れ伏してしまうような。

 怪しすぎる(笑)。

 いかつい戦闘員が、任務で司祭に化けている? 甲高い声で女々しい仕草、嘘臭いっつーの。
 とにかく怪しくて、おかしくて。その存在に釘付け。

 いつ変装を脱ぎ捨てて本来の姿になるんだろうと思っていたら。

 アレが、そのままの姿らしい。

 本当に、可憐な司祭様らしい。
 小心で善良。
 間が悪くて鈍くさくて。

 あんなに立派な肩幅なのに。
 あんなに漢らしい顔立ちなのに。

 いかつい体格で、子リスのよーな可憐な小心者。

 断言してもいい。この司祭様は、ティーカップを持つとき、小指を立てる(笑)。
 そーゆーキャラだ。

 なんなのよコレ。なんつーキャラクタなのよ。
 桐生園加への、究極のアテ書き!!

 自分を動物にたとえると「小心なシマリス」だと今年のレビュー本で答えている、そのか。どの面下げて?!と、みんなからの総ツッコミを待っているよーな回答だが、本人はたぶん大真面目。(ちなみに、その隣のページでまっつが、自分は黒ヒョウだと答えている。……こいつら……)
 そんなそのかまんまの役。
 アテ書きだよね? 『カナリア』のときも正塚はそのかを愉快に使っていたけれど、今回もまた見事な使いっぷりですわね?

 司祭様が、かわいすぎる。

 あの体格とそれに反する性格が、かわいくてかわいくて。
 カケラも似合わないパツキンのマッシュルームヘア、ドレスのような真っ赤な司祭服。
 なんなのあのイキモノ、かわいすぎるっ。

 ねえねえ、どっかにステキな攻はいない?
 アレ、受だよね?
 あの不思議ちゃんを愛し、オトコマエに受け止める攻が欲しいわ!!

 ヘタレスキーにはたまりません。
 一生懸命話しかけているのに、マジシャン様の屋敷の人たちは、司祭様なんかまるっと無視、「うるさい」の一言で終わり。
 ゆーひくんとか嘉月さんとか、あのへんのかっこいー人たちが、もっと司祭様を足蹴にしてくれたらいぢめてくれたら、萌えなのになあ。

 アライグマゆーひに、いぢめられるシマリスそのかが見たい……。

 
 とか、本編とは関係ないところで盛大にツボっておりました。


 正塚晴彦最新作、『マジシャンの憂鬱』

 荒唐無稽でツッコミどころ満載。どーした正塚、どっかで転んでアタマでも打った?
 と、ストーリーから設定から、えらいことになっているんですが。

 
 透視ができるっつーんで一躍大スターとなったマジシャン、シャンドール@あさこの元へ、極秘に皇太子ボルディジャール@きりやんから依頼が入った。3年前に事故死した皇太子妃マレーク@あいあいの事故の真相を透視して欲しい、と。皇太子は暗殺ではないかと疑っているのだ。
 透視とはいっても、シャンドールが本当に超能力者なわけもなく、仲間たちの調査・工作によってあたかも透視をしているかのように見せていただけのこと。こんな大きな事件に巻き込まれるのは計算外。
 てきとーに「事故死です」とでたらめを言って終了させようとしたのに、シャンドールが何者かに狙撃された。シャンドールに真実を透視されると困る人間の仕業らしい。
 つまり皇太子妃の死は事故ではないということだ。そして犯人はシャンドールを本気で超能力者だと思い、命を狙っている。
 シャンドールを狙撃から守ったのは皇太子妃の忠実な侍女(兼ボディガード)ヴェロニカ@かなみだ。彼女は「命がけで守ります」との言葉通りに、シャンドールのそばに付き従う。
 皇太子妃暗殺の真相は? そして徐々に心が近づいていくシャンドールとヴェロニカの関係は……?
 

 とにかく「動」部分の本筋となる皇太子妃暗殺事件がめちゃくちゃ過ぎてびびる(笑)。
 あー、ネタバレなんで、ヤな人は本日の日記は読まず、まるっとトバしてくれ。

 この「動」部分において。
 犯人がいったいナニをしたかったのかが、いちばんのミステリだ。
 マジわからないっす。

 えー、皇太子と妃は、王制廃止論者だった、と。
 そーなると現在の政府で甘い汁を吸っている人たちが危機感を持つ。さすがに皇太子に手は出せないが、よそ者の妃ならいいや、暗殺してしまえ。
 妃にベタ惚れの皇太子は、妃を失えば何もできなくなるだろう。
 んな情の問題ではなくもっとビジネスライクに考えるならば、仕事の相棒を失うことによって、彼らのプロジェクトは痛手を受け、頓挫することだろう、とか?

 まあ、ここまではわかる。
 実際パッショネイト皇太子は妻を失ってから3年も、ただふやけていたらしい。
 亡き妻のために目的に向かってエンジンかけりゃーいいのに、なにもせずにいたっぽい。ダメダメだな皇太子。
 この現実を見れば、犯人の目論見は正しかったことになる。

 問題は、何故皇太子妃を生かしておいたのか、だ。

 3年ですよ、3年。
 地下墓地で老婆が匿っていた、って、そんな馬鹿な。

 シャンドールたちは「人質か」で納得していたけれど、なんのための人質?
 皇太子が王制を廃止しようと動き出したら、脅迫するの? 妻の命が惜しかったら余計なことはするな、とか?
 妃の事故をこれ以上調べるな、とか、とにかくなにか都合の悪いことを皇太子がしようとしたら、脅迫するの?
 で、ソレいつまで効力があるの?
 1回2回は皇太子も言うことを聞くかもしれないが、彼が生きている間中、ずーっと同じ脅迫をするの? なんか、話が遠大すぎて気が遠くなるんですが。
 犯人の身が危うくなったときに、彼女を楯にするの? だが楯にしなきゃならないときって、すでに犯人は身の破滅状態ってことだよね?
 犯人は名もなきテロリストではない。地位も名誉もある人間だ。それを守るための暗殺事件だったんだから、それらを失い、ただ命を守るためだけに人質を使うならば、もうソレ本末転倒だし。

 せっかく事故ってことで片が付いている事件の唯一の証人を、生かしておく意味がわからない。
 もしものときに人質にするメリットより、もしものときをまねくデメリットの方がはるかに高いのに。
 妃の記憶があるないは関係ないよ。
 だって、記憶がたとえ一生戻らなくても、「事故死」したはずの妃を地下に閉じこめている段階で、「暗殺」だった証拠になるもの。「犯罪」の証拠だもの。

 犯人……バカじゃねえの?

 とまあ、3年前の事件の段階で、相当おかしいんだが。

 「事故ではない」とバレそうだ、と思ったから、皇太子の前で透視者シャンドールを狙撃……って。
 ありえないでしょうソレ。
 こっそりと殺さなきゃ。それこそ事故死でないと。

 そのせいで「暗殺だ」とバレる。
 墓地を改めると土しかない。……って、いったいどんな葬儀をしたんだ。
 替え玉の死体を用意することすらなかったのか?
 てゆーか、3年も経っていれば白骨化前提、てきとーな死体を入れておけば、もう絶対バレなかったんじゃないの、時代的に?

 骨がないから、「妃は生きている」とバレる。
 透視をしたシャンドールの前に犯人の部下たち現れ、暴力で彼を拉致する。
 が。
 あのー。
 拉致して、どうするんですか?
 なにか利用価値を考えていた? なにかはわからないけれど、まあ、そう考えたということにしてもいい。
 問題は、何故シャンドールとヴェロニカを、妃を監禁している地下墓地へ無傷で放り込んだのかということ。

 妃に会わせたらまずいじゃん!!
 切り札なんでしょう、彼女。その切り札を、何故簡単に人目にさらす?
 墓守の老婆@シビさんは、シャンドールとヴェロニカが墓地に現れることを知らなかった。大切な人質の世話役にすらなにも知らせず、危険な敵の超能力者を野放しにするなんて。

 生かしておくこと自体が「犯罪の証拠」であって危険な妃を、苦労して生かしていた。
 生かしておくこと自体が「犯罪を透視される」ので危険な超能力者を、苦労して捕らえ、「知られてはいけない切り札」のいる場所へ連れて行き、なにもかも知られてしまう。

 犯人はいったい、なにがしたいんだ?
 多重人格?
 「してはいけないこと」を、いちいちしていくんですが。
 いちばんのミステリ。
 誰かこの謎を解いて下さい。

 もちろん、勝手にいろいろでっちあげて、「犯人は、ここでこう思ったからこうしたんだけど、計算外にこんなコトがあって、それで仕方なくこんな結果になった」とか、埋めていくことはできるよ。
 でもソレ、まちがってるから。
 「動」の部分は、観客が想像して補完するのではなく、「物語」として現実に描かなければ。

 犯人の行動があまりに支離滅裂で。
 ひとことで言うなら、ご都合主義。

 どうして犯人がこんな馬鹿な行動を取るのかというと、そうしないと、話が作者の都合通りに進まないからということに尽きる。

 簡単だよなあ。
 辻褄の合わないところは全部「バカな人がバカなことをしました」。
 どうしてそんなことをしたんだ、おかしいじゃないか。「だってバカだからです。バカな人は、ふつうの人がおかしいと思うことでも平気でします」。
 物語の中での森羅万象を、すべて説明できる最強の理屈だ(笑)。

 まあ、いいんだソレは。
 ご都合主義でもアラだらけでも、全体として魅力があれば。

 ただ、なあ。
 そこまでズルをしまくってストーリー進めて来てさあ。

 バカな犯人がバカなことばかりするので、シャンドールは妃を救出。
 軍人が事件に関わっていることがわかった。

 ということで、最後の大仕掛け。犯人をいぶり出しましょう。

 ……ということになるんだが、最後の仕掛けがなにをやったのか、わからない。

 具体的にどんなことをしたのか、それによってなにがどーなってこの結果に行き着いたのか。
 シャンドールがどれほどすごいか。かっこいいか。

 論理的に、唸らせるべき場面。

 それまでのズルを全部帳消しにするくらい、「コレをやるために、ズルをしてきたのか!」と思わせるくらい、徹底的に盛り上げなければならないのに……。
 説明に欠けてますがな……。
 あるのは「雰囲気」だけ。ヲイヲイヲイ(嘆息)。

 とまあ、「動」部分の本筋は、ボロボロです。

 でも、いいのよ、マジで。そんなことはどーでも。

 とゆーことで、続く〜〜。


 物語を転がしていく上で、大きく分けてふたつの軸がある。
 ひとつは、物理的な出来事、アクション。
 目に見えること、物語の「動」部分。
 『マジシャンの憂鬱』でいうところの、皇太子妃暗殺事件。
 そしてもうひとつが、精神的な出来事。
 目に見えないこと、物語の「心」部分。
 『マジ鬱』でいうところの、主人公の恋愛。

 皇太子妃暗殺事件は、ぶっちゃけえらいことになっていた。
 ガタガタ。ダメダメ。
 犯人がバカだった、「火事だー、助けてー!」と叫びながら火の中に飛び込んでいくとか、「あぶない!」と言われたら逃げずに「なにが危ないの? ねえねえ、なにがなにが?」とその場で大騒ぎして道路の真ん中でトラックにはねられるとか、そーゆー類いの「ありえないバカ」だった、という以外に行動の理由がわからない。
 そんな、見事にぶっこわれたアホアホ系物語。

 それでも。
 この作品がただのアホアホになっていないのは、「心」部分の物語が壊れていないからだ。

 マジシャン・シャンドール@あさこと、ボディーガード・ヴェロニカ@かなみが出会って、恋に落ちる。これだけのシンプルな道に、ごろごろといろーんな障害が転がっている。皇太子妃が暗殺されただとか、シャンドールが狙撃されただとか、ヴェロニカがダンスが苦手だとか。
 それらの障害・出来事に対して、それぞれのリアクションを取りながらも、正しい道を行く。
 ふたりの恋が、成就するラストシーン向かって。

 出来事自体はホレ、かなりアホアホなんだけどね。犯人バカだから。
 でも、どんなにありえないよーな話であっても、「心」さえ正しくつながっていれば、関係ないんだよ。

 たとえ異世界が舞台で、登場するキャラクタが人間でないとしても(妖精とか犬とか虫とか、なんでもヨシ)、その世界で生きるキャラクタたちの「心」が壊れていなければ、感情移入できる。
 出来事がどんなにありえなくても、それに対するキャラクタの「心」が、人間として違和感のないものであるなら、リアルなものとして受け止められる。
 古代エジプトが舞台で、神のお告げで将軍が決まったり、戦争したりってあまりに異世界でわたしたちからすりゃーありえないことばかりだけど、それでもアイーダとラダメスの恋に涙したよーに。
 舞台や出来事、「動」部分がどれだけわたしたちの生きる世界とかけ離れていたって、「心」部分がまちがっていなければ、「物語」として成立するんだよ。
 そーゆーことだ。

 逆に、どんなに理路整然とした物理的展開の物語でも、そこに生きる人々が人間とは思えない感情形態をしていたら、気持ち悪いだけだ。

 ほらたとえば、それまでふたりで仲良くダメダメ詐欺師をやって、何年も懸けてエッフェル塔を造ったのに、ラストでいきなりなんの脈絡もなく兄貴分が弟分を疑い、罵り、銃を振り回したりするの。
 人の心としてありえない展開過ぎて、ぽかーんとしちゃうでしょ。

 さんざん男たちに言い寄られ、ちやほやされ、一緒に愛の歌をデュエットしたりして、「すべての男はわたしを愛して当然、愛され過ぎて大変だわ」と天使の微笑みを浮かべる女が、同じ口で「誰にも愛されたことがないから」と本気で言ったりするの。
 人の心としてありえない展開過ぎて、ぽかーんとしちゃうでしょ。
 や、このふたつの例は、心だけでなくアクション部分もぶっ壊れまくっていけどな。溜息。

 そんなふーには「心」が壊れていないから、大丈夫。
 事件自体がどんなにアレなことになっていても、無問題。

 シャンドールとヴェロニカ、ボルディジャール@きりやんとマレーク@あいあい、ふた組のカップルの心のなめらかな動き、正しさが気持ちいい。

 もどかしく、カメの歩みで近づいていくシャンドールとヴェロニカ。
 最短コースを脇目もふらず最速でぶっちぎるボル殿下と、ソレを受け止めるマレーク。

 不器用なキャリアウーマン・ヴェロニカの恋に感情移入してじれじれしたりせつなくなったり、ぶっちぎりに愛一直線パッショネイト殿下にときめいてみたり。
 対照的なカップルが描かれているから、二度美味しくいただきましょう、ヲトメとして!

 「心」部分が正しく、シック(地味とも言う)で品のいい画面に、説明の少ないリアル系の台詞、会話のテンポで笑わせる、オシャレなラヴコメ。
 贔屓組で観てみたいよねー、こーゆーの。
 ……と、ついついいつものよーに妄想配役を考えてしまうくらいには、よい作品だと思うよ。

 ただ、シャンドールはオサ様では絶対チガウから、現花組では妄想配役できぬ(笑)。まとぶの時代ならアリだなー。

 
 とにかくもー、ヴェロニカ@かなみちゃんが、かわいくてかわいくて。
 ああいう不器用な女の子いいよねー。
 真面目が過ぎて逃げ場をなくしているところが、愛しい。

 惜しいのはシャンドールがなにを考えているか、わからないこと。
 かっこいいんだけど、すごーくすごーくかっこいいんだけど、ソレだけになってしまっているのが惜しい。

 正塚脚本は説明が極力省かれているから、行間を演技で見せてくれる人こそがハマるんだよなー。
 せっかくのオイシイ役、ラストの愛の告白が唐突に見えないよーになればいいのに……。
 や、演出的には唐突じゃないよ。「心」はつながっている。あ、ここで彼の心が彼女に向かって動くエピソードだな、って、いちいちセオリー通りに段階踏んで描いてあるんだもの。
 エピソードを観て「計算式」がわかるだけで、シャンドールその人からは、脚本が計算している分量のキモチが伝わってこないという……。
 あー、たぶんきっと、これから演技が深まっていくんだと思う。わたしは初日とその翌週に観ただけだから。未来に期待。

 今のままだと、シャンドールが「なにをしたい」のかよくわからなくて、視点が見事にヴェロニカ固定、彼女が主役になってしまった……。

 恋愛意外でも。
 詐欺をして金儲けがしたいのか、仲間たちにいい顔がしたいだけなのか、マジシャンとして人をあやつるエクササイズを極めているのか、わたしにはシャンドールさんという人が見えてこなくてつらい。
 「騙し続ける孤独」だとかなんだとか、歌っていたけれど、歌詞として歌っているだけにしか見えないっす……。

 はっきり描かない正塚も悪いんだけどな。
 はっきり描かないのが彼の芸風であり、長所でもあるので、役者にばしっと応えてほしいなあ。

 や、演技は好みの問題なので、わたし以外の人に伝わっているのなら、それで無問題なんだがなー。
 嘉月さんとか、削ぎ落とされた台詞でもちゃーんと「仕事」している人を見ると、シャンドールって、もっとなんとかできる役なんぢゃないの?とか思ってしまうのことよ。

 今の段階では、主役のハズの人が、いちばんのミステリだな(笑)。

           ☆

 愛用のミニパソが、パソコンと接続できなくなってしまって、思いっきりうろたえました。
 ミニパソに書きためたテキスト全部無駄に?! てゆーか、母艦に着艦できない搭載機なんて、持ってても意味ないじゃん! 全部ネット経由かよ?!

 いやあ、再インストールしたり、リセットしたりで半日潰しましたよ……。
 復活できて良かった。


 まず、キャトレで4つ切りスチールを見て。

 大空祐飛って、どんだけビジュアル系なんだ。

 と、感心しました。

 カシウス様@『暁のローマ』でもその美貌っぷりに絶句したもんですが(ゆーひさんのパソカレ、今がちょうどそのカシウス様ですよ、すげー美しさですよ)、今回もまたすごいね!
 『MAHOROBA−遥か彼方YAMATO−』のサダル役ですか、とんでもないですね!

 相も変わらず、なんの予備知識もなく劇場にいて。
 月組の今回の初日は花組『ハロー!ダンシング』千秋楽を取ってしまったので、『MAHOROBA』は観られず、キャトレをうろうろしていた。
 そこで上記のスチールを見て、嘆息したわけですよ。
 ネタバレ・先入観は不要な人なんで、プログラムは一切見てない。ただ、「あさこちゃん新グッズ出てるー、なんかこの色とデザイン好き〜〜」とか思いつつのんきにしていたところに、飛び込んできたゆーひくんの美貌っぷりときたら。

 アニメ的な扮装、似合い過ぎだね、彼。
 現実にはありえない髪型とかファッションが似合い過ぎだね。
 ありゃー、二次元生命体ですよ。現実に生息しているとは思えん……。

 という、ソレだけの知識で、日を改めて『MAHOROBA』観劇。

 ヤマトタケル物語だとすら、知らずにいました(笑)。

 イザナギ・イザナミの国造りとかはじまって、口ぽかーんでした。や、アジアショーだって聞いていた気はしたけど、日本神話やるとは思っていなくて。
 眺めながら、大昔、若い頃に読んだ「古事記」の内容をとりとめなく思い出していた。……あまりに大昔の記憶なので、綻びまくっていて大変(笑)。

 んで、次から次へと怒濤の登場人物紹介が続き、そりゃーもー、あっけにとられるほど長々と続き、うろたえる。
 いつまで続くんだコレ。どこまでやるんだコレ。

 ここまで冒頭で多人数の登場人物紹介をやってのけた作品は、例を見ないのではなかろうか。
 すげー力業。

 いや、主要人物の区別がつくわけだから、たのしいっちゃたのしいんだけど。
 むしろなにもわかんない方がよかったかもしれない。神話だとか役者にとらわれず、ただ「ショー」としてたのしむには不要と思えるほどの情報量。

 で、ヤマトタケルがあさこなのかー。んで、オトタチバナヒメがかなみちゃんかー。
 つーことで、これまた大昔に読んだ「ヤマトタケル」の物語が脳裏を走っていく。こまった、絵柄がゆうきまさみだよ、若い頃の記憶ってのはおそろしいな。(またそんな、誰にも通じないような話を)

 まあ大まかなキャラとエピソード、展開やら結末は、たぶんふつーの日本人程度にはわかっているので、「クマソ討伐キターッ!」とか、「女装するよね、ワクテカ」とか、「オトタチバナヒメ身投げ〜〜」とか、「ラストは白い鳥」とか、わっかりやすくていいっちゃいいんだが。
 ……ふつー以下かも、あたしの神話理解度。なにしろこんな、ミーハー丸出しのアッタマ悪い知識しかないっす。
 だって国文の学生やってたのって何十年ま……ゲフンゲフン。

 や、アタマ悪いのはもー仕方ないんで、神話はのーみその片隅に留めるだけとして。

 ビジュアルを楽しもう。

 ゆーひさん。
 どんだけ美しいんですか、あーた。

 ヤマトタケルのお付きやって、クマソ討伐で女装してますが、その必要ないから! アンタ、男のままで誘惑できるから!!

 ここの女装シーンは、あさこちゃんがめっさ色っぽいです。禁断の美女のかほり。

 ゆーひさんは、女装するより、男のままの方がエロい(笑)。女装すると、ふつーにきれい、になってしまう。
 難儀な人やな。

 そしてゆーひくん、今回なんかずーっときりやんと一緒にいて。

 大変です。
 きりやさんと、同じ振りで踊らすのはやめてください。並べて踊らせるのはやめてください。

 やー、もー、ほんっとに、ゆーひって、踊れないよね。

 歌よりやばいのは、まちがいなくダンスですか。そうですか。

 なんか今回、きりやんの横で痛感させてくれました。
 ゆひくん、ダンスやばすぎ。

 しかし。

 不思議なもんですなあ。
 そんなあからさまな欠点ごと、ゆーひくんが、愛しいです。

 あのビジュアルで魅了してくれたら、もーソレでいいよぅ。
 きれいできれいで、ドキドキさせてくれるから、もーいいよぅ。

 や、もちろんもっと踊れるようになってくれれば、言うことナシだが。ぶっちゃけ無理だろ……。

 彼が得意する分野で、雰囲気で見せることはできても、本気で踊りまくるショーでは、ゆーひくん大変そう。

 外見の冷たい美しさと、「大変」なダンスのギャップに、改めてキャトレで美しい四つ切りスチールを眺めてウケる。

 いやあ、ほんとにすごいよな。

 大空祐飛って、どんだけビジュアル系なんだ。

 彼が得意とするのは、やはり1がルックス、2がいちおー芝居、3が歌で最後がダンスかな。
 ルックスは個々の好みがいちばん大きく評価に出るところだし、芝居も好みの問題だしゆーひくんもべつにそれほど芝居うまいわけぢゃないし……ハマり役だとすげー飛躍する人だけど、できないこと多すぎだし……ああでも、やっぱり美しい人だ〜〜。

 
 美しいショー作品で、美しい人をたのしみました。はい。
 でも、作品自体はわたし的に微妙かも(笑)。


 あれは2月の雪の日じゃった。
 前日まで快晴だった記憶があるのに、まさかの吹雪。
 車窓から、真っ白な風景と舞飛ぶ雪を見ながら震撼したものじゃった。

 水夏希のトップお披露目初日だ、吹雪でも仕方ない。

 天候すら支配する、水先輩の雨男ぶりに乾杯。
 大阪から名古屋まで、水しぇん会いたさに鈍行に乗った。なんばから4時間ちょい。家からなら、駅までの徒歩だの乗り換えだのを入れて片道5時間ってとこだろうか。

 お金持ちが新幹線でひょいっと行ってしまう距離を、びんぼーなわたしは、チケットショップで購入した近鉄株主優待券握りしめて、片道1400円で名古屋へ行った。

 あれから、半年。
 時は流れ、夏となった。

 どーしたこったい、晴天、つーか真夏日。行き過ぎの暑さ。

 雨男水先輩のハレの日なのに、『エリザベート』東宝千秋楽なのに、晴天ってどーゆーこと? 台風が来てもおかしくないと、覚悟していたのに。

 でもってわたしは。

 青春18きっぷ握りしめて、大阪から旅立った。
 朝5時大阪駅発の始発列車に乗り、京都、名古屋、静岡……と、東海道をひた走り、午後2時半に東京駅着。
 実に、9時間半。片道2300円。

 水くんに会うために、長時間鈍行列車に乗る、つーの、わたしにはデフォルトですか?

 なんでいつも、よりによって水しぇんのときばっか、こんな苦労してんだ……?
 (答え。びんぼーだからです)

 青く広がる空を車窓から眺めつつ、中日お披露目の日の車窓の荒れっぷりを思い出していました。
 あれからもう、半年経つんだね。

  
 はい、水くん運のないこのわたし、雪東宝楽なんてチケットあるわけないですよ。
 それがなんと、maさんがまさかのプラチナチケットを譲ってくれまして。
 行くはずだったお友だちが行けなくなったから、と。
 飛びつくでしょう、そんな。
 公演の数日前のお声掛けだったんだけど、他に予定入ってたんだけど、ついでにお盆真っ直中で交通機関全滅、予約なんて取れるわけないっつーの、という状態であったとしても!
 這ってでも行く。

 結果、往復18きっぷ、19時間電車の中だったりしたんだけど、ぜんぜん平気!

 待ってて水しぇん!!
 あなたのこあらが駆けつけるわ! 鈍行列車を乗り継いで!!( 2007-02-01の日記まんま)

 
 水となと、新生雪組。
 お披露目公演『エリザベート』千秋楽おめでとう。

 新しいスタートで、そしてあまりにも大きなタイトルで、プレッシャーもすごかったのだと思う。
 無事に終わって良かった。

 そして、すばらしい舞台で良かった。

 おめでとう、そしてありがとう。

 
 いやそのちょっと、すごいお席だったんですよ。
 1階SSドセンターで。まさに0番で。
 わたしの『エリザベート』観劇人生で、最良の席っす。ありえねえっす。
 もー、どこ見ていいかわかんねえ。
 終始舞い上がりっぱなし。

 で。
 たぶん、いちばん緑野こあら的に価値があったのが。

 トート@水くんの、尻が目の前だ。

 尻です。
 はい。

 1幕最後、トート閣下は銀橋に寝そべっているぢゃないですか。
 登場したときは真っ暗闇、一見いつ出てきたのかわからないよーになっている。
 が、至近距離ならわかるわけですよ。あ、出てきた。あ、寝そべっている。

 そして。

 あ、尻をこっちへ向けている。

 トート閣下の、尻。
 寝そべって、しどけなく、無防備に、尻をさらしている。

 おお……。(嘆息)

 来た甲斐あったっ。すぐそばに、トート閣下の尻!!

 ふつーなら見えない尻がっ。尻が見えるっ。
 あ、もちろん服着てますよ。閣下ですから、いつもの大仰な扮装なさってます。
 それとは別に、カラダの一部としての尻が、リアルに動いてこう、寝そべっていてだね……!
 銀橋に寝そべって、つーことはだ、客席の目の高さだったりするわけでだね……!

 ……すみません、こんなヤツで。
 こんなヤツがこんな席坐って、猫に小判もいいとこなんだが。

 水とな万歳、雪組万歳!! と、心底盛り上がってきました。

 行ってよかった、観られてよかった。
 今回の雪組再演『エリザベート』が、成功なのかどうなのか、正直よくわかんないんだけど、それでも、感動した。

 水くんを、となみちゃんを、他のみんなを、ますます好きになったよー。
 トートを、エリザベートを、他のキャラクタたちを、ますます好きになったよー。

 あんまりたのしかったので、パクちゃん画伯の描いた「水とな」イラストに対抗して、「ハブとマングース対決」図をマウスで描いてみたりしました……あんまりな出来だったんで、ここには貼れないけどな(笑)。

 maさん、ほんとにありがとうございました。

 突然の宿泊予約だったにも関わらず快く泊めてくれた……とゆーか、予約を入れた翌日には「イベント」として仲間たちを招集してくれたドリーさん、突然のイベント招集だったのに、東組全員まるっと集まってくれた我が愛しのどりーずのみんな、たのしかったよ、ありがとう。

 今年の夏は博多にも行けず、コミケにも行けず、寿美礼サマの退団だけを考えて暗くしょぼんとヘコんだまま過ごすのかと思っていただけに、思いがけなく集まることが出来てうれしかったっす。

 
 まともな観劇感想は翌日欄へ。
 

 『エリザベート』という作品の「魅力」について、つらつら考える。

 なんだってこの作品は、こうも多くの人々を魅了する「力」を持っているのだろう。

 そりゃ、いろんな要因はあるだろうさ。
 その要因のひとつに、さまざまな解釈を容認する、懐の深さがあると思う。

 答えが、ひとつではない。
 それゆえに、多くの人が自由に物語を、作品を受け止める。
 観客が観たいように観、好きもキライも含め、意志を持って論じることが出来る。
 理詰めでがんじがらめになっていない、ゆるさがある。隙間がある。
 たったひとつの解釈、ひとつだけの答えしかない作品なら、こうまで人の心を動かさないだろう。

 だから「さまざまな要因」をひとつずつ上げていくことも無粋ってもんだ。
 答えがひとつではないという魅力を持つ作品なんだから。
 観客ひとりずつが数え上げるべきことであり、ひとりずつチガウところを要因として上げるだろうさ。

 
 とゆーことで。
 『エリザベート』を観てなにを感じ、なにに萌えるかは、本人次第。
 正しいもまちがいもないのだ。

 
 トート@水萌え。

 
 今回のトートは、ヘンナヤツだ。
 シシィを愛しているんだかどーだか、よくわかんない。

 愛しているのだと思うよ。たしかに。
 だがその愛の表現方法が、人間の感覚を超えていて、よくわかんない。

 その「異生物」感が、萌えだ。

 トートはシシィを愛し、彼女の愛を手に入れたいと思っている。
 なのに彼のやることはめちゃくちゃ。
 とても「愛して欲しい」相手にしていいことじゃない。

 好きな相手が嫌がること、彼女に嫌われるよーなことばかりを嬉々として繰り返している。

 ここまでなら「愛情表現のチガウ異世界の存在だから、仕方ないな。人間がナニをよろこび、ナニを嫌うかわかってないんだな」で済む。
 ところが。
 このトートって男の愉快なところは、シシィ以外にはやさしいってこと。

 革命家たちにお愛想してみせたり、ルドルフをいい子いい子してみたり。

 人間の喜ばせ方、知ってんじゃん!!
 彼らにカケラも愛情持っていないくせに、彼らにやさしくし、彼らがのぞむ言動を与え、彼らから愛や信頼を得ているんじゃん。

 その美しい姿でやさしくすれば、人間なんてイチコロ☆てなもんなんでしょう?

 人間のたらし込み方なら、知っている。
 実際に、やっている。
 なのに。

 彼が愛するただひとりの女には、ソレをしない。

 その矛盾が、萌え。

 バカだねえ、トート。
 革命家たちや、ルドルフにしたみたいに、シシィにも接すればよかったんだよ。
 相手が望んでいる言葉をかけてやって、やさしくするの。嘘くさい慈愛の笑みなんか浮かべてね。

 エリザベートだけが知らない。
 やさしいトートを。

 なんて不自由な人たち。
 なんてもどかしく、愚かで、愛しい人たち。

 トートは人間の操り方を知っているのに、シシィにはソレをしない。
 彼はナマの感情でシシィと対峙する。
 野生の魂を持つ少女シシィは、本能のままにトートを否定し、敵として威嚇する。

 孤独なシシィこそが、誰よりもやさしさを求めていたはずなのに。
 ひたすらな肯定と寛容、それを与えたら、簡単に彼女の心を手に入れられただろうに。

 トートが彼女に与えるのは、さらなる試練。
 否定し、追いつめ、戦い続ける。
 切っ先を向け合う剣豪同士のような、緊迫した関係。

 やさしくできたのに、しない。
 知っていたのに、しない。

 そのわけわかんなさが、たまらない。

 「愛するエリザベートに対してだけは、欺瞞のない真実の姿で接したい」から、革命家たちやルドルフにしたようにお手軽な、相手の心を得ることを目的としただけのやさしさを与えなかったのだ。
 ……なーんて理屈は、存在しない、と思う。
 トート、モノ考えてなさそーなんだもん。
 本能的な部分で行動しているように見える。

 無意識にやってるんだろう。
 道具とする人間たちへはやさしく計算尽くで近づき、愛している相手には本音で。

 えーと。
 ふつーソレ、逆だから。
 どーでもいい相手にはどう思われてもいいから本音で好き勝手して、愛する相手にはよく思われたいから計算してやさしくして。

 ふつーのことができない。
 トートの異生物感。
 あまりにも、わたしたちとは別の次元で生きる存在。

 彼の感覚のちがいが、愛しい。

 人間の感覚を持っていたら、もっとふつーだったら、あんなに傷つけ合うことはなかったのに。

 トートとエリザベート。

 鏡のように似たふたりは、似ているからこそ傷つけ合った。

 エリザベートは人間だから、彼女の意志も感情の流れも、わたしたちは理解できるしついていけるけれど、トートは困る、わけわかんない(笑)。
 シシィを傷つけ追いつめ、そのたび拒否されて、そのたび、傷ついて。

 シシィに拒否されると水トートは威嚇したり激怒したりと、過去のトートとはチガウ言動を取るんだけどね。過去のトートのように、人間らしく傷ついたりはしないんだけどね。
 
 それでも、傷ついている。
 感情の発露が人間とはチガウだけで、彼は傷ついている。

 傷ついているのに、彼女の拒絶が彼の胸を引き裂いているのに、血が流れているのに、彼は「痛い」とか「苦しい」を表現できない。
 人間なら「痛い」と泣くところを、攻撃したり激怒したり。
 なんつーか、生理と行動が一致していないみたいだ。「おなかがすいた」と風呂へ入り、「ねむい」と言って買い物をしたり。
 へんだなあ、おなかがすいたからお風呂に入ったのに、ぜんぜんおなかがいっぱいにならないや。ねむいから買い物に出ていろいろ目につくモノを好きなだけ買ってみたのに、ねむいのがなおらないや。
 腹が減ったならメシを食え、眠いなら寝ろ! 他のことをしたって、満たされないっつーの。
 それがわかっていなくて、まちがった行動を繰り返す。重ねていく。

 その、せつなさ。

 トートがトートである限り、こーゆー異生物である限り、誰も彼を救えない。
 彼は飢え、彼は欠けたままだ。

 おなかがすいた……でも、空腹を満たすすべを知らない。
 そんな、不自由さ。もどかしさ。

 一瞬見せるかなしい瞳。
 何故叱られるかわからない子どものような。

 次の瞬間、緑色の蛇は鎌首をもたげ、長い舌を出して威嚇する。

 たしかに、傷ついていたのに。
 傷つけられたときの反応が、人間とは明らかにチガウ。

 バカだね、トート。
 かなしいね、トート。

 そのままじゃ、永久に人間には愛されないよ。
 それでもそのまま、あがき続けるんだね。

 
 トートは結局、変わるけれど。
 「死なせて」と言ってきたシシィを突き放し、「死は逃げ場ではない」と言ったときから。

 わたしたちのいる側まで、翼を失って堕ちてくるけれど。

 それまでのアホさ加減、異生物感が、萌えなの。
 あそこまでバカで、別の次元で傷つき続けていることが、萌えなの。

 そして、それほど確立した異生物が、わたしたち側に堕ちてくることが、萌えなの。

 水トートが好き。

 愚かでもどかしくて、愛しくてならない。

 かわいいよ、あのイキモノ。
 ヘンナヤツ。
 かわいくて、かわいくて。

 泣けてくるくらいせつない、愚かさが愛しい。


 再演雪組『エリザベート』が、正しいのかどうか、成功なのかどうか、わからない。
 過去の『エリザベート』と比べ、なんともいびつであり、どーも別方向へ行ってしまっている気がするからだ。
 これは演出家の意図なのか。それとも、意図したのは別なところにあったのに、結果的にこうなってしまったのか。
 トート@水の異生物感などは、演出家の意図だろうなと思うんだけど。ムラ初日のやりすぎぶりと、一旦おとなしくなってまたそっち方向へ戻りだしたことを見ても。
 ただ、意図だとしても、小池の脳内イメージが正しく表現されているのかどうかはわからん、って感じだ。
 よくも悪くも、収まりが悪すぎて。

 さて、今回の『エリザベート』でわからなかった第一人者は、なんといってもエリザベート@となみだ。
 これほど感情移入できないシシィははじめて。
 ビジュアルは申し分ないし、わたしはとなみちゃん自身ダイスキだし、もっともっと彼女に入れ込んで感動しそうなもんなのに……あれえ?
 役者への好意とかはまったく関係なく、ただ、彼女の演じる「エリザベート」が、わたしにはどうもダメだった模様。

 なにがどう、じゃないんだなこれが。
 どこがダメなの? どこがチガウの?
 べつにとなみシシィ、ふつーにやるべきこと全部やってるじゃん?
 明確に上げられるわけではなく。
 ただ彼女は「チガウ」。彼女は「届かない」。
 わたし的に。

 てな感じだったんだが。

 東宝千秋楽。
 ありえねーくらいの良席で、わたしが思わずオペラグラスを使ったのは、となみシシィの「私だけに」だ。
 さすがにこの席だと、オペラを使うのがかえってもったいなくて。視界を切り取ることなく作品全体を味わっていたのに。
 はじめて、「私だけに」でオペラ使った。
 そうせざるを得なかった。
 なにかに、突き動かされた。

「嫌よ、おとなしいお后なんて」
 ムラで見たときも、否定を歌うときのシシィがもっとも輝いて見えた。
 ムラのときから、「ナニか」があった場面だった。

 しかし。

 1ヶ月ぶりに再会したシシィは、わたしの理解なんか関係ないところへ力尽くで羽ばたいていた。

 ナニか出てるよ、この人!

 「嫌よ、おとなしいお后なんて」と歌うとなみシシィから、なにか出ていた。目を奪うナニか。広いはずの舞台が、狭く感じられる。テレビや映画で、ヒロインの顔がぐーんとアップになる、あの感じ。

 最初に言った通り、結局のところわたしは今回の『エリザベート』がわからないし、そのわからない筆頭がとなみシシィであることは変わらないのだけれど。

 それでも、納得するしかなかった。

 彼女が、主役であること。

 これが彼女の物語であり、理屈とか批評とか先入観とか、そんなものは全部、「まず彼女が在ること」のあとに付いてくるもの、ただの付属物でしかないのだということ。

 彼女が、正しい。
 これがもう、前提であり、絶対条件なんだ。

 それだけのオーラをまとっていた。
 そしてわたしは、彼女にひれ伏した。皇帝フランツがそうであるように、ハンガリー市民がそうであるように。ただ、皇后エリザベートのもとに、膝を折った。
 彼女がどう考え、なにを感じ、なにをしたいのか欲しいのか、わからなくても、ただひざまずいた。
 それが、相応しいことだからだ。

 「私だけに」の熱唱を皮切りに、となみシシィは「ナニか」を放出しつづけた。
 場面によって濃度は変わるけれど、トートと対峙するときに、閃光が増した。

 居室で、「私が踊る時」で、運動の間で。
 彼女がより強く輝くとき、それはかならずトートと向き合っていた。戦っていた。

 彼女の生命が煌めくのは、「もうひとりの彼女」である、トートと対峙するとき。

 誰だって、いちばんキツイのは「自分」を客観的に見せられるときではないだろうか。
 フィルターをとっぱらったうえで、ありのままの「自分」を突きつけられる……それは絶望であり、そこで心を折らないためには、戦うしかない。

 意志の力で運命と、世界と、ありとあらゆるものと戦おうとする生命が、もっとも輝くのはアリだろう。
 彼女が彼女であるために高速で回転し、それゆえに彼女と接触している「世界」との間に、摩擦による熱と光が発せられる。

 となみシシィの「輝き」は、必然であるのだろう。

 シシィとトートが「運命の相手」であることに、納得する。
 似ているとか同種だからとか、理由は挙げられるにしろ。
 ここまで、対峙することで熱と光を発する相手を、「運命の相手」とせずに、なんとする。

 シシィの見せ場である「鏡の間」は、たしかに美しいし威厳に満ちているのだけど、「ナニか出てる」とうろたえることはなかった。
 何故なら「鏡の間」のエリザベートは、トートと対峙していない。トートがいることに気づいていない。あるいは必要としていない。
 だから発光する必要がないんだな。

 いつもいつも、真正面から向き合い、威嚇し合うハブとマングースみたいだった、ふたり。
 全身全霊を上げて、戦う。存在意義を懸けて、戦う。
 「運命の相手」、いや、「天敵」と呼んでもまちがいではないのかもしれない。
 愛し合う恋人同士を表現する言葉ではないが、「天敵」がいなければ、生態系が狂い、地球は傾くのだ。
 だから、「運命の相手」。

 戦闘態勢後(冥界での出会いと「最後のダンス」では、シシィはまだトートを敵と認識していない)、トートと対峙していながら唯一牙を向き合わないのが、ルドルフの葬儀場面。
 丸顔マングースは戦う意志を失い、緑色のハブにその身を投げ出した。

 そこから、ふたりの関係は変わる。

 
 このエリザベート@となみという「現象」には、トート@水という「現象」しかないと思った。

 世界最後の恋人同士であり、共に旅立っていくのが必然であると思えた。

 や、ふつーの恋愛からは、ほど遠い男と女だけどな。
 だけど、彼らは「運命の相手」。
 誰も割り込むことは出来ない。

 
 これほどまでに、トートとエリザベートが戦い続けている『エリザベート』を観たのははじめてだ。
 甘さはないわ、ある意味夢もないわで、とまどったり置いてけぼりになったりと、とてもにぎやかだったけれど、最後の最後に力業で持って行かれた。

 納得するしかなかった。

 彼女が、主役であること。

 彼女が、正しい。
 これがもう、前提であり、絶対条件なんだ。

 
 いやあ、おもしろいものを観た。
 「ナニか」出てる!! という、あの感覚。そうそう味わえるもんじゃない(笑)。

 
 そしてわたしは、のだめマングースと緑のヘビが戦うイメージにアタマを抱え、さらに。

「♪私とアナタは裏オモテ♪」
 と、ハモりながら歌うとなみシシィと水トート(双方ドレス姿)のイメージがぐるぐる回って、途方に暮れております。

 水とな万歳。
 

 フランツ単体で観ていると、チガウ意味でおもしろいんだろうなあ、と思う。
 雪組再演『エリザベート』

 これほど、主役がフランツを顧みない『エリザベート』は、はじめてだ。

 もともとフランツは辛抱役というか、たぶん作品の本質的には2番手役ではないので地味になりがちだけど……でもいちおー、主要人物として、ヒロインの人生に深く関わる人として描かれていたと思う。
 それが、今回の『エリザベート』では。

 主人公エリザベートがフランツにまったく興味を持っていないので、主要人物になっていない。

 とーぜんのことだが、物語は主人公を中心に展開する。
 主人公の人生に関係ある人や出来事がクローズアップされ、それがどんなに大事だろうと主人公と無関係なら物語上は出てこない。シシィがヨーロッパを放浪しているとき日本がどんなだったとか、関係ないから出てこないように。
 歴史上エリザベートの夫はフランツだっちゅーことになっているが、史実がどうであれエリザベートが彼をなんとも思わずスルーしていたら、物語的に絡みようがない。

 いやあ、見事ですね、今回。シシィ、フランツに興味なし。
 おかげでフランツの役の比重がどーんと下がり、脇役のひとりになっている。

 ムラ初日に観たときは、真ん中が大変そうでまだ主役としてのオーラを発するどころではなかったので、フランツ@ゆみこの確実な実力、「ミュージカル」を構築する技術に喝采を送ったんだが。この作品にゆみこがいてくれてよかった!てなもんだったんだが。
 回数を重ねるにつれ真ん中が主役としての仕事をしはじめると、どんどんフランツは地味になっていき……。

 東宝楽では、ここまで脇に回ってますか!

 夫としてそこにいるのに、妻を愛し、「生涯の伴侶はこの私」と必死でアピールしているのに。
 まるっと無視ですか! ヒロイン、興味ナシですか!
 ヒロインの心の視界にいないせいで、すっかり脇役ですか!

 はっきり言って、好みです(笑)。

 物語の中心ライト、というのがあるとして、それはエリザベートやトート、ルキーニといったキャラクタを照らしている。必要に応じてルドルフだったりエルマーだったりを照らしているときもある。
 ところが。
 フランツはそのライトからはずれまくり。シシィだけがぽっかり照らし出され、フランツはその外にいる。彼にライトがあたっていたのは、登場時だとかプロポーズ時だとかの、限られた場面のみ。物語が進むと、彼にライトがあたることはなくなった。

 なのに。
 フランツ@ゆみこはもー、細かい演技をしているのよ!
 ライトからはずれているのに。物語の中心、主人公の視線は彼からはずれているのに。
 主役を中心に観客の目線がある、と仮定するならば、誰も見ていないのに、すっごくきっちり演技しているのよ。心があるのよ。

 それがもー、すげーツボだ(笑)。

 中心ライトのはずれっぷりと、そのライト外の暗いところで、それでも心のある演技を続けている様がステキです。堅実で、がっしり屋台骨を支えている感じ。

 傷ついた表情が絶品。

 てゆーか、よく傷ついてますよこの人。シシィは気にもしてないけど。

 いいなあ、好きだなあ、この人。
 これだけ嫁に無視されまくっているのに、最終答弁でオトコマエにトート閣下にくってかかれるのは、彼に、自信があるからだ。
 たとえどんだけライトの外であったとしても、誰にも見てもらっていなくても、彼はやるべきことをやりつづけたのだから。
 そのことに、胸を張っていい。
 自分の人生を決めるのは、自分自身だ。
 誰が評価しなくったって、自分自身が評価すればいいだけのこと。

 フランツは、自分を認めていたんだね。
 だからシシィを愛し続けられたし、また、最終答弁で「エリザベートは私の妻だ」と断言できた。

 その強さがも気持ちいい。

 ……今までライトの外にいたから、忘れた頃に出てきて胸を張られても、真ん中ライトしか見ていないふつーの「物語目線」の人にとっては、「はぁ? 今さらナニ、この人?」てなもんかもしれないが(笑)。

 
 このハブとマングースが戦い続ける『エリザベート』には、ゆみこフランツでいいんだと思う。
 シシィの夫役ですらない、一歩も二歩も下がった役割が似合っている。
 や、見たことないけどな、ここまで脇役なフランツって。でも、この作品中では、この力加減がいい。

 
 ただ。

 ゆみこだから、こうやって作品カラーに合わせて引いてくれたけれど。

 もしもフランツ役が、絶対に脇役にならない、ヒロインの夫役なんだからその位置を下がる気はないぞ、無視されたままでなんかいないぞ、さあ振り返って俺を愛するんだ、脚本通りの比重はもらうぞ、てな持ち味というか芸風の人が演じていたら、どうなってたかなあ。
 ジェンヌ本人も、そしてファンも、そーゆーものを望むタイプの人が、フランツを演じていたら……。

 これほどトートとシシィの物語なのに、それでも恋敵として名乗りを上げ、パッショネイトに男と女の三角関係を打ち出しただろうか。

 ヒロインがふたりの男の間で迷う図、になったのだろうか。

 せっかくトートとフランツが直接対決する「最終答弁」があるんだから、そういう強いフランツも見てみたかった気もする……(笑)。ただの辛抱役ではない、色男なフランツ。
 トップコンビと、拮抗した2番手男役による、正トライアングル。って、ソレはソレでヅカの醍醐味ってもんだと思うが。

 『エリザベート』という作品には、いろんな可能性がある。

 今回のフランツの無視されっぷりは、実にわたし好みでした。なにしろわたし、樹@『天の鼓』がダイスキだった人ですから!(婚約者を寝取られたうえに、冤罪で死刑判決。命乞いに現れた婚約者は、彼ではなく鼓の命乞いをしたという……トンデモ史に残るだろう悲惨な男)
 や、樹よりずっとずっとオトコマエですけどね、陛下。ヒロインと物語の中枢からまるっと無視されているにもかかわらず、地道にステキ、という共通点が……。

 フランツ単体で見たとしても、めっさ好みの造形なので、きっとチガウ意味でたのしかったのだろうと思う。

 いろんな角度から、目線から、たのしめる作品だもの。


 雪組再演『エリザベート』東宝千秋楽。
 泣いても笑っても、最後の『エリザベート』。このメンバーで演じる、最後の1回。

 トート閣下は、ゾフィーを迎えに来ませんでした。

 残念〜〜。期待してたのにー(笑)。

 ムラ楽にやったとき、思ったよりウケなかったからと、チカちゃん傷ついちゃったのかなぁ?
 あまりに一瞬で、みんな反応しきれていなかっただけだよ。東宝でもやってくれたら、拍手喝采だったと思うよ。

 水×ハマコ(逆?)なんて、すばらしい世界なのになあ。どっしり腰を落ち着けてやってほしいくらいだ。

 
 楽のお遊びは重臣ズが「女の子の宅配実績」を押しつけ合い、収拾がつかなくなる、というものだった。
 ムラでは司祭様が伯爵に押しつけておしまい、だったのが、重臣ズ全員に押しつけ回ししていた。

 なによりわたしは、「名前を早口で呼ぶのが大変そうだな」てことにハラハラしていた。
 だってさー、密告者たちとか名前あってもまず呼ばれることないじゃん? なのにわざわざ「ヒューブナーが」「ケンペンが」ってやるわけっしょ。
 なにより「シュヴァルツェンベルク」って、長すぎ。
 アドリブでさらっと言うには、大変すぎるやろ、この名前(笑)。

 名前噛まないで発音するんだ、誰がどの名前だって観客に対して示すのははじめてだろーし、みんながんばれー。
 と、まったく関係ないところでエールを送りつつ、眺めてました。

 
 2幕冒頭のルキーニ@キムは、ムラからずーっとアドリブを通してきたことになる。
 最後のアドリブは、「美女写真コレクションがた〜くさん」と、ジャケットの前を開くとそこにはキャストの写真がベッタベタ。
 と、そこまではいい。
 問題は……あのー、特徴あるシマシマシャツの男の写真も、入ってますが?
 アレは誰の写真ですか? 美女?
 新公ルキーニ@せしるだと、いいんだけど。
 まさかルキーニ、自分自身を美女カウントしてないでしょうね?(笑)

 何回目かのカーテンコールで、水しぇんがキムをねぎらってました。毎日アドリブすげぇよ、ごくろーさま、てな意味のことを。
 水しぇん、いい人だー。

 
 予想外に、ムラ初日、楽、東宝楽と観ることが出来たわけだけど。

 いちばん拍手の音が大きかったのは、ムラ初日だ。

 あの空気、あの音は、特別だった。
 ナガさんが挨拶で拍手のことに触れたほど、すごい熱気だった。

 みんなが、待っていたんだね。
 水くんのトップスターとしての第一歩を。
 トップお披露目初日ってのはほんと、他のナニにも代え難いものなんだなと、改めて思った。

 楽の拍手が少なかったというわけではないよ。十分熱い拍手に満ちていたさ。
 そうではなく、その場にいた感触として、ムラ初日は別次元だったな、と。

 大作『エリザベート』上演初日、つーのも、そりゃあったろうけど。

 
 よい門出だったのだと思う。
 上級生の少ない雪組が、一丸となって作り上げた舞台。
 らぎくんやら谷みずせやら、ついこの間のバウ公演でごくふつーに高校生役をやっていたような子たちが、ヒゲ付けておっさん役をやって。
 まるまるした下級生たちが、カフェで歌って。

 ずっとずっと、成長したのだと思う。
 この公演を通して。

 その成果をこれから見守れるのだと思うと、うれしい。

 新生雪組。
 過去を否定するのでなく、重ねた歴史の上に、築き上げた土台の上に、より大きく深くあざやかに美しく、花開いていってほしいと、心から願う。

 初演『エリザベート』が、ほんとに好きだったんだよ。
 大切だったんだよ。
 雪組はずーっと、わたしのホームポジションなんだもの。最初の組なんだもの。
 贔屓の変化と共に、担当する組も変わっていくけれど、雪組への愛着だけは変わらない。

 東宝楽、わたしの斜め前の席に、カリンチョさんがいた。
 わたしがヅカに、そして雪組にハマったときに、トップスターだった人だ。
 はじめてのトップスターさんだ。
 雪担として、見送った人だ。
 カリさんは記憶と差異のない、美しい姿でそこにいた。や、昔から年齢不詳だったしな(若い頃から芸風がオッサンだったっちゅーか……ゲフンゲフン)。
 カリさんを見送り、いっちゃんを見送り、ゆきちゃんを見送り、トド……は見送ってないけど(笑)、ブンちゃんを見送り、コム姫を見送り、ここまでやってきた。

 時の流れを感じた。
 あのころあこがれた、ダイスキだったラテンラヴァー・杜けあきが、客席にいる。この人はもうきれいな女の人であり、「男役」ではない。
 時代は変わり、決して戻ることはない。

 ムラ初日、割れんばかりの拍手の音を聴きながら、噛みしめた。

 わたしの大切な雪組に、またひとつ新しい時代がやってきた。
 どんな時代も、愛を込めて見守りたい。


 自分で呼んでいてナンだけど、どうして「水しぇん」っていうんだろう?
 と、思ってはいたのよ。
 どっかで水くんのこの呼び方を耳にして、真似して使っていたのだが。
 どこで?

 答えは思いがけず、『アンコール!スターの小部屋』でありました。

 WOWOWを解約して早数年経つっちゅーに、『スターの小部屋』再放送につられて舞い戻りました。
 デジタルでなきゃ対応してないとか言われて、当時購入したWOWOW専用アナログチューナは無用の長物のまま。デジタル放送にはわたしんち、テレビが対応していないのでいろいろつらいんですが……それでもいいんだ、『スターの小部屋』だけ見られればいいや。

 そうやって再開したWOWOW視聴、肝心の『アンコール!スターの小部屋』はカットだらけの再編集しまくりのひでーもので、結局昔録画した画像ボロボロのビデオテープは捨てられない、という結果を確認したのみ、つー感じだが。

 それでも、改めて10年以上も前の番組を見るにあたって、いろいろいろいろ発見があった。

 その発見のウチのひとつが、「水しぇん」の由来。や、わたし的に。

 それは1996年3月放送の『ME AND MY GIRL』新人公演座談会。
 第1部、2部と別の人が新公主役をやったこの公演において、主演者と主要人物が新公の感想等を語っている。
 出演は水月静、彩輝直、成瀬こうき、水夏希。

 うわー、水くん若いなー。上級生に囲まれて緊張してるなー。研3の終わりくらいですか、これ?
 さえちゃんが研6、おっちょんが研5かぁ。

 ここで、さえちゃんが水くんのことを、「水しぇん」って呼んでいる。

 他の人は「チカちゃん」って呼んでるのに、さえちゃんだけ「水しぇん」!!

 生徒同士での呼び方だったのか、「水しぇん」って。
 それをどっかから聞いて、真似して使ってたんだな、わたし。

 緊張しまくりの水しぇん、ぽやぽやしたさえちゃん、傍若無人系喋りのナルセ……。水月くんはニュートラル。
 ナルセがやんちゃな感じ、こわいもの知らずな感じなのが、隣でカチコチになっている水くんとの対比でオイシイですなぁ。ビバ77期(笑)。

 先日スカステニュースで放送された、『Kean』稽古場レポートの、ドイちゃん、あかしと一緒に喋らされている真風くんを彷彿とするわ……(笑)。

 しかしなんで、さえちゃんだけ「水しぇん」なんだろう……。

 95年の『ME AND MY GIRL』は本公演をかろうじて2回観たのかな。すげーチケ難でなぁ、素人には手に入らなかったのよ。
 発売日、朝7時半集合で抽選、購入時間を決めたあとは指定時間ごとに並び直し、という梅田に出来た行列が、夕方6時を過ぎても続いていたことは忘れられない……。夕方通りかかったら、友だちが並んでいて、「まだ買えないのよ! 信じられない!!」と叫んでいたよ。
 新人公演なんてとんでもない、手に入るわけないって。
 天海祐希時代の月組は、チケット取るの大変だったよなあ……しみじみ。
 天海は現役から『いいとも』に出たり、フライデーだかフォーカスだかの暴露系写真週刊誌に男関係でスクープされたり、とにかくにぎやかな人ぢゃった……。

 なーんて昔話をいろいろ思い出せるのもまた、『アンコール!スターの小部屋』の価値ですわな。
 天海のさばさばした喋り方とか、今の「女優・天海祐希」とぜんぜん変わってないし。

 必死に「ぷちぷち」をつぶすケロとか、トウコちゃんダイスキでカメラを見ないでトウコだけ見つめて話すケロとか、幻の中村B作トンデモ駄作『大上海』稽古場映像、江上さん@ケロの笑顔とか……いかん、ケロばっか探して見てるよー、これだからファン心理っつーやつはよぅ。

 スカイステージと『スターの小部屋』のいちばん大きなちがいは、お稽古映像だと思う。

 スカステも稽古場の映像は見せてくれるけれど、文字通り「稽古中」のものだ。たしかにソレも見たいし、貴重だと思う。
 しかし。
 『スタ小部』のすごいところは、稽古場の休憩時間を撮っていること。
 生徒たちが思い思いに集まって、休憩していたり喋っていたり、お菓子を分け合っていたり、それこそお菓子の箱に入っていたぷちぷちをつぶしていたり、するわけだ。

 おかげで、『風と共に去りぬ』特出稽古中の休憩時間、雪組トップスターと各組2番手スターが集まって、次の『TMP音楽祭』の台本を読みながら「これアヴないよーっ(笑)」とか言い合っている姿がばっちり残ってくれてるんじゃん。
 ナニがアヴないかって?
 彼らが読んでいる台本は、『94年TMP音楽祭−夢まつり宝塚’94−』ですよ。
 ええ、全組が『風と共に去りぬ』パロディをした、あの幻の1作。
 ホモネタを敢行した、星組バージョンを読みながら、「えー、アヴないよコレぇ〜〜(笑)」と、黄色い声上げてるんですよ。
 どこの腐女子ですか、アンタら。

 そっか……ジェンヌもホモネタにはふつーに「きゃあ、アヴなぁい♪」って反応するんだ……そのころにはなかった言葉だが、今なら「萌え〜〜♪」って言ってるんぢゃないですか、そこのトップスターさんたち。
 「これってアヴないよね」とか思いながら、「萌えだよね」とか思いながら、男同士で絡んでたりするんだ……。
 と、放送当時も思いました。

 スカステも、稽古中だけでなく、日常の姿を映してくれたらいいのになぁ。稽古中より休憩中の方が絶対おもしろいのに……。
 
 
 当時のわたしは雪組担当で、他の組にそれほど詳しいワケじゃなかったので、時を経て見直すといちいち新鮮です。

 初舞台生のインタビューとか見るともお、えらいことになってるしなー(笑)。
 きりやんはそれほど印象変わってないんだが、らんとむさんったら、えらいことに(笑)。

 この調子で、早くまっつの期が来ないかなっ、と、ワクテカしております。


 なんだか今とても、なつかしい。

 自分の中で時代が一巡りして、初心に返ったかのよう(笑)。

 昔、タカラヅカにハマりたてだったころ。
 贔屓の雪組しか観なかったし、他の組は大して観ていないから興味もなく、いつも贔屓組の次の演目やら贔屓の出番、役柄についてのみの話題で、きゃあきゃあ盛り上がっていられた。
 あの感じですよ。

 今はもちろん、全組観るし、他の組にも好きな人がたくさんいて、いらん知恵も付いて、西に東にかけずり回っているけど。全組に渡ってたのしみだし、話題にしているけど。

 でもなんか、気分は初心なの。

 はぢめて恋した、あのころのやう……。ぽっ。

 昔のわたしは劇場にたどり着くなりまずプログラムを買って、もしくは観劇の前日までに阪急梅田百貨店の「歌劇コーナー」へ行ってプログラムを購入して、蛍光ペンで、贔屓の名前にラインを引いていた。
 当時のプログラムは、定価数百円でカラーはほんの少し、大半がモノクロのちゃちいものでございましたよ。それでも脚本が全部載っていたので、芝居もショーも、贔屓の出番、台詞だとわかるものにはラインを引いていた。

 や、だって、群舞のひとりとしてわぁーっと出てこられたり、ライトもろくにあたらないところで台詞もなく去って行かれたりしたら、初見ではわかんないじゃん。どんなときにどんな格好で、どんなアルバイトで出てくるかわかんないじゃん。
 一瞬たりとも見逃さないために、出番にラインを引いて予習する。

 はい、天下のトドロキ御大も、昔はそんなんでございましたから。
 新米トドファンとしては、必死でございました。……それでもまだトドはねー、スター街道歩いてきた人だから、他の微妙路線の人より見つけやすかったんだけどねー。

 今のわたしは、プログラムのまっつの名前に、蛍光ラインを引きそうな勢いですよ。
 あのころのやうに。
 や、今のプログラムはでかくて堅くて無駄にきれいなので、昔の「ボロボロにした方が、『使い込んだわ!』という満足感が得られる」てな安いプログラムとちがって、書き込みをしにくい雰囲気だけどな。

 特に今回、寿美礼サマばかりに夢中になって、背景をどの程度観られるのかわかんないしなー……ああでも、どんな場合にしろまっつガン見は前提だろーしなー。うまいこと同じフレームにおさまる位置に、寿美礼サマとまっつがいてくれればいいんだけどなー。

 今までのわたしなら、どの組も万遍なく通っていたのに、「花組に通うから、我慢できるところは、我慢する」という、理性のある大人みたいなことをしているし。
 くそぉ、博多座行きたかったよ、トウコちゃん!!
 月組だって、ゆーひくんの出番がもう少しアレなら、もう少しは通っていたんだ。
 『エリザベート』もムラだけで我慢我慢、チケ難公演で無理してまで観なくてヨシ、その分ムラでがんばって観たでしょう? ……って、そのはずがつい、水くんに会いに、突発的に東宝へ駆けつけたりはしちゃったけどな……(ダメじゃん)。
 いや、でも、わたしとしてはかなりがんばって、「贔屓組」とその他との差別化をしているんだ。全部観たいけど、みんなそれぞれ好きだけど、全部追いかけるにはお金がない。寿美礼サマ退団がわかったときから、全部花組中心に予定を組み直すしかなかった。

 と、「単に甲斐性がないために、全組同じよーな濃度で追いかけられない」という大人としてどうよ?な理由であったにしろ、結果的に花組中心のヅカファンライフを送るしかなく。
 それって必然的に、出会った頃のわたしたちのやうな生活なのよ。
 贔屓組だけ特化したファンライフ。他組が1で、贔屓組が7、みたいな比率。(微妙な数字ですね)

 公式に出ているあらすじを読み込み、ストーリーや役割の想像をしたりしてなー。
 予備知識ナシで観劇、がここ数年の基本だったのに、花組だけは予備知識入れまくりっすよ。
 まっつのジオラモってイタリアの大金持ちなんだー。なんでそれっぽっちの情報で笑えるんだろう……まっつがイタリアの大金持ち……なんか笑える……何故……(笑)。

 そんなこんなでわくわくと、指折り数えて待っています、花組初日。

               ☆

 つーことで 花組公演『アデュー・マルセイユ』『ラブ・シンフォニー』チケット発売日。
 もー今さらだが、トップスター退団公演チケット発売日自分的レポとして書き残しておく。

 
 わたし的に、決戦の日。
 友会でハズれ、自分の誕生日の公演チケット1枚きりしか持っていない(当たっただけでもすげぇよな、友会、誕生日だから当ててくれたの?)わたしには、オサ様千秋楽最前列観劇を狙うことが出来る、最後のチャンスだったわけだ。

 ずいぶん前から「決戦の日」と言い続け、前日から興奮してほとんど眠れず、いきり立って梅田へ並びに出かけた。

 案の定、いつもよりたくさんの人が並んでいた。
 通常の並びでは、600人くらいだ。タニちゃん宙組で400台という記録を出したくらい、年々減ってきている。
 それが、1400人並んでいた。
 通常の倍以上だ。

 フタ桁半ばまでの抽選番号を引ければ、千秋楽が買える、かもしれない。
 たかちゃんの『NEVER SAY GOODBYE』のときが、そんな感じだった。70番くらいまでなら、千秋楽が買えたと思う。
 前楽は無理。最初からあきらめている。何故なら、千秋楽は1枚しか買えないけれど、前楽は3枚まで買えるからだ。
 枚数制限のおかげで、最初に売り切れるのは前楽だよ。ひとり3枚買えるから、楽1枚、前楽2枚買っていくもんね、みんな。
 梅田に関してのみ、楽より前楽の方が入手しにくいんだ。
 なんでたかちゃんのときと比べるかというと、ワタさんのときは白紙を引いたし、コム姫のときもダメダメだったんで、何番でどれくらい、つー経験をしていないのよ。たかちゃんのときは、友人がフタ桁後半だったかを引き、「買えるなら千秋楽を買っていいよ、そのかわりオサちゃんのDCチケット協力してね」てな話になっていたんだ。
 で、どきどきしながら売れ行きを見守っていた。前楽が売り切れ、楽もSから順番に売れていき……。わたしたちの3人くらい前で、完売しちゃったんだよな、たしか。(楽チケは買えなかったけど、その友人のためにオサ様DCチケットは前方席を見つけて、彼女に進呈しましたとも、「買っていいよ」と言ってくれたお礼として)

 最前列は100番台までの番号を引ければ、手に入る。200番前半でも、日を選ばなければなんとかなるかな?
 土日の最前列狙いならフタ桁推奨。
 過去の経験から。

 オサ様千秋楽、それが無理でも最前列、と念じながら抽選に臨み……。

 白紙を引きました。

 1400人中、500人が引くという、ハズレ券。購入資格なし。アンタはなにも買えないからとっとお帰り券。

 や、すげーわたしらしい結末ですが。
 本気で凹んだ。

 なんでこー、わたしの人生はオチがつきまくるんだろう……。笑いオチなんか、欲しくないやいっ。がるがる。

 たしか、たかちゃんのときもすげー張り切って並んで、白紙引いたんだよな……。ワタさんのときは埼玉から駆けつけたのに、白紙引いたんだよな……。
 気合い入れすぎるとはずれるから、できるだけ気合い入れないようにしたつもりだったんだけど……ははは。

 まぁ、並び当日はこんな感じ。記録記録。

 
 はい、今さらなんですが。『マジシャンの憂鬱』の話です。

 犯人がアホ過ぎる、「火事だー、助けて〜〜!」と叫びながら、逃げようとして安全なところに背を向けて、火の中に飛び込んでいく……ようなもんだ、と前に書いた。
 いくらなんでもご都合主義過ぎ、物語を展開させるという目的のためだけに、作者と主人公の都合のいいようにだけ、犯人と事件が動いていく。

 この「いくらなんでもひでぇよな」という展開を、ストーリーそのままでフォローする方法とは。

 犯人側の物語も描く。

 コレしかない。

 『マジ鬱』では、シャンドール@あさこ視点で物語が展開するため、犯人側の物語は一切ない。そもそも「事件」であったことすら最初は伏せられている。
 事故だと思っていた、実は事件だった、皇太子妃は生きていた……など、情報が順番に明らかになっていくことでミステリ的おもしろさを形成している。
 それはわかる。
 わざと、犯人側の情報を制限し、最後の最後で真犯人がわかる、というカタチにこだわったことは。
 わかるけど……。
 今のままじゃ、あまりにコワレてるから、こだわりを手放しても仕方ないんぢゃ?

 つーことで、「ここだけ変えれば、他は全部今のままでヨシ」話っす。や、個人的意見だけどなっ。

 要所要所、コーラスと共に場面転換するところに、「犯人」を出すの。
 シルエットだけで、姿を見せちゃダメ。
 声は機械処理してもいいし、誰かぜんぜん関係ない人がアテてもヨシ。マチヲ先輩にさせるのだけはやめた方がいいんぢゃないかと……ゲフンゲフン。

 その「犯人」が、シャンドールたちの言動にいちいちリアクションするの。
 「言い訳」ですよ。
 なんで「火事だ、助けて!」と言いながら、火の中へ飛び込んでいったのか、観客へ言い訳するの。
 これこれこーゆー事情があって仕方なく、結果的に火の中に飛び込むことになりました、という。
 そうやって説明しないことには、おかしすぎるもの。物語が壊れてしまうもの。

 ただ、この「言い訳」は、描き方によって2種類できる。

 ひとつめ。
 犯人を、徹底的にアホにする。

 幼年向けギャグアニメの悪役みたいに、ものすごーくバカで、目の前のことしか考えられない。
「天才マジシャンが、皇太子妃の事件を探っている? わーん、大変だー、そんな奴殺しちゃえー!!」
 狙撃なんかしたら、事故ではないって宣言しているよーなもんなのに、バカだからしてしまう。
「天才マジシャンを捕まえたぞー。よーし、とりあえずカタコンベに隠しちゃえ〜〜。都合の悪いものはみーんな穴の中だ、はっはっはっ」
 そんなことをして危険はあっても得があるのかと小一時間……。
 万事その調子。
 本物のアホ。
 この場合、クールで美形な部下とかを側に置いて、理不尽なアホアホ命令に唇噛ませて色気を振りまけばヨシ。越リュウあたりで見たいもんだ……(しかし、役割的にもりえになりそうな予感)。

 ふたつめ。
 犯人を、まともであるゆえに、気の毒な人にする。

 器ではなかった、それがすべての過ちだった、みたいな。
「天才マジシャンが、皇太子妃の事件を探っている? なんとか事故で済ますよう、工作は出来ないか? そのマジシャンは金で買収できないか?」
 あくまでもまともな、ふつーの人が考えるだろうことを考える人。
 でも、不幸にも穏便に済ますことが出来ないアクシデントが起き、事態が悪い方へばかり転がってしまう。
「マジシャンを狙撃した?! バカな、そんなことをしたら皇太子妃は暗殺されたのだと自白しているようなものじゃないか!」
 本人の意志とは逆の方へばかり。
「天才マジシャンを捕まえたぞ。口封じは簡単だが、皇太子が信頼している男だ、利用価値があるかもしれん。とりあえず閉じこめておけ」
 あくまでまとも、あくまでふつー。なのに、彼の意に反するトラブルが。連絡ミスとか勘違いとか、すごく些細な、現実に起こりそうなミスで。
「カタコンベに閉じこめた? バカな、あそこには皇太子妃がいるんだ、マジシャンが皇太子妃を見つけたら、すべて知られてしまう!!」
 ありえそうな些細なミスだからこそ、このタイミングで起こることが不幸のコース料理というか……。
「天は我に味方しなかった……」
 とゆーことで。

 なんでこう、ありえない方向へばかり物語が進むのか。
 ご都合主義だとか壊れてるとか、そーゆー風にしたくないなら、犯人側に登場してもらって、ひとつひとつ言い訳してもらうしかない。
 バカだったから、まともだけど運が悪かったから、という風に、解説するためだけに出てきてもらうしかないよ。

 それでも犯人を一切出したくない、シャンドール視点でしか描きたくないっていうなら、壊れていない物語を、一から書き直すしかない。

 犯人はシャンドールを狙撃したりしない。
 だから、ヴェロニカ@かなみんが命がけで彼を守るエピソードは、どこか他で使わなきゃ。パッショネイト皇太子@きりやんをボディガード@マギー、みりおたちが守る、あの愉快なシーンもなくなるけど、仕方ないよな。

 カタコンベでおびえるかわいいヴェロニカの場面もカットだ。他でなにか、同じような出来事を作るしかないな。
 ふたりのキモチが近づいていくエピソードも、みーんなやり直しだ。

 そもそも3年前、つー設定はナシだろうし、皇太子妃が生きているのもおかしい。
 辻褄の合わないことを正していったら、まったく別物になるよなー。

 犯人に人間らしい、のーみそのある行動を取らせつつ、シャンドールとヴェロニカの物語を進展させ、かつ、皇太子妃暗殺事件をミステリとしてまちがっていない組み立てで展開させる。
 ……やってやれないことはないんじゃない? まあがんばれ。

 わたしなら、犯人を出して言い訳させるな。一から作り直すの、めんどーだから。
 そして、今のままでキャラクタたちはかわいくてイイから。

 ほんの数場面、キャラクタと台詞を作るだけで、今のまま壊れていない話になるのに。
 でもって、役も増えて、見せ場をもらう人も増えるのに。

 でもまあ、正塚のこだわりなんだろうなあ。
 犯人は最後の最後まで、伏線のひとつもなくドラマのひとつもなく、名指しされてエンド、ての。


 月組新人公演『マジシャンの憂鬱』を、観られなかった……。

 自分的に、すごーくくやしいっす。
 ここ数年、新公はほとんどコンプリートしてきていたから。星組の『ベルばら』くらいかな、観てなかったのって。まあアレは『ベルばら』だったし、主演がれおんとウメのコンビで「何回目だよヲイ」ってもんだったからまぁ、あきらめもついた。

 『マジ鬱』新公は、観たかったっす。
 でも予定が合わなくて、チケットも手放すしかなかった……。しくしく。
 東宝を観ればいいんだ!と思って日程調べたら、花組新公と丸かぶりだった。
 劇団のバカー! ずらしてくれれば、新公好きは両方行くに決まってるのにー、なんで重ねるんだよー!
 ということで、もう観られないことが確定したわけだ。

 今回観ていないのだから、語るのもおかしいが。

 ここ数回の月組新公を観て、思ったこと。

 順番を守ることには、意義がある。

 龍真咲のことだ。
 なんか最近露出が上がったせいで混乱が生じているが、そもそも彼は抜擢組ではない。
 下級生のときからスター候補生として、特別扱いをされてきた子ではないってことだ。

 彼は新公でもずっと、ろくに役が付かなかった。
 目立った役をもらえたのは、2005年の『エリザベート』のルドルフぐらいだ。
 それ以外は、脇の役ばかり。主要人物は演じていないし、新人ならでは、若手ならではのオイシイ役もやっていない。
 研5でルドルフやって、でも次の公演では副組長の役。

 ふつーの抜擢組の若手スターは、こんな扱い受けてない。
 2学年下のみりおの方が、よっぽど正統に抜擢されて王道を歩いている。

 まさきの場合、ワークショップでいきなり主演するまで、舞台の真ん中に立つ経験をほとんどしていないんだ。
 それでも『Young Bloods!! 』をやり遂げたのはスゴイと思うし、実際すごかった。
 新公で3番手すらしたことない、1回だけ出番15分の4番役をやったことがあるだけ、のあきらかにキャリア不足の少年が、バウホールで主役をやってしまったのだから。

 磨けば光る、場所さえ与えればできる子だった。
 だが、何故か月組では、彼に新人らしい活躍の場はなかった。

 『Young Bloods!! 』以降、まさきはいきなり路線に乗った。前回副組長の役だったなんて、みんなおぼえてないだろーってくらいあたりまえに、トップスターあさこの役を演じた。
 トドロキ出演作品だったので、名目上の主演はマギーだったが、トップスターの役はまさきだった。
 マギーもまた、前回本専科さんの役だったなんて、みんなおぼえてないだろーってくらいあたりまえに、貫禄たっぷりにトドロキ様の役を演じていたしな(笑)。

 そのあとはあたりまえのように、まさきの新公主演が続いた。

 だが。
 思うんだ。

 順番は、大切なんだなって。

 スター候補の新人が、抜擢されて新公でオイシイ役をやり、3番手の役、2番手役、と順番にこなしていくことには、意味があるんだ。

 まさきには、ソレがなかった。
 彼は順当に抜擢人生を、路線人生を歩んでいなかった。
 ちょっと目立つオイシイ役をやり、「アレ誰?」と組ファン以外にも注目されたり、3番手をやって真ん中を支える役を勉強し、2番手を重ねて演じることで真ん中に立つ訓練をし、色悪を演じる。
 そーゆーステップが、路線スターには必要なんだ。

 いきなり主役をやらせても、主役なんてのはキャラクタが大抵決まっているから、芸幅を広げることにならないんだ。

 まさきの場合、ただの脇役ばかりをやって、いきなり「白い二枚目」を続け様にやることになった。あさこの役ばかりをやることになった。
 2番手も3番手も、黒い役も個性的な役も経験していない。そもそも、「少しずつ真ん中に近づいていく」経験をしていない。一場面だけセンター、とかの経験をしていない。
 いきなり、ど真ん中だ。

 これは……おもしろくないよなぁ。

 幅が増えないもの。
 同じになってしまうもの。
 少しずつ場面を与えられてきたわけじゃないから、真ん中に立つために、空間を埋めるために、闇雲に本役をなぞってしまう。

 新人公演主演の龍真咲は、魅力が乏しい。

 あさこちゃんを好きで、尊敬しているのは、よーっくわかる。
 でも、闇雲にコピーするのはどうかと思う。持ち味がチガウのに、そもそもあさこちゃんの芝居を真似るのは、ええっと、まあいろんな意味でタメにならないと思う。

 きりやんの役とか、してくるべきだったよなあ。
 ゆーひの役でも、経験しておくべきだったよなあ。

 順番ってのは、大切だ。
 ステップってのは、上へあがるために必要なものなんだなあ。エレベータに乗ってしまえば上につく、てなもんぢゃないんだなあ。

 と、過去2作の新公であさこちゃんの役をやるまさきを見て、思ったことだ。

 
 でもって。

 新公以外の方が、龍真咲って魅力的だよね?

 『大坂侍』にしても、『マジ鬱』にしても。
 あさこという見本のない、まさきオリジナルの役なら、十分魅力的なんですけど。
 キラキラしてるんですけど。

 レオー@まさき、キョーアクにかわいいよね?(笑)

 極楽の政@『大坂侍』もかわいこちゃんキラキラキャラだったけれど、こちらは毒があった。
 本人の性格ゆえか(笑)、なにをやっても毒が入る人かと思っていたら、レオーを見てびっくり、なんだよ、毒のないかわいこちゃんもできんじゃん!!

 子どもっぽくて純粋な若者。シャンドールの愉快な仲間たちの最年少、弟キャラ。
 あんまりかわいいので、誰とくっつけるか、くっつくのか妄想クラウチングスタート!って感じっすよ。
 やっぱ王道でシャンドールっすか? 彼に片想い、相手にされないところで誰か他の男、あたりがいいなあ。

 腐女子仲間のかねすきさんが自分のブログでラースロ@嘉月さんとレオーの関係に言及しているよーだが、ほら、このふたりって『SLAPSTICK』のときわたしが萌えてたコンビぢゃん!
 マック・セネット@きりやんのチームの大人の色男ヘンリー@嘉月さんが、何故かチームの下っ端少年ルー・コディ@まさきの肩を抱いて退場したりするの。あたしあのとき、「ルー・コディ、その男にはカラダは許しても、ココロは許しちゃダメよ!!」とハラハラ萌え萌えしていたわ!!
 『SLAPSTICK』は2002年だから、5年前か……。
 5年前からすでに、まさきはかわいくて、うまかったんだけどなー……新公でもぜんぜん役はつかなかったなー。

 まさきが新公を卒業することは、いいことだと思う。
 このまま彼があさこちゃんの役をやり続けても、いいことはない気がする。
 むしろ、主演は誰かに譲って、2番手役とかをして勉強するべきだと思うよ。

 だから実は、今回の『マジ鬱』で、新公主演がまさきだとわかってがっかりしたクチ。
 またか、と。

 みりおはどうか、大切に育てて下さいよ、劇団様。
 この子はホント、王道ど真ん中の路線人生歩んでるんだから。
 順番をきちんと踏んで、次はワークショップ主演。まさきとちがい、新公3番手経験、2番手経験を積んだ上での、満を持してのバウ主演。たのしみだー。

 そして、マギーが気になる。
 すごーく才能も実力もある人だが、芸風が暴走系。彼が引くことを覚えれば鬼に金棒なんだが……どうなるんだろう?
 マギーこそ、新公主演をもっと観たかったし、路線の役をやっているところを観たかったよ。彼もまさきと同じ、横からいきなり真ん中へ躍り出たクチだからなー。

 いろいろ好き放題、オマエナニサマ?!なことばかり書いているけど(あ、いつもか)。
 それでも観たかったんだよ、新公。文句も愚痴も、実際観てなきゃ言えませんて。

 まさきにはこれから、誰かの真似でない、自分の役で勝負し続けて欲しいっす。
 

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