歪んだ正義ほど、こわいものはない。@オクラホマ!
2006年10月7日 タカラヅカ ジャド子は息をのんだ。
彼女の机の上に、花が生けられた花瓶と、黒いリボンをつけられたジャド子の写真が置いてあったからだ。
「ジャド子は昨日、自殺したのよ」
クラスでも中心的な存在であるカリ子が言う。
「だってジャド子、ブスだし臭いしびんぼーだし、根暗で卑屈で陰険で、生きてても仕方なかったもの。それで首を吊って死んだんですって(笑)」
華やかな美人で人気者のカリ子は、黙り込んでしまったジャド子にさらに言葉を重ねる。
「それでみんなで、ジャド子のお葬式をしようって話をしていたの」
「……お葬式?」
「ほらなにしろジャド子、みんなの嫌われ者だったでしょう? 誰かが率先してお葬式をしてあげなきゃ、誰もその死を悼んであげたりしないだろーし。だから、アタシがみんなに言ってあげるの。
『たしかにジャド子はゴキブリみたいに嫌われていたわ。醜くて卑怯で無能で、同じ空気吸うなボケ汚れるだろがッみたいな子だったけど。でもほんとうは、心の美しい子だったのよ』
って」
「…………」
「ジャド子は嫌われ者。ブスでバカで暗くて性格悪くてひがみっぽくて、みんなみんなジャド子を大嫌いだったけど、でも本当チガウのよ、ジャド子は実はいい子だったの」
「そう、ジャド子は嫌われ者のドブスだったけど、本当はいい子だったの」
「みんなジャド子をゴミでブタで臭い邪魔者だと思っていたけど、本当はいい子だったの」
カリ子の取り巻きたちも声を合わせて話し出す。
「本当はいい子だったのに、ジャド子。可哀想に、死んでしまって」
「可哀想なジャド子」
「可哀想なジャド子」
「…………もうやめて!!」
溜まりかねたジャド子は、机の上にあった花瓶をなぎ倒した。花瓶は教室の床に叩きつけられ、大きな音をたてて割れた。花が飛び散り、水が広がる。
「なにごとですか」
ドアが開き、担任教師が入ってきた。いつの間にか始業のベルが鳴っていたらしい。
「先生、ジャド子さんが花瓶を割ったんです」
「わたしたちなにもしてないのに、ジャド子さんったらひどいんです」
長身の女教師は黙ったままのジャド子を一瞥し、言い渡した。
「ジャド子さん、花瓶を片付けなさい。そしてそれが終わったら教室を出なさい。アナタに授業を受ける資格はないわ」
ジャド子はなにも言わず、跪いて破片を拾い始めた。そんな彼女に、クラスメイトたちの忍び笑いがあびせられる。
可哀想なジャド子。アナタはもう、死ぬしかしあわせになれないわよ? 嘲笑がそう言っている。
☆
……すみません、わたしダメでした、月組日生公演『オクラホマ!』。
なにがどう、出演者が演出が、などという以前の問題で。
生理的にダメです、この世界観。
いかにもアメリカ的な勧善懲悪。絶対正義の元、敵と仮定した対象には徹底した侮蔑と排除。敵の死や破滅に喝采を送るドライさ。ルール=自分だから、自分が勝つようにルールを歪めて、敵が負けるまで追いつめる。相手を陥れて自滅させ、名ばかりの裁判(出席者は全員自分の味方)を開いて自身の正当性を確立。
わたし、ウェットな日本人だから、ついていけないっす。
明るい他愛ない物語なんだけど、明るい他愛ない物語だからこそ、そこにあったりまえに肯定されている「歪み」がこわくてこわくて、正視できない。
カーリー@トドとローリー@あいは、周囲も認める両想いカップル。でも結婚前の男女がベタベタするのははしたいないし、相手に夢中だと思われるのもなんだかくやしいし……と、中学生程度の精神年齢で、ちょっとギクシャク。
そこへ、村の嫌われ者ジャッド@きりやんがローリーに横恋慕してきた。なにしろジャッドは気味の悪い男。道を歩いているだけで職務質問され、前を歩いていた女の子は「痴漢よ! 犯される!!」逃げ出し、下着泥棒が出たと言えば真っ先に疑われるよーな男。「絶対性犯罪者よ!」ローリーも村のみんなも、みーんなそう思っている。
でも、ジャッドはローリーの農場の下働きなの。誰もやりたがらないよーな仕事を押し付けられる、都合のいい下等労働者が必要だから、仕方なく雇っている。
ジャッドに村をあげてのイベントに誘われたローリー。承諾した理由は、「だって断ったりしたら、ナニされるかわからないじゃない!」。
カーリーはそんなジャッドに釘を刺しに行く。「やあジャッド! いいところにロープがあるな、どうだジャッド、このロープで自殺してみないか? みんなよろこぶぞ」。そして、えんえんジャッドの葬式の話をする。しかも美談として。
「嫌われ者だったジャッド。死んでしまって可哀想に。本当はいいヤツだったのに」と、えんえん、生きている本人の前で言い続ける。
心底、こわかったっす。
突然部屋に入ってきた顔見知り程度の人が、「ねえこあら、あんた嫌われ者なんだし、自殺してみない?」と言って、わたしの葬式の話をえんえんえんえんするとしたら。
悪意だけなら、まだわかるんだ。ああ、この人はわたしをキライで、わたしが邪魔なんだな。キライ=死ね、邪魔=死ね、という価値観の人なんだ、と思える。
でも、悪意だけじゃないの。
「大丈夫、死ねば『いい人だった』ってことになるわ。みんなあんたのために泣くわよ。感動的なシーンね」
と、ほんとーに感動的な話だと信じて言っているの。
正義なの! キライ=死ね、邪魔=死ねが、この人個人ではなく、この世界全部での「正義」であり「ルール」なの!
だって、陽気で痛快なラヴコメディなんだもの! 軽快な音楽で歌い踊るミュージカルなんだもの!
わたしには、理解できないし、したくもない。
こわいよーこわいよーこわいよー。ぶるぶるぶる。
嫌われ者ジャッドは絶対悪。だから、彼に対し、なにをしてもかまわない。そして、彼が虐げられ、歪められ、悲憤のうちに自滅するさまを、軽快なコメディとして、楽しく歌い踊って幕。
こわい。こわいよー。
ジャッドはカーリーに殺されるんだけど、「正当防衛」ってことでカーリーはその場で許されるしね。裁判はカーリーの味方だけで行われ、誰もジャッドの側には立たないしね。裁判やる意味ないし、そんなの。
で、その足でラヴラヴ新婚旅行だしね。
ブラックすぎるだろ。
もちろん、クソ古い作品だし、当時の世界観だとか世相だとか関係しているのは想像がつくし、本来ジャッドは同情の余地もないクソな悪役に描かれるべきなんだろう。
そーゆーもんだ、というのはわかる。
わかったうえで、わたしはこの作品を「いらない」と思う。生理的に許容できないので、いらない。
明るく楽しいラヴコメ部分と、敵認定した者への迫害が同じ世界にあるのがこわい。敵認定、なだけで、その敵とやらは具体的になにも悪いことはしていないの。でも、「敵」だから「悪」と決めつけ、「悪だから、虐げていい」。
「ジャド子ってキモくね?」
「キモいよねー。絶対なんかヤバいよあいつ」
「んじゃ、ちょっとくらい虐めていいよねー」
「いいよいいよ、みんな同じこと思ってるって」
「いなくなればいいのにね」
「キモいもんね」
嫌いな子の「お葬式ごっこ」をしていじめている、女子中学生みたいな怖さがある。本人たちには「正当で、たのしい日常」なあたりが。
彼女の机の上に、花が生けられた花瓶と、黒いリボンをつけられたジャド子の写真が置いてあったからだ。
「ジャド子は昨日、自殺したのよ」
クラスでも中心的な存在であるカリ子が言う。
「だってジャド子、ブスだし臭いしびんぼーだし、根暗で卑屈で陰険で、生きてても仕方なかったもの。それで首を吊って死んだんですって(笑)」
華やかな美人で人気者のカリ子は、黙り込んでしまったジャド子にさらに言葉を重ねる。
「それでみんなで、ジャド子のお葬式をしようって話をしていたの」
「……お葬式?」
「ほらなにしろジャド子、みんなの嫌われ者だったでしょう? 誰かが率先してお葬式をしてあげなきゃ、誰もその死を悼んであげたりしないだろーし。だから、アタシがみんなに言ってあげるの。
『たしかにジャド子はゴキブリみたいに嫌われていたわ。醜くて卑怯で無能で、同じ空気吸うなボケ汚れるだろがッみたいな子だったけど。でもほんとうは、心の美しい子だったのよ』
って」
「…………」
「ジャド子は嫌われ者。ブスでバカで暗くて性格悪くてひがみっぽくて、みんなみんなジャド子を大嫌いだったけど、でも本当チガウのよ、ジャド子は実はいい子だったの」
「そう、ジャド子は嫌われ者のドブスだったけど、本当はいい子だったの」
「みんなジャド子をゴミでブタで臭い邪魔者だと思っていたけど、本当はいい子だったの」
カリ子の取り巻きたちも声を合わせて話し出す。
「本当はいい子だったのに、ジャド子。可哀想に、死んでしまって」
「可哀想なジャド子」
「可哀想なジャド子」
「…………もうやめて!!」
溜まりかねたジャド子は、机の上にあった花瓶をなぎ倒した。花瓶は教室の床に叩きつけられ、大きな音をたてて割れた。花が飛び散り、水が広がる。
「なにごとですか」
ドアが開き、担任教師が入ってきた。いつの間にか始業のベルが鳴っていたらしい。
「先生、ジャド子さんが花瓶を割ったんです」
「わたしたちなにもしてないのに、ジャド子さんったらひどいんです」
長身の女教師は黙ったままのジャド子を一瞥し、言い渡した。
「ジャド子さん、花瓶を片付けなさい。そしてそれが終わったら教室を出なさい。アナタに授業を受ける資格はないわ」
ジャド子はなにも言わず、跪いて破片を拾い始めた。そんな彼女に、クラスメイトたちの忍び笑いがあびせられる。
可哀想なジャド子。アナタはもう、死ぬしかしあわせになれないわよ? 嘲笑がそう言っている。
☆
……すみません、わたしダメでした、月組日生公演『オクラホマ!』。
なにがどう、出演者が演出が、などという以前の問題で。
生理的にダメです、この世界観。
いかにもアメリカ的な勧善懲悪。絶対正義の元、敵と仮定した対象には徹底した侮蔑と排除。敵の死や破滅に喝采を送るドライさ。ルール=自分だから、自分が勝つようにルールを歪めて、敵が負けるまで追いつめる。相手を陥れて自滅させ、名ばかりの裁判(出席者は全員自分の味方)を開いて自身の正当性を確立。
わたし、ウェットな日本人だから、ついていけないっす。
明るい他愛ない物語なんだけど、明るい他愛ない物語だからこそ、そこにあったりまえに肯定されている「歪み」がこわくてこわくて、正視できない。
カーリー@トドとローリー@あいは、周囲も認める両想いカップル。でも結婚前の男女がベタベタするのははしたいないし、相手に夢中だと思われるのもなんだかくやしいし……と、中学生程度の精神年齢で、ちょっとギクシャク。
そこへ、村の嫌われ者ジャッド@きりやんがローリーに横恋慕してきた。なにしろジャッドは気味の悪い男。道を歩いているだけで職務質問され、前を歩いていた女の子は「痴漢よ! 犯される!!」逃げ出し、下着泥棒が出たと言えば真っ先に疑われるよーな男。「絶対性犯罪者よ!」ローリーも村のみんなも、みーんなそう思っている。
でも、ジャッドはローリーの農場の下働きなの。誰もやりたがらないよーな仕事を押し付けられる、都合のいい下等労働者が必要だから、仕方なく雇っている。
ジャッドに村をあげてのイベントに誘われたローリー。承諾した理由は、「だって断ったりしたら、ナニされるかわからないじゃない!」。
カーリーはそんなジャッドに釘を刺しに行く。「やあジャッド! いいところにロープがあるな、どうだジャッド、このロープで自殺してみないか? みんなよろこぶぞ」。そして、えんえんジャッドの葬式の話をする。しかも美談として。
「嫌われ者だったジャッド。死んでしまって可哀想に。本当はいいヤツだったのに」と、えんえん、生きている本人の前で言い続ける。
心底、こわかったっす。
突然部屋に入ってきた顔見知り程度の人が、「ねえこあら、あんた嫌われ者なんだし、自殺してみない?」と言って、わたしの葬式の話をえんえんえんえんするとしたら。
悪意だけなら、まだわかるんだ。ああ、この人はわたしをキライで、わたしが邪魔なんだな。キライ=死ね、邪魔=死ね、という価値観の人なんだ、と思える。
でも、悪意だけじゃないの。
「大丈夫、死ねば『いい人だった』ってことになるわ。みんなあんたのために泣くわよ。感動的なシーンね」
と、ほんとーに感動的な話だと信じて言っているの。
正義なの! キライ=死ね、邪魔=死ねが、この人個人ではなく、この世界全部での「正義」であり「ルール」なの!
だって、陽気で痛快なラヴコメディなんだもの! 軽快な音楽で歌い踊るミュージカルなんだもの!
わたしには、理解できないし、したくもない。
こわいよーこわいよーこわいよー。ぶるぶるぶる。
嫌われ者ジャッドは絶対悪。だから、彼に対し、なにをしてもかまわない。そして、彼が虐げられ、歪められ、悲憤のうちに自滅するさまを、軽快なコメディとして、楽しく歌い踊って幕。
こわい。こわいよー。
ジャッドはカーリーに殺されるんだけど、「正当防衛」ってことでカーリーはその場で許されるしね。裁判はカーリーの味方だけで行われ、誰もジャッドの側には立たないしね。裁判やる意味ないし、そんなの。
で、その足でラヴラヴ新婚旅行だしね。
ブラックすぎるだろ。
もちろん、クソ古い作品だし、当時の世界観だとか世相だとか関係しているのは想像がつくし、本来ジャッドは同情の余地もないクソな悪役に描かれるべきなんだろう。
そーゆーもんだ、というのはわかる。
わかったうえで、わたしはこの作品を「いらない」と思う。生理的に許容できないので、いらない。
明るく楽しいラヴコメ部分と、敵認定した者への迫害が同じ世界にあるのがこわい。敵認定、なだけで、その敵とやらは具体的になにも悪いことはしていないの。でも、「敵」だから「悪」と決めつけ、「悪だから、虐げていい」。
「ジャド子ってキモくね?」
「キモいよねー。絶対なんかヤバいよあいつ」
「んじゃ、ちょっとくらい虐めていいよねー」
「いいよいいよ、みんな同じこと思ってるって」
「いなくなればいいのにね」
「キモいもんね」
嫌いな子の「お葬式ごっこ」をしていじめている、女子中学生みたいな怖さがある。本人たちには「正当で、たのしい日常」なあたりが。