新人公演『仮面の男』、キャスト感想続き。

 ポルトス@ホタテくんを見て、つくづくうまい子だと思う。

 とゆーのもだ、ポルトスが「役」だったからだ。
 本役のヲヅキさんは、芝居をしているとか役を演じているというよりも、自分自身のカラーでそこに在る、という色合いが強い。
 実はヲヅキ氏が深遠な計算と精密な作り込みにより繊細に芝居をしてポルトスを演じているのかもしれないが、わたしの目には「いつものヲヅキ」「ヲヅキさんならではのポルトス」に見える。
 それが悪いワケじゃない。ヲヅキさんのキャラクタ自体が魅力的であり、演出家も観客もヲヅキのヲヅキらしさを求めている。彼はそれに応じた仕事をしているんだ。

 しかし新公でポルトスを演じるホタっちゃんはヲヅキではない。
 アテ書きでヲヅキの個性におんぶに抱っこ、それ以外はナニも書かれていない「ポルトス」をどうするか。
 ヲヅキのコピーをすることは出来る。キャラクタとして確立されている「ヲヅキトオマ」を真似ることは、難しくない。
 模倣も勉強のひとつ。それはソレでアリだろう。
 しかし。
 ホタテくんは模倣して勉強する段階は過ぎている。
 だから自分で、「ポルトス」を演じた。

 本役とは別。というか、関係ない。
 ヲヅキさんの影はなく、最初から「ポルトス」という役を考えて作ったらこうなった、って感じ。
 ああなるほど、と、すとんと腑に落ちるポルトスだ。

 キャラ頼みではない、芝居のポルトス。
 なんか新鮮。

 ただ、あまりアタマ悪そうには見えない。まともでおおらかな、愉快な人だ。
 頼りがいあるよなー。なんか、リーダーっぽい……。

 ポルトスが近藤勇で、アトス@あすくんが土方歳三みたいだった。

 ところでこの三銃士。
 すごく、地味だったんですが(笑)。

 他のふたりにも問題はあるが、本公演に比べていちばん輝度が下がったのは、ポルトスだと思う。

 ヲヅキさんって、派手な人なんだよなあ。
 華とか輝き、とかとはまた違うかもしれないが、とりあえず彼は昔から目立つ人ではあった。今ほど出来上がっておらず、丸いぱんぱんの顔とお尻で舞台の端にいたときから、とりあえず目立つ人だった。
 なんつーんだ、輪郭の濃さというか、色合いのえぐみというか。
 パステルカラーの多い中、微妙に黒の混ざった濃い色を持っているというか。

 本公演の三銃士は、ヲヅキの派手さで底上げされている感があるんだなあ。

 だもんで新公、ホタっちゃんはうまいんだけど、輝度の高い人ではなく職人的な艶のある人なので、同系統のあすくんと共にどうにも沈みがち。
 三銃士が本公演ほど目立たないというか、おいしくない……いや本公演でもアレな役なんだけど、それにしてもなおさら。

 アラミス@イリヤくんは、「アラミス」以前に「男役」としてそこにいるだけで「やり遂げた」感があったというか。
 役を語れるところまで行っていないというか。
 経験値も少ないのだろうから、これからがんばってくれ。
 イリヤくんは『RSF』のすげーうれしそーな顔で歌い踊る姿とか印象に残ってるんだが……やっぱもう少し痩せてくれるといいなあ。

 美貌という点ではアトスが群を抜いてると思う。男役としての線の太さ、出来上がりぶりではポルトス。いろいろお勉強中のアラミス。
 てな3人は、なーんか地味だったなああ。
 だがその反面、とても、カラーが統一されていた。

 本公演の三銃士が、どんだけバラバラかわかるっちゅーか(笑)。
 あいつら好き勝手な個性で存在してるもんなー。

 みんなさらに男っぷりを磨いてくれ。


 ところで、ルーヴォア@咲ちゃんがかっこいい。

 ルイ@翔くんの腰巾着ではナイですあの人、絶対凄腕の軍人です。
 文官じゃないよ、だって誰よりも強そうだもの。

 最後のところででかい剣を持って登場するじゃないですか。
 うわっ、強そう!
 本公演では加勢がないと絶対やられちゃうことが丸わかりな小柄で華奢な人だったけど、新公では誰より体格いい。
 逃げてダルタニアン@まなはる、逃げて~~!! 絶対かなわないよ、勝てるわけナイよ!

 咲ちゃんの男役としての出来上がりっぷりは、こういった新公やワークショップでは顕著ですな。
 衣装の着方もわかってない、立ち方ひとつわかってない、そんな下級生たちの中では群を抜いてかっこいいっす。

 本公演のモリエール役もそうだけど、咲ちゃん、ヒゲ似合うね! ヒゲ姿だと丸顔も引き締め効果アリ、すげー色男っす。

 彼が登場すると「スター来た!」と思えるからすごい。
 彼の育て方、抜擢の仕方には物申したいことがいろいろいろいろあるんだが、素質はあるんだから間違えずに育てて欲しいと、心から思ったナリ。


 ハウルは水戸黄門……。
 91期はこれが最後の新公だよね、それで役が水戸黄門……。

 いやその、登場した途端、あまりに小さな黄門サマで、娘役がやってるのかと思った……声も甲高いのでさらに女の子かと……顔を見たらハウルだった……。
 わざと甲高い声でやっているのでしょう。よりわかりやすいギャグ場面として。
 うまかった。
 『ZORRO 仮面のメサイア』の新公を思い出した。
 かわいかったし、こーゆー役はうまいのだと思う。
 素顔の美貌とうまく折り合いを付けて、落としどころを見つけて、長くこの花園にいて欲しいと、心から思う。
 ハウル好きだー、かわいいー。


 最近とっても大好きな央雅くん。
 酒場の主人がイケメン。
 優男風つーか、よわっちいのがまたステキ。
 しかし、ほとんどモブばっかで、本公演と変わらない気がする……残念、もっと役を演じる彼が見たかった。


 モリエール@りーしゃがうまくてびっくり。
 りーしゃというと美貌担当の人、というイメージで、芝居とか声とか気にしたことなかった。(失礼な)
 こんなにうまい人だったのか。
 滑舌しっかり、明瞭な歌声で、「早わかり世界史」がとてもよく聞き取れた。
 台詞間違えちゃったのはまあアレだが、こんなにおいしく成長してくれていたんだと、忘れ去りたい『忘れ雪』で台詞もろくにないバーテン姿で客席のケロファンの話題をさらった彼を、感慨深く見つめる。


 ところでわたし、やっぱ翼くん好きっぽいです(笑)。
 今回はボール係と神父、そして囚人、声を聴くたびにいい感じだわーと思う。
 顔はぶっちゃけ好みではナイんだが、そんなのまだ若いからこれからどう変わるかわかんないし。つか、確実に公演ごとにいい顔になってきてるし。
 みやたんに似ていると個人的に思っているので、モブでも目につくしなー。
 まったり眺めてます、がんばってくれー。
 新人公演『仮面の男』キャスト感想続き。

 あすくんはなんつーか、もったいない子だなあ。

 彼を見ていると、心がもやもやヒリヒリする。
 きれいで歌ウマで声がよくて、男役としての着こなしも芝居も悪くない。この学年にしちゃーできている、うまい。ダンスだってできる。
 こんだけ何拍子もそろっていながら……足りないモノがある。
 まず、身長。
 そして、華。

 あああ。
 なんですかコレ、誰に対しての評価ですか、どこかの誰かさんが世間的に評されているのと同じじゃないですか?
 そしてそのどこかの誰かさんの役を、新公でやっちゃうわけですよ。

 アトス@あすくん。本役まっつ。

 うまかったです。
 ほんとに、うまかった。
 声もいいし、かっこよかった。きちんと芝居していて、こんな話なのにアトスとして気持ちをつなぎ、違和感のない作りになっていた。
 きれいだし、歌うまいし。
 文句ない新公ぶり。
 なのに。

 アトスって、こんなに地味な役だったんだなあ、と思った……。
 本役もそうなのかな。わたしがまっつ贔屓ゆえに気付いてないだけ? こんなに出番なくてしどころのない、地味な役だっけか。
 や、この狂った作品、みんなしどころない役ばっかだけど。

 『ロミオとジュリエット』新公で、まっつを見慣れた目には、新公のがおりベンヴォーリオのサイズの違いが驚きだった。がおりでかい、スタイルいい、かっけー。
 その、大抵誰がやっても、まっつより大きくて当然なので(まっつは男役としては80期以降の公式最低身長っすから!)、新公ではわりとサイズ感の違いに驚くもんなんだけど。
 今回は、見慣れたサイズ感だった。
 違和感ナイわー、声も似てるわー。

 小柄な歌ウマさんって、ほんっと出遅れるんだよね。
 長身さんやダンス売りの人たちなら、群舞のすみっこ、ただ舞台にいるだけでも注目してもらえるけど、歌は場を与えられないと発揮できないから。数人口ですらダメ、ソロでないと。
 本公演でソロをもらえる立場になんて、いつになったらもらえるのよ? それじゃ観客に認識されないから人気も出ない、それゆえますます立ち位置も上がらない……負のスパイラル。
 新公やバウで歌ったところで、一部の人にしか届かない。タカラヅカはなんつったって本公演で活躍してナンボだから。
 そーやってはがゆい思いをしてきたファン人生。なんかいろいろとかぶる……ああ、心がひりひりする。

 『ROYAL STRAIGHT FLUSH!!』で4人口に入り、銀橋にも乗っちゃってるレオくんと、その他大勢として本舞台にいるあすくんに、ちょっとアタマを抱える。
 基礎的な実力があるのはあすくんだと思うんだけどなあ。
 タカラヅカ的な美貌は、「**の場面にいた**の衣装の子はなんて名前? きれいだった」と人から聞かれるくらい、ふたりとも美形。
 最近の彼らに差がついてきたとしたら、それはひとえに「経験値」かなあ。
 全ツ『黒い瞳』『ロック・オン!』、ワークショップ『灼熱の彼方』でちゃんとした役と出番とセンターに立つ経験を与えられたレオくんと、『ニジンスキー』『H2$』とその他大勢のモブしかできなかったあすくんの違い?
 吸収率のいい若い子は、この時期にナニを与えられたかで成長率がどんと変わるよなああ。

 と、話が逸れたが。
 サンマール@レオくんの輝きっぷり(少々トンデモ風味)と、アトス@あすくんの堅実ぶりが興味深くてなあ。
 サンマールが3番手役に見えたんだもん……。本公演も、新公と同じ演出でコマが銀橋渡ったら、彼が3番手に見えるのかしら……まっつより芸風派手だもんな、コマくん……あああ。(自虐)

 なんかいろいろと悩ましいです。
 そして、わたしは、あすくんが好きです。

 なーんか地味なアトスを見ながら、しみじみ思った。
 うわー、この子好きだー。すごい心臓ハクハクする(笑)。

 いや、地味っつっても十分スターなのよ?
 ある程度の華はある、もちろん。
 ただこの作品の中心になるほどの閃光ではなく、それゆえに作品をぶっこわすこともなく、自分の仕事をきっちりこなした上でそれに相応しいだけの光を出している、というのが。
 そのまともさというか、まじめさというか、はじけられなさというか。
 いちいち、好みだ(笑)。

 光は経験によって変わるので、これからあすくんがばーーんと輝いてくれるといいな。

 てゆーか劇団様、同期売りしようよ同期売り!!
 こだまっちは欠陥だらけの人だけど、『冬物語』がそうであるように、商売になる並びを作ることができる人なのよ。
 本公演のボール係、あすレオの可愛らしさに注目している人たち多いんだから!
 「作品も場面も最悪だったけど、とりあえずボール係の男の子ふたりはうまいし可愛かった」ってみんな言うもの!!

 と。
 なんか新公感想というより、あすくん(と、レオくん)を好きだという話になってしまっているような。ありゃりゃ。


 あすくんアトスは、ルイ@翔くんをまったく許していない風なのが良かったです。
 脚本のせいで、弟が死んだばかりだというのにアトスは歌い踊らなきゃならないんだけど、あすくんは心底笑っていない様子。
 まっつの老練さのあるアトスとはまた違う、とことん硬質な感じが鋼の男風で格好良かった。
 『DARK SOULS』に夢中になるあまり、ますます更新が遅れていますが(笑)、新人公演『仮面の男』のキャスト感想行きます。

 煌羽レオが、スターだ。

 びっくりした。

 『仮面の男』初日を観たとき、あまりのことに新公を憂いた。
 コレを、舞台人スキルの低い下級生たちが演じるのか……。
 特に、看守長役。
 初日の観客のドン引きっぷりはすごかった。さぁーっと血の気が引き、温度が下がる。だけど舞台の上でがんばっているジェンヌさんへの愛情は有り余っているから、引いちゃいけない、それじゃジェンヌさんが可哀想だ、でもコレは無理、心が凍るのを止められない、でもダメ、がんばって観なきゃジェンヌさんが痛々しい……と、葛藤がそのまま劇場内に広がり、満ち、ますますサンマール@コマが大変なことになっていた。

 新公でコレやるの、誰……?
 コマくんでさえあんなことになっていたのに、下級生がコレやるの……?

 初日はなんの先入観もないままだったので、客席が凍り付くのを誰も止められなかったけれど、「そーゆーもの」とわかってしまえば二度とあんな空気にはならなかった。
 いやはや、貴重な体験をした。
 空気って凍るんだよ、マジ(笑)。そして、それでも舞台で歌い踊るジェンヌさんへの愛情ゆえに葛藤する、そのとまどいも空気には現れる。
 タカラヅカってすごいね。舞台も、そして観客も。

 本公演は3回観れば慣れるので、コアな観客はもう監獄場面で引かない。
 そーゆーもの、とわかって観ている。
 だから本公演初日のコマくんほどの大きなハードルは、新公にはない。
 観客はみんな味方だからだ。

 しかし、サンマールが大変な役なのは、確か。

 観客がドン引きして当たり前、の場面を牽引しなければならない。
 これは歌や芝居の技術や実力「以外」の能力が試される。

 つまり、タカラヅカ力。

 華とか輝きとか、ハッタリとか、そーゆー部分。

 本役のコマくんは、華のあるスターだ。だからこそ力技で持っていった。支えきった。
 どんだけ実力があろうと、ハッタリの利かない地味な人は無理。さらに痛々しくなって、観客がつらくなる。

 ある意味、この場面をこなせるかどうかで、そのジェンヌが真ん中向きかどうかわかる。
 技術よりも華とハッタリを試されるのだから。

 そして。

 煌羽レオは、やってのけた。

 ちょ……マジやってのけた! こなした、乗り切った、盛り上げた!

 しかも演出が替わり、本公演よりサンマールは派手になっている。
 銀橋に出てきたときはどーしたことかと(笑)。新公ではサンマールが3番手役なのか?

 観客を味方に付け、レオくんサンマールは銀橋で歌い踊った。
 手拍子を力にしているのがわかる。後押しされているのがわかる。
 彼がどんどん「前」に出てくるのがわかる。
 物理的な前方という意味の前ではなくて、キモチの上での「前」。

 この子、スターなんだ。

 スターとしての素質を持った子なんだ。
 それは技術や後天的な努力でどうにかなる部分じゃない、持って生まれたモノ。

 過去の「華」だけで存在していたスターたちに比べるとあまり華やかな力ではないんだけど、質実剛健が売りの雪組では、レオくんの華は十分あざやかだ。

 うわ、おもしれぇ。

 シンプルに、そう思った。
 この子、やっぱ面白いわー。

 それに、成長度合いが半端ナイ。
 『ロジェ』新公のオンナノコゴエ棒読みっぷりっから、毎公演成長し続けている。
 本公演のボール係にしろ、ショーでの姿にしろ、今ここで、というところできちんと注目を集めている。

 こんだけ毎公演成長してくれたら、観ている方は楽しいよなあ。応援しがいがあるよなあ。
 観客の手拍子で、応援のキモチで、「前」へ出てくるなんて、堪らないよなー、「うわ、今わたしたちがこの子を育ててる?!」みたいな錯覚を与えてくれるよなー。そーゆーキモチを与えてくれる子は強いよ、だって応援したくなるじゃん。

 最初から技術点の高い同期のあすくんと好対照。
 あすくんとコンビ売りしたら売れると思うんだけどなー。雪組って新人の売り方ヘタすぎるから無理なんだろうか。
 もったいない、じれったい。

 監獄場面でスターとしてのハッタリを見せたあとは、「黒い役」としてちょーカッコつけて舞台にいるのがニクい(笑)。
 大階段立ち回り場面とか、黙って立っている姿、ナニあれカッコつけすぎ。
 こいつ、絶対自分をカッコイイと思ってるわー、やだー、かっこいー(笑)。

 そして、最後の最後に笑わせてくれたのが、幕が下りたあと。
 この大変な芝居が終わり、緞帳が下りました。本公演では何故か下りない幕が下りた。(本公演は暗転で終了、何故か幕を下ろさない)

 再び幕が開くと出演者全員が並んでご挨拶になる。
 そこでは好きな衣装を着ていいらしい。着替える時間のない人は仕方ないにしても、自分で選べるのだと聞いた。
 『麗しのサブリナ』新公で、アーサーが場違いな総スパン衣装を着ていたよーに、どの衣装を選ぶかでそのジェンヌの性格や思い入れが見えたりする。

 レオくんは幕が下りる直前まで舞台にいたので、ふつーに最後の場面に着ていた銃士隊の赤い軍服姿だろう。アレかっこいいし、十分だよね……と、思っていたら。

 サンマールのキンキラ衣装に着替えてきやがった(笑)。

 まさかの早変わり!(白目)
 時間ほとんどなかったろうに、早変わりしてまでその衣装!!
 そうまでしてその衣装!!

 ロココな世界観の中に、突然キンキラショー衣装。たったひとりでキンキラ衣装。
 そりゃ、水戸黄門もいるけどさー。そっちも十分変だけど、とりあえずあのひとたちは地味だからさー。
 キラキラスパン衣装は、ひとりだけ浮きまくってる(笑)。

 ウケました。
 その自己顕示欲っちゅーか、やる気っぷりに。
 スターたるもの、空気なんか読んでちゃダメだよねー。主役より派手な衣装で挨拶するくらいの勢いがなきゃ。(立ち位置は学年順だから端の方・笑)

 面白いなあ、レオくん。
 劇団様、この子にすぱっと新公主演させてみてくださいよ。調子に乗らせた方が面白いタイプだと思うので、勢いづいてるままに抜擢して欲しい。
 1観客として、そう思う。
 待ちに待った『DARK SOULS』が発売になり、無我夢中でプレイしていたので、へとへとっす。てゆーか『DARK SOULS』の祭っぷりときたら……。オンラインプレイを楽しみにしていたので、そこはがっくりですよ。

 てことで、すっかり出遅れたけど。
2011/09/22

『タカラヅカスペシャル2011 ~明日に架ける夢~』について(追)
※その他の出演者が決定いたしました。

『タカラヅカスペシャル2011 ~明日に架ける夢~』
監修・構成・演出/三木章雄
構成・演出/中村暁、中村一徳

【出演者】
(専科)轟 悠、未沙のえる
(花組)蘭寿とむ、壮 一帆、愛音羽麗、桜 一花、華形ひかる、朝夏まなと
     望海風斗、瀬戸かずや、鳳 真由、蘭乃はな、月野姫花、実咲凜音
(月組)霧矢大夢、青樹 泉、星条海斗、龍 真咲、光月るう、明日海りお
     蒼乃夕妃、彩星りおん、宇月 颯、紫門ゆりや、煌月爽矢、花陽みら
     愛風ゆめ、珠城りょう、愛希れいか
(雪組)未涼亜希、沙央くらま、蓮城まこと、愛加あゆ、彩凪 翔
(星組)涼 紫央、柚希礼音、夢乃聖夏、紅ゆずる、夢咲ねね、白華れみ
     壱城あずさ、美弥るりか、音波みのり、真風涼帆、芹香斗亜、華雅りりか
     早乙女わかば、麻央侑希
コーラス(星組)礼 真琴、紫 りら、妃海 風、真衣ひなの、紫藤りゅう、五條まりな        

※宙組は東京宝塚劇場公演中のため出演いたしません。


 まっつ、『タカスペ』出演!!

 マジっすか。
 ほとんどあきらめていたので、うれしい驚き。

 10月アタマに『仮面の男』が終わって、それきり来年まで3ヶ月も会えないのかと、がっくり来てたもん。……東宝遠征する気力が、作品ゆえにわいてこなくてね……チケットもないしさ……いやそれでも、結局寂しくなって行くんだろうけどさ……。

 でも12月に会えるんだー。ブランクは2ヶ月で済むんだー。んじゃ東宝行かなくて済むかなー。
 って、言いつつ東宝も行ってるんだろうけどさ……。(往生際悪い)

 雪組は5人だけの出演だから、パロディ1場面はナシで歌だけかな。去年の月組みたいに。あうう、キムくんたちも出て欲しいよー。
 『ロミジュリ』パロ見たいなー。作品パロ見たいなー。がっつり1場面見たいなー。

 と、考えて。

 今、本公演で、イベントのパロディ芝居みたいな出し物、やってんじゃん。
 そっかあ、雪組は『タカスペ』でパロディ場面に参加できないから、それでこだまっちは気を利かせて本公演でパロディやらせてくれたんだね! わーい、毎日が『タカスペ』だあ。
 ……なわけないだろう、こだまっちめ……(笑)。

 まっつが『タカスペ』に出てくれてうれしいのは、もちろん彼を見られる機会が多くなることへの喜びがいちばんなんだが、さらにもうひとつ。

 雪組デビュー1周年だということ。

 去年の『タカラヅカスペシャル2010』でまっつは、はじめて雪組生として舞台に立ったんだ。
 ナース姿で。

 プログラムで3番手位置に写真掲載され、芝居アリの第1部では雪組の3番目位置、第2部のショーになるとその他大勢扱いという、今の公演と同じじゃんという扱いをされてましたなー。その点一貫してるのか、劇団の態度は。
 今年もプログラムの3番手位置に載るかどうかはわかんないけど、個人的に雪組デビュー1周年を祝いたい。

 他のみんなもスター盛りだくさん!
 あきらが入ったのがうれしいなー。去年は下級生のまゆくんは出ていたのに、あきらはトバされていたもんなあ。
 娘役も例年に比べてたくさん出るし。

 マヤさんも出演。
 トドとコンビで『おかしな二人』コーナー有りなのかな。
 ……マヤさんと『タカスペ』というと、マルグリットの印象が強くてな……(笑)。

 なんにせよ、楽しみです。
 演出が大幅に変更されていた。

 雪組新人公演『仮面の男』

 演出刷新っす、これまた前代未聞。
 1本モノの本公演を95分にまとめる、以外でここまで演出の変更になった新公を観たことがない。
 どんだけ不評なんだ、本公演『仮面の男』の演出。

 新人公演で大きく変更になっていたのは、「ルイの悪趣味」場面と、「監獄」場面。
 その他でもいろいろ小さな変更はある。
 ルイ13世の顔が窓から見えたり、無銭飲食の黒子が動かす瓶の軌道と、それによって起こるドタバタが違ったり、メガネっ子のドジ店員がいたり。
 小さな変更はお遊びの類で、通常の新公にもあるレベル。
 やはり問題は、大きく変更された場面の「意味」だろう。

 一般的に「不評」とされている部分が、変更されていた。

 一般っつったって、統計があるわけじゃないけどさ。わたしが見聞きする範囲で一般。

 ルイの夜のお相手選びの「人間ボウリング」にて、淑女たちがボウリングピンを表すおかしなかぶり物ナシ、ふつーだった。
 そのため数字がないので、巨大メガホンが読み上げるのは数字ではなく、名前だった。ちなみに勝者はカトリーヌというらしい。

 勝者とルイのラブシーンにて、その周囲で貴族男と淑女がダンスをするんだが、ここの淑女がふつーだった。
 淑女は自分の足で踊っていた。
 本公演ではふくらんだスカートの中でローラーのついた低い台に坐り、がに股でその台を滑らせるように踊っていた。それによって子どものようないびつな体型の貴婦人が出来上がる。
 正視に耐えない姿だった。当時の女性観とか扱いとかを風刺しているつもりかもしれないが、その描き方は倫理に触れるというか、「それはやっちゃいけないことだよ、こだまっち」と言いたくなるよーな生理的な不快感を持つ表現。
 それが変更されていた。

 ルイーズの初登場、電光矢印はナシ。ふつーに登場。

 ルイーズを見初めたルイに対し、「めずらしい」と歌う淑女たちは唇のパペットなし、ふつーだった。
 アニメ声の歌は同じ、だけど毒々しいクチビルの代わりに扇を持って登場。
 クチビルしか出ない窓や扉の中から、ちゃんと淑女たちが顔をのぞかせて噂話をする。扇で口元を隠しひそひそ話風に、扇をひらひら回しいかにもゴシップに夢中な上流階級の人々といった風に。

 もっとも大変更されていたのが、サンマール司令官の大囚人ナンバー。

 生々しいうめき声のコーラスではなく、わかりやすいお笑い風のアクションに変更。
 本公演の、鞭打つ→うめく、ではなく、鞭打つ→おかしな格好で飛び上がる・ポーズを付ける、なので、あまり痛そうじゃないというか、コントっぽくなっていて、苦しがられるより観ていて楽。

 首つりロープとダチョウ倶楽部ネタはカット。
 そこまでの携帯電話×2はあるんだけど。
 「白状しなければ処刑だ! ……これがなんだかわかるか?」と、囚人たちに首つりロープを配る……ところからカット。ロープ無し。
 ゴーストバスターを踊ったあと、調子に乗ったサンマールが「グー?(goodの意味のグー。オレってイケてる?系の確認を周囲にする)グー……グ、グ、グ、グランドフィナーレ!!」と、無理矢理つなげていた。
 正直苦しい。「グー?」から「グランドフィナーレ」って……このつなげ方は無茶。でも、イイ。よくやった(笑)。

 処刑された囚人が天使の羽根を背負って笑顔で踊ることもなく、首からロープをかけた囚人たちが踊ることもなく、ふつーに生きて元気な人たちが歌い踊っていた。
 場面の時間調整に必要なのか、サンマールが銀橋でパフォーマンスすることになっていたけれど(笑)。

 あと、目立つところでは、ミラーボールが、回らなかった。
 一大ページェントの大女優が人間ミラーボールとなってつり上げられるところ。スカートを開くとそこにミラーボールが!! ……までは同じ、本公演では大女優自身が手でミラーボールを回すんだけど、それはナシ。
 ただミラーボール風の衣装を着ている、というだけになっていた。


 これだけ「不評」なところの変更なので、新公演出担当の原田くん個人の変更ではなく、劇団指示が入ったとみるべきだろう。
 基本的には95分モノの新公は「お遊び」「独自の解釈」は入れても「変更」はしない。
 本公演と新公の演出家が同じの場合は、キャストに合わせて役の比重やキャラクタを変えたり全体のカラーを変えたりといじってくることはあるけれど。それでも「変更」ではない。

 新人公演の演出変更は、あくまでもはみ出した箇所の修正でしかない。
 色を塗っていて、枠からはみだしちゃった、てなとこを修正液で訂正しただけのこと。
 根本は、直っていない。
 はみだしたところだけ修正液塗っても、そもそもその絵自体間違ってるから!

 ストーリーがほとんどなく、本筋と無関係のどーでもいい場面がえんえんえんえん続いているのは同じ。水戸黄門が出てくるのも看守長がえんえん歌い踊り携帯電話が出てくるのも同じ。主役ふたりが銀橋でえんえん影絵をしているのも同じ。

 いやだなあ、と思ったのは、「みんなが文句言うから、その嫌だってところを修正しましたよ、これで満足でしょ?」と、てきとーにあしらわれたよーな感じの作りだったこと。

 たしかに嫌だったところ、明らかに不快を感じる人が多いだろう、こだまっちの異次元感覚ゆえの場面は修正された。
 でも、そーゆー問題じゃない。
 なんつーんだ、「料理に虫が入ってた? すみませんね、んじゃ新しい料理に取り替えますよ、これで文句ないでしょ」って虫の入っていない皿に替えてくれても、そもそもコレ、料理ちゃうやん、食べられへんやん!な部分はスルーされた感ゆんゆんというか。

 こだまっちの『仮面の男』は、作品全体の作り、土台の部分が間違っている。
 だからその上の表層の飾り部分だけ修正したって、その場しのぎでしかない。
 土台から変更をしないことには、無意味なんだ。

 とゆーことが、よくわかった。

 だってさあ。
 物語も登場人物もまったく描けてなくて、力が入っているのはわけのわからん「留学帰りのワタシを見て! ほめて!」というこだまっち自己顕示欲場面なわけよ。
 で、作品的に力の入っている部分を「不評だから」と全部修正液で塗りつぶしていったら。

 すげー地味。

 もっとも力のある部分を否定し、おざなりな部分だけにすると、作品自体が沈む。
 こだまっちの悪趣味がいいわけではまったくないが、そこがいちばん力の入った場面、という作りであることは確か。そこを否定し、ちまちまと修正したら、ただの地味なつまらないだけの作品になる。
 ただひたすらふつーにするだけ。メリハリの派手な部分だけ削っていく作業。ただ平坦に。根本の歪みは無視して。
 だってストーリーが「ない」のは変わってないのよ?

 塗りつぶしばかりの本なんて読めたもんじゃない。
 本文の大半をただ黒く塗りつぶしただけの本を、「改訂版出ました、どうぞお買い求めください」と商品として発売するのか、この会社。

 や、今回は新公だから、それでもいいけど。
 ただ、今後演出が変わり、新公と同じになるだけなら、それはそれでアタマを抱えるわ。

 修正が入ったことは、うれしい。
 世の中的に本当に不評であり、間違った演出なのだ……と、劇団も理解したということだろうから。
 てゆーか、それを理解すること自体、前代未聞。劇団はどんだけひでー作品も、観客の声なんざ見ざる聞かざるを決め込んで完全スルーだったもの。
 だからこれは快挙。
 ありえないレベルの出来事。

 しかし、この小手先だけ、口先だけの逃げ口上、臭いものに蓋、で、してやったりと思われていたら、嫌だなあ。

 問題は、解決されていないのに。
 『インフィニティ』の解説ページに、画像がUPされました。

 ちょ……び、びみょー……。

 赤? 何故に赤。まっつに赤。つか濃ピンク? 気合いのオペラレッド、気合いの口紅。
 やっぱ地味すぎるから色だけも派手にした結果?
 それとも稲葉せんせ、「まっつは黒髪だから、黒に映えるように」と赤を用意していたら、まっつ今パツ金だからさらにぼやけた?
 てゆーかジャケット、サイズ合ってなくね? 小さい方の腰まで映ってる画像、服の中でカラダが泳いでる気が……。
 小さいからちょっとでも大きく見せようと?(ヲイ)

 なんだろう、この全体に漂うダサ感は……と、まっつメイトにメールしたら、「地方のホストっぽい」と的確な表現が。
 あー、たしかに……。チェーンネックレスがまた……。

 稲葉せんせ、まっつは今まで稲葉せんせが仕事してきたスターさんたちと違って撮影慣れてないんですよ、すでにあるイメージ踏襲の再演じゃないオリジナルポスターなんて、巴里祭しか知らない人なんですから! そして巴里祭もとってもアレなことになっていた人なんですから!(ヲイ)

 しかし、内容のわからない画像だわ。
 ジャケットのとんでもない色はタカラヅカだから度外視するとしても、開襟黒シャツにチェーンネックレス、黒のポケットチーフの男って、ちんぴらかホスト以外にナイよなあ。

>人間が持つ「声」。そしてその声が折り重なり生まれる「ハーモニー」。それは人に愛や
>癒し、明日への活力を伝えることが出来る。“インフィニティ”とは無限大と言った意味
>であり、「声」が生み出す無限大の力を、世界中の名曲に乗せてお届けするショー・エン
>ターテイメント。

 とゆー解説で何故こうもちんぴら……(笑)。
 ふつーに黒燕尾でよかったんですよ、稲葉せんせ……。

 しかし、あまりに花組っぽいのでウケた。
 まっつってば花男だよなああ。

 この画像(まったく同じでないにしろ)に、あと何人か雪っこたちが加わるんでしょ? みんなそれぞれポーズ付けて立ってるだけのコラージュ? どうあがいてもお洒落にはならない予感。
 み、みんながんばれー。つか、稲葉せんせがんばって。

 公式サイトの「公演案内」、一覧の画像を見ると、雪組だけ「ただ突っ立って撮影しました」ばかりでちょっとツボる。
 『仮面の男』も『SAMOURAI』も『インフィニティ』も、ただ立ってますよ。他組画像はポーズ付けたりいろいろなのになー。こーゆーとこ、雪組っぽいなー(笑)。


 今日は新公なんだが、この天気でサバキは出ているだろーか。←相変わらずチケット持ってない人。
 みっきーの美形っぷりに、拍車が掛かっている気がする……。

 出演者の少ない『おかしな二人』、二枚目キャラはスピード@りまくんだけだと思うんだが……。
 オスカー@トド様はキャラは三枚目だが、なにしろ姿が美形過ぎて。ナニをやっても美形なのでもお別ジャンルとしても。

 会計士で黒いアームカバー姿のロイ@みっきーは、キャラクタ的には別に二枚目ってわけじゃないと思う。
 だからこそかっこつけることを、オスカーに突っ込まれるわけだし。

 恐妻家のヴィニー@れんたはわかりやすく三枚目、警官のマレー@みきちぐはかっこいいけど冴えないおっさんというカテゴリをきちんと守っている。

 しかしみっきーは、ひとりでキラキラしている、気がする(笑)。
 わたしの欲目?
 アーサー王@『ランスロット』を経て、さらに美貌に磨きが掛かったというか。見せ方がうまくなってきたというか。
 今回の出演者は小柄な人ばっかなので、みっきーの身長も違和感なかったし。

 いいなあ、うまいなあ、みっきー。きれいだなあ、みっきー。
 役には合っていない気がしたけれど、トドロキ氏のオスカーには合っていたからいいと思う。つまり、役と関係なくキラキラした美形、という点で(笑)。
 タカラヅカなんだもん、アリでしょそんな人。


 そしてやっぱり、みきちぐのうまさとかっこよさが際立っていた。
 二枚目のちーくん、いいよなまったく。
 そりゃしょっちゅうおっさん役はやっているけど、若者世代が主役でその親世代としてのおっさんばかりだもん。
 そうではなく、おっさん主人公の物語でおっさん役なのは、ふつーに「ときめき守備範囲」であり、ちーくんの芝居もちゃんと「恋愛現役です」的な色気が加わっていて、うれしい。
 あああかっこいー。このビジュアルとこの温度感、惚れるわー。


 れんたはほんとに芝居が好きなんだろうなと。
 三枚目役が多いけど、どれもみんな楽しそう。「きれいな自分」に執着なさげなとこがイイ。れんたきれいなのに。惜しげもなく崩した表情にきゅんきゅんする(笑)。

 りまくんにはわたし、もどかしい思いがずっとあって、今回もそれは変わってなかった、ごめんよ。
 研ルイスに抱いていたもどかしさと共通。
 温度負けしているようなところかなあ。やるべきことはわかっていて、本人もやろうとしているし、舞台人としての技術がないわけでもないのに、どうにも足りていないというか、どこか吹っ切れていないというか。
 わたしの偏った思い込みでしかないわけだが。

 ぽっぽー姉妹@ゆあちゃん、あんるは、いい仕事してた!
 ナニこれ可愛い! バカだけど可愛い!(笑)
 わたしはもともと「ぽっぽー」とかゆーくだらないギャグは付いていけない、蛇足だと思う人なので、最初の1回だけなら引いたけど、何度も繰り返されるうちに慣れて、さらにはないと物足りなくなった(笑)。全体的にギャグ満載だから、コレももういいか的な。
 姉妹のキャラの差はわかんなかったけど、わからなくてヨシなのかな。なにしろ「ぽっぽー」だし。


 トドとマヤさんという、年代がまーーったくチガウ人たちなのに、同等に芝居していてすごい。
 ちゃんと男たちは仲間に見えたし、かわいこちゃん姉妹は恋愛対象に見えた。

 この濃密な空間で、濃密な芝居をして。
 若者たちにとって、どんだけ大きな経験となったか、彼らの今後が楽しみで仕方ない。
 『おかしな二人』は、トド&マヤさんコンビで良かった。

 いや、マヤさんだからこそ良かった。
 と、わたしは個人的に思う。
 わたしの言う個人的だ。

 つまり。

 マヤさんだと、ホモになりようがない。

 この脚本、この演出。
 ホモ話としか思えない。
 原題はCoupleだし?

 男が書く男の友情って、ホモだよなあと思う。
 少年マンガやヤクザものが特に顕著だけど。
 そーやってその昔、男が「女無用」で書いた「男の世界」に萌えるところから腐女子というものが生まれ、今では市民権を得すぎていて、最初からそっちを狙った男同士モノが書かれ、昔気質の腐女子を萎えさせているこの現代。

 この『おかしな二人』をホモにせずに演じられるのは、マヤさんだけだと思う!

 陣内氏と段田氏でも、ふつーにホモだと思うわ。(わたしの中では、段田氏は可憐系カテゴリだし・笑)
 ガイジンさんがやればもっとふつーにファンタジーかかるから、ホモに見えると思うわ。

 腐女子のいうところのホモは、「ファンタジー」なので、現実の同性愛とは別です。
 本気で『おかしな二人』をホモの痴話喧嘩話だと思っているわけじゃないので、誤解なきよう。

 この『おかしな二人』を、他の男役で観たら、イマドキの「少年ジャンプ」みたいというか、「腐女子を釣ることが目的の男の友情モノ」みたいなモニョり感を持つだろうなと思った。
 若くてきれいな、背が高くてスマートで脚の長い、イマドキの男の子たちがふたりで「プロポーズ」だの「オマエと一緒に住みたいんだ」とかやってるの。片方はフリルのエプロンなんか着ちゃって、女性的な仕草をしたりするの。
 うわー……観たくない……。

 本当に男役を極めた、BLにはならない、さぶになる類いの人なら、やってヨシ。……それでもさぶだから、つまりはホモだってことなんだけど。

 少女マンガの美青年、にこれをやられたら嫌だなあ。それってつまり、BLだもんなあ。
 タカラヅカの男役は少女マンガの美青年だから、彼らがやるとBLまんまになってしまう。

 わたしは昔気質のヲタクであり腐女子であるので、据え膳は好きじゃない。「ほーら、腐女子はこんなのが好きなんだろー?」と上から目線で差し出された「男同士の絡み」には萎えてしまう。
 作者にそんな意識はカケラもなく、「男っていいよな畜生!」と鼻息荒く書いている、恥ずかしいモノにこそ萌える。


 そんなわたしの、とっても個人的な感想。
 ミサノエールで良かった。

 マヤさんはつくづく聖域だなあ。
 年齢じゃないんだ、体型でもないんだ。こちとら年季の入った腐女子だ、じじい同士だって萌るときゃー萌える。(ドラマ『ひらり』のじじいふたり、『年下の男』のW高橋にどれほど萌えたか……!)
 専科さんで腐った萌えの入らない、数少ないお人だ。
 ええ、専科のおじさまたちだって萌え対象ですから! 萬ケイ様、チャル様、汝鳥サマ、ソルーナさん、ヒロさん、立さんと萌えカテゴリ。萌えないのはミサノエールと星原先輩ぐらいのもんです。
 星原先輩の色気は、わたしが萌えに必要とするタイプの色気ではなかったため枠外だったわけだが、マヤさんはまた違った意味で聖域な人だなあ。マヤさんも十分色気のある男役さんなんだけど。

 ヘタな腐女子センサーを発動せずに見られる、ありがたい人。
 『おかしな二人』はホモ萌えしたいわけじゃないから、素直に友情として見られて助かった。
 他の誰でもダメだった、マヤさんだから良かった。
 生身の男ですらダメなのに、ミサノエールすげえよ。わたしの腐女子センサーを動かさないであの役ができるんだから!!


 マヤさんだからこそ、とは思うが、ほんとのところ、フィリックス役はチガウんじゃないと思う。
 フィリックスって、あーゆーキャラじゃないだろうと。
 あれはミサノエールであって、フィリックスじゃない。
 ミサノエールはなにをやってもミサノエール、ほんとのところ芝居はできていない気もする。

 でも、それでいい。
 わたしたちはニール・サイモン作品を観に行ったのでも、フィリックスを観に行ったのでもなく、宝塚歌劇を、タカラジェンヌのミサノエールを観に行ったのだから。
 わたしは原作は原作でしかないと思う派。それを下敷きに、オリジナルを作り上げてヨシと思う。
 だから原作にあるフィリックスと、ミサノエールのフィリックスが別人でも、ぶっちゃけフィリックスを言い訳にしただけのただのミサノエールであってもヨシ。
 ミサノエールが好きだからだ。


 ミサノエールならば、ナニをやってもホモにならない。
 だからこそ言う。

 トドとマヤさんの、デュエットダンスが見たかった。

 双方黒燕尾か黒タキで。
 端正に決めて、でも全体的にコミカルに。
 カッコイイ、と、面白い、を絶妙の配分で。

 タカラヅカだからこそできること。
 トドロキとマヤさんだから、できること。

 それを見たかったなああ。
 フィナーレがはじまったときは期待したんだ。主役ふたりのデュエダンが見られるのか?!と。
 トドひとりの歌を削って、マヤさんにも絡んでもらおーよー。


 いや、ほんと。
 このふたりだからこその、『おかしな二人』だったなと。
 わたしは基本無知であるし、無教養である。自慢できたことじゃないが、事実なので仕方ない。

 『おかしな二人』が原作付きであることはわかっているが、ストレートプレイだとは、わかっていなかった。

 や、原作がそうなのは常識で理解している。
 そうじゃなく、ヅカの舞台に脚色して上げるのだから、その辺はヅカ仕様になっているのかと思っていた。
 出演者がみんな歌ウマだし。
 台詞をはっきり歌で聴かせるミュージカルをやるのかと思った。

 原作は原作でしかなく、演出家が好きにいじっていいと、わたしは思っている。
 版権ガチガチで台詞の1語、動作のひとつも変えてはならないという契約での上演なら仕方ないけど。
 そうではない、ふつーの「原作付き」なら、好きにしてよし。原作まんまじゃないからとクレームを言う人は原作だけ見てろ、メディアミックスされた別ジャンルに足を運ぶなと思う口。
 たとえば、隣の劇場で今上演されている『仮面の男』も、デュマの原作とまったく違うこと自体は、どーでもいーと思っている。原作とも映画とも別、原作はただの原作、アイディア部分でしかなく、作品全体はそれを作った作家のオリジナルだ。『仮面の男』が問題なのは原作とかけ離れていることではなく、そのオリジナル部分がつまらなさすぎる、芝居として間違いまくっていることであり、ぶっちゃけ原作無しのオリジナル作品であっても失敗部分は同じだ。

 『おかしな二人』がどこまで版権ガチガチなのか知らないが、もっとタカラヅカ的にやるのかと思っていたんだ。

 ストレートプレイである、と気がついたのは1幕が終わってから。
 1幕の間は、ぜんぜん気付いてなかった(笑)。
 繰り出されるものを夢中で受け止めているだけで、歌やダンスがないことに気が回っていなかった。
 休憩時間になってから、あれ、そーいや誰も歌ってないし踊ってないぞ、と思った。
 ひょっとしてコレ、ストレートプレイなの? えええ、せっかく歌える人ばっかり集めたのに、マジかよ、と。

 まあ大体「歌える人」っていうのは芝居もできる人が多いので、歌手を集めたんじゃなくて、芝居巧者を集めたってことなんだろうが。
 もったいないわー。
 あ、わたしゆあちゃんだけ歌の実力わかってません。出演者が発表になったとき、彼女はビジュアル枠だとすんなり思い込んだ……そして結局歌がなかったので、彼女の歌唱力はよくわかっていない。

 や、歌がなくても無問題なんですけどね。

 ちゃんと芝居だけで楽しかった。
 ミュージカルじゃないからと文句を言う気はまったくない。
 歌もダンスもない、芝居だけだからこその作品だということもわかる。
 ないことに気が付かないくらい、芝居だけで面白い。
 てゆーかもー、誰も彼も可愛すぎる。愛しすぎる。楽しい楽しい楽しい。

 とても満足して、拍手して、3幕目の終演を迎えた。

 ふつーならここで再度幕が上がり、出演者たちが一礼して終了だ。
 良い芝居だったので、それで終わってくれていい。もちろんそれもありだと思う。
 だけど。

 ミラーボールが回り出したとき、血が沸き立った。

 やったっ!! フィナーレありだ!!
 興奮した。
 めーっちゃ興奮した(笑)。

 ふつうなら、ここで幕。ここでおしまい。
 だけど、そこで終わりじゃないのが「タカラヅカ」。
 そして、ここは「タカラヅカ」。

 カジュアルな格好しかしていなかったぽっぽー姉妹が、ゴージャスなドレスに着替えて、ミラーボールの光が舞い踊る中、歌いながら客席登場。

 三枚目に徹していたトド様が、ヅカ的びらびらの付いたキラキラ衣装で踊る。
 歌う。

 笑わせてくれていた星男たちが、キザりながら踊る。ザ・タカラヅカを見せる。

 うわああ、タカラヅカだ~~。やっぱここはタカラヅカだー。
 やっぱタカラヅカはいいなあ。

 そして、ある意味究極のタカラヅカなのが、最後に登場するマヤさんだ。
 お玉をマイクにして「マイウェイ」を歌う彼は、……この曲、この場面を彼のために作る、それはもお、「タカラヅカ」でしかありえないことだ。
 ヅカファンならば誰もが理解する、別れの時が近付いているのだと。それゆえの演出であると。
 出演者も口にしない、観客も声には出さない、だけどみんながわかってそこにいる。
 タカラヅカって、そういうところだ。

 「愛する舞台」と歌うマヤさんに、劇場が揺れるくらいの大きな拍手が送られる。

 DVDにもならないんだっけか、そんな版権のきびしいらしい、よそからの締め付けのあるこの舞台もまた、まぎれもなく「タカラヅカ」だ。


 ところでこの公演、とても時間が短かった。
 こんなところにも、歌とダンスの有無を思う。

 同じテキスト量だとして、歌とダンスがあれば通常のバウホール公演時間になったんだと思う。
 3幕モノでもなく、ふつーに2幕になっただろうし。
 大体3幕モノったって、実際は4幕+フィナーレだったし。2幕の途中に幕が下り、えんえん音楽だけ聴かされる時間があったので、あそこで一旦途切れている。休憩を挟んでいないってだけで。
 起承転結の4コママンガみたいな作りなんだもんなー。
 歌とダンスを挿入すれば、いちいち幕を下ろして休憩、3幕モノにしなくても、カーテン前の歌やダンスでしのいで、次の場面に行けたもんよ。2幕で済んだわ。

 原作の縛りがどの程度あるのか知らないけど、今度はいっそミュージカルバージョンでやっちゃって欲しい(笑)。
 ふたりの掛け合いが歌になるの。途中でダンスもしちゃうの。
 それはそれで、楽しいと思うな。

 ストレートプレイである今回の『おかしな二人』を否定する意味ではまったくなく、「タカラヅカ」の可能性の話として。
 カレンダーの掲載月が発表された。
2011/09/16

2012年版宝塚カレンダーの発売について(追)

※各詳細を追加いたしました。

1.宝塚スターカレンダー
表紙  (星組)夢咲ねね、(月組)明日海りお
1月   (月組)霧矢大夢
2月   (月組)蒼乃夕妃、(宙組)野々すみ花
3月   (花組)蘭寿とむ
4月   (雪組)早霧せいな
5月   (花組)壮 一帆
6月   (宙組)大空祐飛
7月   (花組)蘭乃はな、(雪組)舞羽美海
8月   (月組)龍 真咲
9月   (宙組)凰稀かなめ
10月  (雪組)音月 桂
11月  (星組)柚希礼音
12月  (専科)轟 悠

2.宝塚卓上カレンダー
表紙  (星組)真風涼帆、(雪組)彩風咲奈
       A面         B面
1月   (花組)壮 一帆/(星組)涼 紫央
2月   (月組)明日海りお/(花組)華形ひかる
3月   (雪組)音月 桂/(花組)愛音羽麗
4月   (月組)霧矢大夢/(月組)青樹 泉
5月   (宙組)大空祐飛/(雪組)緒月遠麻
6月   (星組)柚希礼音/(宙組)悠未ひろ
7月   (専科)轟 悠/(星組)夢乃聖夏
8月   (花組)蘭寿とむ/(花組)朝夏まなと
9月   (宙組)北翔海莉/(宙組)凪七瑠海
10月  (月組)龍 真咲/(花組)望海風斗
11月  (宙組)凰稀かなめ/(星組)紅ゆずる
12月  (雪組)早霧せいな/(雪組)未涼亜希 ←

3.宝塚ステージカレンダー
      A面            B面
表紙  (星組)紅ゆずる/(雪組)舞羽美海
1月  (星組)柚希礼音/(花組)愛音羽麗
2月  (月組)霧矢大夢/(花組)壮 一帆
3月  (花組)朝夏まなと/(専科)轟 悠
4月  (宙組)大空祐飛/(月組)蒼乃夕妃
5月  (星組)涼 紫央/(宙組)凰稀かなめ
6月  (宙組)北翔海莉/(星組)夢咲ねね
7月  (雪組)早霧せいな/(月組)龍 真咲
8月  (花組)蘭乃はな/(月組)青樹 泉
9月  (花組)華形ひかる/(宙組)野々すみ花
10月  (宙組)悠未ひろ/(花組)蘭寿とむ
11月  (月組)明日海りお/(宙組)凪七瑠海
12月  (雪組)音月 桂/(星組)夢乃聖夏

 カレンダーでわかるのは「掲載された月までは在団していること」。
 掲載月は基本的に出演公演にリンク。
 退団予定がすでにわかっている者は、退団後の月には載せない。

 とゆーことで、我らがまつださんは来年いっぱいは在団予定です。よっしゃ!!

 もちろん過去にカレンダー掲載月を待たずに卒業した人もいる。が、それはあくまでもイレギュラー、何年かにひとり出るかどうか。
 カレンダー掲載者・1年30人強 × 数年、の間にひとり、って、どんだけ少ない確率よ?
 掲載月発表後によほどのことが起こり、急遽予定変更して退団、でない限りはカレンダー掲載時期までは在団している。

 100年近く続く劇団で、「過去にはこんな例があった、だから通例なんか信じられない」なんてのはナンセンス。
 そりゃ100年のうちにはいろんなケースがあるわ。でもそのほんのわずかのイレギュラーが、それ以外の大多数である通例の信憑性を損なうことにはならない。事故に遭うかもしれないから車には乗らない、落ちるかもしれないから飛行機には乗らない、と主張するよーなもん。

 とゆーことであくまでも前向きに。
 あえて積極的に前向きに!


 てゆーかさー、まっつが後半公演に合わせた日程でカレンダーに載ってるのって、はじめてじゃないかい?
 毎年毎年前半日程に載っているから、不安を持ったもんだったよ……。

 んで。
 カレンダー用の写真撮影がいつなのか知りませんが、今気になっていることは。

 髪の色は、何色だろう。

 黒ですか、金ですか。
 なにしろもう何年も黒以外見たことナイので、舞台の上で金髪見てても、ナマの未涼さん見たことないんで(入り出待ちしてません)、どーもぴんと来てません。
 『スカウト』千秋楽の出が最後か……金髪のまっつ見たのって……。

 でもって卓上カレンダーのまっつって、そりゃあもお判で押したように同じ感じでね……ここ何年「同じ写真の焼き増し」的な冒険心のなさでね……髪色が変われば、少しは印象の違うカレンダーになってるのかしら。

 黒髪まっつが好きですけどね(笑)。

 にしても、A面ちぎくんで、B面まっつかあ。
 表がちぎ、裏がまっつ。
 上がちぎ、下がまっつ。ちぎまつかあ。ふふ…ふ。(自重!!)
 トド様は、タカラヅカでの初恋の人だ。
 わたしがまだ若かった頃、舞台の上のトド様にオチた。
 それが最初、それがきっかけ。
 トド様なくしては、今のわたしはありえない。

 初恋は初恋であるというか、はじめてのご贔屓はゆっくりと良い思い出になってゆき、次のご贔屓へとときめきは移っていった。
 トドはご贔屓という位置にはいなくなったけれど、愛着は半端ナイ大切な人。
 見るたびに「やっぱり好きだなあ」と思う人。

 そーやって俯瞰していたはずなのに。
 去年『オネーギン』でまさかの再燃。しばらく忘れていたときめきを感じ、舞い上がった。
 わたしがかつて愛したあの人は、こんなに素敵な人だったんだ……! と、同窓会で焼けぼっくいに火がつく的な状態ではあった。
 だから次の彼の出演作が楽しみでならなかった。

 もともとそーやって、わたしの中のトド様株は上がっていたんだ。
 マヤさんとW主演とか楽しみすぎる、うれしすぎるとは思っていた。

 そして、ポスターが発表されたとき。

 惚れ直した。

 専科公演『おかしな二人』
 今まで見たことのない表情をする轟悠@劇団理事研27男役に、刮目した。

 今ここにきて、ここまできて、この顔をするのか。
 彫刻のような美しい顔を武器に下級生時代からやってきた人が。
 理事なんてもんになってからはなおさら、いわゆる「二枚目」から逸脱しない役ばかりやっていたのに。

 男役を極めた今だからこそ。

 つーことでもう、チケ取りは必死でしたよ。「なにがなんでも観たい!」と。
 トド様トド様!!

 んで待ちに待った初日。いつもはスルーするプログラム売り場に直行、プログラムだって絶対買うんだからー!
 んでこのプログラムがまた。

 かわいいっ。

 かわいーよーかわいーよーうわーん。

 トド様がかわいすぎるっ。
 そしてミサノエールもまた、めっちゃぷりちー(笑)。

 星組っこたちも全員スチール、よくある「直前公演の写真使い回し」じゃない。
 役になりきっての写真がかわいいし、きれい。

 演出はイシダせんせ。
 わたしは彼が描くところのトドロキが好きじゃない。
 最初はよかった。初演『再会』の頃は。それでも、新鮮だったから。
 でも、イシダせんせの「男性的無神経さ」ばかりを押しつけられる姿を何年も何作も見せられ続け、心から辟易した。たしかに、姿の良い中性的な男役が主流になってきた今のタカラヅカで、イシダの「男らしい男」を演じられる男役は減り、トドの肩にばかりのしかかってしまったのだろう。
 おかげでトドは「いつも同じ」人になってしまった。イシダ、植爺、谷と、偏った「英雄」像、「男らしさ」を押しつけられ、酒井の「耽美嗜好」「女性目線の型」を押しつけられた。
 いや、押しつけではないか。トド自身もそれでいいと思い、何年も過ごしてきたのかもしれないし。
 その「変わらない」姿は「究極の男役」なのかもしれない。極めた、ということは、そこで終わり、それ以上は変わらないということだ。
 変わらない、ことももちろん必要だ。そーゆーものも好きだ。
 でもそれだと、「たまに、思い出したときに見ればいい」ものになる。
 思い出のアルバムや、DVDと同じ。大切だけど、「今」必要じゃない。
 理事という肩書きのついてしまったトドは、それでいいんだろうか。一線を退いたのだから、「変わらない」ことだけを守ってこれから先も10年20年と同じことをしていろと?
 や、そういう人も、存在も、必要だけど。現にわたしも、今のご贔屓と生活との中、ふとなつかしくなって昔のDVD見たりするし、それと同じようにたまにあるトド様主演公演のチケット取って、彼が雪トップだった頃と変わらないイメージの「スター」である様を見、ああなつかしいと自分の青春時代を思い、しみじみする……そういう需要も、たしかにあるのだけど。

 トド様は、それでイイの?

 本人がどう思っているかは、知るよしもないが。

 今になって、わたしは「男役轟悠」の底力を知る。
 『Kean』でその兆しはあったけれど、そのあとまた元に戻っていたし。
 彼が自分の引き出しの中で、「いつものトドロキ」で出来る役ではない作品が来たときに、彼は変化する。だから「いつもの」作品をあてられると、彼は元に戻る。
 ゆえに、『オネーギン』では、新しいトドロキがいた。
 はじめて組む演出家だったためだろうか。

 しかし今回はイシダせんせ。「いつもの」筆頭だ。
 そして彼は、他の「いつもの」演出家と違い、トドに「下品」な意味での男らしさを求める。
 コメディ作品である『おかしな二人』も、そちらへ突出したら嫌だなと、それだけが不安だった。
 はじめて『再会』を見たときの、英雄や美形しかやってこなかったトドロキの、等身大の若者姿、笑ってすねて落ち込む滑稽な顔をいろいろ見せてくれた、そのことに感激し、驚喜した……それを再び得られることを、期待した。

 その期待に、応えてくれた。

 まるまる1作、見慣れないトドロキがいる。

 歌もダンスもないストレートプレイ、正味芝居だけ、間だけでやりとりが成立する。
 華美な衣装も幻想もなく、現実にあるものだけで展開する。
 舞台はオスカー@トドのマンションの居間、これだけ。最初から最後まで、これだけ。
 小さな世界。小さな宇宙。
 そこだけで、物語がはじまり、終わる。

 男役って、すごいな。

 しみじみ思う。
 なんでこんなことができるんだろう。

 誤魔化しのきかないガチンコ勝負だ、小手先でどうこうできない。
 「男役」としての型が、動きが完璧に入っている人しか、できない。
 かといってそれは、現実の男性ではないんだ。
 ナマの男が見たいなら、外で見ればいい。ミュージカルでもキラキラしい夢世界でもないこんな芝居、外でいくらでもふつーに男性俳優がやっている。
 でも、そうじゃない。

 これは、「タカラヅカ」だ。

 トド様は、泣けるほど「タカラヅカ」で、「男役」だった。
 彼が30年近くかけて作り上げてきたモノがまずそこにあり、基盤としてずっしりと存在し、その上で「タカラヅカらしくない芝居」をしている。

 すごい。
 こんなこともできるんだ。
 タカラヅカって、男役って、こんなところまで到達できるんだ。

 わたしはアメリカ人の感覚がとことん理解できないので、「アメリカの喜劇」を心底楽しめるわけではないのだけど、それでもコレは大丈夫だった! 大劇場でスベりまくったこだまっちギャグを見続けているせいかもしんないけど、ちゃんと面白かった(笑)。

 もちろん、マヤさんがうますぎるせいもある。
 星っこたちも良かった、この子たち大好き!

 個人的に、みっきーにポップコーン投げつけるトド様に身もだえした……可愛すぎる!!

 3幕途中から、なんか涙腺壊れて泣きっぱなしだった(笑)。
 周り誰も泣いてないし、泣くような話じゃないし。(最後までコメディですってば)

 でも、なんつーか、愛しすぎて泣けた。
 両手の上に、大切に載せていたい公演だ。
 ギャグシーンやつまらないパフォーマンスで時間を費やし、肝心のストーリーが描けていない……てゆーか描くつもりもないのか、『仮面の男』

 ダルタニアンや三銃士の年齢設定や舞台上の時間の流れなど、わからないことはいろいろあるが、わたし的にいちばん気になるのが「ラウルの手紙」時点での、アトス@まっつの立ち位置。

 わたしたち観客は、

1.女好きのルイ@キムが、美女ルイーズ@みみを見初めた。
2.ルイーズを手に入れるために、その恋人ラウル@翔を政治犯として投獄した。
3.ラウルを人質に取り、ルイがルイーズを脅迫して侍女にした。
4.ラウルが牢獄で「仮面の男」の秘密を知り、それゆえに処刑された。

 ということを知っている。

 しかし銃士隊を辞め、市井で無銭飲食なんかして食いつないでいるアトス兄さんが、これらのことをどこまで知り得ただろう。
 一般的に告知されるのは「ラウルは政治犯である。そのために投獄された」ということのみ。
 もちろんアトスはラウルが国家転覆をたくらんでいたなんて、思ってない。
 国王が密偵を使って言論統制・弾圧していることは周知だから、その流れで「なにかの間違い」で疑われたと思うだろう。

 まず最初の「1」を知らなければ、これがルイの陰謀だなんて思わない。
 ラウル逮捕とルイを結びつけはしないだろう。

 当事者であるルイーズならば、直接ルイから口説かれたときに察したかもしれないが、彼女はそのことをアトスに告げただろうか。
 「国王に直訴したら、再調査の見返りに侍女になるよう命令された」ぐらいは報告するかな。
 ルイは自分がはかりごとの張本人だとは、明言していない。なのに「私を手に入れたくて、ラウルを投獄したのよ!」ってルイーズが自分から言い出したら、なかなかイタい女に見える……いやソレが事実なんだけど、自分で言うのはなかなか(笑)。
 賢く慎ましいルイーズは、そう察したとしても他人には言わないだろうなあ。ひとり、自分のせいなのかと思い詰めていそう。

 真実は上記の「1~3」だが、アトスから見えていることは、

A.ラウルが政治犯として投獄された。
B.再調査をルイに直訴したルイーズは、彼の侍女として仕えることになった。

 ……これだけ。

 ルイが女好きなのは知っているから、直訴に現れたルイーズの美貌を見て下心を出したと思うのが関の山。
 「ルイは君を狙っているかもしれないから、気を付けるんだ」くらいのことは、ルイーズに言っただろう。でも、ルイーズが侍女になることは止めない。まさかそれがルイの狙いだとは知らないから、ルイーズの美貌によろめいて、普段なら気にも留めない木っ端罪人の処遇を考え直してくれるならこれ幸い、てなもんか。

 ここまでは流れ的に想像がつく。
 気になるのは真実「4」の扱いだ。

 アトスが飲んだくれている時点で、ラウルの死は公表されていたのか?

 アトスがすさんでいる理由が説明されていないため、わからないんだ。

 全体的にこの作品は「時間の流れ」が理解できない。
 最初に「早わかり世界史」とかやって、さも時代や時の流れを丁寧に考えている振りをして、実はいちばんぞんざい……というか、ぶっちゃけ、ナニも考えてないんだろう。
 論理的な思考の出来ない人が、思いつきだけでエピソードを並べているため、話はなにがなんだかわからなくなっている。
 それこそ、「早わかり世界史」がタイトルに反してぐちゃぐちゃで歴史がまったくわからない、ことに象徴されているように。

 なにしろ後半の「ルイとフィリップ入れ替え大作戦」からラストシーンまで、一晩の出来事みたいだし?
 「時間」をまともに描くことをしないのは、「心」を軽んじているためだ。
 時間経過と出来事が正しく作用し、人の心は変化する。こだまっちはそれを理解していない。

 てことで、わかりやすい「泣かせどころ」である「ラウルの手紙」の時間的背景がわからない。

 アトスが酒瓶片手に坐り込んでいるのは、

a.投獄されたラウルがどうしているかは、外の人間にはわからない。心配。
b.投獄されたラウルが、処刑されると発表された。動揺。
c.投獄されたラウルが処刑されてしまった。絶望。

 の、どれだろうか?
 そしてここで、手紙が届く。

 「a」ならばアトスは手紙ではじめて「政治犯でっちあげの真犯人」「仮面の男の秘密」「ラウルの死」を知る。手紙を読むまでは、ラウルはふつーの罪人として収監されているだけ、いずれ助け出すことも可能と思っていた。
 背景のラウルの姿は「過去」。もう彼はこの世にはいない。

 「b」ならばアトスが手紙で知るのは「ラウル処刑の真の理由」「仮面の男の秘密」。政治犯として処刑されると思っていたから、なんとか助命できないかと走り回っていた、しかしこんな理由なら無理だ、ルイを倒さない限りラウルは救えない。
 背景のラウルは「現在進行形」。今まさに処刑される姿。

 「c」ならばアトスが受け取った手紙は「死者からのメッセージ」。政治犯として処刑されたと聞いていたが、そうではなかった。「ラウル処刑の真の理由」「仮面の男の秘密」。
 背景のラウルの姿は「過去」。もう彼はこの世にはいない。

 これだけ受け取り方の違うパターンがあるんだから、わかるように描くのが当然だろう、こだまっち。

 わたしは「a」だと思っているけれど、なにしろ答えがないため違うかもしれない。

 わたしが「a」……アトスがナニも知らない、と思うのは以下の理由からだ。

・ルイの目的は、ラウルをルイーズから遠ざけること。
・ラウルを生かして人質にし、ルイーズに言うことを聞かせる。
・今のところは明言していないが、ルイーズがルイを拒めば、わかりやすくラウルの命を楯に関係を迫るだろう。

 → ラウルを殺すことは考えていない。

・ラウル処刑は突発的なことである。
・人質として有効利用するはずが、アクシデント発生により仕方なく殺すことになった。

 → ラウル処刑は、突発的な、大急ぎのやっつけ仕事である。

・フィリップのことは秘密である。万が一にも漏れてはならない。
・言及される恐れのあることは、最初からナニも発表しない。

 → ラウル処刑は告知しない。あくまでも政治犯として収監、面会不可で一定期間沈黙、そののちに「病死した」と発表。

 若く健康なラウルが病死してもおかしくないくらいの期間はおいてから、その死だけを結果として発表するだろう。
 アトスがいち早く真実を知ったのは手紙があったから。本当なら半年くらいは「投獄されたラウルは無事だろうか」と、アトスもルイーズもラウルがもうこの世にいないことも知らずに心配して暮らしただろう。

 それに、アトスならば、

 「b」のように処刑宣告があったなら、ただ飲んだくれてはいないと思う。ただ投獄されているのと、何日に殺されますよ、では必死さが違う、うなだれるヒマがあったらもっとナニかしているだろう。

 「c」のように「すでに処刑されました」だったら、やはり坐り込んでないと思う。速攻処刑されなければならないほどの罪を犯したというなら、裏になにかあるはずと疑っただろう。

 だから答えは「a」。
 ラウルは単に政治犯として投獄されているだけ、いつ出られるかわからないし、中で酷い目に遭っているんじゃないかと心配している状態。
 おにーちゃんは自分の出来るすべてのことをやってみて、今壁にぶち当たって飲んだくれているところ。

 そこへラウルの手紙が届き、まず、「血で書かれた」ことにただならぬモノを感じ、読み進めると「国家を揺るがす秘密」が書いてあり、それを知ってしまったゆえに殺される……いや、この手紙からして、「弟がすでにこの世にない」ことを知る。

 手紙を読むまでは、ナニも知らなかったんだよね?
 ドラマとかでよくある「はっ、この手紙は3日前に殺された被害者からのものだ!」とかじゃないよね。
 ナニも知らなかったのに、手紙を読むことですべてを知り、読み終わるなり大作戦発動!だったのよね。あれだけのことができちゃうんだから、事件の断片なり知っていたら、手紙が着く前にもなにかしらしてるもんね。


 いや、いちいちこんなことを読み解くまでもなく、「ナニも知らないアトスは、ラウルからの手紙を読んで、はじめて、すべてを知った」と思って見ていたんだけど。
 なにしろこだまっちなので、よくわからない(笑)。
 んで、考えたのよ。
 なんでわたし、平気なんだろう、って。
 こだまっち作『仮面の男』
 「二度と繰り返してはならない過ちだ」と言い切れるくらいヒドイ作品なのに。
 リピート観劇平気だし、面白いと思うし、楽しいと思っているし。

 たびたび例に出しているけれど、植爺の「呪いのドングリ」……『外伝ベルサイユのばら-アンドレ編-』なんか、観ることも出来なかったのね。
 初見の1回はキャストへの愛で観られるけど、2回目以降はごめん、どんだけ出演者を好きでも苦痛すぎる、と思った。

 わたしの脳みその問題だろう。

 わたしは植爺の「間違った言葉」が耐えられないらしい。
 文法がどうこうではなく、人間の生理とか常識とか論理とかが間違いまくったモノ。
 いくらアタマを空っぽにして、台詞じゃない、人間の言葉じゃない、日本語じゃない、あれはただの「音」、ジェンヌさんが出している美しい「音」なのよ、と思おうとしても、ダメだった。
 わたしのアタマは勝手に言葉を言葉として認識し、「この言葉にこの言葉を返すのはおかしい」とか「こんなことを言うのは人としておかしい」とか、いちいちいちいち気になって、引っかかって、心が悲鳴を上げ続けた。
 どう考えても人としておかしい、狂ったことを言っているのに、「これこそが正義、すばらしい、愛愛愛」とやられると、耐えられない。
 噛み合わない会話もダメだ。ひとりずつが意味のわからないことを熱弁し、キャッチボールがまったく成り立っていないのに進んでいく電波会話が、耐えられない。
 植爺作品はこれらの要素が多く含まれているんだが、なかでも『外伝ベルサイユのばら-アンドレ編-』はそれのみで出来上がっているといっても過言ではないレベルのものすげー作品だった。
 それゆえにわたしはどこにも逃げ場がなく、この作品を観ること自体出来なかった。


 一方、こだまっちの『仮面の男』は。
 この作品のもっとも間違っているところは言葉の問題じゃない。

 最悪だと思う、監獄の場面。
 囚人たちへの拷問や処刑をお笑いにしている。
 また、ただお笑いにする、愉快なパフォーマンスにするにしても、センスが悪すぎて笑えないし、見た目もよくない。

 これは「拷問や処刑をお笑いにする」ことの是非や、するにしても「センス悪すぎ」であることが問題なのであって、「この言葉にこの言葉を返すのはおかしい」とか「こんなことを言うのは人としておかしい」とかでは、ナイんだ。
 「拷問や処刑をお笑いにしている」のだから、何故ここでこの言葉を? とか、人としてこれってないんじゃない? は、その前提の中では「正しい」から、わたしの脳みそは悲鳴を上げない。「間違ったこと」を描いているのだから、間違った会話が展開されて当然。
 「正義」「美談」として交わされる会話が電波である植爺とは、立っている次元が違う。

 人間ボーリングにしろ唇ベッドにしろ「悪趣味」と銘打ってやっている。
 ロジックは間違っていない。
 そもそも最初からそんな場面をやるな、という、まったく違う次元の間違いをしているだけで。

 『H2$』パロにしろ影絵にしろ「最初からやるな」であって、そこだけ取り出してみて言葉が成り立っていないわけじゃないんだ。

 わたしが耐えられないモノは「間違った言葉」「間違ったロジック」。
 ルールと情を混同する考え方。(例・「愛があればナニをしてもいい」……よくねーよ)

 植爺は人間なんだと思う。
 だから彼とは気が合わない。

 こだまっちは宇宙人なんだと思う。
 だからコノヒトの考えていることはわからない。

 人間のことは「嫌い」とか「ぷんぷん」とか思えるけど、宇宙人にはただただ「近寄りたくない」。
 人間の作ったモノはそれゆえに許せないことがあるけれど、宇宙人の作ったモノは理解できないので思考が働かない。


 てことで、『仮面の男』はリピートできるんだなああ。
 いや、所詮芝居部分だって脚本書いてるのこだまっちだから、意味わかんないことが多分にあるんだけど、なにしろ芝居部分が少なすぎて目立たないの(笑)。
 まともに1時間半芝居やってたら、耐えられない部分も出てくるんだろうけど、今は何しろ芝居は95分中40分くらいしかナイわけだからねええ。
 今のとこ平気。


 だからわたしにとっては、『外伝ベルサイユのばら-アンドレ編-』よりはずーーっとずーーっとマシな作品。
 よかった、『仮面の男』で。よかった、こだまっちで。
 って、「最悪」とはナニかで考えて、こっちがマシだからって、喜ぶ基準が間違っている。でもそれがタカラヅカ。

 つーことで『仮面の男』はふつーに通っている。
 わたしにとって、耐えられるモノと耐えられないモノ、それだけのこと。きっとそれは、人それぞれだろう。


 だけど。
 『外伝ベルサイユのばら-アンドレ編-』は許されても、『仮面の男』は許されちゃいけないとは、変わらずに思っているよ。
 耐えられるとか、そーゆー次元ではなくて、だってコレ、そもそも芝居ぢゃないもん(笑)。
 えー、『仮面の男』ですが。

 いろんな意味で「前代未聞」だとわたしは思っています。


 まず、「初日に観劇して良かった、と、これほど強く思ったことはない」というのがひとつ。

 わたしはもともと初日好きだし、星組『スカーレット・ピンパーネル』とか、『ロミオとジュリエット』とか、その作品力ゆえに感動に飲み込まれる客席で「初日に観て良かった!」と思うことは過去に何度もあったけど。
 反対の意味で、「予備知識なくこの作品を観、客席の人々とドン引きする空気を共有できた」ことは大きい。
 客席がひとつになる一瞬。しかも、悪い意味で……って、そうそうナイよ?(笑)


 そしてなんといっても、「宝塚歌劇であるない以前に、ミュージカルでも芝居でもない、ただのアトラクションである」ということ。
 これを超える前代未聞さはナイだろう。
 それこそ、レストランに入って料理を注文したのに、たわしが皿に入って出てきたような驚き。味以前の話、食べ物ちゃうやん!という。

 初日の幕間、わたしと友人の木ノ実さんは、大劇場内のソファーで乾いた笑いを交わしていました。
「あまりに別次元過ぎて腹も立たないねー」と。
 レストランに入って、あまりにもまずい料理とか、料理の中に小さな虫が入っていたとか、そーゆーことなら不快にもなるだろうけど、たわしが皿に入って出てきたんだもん。怒る気にもならないっていうか。

 ふつーの人はレストランに入ってたわしが皿に入って出てきたら、とりあえず笑ってくれるかな。ネタとして「たわしを出す店があるんだよー(笑)」と話題にはしてくれるかな。
 ただし、その店には二度と行かないよね。たわしは食べられないものね、料理じゃないものね。

 うん、ほんと。
 わたしは別に、腹を立てているわけではなかった。
 脱力感があったというか、肩を落としていた。止めるのはいなかったのか、と。

 植爺のトンデモ作品とかはね、どんだけトンデモでも、とりあえず芝居ではあるから。
 面白い、面白くないは主観の問題。
 「面白くないから」という理由で止めることは、難しいだろう。
 しかし『仮面の男』は面白いか面白くないかではなく、そもそも芝居ぢゃないだろコレっていうところだから。
 止めようと思えば、止められたはずだ。主観ではない分、言い渡しやすい。

 タカラヅカっておそろしいところだ。監査機関がナイために、どんな間違ったモノでも平気で商業作品として興行されてしまう。


 そして前代未聞なのがもうひとつ、「複数回観ると、感じ方がまったく変わる」ということ。

 初日は唖然とした。開いた口がふさがらない。
 なんでこんな畑違いのカンチガイ作品が宝塚歌劇の舞台で展開されているんだと驚いた。これは許しちゃいけない間違いっぷりだろう、とそのことが気になった。
 翌日観た2回目はその確認。夢じゃなかった、初日で失敗したと思って変更もされなかった、劇団にはコレを「おかしい」と思う常識すらナイのかと改めて絶望する(笑)。舞台にではなく、宝塚歌劇団に。

 そして、3回目の観劇で。
 面白くなった。

 それ以降、ふつーに面白い。楽しんで観ている。
 リピートは苦じゃない。芝居とショーなら、芝居の方が楽しめるくらいだ(笑)。

 ここまで感想が変わる作品は、わたしははじめての経験。前代未聞。

 というのも、『仮面の男』はミュージカルでも芝居でもナイ。遊園地のアトラクションだ。
 ディズニーランドでもUSJでもいいよ、ライドに乗って映像を見たり踊る人形を見たりする、アレ系の内容なので、可もなく不可もない。その場でその一瞬だけ楽しむアトラクションに、本気で「テーマが」「ストーリーが」と腹を立てる人はあんまりいないでしょ?
 悪趣味な人形が出ましたー、でもライドが2m進んだらきれいなお花畑が現れましたー、みたいな。さっき悪趣味な人形が出たから、このアトラクション全部駄作だわ!とは思わないでしょ?

 こだまっちの自己顕示欲場面は「異次元空間」として、脳が処理できる。
 まずい料理なら食べて「まずい」と思うけど、そもそも食べ物じゃないので、出てきても食べずに捨てられるので、「まずい」とも思わない。
 つーことで、ぜんぜん平気。

 そして、短いストーリー部分、本来の「仮面の男」部分を楽しむことができる。
 で、この本来の部分は、面白いんだ。

 あまりにも異質だから、斬り捨てられる。
 脳の「物語」や「芝居」を楽しむ部分には、こだまっちの「ワタシを見てスゴイと言って!」という部分は入ってこないんだ。
 試験勉強するときに、暗記する答えを赤ペンで記入し、赤い透明下敷きを置いて見えなくし、黒い文字だけ読んで解答を考えたように。こだまっちがどんだけ全身赤尽くしで目の前で踊っても、赤い画面のわたしには見えないの。黒い文字で真摯に「芝居」をしているキムくんたちしか見えないの。
 人間の脳ってすごい。

 てことで、面白いです、『仮面の男』。

 こんだけ前代未聞の怪作もナイ。
 つくづく、なんの予備知識もない初日に観て良かったわー。
 そして、こんだけひどい作品なのに、今楽しんで観ているってのがまたアリエナイわー。

 だから雪担のみなさん、安心してください。
 回数観たら、楽しくなります。

 でも、ご贔屓が出ていない人たちは、1回観てそれで終わりだよなあ。
 たわしは食べられないから、そんなレストラン二度と行かないわなー。

 いやでもほんと、1回は観て欲しい。
 いろんな意味で、すごいから(笑)。
 『仮面の男』の、こあらった目線のアトス様@まっつ語り、その2。

 ターゲットとなる酒場へやってきた三銃士たちは、無銭飲食をするために大活躍。

 無銭飲食というと、店に入って料理を食べるだけ食べて、お金を払わないで逃げる、というイメージなんだが。
 三銃士がやっていることは「無銭」であっても「飲食」ではない。だって彼らは、店内ではなにも飲み食いしていない。店内にある食べ物を盗むことが目的だから、「無銭飲食」ではなくただの「泥棒」なんだよな。
 演出家の頭の悪さがこんなところでも表れていて辟易しますが、それまあ置いておいて。

 普段着マントを店主に預けて席へ案内された三銃士……つっても席に着くのはポルトス@ヲヅキ、アラミス@きんぐのみ。アトスは坐らず奥へ……そして、何故か床に転がっている大きな白い布袋、を拾う。
 ポルトスとアラミスがケンカをはじめ、店が騒然となっている間に、いろんな食べ物を袋の中へ。
 えーと。
 ことの是非は置くとして、アトス様大活躍です。
 立ち回り以外で、こんなに大忙しにわーわー走り回っているまっつって……。
 舞台の上には大人数、まっつがいなけりゃ見ていたい子たちがいっぱいいるんだが、困ったもんだ、アトス様追いかけてると他を見ている余裕がない。
 てゆーか黒子がいるんですが、舞台上。

 黒子は、三銃士専属です。
 情けないことに。
 コロスとかイメージ上の存在じゃないんですよ、正味黒子が舞台上でお笑い場面を支えてます。
 そして彼らが登場するのは三銃士の活躍……つまり、お笑い場面。

 で、アトス様は黒子が回す棒の上の瓶を追いかけたり、飛んでくる品物を袋で受け止めたり。

 さらに彼は、クサい芝居の口火を切るという大役がある。

 大暴れしていたポルトスとアラミスが、ついに剣を抜いた。まあ大変! ってときに、アトスも剣を抜き、ふたりの合わせた剣を真ん中からかしゃんと振り払う。
 ここだけ見るとかっこいいっす。
 ええ、かっこいいことが前提、必要。
 争うふたりの間に割って入り、「みんな兄弟」と演説をぶつ。その説得に必要だから、「カッコイイ」が。
 まだやるのかと演出にあきれる、『H2$』「ブラザーフッド」のパロディ場面。ここも著作権対策なのか、微妙に違うメロディ、でも「あの曲」だとわかる仕様。
 キレイゴトを嘘くさく語る、アトス様の美声が響き渡る。

 胡散臭い芝居をさせると、ピカイチのハマり方。

 まっつってほんとうまいなあ……しみじみ。

 偽善的に盛り上がる人々の中、アトスはひとり群れから離れ、下手のテーブルへ移動、持っていた小袋に、テーブルの上にある入れ物……袋から白い粉を詰め替える。粉、にしか見えないが、テーブルに置いてある調味料だから塩のつもりかなあ? それとも小麦粉とかをテーブルに置く習慣が当時はあったのか?
 初日はアトス様、盛大にこぼしてた。そのへん粉まみれ、こぼれた粉が白く舞い上がるから、それが「粉」だってことがよくわかった。
 わざとかと思った。ナニをしているのかが、多分遠目からもよくわかる、あんだけ粉を舞い上がらせていたら。
 でも、翌日から手元がもっと慎重になり(笑)、こぼさずに移し替えるようになった……ので、初日は失敗したんだとわかった。初日は緊張してたのかなあ……そう思うとかわいいなー。

 騒ぎが収まったところへラウル@翔くんとルイーズ@みみちゃん登場。
 兄弟の場面はここだけなのに、ふたりは挨拶しかしない。ラウルがルイーズを紹介する、ただそれだけ。
 ラウルが「兄のアトスだ」と言うところで、「親代わりに育ててもらったんだ」とひとこと付け加えるだけでも違うし、それに対しアトスがひとこと返すだけでも、その後の展開に活きるだろうに、んなこたぁ一切ナシ。
 アトスもポルトスとアラミスと同じ温度感でしか描かれていない。
 中の人が懸命に心のつながりを表現しようとはしているが、なにしろそれをしている時間がない。アトスは「場所を変えて飲み直そう」と次の台詞とアクションが決まっているし、店の親爺@にわにわへ前述の小袋を渡して、次の瞬間にはロシュフォール@せしるが銃士隊を連れて登場して。

 粉を詰め替えていた小袋、あれってお金のつもりだったのね。
 「釣りはいらないぜ」的に店主へ渡していたのを、ロシュフォールにただの粉だと暴露される。
 で、「無銭飲食の現行犯」として剣を向けられる。

 やだなーと思うのは、ここで三銃士が剣を抜くこと。
 そもそも三銃士が無銭飲食ってだけでもアレなんだが、その上、罪を指摘されて苦し紛れに剣を抜く……って、ナニゴト?
 悪いのは100%三銃士なのに、この上暴力を振るって人を傷つけるの? 人殺しまでしちゃう? 剣ってのは凶器、人を殺せる武器だよね? それを抜くって……。

 ロシュフォールは悪人っぽく描かれているけれど、この場では正義。三銃士が悪。
 悪いことをした三銃士を咎めているだけなのに、まるで正しいのは三銃士のような描き方。

 という常識的なことは考えず、ここでは「多勢に剣を向けられ、臆せず剣を抜いて構える三銃士かっこいー」とだけ思って見る。それがこだまっち作品を鑑賞する上での正しい見方。

 ここでダルタニアン@ちぎ登場。
 すっかり変わってしまったかつての友を見つめるアトス様。

 ここはわたしの気分の問題なのか記憶違いなのか、いろいろと印象が変わる。

 アトス様は、概ね困惑した様子でダルタニアンを見つめているんだが。

 初日はそれまでのコメディパートを引きずっているような、少し大仰な表情をしていたと思う。眉が八の字になるような感じで。
 でもなんかだんだん、シリアスになっているような。

 切なそうだったり、苦しそうだったり。
 苦しいのではなく、苦い顔だったり。
 思いっきり考え込んでいる様子だったり。

 身内だけになってダルタニアンを語るときも、考え込んだ様子のまま「俺はそうは思わない」と言ってみたり、すでに結論があるような、それゆえ苦い様子で言ってみたり。

 どんどんシリアスになっていくのがうれしい。
 や、ここだけに限らず、「アトス」というキャラクタ自体がかなり深刻キャラにシフトしてきてる。がんばって中の人、演出家のアホなおちゃらけに負けるな!
 初日に見たときは、アトス様も潔くギャグキャラで、どーしよーかと思ったよ……(笑)。

 あと、ロシュフォールを見送るときの「わざとらしい貴族的な礼」が好きだ。
 慇懃無礼がハマるよなあ、まっつ……。


 続く~~。
 アトス様@まっつがカッコイイという話をする!

 初日感想で走り書きしたけど、それじゃ足りない。ぜんぜん足りない。
 他はさておき、まっつを語る。

 いろいろ問題ありまくりーのの『仮面の男』。それはさておき、アトスはステキ! という話をする!

 まず、オープニング。
 フィリップ@キムがせり上がりで登場、その後ろの仮面の巨大セットがぐるりと回り、そのセットの中の2階部分にいたダルタニアン@ちぎ、ルイーズ@みみちゃんがセリ下がり、フィリップに合流。
 そうこうしているうちに、もうひとつの中央セリが上がってくる。
 三銃士は、この中にいる。
 中央に三銃士、その周囲に闇の騎士と名付けられたまがまがしい男たち@雪組イケメンズ。

 アトス@まっつは、ドセンター位置です。
 せり上がりから見逃すな、「三銃士リーダー・アトス」として静止したまませり上がってくるこの瞬間が、テラ美しいです。
 上手がポルトス@ヲヅキ、下手がアラミス@きんぐだったかな。ふたりはマントを広げているのでやたらでかいです(笑)。その中央で、小柄で華奢なアトスさんが、脇を締めて立っているので、さらに小さく地味です(笑)。でも、美しいです。

 三銃士の衣装が、すげーカッコイイ。
 中の服はぶっちゃけ一張羅? 劇中劇に出ているとき以外はずーーっと同じ服の気がしますが……しかしその上に銃士隊マント(三銃士仕様)を着ると、めちゃくちゃカッコイイ……じーん……。
 こだまっちはビジュアルははずさないよね、それ以外のいろんなモノはずしまくるけど。

 オープニングはドシリアス。
 これからはじまるミステリアスで耽美な物語に期待がわき上がる。
 険しい表情で踊るアトス様の美しさ。

 まっつの「強い」ダンスと動きを堪能。
 騎士として踊っているのでかなり力強い。だけど彼はなめらかかつ節々でぴちっと動きや角度を決めるのでなんつーんだ、折り目のついた気持ちよさがある。

 これだけ格好いいオープニングなのにねええ。
 次の場面が水戸黄門だもんよ……こだまっちめ……。

 まあともかく、そっからしばらくはアトス様は出番がない。
 モリエール一座の「早わかり世界史」(長い)とルイ@キム2役の悪趣味場面とゴシップ(めちゃくちゃ長い)のあと。
 十分客席があたたまる……どころか、かなり冷え冷えと引かれまくったあとに、よーやく登場する三銃士。
 しかもポルトス@ヲヅキの「腹減った~~」から。
 えーと、彼らが登場する前、暗転中の舞台に響き渡る音は、腹の虫ですか……?

 上手花道に登場するポルトスとアラミス@きんぐ。ふたりとも文無し。アラミスはアトスからもらったという黄色い表紙の本……身も蓋もなく英語で『H2$』と書かれた本をポルトスに見せる。
 本のタイトルは「努力しないで無銭飲食する方法」。
 腹を減らせた彼らのもとに、まさかの「本の声」が響く。

 まず、声から。
 声音も口調も、『H2$』の「本の声」そのまま。

 それがくだらないパロディであることや、本公演でもなくDVD発売もされていない大阪だけで短い期間上演した作品を観た人・元ネタとして話が通じる人が他のどの作品より少ない、著作権が他よりきびしい作品であることなど、すべてにおいて「つまらんことをするな、こだまっち!」と観客が憤慨する場面なんだが、それは置いておいて。

 まっつの魅力のひとつ、「声」が全開になるところからスタートする。

 明快で響きの良い、胡散臭さを潜ませながら、それでいてクレバーな声。
 『H2$』はまっつの「本の声」を聴くだけでも価値があった、と思うくらい、まっつの声スキーにはたまらない配役だった。
 まさかその声を、ふたたび聴けるなんて。

 そして、『H2$』の「本の声」はあくまでもナレーション、実体はなかった。
 しかしここではチガウ。
 ナレーションではなく、アトスが読み上げている、という設定だからだ。

 声が聞こえたら下手セリを注目。
 「努力しないで無銭飲食する方法」を語りながら、アトスがせり上がってくる!!(笑)

 ナニこの無駄な演出。
 無意味に大仰。もちろんソレでこだまっちは観客を笑わせようとしているわけだが。
 笑えるかどうかは置いておいて、まっつが大仰に登場するのはうれしい。ヒョンゴ村長@『太王四神記』で「初セリおめでとう!」とか言ってたのにね。もうセリはふつーに体験できるところまで来たんだね。

 オープニングの三銃士衣装からマントを取っただけの平服姿。凝った織り生地のジャケットにロングブーツ。腰にはサーベル。
 金茶髪のロン毛。相変わらずプログラム写真とは別人(笑)。
 ストレートではなく、微妙ななみなみ。正面は潔く全額出し、シケあり。

 「本の声」のまま登場なのでやたらもったいぶってて胡散臭い。
 一旦本舞台の方へ行きかけるけど、すぐに銀橋でポルトス、アラミスと合流。

 銀橋の3人が、かわいい。

 3人で銀橋に腰掛けて、額を寄せ合って本を読む。
 ポルトスと本の取り合いをするとことか、アトス様すげーかわいいっ。今のマジぢゃね?ってくらい「おいっ」て声を出すし。

 銀橋でキラキラいたずらっぽい男3人組って、『ロミジュリ』のモンタギュートリオと同じだよね。可愛かったよね、モンタギュートリオ。少年っぽくてちっちゃくってきれいで。
 三銃士もそうなの、かわいいの。可愛いのよ。
 ただ。
 でかいし、おっさんだけど。

 そう、彼らはおっさん。
 この世界ではキャラクタ全員が年齢不詳なので、原作的にいくつであろうとみんな適齢期の若々しい演技をしてヨシなんだけど、三銃士のみなさんはとりあえず、小僧っこではない。少年ではない。
 あくまで大人、という演技をしている。
 かなり大人、という演技をしている。
 話し方や声、ヲヅキさんはあんましナニやってても変化ないよーな気もするが、きんぐなんて真面目に大人っぽくしている。
 で、アトスさんは任せて安心、いつものまっつ的年齢……すなわち、おっさんだ(笑)。ベンヴォーリオは若者だったのにねええ。今回は問題なくおっさ……ええっと、大人だねええ。

 分別のあるだろう大人の芝居をしながらも、少年のように3人仲良く銀橋にちょこんと坐り、本をのぞき込む可愛さ。アトスさんは小さいけど、アラミスもナニ気に大きいし、ポルトスさんは縦にも横にも明らかに大きい。少年にはまーーったく見えない。でも、少年のように。
 ああもお、どーしてくれよう。こいつら可愛いっ。

 3人は『H2$』の替え歌……著作権対策なのか、微妙にメロディがチガウのもキモチワルイ……っていうか歌う方もかえって混乱して難しかったんじゃあ?な歌を歌いつつ、ターゲットの店を決めた。


 つづく~~。
 思うんだ。
 三銃士たちって、なんでああも色気がないんだろう。

 『仮面の男』の話です。
 こんな作品が上演されていることに物申す!気持ちは大いにあるっちゅーかソレは絶対変わらないが。
 やばい、もう慣れてきた。
 ほんとにわたし、植爺の方がはるかにダメ、こだまっちはまだ耐えられる。てゆーか、それなりに楽しくなってきた。やばいねー、やばい(笑)。

 それはともかく三銃士。
 3人組です。もちろん美形揃いです。

 なのに何故ああまで色気がない?
 同じ3人組でも、モンタギュートリオ@『ロミオとジュリエット』はそっち方面も萌えられたじゃないか。
 あんときも、3人組(モンタギュー)+ひとり(キャピュレット)でカップリングし放題ってくらい、それぞれ素晴らしいキャラ立ちっぷりだったじゃないですか。
 今回も同じでしょ、三銃士+ダルタニアン@ちぎで。しかも、顔ぶれはほぼ同じ。キムの代わりがきんぐだっつーだけで。
 役者に不足はない。
 なのに、これは……。

 モンタギュートリオは秀逸だったんだなあ……元気できれいでかわいい(笑)だけじゃなく、みょーな色気に満ちていたよなあ。

 三銃士はお笑いパートを担っているせい、ってのもある。
 にしても、アトス@まっつとかシリアス場面もあるんだし、アラミス@きんぐは無駄に麗しいんだし、なんつーかこう、もっとなんかさぁ……。
 ポルトス@ヲヅキか。やはり、こいつの問題なのか……(笑)。

 せっかく3人組なんだから、せっかくタカラヅカなんだから、ぜひ萌えが欲しいです。こだまっちがナニをしてくれようと、がんばって中の人!
 アトスさん、いっそベン様@『ロミジュリ』のときみたいに、日替わり演技してくれないかなー。
 めーっちゃクールで見ていてびびるよーな日とか、いたずら小僧な日とか。
 んで、アラミスでもポルトスでも、ラウル@翔くんでもいいよ、とにかくやたら絡む日、スキンシップ高い日、反対に距離を置いている日……とかやってくれたら、どんだけ愉快か。
 アトスさんの中の人は融通が利かない気がするので、アラミスさん頼みます、お嘆美担当して! 萌え担当して! きんぐ、そっち系好きだよね?(えっ?) 仕掛けてくれていいから!
 ……オチ担当のポルトスさんには多大なモノは求めません(笑)。彼はもう少し、ダルタニアンとの絡みをがんばってほしい……せっかくのキタちぎ……。

 まあ、無理にどうこうってもんでもないんだが。
 「三銃士」が気のいいアホ男たち、に終始しているのはもったいないなと。
 演じている人たちはそれぞれ別の色気を出せる人たちなのに、それが皆無っちゅーのがもったいないなと。


 実は今回、いちばんのセクスィキャラ……というか、やんらしぃのはサンマール@コマだと思う。

 看守長サンマールは、ものすごーく大変な役だ。
 こだまっちのひどい演出の最悪の部分、もっともキモチワルイ部分を任されている。
 ふつーならすごい見せ場なのにねえ……めちゃ長い場面、センターで歌い踊るわけだから。
 初日はどん引きして気持ちを立て直すのに苦労した。

 が、もう慣れた(笑)。
 そこはソレとして、コマの色気と毒を楽しんでいる。

 サンマールとフィリップの関係って、エロいよね?
 サンマールにとってフィリップは大切なお人形さんなのよー。
 またフィリップはああいう性格じゃん? 虐げられても黙って耐えたり、素直に怯えて見せたり……真正サディストからすりゃ、絶好の獲物だと思う!
 いったん逃げ出したフィリップを捕らえたあと、ダルタニアンが乱入して来なけりゃ、サンマールはフィリップを一生手元で可愛がったんだなあ、と。
 ……同じ顔のルイを手に入れたあとも、楽しそうだったけど(笑)。
 傲慢で気の強いルイを飼い慣らすのも楽しそうだなー。
 でもやっぱ、サンマールにはフィリップ一途(笑)を貫いて欲しいわ。フィリップの秘密を知るモノとして、これからも彼に絡むことができるしな。


 コマさんのエロさは大好物です。
 それは自覚していたけど……。
 今回ちょっと目覚めちゃったかなと思うのは、キムの被虐キャラ!!(笑)
 白い役、ではなく、被虐キャラ、つまり、いじめられっこ(笑)。

 わたしにとってキムくんは王者キャラ、強くて黒い人です。
 かわいいだけの役とかにこにこ笑顔なだけの役とか、少年役だとか、そんなのはキムの魅力を発揮できる役だと思ってない。外見からくるイメージでしかないじゃん、と。
 彼の持ち味は骨太で男臭くて野蛮で、ダークであると。

 そーゆーキムくんを好きだし、かわいいだけの役をやってなおそこに骨太さや強さを感じていたわけだから。
 まさか、白い役の中でも更によわよわなフィリップが、こんなにそそるとは、意外だー(笑)。

 今回2役だっつーんで、メリハリつけるためにルイもフィリップもより特徴を顕著に演じている。
 それでフィリップはシマリスくん的なおどおど感が出て、なおステキになっているんだろう。

 てゆーかフィリップかわいー。
 鉄仮面で牢獄で、ってそんな生い立ちでなお歪まずまっすぐ可憐(笑)に育っているなんて、コンスタンス@あゆっちは素晴らしいおかーさんだったんだなあ。

 可憐なキムか……未だかつて想像したこともなかった。
 そこにドSなコマが絡み、まっつヲヅキきんぐが絡む、と。ふむふむ。(役名で言いましょう)


 キャラクタはあちこち楽しいですよほんと。
 なにしろみんな、無駄に美しいので(笑)。

 色気をコマひとりに任さずに、三銃士のみなさんもどうか色気を……!
 観客に夢と希望を(笑)。
 ねえねえ、勤め先の近くにレストランがいくつかあるんだけど。

 そのうちの1軒「植爺の店」はねえ、この道50年とかの超ベテラン……というと響きはいいけど、たんなる時代錯誤のおじいちゃんがやっている店で。
 大昔、まだあんまりグルメとか言われてなかった頃に表彰されたことがあるとか。他に選択肢なかった時代の「おいしい」「すばらしい」がどんなもんかわかんないけど、とにかく名前だけはある店。
 この店の料理が、まずいのなんのって! 昔評価された名物料理をアレンジして作った新作のドングリ料理なんて、「呪いのドングリ」と呼ばれるくらい、殺人的まずさなの!
 よそにまずい店や料理があると、「それは『呪いのドングリ』よりまずいの?」と比較対照としてあげられるくらい、徹底的にまずいの。
 でも、なにしろ名前だけは通っているから、未だにつぶれずにあるし、味もわからず名前だけで来店する人もいるみたい。

 で、これまたよく「まずい」で引き合いに出される「こだまっちの店」ってのがあって。
 よその店のレシピをそのまま「当店のオリジナルです」と出したり、もともと問題の多い店ではあったんだけど、ここのオーナーシェフがしばらく海外留学してたらしくて。
 帰ってきて自信満々に新作メニューを発表したからこの間、食べに行ったわけよ。
 これがもお、すごかった。
 ナニが出てきたと思う?

 たわしコロッケ!!

 なんの冗談かと思うでしょ? たわしがお皿の上に載ってるの。キャベツの千切りなんか添えられて。
 たしかに、たわしとコロッケって一見似ているというか、遠目にはよくわかんないっていうか、お皿に入れて出てこられたらぎょっとしたりおかしかったりはするでしょ?
 それでシェフは鼻高々なの。「すごいアイディアでしょ? 誰も考えないでしょ?」って。メニュー表にそういう意味のシェフの言葉が添えられているの。「コロッケ=たわしの茶色い楕円形を、さびた鉄仮面に見立ててみました。この料理は『仮面の男』と題します!」とか。ご丁寧にもコロッケに、ソースで目鼻口が描いてあるし。
 や、わたしは感心したりウケたりする前に、あまりの悪趣味さに絶句したんだけどね。
 んで、メニュー表のシェフの言葉には、たわしコロッケに添えられたソースがどれだけ工夫してあるか手間を掛けて煮込んであるかとか書いてあるだけど、ちょっと待ってよ、たわしは、食べられないから!!
 おいしいソースを掛けたって、そもそも食べ物じゃないから!! レストランで出していいものじゃないから!
 シェフにそう伝えたかったんだけど、アンケートとか書くところがないのね、その店。
 っていうか、「たわしは食べ物じゃありません。レストランのメニューで出してはいけません」って、なんで客が言わなきゃなんないの? そんなの、料理のデキとか味とか以前の問題でしょう?
 わけわかんない。

 ひとから「こだまっちの店、どうだった?」と聞かれて、わたしはとりあえず「すごいよー、ひどいよー」と返す。
 「そんなにひどいの? 『呪いのドングリ』とどっちがひどい?」とか、その人が今まで食べた「ひどい」「まずい」と思うもの(個人差アリ)を例に出して「どっちがひどい?」とか、「**(過去にヒドイと思ったもの)よりひどいものがあるとは思えないわ」とか言うんだけど。

 そういう問題じゃないから。

 「呪いのドングリ」にしたって、他のまずい料理だって、とりあえず「料理」であって「食べられるもの」でしょう?
 当然だよね、レストランの話だもの。レストランでは料理しか、食べられるものしか出ない。

 こだまっちの「たわしコロッケ」は、そーゆー次元じゃない。
 レストランなのに、食べ物以外をお皿に入れて出して、「斬新な料理です!」と悦に入ってる。
 そりゃ、食べ物以外を出せば斬新に決まってるじゃん。お皿の上にテレビリモコンでも扇風機でも載せて出せば、ものすっごい斬新な料理ですよ、みんなぎょっとしますよ、でもソレ食べられないし、食べ物じゃないし。

 ここがレストランだってことすら、わかんないシェフってナニ?
 食べ物以外を料理だと言い張るシェフってナニ?

 混同されるとヤなの。
 「呪いのドングリ」他、まずい料理と、こだまっちの料理の「味」を比べて欲しくない。
 味の問題じゃない、掛かっているソースが実はけっこう凝っていておいしいとか、「呪いのドングリ」の殺人的まずさに比べたらぜんぜんマシじゃんとか、そーゆー比較じゃない。

 どんなにまずくても「料理」と「たわし」は同じ土俵で「味」を比べるものではない、ということ。

 そもそもたわしを客に出すレストランなんて、存在してはならないんだってこと。

 こだまっちの店のスタッフは、すごくいい人たちなの。
 「たわしだって時間を掛けて煮込んだら、食べられるようになるかも!」とか徹夜で煮込んでみたり、誠心誠意笑顔で丁寧な接客をしたり、見ていて泣けてくるくらい、必死にこだまっちシェフのフォローをしているの。
 でも、誰だって無理だよ。だって、たわしなんだもん。


「じゃあ、こあらったちゃんは、たわしコロッケにショックを受けて、怒って、もう二度とその店には行ってないの?」

 ……ううん、そーでもない。
 とりあえず、イケメン花形スイーツ係さんとか、ウェイトレスのかわいこちゃんとか、彼らの接客目当てに行ってる。たわしは食べられないけど、ソースはまだおいしいし。添え物のキャベツだけ、ソレで食べてる。
 あまり出番ナイんだけど、渋いホール係氏の顔を拝みに通うってゆーか。
 バカでしょ? ええ、ええ、わかってますとも。
 恋するヲトメはバカなのよー。
 悪いのはシェフだけで、スタッフは悪くないんだもん。むしろ、実力と誠意のあるプロが揃ってるんだもん。彼らには会いたいんだもん。

 でもさー。
 たわしコロッケだと最初から「コレ料理チガウし。食べ物じゃないし」って割り切れるのね。
 死ぬほどまずい「呪いのドングリ」よりまだ、カラダには安全。アレは食べると気分悪くなる。たわしは最初から食べないで済む(笑)。
 だからわたしは、「呪いのドングリ」が看板メニューだったときは、「植爺の店」には近寄ってない。そのころ、わたしの愛しのホール係氏は植爺の店で働いてたんだけど。夜になると「ダイスケの店」に看板が変わるから、そのころにだけ立ち寄っていた。
 「呪いのドングリ」は近寄ることも出来なかったけど、「たわしコロッケ」は注文し続けることが出来る。わたしにとっては、「呪いのドングリ」の方が正視に耐えない。
 だけどそれは、あくまでもわたしの好みの問題。

 混同はしないで欲しい。
 個人の好みによって、「まずい」も「それほどでもない」もいろいろある。ある人にとって耐えられないほどまずくても、ある人には美味かもしれない。
 しかしコレは、そーゆー次元の話じゃないんだ。

 「まずい料理」と「そもそも料理ではない」とは、まったく別。


 たわしを料理だと言って出すレストランは、間違ってる。
 これだけは、確か。

 そして。

 みんなもどうか、その目で確かめて欲しい。
 「まずい料理」と「料理ではないもの」を。
 混同せずに、シェフの間違いを指摘して欲しい。

 二度とこんな過ちが、繰り返されないために。


 児玉明子作『仮面の男』っていうのは、そういう作品だ。
カリスマに酔う午後。@関西フィルハーモニー管弦楽団UMEDA演奏会 with 春野寿美礼
 『インフィニティ』の出演者が発表になった頃、わたしは梅田でお茶しているところでした。

 他のモノを注文するつもりだったのに、「メープル・ナッツ」という名前に負けて選んでしまったケーキなんぞを食しつつ。
 いやその、「メープル・ナッツ? メープルまっつに聞こえた」とnanaタンが言うもんだからさー。
 メープル・まっつ? ナニそれ、おいしくなさそう!!(笑)

 頼むしかないじゃん、そんなの!!(笑)

 ソースのデコレーションが「M」に見えたり、勝手にまっつまっつと盛り上がってました。
 メープルシロップのかかったまつださん……。ふふ…ふ……。


 『H2$』以来の梅芸です、平日昼間です。

 『関西フィルハーモニー管弦楽団UMEDA演奏会 with 春野寿美礼』に行ってきました。

 えー、この関西フィルの梅芸演奏会は「ウイークデイのデイタイムに、気軽に梅田の街で、クラシック音楽を」というコンセプトで開催、これで9回目だそうですよ。
 縁のない世界なのでさっぱりわかっておりませぬ。

 わたしはただひたすら、オサ様に会いたくて行ってきました。
 つっても彼女はゲスト歌手なので後半にしか出ません。

 第一部は有名ミュージカルの曲をオーケストラで。
 聞き覚えのある曲がほとんどなので、わたしみたいな無教養な者でも楽しめました。

 んで第二部、途中からよーやく寿美礼サマ登場。同じくゲストの音楽プロデューサー・五木田さんと一緒に。

 わたしは予算の関係で1階後方席だったんだけど。
 いやあ、壮観だった!

 オサ様が登場するなり、見渡す限りのオペラグラスが一斉に上がるの!!

 まるで合図でもあったみいに、これが振付であるかのように。
 白い腕が縦に並んでるの! 客席全部。
 夏場だからよくわかるのね、オペラを構えるために腕が上がっている様が。
 それが、全員同じタイミングでざーっと動いたもんだから、壮観。震えたわ、その揃いっぷりに。

 みんな、オサ様観に来たんや。
 開演前も幕間も、みんなオサ様の話ばっかしてたもんなあ(笑)。
 コレを期待してオサ様をゲストに呼んだんだ、と指揮者の人も話していたので、オサ様は正しく集客したんだなあ。

 他人のオペラグラスの動きに感動していたわたしは、実はオペラ持ってませんでした。つか、忘れてきた(笑)。歌を聴く気満々で、視覚のことは考えてなかったよごめんよオサ様。
 深紅のロングドレスのオサ様は小顔でスタイル抜群、笑顔のふにゃりとしたかわいらしさも相まって、とてもステキでした。
 オサ様は7月7日のチャリティトークショー以来っす。

 所詮ゲストでしかないので、歌う曲数は少ない。
 プログラムにある5曲と、あとはアンコールの1曲で、合計6曲。

 五木田さんとはおなじみだけど、関西フィルとの仕事ははじめて、というオサ様。
 司会も務める関西フィル首席指揮者だという藤岡氏の話を聞きながら、実はすごくわくわくした。
 この指揮者さん、オサ様のことぜんぜん知らない!!(笑)
 書面のプロフィールを読んで、あとは打ち合わせのときに初顔合わせ、オサ様の歌のことは今回のリハーサル程度でしか知りません、って感じがした。
 ふつーに一定レベルの歌を歌う歌手、程度の認識? タカラヅカのトップ? あー、はいはい、みたいな?

 この「仕事ですから」てな指揮者さんとオケの人たち、あくまでも「ゲスト」でしかない寿美礼サマ。
 これはどちらに転ぶだろう。
 寿美礼サマがこのよそよそしい空気に飲まれて……もとい、空気を読んでおとなしく自分の仕事だけして終了するか。
 それとも、「春野寿美礼」を出すか。
 どっちだろう?

 歌がはじまった、最初の方はもちろん「ふつー」だった。
 ゲストらしく、オケを損なわないエンジン控えめな歌。
 ミュージカル曲や五木田せんせのオリジナル曲。

 んで『エリザベート』の「私だけに」なんかも歌っちゃう。
 
 ここまでは、あくまでも「歌」。ふつーに、「歌」。
 オサ様は歌手として歌い、そこにそのミュージカルの一場面を再現する気はない。その役になるつもりもない。
 ゲストだから、アウェイだからってのもあるかもしれないが、歌唱力だけが前面に出て、オサ様の個性はあまり見えない。

 問題は、最後の1曲。
 いつでもどこでもリクエストがすごいのだという、「最後のダンス」。
 この曲1曲のためにお着替えアリ。
 ドレス姿からパンツスーツへ。

 そして。
 春野寿美礼が、暴走する(笑)。

 ウケた。
 もー、客席で膝叩いて喜んだ。
 オサ様だ。わたしのミューズ、わたしの神、ハルノスミレは健在だー!!(笑)

 あれほどおっとりと微笑んで「男役スター? なんのこと?」ってくらいふにゃふにゃして、指揮者さんに「そんな風に見えない」と言われていたのに。

 男役として舞台に立ち、歌い出したら。
 どんどんエンジン掛かってきて、ついにはスイッチ入った。
 春野寿美礼スイッチ。
 制御装置解除。

 オーケストラ、置き去り。

 キターッ、オサ様キターッ!!
 フルオーケストラの演奏無視してフリーダム!
 オケ、ついて行けてない、立ち直れてない。

 指揮者がぎょっとしてオサ様を振り返る(笑)。
 オサ様は後ろ見てない、前だけ、自分の世界だけ見てる、浸ってる。

 これが春野寿美礼だ、オサ様のトート、オサ様の「最後のダンス」だ!


 あー。
 たのしかった……。
 もー、めちゃくちゃ楽しかった。
 わたしの席からは見えなかったけど、上手側にいたnanaタンからは、コンマスの表情が変わったのがよく見えたそうだ(笑)。
 そりゃびびるわ、あんなふーに暴走されたら。
 リハでは優等生な歌い方してたんだろーなー。まさか本番であんなことになるとは、関西フィルの方々は誰も知らなかったんだー。

 そして、オサ様のフリーダムっぶりについて行っていた、宝塚オーケストラの人たちはナニ気にすごいのか……。佐々田愛ちゃんとか、あのナニが起こるかわからなかったオサ様相手に指揮してたんだよなあ。塩田せんせもすごいよなあ。
 いや、関西フィルの人たちだって、知識があればついていけるんだろう、プロなんだから。でも指揮者の人からして、寿美礼サマのことなんにも知らなかったみたいだし。客寄せパンダとしての敬意を払ってくれていたけど、オサ様個人に興味がない、今回だけのおつきあいですってのが見え過ぎてたもんな。

 オサ様は自分の暴走に気付いているのかいないのか「オケがすごくって(はぁと)」なんてにこにこ笑って話してた(笑)。……天然?

 いやはや、春野寿美礼健在っぷりを見せつけられ、すごく満足!かつ幸せでした。
 やっぱオサ様好きだー。
 オサ様が自由に大暴れできるコンサートが観たいなああ。
 ずんちゃんが2007年にやったよーなやつが観たい~~。アレは「大阪センチュリー交響楽団の演奏で、10人の作曲家によってアレンジされた有名歌謡曲20曲を、ずんちゃんが歌う」というコンサートでした。
 元歌の原型留めないような愉快なアレンジが施された曲の数々を、美しい演奏でバックアップされつつ、歌手が自由に音で遊ぶ、という。

 自由に「春野寿美礼」であるオサ様を観たい。
 あのひとは、それだけでひとつのアートなの。
 8月27日に解説ページUPしていた、『インフィニティ』の、更新第2弾来ました。
 出演者決定。
『インフィニティ』-限りなき世界-
公演期間:2012年1月5日(木)~1月16日(月)
※出演予定※
未涼亜希 舞咲りん 沙央くらま 沙月愛奈 蓮城まこと 朝風れい 千風カレン 愛加あゆ
雛月乙葉 白渚すず 彩凪翔 真那春人 笙乃茅桜 舞園るり 亜聖樹 久城あす 煌羽レオ
寿春花果 愛すみれ 天月翼 橘幸 夢華あみ

 なんか、予想していたより、ぜんぜん豪華な顔ぶれだ。
 巴里祭の前例があったので、ほんとに劇団的な意味でのスタークラス皆無で地味に上演、になるかもしんないと覚悟していた。

 きっちり歌手系集めてきましたー、ダンサーも揃えましたー、ビジュアル枠も押さえてますー、てな面子だ。
 ふつうにバウ公演っぽい! すげえ! じーん。

 ショーだからヒロインは固定されないのかもしれないけど、番手的にヒロインとしてだろうなと思えるあゆっちがいてくれるのも、心強い。いやその、幕が上がる前の想像のとっかかりになるっていうか。
 タカラヅカである以上、ピラミッドはきれいな方がイイ。主役と2番手、3番手、ヒロイン、と決まっている方が安心できる。
 この出演者ならばふつーに考えれば、2番手コマ、3番手きんぐ、ヒロインあゆっちだよなー。

 あゆっち、歌がんばれー(笑)。芝居歌はイケるから、ショーの中のストーリーパートはOKだよねえ。なにより美少女! 美少女! まっつに美少女!(笑)
 タカラヅカの娘役、ヒロインというのは特別な力を必要とする。ちゃんとヒロイン・スキルを持ったあゆっちが出演なのはうれしい。

 でもってコマが2番手かぁ。ああ、まっつと男同士でエロ絡みとかしてくんねーかなー(笑)。コマくんの毒と色気が好きだー。まっつとは明らかにカラーのチガウ、濃さと濁りを持つ彼。黙って立っているだけでエロい(というか、いやらしい・笑)のはコマの武器!

 コマはバウ主演経験もあるスターだから今さらだけど、個人的にきんぐ3番手、つーのがにやにやしてしまう……ああ、きんぐがついに3番手……にやにや。
 きんぐはバウ4番手とかは今までやってきていると思うけど、3番手と4番手の間にはけっこー深刻な線引きがあるので、線のこっち側になるとオイシサが段違いになるのよね、そんなきんぐをよーやく見られるのねと。

 あと、個人的にお気に♪の朝風くんとあすくんとレオくんがいることもうれしい。まなはるもうれしいなー(笑)。←何故笑う。

 でもって、裏ヒロインは、ヒメだよね?(真顔)

 舞咲りん来ました、歌と声を謳い文句にしたステージに!
 『H2$』千秋楽、ブルドーザーのように唸りを上げてフィンチ@キムに突撃していったヒメが脳裏に浮かんでます。ああ、イメージの中でまっつが吹っ飛ばされてるわ……そりゃあもお、ちゅどーん!と。
 歌対決してください、思い存分! まっつVSヒメ! 負けそうでこわいけど、いやいや、負けないでまっつ!!(笑)

 夢華さんも経験値からして大きな扱いにはなるんだろうな、とりあえず歌ウマなのは事実だし。
 ただ、まっつより縦にも横にもはるかに大きいので、並びはアレだなあ。彼女はまっつのタメにペタンコ靴を履いてくれるのでしょうか。あと、若い彼女が隣に立つと、まっつの老けっぷりがよくわかるんじゃないかという危惧が……ゲフンゲフン。←まっつは若造ぢゃないとこが魅力なのよー!とか、言い訳してみる(笑)。

 まっつが座長で主演なのは想定内……とゆーか雪組上級生いないから(笑)。
 バウ主演すらしたことないのにいきなり巴里祭で座長で主演をした人だから、バウ初主演でも座長からやっちゃうんだろうなと。
 責任重大、つか、初日の緊張感パネェだろうなあ。巴里祭も初日の空気すごかったもんなあ。楽しみだ。←


 しかし、ポスターどうなるんだろ。
 そのかみたいに、全員載りくらいの勢いかと思ったんだが、こんだけきちんとスタークラスが出演したら、ふつーに数人だけになるかな。4~5人掲載だと、さらに画面センスが問われますよ稲葉せんせ。
 掲載人数が多ければ多いほどダサくなる悪寒……(笑)。いっそ全員載りならそんな危惧もなさそうだが、4人とか5人とかを使ってスタイリッシュなポスターは難しそう。
 つか、いなばっちはスターひとりどーん!というポスターしか作ったことナイんぢゃ……そか、超絶愉快な『Hallelujah GO! GO!』があったか……。
 あ、なんか不安しかなくなった……(笑)。

 参考資料 『Hallelujah GO! GO!』ポスター
 http://kageki.hankyu.co.jp/revue/06/star_bow_hallelujah/poster.html

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