ほんとうのルルは、どこにいたのか。

 本心を隠して生きるルル@あすかは、『My dear New Orleans』作中ではほとんど、真実の姿を見せていない、と思う。
 台詞にあるように、ルル自身がもうほんとうの自分を見失っているのだとは思う。そうしなければ生きてこられなかったから。

 ルルを愛する3人の男たち、ジョイ@トウコ、アンダーソン@しいちゃん、レニー@れおんは、実のところどこまでルルを見ていたんだろう?

 「本当のルルを知っているのは俺だけだ」と、3人とも思っているらしいけどねー。

 とりあえず、レニーは絶対わかってない(笑)。
 ルルを通り過ぎてきた男たちと同じで、彼女の微笑みに「自分にとって都合のいいルル」を見ているに過ぎない。
 それでも「実の姉弟である」という事実が彼の自信につながり、ルルの本心がどこにあるとしても深く考えず、安心していられた。
 恋人も夫も別れればただの他人だけど、姉弟は他人には絶対にならないから。ルルは永久にレニーの「愛する人」でいられる。

 その驕り、油断が、ジョイの出現で揺れ動き、本能的にやばいものを感じた彼は暴走して失敗する。
 ジョイ登場でうろたえるってことは、自分が見ていたルルが「真実のルル」でないことを、無意識には感じていたんだろうな。

 
 アンダーソンはひょっとしたら、「わかることができた」人かもしれない。
 何故なら彼は、ルルが心を閉ざして生きていることを知っていた。気づいていた。
 知っている、ということは、その奥の真実を知ることだって、できたかもしれないんだが……彼は、それを、しなかった。

 ルルはおそらく、アンダーソンも幾多の男たちと同じただのパトロンだと思っていただろう。彼女が見せる表の顔を彼女のすべてだと思い、支配しているつもりだろうと。
 だがアンダーソンはちがった。
 ルル自身がもう見失っている、彼女の真実の存在に気づいていた。

 だけど、それがアンダーソンの限界。
 知りながら、それを得ようとはしなかった。

 たぶん、アンダーソンはもう若くないんだ。年齢ではなく、魂が。
 富や地位を得ている彼は、そこまでですでに若さを失っている。なりふり構わず愛のために奔走したり絶叫したりしない。もう、守りに入ってしまっている。
 「欲しい」と思うのは、エネルギーだ。前へ出る分、打たれて傷つくかもしれない行為だ。
 アンダーソンはもう、そーゆーことをする「青さ」を持っていなかった。
 だから彼は最初から言うんだ。「そばにいろ、だが愛はいらない」。

 現時点では。
 この後彼がどう変わるかまではわからないが。

 
 そして、ジョイは。
 ……ほんとーのところ、ジョイもルルの真実の顔を知ることが出来たのかは、怪しいと思っている。
 こいつもレニーと同じで、「どんな男に抱かれたって、ルルの心は俺だけのモノだ」と思っているんぢゃないかと思う(笑)。
 レニーだけでなく、これまでのルルの男たちの中にも、同じように思っていた男たちはいくらでもいたんじゃないかと思う。

 だけどジョイが他の誰ともチガウのは、ほんとうに彼はルルの素の顔を知っていた、ということだ。……「10年前」に。

 10年前、少女だったルルは白人の男に乱暴されかけ、ジョイに助けられた。恐慌とその中での一縷の救い、という本能剥き出しになっていただろう生の顔をジョイにさらしている。
 見たことあったから知っていただけで、ソレなしで現在のルルと出会っていても、ジョイには真実のルルにたどり着かなかったと思うよ。だってジョイ、あまりに青臭い、ふつーにダメな男だもの。

 ジョイはヒーローじゃない。
 貧しさゆえに引き離されると泣いている子どもたちに、言葉と小銭をやることぐらいしかできない。殺された仲間のために歌うことしかできない。
 無力な、ふつーの若い男。

 そう、若さ。魂の、若さ。
 アンダーソンが持たないモノを、ジョイは持っている。
 愛の前に無防備に、傷つこうが失おうがお構いなしに突っ込んでいける。

 だからルルは、彼を愛したんだと思う。

 このままジョイと一緒にいれば、ルルは「失った自分」を取り戻せたのかもしれないね。
 ジョイを愛する心ゆえに、彼女は戻りたかった自分に、戻れたのかもしれない。
 だってジョイの瞳に映るルルは、ルルが汚れる前の純真なルルなんだから。

 
 ほんとうのルルは、どこにいたのか。

 別れの前、それを隠してジョイと戯れるルル。
 「Sweet Black Bird」を歌ってとせがみ、あるはずのない未来に微笑む。

 なにも知らないジョイは、恋人の睦言に相好を崩すばかりで。
 愛と夢と、幸せな未来を疑いもせず「約束」をするジョイに、ルルが言う。

「あなたが好きよ、ジョイ」

 それまでの「ニューオリンズ1美しいクレオール女」のルルではなく、ひとりの、少女の顔になる。

 「愛している」ではなくて、「好きよ」。
 10代の少女が口にする、告白の言葉のように。

 ルルから、「真実」がこぼれ落ちる。あふれ出す。

 その唐突さに、ジョイは一瞬ぽかんとして、すぐに微笑む。……ええいこのバカ男、わかってないだろナニも!
 そしてルルはすぐに、身を翻すんだ。またいつものルルに戻って、とりつくろうんだ。

 今、心が開いた。
 ずっとずっと、閉ざしていた、隠していた心が。

 ルル本人の意識とも別に、勝手にあふれ出した。

 だからルルは、逃げるしかない。
 ここにいたら、このままジョイといたら、ルルはもう仮面をつけることができなくなる。本当の自分に戻ってしまう。

 別れの言葉なんか、言えるはずがない。
 そんなことをしたら……!!

 パニックを起こす少女のように、レニーに言付けだけ頼んで去っていく切なさ。
 取り乱す姉を見て、呆然とするレニー。

 そして。

 るんるんしあわせいっぱいでニヤけているジョイ。

 ……レニーが思わず嘘をついてしまうのも、気持ちはわかる(笑)。
 ルルの真実も、その苦悩も慟哭も知らず、このボケ男がっ。と、思い切り傷つけてヨシ。
 ただし、ルルに捨てられたと放心しながらも、その愛が揺らぎないことを知ったならば、ルルの本心をちゃんと伝えるべきだったと思う。
 それをしなかったのは、レニーの歪み。いや、そーゆーキャラクタだし。

 ほんとのとこ、ジョイは「真実のルル」を理解なんかしてなかったと思う。
 理解していたら、別れを隠して必死に笑うルルに気づいたろうし、突然少女の表情になって告白する姿に疑問を持ったろう。

 それでも、ルルが愛したのはジョイなんだ。

 彼女が心を開き、真実の姿に戻ることが出来るのは、ジョイの前でだけなんだ。

 ジョイでなければ、ダメだった。
 家族でもお金持ちのパトロンでも、神様でもダメだった。
 ルルを救うことが出来たのは、ジョイだけだった。

 
 ルルは幸福だったと思う。
 「Sweet Black Bird」を聴きながら、生きてきて良かったと、心から魂から微笑んでいたのだと思う。
 失ったはずの、真実の顔で。

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