繰り返す、感謝の言葉・その1。@インフィニティ
2012年1月21日 タカラヅカ 舞台挨拶と芝居の台詞って、どうチガウんだろ?
挨拶だってフリートークじゃない、あらかじめ台本作ってあって、それを喋っているだけでしょう? 芝居の台詞と同じじゃん?
なのになんで、芝居の台詞は噛まずに言えて、挨拶はカミカミになるんだろう?
純粋に、不思議だ。
不思議だけど、そーゆーもんなんだ、と、改めて思いました。
『インフィニティ』の、まっつ挨拶にて。
挨拶って、噛むもんなんだ……。
まっつでも噛むんだから、噛むものなんだわ。
まっつを基準に世の中を考える(笑)。
いやしかし、まっつは今まで別に、挨拶を噛む人ではなかった。
つってもまあ、挨拶する機会なんてほとんどなかったわけだけど。
新人公演や、巴里祭を生で観てきてますが、別に彼はとりたてて噛んでなかった。ふつーに挨拶していた。
「泣きながら挨拶」が「ふつー」になっている新公でも、他の人が感極まって泣きながら挨拶している図も多々見かける「初めてのDS千秋楽」でも、まつださんは通常営業な挨拶しかしていなかった。
泣かないし、噛まないし。
はじめてのバウ主演の初日だって、泣かないし、噛まなかった。
そつがないというか、プロというか、大人というか。
よその劇団ならそれが当たり前なんだろうけど、タカラヅカにおいてはちょっと物足りない(笑)くらい、「実力派」「クール」の呼び名に違わぬ人だった。
そんな人が、公演途中から、噛みだした(笑)。
初日にあんなに流暢に挨拶していた人が……!
一旦噛み出すと癖になるのか、続けて噛む。
なんというか。
ほっとした。
ほんとに今まで、「台本通りの挨拶」的な人だったからなああ。
挨拶までが舞台の一貫、台詞の延長として、そつない面白味のない言葉を連ねているだけだったから。
顕著な例が『宝塚巴里祭2009』ですよ、わたし全公演観劇しましたが、まっつ個人の素の言葉というより、「言うのが当たり前のことだけを連ねた挨拶」でしたよ。もちろん、「お約束だから口にしているだけで心にもない」挨拶ではなく、本人の心にも沿っているのだろーけど、端正だけどそつなさ過ぎて、新たな発見はないという。
台詞のような挨拶しか、がんとしてしないところに本人らしさを見て、ファンがによによしていたくらい(笑)、隙を見せない人だった。
おかげさまで、挨拶にはなんの期待もしていない。
なにかおもしろいことを言ってくれるとか、それこそ素の顔で泣き出してくれるとか(笑)。
アドリブでウケを取ろうをしないのと同じで、挨拶も決まり切った定例句だけでまとめて終了だろうと。
ウケを狙わない、そんなところで客席におもねらない。舞台の質だけで勝負する。……ついでに、不要な労力も使わないエコロジスト(笑)、てなイメージ。
だったので。
ごく当たり前のことしか言う気がなさそうなのが見えるところに、「噛み」が発生し、オイシイことに。
彼が語る言葉は、ごく当たり前のこと。
これまでのバウホール挨拶で主演の人が5万回くり返してきたこと。ウケも狙わない、美辞麗句で飾らない、とてもシンプルにスタンダードなこと。
それを語るはずが、不用意に、噛んでしまう。
スタンダードを語るスタンダードなまっつ、通常営業のまっつ、が、噛んでしまうことによって、「他では見られないまっつ」になる。
失敗に対する反応、フォローの仕方に、本人のキャラが出る。
はい、自己ツッコミ入ります。
ひとり漫才状態。さすがまっつ……噛むとセルフツッコミ入れちゃうんだー。
笑いだすヒメに振り返ってツッコミ入れたり、すぱっ、すぱっと。
圧倒的に舞台を勤め上げた主演さんが、生身の人間としてのかわいらしさを見せる……わけですよ、これをオイシイと言わずにどうしろと(笑)。
また、まっつが挨拶を噛むことによって、共演している下級生たちの反応も変わってくる。
最初のうちは「まっつさんは挨拶も完璧にして当たり前」って感じで、そこに意識を置いてなかった。でも、まっつがカミカミぶりを披露するようになってからは、下級生たちもそれぞれ「個」を見せて、まっつに注目する。
一緒になってうなずいているきんぐや、かーちゃんみたいな目で見守っているコマはもちろんのこと、両翼端にいる超下級生たちまでもが、すごいオーラを飛ばしてまっつを見守っている。
あー、いいカンパニーだ。
共演者たちの信頼、愛情が見える。
そう思って、胸が熱くなった。
そして。
そんな状態が続いていた、ある日。
ハンパに続く(笑)。
挨拶だってフリートークじゃない、あらかじめ台本作ってあって、それを喋っているだけでしょう? 芝居の台詞と同じじゃん?
なのになんで、芝居の台詞は噛まずに言えて、挨拶はカミカミになるんだろう?
純粋に、不思議だ。
不思議だけど、そーゆーもんなんだ、と、改めて思いました。
『インフィニティ』の、まっつ挨拶にて。
挨拶って、噛むもんなんだ……。
まっつでも噛むんだから、噛むものなんだわ。
まっつを基準に世の中を考える(笑)。
いやしかし、まっつは今まで別に、挨拶を噛む人ではなかった。
つってもまあ、挨拶する機会なんてほとんどなかったわけだけど。
新人公演や、巴里祭を生で観てきてますが、別に彼はとりたてて噛んでなかった。ふつーに挨拶していた。
「泣きながら挨拶」が「ふつー」になっている新公でも、他の人が感極まって泣きながら挨拶している図も多々見かける「初めてのDS千秋楽」でも、まつださんは通常営業な挨拶しかしていなかった。
泣かないし、噛まないし。
はじめてのバウ主演の初日だって、泣かないし、噛まなかった。
そつがないというか、プロというか、大人というか。
よその劇団ならそれが当たり前なんだろうけど、タカラヅカにおいてはちょっと物足りない(笑)くらい、「実力派」「クール」の呼び名に違わぬ人だった。
そんな人が、公演途中から、噛みだした(笑)。
初日にあんなに流暢に挨拶していた人が……!
一旦噛み出すと癖になるのか、続けて噛む。
なんというか。
ほっとした。
ほんとに今まで、「台本通りの挨拶」的な人だったからなああ。
挨拶までが舞台の一貫、台詞の延長として、そつない面白味のない言葉を連ねているだけだったから。
顕著な例が『宝塚巴里祭2009』ですよ、わたし全公演観劇しましたが、まっつ個人の素の言葉というより、「言うのが当たり前のことだけを連ねた挨拶」でしたよ。もちろん、「お約束だから口にしているだけで心にもない」挨拶ではなく、本人の心にも沿っているのだろーけど、端正だけどそつなさ過ぎて、新たな発見はないという。
台詞のような挨拶しか、がんとしてしないところに本人らしさを見て、ファンがによによしていたくらい(笑)、隙を見せない人だった。
おかげさまで、挨拶にはなんの期待もしていない。
なにかおもしろいことを言ってくれるとか、それこそ素の顔で泣き出してくれるとか(笑)。
アドリブでウケを取ろうをしないのと同じで、挨拶も決まり切った定例句だけでまとめて終了だろうと。
ウケを狙わない、そんなところで客席におもねらない。舞台の質だけで勝負する。……ついでに、不要な労力も使わないエコロジスト(笑)、てなイメージ。
だったので。
ごく当たり前のことしか言う気がなさそうなのが見えるところに、「噛み」が発生し、オイシイことに。
彼が語る言葉は、ごく当たり前のこと。
これまでのバウホール挨拶で主演の人が5万回くり返してきたこと。ウケも狙わない、美辞麗句で飾らない、とてもシンプルにスタンダードなこと。
それを語るはずが、不用意に、噛んでしまう。
スタンダードを語るスタンダードなまっつ、通常営業のまっつ、が、噛んでしまうことによって、「他では見られないまっつ」になる。
失敗に対する反応、フォローの仕方に、本人のキャラが出る。
はい、自己ツッコミ入ります。
ひとり漫才状態。さすがまっつ……噛むとセルフツッコミ入れちゃうんだー。
笑いだすヒメに振り返ってツッコミ入れたり、すぱっ、すぱっと。
圧倒的に舞台を勤め上げた主演さんが、生身の人間としてのかわいらしさを見せる……わけですよ、これをオイシイと言わずにどうしろと(笑)。
また、まっつが挨拶を噛むことによって、共演している下級生たちの反応も変わってくる。
最初のうちは「まっつさんは挨拶も完璧にして当たり前」って感じで、そこに意識を置いてなかった。でも、まっつがカミカミぶりを披露するようになってからは、下級生たちもそれぞれ「個」を見せて、まっつに注目する。
一緒になってうなずいているきんぐや、かーちゃんみたいな目で見守っているコマはもちろんのこと、両翼端にいる超下級生たちまでもが、すごいオーラを飛ばしてまっつを見守っている。
あー、いいカンパニーだ。
共演者たちの信頼、愛情が見える。
そう思って、胸が熱くなった。
そして。
そんな状態が続いていた、ある日。
ハンパに続く(笑)。