あけましておめでとうございます。
「ムラにいる」ことを疑わないメールを複数いただいたりしましたが、残念ながら元旦は家族行動です。
毎年恒例の伏見稲荷。
「去年はなんか真っ暗だったよな。なんであんな時間に伏見稲荷にいたんだろう」
と、弟。
去年は元旦午後6時半に清荒神駅待ち合わせだったからじゃない? 待ち合わせ時点ですでに日は暮れていたはず。
「そうだった。最寄り駅で阪急の初詣一日乗車券買おうとしたら、駅員に驚かれたんだ。『えっ、今から?!』って」
夕方から一日乗車券買ったっていいじゃんねー。
大阪ー宝塚ー京都と三都市回るなら、初詣切符の方が便利だもん。
「清荒神行ってから伏見稲荷に行ったんだった……だからあんな時間に。真っ暗で、すごく寒くて、雪が積もってて。なんであんな無茶なスケジュールだったんだっけ」
仕方ないじゃない。
2011年元旦は、まっつが雪組に組替えになってはじめての公演の初日なのよっ。
「知らんがな。どーでもええがな」
ちなみに今年の5日も、家族で伊勢神宮へ行く話が出ていたが、わたしが断ったためにお流れになった。
「誰かさんが、どーしても5日はダメだって言うから」
仕方ないじゃない。
2012年1月5日は、まっつのはじめてのバウ主演の初日なのよっ。
「知らんがな。どーでもええがな」
という会話をしつつ、元旦くらいは家族サービス。
伏見稲荷は五穀豊穣、商売繁盛、全国のおいなりさんの総本山。自営業なわたしたちには重要な神様。
もちろん毎年、「宝塚歌劇団 未涼亜希さんの繁栄」もお祈りしてまっつ。
辛口ぶりがすでにネタにしか思えない、伏見稲荷のおみくじでは、「凶 後 大吉」を引きました。
「今は死ぬほどつらい、生きているのが不思議なくらいだけど、そのあとよくなるから、まあがんばれや」という内容でした。
そっか……死ぬほどつらい日々なのかー……(笑)。
弟はにらにら笑うだけで「ここのおみくじは絶対引かない、悪いことしか書いてないから」と言う。うん、大吉でも人生絶望しかないみたいなこと、平気で書いてあるもんねー。
いわゆる「おみくじ」ではなく、ネタ認識ですから、ここのおみくじ。……ちなみに、山の上で引いてます。無料です。
伏見稲荷のファンなので、平成24年1月1日発行と奥付に記された写真集を、山の上で買いました。
ISBNないから書店流通なし、同人誌のよーなもんっすね。
この写真集がすばらしいクオリティ!!
「伏見稲荷」の魅力(笑)をわかった人が撮影・デザインしているので、見ていてわくわくする。
一目惚れしました。
どう素敵かとゆーと、ホラーファンのツボをつかみまくりです。美しくてこわい、こわいけれど美しい……そんな世界が表現されてます。
真の恐怖は究極の美と静寂の中にある。グロとか悲鳴とか殺戮なんかとは、一線を画している。
伏見稲荷はこわくて美しい、美しいけどこわい、素敵なところ。
強力なパワースポットでもあるんだと思う。わたしは虚弱かつヨゴレた人間だけど、ここの山をひとめぐりすると、すかーっと元気になっているもの。……山歩き自体はしんどいけどねー。よぼよぼ。
この世のものならぬ力……を感じることは、霊感も信心もまったく持たないただのミーハーのわたしにはできない。
ただ、本能的な畏怖を持つ。無数の炎の捧げられた祠の奥にある澱んだ池、周囲を無数の鳥居で埋められた先の、何重もの縄の巻かれた巨大な石。
「こわい。なんか、こわいよ」
少ない語彙しか持たないだろう幼児が、山の上で泣きそうにくり返している。親らしい連れの大人が笑ってなだめていた。
下界から切り離された山の上、連なり続ける朱い鳥居。
ここから感じるモノを、幼児は「こわい」としか表現できないんだろう。
うん、こわい。こわいね。
半泣きの小さな男の子に、わたしたち家族は勝手に相槌を打ちつつ、すれ違う。キモチはわかるよ、と。
うつくしくて、こわいところ。
異世界とつながっていても違和感を持たないところ。
なんて楽しいテーマパーク。
「初詣どこ行った?」
と聞いてくる人全員にお勧めしまくっている(笑)。一見の価値はあるから、行ってみてくれ、と。
元旦に行くと人が多すぎで、本殿参拝まで1時間くらい渋滞するけど(笑)。
んで、ほんとの意味で楽しいのは山の上だから、女子はヒールを履かないこと。ヒールで山登りできる人は履いてもいいけど、ヒールが傷むからやめた方が無難っす(経験談)。
昼と夜では趣が変わるので、2回行くのがいいけどなー。あ、夜はマジこわいです。
そんなテーマパーク、パワースポットで。
世界だとか日本だとか、被災された方々のことだとか、大きなことを祈るかたわら、自分や家族の健康を祈り。
それと同じ温度で、まっつのことを祈る。
未涼亜希さんが、しあわせでありますように。
「ムラにいる」ことを疑わないメールを複数いただいたりしましたが、残念ながら元旦は家族行動です。
毎年恒例の伏見稲荷。
「去年はなんか真っ暗だったよな。なんであんな時間に伏見稲荷にいたんだろう」
と、弟。
去年は元旦午後6時半に清荒神駅待ち合わせだったからじゃない? 待ち合わせ時点ですでに日は暮れていたはず。
「そうだった。最寄り駅で阪急の初詣一日乗車券買おうとしたら、駅員に驚かれたんだ。『えっ、今から?!』って」
夕方から一日乗車券買ったっていいじゃんねー。
大阪ー宝塚ー京都と三都市回るなら、初詣切符の方が便利だもん。
「清荒神行ってから伏見稲荷に行ったんだった……だからあんな時間に。真っ暗で、すごく寒くて、雪が積もってて。なんであんな無茶なスケジュールだったんだっけ」
仕方ないじゃない。
2011年元旦は、まっつが雪組に組替えになってはじめての公演の初日なのよっ。
「知らんがな。どーでもええがな」
ちなみに今年の5日も、家族で伊勢神宮へ行く話が出ていたが、わたしが断ったためにお流れになった。
「誰かさんが、どーしても5日はダメだって言うから」
仕方ないじゃない。
2012年1月5日は、まっつのはじめてのバウ主演の初日なのよっ。
「知らんがな。どーでもええがな」
という会話をしつつ、元旦くらいは家族サービス。
伏見稲荷は五穀豊穣、商売繁盛、全国のおいなりさんの総本山。自営業なわたしたちには重要な神様。
もちろん毎年、「宝塚歌劇団 未涼亜希さんの繁栄」もお祈りしてまっつ。
辛口ぶりがすでにネタにしか思えない、伏見稲荷のおみくじでは、「凶 後 大吉」を引きました。
「今は死ぬほどつらい、生きているのが不思議なくらいだけど、そのあとよくなるから、まあがんばれや」という内容でした。
そっか……死ぬほどつらい日々なのかー……(笑)。
弟はにらにら笑うだけで「ここのおみくじは絶対引かない、悪いことしか書いてないから」と言う。うん、大吉でも人生絶望しかないみたいなこと、平気で書いてあるもんねー。
いわゆる「おみくじ」ではなく、ネタ認識ですから、ここのおみくじ。……ちなみに、山の上で引いてます。無料です。
伏見稲荷のファンなので、平成24年1月1日発行と奥付に記された写真集を、山の上で買いました。
ISBNないから書店流通なし、同人誌のよーなもんっすね。
この写真集がすばらしいクオリティ!!
「伏見稲荷」の魅力(笑)をわかった人が撮影・デザインしているので、見ていてわくわくする。
一目惚れしました。
どう素敵かとゆーと、ホラーファンのツボをつかみまくりです。美しくてこわい、こわいけれど美しい……そんな世界が表現されてます。
真の恐怖は究極の美と静寂の中にある。グロとか悲鳴とか殺戮なんかとは、一線を画している。
伏見稲荷はこわくて美しい、美しいけどこわい、素敵なところ。
強力なパワースポットでもあるんだと思う。わたしは虚弱かつヨゴレた人間だけど、ここの山をひとめぐりすると、すかーっと元気になっているもの。……山歩き自体はしんどいけどねー。よぼよぼ。
この世のものならぬ力……を感じることは、霊感も信心もまったく持たないただのミーハーのわたしにはできない。
ただ、本能的な畏怖を持つ。無数の炎の捧げられた祠の奥にある澱んだ池、周囲を無数の鳥居で埋められた先の、何重もの縄の巻かれた巨大な石。
「こわい。なんか、こわいよ」
少ない語彙しか持たないだろう幼児が、山の上で泣きそうにくり返している。親らしい連れの大人が笑ってなだめていた。
下界から切り離された山の上、連なり続ける朱い鳥居。
ここから感じるモノを、幼児は「こわい」としか表現できないんだろう。
うん、こわい。こわいね。
半泣きの小さな男の子に、わたしたち家族は勝手に相槌を打ちつつ、すれ違う。キモチはわかるよ、と。
うつくしくて、こわいところ。
異世界とつながっていても違和感を持たないところ。
なんて楽しいテーマパーク。
「初詣どこ行った?」
と聞いてくる人全員にお勧めしまくっている(笑)。一見の価値はあるから、行ってみてくれ、と。
元旦に行くと人が多すぎで、本殿参拝まで1時間くらい渋滞するけど(笑)。
んで、ほんとの意味で楽しいのは山の上だから、女子はヒールを履かないこと。ヒールで山登りできる人は履いてもいいけど、ヒールが傷むからやめた方が無難っす(経験談)。
昼と夜では趣が変わるので、2回行くのがいいけどなー。あ、夜はマジこわいです。
そんなテーマパーク、パワースポットで。
世界だとか日本だとか、被災された方々のことだとか、大きなことを祈るかたわら、自分や家族の健康を祈り。
それと同じ温度で、まっつのことを祈る。
未涼亜希さんが、しあわせでありますように。
はじめまして、イシダ先生。@復活 -恋が終わり、愛が残った-
2012年1月2日 タカラヅカ 2012年1月は、忙しい。
5日からしばらくは、なにもできなくなる。
じゃあ花組公演をどうしよう、いつ観よう。雪組DC公演をいつ観よう。
悩むところでした。
DCを観に行けるのは2~4日の3日間しかないけど、花組は17日以降もやっている。んじゃまずは雪DCを優先して、花組は後半になってからだな。
と、年末には考えたんだけど。
結局、正月早々観に行っちゃった。
や、めぐむとアーサー、ラストなんだもん。
いつも買わないプログラムまで買っちゃった。だって、彼らのスチールが載るのはこれが最後なんだもん。
イシダ先生とは、気が合わない。
演出家としての力はある人だと思うが、わたしに合わないし、タカラヅカにも合わないものを多く書いている。
ジェンヌに下ネタを言わせたいだけなら、臓器移植キャンペーンをやりたいだけなら、どこが別の団体で、好きなだけセクハラしたり信仰活動したりしてくださいよ。
てのが、わたしのイシダ感。
好きな作品もあるけれど、許せないと思うモノの方が圧倒的に多く、なまじ作劇自体は出来ているからムカつき度が半端ナイ……という。
「物語」にすらなっていない、クリエイター名乗るな、という植爺とはまた別の苦手意識。
はじめて、イシダ作品なのに好きだと思える作品に出会った。
花組公演『復活 -恋が終わり、愛が残った-』。
イシダ作品をイイと思ったのは、『大坂侍』以来か。とはいえ、『大坂侍』もイシダらしい逆ツボはあった。彼の「笑い」とは相入れない。
『おかしな二人』は「こーゆーもの」と思って観たので、強い逆ツボはなかったが、別に好きだとも思わない。演じていた人たちが好きなだけ。
つまらんギャグがないって、こんなにストレスなく観劇できるものなのか。
おてもやんと下ネタ、オヤジギャグがないだけで、こんだけ作品のクオリティって変わるんだな(笑)。
そして、下ネタと寒ギャグ以上にわたしの逆鱗に触れる、作品解説者がいないのは、大きい。
作品はたしかに作者のものだが、それを読んで・観て、どう感じるかは読者・観客の自由だ。
なのにイシダ作品は「この台詞はこう感じなさい、それ以外の感じ方は許さない」と、いちいち作品中で「解説」する。「この場面はこう、このキャラの行動はこう」と、「解説」する。
国語のテストの「このとき主人公が何故こう言ったのかを50文字以内で記せ」の解答を作中で披露する。
観客の自由を束縛する独裁者、それがわたしにはもっともあり得ない。
いやぁ、イシダでロシア文学、マジで幕開きは現代で、イマドキの若者カップルが「トルストイなんて、暗いし重いしわけわかんない~~」とか言っていて、それを聞いた通りすがりの老人が「馬鹿者、トルストイはなにも、暗くて重くてわけわからんだけの物語ではないぞ」とか説明をはじめ、舞台がロシアになったあとも要所要所で現代カップルと老人が現れ、「どうしてカチューシャはあんなことを言ったの? ネフリュードフを愛していないの?」「カチューシャは真にネフリュードフを愛しているから、彼の重荷にはなりたくないと思ったんじゃ」「そうか! 身を引くことが愛の証だったんですね!」とかやって、ラストは「俺も一生懸命自分の人生を生きてみるよ。そうしなきゃって思ったんだ」「あたしも。精一杯愛するわ」とか、いーかげんだったカップルが改心して、老人に礼を言うのね。彼らの背景にロシアパートの人たちがせり上がってきて、老人が「いつの時代も……」と普遍的な愛について語って幕。
……になるかもしれないと、本気で思ったもんよ。
なんつーんだ、児童向け学習マンガのノリ。本編のコマの外側にいるタロウくんとハナコちゃんが「これってどういうこと?」とやって、「それはね……」とハテナ先生が答え、「そうか、だから主人公はこう言ったんだね!」と納得する、みたいな。
学習マンガは「勉強」のためマンガの手法を使っているだけで、「正しい答え・テストで○をもらえる答え」が決まっているので、読者をそこへ導くためにある。
イシダ作品はあまりにそれと同じ方法で書かれるので苦手。
作者が許す答え以外を、観客が感じることを許さない。
それとも、観客を小学生以下の理解力や感性しか持たないと本気で思って、学習マンガにしているのか。
どっちにしろ、いらん。
とまあ。過去に同じことを何度も語っていてアレですが、過去ログなんて膨大すぎてわたしだってなかなか発掘できないんだから、再度書く(笑)。
そんなこんなで、「贔屓に出てほしくない演出家ランキング」の首位争いを植爺と共にしているのがイシダ先生です。まあ、首位は植爺不動だけど。争っているのは確か(笑)。
ただイシダ作品は、作劇自体は悪くないので、贔屓が出ていなければ、つまり、1回観る分には楽しく観られる場合も多いです。
だから、他組で上演する分には「植爺と並列したら、イシダせんせに悪いわ」とは思っています。
贔屓が出ていないから、点数甘くなっている部分はあると思う。
でも、『復活』は、おもしろかった。
はじめて、イシダ作品を好きだと思えた。
解説者はいないけど、それに近いくらいみんな「まとめ語り」=作者の見解語りをしているけれど、許容範囲。エンタメならこれくらいのウザさやあざとさは必要。
わかりやすく緊張感を持ってまとめてあるし、キャラクタがみんな魅力的。
人生の縮図というか、どこかに感情移入できる……つーか、どのキャラにも人格と人生が見え、そこからも物語を膨らませてゆける。
キャストのハマり具合も見事。
ストーリー自体はじくじく系というか、ぬかるみに足が沈んでいくよーな触感の話なんだが、それでもキャラクタの魅力でドラマに集中しやすい。
この物語の主人公が、らんとむでよかった。
蘭寿さんの熱と誠実さ、そして文句ナシのかっこよさで、いろんな意味で残念なネフリュードフという男を魅力的に見せている。
らんとむ自身がまだ役に落ち着いていないのかもしれないけれど。
……ここまでが、1月5日に走り書きしたテキスト。らんとむ氏に関しては、初見感想が上書きされちゃってるので書けないわー。
2回目に観たとき、らんとむの芝居について、ちょっと引っかかったので。
まあソレは、また別の話ってことで。
『復活』おもしろかった!
5日からしばらくは、なにもできなくなる。
じゃあ花組公演をどうしよう、いつ観よう。雪組DC公演をいつ観よう。
悩むところでした。
DCを観に行けるのは2~4日の3日間しかないけど、花組は17日以降もやっている。んじゃまずは雪DCを優先して、花組は後半になってからだな。
と、年末には考えたんだけど。
結局、正月早々観に行っちゃった。
や、めぐむとアーサー、ラストなんだもん。
いつも買わないプログラムまで買っちゃった。だって、彼らのスチールが載るのはこれが最後なんだもん。
イシダ先生とは、気が合わない。
演出家としての力はある人だと思うが、わたしに合わないし、タカラヅカにも合わないものを多く書いている。
ジェンヌに下ネタを言わせたいだけなら、臓器移植キャンペーンをやりたいだけなら、どこが別の団体で、好きなだけセクハラしたり信仰活動したりしてくださいよ。
てのが、わたしのイシダ感。
好きな作品もあるけれど、許せないと思うモノの方が圧倒的に多く、なまじ作劇自体は出来ているからムカつき度が半端ナイ……という。
「物語」にすらなっていない、クリエイター名乗るな、という植爺とはまた別の苦手意識。
はじめて、イシダ作品なのに好きだと思える作品に出会った。
花組公演『復活 -恋が終わり、愛が残った-』。
イシダ作品をイイと思ったのは、『大坂侍』以来か。とはいえ、『大坂侍』もイシダらしい逆ツボはあった。彼の「笑い」とは相入れない。
『おかしな二人』は「こーゆーもの」と思って観たので、強い逆ツボはなかったが、別に好きだとも思わない。演じていた人たちが好きなだけ。
つまらんギャグがないって、こんなにストレスなく観劇できるものなのか。
おてもやんと下ネタ、オヤジギャグがないだけで、こんだけ作品のクオリティって変わるんだな(笑)。
そして、下ネタと寒ギャグ以上にわたしの逆鱗に触れる、作品解説者がいないのは、大きい。
作品はたしかに作者のものだが、それを読んで・観て、どう感じるかは読者・観客の自由だ。
なのにイシダ作品は「この台詞はこう感じなさい、それ以外の感じ方は許さない」と、いちいち作品中で「解説」する。「この場面はこう、このキャラの行動はこう」と、「解説」する。
国語のテストの「このとき主人公が何故こう言ったのかを50文字以内で記せ」の解答を作中で披露する。
観客の自由を束縛する独裁者、それがわたしにはもっともあり得ない。
いやぁ、イシダでロシア文学、マジで幕開きは現代で、イマドキの若者カップルが「トルストイなんて、暗いし重いしわけわかんない~~」とか言っていて、それを聞いた通りすがりの老人が「馬鹿者、トルストイはなにも、暗くて重くてわけわからんだけの物語ではないぞ」とか説明をはじめ、舞台がロシアになったあとも要所要所で現代カップルと老人が現れ、「どうしてカチューシャはあんなことを言ったの? ネフリュードフを愛していないの?」「カチューシャは真にネフリュードフを愛しているから、彼の重荷にはなりたくないと思ったんじゃ」「そうか! 身を引くことが愛の証だったんですね!」とかやって、ラストは「俺も一生懸命自分の人生を生きてみるよ。そうしなきゃって思ったんだ」「あたしも。精一杯愛するわ」とか、いーかげんだったカップルが改心して、老人に礼を言うのね。彼らの背景にロシアパートの人たちがせり上がってきて、老人が「いつの時代も……」と普遍的な愛について語って幕。
……になるかもしれないと、本気で思ったもんよ。
なんつーんだ、児童向け学習マンガのノリ。本編のコマの外側にいるタロウくんとハナコちゃんが「これってどういうこと?」とやって、「それはね……」とハテナ先生が答え、「そうか、だから主人公はこう言ったんだね!」と納得する、みたいな。
学習マンガは「勉強」のためマンガの手法を使っているだけで、「正しい答え・テストで○をもらえる答え」が決まっているので、読者をそこへ導くためにある。
イシダ作品はあまりにそれと同じ方法で書かれるので苦手。
作者が許す答え以外を、観客が感じることを許さない。
それとも、観客を小学生以下の理解力や感性しか持たないと本気で思って、学習マンガにしているのか。
どっちにしろ、いらん。
とまあ。過去に同じことを何度も語っていてアレですが、過去ログなんて膨大すぎてわたしだってなかなか発掘できないんだから、再度書く(笑)。
そんなこんなで、「贔屓に出てほしくない演出家ランキング」の首位争いを植爺と共にしているのがイシダ先生です。まあ、首位は植爺不動だけど。争っているのは確か(笑)。
ただイシダ作品は、作劇自体は悪くないので、贔屓が出ていなければ、つまり、1回観る分には楽しく観られる場合も多いです。
だから、他組で上演する分には「植爺と並列したら、イシダせんせに悪いわ」とは思っています。
贔屓が出ていないから、点数甘くなっている部分はあると思う。
でも、『復活』は、おもしろかった。
はじめて、イシダ作品を好きだと思えた。
解説者はいないけど、それに近いくらいみんな「まとめ語り」=作者の見解語りをしているけれど、許容範囲。エンタメならこれくらいのウザさやあざとさは必要。
わかりやすく緊張感を持ってまとめてあるし、キャラクタがみんな魅力的。
人生の縮図というか、どこかに感情移入できる……つーか、どのキャラにも人格と人生が見え、そこからも物語を膨らませてゆける。
キャストのハマり具合も見事。
ストーリー自体はじくじく系というか、ぬかるみに足が沈んでいくよーな触感の話なんだが、それでもキャラクタの魅力でドラマに集中しやすい。
この物語の主人公が、らんとむでよかった。
蘭寿さんの熱と誠実さ、そして文句ナシのかっこよさで、いろんな意味で残念なネフリュードフという男を魅力的に見せている。
らんとむ自身がまだ役に落ち着いていないのかもしれないけれど。
……ここまでが、1月5日に走り書きしたテキスト。らんとむ氏に関しては、初見感想が上書きされちゃってるので書けないわー。
2回目に観たとき、らんとむの芝居について、ちょっと引っかかったので。
まあソレは、また別の話ってことで。
『復活』おもしろかった!
英雄であるということ。@Samourai
2012年1月3日 タカラヅカ
1月は忙しい。特に前半、わたしはなにかと身動き取れない日々になる。
だから年末から上演している公演は、年末の内に観劇しておきたかったのに。
チケットが手に入らず、1月にズレ込んだ。
うああ、なんでこー忙しいんだ、って全部自分勝手なだけなんだけど!(笑)
んで、どんなに忙しくても、もう一度観たかったんだ。
雪組DC公演『Samourai』。
泣きました。
とっても気持ちよく、大泣きしました。
日本が明治になった頃、前田正名@キムは念願のフランス・パリ留学を果たした。しかしそこで待っていたのは差別の日々。日本人なんて人間扱いされやしねえ。それでも日本人の誇りを胸に、正名と相棒の渡会@ちぎは留学生やってましたと。
そんな折、普仏戦争勃発、フランス政府瓦解。パリの人々は政府のやり方を認めず、独自でプロイセンへ抵抗する。正名と渡会もパリ市民として、パリの侍として戦争に加わる……てな話。
あ、あらすじにヒロイン・マリー@みみちゃんの名前が出てこない……。
とっても谷作品。ストーリーもテーマも。そして、キャストも。
谷せんせのお気に入りさんばっか集めてあるなーと。
歌ウマのがおりくんが「声」をテーマにしたバウに出ないことが残念だったりしたんだが、考えてみりゃわかる、彼は谷せんせのお気に入りの生徒のひとりじゃん、と。
演出家も人間、役者への好みはある。この演出家だといつも扱いがイイとか良くないとか、あるもんなー。
キムちぎヲヅキがおりホタテあんなさらさ……あたりは、谷せんせ好きなんだろうなーと思う、過去の役付から見ても。
そういう、好きに自由に構成する公演は、演出家も出演者も、やりがいがあるだろう。
原作は未読だけれど、主人公が、ナニかしているあたりが、原作のおかげかなと思う。
谷せんせの大好きな「英雄モノ」って、主人公がみんなから愛され、親友も仲間も部下もみんなみんな主人公のために笑って死んでいき、敵からは特別に憎まれて(愛と憎しみは同義語、愛の反対は無関心)、「大切な命」「命は宝」とことさら持ち上げるくせにその命を簡単に投げ出すことが萌え、という価値観で形成されている。
で、その英雄な主人公はナニもしない。
……とゆーのが、パターンなんですよ。周りが勝手にいろいろやって死んでいくけど、主人公はナニもしないの。だけど英雄なの。
あ、子守歌だけは歌うか。ここぞってときに歌って、みんなを泣かせる(笑)。主人公がするのって、それくらい。
それがお約束なのに、正名は実際に自分でも動いているので、「おおっ、原作付きってすごい!」と思った。
んで、これも谷せんせのお約束、英雄に、女は要らない。
恋愛要素は少なめ……ってゆーか、作者は、興味がない。
男が男のために命を懸けるのが尊いわけで、女のためなんて不純。女は飾り。いなくてヨシ。
谷作品ならばヒロインはお飾りだと覚悟しましょう。主人公はすべての人から愛されるので、もちろんヒロインもいつの間にか主人公にめろめろだけど、主人公は別にヒロインのことなんてなんとも思ってない。ヒロインがいることになっているので、形式上好きということにしているだけ。
それより、男たちの友情だーの、生きるの死ぬのの方に、重点と情熱を懸けている。
マリー@みみちゃんはまだ、マシな描かれ方だわ……。数々の谷作品のヒロインに比べたら。
んで、谷せんせの真の萌えは、主人公も非業の最期を遂げることこそにあるので、正名が生き残るのは残念なんだと思う。
困った萌えだよな-。
まあ、正名は生き残っちゃうけど、それまでにさんざん「大切な命」を失う仲間たちを惜しんで嘆きまくれるので、気は済んでいるのかもしれない。
谷せんせの「皆殺しこそカタルシス」だと思っているところは、好きじゃない。
死を描いて涙を誘うのはいちばん簡単な方法、ドーピングだと思っている。それで1位取っても実力じゃないよね的な。
でもたまになら受け入れられる。
谷せんせも最近はあまり、皆殺しやらなくなったし。
で、好きこそものの上手なれ、谷せんせは皆殺しが上手。
せっかく人の命を使ってドラマを盛り上げているんだから、ヘタに描かれたらつまらない。
男役をとことんかっこよく描き、観客の涙を搾り取ってくれなきゃだわ。
実際そうやって描かれた『Samourai』は、格好良かった。
ツッコミどころや間違っているところがどれだけあろうと、作者のすげー意気込み、パッションは伝わる。
「俺はコレが描きたいんだっ。うおお、これぞ美学、かっけーーっ!!」と、唾飛ばしながら興奮して表現しているのが、伝わってくる。
タカラヅカの範囲内で、タカラヅカの表現方法を採りながら、自分の萌えを本気で描いている様にドキドキします。
そのアツさに、巻き込まれます。
また、出演者が全霊をあげてソレに応えてるし。
キムくんたちの熱演で、間違いもツッコミもぶっ飛ぶし。
素直に、カッコイイ、と喝采し、その死に泣くの。
キムくんは、どこまで巧くなるんだろう。
粗のある脚本とキャラクタを、熱量と実力でもって息づかせる。
大地にしっかりと、足を付けて。
個人の力ではどうすることもできないものに立ち向かう、やるせない勇気ってのは、一見無駄なんだけど、男には必要なんだよ。
長いものに巻かれろ、保身で日和見してろって、そんな生き方だけが能じゃないんだよ。
嫌なことを嫌だという、間違ったことを間違っているという。
そんなシンプルな力、素朴な勇気が、必要なんだ。
シンプルで素朴だからこそ、難しい。
もっと複雑に考えて、身動きできなくなるのが人間だから。
全滅必至の戦いに打って出る正名たちはバカだけど、だからって、諾々と従ったら、どうなる?
陰でどれだけ不満を並べても、ちゃんと意思表示しないことには伝わらない。
どんなにちっぽけでも、無意味でも、「嫌だ」と言う人間がいた。「間違っている」と言う人間がいた。
その事実を、刻むんだ。
全滅しちゃったとしても、その事実は消えない。
無駄だとか、なにもしなかった奴らに言わせるな。
意味を決めるのは、自分自身だ。
……そんな、生き方。
バカだけどね。
好きだよ。
正名の生き方は、見ていて拳を握っちゃうんだな。よしっ、て。
キミを笑うヤツとは、友だちになりたくないよ。キミを誇りする人とこそ、語り合いたいな。
そう思える。
脚本や演出のツッコミどころとは別にね(笑)。
ところで気になるのは、彼の髪型だ(笑)。
パリに渡った正名くんは、衣服を改め髷を切る。
で、マリーに「馬子にも衣装ね!」と言われるわけなんだけど。
なんで、地髪だとあかんのん……?
せっかく変身して出てきたのに、カツラの微妙さに「……マリー、趣味悪い……?」と思っちゃったよ……。
その後、もう一段階髪型変わるので、少しマシになってたけど。何故にアンドレ@『ベルばら』……?
ふつーでいいのに。
だから年末から上演している公演は、年末の内に観劇しておきたかったのに。
チケットが手に入らず、1月にズレ込んだ。
うああ、なんでこー忙しいんだ、って全部自分勝手なだけなんだけど!(笑)
んで、どんなに忙しくても、もう一度観たかったんだ。
雪組DC公演『Samourai』。
泣きました。
とっても気持ちよく、大泣きしました。
日本が明治になった頃、前田正名@キムは念願のフランス・パリ留学を果たした。しかしそこで待っていたのは差別の日々。日本人なんて人間扱いされやしねえ。それでも日本人の誇りを胸に、正名と相棒の渡会@ちぎは留学生やってましたと。
そんな折、普仏戦争勃発、フランス政府瓦解。パリの人々は政府のやり方を認めず、独自でプロイセンへ抵抗する。正名と渡会もパリ市民として、パリの侍として戦争に加わる……てな話。
あ、あらすじにヒロイン・マリー@みみちゃんの名前が出てこない……。
とっても谷作品。ストーリーもテーマも。そして、キャストも。
谷せんせのお気に入りさんばっか集めてあるなーと。
歌ウマのがおりくんが「声」をテーマにしたバウに出ないことが残念だったりしたんだが、考えてみりゃわかる、彼は谷せんせのお気に入りの生徒のひとりじゃん、と。
演出家も人間、役者への好みはある。この演出家だといつも扱いがイイとか良くないとか、あるもんなー。
キムちぎヲヅキがおりホタテあんなさらさ……あたりは、谷せんせ好きなんだろうなーと思う、過去の役付から見ても。
そういう、好きに自由に構成する公演は、演出家も出演者も、やりがいがあるだろう。
原作は未読だけれど、主人公が、ナニかしているあたりが、原作のおかげかなと思う。
谷せんせの大好きな「英雄モノ」って、主人公がみんなから愛され、親友も仲間も部下もみんなみんな主人公のために笑って死んでいき、敵からは特別に憎まれて(愛と憎しみは同義語、愛の反対は無関心)、「大切な命」「命は宝」とことさら持ち上げるくせにその命を簡単に投げ出すことが萌え、という価値観で形成されている。
で、その英雄な主人公はナニもしない。
……とゆーのが、パターンなんですよ。周りが勝手にいろいろやって死んでいくけど、主人公はナニもしないの。だけど英雄なの。
あ、子守歌だけは歌うか。ここぞってときに歌って、みんなを泣かせる(笑)。主人公がするのって、それくらい。
それがお約束なのに、正名は実際に自分でも動いているので、「おおっ、原作付きってすごい!」と思った。
んで、これも谷せんせのお約束、英雄に、女は要らない。
恋愛要素は少なめ……ってゆーか、作者は、興味がない。
男が男のために命を懸けるのが尊いわけで、女のためなんて不純。女は飾り。いなくてヨシ。
谷作品ならばヒロインはお飾りだと覚悟しましょう。主人公はすべての人から愛されるので、もちろんヒロインもいつの間にか主人公にめろめろだけど、主人公は別にヒロインのことなんてなんとも思ってない。ヒロインがいることになっているので、形式上好きということにしているだけ。
それより、男たちの友情だーの、生きるの死ぬのの方に、重点と情熱を懸けている。
マリー@みみちゃんはまだ、マシな描かれ方だわ……。数々の谷作品のヒロインに比べたら。
んで、谷せんせの真の萌えは、主人公も非業の最期を遂げることこそにあるので、正名が生き残るのは残念なんだと思う。
困った萌えだよな-。
まあ、正名は生き残っちゃうけど、それまでにさんざん「大切な命」を失う仲間たちを惜しんで嘆きまくれるので、気は済んでいるのかもしれない。
谷せんせの「皆殺しこそカタルシス」だと思っているところは、好きじゃない。
死を描いて涙を誘うのはいちばん簡単な方法、ドーピングだと思っている。それで1位取っても実力じゃないよね的な。
でもたまになら受け入れられる。
谷せんせも最近はあまり、皆殺しやらなくなったし。
で、好きこそものの上手なれ、谷せんせは皆殺しが上手。
せっかく人の命を使ってドラマを盛り上げているんだから、ヘタに描かれたらつまらない。
男役をとことんかっこよく描き、観客の涙を搾り取ってくれなきゃだわ。
実際そうやって描かれた『Samourai』は、格好良かった。
ツッコミどころや間違っているところがどれだけあろうと、作者のすげー意気込み、パッションは伝わる。
「俺はコレが描きたいんだっ。うおお、これぞ美学、かっけーーっ!!」と、唾飛ばしながら興奮して表現しているのが、伝わってくる。
タカラヅカの範囲内で、タカラヅカの表現方法を採りながら、自分の萌えを本気で描いている様にドキドキします。
そのアツさに、巻き込まれます。
また、出演者が全霊をあげてソレに応えてるし。
キムくんたちの熱演で、間違いもツッコミもぶっ飛ぶし。
素直に、カッコイイ、と喝采し、その死に泣くの。
キムくんは、どこまで巧くなるんだろう。
粗のある脚本とキャラクタを、熱量と実力でもって息づかせる。
大地にしっかりと、足を付けて。
個人の力ではどうすることもできないものに立ち向かう、やるせない勇気ってのは、一見無駄なんだけど、男には必要なんだよ。
長いものに巻かれろ、保身で日和見してろって、そんな生き方だけが能じゃないんだよ。
嫌なことを嫌だという、間違ったことを間違っているという。
そんなシンプルな力、素朴な勇気が、必要なんだ。
シンプルで素朴だからこそ、難しい。
もっと複雑に考えて、身動きできなくなるのが人間だから。
全滅必至の戦いに打って出る正名たちはバカだけど、だからって、諾々と従ったら、どうなる?
陰でどれだけ不満を並べても、ちゃんと意思表示しないことには伝わらない。
どんなにちっぽけでも、無意味でも、「嫌だ」と言う人間がいた。「間違っている」と言う人間がいた。
その事実を、刻むんだ。
全滅しちゃったとしても、その事実は消えない。
無駄だとか、なにもしなかった奴らに言わせるな。
意味を決めるのは、自分自身だ。
……そんな、生き方。
バカだけどね。
好きだよ。
正名の生き方は、見ていて拳を握っちゃうんだな。よしっ、て。
キミを笑うヤツとは、友だちになりたくないよ。キミを誇りする人とこそ、語り合いたいな。
そう思える。
脚本や演出のツッコミどころとは別にね(笑)。
ところで気になるのは、彼の髪型だ(笑)。
パリに渡った正名くんは、衣服を改め髷を切る。
で、マリーに「馬子にも衣装ね!」と言われるわけなんだけど。
なんで、地髪だとあかんのん……?
せっかく変身して出てきたのに、カツラの微妙さに「……マリー、趣味悪い……?」と思っちゃったよ……。
その後、もう一段階髪型変わるので、少しマシになってたけど。何故にアンドレ@『ベルばら』……?
ふつーでいいのに。
こあらった目線の『ROYAL STRAIGHT FLUSH!!』まっつまっつ、これで最後。
まっつのラストの出番は、大階段フィナーレのインディアン。
大階段ダンスからはじまるんだけど、まっつの立ち位置微妙だなあ。探しにくいったら(笑)。
で、みんな本舞台へ降りてきてダンス。
ここの手拍子めんどくさい……(笑)。
リズム感のないわたしは、ナニも考えずに叩くことはできず、遅れないように、意識の何割かは手拍子に向けなくてはならないのだ。
近くにわたし以上にリズム感ナイ人がいたりしたら、簡単につられてぐだぐだになるし。
まあ、それはともかく、ここのポイントは客席降りですな。
まっつは最前列センターブロックの上手側。
東宝では上手通路を先頭切って走っていった。
東宝での客席降り変更は、まっつから言い出したのだとお茶会発言。
階段もある、それなりの距離を毎日2往復、元気に走ったり踊ったりしなきゃならないのは、光栄なこととはいえ、重労働。
まっつ(と、ちぎ)が行くのが順当とはいえ、ひとからはやってくれと言いにくいだろうことを、察して自らかって出る、てのは、上級生として正しいなと思った。
社会人として、大人として、すごくまともな人だなーと思った(笑)。
ムラでは2列目センターに坐ったとき目線を得ることを、東宝では通路際でタッチというか、まっつに触ることを命題と課し、無事ミッションクリアいたしましたわ(笑)。
いやあ、ジェンヌって大変だなあ。
パレードはオープニング衣装に肩から羽ショールを掛けて。
ああ、やっぱり「J」のポケットが気になる……(笑)。
コマつんとの並びは、サイズ感の統一っぷりがくすぐったくて好き。声の相性もいいよね。
パレードのツボはなんといっても、銀橋から帰ってきたとき。
銀橋で主題歌を歌いながらみみちゃんと会釈して、上手へ戻ってくる。
花道から本舞台へたどり着いたあたりで、「ゴーゴーフラッシュ!」という歌詞の部分になる。
この「ゴーゴーフラッシュ!」は、みんな等しく腕を天へ向けて力強く突き出す振りがついている。
元気に飛び跳ねるように腕を突き上げたり、キュートにキメたり、みんな個性的。
まっつの、やる気のなさそーな「ゴーゴーフラッシュ」が、かわいすぎる。
振り付けだからやってます、んな元気とかかわいいとかは、俺のキャラぢゃねーんだよ的(笑)。
あの「やらされてます」感がたまらん。
まっつファン的ツボだったらしく、いろんな人から「あそこのやる気なさがツボ(笑)」と聞いた。
そーよねー、クール・ジェントル様だもんね~~。そんな小っ恥ずかしい振りを、率先してやったりしないね~~。
ところが東宝にて、まっつがなんか変にやる気にあふれていて。
この「ゴーゴーフラッシュ!」で、肉食系に2階席に目線だーの指さしだーのをしているのを見た日にゃあ。
どどどどーしちゃったの、まっつ?!
と、目と口をぽかーんと開け放ちましたよ……。
まっつが、客席を落としにかかってる……。
あ、そーいやどっかで、ウインクもとばすよーになってたよな? もう忘れちゃったけど。←
まつださん、そのやる気はいったい……。
アンニュイまっつだったのに……。
まっつはいつもエンジン全開とか笑顔満開とかゆーわけでなく、クールだったり非友好的だったりするので、時折ころっと雰囲気を変えられると、それだけでハクハクしますわ。
不思議な人だなあ。
『RSF』は出番少ないわ、声もろくに聴けないわなので、ひとつひとつの出番がさらに貴重で、いつもオペラグラスでがっつり食いついてました。
こう出し惜しみされると、さらにさらに、飢餓感があおられます。
もっとまっつを! と、心から求めてしまう。
もっと見たい、もっと、もっと。
……それで結局通っちゃうんだもの、仕方ないよなああ。
これからももっともっと、まっつを見られますように。
ってことで、『インフィニティ』欄までに『RSF』感想を書き終われたっ。
まっつのラストの出番は、大階段フィナーレのインディアン。
大階段ダンスからはじまるんだけど、まっつの立ち位置微妙だなあ。探しにくいったら(笑)。
で、みんな本舞台へ降りてきてダンス。
ここの手拍子めんどくさい……(笑)。
リズム感のないわたしは、ナニも考えずに叩くことはできず、遅れないように、意識の何割かは手拍子に向けなくてはならないのだ。
近くにわたし以上にリズム感ナイ人がいたりしたら、簡単につられてぐだぐだになるし。
まあ、それはともかく、ここのポイントは客席降りですな。
まっつは最前列センターブロックの上手側。
東宝では上手通路を先頭切って走っていった。
東宝での客席降り変更は、まっつから言い出したのだとお茶会発言。
階段もある、それなりの距離を毎日2往復、元気に走ったり踊ったりしなきゃならないのは、光栄なこととはいえ、重労働。
まっつ(と、ちぎ)が行くのが順当とはいえ、ひとからはやってくれと言いにくいだろうことを、察して自らかって出る、てのは、上級生として正しいなと思った。
社会人として、大人として、すごくまともな人だなーと思った(笑)。
ムラでは2列目センターに坐ったとき目線を得ることを、東宝では通路際でタッチというか、まっつに触ることを命題と課し、無事ミッションクリアいたしましたわ(笑)。
いやあ、ジェンヌって大変だなあ。
パレードはオープニング衣装に肩から羽ショールを掛けて。
ああ、やっぱり「J」のポケットが気になる……(笑)。
コマつんとの並びは、サイズ感の統一っぷりがくすぐったくて好き。声の相性もいいよね。
パレードのツボはなんといっても、銀橋から帰ってきたとき。
銀橋で主題歌を歌いながらみみちゃんと会釈して、上手へ戻ってくる。
花道から本舞台へたどり着いたあたりで、「ゴーゴーフラッシュ!」という歌詞の部分になる。
この「ゴーゴーフラッシュ!」は、みんな等しく腕を天へ向けて力強く突き出す振りがついている。
元気に飛び跳ねるように腕を突き上げたり、キュートにキメたり、みんな個性的。
まっつの、やる気のなさそーな「ゴーゴーフラッシュ」が、かわいすぎる。
振り付けだからやってます、んな元気とかかわいいとかは、俺のキャラぢゃねーんだよ的(笑)。
あの「やらされてます」感がたまらん。
まっつファン的ツボだったらしく、いろんな人から「あそこのやる気なさがツボ(笑)」と聞いた。
そーよねー、クール・ジェントル様だもんね~~。そんな小っ恥ずかしい振りを、率先してやったりしないね~~。
ところが東宝にて、まっつがなんか変にやる気にあふれていて。
この「ゴーゴーフラッシュ!」で、肉食系に2階席に目線だーの指さしだーのをしているのを見た日にゃあ。
どどどどーしちゃったの、まっつ?!
と、目と口をぽかーんと開け放ちましたよ……。
まっつが、客席を落としにかかってる……。
あ、そーいやどっかで、ウインクもとばすよーになってたよな? もう忘れちゃったけど。←
まつださん、そのやる気はいったい……。
アンニュイまっつだったのに……。
まっつはいつもエンジン全開とか笑顔満開とかゆーわけでなく、クールだったり非友好的だったりするので、時折ころっと雰囲気を変えられると、それだけでハクハクしますわ。
不思議な人だなあ。
『RSF』は出番少ないわ、声もろくに聴けないわなので、ひとつひとつの出番がさらに貴重で、いつもオペラグラスでがっつり食いついてました。
こう出し惜しみされると、さらにさらに、飢餓感があおられます。
もっとまっつを! と、心から求めてしまう。
もっと見たい、もっと、もっと。
……それで結局通っちゃうんだもの、仕方ないよなああ。
これからももっともっと、まっつを見られますように。
ってことで、『インフィニティ』欄までに『RSF』感想を書き終われたっ。
重なる声の誘惑。@インフィニティ
2012年1月5日 タカラヅカ どうやって伝えよう。
まっつバウ『インフィニティ』初日。
作品以前のところで、プログラムの表紙はもちろんポスターと同じアレだとわかっているからいいとして、表紙をめくったところのまっつが、ちょおはずかしい(笑)。
あのピンクのジャケット姿でスタンドマイク持ってキメてます。笑顔で手をこちらへ差し出してます。
見るなり、閉じた(笑)。
裏表紙はグレージャケットの全身像。
写メを送ったまっつメイトからは「昭和の歌手」との容赦ない感想が(笑)。……ねえ? 素敵よね、そんなとこが。そんなとこも。(盲目)
キャトルレーヴに「未涼亜希コーナー」が出来ていて、四つ切り写真だーの過去の舞台写真だーのがぞろっと並んでいる。
スチール写真は通常サイズの他、2Lサイズも発売されていた。
ありがたいねえ。うれしいねえ。
あ、やっぱポスターはないみたい。
で。
客席にて。
まずは開演アナウンスだ、聞き逃すな拍手するんだと身構えていたのに。
聞こえてきたのは、歌声。
開演アナウンスの前に、歌声ですがな!
まままままつださんの声だよね?
スキャットが重なるよーに追いかけ合うよーに響いて、それをBGMに開演アナウンス。
……やられた。
まだ幕開いてません。なのに歌声聴けるんですよ?
思わず目をつぶって聴き入っていたら。
幕が、開いてた。
ちょ……っ、幕開き、見逃したがなっ。←
や、まだはじまってません。緞帳が上がっただけ。その、上がる瞬間を……ぶつぶつ。(自業自得)
暗い舞台に背中を向けて立つ男。
どくん、と心臓が鳴ったのがわかる。
あの背中……まっつだ。
誰もいない舞台にただひとりのまっつ。たったひとりで立つまっつ。
前奏が終わるあたりで振り返る。
そして、歌い出す。
まっつひとりの端正なソロから、キャスト全員の合唱になる。重なり合う声の心地よさ。これが主題歌、ソロありコーラスあり、アカペラあり。
背にしているのは月? 月がこんなに大きい……ここは宇宙? 大きなふたつの輪のセット。
そこからはじまり、世界一周ってことで、いろんなカラー、いろんな音楽をこれでもかとつないでいくショー。
55分×2だから、ふつーの本公演ショーの2倍の長さ。
おかげで、もお。
まっつのまっつ堪能。
いろんなまっつ。さまざまなまっつ。
かわいいまっつ、エロいまっつ、かっこいいまっつ、愉快なまっつとなんでもござれ。
歌いまくりは想定内だが、ダンスもたっぷり。つか、まっつさん踊れる人だし。
今日はキャパオーバーでなにがなんだかわかんないので、脈絡なくメモ書きのみにとどめる。
おぼえていること。
まっつの、背中。
なんかこれでもかっ、と背中を見せる演出。男役は背中で語れるよーになって一人前。
まっつはひよっこじゃない、研14の大人の男だ。背中で語らせて十分、余裕綽々。
それゆえか、なんどもなんども背中で語らせる。
まっつの背中、好きだ。
プロローグの最後、まっつ以外にソロで声を入れるのがきんぐ。なんか最初からテンション高いきんぐ。
コマは一足先に次の場面のスタンバイ。
セーラー服の水兵さん姿のコマときんぐを見て、「やっぱセーラーは若い子じゃなきゃね」と思ってみていたら、若くないセーラーも出てきてぎゃふん。まつださん……。
セーラーさんはお尻のラインよく見えますよ。←
タキシードでジャズになってくれて、心底ほっとした。ずっとセーラーさんだと、えっと、その。
か、かわいいですよ、まっつさん……。(棒読み)
「Night&Day」がかっこいい。姿もだが、歌がまっつに合っているというか、「得意分野キターっ」、もう選曲からして勝利当然。
きんぐのキングは良い。
ここの物語、すごくわかりやすい、そしていい話だ。
司祭様@朝風くん貫禄。ひさしぶりにちゃんとした歌声聴いた。
えー、あすくんの見せ場のひとつだけど、こっちはダンスでした。(最初歌って書いてたの、歌はセーラーさんのとこ←とにかく突然あすくんソロ)
がらっと変わって愉快な感じに、ヒメ&あゆっち。ちょうキザったスーツまっつ。あああ、いいまっつだ……。
ここのヒロインはあゆみちゃんでした。最後に登場、いい女。まっつも彼女に一直線。
スーツにソフト帽。
プログラムを見るまでもなく「ヤンさん振付だよね?」とわかる(笑)。
めちゃかっこいいわ、まっつの熱の入り方もすごいわ……まっつヤンさんファンやもんなあ。
全編通してコマときんぐの活躍はもちろんだけど、レオくんがすごかった。
ここぞ!という男役ダンスソロは、レオくん。
何回あった、彼のソロ?
まっつとエロ絡みした男役も、レオくんのみって……。
あゆみちゃんとふたりセンターで1場面とか、女役してみたり、とにかくすげーよ。
んで次、稲葉っち、ヴェネチア好きだなあ……このオギーファンめ。と思いつつ、このヴェネチアは明るい場面。
まっつの「ボンジョルノ」の声がすげーたのしそう……このイタリア好きめ(笑)。……ボナセーラだとジオラモさん……。
ゴンドリエーレ@コマと翔くんの客引き合戦は、コマのショーマン気質が映える。てゆーかコマ、すげー声量の歌声披露……どこまで続くのこの声??みたいな。思わず拍手!
わたしは夢華さんの顔をおぼえられないというか、多人数の中にいると見分けがつかないので、ソロを歌い出すまで存在に気づいてなかった。歌はすげーうまい。
翔くんと夢華さんの場面、なかなか長いなー。
ふたりの歌が終わったらコマの歌。コマより長く感じたっす。
1幕ラストのドイツが圧巻。
退廃のベルリン、みなさん、エロ全開。
ちょっとそこのきんぐさん、たのしそーにエロエロしすぎです!
ここでまつださん、まさかの、ピンク・ジャケット。
ポスターの、アレです。プログラム写真の、アレです。
本編で着るのかよ!(白目)
しかもこの人、わざわざ舞台で生着替えします。
せっかく着替えてるのに、ライト暗すぎて見えねえ。なんのための生着替え??
上着を脱いで、かわりにピンク・ジャケットを着たのよ。
そして酒場?みたいなとこへ。そこでは男も女もエロエロ、セクシー場面です。
それぞれがタンゴを踊るんだけど、ここでどさくさにまぎれて、男同士カップルもあり。
てゆーか。
あすレオで男同士タンゴって、俺得??(真ん中のまっつさん見ましょうよ)
で、なんかゴージャスな夜の女あゆっちに出会い、まっつ×あゆっちのダンス。毛皮を脱ぎ去ったあゆっちはすだれ付きダルマです。二の腕やら太ももやらがもちっとしていてエロいです。
キスまでありーのです。
てゆーかまつださん、ここって恋愛場面?
まつださんの恋愛ってよく知らないんだけど、恋よりも、情欲が突き刺さって、びびります。
愛というより征服とか衝動とか。襲いかかりそう、喰らいつきそう、というか。それも、赤い炎ではなく、青白い炎で。ぞっとするような低温の欲の見える、なのにほんとは赤い炎より熱いんだよ、焼き尽くすんだよ、っていうか。
すげーダークな世界が展開されていたのに、そっから希望の方へ、物語は動く。
歌声がすごい。まっつだけでなく、コーラスが。
この闇から光への切り替えあたりで、まっつが再び生着替え。ピンク・ジャケットを脱いで、最初に出てきたとき脱いだ服を着る。こっちは黒皮ジャケット。ほっとする色。ああ、とってもまっつだわ。まっつもう金髪じゃないから、とっても見慣れたまっつだわ。
そこで気づく。
そうか、ベルリンの酒場に行くために、わざわざあのド派手なジャケットに着替え、そこをあとにすると元の地味服に着替えるってことは。
勝負服に着替えて盛り場デビューした男S、ってこと?!
しかも勝負服のセンスがアレ……。
そう気づいてしまうと、せっかくのいい場面に残念な風か吹く……いなばっち、あの着替えの意味は……? やっぱ田舎者の勝負服……?(笑)
うわ、1幕だけで文字数オーバーしてるわー。
まっつバウ『インフィニティ』初日。
作品以前のところで、プログラムの表紙はもちろんポスターと同じアレだとわかっているからいいとして、表紙をめくったところのまっつが、ちょおはずかしい(笑)。
あのピンクのジャケット姿でスタンドマイク持ってキメてます。笑顔で手をこちらへ差し出してます。
見るなり、閉じた(笑)。
裏表紙はグレージャケットの全身像。
写メを送ったまっつメイトからは「昭和の歌手」との容赦ない感想が(笑)。……ねえ? 素敵よね、そんなとこが。そんなとこも。(盲目)
キャトルレーヴに「未涼亜希コーナー」が出来ていて、四つ切り写真だーの過去の舞台写真だーのがぞろっと並んでいる。
スチール写真は通常サイズの他、2Lサイズも発売されていた。
ありがたいねえ。うれしいねえ。
あ、やっぱポスターはないみたい。
で。
客席にて。
まずは開演アナウンスだ、聞き逃すな拍手するんだと身構えていたのに。
聞こえてきたのは、歌声。
開演アナウンスの前に、歌声ですがな!
まままままつださんの声だよね?
スキャットが重なるよーに追いかけ合うよーに響いて、それをBGMに開演アナウンス。
……やられた。
まだ幕開いてません。なのに歌声聴けるんですよ?
思わず目をつぶって聴き入っていたら。
幕が、開いてた。
ちょ……っ、幕開き、見逃したがなっ。←
や、まだはじまってません。緞帳が上がっただけ。その、上がる瞬間を……ぶつぶつ。(自業自得)
暗い舞台に背中を向けて立つ男。
どくん、と心臓が鳴ったのがわかる。
あの背中……まっつだ。
誰もいない舞台にただひとりのまっつ。たったひとりで立つまっつ。
前奏が終わるあたりで振り返る。
そして、歌い出す。
まっつひとりの端正なソロから、キャスト全員の合唱になる。重なり合う声の心地よさ。これが主題歌、ソロありコーラスあり、アカペラあり。
背にしているのは月? 月がこんなに大きい……ここは宇宙? 大きなふたつの輪のセット。
そこからはじまり、世界一周ってことで、いろんなカラー、いろんな音楽をこれでもかとつないでいくショー。
55分×2だから、ふつーの本公演ショーの2倍の長さ。
おかげで、もお。
まっつのまっつ堪能。
いろんなまっつ。さまざまなまっつ。
かわいいまっつ、エロいまっつ、かっこいいまっつ、愉快なまっつとなんでもござれ。
歌いまくりは想定内だが、ダンスもたっぷり。つか、まっつさん踊れる人だし。
今日はキャパオーバーでなにがなんだかわかんないので、脈絡なくメモ書きのみにとどめる。
おぼえていること。
まっつの、背中。
なんかこれでもかっ、と背中を見せる演出。男役は背中で語れるよーになって一人前。
まっつはひよっこじゃない、研14の大人の男だ。背中で語らせて十分、余裕綽々。
それゆえか、なんどもなんども背中で語らせる。
まっつの背中、好きだ。
プロローグの最後、まっつ以外にソロで声を入れるのがきんぐ。なんか最初からテンション高いきんぐ。
コマは一足先に次の場面のスタンバイ。
セーラー服の水兵さん姿のコマときんぐを見て、「やっぱセーラーは若い子じゃなきゃね」と思ってみていたら、若くないセーラーも出てきてぎゃふん。まつださん……。
セーラーさんはお尻のラインよく見えますよ。←
タキシードでジャズになってくれて、心底ほっとした。ずっとセーラーさんだと、えっと、その。
か、かわいいですよ、まっつさん……。(棒読み)
「Night&Day」がかっこいい。姿もだが、歌がまっつに合っているというか、「得意分野キターっ」、もう選曲からして勝利当然。
きんぐのキングは良い。
ここの物語、すごくわかりやすい、そしていい話だ。
司祭様@朝風くん貫禄。ひさしぶりにちゃんとした歌声聴いた。
えー、あすくんの見せ場のひとつだけど、こっちはダンスでした。(最初歌って書いてたの、歌はセーラーさんのとこ←とにかく突然あすくんソロ)
がらっと変わって愉快な感じに、ヒメ&あゆっち。ちょうキザったスーツまっつ。あああ、いいまっつだ……。
ここのヒロインはあゆみちゃんでした。最後に登場、いい女。まっつも彼女に一直線。
スーツにソフト帽。
プログラムを見るまでもなく「ヤンさん振付だよね?」とわかる(笑)。
めちゃかっこいいわ、まっつの熱の入り方もすごいわ……まっつヤンさんファンやもんなあ。
全編通してコマときんぐの活躍はもちろんだけど、レオくんがすごかった。
ここぞ!という男役ダンスソロは、レオくん。
何回あった、彼のソロ?
まっつとエロ絡みした男役も、レオくんのみって……。
あゆみちゃんとふたりセンターで1場面とか、女役してみたり、とにかくすげーよ。
んで次、稲葉っち、ヴェネチア好きだなあ……このオギーファンめ。と思いつつ、このヴェネチアは明るい場面。
まっつの「ボンジョルノ」の声がすげーたのしそう……このイタリア好きめ(笑)。……ボナセーラだとジオラモさん……。
ゴンドリエーレ@コマと翔くんの客引き合戦は、コマのショーマン気質が映える。てゆーかコマ、すげー声量の歌声披露……どこまで続くのこの声??みたいな。思わず拍手!
わたしは夢華さんの顔をおぼえられないというか、多人数の中にいると見分けがつかないので、ソロを歌い出すまで存在に気づいてなかった。歌はすげーうまい。
翔くんと夢華さんの場面、なかなか長いなー。
ふたりの歌が終わったらコマの歌。コマより長く感じたっす。
1幕ラストのドイツが圧巻。
退廃のベルリン、みなさん、エロ全開。
ちょっとそこのきんぐさん、たのしそーにエロエロしすぎです!
ここでまつださん、まさかの、ピンク・ジャケット。
ポスターの、アレです。プログラム写真の、アレです。
本編で着るのかよ!(白目)
しかもこの人、わざわざ舞台で生着替えします。
せっかく着替えてるのに、ライト暗すぎて見えねえ。なんのための生着替え??
上着を脱いで、かわりにピンク・ジャケットを着たのよ。
そして酒場?みたいなとこへ。そこでは男も女もエロエロ、セクシー場面です。
それぞれがタンゴを踊るんだけど、ここでどさくさにまぎれて、男同士カップルもあり。
てゆーか。
あすレオで男同士タンゴって、俺得??(真ん中のまっつさん見ましょうよ)
で、なんかゴージャスな夜の女あゆっちに出会い、まっつ×あゆっちのダンス。毛皮を脱ぎ去ったあゆっちはすだれ付きダルマです。二の腕やら太ももやらがもちっとしていてエロいです。
キスまでありーのです。
てゆーかまつださん、ここって恋愛場面?
まつださんの恋愛ってよく知らないんだけど、恋よりも、情欲が突き刺さって、びびります。
愛というより征服とか衝動とか。襲いかかりそう、喰らいつきそう、というか。それも、赤い炎ではなく、青白い炎で。ぞっとするような低温の欲の見える、なのにほんとは赤い炎より熱いんだよ、焼き尽くすんだよ、っていうか。
すげーダークな世界が展開されていたのに、そっから希望の方へ、物語は動く。
歌声がすごい。まっつだけでなく、コーラスが。
この闇から光への切り替えあたりで、まっつが再び生着替え。ピンク・ジャケットを脱いで、最初に出てきたとき脱いだ服を着る。こっちは黒皮ジャケット。ほっとする色。ああ、とってもまっつだわ。まっつもう金髪じゃないから、とっても見慣れたまっつだわ。
そこで気づく。
そうか、ベルリンの酒場に行くために、わざわざあのド派手なジャケットに着替え、そこをあとにすると元の地味服に着替えるってことは。
勝負服に着替えて盛り場デビューした男S、ってこと?!
しかも勝負服のセンスがアレ……。
そう気づいてしまうと、せっかくのいい場面に残念な風か吹く……いなばっち、あの着替えの意味は……? やっぱ田舎者の勝負服……?(笑)
うわ、1幕だけで文字数オーバーしてるわー。
エリスの涙。@野々すみ花退団発表
2012年1月6日 タカラヅカ バウ初日の幕が下り、劇場の外に出たところで、すみ花ちゃんの退団発表を知った。
劇場内では携帯切ってるから、モバタカメールを受け取れずにいたよ。
ののすみは残ってくれるもんだと思っていた。
ゆーひくんとのお似合いさとは別に、タカラジェンヌ・野々すみ花が、この舞台に立ち続けてくれることを、のぞんでいたから。
バウの出のギャラリーをしながらモバタカメールを読み、最初に思い描いたののすみの役は、エリス@『舞姫』だった。
エリスが、行ってしまうんだ。
わたしはちょっと前のここ数年花組ファンだったから、ののすみは花組のののすみだった。
贔屓組の娘役でなくなってしまったため、宙組のののすみは花組時代ほど見られていない。それゆえ、思い出すのは花組時代ばかり。
わたしがずっぽり花担でいたときの、自慢の若手娘役だったもんよ。
ののすみが泣くと、世界が泣く。そんな神演技の女の子。
どれだけ見てきただろう、通っただろう、公演の数々。
ほんっとーにいろんな役を見せてくれた。
もっともっと、いろんな役を、可能性を、持った娘役だと思っている。
もっともっと、いろんな役を、見たかった。タカラヅカで。
もう一度、えりたんと組むところとか、見てみたいなんて、夢を見たなあ。
いやその、『メランコリック・ジゴロ』や『オグリ!』が好きで。
ゆーひくんとは、「運命のふたり」みたいなコンビだった。
芸風的に似合うとは、ごめん、思ってないんだけど。
それでもふたりには、宿縁めいたものを感じた。
一緒に卒業するんだね。
公式にupされている、記者会見インタビューの答えが、重い。
想像していた通りだけど、それでも。
ののすみも、行ってしまうのか。
まとぶんの花組開幕にきゃーきゃー言っていた、あの日々がまたひとつ、遠くなる。
劇場内では携帯切ってるから、モバタカメールを受け取れずにいたよ。
ののすみは残ってくれるもんだと思っていた。
ゆーひくんとのお似合いさとは別に、タカラジェンヌ・野々すみ花が、この舞台に立ち続けてくれることを、のぞんでいたから。
バウの出のギャラリーをしながらモバタカメールを読み、最初に思い描いたののすみの役は、エリス@『舞姫』だった。
エリスが、行ってしまうんだ。
わたしはちょっと前のここ数年花組ファンだったから、ののすみは花組のののすみだった。
贔屓組の娘役でなくなってしまったため、宙組のののすみは花組時代ほど見られていない。それゆえ、思い出すのは花組時代ばかり。
わたしがずっぽり花担でいたときの、自慢の若手娘役だったもんよ。
ののすみが泣くと、世界が泣く。そんな神演技の女の子。
どれだけ見てきただろう、通っただろう、公演の数々。
ほんっとーにいろんな役を見せてくれた。
もっともっと、いろんな役を、可能性を、持った娘役だと思っている。
もっともっと、いろんな役を、見たかった。タカラヅカで。
もう一度、えりたんと組むところとか、見てみたいなんて、夢を見たなあ。
いやその、『メランコリック・ジゴロ』や『オグリ!』が好きで。
ゆーひくんとは、「運命のふたり」みたいなコンビだった。
芸風的に似合うとは、ごめん、思ってないんだけど。
それでもふたりには、宿縁めいたものを感じた。
一緒に卒業するんだね。
退団を決めた理由は?
「主演娘役に就任させていただいた時から漠然と考えてはいましたが、大空さんとご一緒に卒業したいという気持ちが最初からありましたので、大空さんが卒業されると伺った時に、私もと思い決めさせていただきました」
公式にupされている、記者会見インタビューの答えが、重い。
想像していた通りだけど、それでも。
ののすみも、行ってしまうのか。
まとぶんの花組開幕にきゃーきゃー言っていた、あの日々がまたひとつ、遠くなる。
みんなの、インフィニティ。@インフィニティ
2012年1月7日 タカラヅカ 日々に追われる。
記憶を残したくてあがく。
はじまってしまった、だから近づいてくるのは終わりだけ。
『インフィニティ』初日。
なにもかもが、緊張していた。
舞台上はもちろん、客席も。
まっつは職人肌の舞台人で、かつ、自信家だと思う。
自惚れゆえではなく、自分の腕一本に誇りを持つ頑固職人。
また、それを隠さない。
「いいものを見せる」と、自ら言い切る。
言ったからには、失敗は許されない。
もちろんすべての舞台人が良い舞台を見せるために誠心誠意プレイしていることは、わかっている。それがプロとして当たり前だということも、わかっている。
その上でなお、まっつはさらに職人肌っつーか、ストイックに逃げ場を自らなくす人だなと。
はじめての主演。
なのに上の学年の人は出演していない。はじめての長での公演でもある。そりゃ巴里祭はあったけどね。舞台も人数もステージ数もチガウ。
はじめて尽くしでどれだけ精神的にも大変か、想像もつかない。
しかし彼は下級生ではない。「はじめてなんです」が通る学年ではない。至らなさが、若さや初々しさで済まされる学年ではない。
学年相応のものを、ポジション相応のものを、ベテランとしての能力を、要求される。……はじめてなのに。
いろんな意味で、プレッシャーは半端なかったと思う。
その緊張が、場に満ちていた。
しかし。
本人は、緊張している自分を示したくはないんだろう。
いつものように、老練な姿を見せる。
その、プライドってば。
初日の歌声は、それほどよかったわけじゃない。
固い。伸びがない。
まっつ比で。
とくにオープニング。
ふつうにうまい。よく歌えている。でもでも、これ、まっつの本領じゃないよね? まだだよね?
声はあとになるほど出るようになっていた。
いちばん、「あ、ここで変わった」と思ったのは、2幕の、インドの場面。
ええ、「マッツマハラジャ」ですよ(笑)。
ここで観客が大喜びしたので。
まっつの一挙手一投足に歓声が上がったので。
あ、吹っ切れた。中の人。
スイッチが入ったというか、図に乗ったというか(笑)。
大役である、スペイン場面を終えていたことも大きいか。
マタドールの苦悩を歌って踊る場面はまた、すげーぴりぴり緊張していたもの。
力みまくった場面をやり遂げて、そのあとは発散場面、しかも観客が面白いほど自分の手のひらの上ときた。
舞台人が、これでちょーしに乗らないわけがないっ。
「あそこでエンジンかかったねー」
「あのあとはアレだったねぇ」
「フィナーレとか別人だよねー」
終演後に仲間たちと話した。
クールで無表情っぽいまっつさんだけど、なかなかどーして人間味あふれる変化です。ド緊張してぴりぴりしまくってて、そのくせそれを見せまいと必死で、山場を乗り越えたあとにブチ切れて、あとはハイテンションでちょーしこいてるんですよ(笑)。なんて人間的で、かわいい人なんだ。
出のギャラリーをしたけど、陽は暮れて真っ暗だし、「蛍の光」は流れ出すし、まっつナニ言ってんのか聞こえないし(笑)。
「ありがとうございました」だけは聞こえたけど、他にナニ話してたんだろう、ぼそぼそと。
向かいのコマくんは、挨拶以外の話もちゃんと聞こえたのに、まっつさんってば……。
んで、翌日。
やっぱ初日は緊張してたんだねえ。だって。
オープニングから、歌声がチガウ。
おおお。まっつの声が、聞こえだしてる。動き出してる。
曲ごとの音色のちがいも、わかりやすくなってきた。まっつ、曲ごと、場面ごとに声も変えてるよね?
これからもっと変わっていくんだ。深化していくんだ。
楽しみで仕方がない。
初日はわたしも緊張しすぎていて(笑)、幕間にしろ終演後にしろ、口を開くと「疲れた……疲れたよ……」しか言わなかった。ただ坐って聴いていただけのくせに、なんでそんなに疲れるんだっていう。
あまりに緊張しすぎて、泣くことすら忘れていた。
んで、2日目。
何故だ、オープニングからだだ泣き。
なにがどうじゃない。
これで最初で最後だからだとか、まっつがセンターだとか立派になってとか、そんな感慨でもない。
ただ胸が苦しい。涙がでる。
わかんないから、そーゆーもんだと受け止めるしかない。
あと、初日の夜にだーっと書き殴ったテキストが、けっこー間違いだらけだったと気づき、ショックを受ける(笑)。あたしの海馬ってほんとポンコツ……てゆーか記憶力なさ過ぎだ。
えー、2日目に気づいたこと。
フランスまっつ、帽子で顔半分隠れたまま真ん中で、前へ出した手から後ろへ振り返って移動する瞬間(ひどい説明)、悲しそうだった。切なそうだった。キュン死するかと思った。←
イタリア、ゴンドリエーレ@コマにコナかけまっつ。
ちゅっとキスの真似っぽい唇の動きをした上で、指でコマつんの顎のあたりをちょん。
コマ、色男まっつに心を奪われる(笑)。固まったままふらり、と倒れかけた。
……ちょ、お前ら……(笑)。
前日に「NOW ON STAGE」を見て、ひとりでえんえんまっつに熱い胸の内を語るコマに「どんだけまっつスキーやねん!」と突っ込んだところだったこともあり、ツボりまくった。
コマがひとりで喋りすぎたせいで、他の子のまっつへの言葉が聞けなくなったんじゃあ? 司会者さんは「みなさんは」って言ったよね? コマに代表してひとりで語れとは言ってないよね? なのにコマひとりが語りすぎて、他の子の時間がなくなったのか、コマonlyで終わっちゃったよヲイ! と、突っ込んだ(笑)。
んで、次の質問をするとき司会者さんが「ひとりずつ」と前振りしたのに、さらにウケた。ひとりで喋りすぎるなって牽制か?
ドイツ、あゆっちにすがるまっつ、泣きが入ってた。みっともないくらい、顔ゆがめて。
えええ、泣きのまっつなんて?!
ベン様はそりゃ毎回泣いてたけど、それとはちがう、もっと情けない痛々しい顔。傷のある、大人の男の「泣き」。
な、なんでそんなことに? どうつながってあんな表情になったの? あたしがちょっとあすレオ見ている間に!!(だから、まっつさんを見なさいよ)
いやその、あすレオのタンゴ、それぞれ女と踊っていたはずなのに、なんでそんなことになったのかと、それを確かめたくてだな、ついそっちを見ていて……。
あすくんからレオくんを誘ってた! 後ろから色っぽく抱きついて。
ねえねえ、レオ受なの? 受なのレオ? なんか苦悩してたわよー。
すげーBLな画面。(だから、まっつさんを見なさいってば)
レオくんと言えば、女役のとき、カツラは必須です。
キミはコム姫ぢゃないんだ、地毛だと女に見えんねーってば!!(笑) 何故いきなり地毛だったんだ、2日目。
スペインが、圧巻。
初日のぴりぴり感とはチガウ、まっつが作り出す緊張感。
美しさに、息をのむ。
もーあちこちで、いやっちゅーほど「花男」であることを感じた。
肌がざわめく感じ。
うわ、これぞ花組育ちだ、花男だ。
日本、初日に震撼した通り、黒燕尾の手はまっつを含め全員が手の甲を客席に見せている。
全ツ『ロック・オン!』では、この持ち方はまっつひとりだった。
それが、全員が、まっつに倣っている!!
うわーん、大好きだみんな!!
(振付にヤンさんが参加していた結果かもしれんが・笑)
フィナーレからカーテンコール、挨拶はそつなく立派、でもなんかテンション変でかわいいまっつ。
両足揃えて跳びはねるの、犯罪級のかわいさだ……。隣のコマつんにもたれ掛かって、コマつんをあわてさせるまっつ……いいぞもっとやれ(笑)。
初日に泣けなかった分、えんえん泣いた。
疲れた。(やっぱソレか)
記憶を残したくてあがく。
はじまってしまった、だから近づいてくるのは終わりだけ。
『インフィニティ』初日。
なにもかもが、緊張していた。
舞台上はもちろん、客席も。
まっつは職人肌の舞台人で、かつ、自信家だと思う。
自惚れゆえではなく、自分の腕一本に誇りを持つ頑固職人。
また、それを隠さない。
「いいものを見せる」と、自ら言い切る。
言ったからには、失敗は許されない。
もちろんすべての舞台人が良い舞台を見せるために誠心誠意プレイしていることは、わかっている。それがプロとして当たり前だということも、わかっている。
その上でなお、まっつはさらに職人肌っつーか、ストイックに逃げ場を自らなくす人だなと。
はじめての主演。
なのに上の学年の人は出演していない。はじめての長での公演でもある。そりゃ巴里祭はあったけどね。舞台も人数もステージ数もチガウ。
はじめて尽くしでどれだけ精神的にも大変か、想像もつかない。
しかし彼は下級生ではない。「はじめてなんです」が通る学年ではない。至らなさが、若さや初々しさで済まされる学年ではない。
学年相応のものを、ポジション相応のものを、ベテランとしての能力を、要求される。……はじめてなのに。
いろんな意味で、プレッシャーは半端なかったと思う。
その緊張が、場に満ちていた。
しかし。
本人は、緊張している自分を示したくはないんだろう。
いつものように、老練な姿を見せる。
その、プライドってば。
初日の歌声は、それほどよかったわけじゃない。
固い。伸びがない。
まっつ比で。
とくにオープニング。
ふつうにうまい。よく歌えている。でもでも、これ、まっつの本領じゃないよね? まだだよね?
声はあとになるほど出るようになっていた。
いちばん、「あ、ここで変わった」と思ったのは、2幕の、インドの場面。
ええ、「マッツマハラジャ」ですよ(笑)。
ここで観客が大喜びしたので。
まっつの一挙手一投足に歓声が上がったので。
あ、吹っ切れた。中の人。
スイッチが入ったというか、図に乗ったというか(笑)。
大役である、スペイン場面を終えていたことも大きいか。
マタドールの苦悩を歌って踊る場面はまた、すげーぴりぴり緊張していたもの。
力みまくった場面をやり遂げて、そのあとは発散場面、しかも観客が面白いほど自分の手のひらの上ときた。
舞台人が、これでちょーしに乗らないわけがないっ。
「あそこでエンジンかかったねー」
「あのあとはアレだったねぇ」
「フィナーレとか別人だよねー」
終演後に仲間たちと話した。
クールで無表情っぽいまっつさんだけど、なかなかどーして人間味あふれる変化です。ド緊張してぴりぴりしまくってて、そのくせそれを見せまいと必死で、山場を乗り越えたあとにブチ切れて、あとはハイテンションでちょーしこいてるんですよ(笑)。なんて人間的で、かわいい人なんだ。
出のギャラリーをしたけど、陽は暮れて真っ暗だし、「蛍の光」は流れ出すし、まっつナニ言ってんのか聞こえないし(笑)。
「ありがとうございました」だけは聞こえたけど、他にナニ話してたんだろう、ぼそぼそと。
向かいのコマくんは、挨拶以外の話もちゃんと聞こえたのに、まっつさんってば……。
んで、翌日。
やっぱ初日は緊張してたんだねえ。だって。
オープニングから、歌声がチガウ。
おおお。まっつの声が、聞こえだしてる。動き出してる。
曲ごとの音色のちがいも、わかりやすくなってきた。まっつ、曲ごと、場面ごとに声も変えてるよね?
これからもっと変わっていくんだ。深化していくんだ。
楽しみで仕方がない。
初日はわたしも緊張しすぎていて(笑)、幕間にしろ終演後にしろ、口を開くと「疲れた……疲れたよ……」しか言わなかった。ただ坐って聴いていただけのくせに、なんでそんなに疲れるんだっていう。
あまりに緊張しすぎて、泣くことすら忘れていた。
んで、2日目。
何故だ、オープニングからだだ泣き。
なにがどうじゃない。
これで最初で最後だからだとか、まっつがセンターだとか立派になってとか、そんな感慨でもない。
ただ胸が苦しい。涙がでる。
わかんないから、そーゆーもんだと受け止めるしかない。
あと、初日の夜にだーっと書き殴ったテキストが、けっこー間違いだらけだったと気づき、ショックを受ける(笑)。あたしの海馬ってほんとポンコツ……てゆーか記憶力なさ過ぎだ。
えー、2日目に気づいたこと。
フランスまっつ、帽子で顔半分隠れたまま真ん中で、前へ出した手から後ろへ振り返って移動する瞬間(ひどい説明)、悲しそうだった。切なそうだった。キュン死するかと思った。←
イタリア、ゴンドリエーレ@コマにコナかけまっつ。
ちゅっとキスの真似っぽい唇の動きをした上で、指でコマつんの顎のあたりをちょん。
コマ、色男まっつに心を奪われる(笑)。固まったままふらり、と倒れかけた。
……ちょ、お前ら……(笑)。
前日に「NOW ON STAGE」を見て、ひとりでえんえんまっつに熱い胸の内を語るコマに「どんだけまっつスキーやねん!」と突っ込んだところだったこともあり、ツボりまくった。
コマがひとりで喋りすぎたせいで、他の子のまっつへの言葉が聞けなくなったんじゃあ? 司会者さんは「みなさんは」って言ったよね? コマに代表してひとりで語れとは言ってないよね? なのにコマひとりが語りすぎて、他の子の時間がなくなったのか、コマonlyで終わっちゃったよヲイ! と、突っ込んだ(笑)。
んで、次の質問をするとき司会者さんが「ひとりずつ」と前振りしたのに、さらにウケた。ひとりで喋りすぎるなって牽制か?
ドイツ、あゆっちにすがるまっつ、泣きが入ってた。みっともないくらい、顔ゆがめて。
えええ、泣きのまっつなんて?!
ベン様はそりゃ毎回泣いてたけど、それとはちがう、もっと情けない痛々しい顔。傷のある、大人の男の「泣き」。
な、なんでそんなことに? どうつながってあんな表情になったの? あたしがちょっとあすレオ見ている間に!!(だから、まっつさんを見なさいよ)
いやその、あすレオのタンゴ、それぞれ女と踊っていたはずなのに、なんでそんなことになったのかと、それを確かめたくてだな、ついそっちを見ていて……。
あすくんからレオくんを誘ってた! 後ろから色っぽく抱きついて。
ねえねえ、レオ受なの? 受なのレオ? なんか苦悩してたわよー。
すげーBLな画面。(だから、まっつさんを見なさいってば)
レオくんと言えば、女役のとき、カツラは必須です。
キミはコム姫ぢゃないんだ、地毛だと女に見えんねーってば!!(笑) 何故いきなり地毛だったんだ、2日目。
スペインが、圧巻。
初日のぴりぴり感とはチガウ、まっつが作り出す緊張感。
美しさに、息をのむ。
もーあちこちで、いやっちゅーほど「花男」であることを感じた。
肌がざわめく感じ。
うわ、これぞ花組育ちだ、花男だ。
日本、初日に震撼した通り、黒燕尾の手はまっつを含め全員が手の甲を客席に見せている。
全ツ『ロック・オン!』では、この持ち方はまっつひとりだった。
それが、全員が、まっつに倣っている!!
うわーん、大好きだみんな!!
(振付にヤンさんが参加していた結果かもしれんが・笑)
フィナーレからカーテンコール、挨拶はそつなく立派、でもなんかテンション変でかわいいまっつ。
両足揃えて跳びはねるの、犯罪級のかわいさだ……。隣のコマつんにもたれ掛かって、コマつんをあわてさせるまっつ……いいぞもっとやれ(笑)。
初日に泣けなかった分、えんえん泣いた。
疲れた。(やっぱソレか)
閉じられた輪の中、決められたルールの中で。@インフィニティ
2012年1月8日 タカラヅカ まっつバウ、『インフィニティ』について。
正直、贔屓が「ショーのバウホール公演で主演する」という意味が、よくわからなかった。
いや、言葉上の意味はわかるよ? きゃー、ショーでバウ主演だって、うれしい!と。
でもさ、実際のとこ、どうなの?
ショーでバウ、って、ぶっちゃけ、ナニやんの?
あんまり前例がナイために、予想できない。
まっつといえばエエ声と歌の人、そして今度のバウも「声」がテーマだという。
ふつーに考えると、まっつが歌いまくりのコンサートになるってことか?
ちょうど1年前のそのかバウ『Dancing Heroes』で、そのかが踊りまくっていたように?
そのかバウはほんとにそのかが八面六臂の活躍をしていた印象。アレの歌版?
よくわかんないので、ナニも考えなかった。
どんなふーになるのか。
だって、2時間あるんだよ? ディナーショーだって1時間なのに、2時間えんえん歌メインって、想像つかないよ。
そんならひょっとして、ショーと謳いながらも1幕は芝居っぽいやつで、2幕はふつーにショーとか、よくあるパターンかなと思ってみたり。
前もってナニも考えない。
まっつ主演ってだけでうれしいから、それ以上は思考が働かない。
そして、『インフィニティ』の幕が上がり。
ナニも考えていなかった、とはいえ、無意識レベルで思っていたものと、大きくちがった。
ひとつは、「コンサート」ではまったくないこと。加えて、「歌」のショーですらない。
もうひとつは、「まっつのワンマンショー」でもないということ。
歌ウマまっつ主演で「声」がテーマのショー、というからには「ショー」というくくりであっても、「コンサート」寄りかなとはなんとなく思うし、コンサートと言えば主演さん歌いまくりのワンマンショーが基本。
そうであってほしいと思っていたわけではなく、ほんとに、そーゆーもんなんだろうか?と疑問形で、無意識に思っていたらしい。
『インフィニティ』は、コンサートでもなければ、まっつワンマンショーでもない。
では、ナニか。
「タカラヅカ」だ。
そこにあるのは、基本忠実の、初心に返ったかのような、由緒正しい「タカラヅカ」だった。
トップスターを中心とした、美しいピラミッド。
2番手がいて、3番手がいて、新人スターがいて。
唯一トップ娘役が固定されていないが、いろんな女の子たちを適所に使うことで解消。
稲葉先生は、まっつ主演バウ公演で、「タカラヅカ」を作ってくれた。
これは、思ってもみないことだった。
古今のタカラヅカの名曲を使い、これでもかと「タカラヅカ」を作る。
なんの事情かピラミッドが崩れ、各組のスターの番手が不明確にされ、「タカラヅカ」のルールが揺らいだショーがいろいろ作られている昨今に。
古き良き、タカラヅカ。
タカラヅカがもっともタカラヅカな、構成。
だってこのショー、大劇場のショー公演と同じ方程式で作られてますがな。
演出が大劇場。
銀橋や、セリや盆、花道を想定している(笑)。
もちろん、バウサイズに直してはあるんだけど、方程式は大劇場と変わらず。
だから人の位置や出入りが、いろいろと苦しい。あー、ここ、ホントならセンター登場だな、とか、セリで登場だな、とか、大階段想定だな、とか、ありまくり(笑)。
それらの装置がないために、かなり苦心してまとめてある。
いなばっちが大劇場ロジックしか持たない演出家なのかもしれないけど、この演出・構成にはおどろいた。
この公演が『“R”ising!!』や『REON!!』とかのような、主演の名前を冠したワンマンショーではなく、あくまでも『インフィニティ』というショー作品であること。
まっつは「主演」なのであって、作品名は『インフィニティ』なんだ。
つまり、『インフィニティ』を作るパーツのひとつが、まっつなんだ。
ってそれは、まっつをないがしろにしているわけではなくて。
大劇と同じ方程式で作られている……つまり、まっつをトップスターと想定し、ひとつのショー作品が、作られているの。
ふつーの方程式だから、トップ中心場面がえんえん続くわけじゃない。
2番手の場面、3番手の場面、若手の場面、と万遍なくある。
ワンマンショーに比べ、トップの出番は少ない。しかし、トップスターは揺るがなく、トップスターだ。
いやはや。
ぽかーん、ですよ。
まさか、こーゆー構成で来るとは思ってなくて。
まっつをトップスターだと言っているわけではなくて、構成・演出の話。主演がまっつでなくても、稲葉せんせは同じようにこのロジックでバウのショーを作るのかもしれない。やってみたかっただけかもしれない。
たまたま今回まっつだった、というだけで。
ヒロインが決まっていないから、大階段前のデュエットダンスがないのが残念なくらい、真っ向勝負にふつーの「タカラヅカ」。
ふつーの方程式で作られているわけだから、本公演ショーに当たりはずれがあるのと同じように、演出に不満を持つ人もいるだろうなと思ってみたり(笑)。
あまりに、いつものショー作品だから。
ただ、大劇場ショーと違い、時間が倍ある。
おかげで、中詰めやって、シリアスなテーマ場面やって、ほんとならロケットになってフィナーレに入るところなんだけど、そのシリアス場面で一旦幕。
2幕はまた仕切り直しで最初からスタートって感じ(笑)。
稲葉先生は、ほんとーに「タカラヅカ」が好きなんだ。
それが、ひしひしと伝わる。
古き良きタカラヅカ。
なにしろ100年近い歴史がある劇団だから、その時代ごとに定石や方程式はちがったろうけど、たぶん、稲葉先生の馴染みのある時代のもっともタカラヅカらしいショーを、作ったんだ。
ルール通りに。
トップがいて、2番手がいて、3番手がいて。きれいなピラミッドで。
そしてまた、まっつは、頑ななまでに、「タカラヅカ」だ。
小柄で華奢な女性が、磨き抜かれた技術でもって「男役芸」を極める。
ソフト帽にスーツ。
ぴたりと立つ、それだけで、匂い立つような「男役」だ。
これほどまでに「タカラヅカ」を極めた男役を頂点に置き、「タカラヅカ」でしかないショーを作る。
まっつは美声と歌唱力のみが注目されがちだけど、ダンスの人でもある。
「ザ・男役」というダンスを踊る人だ。身のこなしの人だ。
彼がこの14年間培ってきたモノを、そりゃーもー惜しみなく披露している。
美しさに息をのむダンス、激しく踊りまくり、汗が光になって飛ぶ、その次の瞬間、馥郁たる美声で歌い出す。
芝居要素のあるダンス場面もこなす。
三拍子揃うっちゅーのは、こーゆーことか。
実力的にアレレなものがナイおかげで、なんでもどんと来い、与えられた重責をこなしまくってくれてます。
そりゃあ、所詮はバウサイズだ。
大劇場を統べる「トップスター」という才能とは、別のところの話だ。
だけど今、同じルールで『インフィニティ』を作って、まっつに与えてくれた稲葉先生に、心から感謝する。
『インフィニティ』が名作かどうかではなく、大劇場と同じ方程式で作ってくれたことが、うれしい。
今この場限定であっても、まっつは間違いなく「主演」なんだ。
「主演」することなんかありえないんだと、劇団はさせてくれないんだとうなだれていたこの6年。
今、この作品に出会えたことがうれしい。
今のまっつと、そして、今の雪組の仲間たちと。
正直、贔屓が「ショーのバウホール公演で主演する」という意味が、よくわからなかった。
いや、言葉上の意味はわかるよ? きゃー、ショーでバウ主演だって、うれしい!と。
でもさ、実際のとこ、どうなの?
ショーでバウ、って、ぶっちゃけ、ナニやんの?
あんまり前例がナイために、予想できない。
まっつといえばエエ声と歌の人、そして今度のバウも「声」がテーマだという。
ふつーに考えると、まっつが歌いまくりのコンサートになるってことか?
ちょうど1年前のそのかバウ『Dancing Heroes』で、そのかが踊りまくっていたように?
そのかバウはほんとにそのかが八面六臂の活躍をしていた印象。アレの歌版?
よくわかんないので、ナニも考えなかった。
どんなふーになるのか。
だって、2時間あるんだよ? ディナーショーだって1時間なのに、2時間えんえん歌メインって、想像つかないよ。
そんならひょっとして、ショーと謳いながらも1幕は芝居っぽいやつで、2幕はふつーにショーとか、よくあるパターンかなと思ってみたり。
前もってナニも考えない。
まっつ主演ってだけでうれしいから、それ以上は思考が働かない。
そして、『インフィニティ』の幕が上がり。
ナニも考えていなかった、とはいえ、無意識レベルで思っていたものと、大きくちがった。
ひとつは、「コンサート」ではまったくないこと。加えて、「歌」のショーですらない。
もうひとつは、「まっつのワンマンショー」でもないということ。
歌ウマまっつ主演で「声」がテーマのショー、というからには「ショー」というくくりであっても、「コンサート」寄りかなとはなんとなく思うし、コンサートと言えば主演さん歌いまくりのワンマンショーが基本。
そうであってほしいと思っていたわけではなく、ほんとに、そーゆーもんなんだろうか?と疑問形で、無意識に思っていたらしい。
『インフィニティ』は、コンサートでもなければ、まっつワンマンショーでもない。
では、ナニか。
「タカラヅカ」だ。
そこにあるのは、基本忠実の、初心に返ったかのような、由緒正しい「タカラヅカ」だった。
トップスターを中心とした、美しいピラミッド。
2番手がいて、3番手がいて、新人スターがいて。
唯一トップ娘役が固定されていないが、いろんな女の子たちを適所に使うことで解消。
稲葉先生は、まっつ主演バウ公演で、「タカラヅカ」を作ってくれた。
これは、思ってもみないことだった。
古今のタカラヅカの名曲を使い、これでもかと「タカラヅカ」を作る。
なんの事情かピラミッドが崩れ、各組のスターの番手が不明確にされ、「タカラヅカ」のルールが揺らいだショーがいろいろ作られている昨今に。
古き良き、タカラヅカ。
タカラヅカがもっともタカラヅカな、構成。
だってこのショー、大劇場のショー公演と同じ方程式で作られてますがな。
演出が大劇場。
銀橋や、セリや盆、花道を想定している(笑)。
もちろん、バウサイズに直してはあるんだけど、方程式は大劇場と変わらず。
だから人の位置や出入りが、いろいろと苦しい。あー、ここ、ホントならセンター登場だな、とか、セリで登場だな、とか、大階段想定だな、とか、ありまくり(笑)。
それらの装置がないために、かなり苦心してまとめてある。
いなばっちが大劇場ロジックしか持たない演出家なのかもしれないけど、この演出・構成にはおどろいた。
この公演が『“R”ising!!』や『REON!!』とかのような、主演の名前を冠したワンマンショーではなく、あくまでも『インフィニティ』というショー作品であること。
まっつは「主演」なのであって、作品名は『インフィニティ』なんだ。
つまり、『インフィニティ』を作るパーツのひとつが、まっつなんだ。
ってそれは、まっつをないがしろにしているわけではなくて。
大劇と同じ方程式で作られている……つまり、まっつをトップスターと想定し、ひとつのショー作品が、作られているの。
ふつーの方程式だから、トップ中心場面がえんえん続くわけじゃない。
2番手の場面、3番手の場面、若手の場面、と万遍なくある。
ワンマンショーに比べ、トップの出番は少ない。しかし、トップスターは揺るがなく、トップスターだ。
いやはや。
ぽかーん、ですよ。
まさか、こーゆー構成で来るとは思ってなくて。
まっつをトップスターだと言っているわけではなくて、構成・演出の話。主演がまっつでなくても、稲葉せんせは同じようにこのロジックでバウのショーを作るのかもしれない。やってみたかっただけかもしれない。
たまたま今回まっつだった、というだけで。
ヒロインが決まっていないから、大階段前のデュエットダンスがないのが残念なくらい、真っ向勝負にふつーの「タカラヅカ」。
ふつーの方程式で作られているわけだから、本公演ショーに当たりはずれがあるのと同じように、演出に不満を持つ人もいるだろうなと思ってみたり(笑)。
あまりに、いつものショー作品だから。
ただ、大劇場ショーと違い、時間が倍ある。
おかげで、中詰めやって、シリアスなテーマ場面やって、ほんとならロケットになってフィナーレに入るところなんだけど、そのシリアス場面で一旦幕。
2幕はまた仕切り直しで最初からスタートって感じ(笑)。
稲葉先生は、ほんとーに「タカラヅカ」が好きなんだ。
それが、ひしひしと伝わる。
古き良きタカラヅカ。
なにしろ100年近い歴史がある劇団だから、その時代ごとに定石や方程式はちがったろうけど、たぶん、稲葉先生の馴染みのある時代のもっともタカラヅカらしいショーを、作ったんだ。
ルール通りに。
トップがいて、2番手がいて、3番手がいて。きれいなピラミッドで。
そしてまた、まっつは、頑ななまでに、「タカラヅカ」だ。
小柄で華奢な女性が、磨き抜かれた技術でもって「男役芸」を極める。
ソフト帽にスーツ。
ぴたりと立つ、それだけで、匂い立つような「男役」だ。
これほどまでに「タカラヅカ」を極めた男役を頂点に置き、「タカラヅカ」でしかないショーを作る。
まっつは美声と歌唱力のみが注目されがちだけど、ダンスの人でもある。
「ザ・男役」というダンスを踊る人だ。身のこなしの人だ。
彼がこの14年間培ってきたモノを、そりゃーもー惜しみなく披露している。
美しさに息をのむダンス、激しく踊りまくり、汗が光になって飛ぶ、その次の瞬間、馥郁たる美声で歌い出す。
芝居要素のあるダンス場面もこなす。
三拍子揃うっちゅーのは、こーゆーことか。
実力的にアレレなものがナイおかげで、なんでもどんと来い、与えられた重責をこなしまくってくれてます。
そりゃあ、所詮はバウサイズだ。
大劇場を統べる「トップスター」という才能とは、別のところの話だ。
だけど今、同じルールで『インフィニティ』を作って、まっつに与えてくれた稲葉先生に、心から感謝する。
『インフィニティ』が名作かどうかではなく、大劇場と同じ方程式で作ってくれたことが、うれしい。
今この場限定であっても、まっつは間違いなく「主演」なんだ。
「主演」することなんかありえないんだと、劇団はさせてくれないんだとうなだれていたこの6年。
今、この作品に出会えたことがうれしい。
今のまっつと、そして、今の雪組の仲間たちと。
宇宙を出発し、海をゆく。@インフィニティ
2012年1月9日 タカラヅカ「初日の感想読んだけど、あまりよくわからなかった。きんぐがキングの場面ってネタ場面なの?と思ってたから、実際観て、良い話でびっくりした」
と、あとから観劇したまっつメイトに言われ、自分の感想のわけわからなさを、改めて顧みました(笑)。
んじゃ『インフィニティ』、場面説明いってみよー。
曲名とかはよくわかんないんで極力誤魔化す。知ってる曲、馴染みのある曲ばっかだけど、正式なタイトル知らないので、恥を掻かないために書かない(笑)。
記憶違い上等。きっとぼろぼろ間違ってると思うが、書くことでアタマ整理するの。もー、いっぱいいっぱい。
第1幕。
プロローグでは、まっつが舞台にただひとり。
「いい仕事をする(まっつさん談)」のセットの輪が動き、「無限大」な広がりをそこに形作る。
銀色+ピンクの派手派手衣装ですよ、まっつなのに。
後ろ向き→振り返って主題歌ソロ。
仲間たちが登場して、全員でのコーラス。アカペラもあり。背景は景気よく宇宙。壮大です。
主題歌の歌詞に沿っているの。
ひとりの歌声がみんなの歌声と出会い、無限大の力が生まれる……それを表している、んだと思う。
やー、まっつの声はともかく、前方席だとヒメの声がすげー響きますよ。
次の場面があるので、コマつんは途中でいなくなる。プロローグのヒロインはあゆっちなので、あゆっちセンターで娘役の場面になるタイミングで、コマくんは下手に消えている。(それに気づいたのはつい最近だ)
主題歌フルコーラス歌ったあと、まっつときんぐが左右にそれぞれはけて、あゆっちセンターの短い場面。
その後ろにセーラー姿(女学生ぢゃないよ)のコマ登場。それに合わせて他のみんなは退場。
「インフィニティ号は無事出発しました」そうで。世界一周の船旅らしいよ。
背景は操舵室からの眺めとか、そんなイメージ? 真ん中には羅針盤だか海図だか、なんかかっこよさげな意匠。その周りの海が揺れているのは映像ではなくライトなんだね。
コマが狂言回しかと思ったらそうではなく、解説が入るのはここだけ。
バウとはいえ、たったひとりでえんえん歌い踊るコマ。すごい。
最初の目的地は、アメリカ。
ってことで、ブロードウェイ曲特集らしい。
「ニューヨーク、ニューヨーク♪」と上手で歌い出すコマ。
同じく下手からセーラーきんぐ登場。
そしてさらに。
舞台奥、センターから、まさかのセーラーまっつ登場。
なんというか……どこの「ソルフェリーノ」。
まっつさん、その帽子は……えっと……。
セーラーキャップなんですけどね、ナースキャップに見えます。似合わないこと甚だしい。なんとかならんのかアレ(笑)。
えー、まつださんはともかく、かわいい場面です。
男たちは全員セーラー。白い水兵さん。
かわいいブロンドガールにめろめろになって、それぞれカップルになって踊るわけっす。
まっつのお相手はひーこ。
一目惚れらしいよ。最初に見かけた瞬間にきゅんとしたよーで、ぼーっとなって手を振っていた。……あの、まっつが。いや、ここのまっつは若ぶっていていやその、かわいこぶっていていやその、まあとにかく。
まっつは雨が降り出したあたりで、ひーこの手を取って下手へはけていく。
この「若々しいカップルぶり」がめちゃかわいくてねー……ナニこの初々しい初恋カップル。まっつなのに。(何回言うんだ)
残ったカップルたちの歌とダンス、ソロパートはあすくん。イイ声。
で、このショーの特徴っつーか、朝とか夜とかがあるのな。
お日様燦々のアメリカの次は、夜のアメリカ。
青いタキシードに着替えたまっつがアダルトに歌いまくり。よかった、アダルトで。←
客席だってばんばん釣ってます。……ままままつださん?!
歌うだけじゃない、踊りまくり。
『インフィニティ』って歌だけのショーじゃないんだよ。ダンスの印象もかなり強い。
ドレス姿の娘役をとっかえひっかえ、絡んでは離れをくり返す。
歌は女の子たちが歌い継ぎ。みんなうまいんだけど、唯一「あれれ?」と思う歌声に振り返れば、あゆっち……(笑)。
メインの相手役はひーこ。昼間お持ち帰りして、大人な夜もこのカップル。
まずふたりで踊る。ここのひーこが、彼女の特徴であるスピード感でぶんぶんぶっ飛ばしてます(笑)。
んで、ひーこと同じオレンジドレスの女の子たちがぞろぞろ登場。
女たちと戯れていると、タキシードの男たちも登場して、それぞれがデュエットダンス。
途中、タキシード男たちだけのダンス。まっつセンターに、逆三角形に。これがかっけー。んでまた、女の子とたちカップルに。
まっつの相手役は、あくまでもひーこ。
……あのまっつが、愛にあふれた目でひーこを見ています。「死ぬまで貴女ひとり 離しはしない♪」とか、歌詞に沿って。
えー? なんかふつーに恋愛モードなまっつだー、ふえー。
まっつとひーこは体格的にとても映りが良いです。
しかし、女たちとおさらばして、クールでハードな男たちの場面へ。
響くベースの音。
背中向きで歌い出す「Night&Day」。
ライトの中、まっつの後ろ姿が浮かび上がるの。
まさに「輪郭っ!」て感じで。
その美しさってばよ。はうう。
で、その歌声に合わせ、レオくんのダンスソロ、続いてコマとまなはる、最後に翔くんと翼くんと橘くん。まっつ見るのに必死でなかなか周囲は捕獲できない(笑)。
ねえねえ、翼くんどんどんかっこよくなってるよねええ。全ツのときから、成長著しいと思うの。
んで、イギリス。
なにがすごいって、舞台奥センターに立って、司祭@朝風くんのソロですよ。
舞台に彼ひとり。えんえん歌う。ちょっとナイですよこんな扱い。まっつだって今までやったことなかったはず(笑)。
戴冠式はじめますよ、偉大な王の誕生っすよ、てな歌詞。
その偉大な王ってのが、きんぐ。
派手な毛皮マントに礼服姿できんぐ登場。いままさに王冠が彼のアタマに……ってとこで、時が止まる。
「ほんとにオレが王でいいの? 相応しいのはオレに夢を託して死んでいった仲間たちじゃねーの?」と、きんぐは思考の波におぼれる。
海軍の士官服を着た男たちが、青い衣装の娘っこたちに翻弄されるダンス。娘っこたちは波、仲間たちは海の藻屑になったそうよ。
仲間たちのなかで、ピックアップされているのが、あすくん。蘭寿さん似の顔で盛大に顔芸しつつ踊ります。
これが、きんぐセンター場面。
バウとはいえ、ストーリー性のあるショー場面をまるまるひとつ、だよ、すげえ。
きんぐセンターに、海軍士官たちが踊る姿のかっこよさ。てゆーか、まなはる元気。(仕様です)
仲間たちの在りし日の姿、次々と息絶えていく様、絶望のきんぐ……。
ここで美しい歌声が響き、倒れた仲間たちはよみがえる。彼らはきんぐに夢を託したんだ。みなイイ顔できんぐを見守る。
栄光の座につくことに逡巡していたきんぐは、仲間たちに背を押され、王冠を戴く。
……んだけど、マント持って待ち構えるのがまなはるとレオ、王冠持ってるのがあすで、3人ともなかなかにプレッシャー掛けてるだろソレ!な力強さが愉快です。……いやその、存在の派手な人たちだからね……(笑)。
あー、これって「荒野より」だよね、荒野より君に告ぐ 僕の為に立ち停まるな 後悔など何もない、よね?
荒野ではなく海原だけどな。……と思って見てました。男子の好きなパターンっすね。
いい場面なんだよ、ネタじゃないし、ギャグでもナイの! むしろ泣けるの!
きんぐがキング、ってネタから思いついただろ、いなばっち! ……と、ツッコミ入るにしろ。
「背中を押すのは仲間の微笑み♪」と歌う、美しいソロは夢華さん。彼女の見分けがあまりつかないわたしは、最初誰かわからず。途中から、彼女も出演していることを思い出した(笑)。
何故こうもおぼえられないんだろう……。
続く。
と、あとから観劇したまっつメイトに言われ、自分の感想のわけわからなさを、改めて顧みました(笑)。
んじゃ『インフィニティ』、場面説明いってみよー。
曲名とかはよくわかんないんで極力誤魔化す。知ってる曲、馴染みのある曲ばっかだけど、正式なタイトル知らないので、恥を掻かないために書かない(笑)。
記憶違い上等。きっとぼろぼろ間違ってると思うが、書くことでアタマ整理するの。もー、いっぱいいっぱい。
第1幕。
プロローグでは、まっつが舞台にただひとり。
「いい仕事をする(まっつさん談)」のセットの輪が動き、「無限大」な広がりをそこに形作る。
銀色+ピンクの派手派手衣装ですよ、まっつなのに。
後ろ向き→振り返って主題歌ソロ。
仲間たちが登場して、全員でのコーラス。アカペラもあり。背景は景気よく宇宙。壮大です。
主題歌の歌詞に沿っているの。
ひとりの歌声がみんなの歌声と出会い、無限大の力が生まれる……それを表している、んだと思う。
やー、まっつの声はともかく、前方席だとヒメの声がすげー響きますよ。
次の場面があるので、コマつんは途中でいなくなる。プロローグのヒロインはあゆっちなので、あゆっちセンターで娘役の場面になるタイミングで、コマくんは下手に消えている。(それに気づいたのはつい最近だ)
主題歌フルコーラス歌ったあと、まっつときんぐが左右にそれぞれはけて、あゆっちセンターの短い場面。
その後ろにセーラー姿(女学生ぢゃないよ)のコマ登場。それに合わせて他のみんなは退場。
「インフィニティ号は無事出発しました」そうで。世界一周の船旅らしいよ。
背景は操舵室からの眺めとか、そんなイメージ? 真ん中には羅針盤だか海図だか、なんかかっこよさげな意匠。その周りの海が揺れているのは映像ではなくライトなんだね。
コマが狂言回しかと思ったらそうではなく、解説が入るのはここだけ。
バウとはいえ、たったひとりでえんえん歌い踊るコマ。すごい。
最初の目的地は、アメリカ。
ってことで、ブロードウェイ曲特集らしい。
「ニューヨーク、ニューヨーク♪」と上手で歌い出すコマ。
同じく下手からセーラーきんぐ登場。
そしてさらに。
舞台奥、センターから、まさかのセーラーまっつ登場。
なんというか……どこの「ソルフェリーノ」。
まっつさん、その帽子は……えっと……。
セーラーキャップなんですけどね、ナースキャップに見えます。似合わないこと甚だしい。なんとかならんのかアレ(笑)。
えー、まつださんはともかく、かわいい場面です。
男たちは全員セーラー。白い水兵さん。
かわいいブロンドガールにめろめろになって、それぞれカップルになって踊るわけっす。
まっつのお相手はひーこ。
一目惚れらしいよ。最初に見かけた瞬間にきゅんとしたよーで、ぼーっとなって手を振っていた。……あの、まっつが。いや、ここのまっつは
まっつは雨が降り出したあたりで、ひーこの手を取って下手へはけていく。
この「若々しいカップルぶり」がめちゃかわいくてねー……ナニこの初々しい初恋カップル。まっつなのに。(何回言うんだ)
残ったカップルたちの歌とダンス、ソロパートはあすくん。イイ声。
で、このショーの特徴っつーか、朝とか夜とかがあるのな。
お日様燦々のアメリカの次は、夜のアメリカ。
青いタキシードに着替えたまっつがアダルトに歌いまくり。よかった、アダルトで。←
客席だってばんばん釣ってます。……ままままつださん?!
歌うだけじゃない、踊りまくり。
『インフィニティ』って歌だけのショーじゃないんだよ。ダンスの印象もかなり強い。
ドレス姿の娘役をとっかえひっかえ、絡んでは離れをくり返す。
歌は女の子たちが歌い継ぎ。みんなうまいんだけど、唯一「あれれ?」と思う歌声に振り返れば、あゆっち……(笑)。
メインの相手役はひーこ。昼間お持ち帰りして、大人な夜もこのカップル。
まずふたりで踊る。ここのひーこが、彼女の特徴であるスピード感でぶんぶんぶっ飛ばしてます(笑)。
んで、ひーこと同じオレンジドレスの女の子たちがぞろぞろ登場。
女たちと戯れていると、タキシードの男たちも登場して、それぞれがデュエットダンス。
途中、タキシード男たちだけのダンス。まっつセンターに、逆三角形に。これがかっけー。んでまた、女の子とたちカップルに。
まっつの相手役は、あくまでもひーこ。
……あのまっつが、愛にあふれた目でひーこを見ています。「死ぬまで貴女ひとり 離しはしない♪」とか、歌詞に沿って。
えー? なんかふつーに恋愛モードなまっつだー、ふえー。
まっつとひーこは体格的にとても映りが良いです。
しかし、女たちとおさらばして、クールでハードな男たちの場面へ。
響くベースの音。
背中向きで歌い出す「Night&Day」。
ライトの中、まっつの後ろ姿が浮かび上がるの。
まさに「輪郭っ!」て感じで。
その美しさってばよ。はうう。
で、その歌声に合わせ、レオくんのダンスソロ、続いてコマとまなはる、最後に翔くんと翼くんと橘くん。まっつ見るのに必死でなかなか周囲は捕獲できない(笑)。
ねえねえ、翼くんどんどんかっこよくなってるよねええ。全ツのときから、成長著しいと思うの。
んで、イギリス。
なにがすごいって、舞台奥センターに立って、司祭@朝風くんのソロですよ。
舞台に彼ひとり。えんえん歌う。ちょっとナイですよこんな扱い。まっつだって今までやったことなかったはず(笑)。
戴冠式はじめますよ、偉大な王の誕生っすよ、てな歌詞。
その偉大な王ってのが、きんぐ。
派手な毛皮マントに礼服姿できんぐ登場。いままさに王冠が彼のアタマに……ってとこで、時が止まる。
「ほんとにオレが王でいいの? 相応しいのはオレに夢を託して死んでいった仲間たちじゃねーの?」と、きんぐは思考の波におぼれる。
海軍の士官服を着た男たちが、青い衣装の娘っこたちに翻弄されるダンス。娘っこたちは波、仲間たちは海の藻屑になったそうよ。
仲間たちのなかで、ピックアップされているのが、あすくん。蘭寿さん似の顔で盛大に顔芸しつつ踊ります。
これが、きんぐセンター場面。
バウとはいえ、ストーリー性のあるショー場面をまるまるひとつ、だよ、すげえ。
きんぐセンターに、海軍士官たちが踊る姿のかっこよさ。てゆーか、まなはる元気。(仕様です)
仲間たちの在りし日の姿、次々と息絶えていく様、絶望のきんぐ……。
ここで美しい歌声が響き、倒れた仲間たちはよみがえる。彼らはきんぐに夢を託したんだ。みなイイ顔できんぐを見守る。
栄光の座につくことに逡巡していたきんぐは、仲間たちに背を押され、王冠を戴く。
……んだけど、マント持って待ち構えるのがまなはるとレオ、王冠持ってるのがあすで、3人ともなかなかにプレッシャー掛けてるだろソレ!な力強さが愉快です。……いやその、存在の派手な人たちだからね……(笑)。
あー、これって「荒野より」だよね、荒野より君に告ぐ 僕の為に立ち停まるな 後悔など何もない、よね?
荒野ではなく海原だけどな。……と思って見てました。男子の好きなパターンっすね。
いい場面なんだよ、ネタじゃないし、ギャグでもナイの! むしろ泣けるの!
きんぐがキング、ってネタから思いついただろ、いなばっち! ……と、ツッコミ入るにしろ。
「背中を押すのは仲間の微笑み♪」と歌う、美しいソロは夢華さん。彼女の見分けがあまりつかないわたしは、最初誰かわからず。途中から、彼女も出演していることを思い出した(笑)。
何故こうもおぼえられないんだろう……。
続く。
海が結ぶ物語。@インフィニティ
2012年1月10日 タカラヅカ ほんとはもっと早く書きたかった、書きたいことが溜まってパンクしそうだ、なのに、時間がなくて書けないのが悔しい。12月に身体壊してたおかげで、仕事が全部今月前半に持ち越しになってるんだよ……あうう、時間がないー。睡眠時間がほしいー。
てゆーか、新しく買ったブルーレイレコーダ、購入からたった10日ですでに500GB以上録画済みってどうなの、ナニをどうやったらそんなことになるの。
PS3も買っちゃったのに、まだ接続すらしてないよ……忙しすぎて……しくしく。
と、悲鳴を上げながらも『インフィニティ』を場面ごとに、解説しているつもりがただの感想ですはい、の続き。
初日の幕間、「きんぐがキングの場面、いい場面だったね」「ぶっちゃけ、いちばんいい場面だったよね」と話したのが、つい昨日のことのよう。
日々はあっという間に過ぎ、たった12日間17回の公演なんて、すぐに終わってしまう。
終わってしまう。
それが、切ない。
まあともかく。
そのとっても良いきんぐの場面の次。
しみじみイイ場面のあと、がらりと曲調が変わり、あゆっちとヒメのかしましい場面に。
恋に憧れる女の子ふたり。
あゆっち、丸い……(笑)。そしてヒメ、『アルバトロス、南へ』あたりのお化粧に戻してくれないかなあ、と、最近とみに思う……。
このふたりの「オンナノコ!」なかしましさが、すごくかわいい。
舞台は南仏。昼間です、太陽まぶしいです。
ってことで、マスタードカラーのスーツでまっつ登場。や、よく見るとゴールドなんだけど、色目が渋すぎて芥子色(笑)。ソフト帽かぶってキメキメ。
あゆっちとヒメが彼に一目惚れ、モーションかけるのどうので言い争っているのを尻目に、キザでどこかコミカルな動きで笑いを誘う。
暑いらしくて、ほっぺた膨らまして「ふーっ」と息をつくのが好き。
顎の筋肉の動きが好き。少年マンガの格闘家みたいなラインなの。(なにソレ?!)
あゆっち・ヒメ相手には余裕でいなしていたまっつ。
上手から現れた緑色のワンピの女@あゆみちゃんを見た途端。
まっつに、スイッチが入る。
花男スイッチ(笑)。
さっきまでのコミカルさが嘘のように、硬質な色気がモヤッと広がる。
色男まっつが手をさしのべるのに、あゆみちゃんはわざとスルー。横をすり抜けようとする彼女の手を取り、強引にダンスへ。
男と女の恋の駆け引き。手を差し出したあゆみの手を、今度はまっつがわざとスルーしたり。
アダルトで小洒落ていて、エロくてクール。
ところで、まっつが相手にしなかったヒメとあゆっちにもダーリンが現れる。コマと翔くん。
コマの、ヒメへのアプローチが色男過ぎる。
最初に見たとき、「うきぃ~~!!(赤面)」となったわ(笑)。ナニあのキザっぷり! ……いいなあ(笑)。
まっつをセンターに、下手側で男3人で踊る場面がある。
もちろん、めちゃカッコイイ……んだが、「この3人が、次のベニスの3人なんだ」と思うと、感慨もひとしおです……ってゆーか、ツボる(笑)。
いなばっち、うまいなあ、キャスティング。
まっつとあゆみちゃんの恋は2段階あり、あゆみちゃんがボレロを脱いで露出度を上げてからがPart.2ってゆーか、次の扉というか。
さらに大人度が上がる。まっつの温度が下がる。さらにクールに、研ぎすまされて、美しく……エロく(笑)。
それまでは軽快さもあるダンスだったのが、どーんと湿り気を帯びるのだわ。
あゆみちゃんが脱ぐタイミングで雛ちゃん登場、けだるいラブソングを歌う。……歌声はじめて聴いたかも。
あゆみちゃんがいい女だ。
彼女が美しくしなやかで、かつ色っぽいから、彼女に絡むまっつの男ぶりも上がる。
彼女は下級生時代からダンサーつーことと友人がなにかと名前を挙げていたこと、んでわたしの好きな89期ってので目にはしていたけど、ここんとこさらにグレードアップしたなと。
この力強い芸風がうれしくてならない。あああかっけー。
あゆみちゃんがまっつに後ろから抱きつき、ふたりで腰を落とすところのまっつが好き。写真欲しい。
さんざん恋の戯れに酔ったくせに、日暮れとともにふたりは別れる。あゆみちゃんはコケティッシュにバイバイしていく。まっつも追わない。
雛ちゃんの歌に夜という言葉があったと思うんで、昼に出会って夕方に別れたわけでなく、一昼夜は経っているのかなと。まあ、つまり、一夜だけの関係っすか……。
ひとり残ったまっつに、夕陽が射す。
んで、まっつソロ。
石畳に影がのびるとかなんとか。←ちゃんと聴けよ
孤独を歌うまっつの歌声に乗って、スーツの男たちが踊る。彼の心情を表すように。
なかでもレオくんは、まっつを後ろから抱きしめたりと、エロエロです。
ま、そーやってひたすらシリアスに、じーんとくる場面だったわけだ。
まっつの「男は背中で語る」、クールで雄弁な背中が、闇に消えていく。
その次の瞬間。
ライトが点るとそこはベニス。
明るい空と海。
陽気なゴンドリエーレ@コマ・翔と、まっつ。
そう、まっつ。
さっきあんなにドシリアスに締めたのに。
その同じ姿、同じ背中でコメディ場面開始。しかも顔ぶれはフランスと同じ、コマつんと翔くん(笑)。
同じ3人で、雰囲気をがらりと変えてるのなー。
フランスから来た男まっつを、カッコイイとほめるコマ&翔。
コマをタラすまっつはココですよ。
てっきり毎回ちょっかい出してくれるのかと期待したのに、2日目にやってみせたあと数回はなにもしなかったぞ? もうやらないのかと思った頃にまたぽろっとやってみせた。なんなんだ(笑)。
コマくんがまっつにどきまぎしているのが、イイ。リアクション返してくれてありがとー。
で、まっつが翔くんから水をもらいまっつ。
おー、飲んでるよー。舞台でほんとになにか飲むまっつってめずらしい図だー。
翔くんがすごくがんばってアドリブを挟もうとしているの。まっつがあまりのってあげないから、可哀想(笑)。翔くんがんばれー。タイミングあわなくても負けるなー。
コマは、まっつから仕掛けない限り、自分ではアドリブはしないと決めてるっぽいな。でも、今んとこ3回……4回あったか??の、「コマを口説きまっつ」のとき、的確に返してくれるから、コマくんはすごいなと思う。
ベニスのまっつは恥ずかしいまっつです。
いやその、デフォルメ系の色男ぶりなので。これでもかとキザりまくり。
サングラス着用。はずすのは一瞬、下手側で。
コミカルなのにキザでエロいのはまつださんの仕様です、ごちそうさま。
まっつが両手投げチューで退場したあとは、ゴンドリエーレのコマと翔の場面。チューしないではける日もあった……気分? 時間の都合?(笑)
続く。
てゆーか、新しく買ったブルーレイレコーダ、購入からたった10日ですでに500GB以上録画済みってどうなの、ナニをどうやったらそんなことになるの。
PS3も買っちゃったのに、まだ接続すらしてないよ……忙しすぎて……しくしく。
と、悲鳴を上げながらも『インフィニティ』を場面ごとに、解説しているつもりがただの感想ですはい、の続き。
初日の幕間、「きんぐがキングの場面、いい場面だったね」「ぶっちゃけ、いちばんいい場面だったよね」と話したのが、つい昨日のことのよう。
日々はあっという間に過ぎ、たった12日間17回の公演なんて、すぐに終わってしまう。
終わってしまう。
それが、切ない。
まあともかく。
そのとっても良いきんぐの場面の次。
しみじみイイ場面のあと、がらりと曲調が変わり、あゆっちとヒメのかしましい場面に。
恋に憧れる女の子ふたり。
あゆっち、丸い……(笑)。そしてヒメ、『アルバトロス、南へ』あたりのお化粧に戻してくれないかなあ、と、最近とみに思う……。
このふたりの「オンナノコ!」なかしましさが、すごくかわいい。
舞台は南仏。昼間です、太陽まぶしいです。
ってことで、マスタードカラーのスーツでまっつ登場。や、よく見るとゴールドなんだけど、色目が渋すぎて芥子色(笑)。ソフト帽かぶってキメキメ。
あゆっちとヒメが彼に一目惚れ、モーションかけるのどうので言い争っているのを尻目に、キザでどこかコミカルな動きで笑いを誘う。
暑いらしくて、ほっぺた膨らまして「ふーっ」と息をつくのが好き。
顎の筋肉の動きが好き。少年マンガの格闘家みたいなラインなの。(なにソレ?!)
あゆっち・ヒメ相手には余裕でいなしていたまっつ。
上手から現れた緑色のワンピの女@あゆみちゃんを見た途端。
まっつに、スイッチが入る。
花男スイッチ(笑)。
さっきまでのコミカルさが嘘のように、硬質な色気がモヤッと広がる。
色男まっつが手をさしのべるのに、あゆみちゃんはわざとスルー。横をすり抜けようとする彼女の手を取り、強引にダンスへ。
男と女の恋の駆け引き。手を差し出したあゆみの手を、今度はまっつがわざとスルーしたり。
アダルトで小洒落ていて、エロくてクール。
ところで、まっつが相手にしなかったヒメとあゆっちにもダーリンが現れる。コマと翔くん。
コマの、ヒメへのアプローチが色男過ぎる。
最初に見たとき、「うきぃ~~!!(赤面)」となったわ(笑)。ナニあのキザっぷり! ……いいなあ(笑)。
まっつをセンターに、下手側で男3人で踊る場面がある。
もちろん、めちゃカッコイイ……んだが、「この3人が、次のベニスの3人なんだ」と思うと、感慨もひとしおです……ってゆーか、ツボる(笑)。
いなばっち、うまいなあ、キャスティング。
まっつとあゆみちゃんの恋は2段階あり、あゆみちゃんがボレロを脱いで露出度を上げてからがPart.2ってゆーか、次の扉というか。
さらに大人度が上がる。まっつの温度が下がる。さらにクールに、研ぎすまされて、美しく……エロく(笑)。
それまでは軽快さもあるダンスだったのが、どーんと湿り気を帯びるのだわ。
あゆみちゃんが脱ぐタイミングで雛ちゃん登場、けだるいラブソングを歌う。……歌声はじめて聴いたかも。
あゆみちゃんがいい女だ。
彼女が美しくしなやかで、かつ色っぽいから、彼女に絡むまっつの男ぶりも上がる。
彼女は下級生時代からダンサーつーことと友人がなにかと名前を挙げていたこと、んでわたしの好きな89期ってので目にはしていたけど、ここんとこさらにグレードアップしたなと。
この力強い芸風がうれしくてならない。あああかっけー。
あゆみちゃんがまっつに後ろから抱きつき、ふたりで腰を落とすところのまっつが好き。写真欲しい。
さんざん恋の戯れに酔ったくせに、日暮れとともにふたりは別れる。あゆみちゃんはコケティッシュにバイバイしていく。まっつも追わない。
雛ちゃんの歌に夜という言葉があったと思うんで、昼に出会って夕方に別れたわけでなく、一昼夜は経っているのかなと。まあ、つまり、一夜だけの関係っすか……。
ひとり残ったまっつに、夕陽が射す。
んで、まっつソロ。
石畳に影がのびるとかなんとか。←ちゃんと聴けよ
孤独を歌うまっつの歌声に乗って、スーツの男たちが踊る。彼の心情を表すように。
なかでもレオくんは、まっつを後ろから抱きしめたりと、エロエロです。
ま、そーやってひたすらシリアスに、じーんとくる場面だったわけだ。
まっつの「男は背中で語る」、クールで雄弁な背中が、闇に消えていく。
その次の瞬間。
ライトが点るとそこはベニス。
明るい空と海。
陽気なゴンドリエーレ@コマ・翔と、まっつ。
そう、まっつ。
さっきあんなにドシリアスに締めたのに。
その同じ姿、同じ背中でコメディ場面開始。しかも顔ぶれはフランスと同じ、コマつんと翔くん(笑)。
同じ3人で、雰囲気をがらりと変えてるのなー。
フランスから来た男まっつを、カッコイイとほめるコマ&翔。
コマをタラすまっつはココですよ。
てっきり毎回ちょっかい出してくれるのかと期待したのに、2日目にやってみせたあと数回はなにもしなかったぞ? もうやらないのかと思った頃にまたぽろっとやってみせた。なんなんだ(笑)。
コマくんがまっつにどきまぎしているのが、イイ。リアクション返してくれてありがとー。
で、まっつが翔くんから水をもらいまっつ。
おー、飲んでるよー。舞台でほんとになにか飲むまっつってめずらしい図だー。
翔くんがすごくがんばってアドリブを挟もうとしているの。まっつがあまりのってあげないから、可哀想(笑)。翔くんがんばれー。タイミングあわなくても負けるなー。
コマは、まっつから仕掛けない限り、自分ではアドリブはしないと決めてるっぽいな。でも、今んとこ3回……4回あったか??の、「コマを口説きまっつ」のとき、的確に返してくれるから、コマくんはすごいなと思う。
ベニスのまっつは恥ずかしいまっつです。
いやその、デフォルメ系の色男ぶりなので。これでもかとキザりまくり。
サングラス着用。はずすのは一瞬、下手側で。
コミカルなのにキザでエロいのはまつださんの仕様です、ごちそうさま。
まっつが両手投げチューで退場したあとは、ゴンドリエーレのコマと翔の場面。チューしないではける日もあった……気分? 時間の都合?(笑)
続く。
昼を越えて、夜をゆく。@インフィニティ
2012年1月11日 タカラヅカ 『インフィニティ』だらだら感想続き。
まっつが両手投げチューで退場したあとは、ゴンドリエーレ・コマつんと翔くんの場面。
えー、このふたりのゴンドリエーレは、歌ウマ設定コマ、色男設定翔なんだ?
コマは美声を聴かせるよ、と歌声で客を誘うが、翔くんの歌では客は特別なびいている様子はない。が、面食い客のヒメがコマと翔を見比べて、翔の方がイケメンだからという理由でなびく。すると、他の女たちも「ゴンドリエは歌声より顔だわ!」と翔になびく。顔で選ぱれたあと翔くん張り切って歌う大音響の歌に客がどよめくのはえっと、うまいからではなく……。
客を取られそうなコマは「色男は危険」だと、男たちに訴え、共感をあおる。女は翔を支持、男はコマを支持。
いなばっち……このアテ書きって(笑)。
コマは歌声、翔は顔なのか……。
この観光客はほぼフルメンバー出演なんだが、朝風くんがときどきサングラスをかけているのがいいです。開襟シャツと相まって、うさんくささ倍増。
女子ではなんつってもヒメとカレン姐さんが濃ゆいです(笑)。
コマはなおも歌声で観光客を誘うけど、美貌+値引き(笑)という翔が圧勝。
だけどそんなコマに、ひとりの女の子が目をハートにして進み出てくる。この女の子が寿春花果ちゃん……愛称あだちゅうって……本名からか……(笑)。←文化祭プログラム確認しちゃったよ。
翔くんも夢華さんと唐突にカップルになる。
次が翔くんと夢華さんのラヴラヴデュエット。ふたりでえんえん歌って踊る。
この場面も2段階構成。長いぞ。
まずこの場面の主役、翔くんと夢華さんの周りには、他の観光客たちもいる。
他のカップルたちは翔くんカップルがラヴラヴしている間ストップモーション。それぞれ甘い雰囲気のポーズで静止しているわけだが、レオ&あゆっちカップルがすごい。
ナニをしているわけじゃない、ただ、見つめあっている。腰を抱いた至近距離でずーーっと。
身を寄せあったりしているカップルより、なお破壊力高い(笑)。アツい瞳のまま見つめあって静止って……。
あと、きんぐ&ヒメが、小芝居付きで別の意味で濃ゆい……(笑)。これはヒメの功績だと思う。ネクタイ直してやったり、いちいちニクいぞ。
わたしはレオくんときんぐの横顔が好きです。
この公演で横顔が好きなのはもちろんまっつがいちばんだが、あと、レオくんときんぐ。
まっつとレオくんは鼻が特に好きだ(笑)。横顔の、高く長い鼻を中心にデコと唇がきれいな弧を描くラインが好き。
きんぐは弧ではなく直線に並ぶ横顔を「整っている」と思う。
翔くんカップルのラヴラヴは続き、周囲のカップルたちはそれぞれ去っていく。
レオ&あゆっち、まなはる&ひーこカップルが残り、レオくんたちもいなくなり、最後はまなはる&ひーこだけが残る。
翔くん&夢華さんカップルのシャドウ的に、まなはる&ひーこも踊る。まなはるたちはライトで追ってもらってないのスモークで少し紗がかかった感じに見える。翔くんたちはとにかくきらきらです。
初見ではあまりに長くてびっくりした場面だけど、慣れるとそーゆーもんかと思う。
翔くんの歌はうまくない。「歌える人が歌う」「踊れる人が踊る」というコンセプトのこの公演の中、ダントツで大変な歌声。
しかし。
「翔くん、うまくなったねええ」「『灼熱の彼方』はほんの少し前なのにねえ」「アレはほんと、顔と勢いだけでやり通した公演だったものねえ」……と、みんな親心目線(笑)。
翔くんと夢華さんが「長い」と思える反動なのか、次のコマとあだちゅうカップルの場面は短く感じる。時間的には同じなのかな? でも2段階構成じゃなく、ひとつの演出で終わる。
翔くんと夢華さんはふたり同等に歌い踊るけれど、コマくんカップルは、あくまでもコマくんが主役。彼が歌う周りを、あだちゅうがひとりでくるくる踊っている。
で、お昼のベニスがこのカップル・コーナーでは夕暮れになっていたわけだが、次はさらに時間がが進み、夜になる。
上手寄りの奥に男の影。照明暗すぎてろくに見えないけど、それがまっつ。
1930年代のベルリン。
ここだけ年代設定あり。
まっつのまがまがしい台詞声を聞けますよっと。
背徳の街っつーことで、夜の美女たちがスーツの男たちと妖しく絡んで踊る。
それを睥睨してナレーションと歌を担当するまっつが、素敵な冷酷さです(笑)。
熱のない瞳、口元に薄い嘲笑。……強い嘲りぢゃないの、薄い、がポイント。強く嘲るほどの関心もない、って感じ。
稲葉くんを「うまいな」と思ったのは、この場面でナチスを出さなかったこと。
ナチスを出すことは簡単。記号としてとても使いやすいし、また、あの軍服はかっこよくてタカラヅカ向き。
だけどあえて、ナチスを出さなかった。
軍靴の音と娼婦たちにそれを匂わせる動きをさせるだけで、表現した。
最初に年代と場所を言ってあるんだから、わかる人にはわかる。で、わからなくても別に問題ない。
で、その「世界の外側」で嘲笑していた男が、物語の中に入る。
ひとりの女を見かけたことで。
まっつってやっぱ、芝居巧いんだ、と思う。
オブザーバーだったのに、一瞬で物語の中へ入った。そのあとも、物語との距離感が独特。
まっつはワケありらしいふくよかな美女あゆっちを見かけ、彼女を追い、彼女と情念のタンゴを踊る。
あゆっちが毛皮を脱いだ瞬間、うわっと思う。
なんつーか、なまなましいよね。
やわらかそうっつーか……触ったら気持ちいいんだろうなあ、って感じが、役柄的にリアルっちゃーリアル?(笑)
もちろん、タカラヅカ的観点ではもっと痩せてくれてもありがたいんだが、今さら詮無きこと、そのふくよかさを役作りと考えよう。
音楽は狂気を含んで盛り上がり、背徳の男女のダンスは激しくなり……。
それは不吉なサイレンの音で打ち切られる。
まっつはあゆっちにすがりつくけれど、彼女も周囲の者たちもみんな波が引くように消えていく。
残されたのは、まっつひとり。
物語に入り込みすぎた彼は、自嘲して背を向ける。
この自嘲の笑みがまた、壮絶なんだなあ。一瞬片頬歪めて、酷薄であろうとしながらも、瞳に悲しみや虚無が浮かんで。
で、お着替え。
最初に脱いだ上着は黒い皮ジャケット。……良かった、ふつーの服で(笑)。
着替えながら彼は歌い出す。
背徳の街を嘲笑していた男が、今度は真逆の歌を。
『ロマノフの宝石』より、「夜明け」。
1989年の作品ですってよ。残念ながらわたしはまったく知りません。
知らないけど、とりあえずわかったことは、元ネタは、絶対正塚だ(笑)。
行き交う人々の歌、「命」という歌詞……どこを切ってもマサツカ!!
そーだった、いなばっちはショーを作るとオギーの模倣、芝居を書くとハリーの模倣になる人だった……(笑)。
1幕のラストシーンが突然正塚芝居全開でびびった。
や、正塚好きだからいいけど。そんでもって、まっつは正塚役者だと思っているので、いいんだけど。
続く。
まっつが両手投げチューで退場したあとは、ゴンドリエーレ・コマつんと翔くんの場面。
えー、このふたりのゴンドリエーレは、歌ウマ設定コマ、色男設定翔なんだ?
コマは美声を聴かせるよ、と歌声で客を誘うが、翔くんの歌では客は特別なびいている様子はない。が、面食い客のヒメがコマと翔を見比べて、翔の方がイケメンだからという理由でなびく。すると、他の女たちも「ゴンドリエは歌声より顔だわ!」と翔になびく。顔で選ぱれたあと翔くん張り切って歌う大音響の歌に客がどよめくのはえっと、うまいからではなく……。
客を取られそうなコマは「色男は危険」だと、男たちに訴え、共感をあおる。女は翔を支持、男はコマを支持。
いなばっち……このアテ書きって(笑)。
コマは歌声、翔は顔なのか……。
この観光客はほぼフルメンバー出演なんだが、朝風くんがときどきサングラスをかけているのがいいです。開襟シャツと相まって、うさんくささ倍増。
女子ではなんつってもヒメとカレン姐さんが濃ゆいです(笑)。
コマはなおも歌声で観光客を誘うけど、美貌+値引き(笑)という翔が圧勝。
だけどそんなコマに、ひとりの女の子が目をハートにして進み出てくる。この女の子が寿春花果ちゃん……愛称あだちゅうって……本名からか……(笑)。←文化祭プログラム確認しちゃったよ。
翔くんも夢華さんと唐突にカップルになる。
次が翔くんと夢華さんのラヴラヴデュエット。ふたりでえんえん歌って踊る。
この場面も2段階構成。長いぞ。
まずこの場面の主役、翔くんと夢華さんの周りには、他の観光客たちもいる。
他のカップルたちは翔くんカップルがラヴラヴしている間ストップモーション。それぞれ甘い雰囲気のポーズで静止しているわけだが、レオ&あゆっちカップルがすごい。
ナニをしているわけじゃない、ただ、見つめあっている。腰を抱いた至近距離でずーーっと。
身を寄せあったりしているカップルより、なお破壊力高い(笑)。アツい瞳のまま見つめあって静止って……。
あと、きんぐ&ヒメが、小芝居付きで別の意味で濃ゆい……(笑)。これはヒメの功績だと思う。ネクタイ直してやったり、いちいちニクいぞ。
わたしはレオくんときんぐの横顔が好きです。
この公演で横顔が好きなのはもちろんまっつがいちばんだが、あと、レオくんときんぐ。
まっつとレオくんは鼻が特に好きだ(笑)。横顔の、高く長い鼻を中心にデコと唇がきれいな弧を描くラインが好き。
きんぐは弧ではなく直線に並ぶ横顔を「整っている」と思う。
翔くんカップルのラヴラヴは続き、周囲のカップルたちはそれぞれ去っていく。
レオ&あゆっち、まなはる&ひーこカップルが残り、レオくんたちもいなくなり、最後はまなはる&ひーこだけが残る。
翔くん&夢華さんカップルのシャドウ的に、まなはる&ひーこも踊る。まなはるたちはライトで追ってもらってないのスモークで少し紗がかかった感じに見える。翔くんたちはとにかくきらきらです。
初見ではあまりに長くてびっくりした場面だけど、慣れるとそーゆーもんかと思う。
翔くんの歌はうまくない。「歌える人が歌う」「踊れる人が踊る」というコンセプトのこの公演の中、ダントツで大変な歌声。
しかし。
「翔くん、うまくなったねええ」「『灼熱の彼方』はほんの少し前なのにねえ」「アレはほんと、顔と勢いだけでやり通した公演だったものねえ」……と、みんな親心目線(笑)。
翔くんと夢華さんが「長い」と思える反動なのか、次のコマとあだちゅうカップルの場面は短く感じる。時間的には同じなのかな? でも2段階構成じゃなく、ひとつの演出で終わる。
翔くんと夢華さんはふたり同等に歌い踊るけれど、コマくんカップルは、あくまでもコマくんが主役。彼が歌う周りを、あだちゅうがひとりでくるくる踊っている。
で、お昼のベニスがこのカップル・コーナーでは夕暮れになっていたわけだが、次はさらに時間がが進み、夜になる。
上手寄りの奥に男の影。照明暗すぎてろくに見えないけど、それがまっつ。
1930年代のベルリン。
ここだけ年代設定あり。
まっつのまがまがしい台詞声を聞けますよっと。
背徳の街っつーことで、夜の美女たちがスーツの男たちと妖しく絡んで踊る。
それを睥睨してナレーションと歌を担当するまっつが、素敵な冷酷さです(笑)。
熱のない瞳、口元に薄い嘲笑。……強い嘲りぢゃないの、薄い、がポイント。強く嘲るほどの関心もない、って感じ。
稲葉くんを「うまいな」と思ったのは、この場面でナチスを出さなかったこと。
ナチスを出すことは簡単。記号としてとても使いやすいし、また、あの軍服はかっこよくてタカラヅカ向き。
だけどあえて、ナチスを出さなかった。
軍靴の音と娼婦たちにそれを匂わせる動きをさせるだけで、表現した。
最初に年代と場所を言ってあるんだから、わかる人にはわかる。で、わからなくても別に問題ない。
で、その「世界の外側」で嘲笑していた男が、物語の中に入る。
ひとりの女を見かけたことで。
まっつってやっぱ、芝居巧いんだ、と思う。
オブザーバーだったのに、一瞬で物語の中へ入った。そのあとも、物語との距離感が独特。
まっつはワケありらしいふくよかな美女あゆっちを見かけ、彼女を追い、彼女と情念のタンゴを踊る。
あゆっちが毛皮を脱いだ瞬間、うわっと思う。
なんつーか、なまなましいよね。
やわらかそうっつーか……触ったら気持ちいいんだろうなあ、って感じが、役柄的にリアルっちゃーリアル?(笑)
もちろん、タカラヅカ的観点ではもっと痩せてくれてもありがたいんだが、今さら詮無きこと、そのふくよかさを役作りと考えよう。
音楽は狂気を含んで盛り上がり、背徳の男女のダンスは激しくなり……。
それは不吉なサイレンの音で打ち切られる。
まっつはあゆっちにすがりつくけれど、彼女も周囲の者たちもみんな波が引くように消えていく。
残されたのは、まっつひとり。
物語に入り込みすぎた彼は、自嘲して背を向ける。
この自嘲の笑みがまた、壮絶なんだなあ。一瞬片頬歪めて、酷薄であろうとしながらも、瞳に悲しみや虚無が浮かんで。
で、お着替え。
最初に脱いだ上着は黒い皮ジャケット。……良かった、ふつーの服で(笑)。
着替えながら彼は歌い出す。
背徳の街を嘲笑していた男が、今度は真逆の歌を。
『ロマノフの宝石』より、「夜明け」。
1989年の作品ですってよ。残念ながらわたしはまったく知りません。
知らないけど、とりあえずわかったことは、元ネタは、絶対正塚だ(笑)。
行き交う人々の歌、「命」という歌詞……どこを切ってもマサツカ!!
そーだった、いなばっちはショーを作るとオギーの模倣、芝居を書くとハリーの模倣になる人だった……(笑)。
1幕のラストシーンが突然正塚芝居全開でびびった。
や、正塚好きだからいいけど。そんでもって、まっつは正塚役者だと思っているので、いいんだけど。
続く。
絶望と希望はひとつの輪に繋がれる。@インフィニティ
2012年1月12日 タカラヅカ 『インフィニティ』だらだら語り、続き。
1幕最後のドイツ場面。
ストーリーはよくわかんないけど、いろいろと思わせぶり、かつエロエロでダークで素敵。
カレン姐さんの迫力のアルト「リリー・マルレーン」が響く中、人形めいた衣装の女たちと、スーツの男たちが踊る。
きんぐと雛ちゃんがそりゃーもー、スミレコードぎりぎりに絡んでくれててねえ。きんぐ、たのしそーだわー。
愛すみれちゃん……愛称ありちゃんですか、彼女は美脚披露。顔は幼いのに、長身ゆえか身体はエロいですな、彼女。
下手登場がありちゃんで、上手登場がるりちゃんだよね? わたし、まちがって覚えてる? いまいち自信ナイが、上手の小柄ちゃんはるりちゃんだと信じて語る(笑)。
きんぐと雛ちゃんのエロもいいんだけど、気になるのはもうひと組のカップル。
まなはると、るりちゃん。
きんぐと雛ちゃんは合意の上の男と女だけど、まなはるとるりちゃんはそうじゃないんだよ……。
まなはるが、るりちゃんを無理矢理自分のモノにしようとしている。
るりちゃんがまた、小柄で少女っぽいので、他の女たちと比べ、痛々しさ倍増。
嫌がる少女を、大人の男が無理矢理征服しようとしている……。暴力で、従わせようとしている……。両腕の自由を奪い、抗う身体を押さえつけて。
まなはるの手を逃れた彼女が、自棄な瞳で他の男に身をまかせている姿も、痛々しいっす……。
背徳の街だから、ホモもレズもなんであり、気がつけば男同士、女同士のカップルもいる。
あす×レオの同期カップルについては初日から食いつきまくっていたが、ふつーならセンターのまっつ×あゆっちの前を横切るコマ×翔くんに食いつくべきなんでしょう(笑)。
コマ攻の、なぎしょ受!!
受、でかっ。
小さなコマの腕の中で、どでかい翔くんが切なげに喘いでいるのがすばらしいです。コマ、男前!!(笑)
いろいろ問題抱えまくりーの人々が、最後は希望の「夜明け」を迎える……。
というラストシーン。
主役のまっつは「希望」を得たのかそうでないのか不明。
というのも、決意を胸に強い瞳で歩み出すときもあれば、虚ろな瞳のまま呆然と背を向ける日もあるので、よくわかりません(笑)。
わたし的にこの場面のいちばんの救いは、まなはるとるりちゃんだと思う。
暴力によって支配しようとしていたあのまなはるが、小さなるりちゃんをすごく愛しそうに、大切そうに抱きしめて、ふたりで身を寄せ合うように、支え合うように去って行くの。
うわあああ、良かった、良かったよおお。
他の人たちは、あんまし誰と誰がカップルとかなさそうっていうか、ダンスやコーラスの位置的な意味で横の人と組んでます、に見えて。それまでの関連性無視って感じに終わるんだよなあ。
その中で、まなはるとるりちゃんだけが、ちゃんと物語が続いていて、うれしい。
……反対に、あんなに双方積極的にエロっていたきんぐと雛ちゃんは、カラダだけの関係だった模様。「心」が必要になる「夜明け」では絡まないもの……(笑)。
で、世界旅行は2幕へ。
ラテンメドレー、キューバ。
色は赤と金。
まっつが、あのまっつが派手派手衣装でセンターにいるーー(笑)。
有名曲ばかり使っているせいか、どこの『Red Hot Sea 』かと。や、まっつでラテンというと、どうしても直近、2回もやったショーを思い出すナリ。
通常のタカラヅカショーの中詰めかオープニングかって場面。ここ銀橋だろうなって部分もアリ。
まっつの他、コマ、きんぐもピンでセンターあり。
翔くんはあゆっちとペア、まなはるセンターであすレオのトリオあり。この公演の「番手」がよくわかる作り。ほんとに大劇場と同じ方程式で作られたショーだわ。
……まなはるセンターの場面、何故か出るたびに「キターーッ!」と思ってしまう……まなはる効果……(笑)。
まっつはヒメちゃん、あゆっちとそれぞれ組んで踊る場面あり。
あゆっちがヒロイン相当らしい。
あゆっちは華やかな子だなあ、と思う。
1幕のオープニングもだが、ひとりキラキラの多い衣装を着てセンターにいることに、違和感がない。
ドイツ場面のタコ足ダルマは布が少なすぎてふくよかに見えたけど、ふつうの衣装ならそこまでには見えないし、とてもかわいい。
ラテン場面は、まっつが濁った声で歌っているのが、粋だと思う。プガチョフの声っていうかね。場面によって歌声がチガウのよね。
「NOW ON STAGE」でも語っていたが、「キサス・キサス・キサス」がエロくすぐったい。
悪い男ぶりを楽しんでいる感じがムカつく。素敵(笑)。
にぎやかでキンキラキンの夜の次は、神秘的なハイチの夜へ。
白装束の男女が踊り狂い、その中で紅蓮の炎@あゆみと黒蓮の炎@レオが踊りまくる。
ここのあゆみちゃんが、すごい。
娘役センターのダンス場面が出来るってのは、こーゆー公演ならではだよね。
ストーリーはよくわからんが、その幻想的な雰囲気に飲まれる。
すずちゃんの絶唱もすごい。
美しくて魅入られる場面。
赤と黒、ふたつの炎がひとつになって燃え尽きたあと。
個が見えない白尽くめの人々の中から、ふとひとりの女が立ち止まる。
彼女は透明な声で、祈りを歌う。……ひとりの、孤独な男のことを。
ハイチからスペインへの転換はうまいと思う。
ありちゃんの歌声も効果的。
舞台奥から、マタドール姿のまっつが現れる。
華美なジャケットを肩に掛け、カポーテを腕に掛け。
暗い舞台に、ただひとり。
十字を切り、天へキスを捧げる。
そのひとつひとつの動作の、美しさ。
ヤンさん振付だという、マタドールの場面。
張り詰めた空気、壮絶な孤独と苦悩の吐露とダンス。
「未涼亜希主演のショー作品『インフィニティ』」の、核になる場面。
大劇場のショーなら、中詰めのあと、本編のラストに来る場面だなと(笑)。
芝居から切り取ったようなストーリー性のある場面なので、歌唱力・ダンス力・演技力、すべて必要とする高難易度場面。
まっつの実力を買ってこその演出だと思う。
前後もなく、突然切り取ったかのようなドラマなのに、見事に盛り上げる。
……が、よーするにコレって、オチのない話なんだよね。
ひとりのマタドールが「オレの人生ってコレでいいの?」と悩みだし、ひとりえんえん苦悩ダンスしたあと、なんの決着もつかないまま、現状維持で終了する。
希望の「夜明け」歌って終了した1幕とちがって、希望なし、オチなし(笑)。
ぐるっと一回りしただけ。
無限の輪のように。
ベンヴォーリオ@『ロミジュリ』がそうだったように、まっつは悲しませてナンボだと思う!
苦悩して慟哭して、苦しみが深すぎて空虚になって、呆然と歩き出す姿が秀逸。
稲葉先生、握手しよー、握手! このマタドールにオチも希望も着けなかったことに、握手! いやあ、まっつの魅力をよーっくわかってますよ!(笑)
続く。
1幕最後のドイツ場面。
ストーリーはよくわかんないけど、いろいろと思わせぶり、かつエロエロでダークで素敵。
カレン姐さんの迫力のアルト「リリー・マルレーン」が響く中、人形めいた衣装の女たちと、スーツの男たちが踊る。
きんぐと雛ちゃんがそりゃーもー、スミレコードぎりぎりに絡んでくれててねえ。きんぐ、たのしそーだわー。
愛すみれちゃん……愛称ありちゃんですか、彼女は美脚披露。顔は幼いのに、長身ゆえか身体はエロいですな、彼女。
下手登場がありちゃんで、上手登場がるりちゃんだよね? わたし、まちがって覚えてる? いまいち自信ナイが、上手の小柄ちゃんはるりちゃんだと信じて語る(笑)。
きんぐと雛ちゃんのエロもいいんだけど、気になるのはもうひと組のカップル。
まなはると、るりちゃん。
きんぐと雛ちゃんは合意の上の男と女だけど、まなはるとるりちゃんはそうじゃないんだよ……。
まなはるが、るりちゃんを無理矢理自分のモノにしようとしている。
るりちゃんがまた、小柄で少女っぽいので、他の女たちと比べ、痛々しさ倍増。
嫌がる少女を、大人の男が無理矢理征服しようとしている……。暴力で、従わせようとしている……。両腕の自由を奪い、抗う身体を押さえつけて。
まなはるの手を逃れた彼女が、自棄な瞳で他の男に身をまかせている姿も、痛々しいっす……。
背徳の街だから、ホモもレズもなんであり、気がつけば男同士、女同士のカップルもいる。
あす×レオの同期カップルについては初日から食いつきまくっていたが、ふつーならセンターのまっつ×あゆっちの前を横切るコマ×翔くんに食いつくべきなんでしょう(笑)。
コマ攻の、なぎしょ受!!
受、でかっ。
小さなコマの腕の中で、どでかい翔くんが切なげに喘いでいるのがすばらしいです。コマ、男前!!(笑)
いろいろ問題抱えまくりーの人々が、最後は希望の「夜明け」を迎える……。
というラストシーン。
主役のまっつは「希望」を得たのかそうでないのか不明。
というのも、決意を胸に強い瞳で歩み出すときもあれば、虚ろな瞳のまま呆然と背を向ける日もあるので、よくわかりません(笑)。
わたし的にこの場面のいちばんの救いは、まなはるとるりちゃんだと思う。
暴力によって支配しようとしていたあのまなはるが、小さなるりちゃんをすごく愛しそうに、大切そうに抱きしめて、ふたりで身を寄せ合うように、支え合うように去って行くの。
うわあああ、良かった、良かったよおお。
他の人たちは、あんまし誰と誰がカップルとかなさそうっていうか、ダンスやコーラスの位置的な意味で横の人と組んでます、に見えて。それまでの関連性無視って感じに終わるんだよなあ。
その中で、まなはるとるりちゃんだけが、ちゃんと物語が続いていて、うれしい。
……反対に、あんなに双方積極的にエロっていたきんぐと雛ちゃんは、カラダだけの関係だった模様。「心」が必要になる「夜明け」では絡まないもの……(笑)。
で、世界旅行は2幕へ。
ラテンメドレー、キューバ。
色は赤と金。
まっつが、あのまっつが派手派手衣装でセンターにいるーー(笑)。
有名曲ばかり使っているせいか、どこの『Red Hot Sea 』かと。や、まっつでラテンというと、どうしても直近、2回もやったショーを思い出すナリ。
通常のタカラヅカショーの中詰めかオープニングかって場面。ここ銀橋だろうなって部分もアリ。
まっつの他、コマ、きんぐもピンでセンターあり。
翔くんはあゆっちとペア、まなはるセンターであすレオのトリオあり。この公演の「番手」がよくわかる作り。ほんとに大劇場と同じ方程式で作られたショーだわ。
……まなはるセンターの場面、何故か出るたびに「キターーッ!」と思ってしまう……まなはる効果……(笑)。
まっつはヒメちゃん、あゆっちとそれぞれ組んで踊る場面あり。
あゆっちがヒロイン相当らしい。
あゆっちは華やかな子だなあ、と思う。
1幕のオープニングもだが、ひとりキラキラの多い衣装を着てセンターにいることに、違和感がない。
ドイツ場面のタコ足ダルマは布が少なすぎてふくよかに見えたけど、ふつうの衣装ならそこまでには見えないし、とてもかわいい。
ラテン場面は、まっつが濁った声で歌っているのが、粋だと思う。プガチョフの声っていうかね。場面によって歌声がチガウのよね。
「NOW ON STAGE」でも語っていたが、「キサス・キサス・キサス」がエロくすぐったい。
悪い男ぶりを楽しんでいる感じがムカつく。素敵(笑)。
にぎやかでキンキラキンの夜の次は、神秘的なハイチの夜へ。
白装束の男女が踊り狂い、その中で紅蓮の炎@あゆみと黒蓮の炎@レオが踊りまくる。
ここのあゆみちゃんが、すごい。
娘役センターのダンス場面が出来るってのは、こーゆー公演ならではだよね。
ストーリーはよくわからんが、その幻想的な雰囲気に飲まれる。
すずちゃんの絶唱もすごい。
美しくて魅入られる場面。
赤と黒、ふたつの炎がひとつになって燃え尽きたあと。
個が見えない白尽くめの人々の中から、ふとひとりの女が立ち止まる。
彼女は透明な声で、祈りを歌う。……ひとりの、孤独な男のことを。
ハイチからスペインへの転換はうまいと思う。
ありちゃんの歌声も効果的。
舞台奥から、マタドール姿のまっつが現れる。
華美なジャケットを肩に掛け、カポーテを腕に掛け。
暗い舞台に、ただひとり。
十字を切り、天へキスを捧げる。
そのひとつひとつの動作の、美しさ。
ヤンさん振付だという、マタドールの場面。
張り詰めた空気、壮絶な孤独と苦悩の吐露とダンス。
「未涼亜希主演のショー作品『インフィニティ』」の、核になる場面。
大劇場のショーなら、中詰めのあと、本編のラストに来る場面だなと(笑)。
芝居から切り取ったようなストーリー性のある場面なので、歌唱力・ダンス力・演技力、すべて必要とする高難易度場面。
まっつの実力を買ってこその演出だと思う。
前後もなく、突然切り取ったかのようなドラマなのに、見事に盛り上げる。
……が、よーするにコレって、オチのない話なんだよね。
ひとりのマタドールが「オレの人生ってコレでいいの?」と悩みだし、ひとりえんえん苦悩ダンスしたあと、なんの決着もつかないまま、現状維持で終了する。
希望の「夜明け」歌って終了した1幕とちがって、希望なし、オチなし(笑)。
ぐるっと一回りしただけ。
無限の輪のように。
ベンヴォーリオ@『ロミジュリ』がそうだったように、まっつは悲しませてナンボだと思う!
苦悩して慟哭して、苦しみが深すぎて空虚になって、呆然と歩き出す姿が秀逸。
稲葉先生、握手しよー、握手! このマタドールにオチも希望も着けなかったことに、握手! いやあ、まっつの魅力をよーっくわかってますよ!(笑)
続く。
マッツマハラジャに、勝利の凱歌を。@インフィニティ
2012年1月13日 タカラヅカ 『インフィニティ』は古式ゆかしい「タカラヅカ・ショー」、しかも通常の2倍の長さなので、ツボにはまらない人には「古い」「退屈」になるんだろうなと思う。
倍の長さがある、つーんで、一場面が無駄に長かったりするしな。55分の大劇ショーなら、もっとテンポアップしてるだろとか、シェイプアップしてるだろとか。
また、オギーファンの稲葉せんせは、ショーで完全な暗転やカーテンによる「断絶」を作らない。
すべての場面が、だらだらつながって進行する。
これが苦手な人には、きついだろーなー、とか。
オギーを目指しているけどオギーにはなれない、健康さと凡庸さ。目新しさのない、「どっかで見たような」場面が、区切りもなくだらだら続く、ありがち陳腐な音楽チョイス……てのがいなばっちの特徴。曲の著作権を気にするあまり、ポリシーのない選曲になったりとかな。
だけど。
多くの組子、出演者を適所で使うのは、オギー譲りの彼の長所。……なんでもオギーに関連づけるのはよくないが、いなばっちのショー作品を観るたびに、人の使い方も含め、オギーの影響を強く感じるものでな(笑)。
『インフィニティ』は、本当の意味で名作では、特にないんだと思う。
欠点もいろいろあるだろうさ。
でも今のわたしには、良い部分、ありがたい部分ばかりが心に染みる。
張り詰めたスペイン場面の直後に。
脱力系音楽と共に、インド場面がはじまる、この構成をうまいと思う。
緩急の効果。
そして、「主演」の魅力を出すという点で。
苦悩のマタドール役でファンの萌えだの涙だのをあおりまくっておいて、次の場面でマッツマハラジャですよ。
この落差に、ファンはめろめろです(笑)。
重くなりすぎた空気を変えるだけなら、まっつの出ない場面を続ければよかっただけのこと。コマがセンターのフィリピン場面を次に持ってくる、とかね。
だがそうはせず、あえてまっつをふたつ続けた。
うまいなと思う。
さて、空気を変えて登場したのはマハラジャの従者、コマ、亜聖くん、翼くん。
この3人がかわいいやらおかしいやら。……腋臭がひどいらしいですよ……ってなんなのこの振付(笑)。
いやあ、翼くんの笑顔がかわいくてなあ。でもって彼、声がいいのだわ、歌うまいんだわ。従者トリオの中でナニ気にいちばん歌詞がしっかり聞こえる。
続けて登場する侍女はヒメとあゆみちゃん。衣装の豪華さからしても、この場面のヒロインはヒメらしい。
韻を踏んだインドっぽい曲なんだが、歌詞がわからないところもいろいろ。
侍女、美女、才女、愛情、頑丈、過剰、退場……で、「男の言い訳は」……なんて言ってるの?
この公演最大の愉快な場面。
初日に観たときは「ここはアドリブコーナーになるんだろうな」と思った。ベニスの冒頭部分に感じたように。
ところがどっこい。
アドリブなし。
笑わせるシーンなのに、毎回きっちり同じことしかしない。
……ええ、まっつが。
ベニスもそうだけどさ、まっつはほんっとーに、アドリブしない。
台本通り、演出通りにしか、やらない。
観客が期待していても、やらない。
なんつーか、プライドだなあ、と思う。
幕が開く前は、バウでショーの公演だから、もっと内輪受けのものを想像していたよ。
トークコーナーがあって、カーテン前で主演と何人かがお喋りしたり、アドリブOKコーナーもあって、ファンサービスしたり、客席降りや登場がふんだんにあって、みんなで盛り上がったり。
去年のそのかバウのイメージも強かったしね。
なのに、そーゆー「客へのおもねり」が一切ない。
潔いまでに、「作品」勝負。「芸」勝負。
アドリブなんかでリピーターを喜ばせない。そんなもんを目当てに通ってもらっても困る。
初見の人もリピーターも、同じように楽しめる、規定通りの仕事をする。
客席に降りてファンサービスなんかしない、舞台の上だけで魅了する。
トークの時間なんかいらない、ここは「タカラヅカ」だ。「タカラヅカ」のショーを公演時間内びっちり見せる。
そーゆー、自信と誇り。
まっつらしいなあ、と思う。
今回、まっつは演出に口出しせず、稲葉せんせにまるっとお任せしたと雑誌の記事にあったが、まっつの意志が大きく反映された『宝塚巴里祭』もお笑い場面ナシ、トーク最低限だったわけで、まっつにアテ書きすると自然とストイックな作りになるんだと思う。
つーことで、マッツマハラジャもみなさんいつ観ても安心、いつもきっかり同じことしかしてませんから、「アドリブらしいけど、元を知らないからどこがアドリブなのかわかんない」なんてことにはなりません。
従者コマ発案で、侍女たちが踊るわけだが、マッツマハラジャは喜ばない。
舞台奥の椅子で、やる気なさそーに沈み込み、大あくびをして椅子の飾りのオレンジを取ろうとしてうまく取れず、坐り直してからひとつ取り、従者橘くんを呼んで彼の服でオレンジを拭く。
で、「やめいやめい」で踊りを止めて、コマにクビを言い渡す。
コマくんはほんと、いいセンスをした役者だなと思う。
この従者の喋り方とか、すごいもんよ。正塚せんせに見込まれてるだけあるなあと(笑)。や、正塚芝居のテンポと空気で笑わせる役をえんえん振られ続けているコマは、役者として買われているんだと思うよ。
で、稲葉せんせは正塚フリークだしな(笑)。
クビを言われて走り去るコマくんが、ひとりで工夫を見せ、リピーターにも笑いを取っている。……ええ子や、コマ……。
いかにもなインド舞踊を「つまらない」と一刀両断したマッツマハラジャ。
彼自ら立ち上がり、新しいダンスを披露する。
これが、もう。
未涼亜希の魅力全開。
まっつアテ書きならでは!!(笑)
いやあ、これこそまっつですよ!
彼はあの、プラスチックダンス・マスターですよ? スーツ姿で真顔orまぶしい笑顔で「プラスチック!」と踊るナンバーでもっとも魅力を発揮するという、独特の魅力のある人です。
ふつうにしれっと踊っているだけなのに、この人が踊るとなんでこうもおかしいんだ……?! と言われた、アレ系のダンスです。
まっつキターーッ!! まっつの、いかにもまっつらしい、まっつならではのダンスキターーッ!!
コミカルなダンスです。男女入り乱れの総踊りです。
なのに。
まっつが、エロい。
腰の動きとか、えらいことになってます。
顔はノーブルに美しくアンニュイで、お貴族様そのものなのに、カラダの……下半身動きはキレキレエロエロというギャップ。
しれっとおかしく、いやらしい。
マッツマハラジャにファンが狂喜乱舞するのはソコです。
まっつの魅力をよーっくわかった場面だから。
すなわち。
オモシロいのかエロいのか、どっちなのかはっきりしろ!!と言いたくなる感じ。
その前の場面が、ストイックにドシリアスなマタドールですよ? これもまた、まっつならではの美しさと色気にあふれていました。
その直後にマッツマハラジャを持ってくる稲葉くんに脱帽。
まっつの活かし方、という点では、なんとも見事な手腕です。
最高っす。
続く。
倍の長さがある、つーんで、一場面が無駄に長かったりするしな。55分の大劇ショーなら、もっとテンポアップしてるだろとか、シェイプアップしてるだろとか。
また、オギーファンの稲葉せんせは、ショーで完全な暗転やカーテンによる「断絶」を作らない。
すべての場面が、だらだらつながって進行する。
これが苦手な人には、きついだろーなー、とか。
オギーを目指しているけどオギーにはなれない、健康さと凡庸さ。目新しさのない、「どっかで見たような」場面が、区切りもなくだらだら続く、ありがち陳腐な音楽チョイス……てのがいなばっちの特徴。曲の著作権を気にするあまり、ポリシーのない選曲になったりとかな。
だけど。
多くの組子、出演者を適所で使うのは、オギー譲りの彼の長所。……なんでもオギーに関連づけるのはよくないが、いなばっちのショー作品を観るたびに、人の使い方も含め、オギーの影響を強く感じるものでな(笑)。
『インフィニティ』は、本当の意味で名作では、特にないんだと思う。
欠点もいろいろあるだろうさ。
でも今のわたしには、良い部分、ありがたい部分ばかりが心に染みる。
張り詰めたスペイン場面の直後に。
脱力系音楽と共に、インド場面がはじまる、この構成をうまいと思う。
緩急の効果。
そして、「主演」の魅力を出すという点で。
苦悩のマタドール役でファンの萌えだの涙だのをあおりまくっておいて、次の場面でマッツマハラジャですよ。
この落差に、ファンはめろめろです(笑)。
重くなりすぎた空気を変えるだけなら、まっつの出ない場面を続ければよかっただけのこと。コマがセンターのフィリピン場面を次に持ってくる、とかね。
だがそうはせず、あえてまっつをふたつ続けた。
うまいなと思う。
さて、空気を変えて登場したのはマハラジャの従者、コマ、亜聖くん、翼くん。
この3人がかわいいやらおかしいやら。……腋臭がひどいらしいですよ……ってなんなのこの振付(笑)。
いやあ、翼くんの笑顔がかわいくてなあ。でもって彼、声がいいのだわ、歌うまいんだわ。従者トリオの中でナニ気にいちばん歌詞がしっかり聞こえる。
続けて登場する侍女はヒメとあゆみちゃん。衣装の豪華さからしても、この場面のヒロインはヒメらしい。
韻を踏んだインドっぽい曲なんだが、歌詞がわからないところもいろいろ。
侍女、美女、才女、愛情、頑丈、過剰、退場……で、「男の言い訳は」……なんて言ってるの?
この公演最大の愉快な場面。
初日に観たときは「ここはアドリブコーナーになるんだろうな」と思った。ベニスの冒頭部分に感じたように。
ところがどっこい。
アドリブなし。
笑わせるシーンなのに、毎回きっちり同じことしかしない。
……ええ、まっつが。
ベニスもそうだけどさ、まっつはほんっとーに、アドリブしない。
台本通り、演出通りにしか、やらない。
観客が期待していても、やらない。
なんつーか、プライドだなあ、と思う。
幕が開く前は、バウでショーの公演だから、もっと内輪受けのものを想像していたよ。
トークコーナーがあって、カーテン前で主演と何人かがお喋りしたり、アドリブOKコーナーもあって、ファンサービスしたり、客席降りや登場がふんだんにあって、みんなで盛り上がったり。
去年のそのかバウのイメージも強かったしね。
なのに、そーゆー「客へのおもねり」が一切ない。
潔いまでに、「作品」勝負。「芸」勝負。
アドリブなんかでリピーターを喜ばせない。そんなもんを目当てに通ってもらっても困る。
初見の人もリピーターも、同じように楽しめる、規定通りの仕事をする。
客席に降りてファンサービスなんかしない、舞台の上だけで魅了する。
トークの時間なんかいらない、ここは「タカラヅカ」だ。「タカラヅカ」のショーを公演時間内びっちり見せる。
そーゆー、自信と誇り。
まっつらしいなあ、と思う。
今回、まっつは演出に口出しせず、稲葉せんせにまるっとお任せしたと雑誌の記事にあったが、まっつの意志が大きく反映された『宝塚巴里祭』もお笑い場面ナシ、トーク最低限だったわけで、まっつにアテ書きすると自然とストイックな作りになるんだと思う。
つーことで、マッツマハラジャもみなさんいつ観ても安心、いつもきっかり同じことしかしてませんから、「アドリブらしいけど、元を知らないからどこがアドリブなのかわかんない」なんてことにはなりません。
従者コマ発案で、侍女たちが踊るわけだが、マッツマハラジャは喜ばない。
舞台奥の椅子で、やる気なさそーに沈み込み、大あくびをして椅子の飾りのオレンジを取ろうとしてうまく取れず、坐り直してからひとつ取り、従者橘くんを呼んで彼の服でオレンジを拭く。
で、「やめいやめい」で踊りを止めて、コマにクビを言い渡す。
コマくんはほんと、いいセンスをした役者だなと思う。
この従者の喋り方とか、すごいもんよ。正塚せんせに見込まれてるだけあるなあと(笑)。や、正塚芝居のテンポと空気で笑わせる役をえんえん振られ続けているコマは、役者として買われているんだと思うよ。
で、稲葉せんせは正塚フリークだしな(笑)。
クビを言われて走り去るコマくんが、ひとりで工夫を見せ、リピーターにも笑いを取っている。……ええ子や、コマ……。
いかにもなインド舞踊を「つまらない」と一刀両断したマッツマハラジャ。
彼自ら立ち上がり、新しいダンスを披露する。
これが、もう。
未涼亜希の魅力全開。
まっつアテ書きならでは!!(笑)
いやあ、これこそまっつですよ!
彼はあの、プラスチックダンス・マスターですよ? スーツ姿で真顔orまぶしい笑顔で「プラスチック!」と踊るナンバーでもっとも魅力を発揮するという、独特の魅力のある人です。
ふつうにしれっと踊っているだけなのに、この人が踊るとなんでこうもおかしいんだ……?! と言われた、アレ系のダンスです。
まっつキターーッ!! まっつの、いかにもまっつらしい、まっつならではのダンスキターーッ!!
コミカルなダンスです。男女入り乱れの総踊りです。
なのに。
まっつが、エロい。
腰の動きとか、えらいことになってます。
顔はノーブルに美しくアンニュイで、お貴族様そのものなのに、カラダの……下半身動きはキレキレエロエロというギャップ。
しれっとおかしく、いやらしい。
マッツマハラジャにファンが狂喜乱舞するのはソコです。
まっつの魅力をよーっくわかった場面だから。
すなわち。
オモシロいのかエロいのか、どっちなのかはっきりしろ!!と言いたくなる感じ。
その前の場面が、ストイックにドシリアスなマタドールですよ? これもまた、まっつならではの美しさと色気にあふれていました。
その直後にマッツマハラジャを持ってくる稲葉くんに脱帽。
まっつの活かし方、という点では、なんとも見事な手腕です。
最高っす。
続く。
光の輪は仲間たちを繋ぎ。@インフィニティ
2012年1月14日 タカラヅカ 『インフィニティ』だらだら語り、続き。
インド場面でいちばん残念なのは、ここが、大劇場ではないということ。
『インフィニティ』は大劇場のタカラヅカ・ショーと同じ方程式で作られている。
それゆえ、大劇場の舞台装置があってしかるべき演出がされている。
だから。
バウホールだと、いろいろ不自由だ。
バウには銀橋も盆もセリも大階段もないんだよー。
他は我慢する。最後の黒燕尾の振付も、まんま大階段想定のモノだったけど、まっつが主演である限り大階段でアレができないことはわかっているので、あきらめる。
しかし。
セリは必要だ。
つーのもだ。
マッツマハラジャの坐る椅子。あれって、大劇場ならセンターのセリの上、だよね?
もしくは回る盆の上に作られた、高い壇上だよね?
坐っている主役が、客席から見えないのは、演出ミスだろう。
侍女たちが踊り出すと、マッツマハラジャが見えなくなる……。
踊りが終わったって、下手端席からは、立ち並ぶ侍女に隠れて見えない。
マハラジャの大あくびや、オレンジを取ろうとしてじたばたする姿や、従者の橘くんの帯でオレンジを拭く様なんかが、まったく見えないんだ。
また、マハラジャダンスの盛り上がった場面で、舞台奥で振り向きポーズをキメるマッツマハラジャも、前で踊る侍女たちに隠れて見えなくなる。
いなばっち、ここがバウだって忘れてる?
平面だから、舞台奥へ行っちゃうと見えなくなるんだってば。
大劇なら、玉座はセリで持ち上げるから無問題、もしくは回る盆の上の壇だから無問題、他のキャストの頭上も舞台に出来るから、どの席からでも見えるように演出できる。
でもここ、バウだから……。
前方席だけが見えないのかと思ったら、後方席からでも完璧には見えなかった。どうしても侍女たちにかぶる。
いなばっちェ……。
マッツマハラジャに絡まれる従者は、橘くんで合ってるよな?
亜聖くんと橘くんがフェイスラインゆえによく混同しちゃうんだけど、亜聖くんはその前の場面でトリオやってたから、もうひとりの橘くんのはず。
橘くんは、度胸と芝居心がある模様。マッツマハラジャに布巾代わりにされるとき、日によっていろいろな表情をしている。不服そうだったり、へこへこしていたり、おどおどしていたり。
また、マハラジャダンスがはじまってすぐ、マッツマハラジャに腰を抱かれて踊るんだが、そのときの歌声の勢いと、デタラメなダンスっぷりが……(笑)。
初日からしばらくは、いつも同じ振りで踊っていたんだけど、ある日突然、えらい勢いで踊り出して笑いを取って以来、ナニかブチ切れたみたい。振付は自由にしていいところなのか、橘くんがそのときの勢いでてきとーに踊り出すと、従者たちもそれと同じ振りで踊り出すという……。
まっつさんがアドリブなんもしない分、コマと橘くんとでがんばってるよ……(笑)。
あとここの場面、ひーこが少年役で、めちゃくちゃかわいい。
少年のまま動き、走り、踊っている。
朝風くん他もひーこ少年のアタマを撫でたり、すげーかわいがってるし(笑)。
マッツマハラジャ、いいなあ。
大好きだー。
ここまで盛り上がっておいて、続きはどうすんだ、というと、突然空気が変わる。
ドシリアスなフィリピン。
暗転のあと舞台にはコマと、彼に寄り添う娘役……って、娘ぢゃない、ヲカマ……?!
えー、レオくんです。
94期、研4……。この学年で、本気で女装しているのに、ヲカマにしか見えないって、すごい男役スキルの高さです。
レオくんはピンクのロングドレスを着ているんだけど、スリットがあって良かったと、心から思いました。
スリットからのぞく白い足は、女性のものだとわかるから。
いやあ、足でも見せてくんないと、顔だけだと性別がわからないよ。
ドレス状に裾の広がったロングコートを着た男性かもしれないじゃん。
足で判断できて良かった……。
レオくんの役名はフラワー。
観劇後、プログラムを2度見したさ。フラワー? お、お花ちゃん??
あの毒々しいイキモノは、「お花ちゃん」なんてかわいらしいモノだったのか……。
コマに寄り添って登場するけど、レオくんの相手役はなぎしょでした。……そーだよな、コマつんだと体格が……ゲフンゲフン。
パピヨン@翔くんが、フラワー@レオくんに魅せられ、ぱっくりいただかれちゃう話でした。ってレオくん、食虫植物っ?!
翔くんはガタイのよい若手美形スター。それゆえに、夢華さんだーの女装レオくんだーの、でかいのの相手ばっかで大変だなー(笑)。
でもその分彼は、包容力が増したと思うの。
ここのコマくんの歌声が好き。
彼の声質に合っているんだろう。すごく心地よい音色と旋律。
ただ。
長い。
いなばっちはかなりこだわって現地語で歌わせているんだろうけど、これだけ長い歌なら、途中から日本語にするとかしてほしかったわ。
意味不明の音だけでフルコーラスは長いよ……。
翔くんがレオくんに押し倒されてEND……ってすごいなー。
や、「NOW ON STAGE」によると、あれは押し倒されてるんじゃないそうですが……(笑)。
次は韓国。
この公演唯一の、カーテン前場面。
稲葉くん、ほんっとーにカーテン前使わないんだもんなー。すごいよなー。
暗転ののち、紗幕の前にアイドルユニット「INFT∞」がそれぞれ静止ポーズで登場。
最前列で観たときいちばん「近っ」と思ったのはココ。カーテン前ここだけだから(笑)。
君たち3人、マジでデビューするといいよ。
めちゃくちゃかっこいい。
きんぐ、まなはる、あす。
わたしは韓流とやらはドラマだろうとアイドルだろうとなにひとつ存じませんが、「INFT∞」はすばらしいと思う!
カーテン前芝居撲滅運動家の稲葉せんせ、紗幕はすぐに上がり、本舞台を使っての場面になる。
セットのライトの輝き方とか、3人のダンスとか、Mステ見てるみたいだ……(笑)。
あすくんの歌声が、マジすごい。
もともと歌ウマだが、この公演中さらに進化していっている。前にふわーっと広がる、包み込む歌声。声質がやさしく発声が明瞭。
それでいて、「タカラヅカの男役」としての歌い方と姿。
あすくんすごい。
アイドルユニットなのに、ひとりだけマジ突き抜けて巧い! 場違いなくらいうまい!
……アイドルは歌唱力二の次だという思い込みゆえに、あすくんが巧すぎてウケる。
きんぐとまなはるは、正しく「アイドル」っぽい……。きんぐはまだ歌える人だけど、まなはるってばもお……いいのよキミはソレで、ひとり歌声があちゃー!でも、キザり抜群、温度激熱だから、それで!(笑)
きんぐの甘い二枚目ぶりが映える映える。
どんどんいい男になるなー。
下手前方で観たとき、この3人の最後の決めポーズのとき、ライトがきんぐ=赤、まなはる=青、あす=黄になっていて、「上から赤青黄って色が決まってるんだ! さすがアイドルユニット!」と思ったもんだった。
その角度からだとその色のライトがそれぞれ当たっているというだけで、別の席から観たらちがった(笑)。
残り公演数あとわずかになってから、まなはるは眼鏡っこになってるし。
さらにキャラが立ってイイ!
続く。
インド場面でいちばん残念なのは、ここが、大劇場ではないということ。
『インフィニティ』は大劇場のタカラヅカ・ショーと同じ方程式で作られている。
それゆえ、大劇場の舞台装置があってしかるべき演出がされている。
だから。
バウホールだと、いろいろ不自由だ。
バウには銀橋も盆もセリも大階段もないんだよー。
他は我慢する。最後の黒燕尾の振付も、まんま大階段想定のモノだったけど、まっつが主演である限り大階段でアレができないことはわかっているので、あきらめる。
しかし。
セリは必要だ。
つーのもだ。
マッツマハラジャの坐る椅子。あれって、大劇場ならセンターのセリの上、だよね?
もしくは回る盆の上に作られた、高い壇上だよね?
坐っている主役が、客席から見えないのは、演出ミスだろう。
侍女たちが踊り出すと、マッツマハラジャが見えなくなる……。
踊りが終わったって、下手端席からは、立ち並ぶ侍女に隠れて見えない。
マハラジャの大あくびや、オレンジを取ろうとしてじたばたする姿や、従者の橘くんの帯でオレンジを拭く様なんかが、まったく見えないんだ。
また、マハラジャダンスの盛り上がった場面で、舞台奥で振り向きポーズをキメるマッツマハラジャも、前で踊る侍女たちに隠れて見えなくなる。
いなばっち、ここがバウだって忘れてる?
平面だから、舞台奥へ行っちゃうと見えなくなるんだってば。
大劇なら、玉座はセリで持ち上げるから無問題、もしくは回る盆の上の壇だから無問題、他のキャストの頭上も舞台に出来るから、どの席からでも見えるように演出できる。
でもここ、バウだから……。
前方席だけが見えないのかと思ったら、後方席からでも完璧には見えなかった。どうしても侍女たちにかぶる。
いなばっちェ……。
マッツマハラジャに絡まれる従者は、橘くんで合ってるよな?
亜聖くんと橘くんがフェイスラインゆえによく混同しちゃうんだけど、亜聖くんはその前の場面でトリオやってたから、もうひとりの橘くんのはず。
橘くんは、度胸と芝居心がある模様。マッツマハラジャに布巾代わりにされるとき、日によっていろいろな表情をしている。不服そうだったり、へこへこしていたり、おどおどしていたり。
また、マハラジャダンスがはじまってすぐ、マッツマハラジャに腰を抱かれて踊るんだが、そのときの歌声の勢いと、デタラメなダンスっぷりが……(笑)。
初日からしばらくは、いつも同じ振りで踊っていたんだけど、ある日突然、えらい勢いで踊り出して笑いを取って以来、ナニかブチ切れたみたい。振付は自由にしていいところなのか、橘くんがそのときの勢いでてきとーに踊り出すと、従者たちもそれと同じ振りで踊り出すという……。
まっつさんがアドリブなんもしない分、コマと橘くんとでがんばってるよ……(笑)。
あとここの場面、ひーこが少年役で、めちゃくちゃかわいい。
少年のまま動き、走り、踊っている。
朝風くん他もひーこ少年のアタマを撫でたり、すげーかわいがってるし(笑)。
マッツマハラジャ、いいなあ。
大好きだー。
ここまで盛り上がっておいて、続きはどうすんだ、というと、突然空気が変わる。
ドシリアスなフィリピン。
暗転のあと舞台にはコマと、彼に寄り添う娘役……って、娘ぢゃない、ヲカマ……?!
えー、レオくんです。
94期、研4……。この学年で、本気で女装しているのに、ヲカマにしか見えないって、すごい男役スキルの高さです。
レオくんはピンクのロングドレスを着ているんだけど、スリットがあって良かったと、心から思いました。
スリットからのぞく白い足は、女性のものだとわかるから。
いやあ、足でも見せてくんないと、顔だけだと性別がわからないよ。
ドレス状に裾の広がったロングコートを着た男性かもしれないじゃん。
足で判断できて良かった……。
レオくんの役名はフラワー。
観劇後、プログラムを2度見したさ。フラワー? お、お花ちゃん??
あの毒々しいイキモノは、「お花ちゃん」なんてかわいらしいモノだったのか……。
コマに寄り添って登場するけど、レオくんの相手役はなぎしょでした。……そーだよな、コマつんだと体格が……ゲフンゲフン。
パピヨン@翔くんが、フラワー@レオくんに魅せられ、ぱっくりいただかれちゃう話でした。ってレオくん、食虫植物っ?!
翔くんはガタイのよい若手美形スター。それゆえに、夢華さんだーの女装レオくんだーの、でかいのの相手ばっかで大変だなー(笑)。
でもその分彼は、包容力が増したと思うの。
ここのコマくんの歌声が好き。
彼の声質に合っているんだろう。すごく心地よい音色と旋律。
ただ。
長い。
いなばっちはかなりこだわって現地語で歌わせているんだろうけど、これだけ長い歌なら、途中から日本語にするとかしてほしかったわ。
意味不明の音だけでフルコーラスは長いよ……。
翔くんがレオくんに押し倒されてEND……ってすごいなー。
や、「NOW ON STAGE」によると、あれは押し倒されてるんじゃないそうですが……(笑)。
次は韓国。
この公演唯一の、カーテン前場面。
稲葉くん、ほんっとーにカーテン前使わないんだもんなー。すごいよなー。
暗転ののち、紗幕の前にアイドルユニット「INFT∞」がそれぞれ静止ポーズで登場。
最前列で観たときいちばん「近っ」と思ったのはココ。カーテン前ここだけだから(笑)。
君たち3人、マジでデビューするといいよ。
めちゃくちゃかっこいい。
きんぐ、まなはる、あす。
わたしは韓流とやらはドラマだろうとアイドルだろうとなにひとつ存じませんが、「INFT∞」はすばらしいと思う!
カーテン前芝居撲滅運動家の稲葉せんせ、紗幕はすぐに上がり、本舞台を使っての場面になる。
セットのライトの輝き方とか、3人のダンスとか、Mステ見てるみたいだ……(笑)。
あすくんの歌声が、マジすごい。
もともと歌ウマだが、この公演中さらに進化していっている。前にふわーっと広がる、包み込む歌声。声質がやさしく発声が明瞭。
それでいて、「タカラヅカの男役」としての歌い方と姿。
あすくんすごい。
アイドルユニットなのに、ひとりだけマジ突き抜けて巧い! 場違いなくらいうまい!
……アイドルは歌唱力二の次だという思い込みゆえに、あすくんが巧すぎてウケる。
きんぐとまなはるは、正しく「アイドル」っぽい……。きんぐはまだ歌える人だけど、まなはるってばもお……いいのよキミはソレで、ひとり歌声があちゃー!でも、キザり抜群、温度激熱だから、それで!(笑)
きんぐの甘い二枚目ぶりが映える映える。
どんどんいい男になるなー。
下手前方で観たとき、この3人の最後の決めポーズのとき、ライトがきんぐ=赤、まなはる=青、あす=黄になっていて、「上から赤青黄って色が決まってるんだ! さすがアイドルユニット!」と思ったもんだった。
その角度からだとその色のライトがそれぞれ当たっているというだけで、別の席から観たらちがった(笑)。
残り公演数あとわずかになってから、まなはるは眼鏡っこになってるし。
さらにキャラが立ってイイ!
続く。
誇り高き美しさに。@インフィニティ
2012年1月15日 タカラヅカ 本編が終わり、フィナーレがはじまる。
タカラヅカ・ショーには形式があり、オープニング、前半部分、中詰め、後半部分、フィナーレ、パレードと構成が決まっている。
どんなテーマでなにを作るかは自由だけど、フィナーレとパレードは鉄板。いろいろと個性的だったオギーの『タランテラ!』ですら、それまでのフリーダムさを忘れてフィナーレ~パレードだけはきっちりやっていた。(『ソロモンの指輪』は30分で芝居の前、なので規格外)
タカラヅカ・レビュー『インフィニティ』のフィナーレもまた、正統派のフィナーレだった。
各国めぐりでくりひろげられてきたショーのラストを飾るのが、日本。
「タカラヅカ」でしかありえない、白い「男役」衣装に身を包んだまっつが登場する。
歌うのは、「ゴンドラの歌」。
命短し恋せよ乙女。
クラシカルな歌に、クラシカルなドレスの娘役たちが登場し、主演の周りでひらひらと踊る。
それは古い古い「タカラヅカ」の図。
どれだけ古くても、時代が進んでも、変えてはならない、忘れてはならない、「タカラヅカ」の基本の図。
まっつが登場したとき真っ白だったホリゾントの光が、娘役の登場で薄桃になるのが好き。
上にあるセットの輪の色はピンクだったか薄い緑だったか。
桜の色だ。
「日本」の色だった。
奥ゆかしく、されど凛とした気風を持つ、桜のイメージ。
まっつから歌い継ぐのはあゆっち。彼女の歌声はここがいちばんキレイ。
命短し恋せよ乙女。
無限大、インフィニティ、終わりなき世界……その果てない旅のラストに、有限を歌う。
終わる。終わってしまう。
無限など存在しない。
命は短い。美しさも短い。
幸福や感謝もいずれ薄れ、失われていく。
「タカラヅカ」自体がそもそも、嘘の世界だ。
所詮舞台の上、所詮虚構。
「男役」なんて、無意味なもの。
それでも。
今、美しさに胸が震える。
嘘でも。
消えて、なくなってしまうものだとしても。
曲が終わると、威勢のいい和太鼓の音が聞こえてくる。
和太鼓だよ! ドラムロールのように連続して打ち鳴らされる音。
後ろに1列に並んでいるのは、男たち。
黒燕尾姿。
まっつと娘役たちがはけるのと入れ替わりに、段上に整列した黒燕尾の男たちが踊り出す。
曲は佐渡おけさ。
日本民謡で黒燕尾。
この高揚感を、どう言えばいいのか。
日本人で良かった。
日本への誇りがわき上がる。
宝塚歌劇なんてゆー、わけのわかんないモノが存在できるのは、日本だからだ。日本の文化、近代史の中で培われてきたモノだ。
100年の歴史の中、磨き抜かれてきたモノだ。
力強く踊る黒燕尾の男たち、そこへ再登場したドレス姿の娘役たちが絡む。
激しい曲調、要所で響く和太鼓。
和太鼓っていいよねええ。聴くと魂が沸き立つっていうか。
プリミティヴな野生を刺激される感じ。
日本人の根源というか、祖型を確かめさせられるというか。
そうやって盛り上げきったところで。
黒燕尾まっつが登場する。
男役と娘役、それぞれが1列に整列したいちばん端に。
みなが腰を落としたその瞬間、燕尾姿で立つまっつにライトが当たる。
黒燕尾を着て、ただ、立っている。
その、美しさ。
まっつは踊りながら男役・娘役の間を移動する。
まっつの動きに合わせて、周囲の者たちが身体の向きを順番に変えていく。
大劇場、大階段でトップスターが登場するときの演出・振付だ。
広大な舞台の、劇場の空気が、動きが、トップスターひとりに集約される、あの場面。
バウホールで、たった22人しかいない舞台で、大階段の演出をやってのけた。
ここから先はもお、涙ナシでは観られません(笑)。
贔屓が「真ん中」で黒燕尾を踊る……ということももちろん感涙なんだけど。
それだけではなく。
黒燕尾まっつが下手から上手へ移動しきる……つまり、大階段を降りきったところで、次の場面。
娘役たちがさーっとはけていき、男役だけの場面になる。
黒燕尾群舞。
曲は「荒城の月」。
そこにあるのは、「タカラヅカ」だった。
あまりにも強く「タカラヅカ」。
いろんなものに囚われない、揺らがない、宝塚歌劇の根源たるもの。
日本の曲で黒燕尾の男役がボレロを踊る。
タカラヅカはたしかに、いろんな国を舞台にする。タカラジェンヌたちは髪を金色に染め、外国人を演じる。
だがそれは本物の外国なわけでも、外国人なわけでもない。そんなもんが見たけりゃ洋画でも海外ミュージカルでも見てりゃーいい。
外国を舞台にしても、あくまでも「日本」なんだ。日本人の価値観、美意識を基本として、カタチだけエキゾチックなものにする。
各国巡り、世界旅行をテーマとする『インフィニティ』で、最後に帰り着く国が日本であり、「日本」と銘打った場面でザ・タカラヅカを見せる。
その演出に、感動した。
また、主演の未涼亜希は「タカラヅカ」を具現するスターだ。
小柄で華奢な日本人女性が、芸の力で「男」を表現する、「男役」という架空の存在を作り上げる……宝塚歌劇という、ファンタジー。
本物の男じゃない。男役だ。赤い唇で燕尾を着る、性別とも現実とも切り離された存在だ。
「タカラヅカ」の根底の美しさを、見た。
それゆえに、泣けて仕方がない。
黒燕尾群舞で形作る逆三角形、その頂点に立って踊る。
タカラヅカの全男役が憧れ、ほんとうにごくわずかな者しか味わえない、その貴重な場を、演出を与えてくれた、稲葉先生ありがとう。
黒燕尾場面は、わたしのなかの「タカラヅカ愛」が刺激されまくるんだわ。
こんなタカラヅカを愛している。誇りに思っている。それが、目の前で形になって差し出されている……そんな感じ。
で、そのセンターにいるのがご贔屓って……そりゃ、泣けるわ。
また、何故わたしが未涼亜希を好きなのかが、よくわかった場面でもあった。
わたしは年季の入ったヅカヲタだ。贔屓の有無関係なく全組全作品観るし、劇団の行ういろーんなことに一喜一憂しながらも、離れることなく見続けてきた。
わたしは「タカラヅカ」というモノを愛している。
この独特なカルチャーを。
そして未涼亜希は、泣けるほど「タカラヅカ」だ。
頑なに、ある意味時代錯誤なほどに。
譲れないもの、崩してはならないもの、見失ってはならないもの……そんな宝塚歌劇のスピリットを持った男役なんだ。
黒燕尾ダンスは、息を詰めて見過ぎで、死にそーになってまつ(笑)。
振付がもお、ほんとに大劇場の大階段前で踊る黒燕尾ダンスまんまで……「タカラヅカ」のお約束、ルールそのまんまで……稲葉くんありがとう。
続く。
タカラヅカ・ショーには形式があり、オープニング、前半部分、中詰め、後半部分、フィナーレ、パレードと構成が決まっている。
どんなテーマでなにを作るかは自由だけど、フィナーレとパレードは鉄板。いろいろと個性的だったオギーの『タランテラ!』ですら、それまでのフリーダムさを忘れてフィナーレ~パレードだけはきっちりやっていた。(『ソロモンの指輪』は30分で芝居の前、なので規格外)
タカラヅカ・レビュー『インフィニティ』のフィナーレもまた、正統派のフィナーレだった。
各国めぐりでくりひろげられてきたショーのラストを飾るのが、日本。
「タカラヅカ」でしかありえない、白い「男役」衣装に身を包んだまっつが登場する。
歌うのは、「ゴンドラの歌」。
命短し恋せよ乙女。
クラシカルな歌に、クラシカルなドレスの娘役たちが登場し、主演の周りでひらひらと踊る。
それは古い古い「タカラヅカ」の図。
どれだけ古くても、時代が進んでも、変えてはならない、忘れてはならない、「タカラヅカ」の基本の図。
まっつが登場したとき真っ白だったホリゾントの光が、娘役の登場で薄桃になるのが好き。
上にあるセットの輪の色はピンクだったか薄い緑だったか。
桜の色だ。
「日本」の色だった。
奥ゆかしく、されど凛とした気風を持つ、桜のイメージ。
まっつから歌い継ぐのはあゆっち。彼女の歌声はここがいちばんキレイ。
命短し恋せよ乙女。
無限大、インフィニティ、終わりなき世界……その果てない旅のラストに、有限を歌う。
終わる。終わってしまう。
無限など存在しない。
命は短い。美しさも短い。
幸福や感謝もいずれ薄れ、失われていく。
「タカラヅカ」自体がそもそも、嘘の世界だ。
所詮舞台の上、所詮虚構。
「男役」なんて、無意味なもの。
それでも。
今、美しさに胸が震える。
嘘でも。
消えて、なくなってしまうものだとしても。
曲が終わると、威勢のいい和太鼓の音が聞こえてくる。
和太鼓だよ! ドラムロールのように連続して打ち鳴らされる音。
後ろに1列に並んでいるのは、男たち。
黒燕尾姿。
まっつと娘役たちがはけるのと入れ替わりに、段上に整列した黒燕尾の男たちが踊り出す。
曲は佐渡おけさ。
日本民謡で黒燕尾。
この高揚感を、どう言えばいいのか。
日本人で良かった。
日本への誇りがわき上がる。
宝塚歌劇なんてゆー、わけのわかんないモノが存在できるのは、日本だからだ。日本の文化、近代史の中で培われてきたモノだ。
100年の歴史の中、磨き抜かれてきたモノだ。
力強く踊る黒燕尾の男たち、そこへ再登場したドレス姿の娘役たちが絡む。
激しい曲調、要所で響く和太鼓。
和太鼓っていいよねええ。聴くと魂が沸き立つっていうか。
プリミティヴな野生を刺激される感じ。
日本人の根源というか、祖型を確かめさせられるというか。
そうやって盛り上げきったところで。
黒燕尾まっつが登場する。
男役と娘役、それぞれが1列に整列したいちばん端に。
みなが腰を落としたその瞬間、燕尾姿で立つまっつにライトが当たる。
黒燕尾を着て、ただ、立っている。
その、美しさ。
まっつは踊りながら男役・娘役の間を移動する。
まっつの動きに合わせて、周囲の者たちが身体の向きを順番に変えていく。
大劇場、大階段でトップスターが登場するときの演出・振付だ。
広大な舞台の、劇場の空気が、動きが、トップスターひとりに集約される、あの場面。
バウホールで、たった22人しかいない舞台で、大階段の演出をやってのけた。
ここから先はもお、涙ナシでは観られません(笑)。
贔屓が「真ん中」で黒燕尾を踊る……ということももちろん感涙なんだけど。
それだけではなく。
黒燕尾まっつが下手から上手へ移動しきる……つまり、大階段を降りきったところで、次の場面。
娘役たちがさーっとはけていき、男役だけの場面になる。
黒燕尾群舞。
曲は「荒城の月」。
そこにあるのは、「タカラヅカ」だった。
あまりにも強く「タカラヅカ」。
いろんなものに囚われない、揺らがない、宝塚歌劇の根源たるもの。
日本の曲で黒燕尾の男役がボレロを踊る。
タカラヅカはたしかに、いろんな国を舞台にする。タカラジェンヌたちは髪を金色に染め、外国人を演じる。
だがそれは本物の外国なわけでも、外国人なわけでもない。そんなもんが見たけりゃ洋画でも海外ミュージカルでも見てりゃーいい。
外国を舞台にしても、あくまでも「日本」なんだ。日本人の価値観、美意識を基本として、カタチだけエキゾチックなものにする。
各国巡り、世界旅行をテーマとする『インフィニティ』で、最後に帰り着く国が日本であり、「日本」と銘打った場面でザ・タカラヅカを見せる。
その演出に、感動した。
また、主演の未涼亜希は「タカラヅカ」を具現するスターだ。
小柄で華奢な日本人女性が、芸の力で「男」を表現する、「男役」という架空の存在を作り上げる……宝塚歌劇という、ファンタジー。
本物の男じゃない。男役だ。赤い唇で燕尾を着る、性別とも現実とも切り離された存在だ。
「タカラヅカ」の根底の美しさを、見た。
それゆえに、泣けて仕方がない。
黒燕尾群舞で形作る逆三角形、その頂点に立って踊る。
タカラヅカの全男役が憧れ、ほんとうにごくわずかな者しか味わえない、その貴重な場を、演出を与えてくれた、稲葉先生ありがとう。
黒燕尾場面は、わたしのなかの「タカラヅカ愛」が刺激されまくるんだわ。
こんなタカラヅカを愛している。誇りに思っている。それが、目の前で形になって差し出されている……そんな感じ。
で、そのセンターにいるのがご贔屓って……そりゃ、泣けるわ。
また、何故わたしが未涼亜希を好きなのかが、よくわかった場面でもあった。
わたしは年季の入ったヅカヲタだ。贔屓の有無関係なく全組全作品観るし、劇団の行ういろーんなことに一喜一憂しながらも、離れることなく見続けてきた。
わたしは「タカラヅカ」というモノを愛している。
この独特なカルチャーを。
そして未涼亜希は、泣けるほど「タカラヅカ」だ。
頑なに、ある意味時代錯誤なほどに。
譲れないもの、崩してはならないもの、見失ってはならないもの……そんな宝塚歌劇のスピリットを持った男役なんだ。
黒燕尾ダンスは、息を詰めて見過ぎで、死にそーになってまつ(笑)。
振付がもお、ほんとに大劇場の大階段前で踊る黒燕尾ダンスまんまで……「タカラヅカ」のお約束、ルールそのまんまで……稲葉くんありがとう。
続く。
旅の終わりと、そして。@インフィニティ
2012年1月16日 タカラヅカ 1月16日、『インフィニティ』千秋楽。
祭りの終焉について、まだ語る言葉を持たない。
わたしはこの公演を、『インフィニティ』という作品を、整理しきれていない。
だから千秋楽の話ではなく、昨日欄の続きを書く。
「荒城の月」は美しい曲。
歌詞も好きだから、まっつの声でいつか聴きたい。
美しい日本。
美しいタカラヅカ。
美しい男役たち。
タカラヅカのルールに則り、端正にストイックに踊りきったあと、舞台にはまっつひとりが残る。
黒燕尾姿で、たったひとり。
ホリゾントのみだった背景に、冒頭で水兵コマが「出航」を告げていた羅針盤と海の幕が下りてくる。
歌うのは、旅の終わり。
稲葉くん……大劇場公演の、トップ娘役ナシか、トップスター単独退団公演ショーの作りになってるわ……(笑)。
ふつーにトップコンビがいるなら、ここはデュエットダンスの位置。
旅の終わり、出会えた人々、出来事の回想、思い出として胸に刻んでね……てな曲と演出。
曲名は「限りなき世界」でしょうかね。無限を、永遠を歌いながら、「旅の終わり」と言ってるんですよ。物理的にはこれで終わり、別れ。だけど心の中には永遠に生き続ける、みたいな意味。
めっちゃ「別れ」演出やん!!(笑)
そーやってひとり切々と歌い上げたあと、客席に背を向けて、舞台奥へ歩み去る。
……これって、大階段を上って去って行くイメージですか……。
去るまっつと入れ違いに現れるのは、ヒメ。
エトワールです。
センターでしばらくひとりで美声を披露。ヒメもいろんな歌い方のできる人だけど、ここではほんとーにど真ん中な、美しい透明な声。エトワールですから。
で、こっから大階段パレードです。
朝風くん、カレン姐さんの歌手コンビが歌い継いだあとは、スタークラスが階段を降りながら裏主題歌(笑)の「青い星の上で」を歌う。まさしく大階段パレード、番手順。
シャンシャンが欲しいくらい、わかりやすい演出。
えー、ヅカヲタらしく階段降りの順番を記しますと、あゆみ・翔、あゆっち・きんぐとふたり降り、あゆっちはスキャットのみできんぐはソロと、ちょっときんくが格上げされてます。ひとり降りはコマのみ。
で、全員が舞台で待ち構えるところへ、大羽根背負ってトップスター登場。
……という、演出です(笑)。
バウなんで、階段ナイし、羽根もシャンシャンもナイけどなー。
上手から、「いかにもタカラヅカ」な、ドリーミングな水色衣装で登場したまっつがソロで歌い継ぎ、ラストは全員のコーラスで終了。
パレードアレンジせずに済んでいるもんで、正味美しい「聴かせる」リズムです。大劇場だったら、まっつのソロも途中からテンポが変わり、後半は手拍子の入れられるよーにテンポアップされたアレンジになるんだろう。
んで、一旦幕。
プログラムに載っているのは、ここまで。
大劇場のショーと同じ方程式で作られたショーだけど、なにしろここはバウホール。大劇と同じでは終わらない。
プログラムのあとに、アンコール場面がある。
プログラムに載っていないアンコール場面があること、までが、別箱の芝居以外公演のお約束。
幕が下りても客電は点かない。真っ暗な中、拍手を続けると、再び幕が開く。お約束お約束。
ここまで、大劇場のショー公演と同じ作りにしてきておいて。
そして、「トップスターのサヨナラ公演」みたいな演出にしておいて。
最後に、ひっくり返す。
通常のタカラヅカではできないこと。
下りた幕を、上げること。
出演者全員の、本気のアカペラ・コーラス。
シャンシャンを持ったパレードで定位置に並んで終了、ではできない、みんなでひとつに集まって声を集め、「声」の力を爆発させること。
歌うのは、主題歌。
「はじまり」の歌。
さっき、「旅の終わり」を歌ったやん! まるきし大劇場の、本公演の、サヨナラ公演みたいな顔して。そんな演出と歌詞で。
なのに、下ろした幕を上げて、「はじまり」を歌う。
それは、この作品のオープニングと呼応した場面。
インフィニティ。無限大。
輪はぐるりとめぐって、最初に戻る。
終わらない!!
終わらないんだ。続くんだ。
まっつは、みんなは、歌う。
「誰にも止められない 今はじまる」と。
これほどまでに、大劇場と同じ演出、作りだったのは、コレをやりたかったからか!
いかにもサヨナラ風味な大劇場ショーのふりして一旦幕を下ろし、「終わらないよ! まだまだ続くよ!!」とやる。
ぐるっと回って最初に戻る。
これって、バウでしか……大劇場の本公演以外でしか、できないことだ。
大劇と同じショーを、大劇では決して真ん中に立てないまっつのために、バウで作ってくれた稲葉先生に感謝した。
しかし、それだけじゃなかったんだ。
コレって、大劇のルールもバウのルールも逆手に取った、バウでしかできないショーだったんだ。
おもしろい。
すごい。
退団風味な演出もされているわりに、わたしを含め周囲のまっつファンが誰もしんみりとはせず、素直に「主演うれしい! ショー楽しい!」と浮かれていられたのは、この演出のおかげ。
最後にどーんと持ち上げてくれるので、高揚したまま終わることができる。
「旅の終わり」を、否定して終わるんだもん。
そして、まっつは実に生き生きと、たのしそうに舞台にいる。
雪っこたちも、たのしそうに、そしてキラキラとした目でまっつを見つめてくれている。
このアンコール場面ではじめて、出演者の個別挨拶がある……んだが、よくある名前紹介(愛称で誰々と呼びかける)はなく、思い思いのポーズで礼をする。
このとき、挨拶の順番待ちの組子たちが、まっつに絡んでからセンターへ進み出るのが、うれしかった。
絡むったって、ただ顔を見合わせてにっこりするだけなんだけどね。まっつがすごく優しい顔で、目を線にして、頷き返すの。「行っておいで」みたいに。
この挨拶パフォーマンス、朝風くんとヒメがいちばん濃くてすごかった……その日替わりっぷりも含め(笑)。
で、ラストは一列になって、曲が終わるまで……幕が下りるまでなんとなく動き続ける。ここはなかなかにぐたぐた。毎回ちがうんだが、仕込みはしていないらしく、なしくずしにそれぞれチガウことやってる。
お約束でもう一度幕が開き、主演の挨拶。
まっつの挨拶が噛み噛みなのはご愛敬。
このカーテンコール場面の方で、幕が下りる間際の振付が決まっているのは、ニクいなと思う。
まずまっつがひとりで踊り(投げチュー付き)、それにみんなが従う感じ。挨拶のあとなだけに、さらにまっつを中心に、って感じがして良い。
幕が下りるころにはフリースペースになってるから、結局ぐたぐたになってるんだけどね(笑)。
『インフィニティ』、というタイトルに偽りない公演、作品だった。
めぐる輪、終わりの否定。
「進めるだけ羽ばたこう」「今はじまる」……そう歌うまっつを信じ、ついていくよ。
祭りの終焉について、まだ語る言葉を持たない。
わたしはこの公演を、『インフィニティ』という作品を、整理しきれていない。
だから千秋楽の話ではなく、昨日欄の続きを書く。
「荒城の月」は美しい曲。
歌詞も好きだから、まっつの声でいつか聴きたい。
美しい日本。
美しいタカラヅカ。
美しい男役たち。
タカラヅカのルールに則り、端正にストイックに踊りきったあと、舞台にはまっつひとりが残る。
黒燕尾姿で、たったひとり。
ホリゾントのみだった背景に、冒頭で水兵コマが「出航」を告げていた羅針盤と海の幕が下りてくる。
歌うのは、旅の終わり。
稲葉くん……大劇場公演の、トップ娘役ナシか、トップスター単独退団公演ショーの作りになってるわ……(笑)。
ふつーにトップコンビがいるなら、ここはデュエットダンスの位置。
旅の終わり、出会えた人々、出来事の回想、思い出として胸に刻んでね……てな曲と演出。
曲名は「限りなき世界」でしょうかね。無限を、永遠を歌いながら、「旅の終わり」と言ってるんですよ。物理的にはこれで終わり、別れ。だけど心の中には永遠に生き続ける、みたいな意味。
めっちゃ「別れ」演出やん!!(笑)
そーやってひとり切々と歌い上げたあと、客席に背を向けて、舞台奥へ歩み去る。
……これって、大階段を上って去って行くイメージですか……。
去るまっつと入れ違いに現れるのは、ヒメ。
エトワールです。
センターでしばらくひとりで美声を披露。ヒメもいろんな歌い方のできる人だけど、ここではほんとーにど真ん中な、美しい透明な声。エトワールですから。
で、こっから大階段パレードです。
朝風くん、カレン姐さんの歌手コンビが歌い継いだあとは、スタークラスが階段を降りながら裏主題歌(笑)の「青い星の上で」を歌う。まさしく大階段パレード、番手順。
シャンシャンが欲しいくらい、わかりやすい演出。
えー、ヅカヲタらしく階段降りの順番を記しますと、あゆみ・翔、あゆっち・きんぐとふたり降り、あゆっちはスキャットのみできんぐはソロと、ちょっときんくが格上げされてます。ひとり降りはコマのみ。
で、全員が舞台で待ち構えるところへ、大羽根背負ってトップスター登場。
……という、演出です(笑)。
バウなんで、階段ナイし、羽根もシャンシャンもナイけどなー。
上手から、「いかにもタカラヅカ」な、ドリーミングな水色衣装で登場したまっつがソロで歌い継ぎ、ラストは全員のコーラスで終了。
パレードアレンジせずに済んでいるもんで、正味美しい「聴かせる」リズムです。大劇場だったら、まっつのソロも途中からテンポが変わり、後半は手拍子の入れられるよーにテンポアップされたアレンジになるんだろう。
んで、一旦幕。
プログラムに載っているのは、ここまで。
大劇場のショーと同じ方程式で作られたショーだけど、なにしろここはバウホール。大劇と同じでは終わらない。
プログラムのあとに、アンコール場面がある。
プログラムに載っていないアンコール場面があること、までが、別箱の芝居以外公演のお約束。
幕が下りても客電は点かない。真っ暗な中、拍手を続けると、再び幕が開く。お約束お約束。
ここまで、大劇場のショー公演と同じ作りにしてきておいて。
そして、「トップスターのサヨナラ公演」みたいな演出にしておいて。
最後に、ひっくり返す。
通常のタカラヅカではできないこと。
下りた幕を、上げること。
出演者全員の、本気のアカペラ・コーラス。
シャンシャンを持ったパレードで定位置に並んで終了、ではできない、みんなでひとつに集まって声を集め、「声」の力を爆発させること。
歌うのは、主題歌。
「はじまり」の歌。
さっき、「旅の終わり」を歌ったやん! まるきし大劇場の、本公演の、サヨナラ公演みたいな顔して。そんな演出と歌詞で。
なのに、下ろした幕を上げて、「はじまり」を歌う。
それは、この作品のオープニングと呼応した場面。
インフィニティ。無限大。
輪はぐるりとめぐって、最初に戻る。
終わらない!!
終わらないんだ。続くんだ。
まっつは、みんなは、歌う。
「誰にも止められない 今はじまる」と。
これほどまでに、大劇場と同じ演出、作りだったのは、コレをやりたかったからか!
いかにもサヨナラ風味な大劇場ショーのふりして一旦幕を下ろし、「終わらないよ! まだまだ続くよ!!」とやる。
ぐるっと回って最初に戻る。
これって、バウでしか……大劇場の本公演以外でしか、できないことだ。
大劇と同じショーを、大劇では決して真ん中に立てないまっつのために、バウで作ってくれた稲葉先生に感謝した。
しかし、それだけじゃなかったんだ。
コレって、大劇のルールもバウのルールも逆手に取った、バウでしかできないショーだったんだ。
おもしろい。
すごい。
退団風味な演出もされているわりに、わたしを含め周囲のまっつファンが誰もしんみりとはせず、素直に「主演うれしい! ショー楽しい!」と浮かれていられたのは、この演出のおかげ。
最後にどーんと持ち上げてくれるので、高揚したまま終わることができる。
「旅の終わり」を、否定して終わるんだもん。
そして、まっつは実に生き生きと、たのしそうに舞台にいる。
雪っこたちも、たのしそうに、そしてキラキラとした目でまっつを見つめてくれている。
このアンコール場面ではじめて、出演者の個別挨拶がある……んだが、よくある名前紹介(愛称で誰々と呼びかける)はなく、思い思いのポーズで礼をする。
このとき、挨拶の順番待ちの組子たちが、まっつに絡んでからセンターへ進み出るのが、うれしかった。
絡むったって、ただ顔を見合わせてにっこりするだけなんだけどね。まっつがすごく優しい顔で、目を線にして、頷き返すの。「行っておいで」みたいに。
この挨拶パフォーマンス、朝風くんとヒメがいちばん濃くてすごかった……その日替わりっぷりも含め(笑)。
で、ラストは一列になって、曲が終わるまで……幕が下りるまでなんとなく動き続ける。ここはなかなかにぐたぐた。毎回ちがうんだが、仕込みはしていないらしく、なしくずしにそれぞれチガウことやってる。
お約束でもう一度幕が開き、主演の挨拶。
まっつの挨拶が噛み噛みなのはご愛敬。
このカーテンコール場面の方で、幕が下りる間際の振付が決まっているのは、ニクいなと思う。
まずまっつがひとりで踊り(投げチュー付き)、それにみんなが従う感じ。挨拶のあとなだけに、さらにまっつを中心に、って感じがして良い。
幕が下りるころにはフリースペースになってるから、結局ぐたぐたになってるんだけどね(笑)。
『インフィニティ』、というタイトルに偽りない公演、作品だった。
めぐる輪、終わりの否定。
「進めるだけ羽ばたこう」「今はじまる」……そう歌うまっつを信じ、ついていくよ。
宙を切り取る光の輪と、浮かび上がらせる一筋の光。@インフィニティ
2012年1月17日 タカラヅカ 『インフィニティ』はいろんな席から観劇した。
観る位置によって、感じること、発見することがちがったりするのはままあること。
わたしは出演者の顔がはっきり見える前方席が大好きなんだが、それとは別に、今回感動したのは、最前列センターにて観劇したとき。
大劇場ではなく、バウホールだ。
オケボックスも銀橋もないバウホールでは、最前列からは舞台を「見上げる」形になる。
出演者の足下は見えない。
そのかわりに、天井がやたらよく見える。
バウの最前列ぐらい、ヅカヲタ長ければ何度でも坐ったことはある。
今まで何十回となく坐ってきて、一度も感じたことのない経験、発見を、した。
バウホール舞台上部の、照明について、着眼した。
舞台の上にライトがいっぱいあるのは当たり前のこと。ライトが点り、キャストを、舞台を照らすのは当たり前、いちいち気にすることもない。
しかし。
わたしははじめて、ライトを見た。
下から、見上げた。
今までも目には入ったはずだけど、それこそ「当たり前」のものだったので、気にしたことがなかった。
「ライトがある」と意識して見たのは、はじめてだった。
というのも、今回のバウホールには、通常にはありえない大きなセットが頭上にあったんだ。
『インフィニティ』という作品を象徴する、巨大なふたつの輪。
位置は舞台中央。この輪は、上下に動く。
それこそ床近くまで降りて来て大道具のように足下にあったりもするし、斜めになって背景のような顔をしていたりもする。通常は、頭上高く、天井からの吊り飾りのよーに収まっている。
いろいろと活躍する輪だから、どうしても目に入る。
演者の邪魔にならないよう、天井に収まっているときでさえ、「ああ、あの輪だ」となんとなく意識の端にある。
だからつい、天井もセットの一部として、見てしまった。
通常なら、ただライトが並んでいるだけの部分なのに。そこに輪があるから、そこも表舞台の一部。
最前列から見上げる舞台は、出演者の肩口あたりから上にもう、天井が見える。位置によっては、背中あたりから、もう天井。
巨大な輪が見える。
額縁のように。
天井の輪が、まるで背景のように見える。
その幻想的に美しい輪のなかに、まっつがいる。
センターに、まっつがいる。
輪の鈍い光だけで歌って……雲間から陽が射すように、輪の中のライトが点る。
まっつに、向けて。
舞台の上には、こんなにたくさんのライトがある。
それがわかる。
普段は気にもしない、目にも入らない。
だけど今、それらの動きがわかる。
まっつのもとに、光が集まる。
ライトが光るのと連動して、目の前にいるまっつの姿が浮かび上がる。
光自体はわからない、露骨に「はい、今ライト点きましたー」てなもんじゃないから。
点灯は観客には意識させないもの、なんだろう。暗闇の中に光を点すのではなく、ふつうに明るい舞台に、さらにライトを増やすわけだから。
ごく自然に、まっつだけが鮮明に見えるようになる。
今までなんの疑問もなく見てきた、「真ん中の人だけが、浮かび上がる」「真ん中の人だけが、きらきら見える」……照明さんは、こーゆー仕事をしているわけだ。
それが今、まっつに向かってなされている。
まっつを輝かせるためにライトがいくつも輝く。増えていく。
天井のいくつもの丸い光、目の前で輝くまっつ。
う・わあ。
うわあ。うわあ。
すごい。
光があふれて、輝いて、涙がこぼれる。
まぶしい。
きれい。
まぶしくてうれしい。
きれいでうれしい。
ひかりの中にまっつがいて、他の出演者たちがそれを囲んで笑っていて、みんなみんな、きらきらしていて。
後方席からだと、天井のライトがまっつの背中には見えないし、輪もフレームにはならない。最前列でも、端からだと輪が歪んでしまい、またチガウ画面になった。
もちろん後方には後方の美しさと楽しさがあり、たとえば南仏のラスト、まっつの歌う「長い影」は後方からでないと見えない。
すべての光がまっつに集約する様を見ることのできた、最前列センターは、それまでも思いもしなかった感動だった。
主演って、こういうことなのか。
それを、思い知った。
「光」を得るまっつ。
いつだってまっつは、光の外側にいた。スターさんがまぶしいライトを浴びる中、まっつはその光の届かないところにいた。
わたしはいつもオペラグラスでまっつを追いかけていたけれど、それは暗闇の中が当たり前だった。
ライトの外側だから、たとえカメラの枠の中にいたとしても、映像には映らなかった。肉眼でなら見える闇でも、レンズは拾ってくれないから。
だからいつも、まっつに飢えて、光に飢えて、生の舞台でまっつを見つめ続けた。
それが、今。
光が、まっつのために存在している。
動くライトの数々。まっつを際立たせるために光り、輝度を変え、色を変える。
暗転する瞬間、まっつにだけライトが残り、消える。
主演って、スターって、こういうことなんだ。
ポスターに載ること、プログラムの出番表の冒頭に名前が載ること、真ん中で歌うこと、出番がたくさんあること、豪華な衣装を着せてもらうこと……そういうことでも主演の意味を噛みしめたけれど、それとは別に、思い知った。
なんて美しい……照明というもの。
たとえば「Night and Day 」のラスト。
歌い終わったまっつは、ポーズを決めて静止する。そこでライトは消え、暗転。
真っ暗な舞台に、流れ星が一筋光る。上手の上端から、下手の下端へ向けて流れる。それこそ1秒くらい、瞬きしているうちに消えるように。
この流れ星の演出、前方で観ると暗闇の中に、まっつの輪郭が一瞬浮かび上がるんだ。
これに気づいたときは、震撼した。
後方だと、流れ星の光るホリゾントは遠すぎて、まっつの立ち位置と無関係なところを流れるように見える。
前方だと角度が変わり、舞台を見上げるカタチになるため、流れ星がまっつの身体の後ろを通るように見えるんだ。
舞台は真っ暗、なにもない、見えない。でも、まっつがそこにいるから、流れ星はまっつの後ろを通る一瞬だけ消えて見える。
光の線が消え、代わりにまっつの肩や腕のあたりのカタチが、見える。
ほんの一瞬。
まばたきの間。
美しく静止したまっつが、暗闇に浮かんで、消える。
ありがとう。
舞台見ながら、繰り返した。
ありがとう。
まっつにありがとう、出演している雪組生たちにありがとう。
稲葉先生にありがとう。スタッフの人たちにありがとう。
わたしがこの公演を観ることができた、そのことにありがとう。助力してくれたすべての人たちにありがとう。
この公演を行ってくれた劇団に、そして、「タカラヅカ」というもの自体に、ありがとう。
バカみたいに、ありがとうを繰り返した。心の中で。
うれしい、と、好き、と、ありがとう。
それだけの気持ちに満たされる。
舞台のすばらしさとか、まっつのかっこよさとか、それを観ることはもちろん幸せなんだけど。
喜びと感謝の気持ちだけに満たされ、うち震える時間、ってのは、人生そうそうない。
それを味わえることの、幸福。
『インフィニティ』は、まっつは、なんて幸福をわたしに与えてくれたのだろう。
この気持ちを、忘れたくない。
観る位置によって、感じること、発見することがちがったりするのはままあること。
わたしは出演者の顔がはっきり見える前方席が大好きなんだが、それとは別に、今回感動したのは、最前列センターにて観劇したとき。
大劇場ではなく、バウホールだ。
オケボックスも銀橋もないバウホールでは、最前列からは舞台を「見上げる」形になる。
出演者の足下は見えない。
そのかわりに、天井がやたらよく見える。
バウの最前列ぐらい、ヅカヲタ長ければ何度でも坐ったことはある。
今まで何十回となく坐ってきて、一度も感じたことのない経験、発見を、した。
バウホール舞台上部の、照明について、着眼した。
舞台の上にライトがいっぱいあるのは当たり前のこと。ライトが点り、キャストを、舞台を照らすのは当たり前、いちいち気にすることもない。
しかし。
わたしははじめて、ライトを見た。
下から、見上げた。
今までも目には入ったはずだけど、それこそ「当たり前」のものだったので、気にしたことがなかった。
「ライトがある」と意識して見たのは、はじめてだった。
というのも、今回のバウホールには、通常にはありえない大きなセットが頭上にあったんだ。
『インフィニティ』という作品を象徴する、巨大なふたつの輪。
位置は舞台中央。この輪は、上下に動く。
それこそ床近くまで降りて来て大道具のように足下にあったりもするし、斜めになって背景のような顔をしていたりもする。通常は、頭上高く、天井からの吊り飾りのよーに収まっている。
いろいろと活躍する輪だから、どうしても目に入る。
演者の邪魔にならないよう、天井に収まっているときでさえ、「ああ、あの輪だ」となんとなく意識の端にある。
だからつい、天井もセットの一部として、見てしまった。
通常なら、ただライトが並んでいるだけの部分なのに。そこに輪があるから、そこも表舞台の一部。
最前列から見上げる舞台は、出演者の肩口あたりから上にもう、天井が見える。位置によっては、背中あたりから、もう天井。
巨大な輪が見える。
額縁のように。
天井の輪が、まるで背景のように見える。
その幻想的に美しい輪のなかに、まっつがいる。
センターに、まっつがいる。
輪の鈍い光だけで歌って……雲間から陽が射すように、輪の中のライトが点る。
まっつに、向けて。
舞台の上には、こんなにたくさんのライトがある。
それがわかる。
普段は気にもしない、目にも入らない。
だけど今、それらの動きがわかる。
まっつのもとに、光が集まる。
ライトが光るのと連動して、目の前にいるまっつの姿が浮かび上がる。
光自体はわからない、露骨に「はい、今ライト点きましたー」てなもんじゃないから。
点灯は観客には意識させないもの、なんだろう。暗闇の中に光を点すのではなく、ふつうに明るい舞台に、さらにライトを増やすわけだから。
ごく自然に、まっつだけが鮮明に見えるようになる。
今までなんの疑問もなく見てきた、「真ん中の人だけが、浮かび上がる」「真ん中の人だけが、きらきら見える」……照明さんは、こーゆー仕事をしているわけだ。
それが今、まっつに向かってなされている。
まっつを輝かせるためにライトがいくつも輝く。増えていく。
天井のいくつもの丸い光、目の前で輝くまっつ。
う・わあ。
うわあ。うわあ。
すごい。
光があふれて、輝いて、涙がこぼれる。
まぶしい。
きれい。
まぶしくてうれしい。
きれいでうれしい。
ひかりの中にまっつがいて、他の出演者たちがそれを囲んで笑っていて、みんなみんな、きらきらしていて。
後方席からだと、天井のライトがまっつの背中には見えないし、輪もフレームにはならない。最前列でも、端からだと輪が歪んでしまい、またチガウ画面になった。
もちろん後方には後方の美しさと楽しさがあり、たとえば南仏のラスト、まっつの歌う「長い影」は後方からでないと見えない。
すべての光がまっつに集約する様を見ることのできた、最前列センターは、それまでも思いもしなかった感動だった。
主演って、こういうことなのか。
それを、思い知った。
「光」を得るまっつ。
いつだってまっつは、光の外側にいた。スターさんがまぶしいライトを浴びる中、まっつはその光の届かないところにいた。
わたしはいつもオペラグラスでまっつを追いかけていたけれど、それは暗闇の中が当たり前だった。
ライトの外側だから、たとえカメラの枠の中にいたとしても、映像には映らなかった。肉眼でなら見える闇でも、レンズは拾ってくれないから。
だからいつも、まっつに飢えて、光に飢えて、生の舞台でまっつを見つめ続けた。
それが、今。
光が、まっつのために存在している。
動くライトの数々。まっつを際立たせるために光り、輝度を変え、色を変える。
暗転する瞬間、まっつにだけライトが残り、消える。
主演って、スターって、こういうことなんだ。
ポスターに載ること、プログラムの出番表の冒頭に名前が載ること、真ん中で歌うこと、出番がたくさんあること、豪華な衣装を着せてもらうこと……そういうことでも主演の意味を噛みしめたけれど、それとは別に、思い知った。
なんて美しい……照明というもの。
たとえば「Night and Day 」のラスト。
歌い終わったまっつは、ポーズを決めて静止する。そこでライトは消え、暗転。
真っ暗な舞台に、流れ星が一筋光る。上手の上端から、下手の下端へ向けて流れる。それこそ1秒くらい、瞬きしているうちに消えるように。
この流れ星の演出、前方で観ると暗闇の中に、まっつの輪郭が一瞬浮かび上がるんだ。
これに気づいたときは、震撼した。
後方だと、流れ星の光るホリゾントは遠すぎて、まっつの立ち位置と無関係なところを流れるように見える。
前方だと角度が変わり、舞台を見上げるカタチになるため、流れ星がまっつの身体の後ろを通るように見えるんだ。
舞台は真っ暗、なにもない、見えない。でも、まっつがそこにいるから、流れ星はまっつの後ろを通る一瞬だけ消えて見える。
光の線が消え、代わりにまっつの肩や腕のあたりのカタチが、見える。
ほんの一瞬。
まばたきの間。
美しく静止したまっつが、暗闇に浮かんで、消える。
ありがとう。
舞台見ながら、繰り返した。
ありがとう。
まっつにありがとう、出演している雪組生たちにありがとう。
稲葉先生にありがとう。スタッフの人たちにありがとう。
わたしがこの公演を観ることができた、そのことにありがとう。助力してくれたすべての人たちにありがとう。
この公演を行ってくれた劇団に、そして、「タカラヅカ」というもの自体に、ありがとう。
バカみたいに、ありがとうを繰り返した。心の中で。
うれしい、と、好き、と、ありがとう。
それだけの気持ちに満たされる。
舞台のすばらしさとか、まっつのかっこよさとか、それを観ることはもちろん幸せなんだけど。
喜びと感謝の気持ちだけに満たされ、うち震える時間、ってのは、人生そうそうない。
それを味わえることの、幸福。
『インフィニティ』は、まっつは、なんて幸福をわたしに与えてくれたのだろう。
この気持ちを、忘れたくない。
揺れの少ない、ブレない舞台。それでも。@インフィニティ
2012年1月18日 タカラヅカ 『インフィニティ』で、まっつの感情表現がいちばん濃かったのは、2日目だったなあ、とあとにして思う。
初日は舞台上も客席も緊張していた。
その翌日、1回公演の日。
わたしも、緊張しすぎて、初日は泣くことすらなかった。与えられるモノを受け止めるのが精一杯で。
2日目にしてよーやく、内容を理解する余裕ができた、それゆえに見えただけ、わたしの気持ちの問題、かもしれないが。
2日目に見たものをもう一度見たいと期待してその後の公演に通ったけれど、結局2度と見られなかった……。
えー、つまり、涙成分過多なまっつ。
センチメンタルというか。
南仏の後半、黄昏の歌からダンス部分、あんだけ切なそうにしていたのは、2日目だけだったよーな。
あまりに顔を歪めていたので、もう一度ちゃんとアレを見たい、と思ったのに、3日目ではさらっと流されていて「あれ? キュン死するかと思ったあの表情は、どこの場面だっけ? わたしどっかと間違えておぼえてた?」と迷うくらい、……なくなってた。
回数を重ねて見慣れてくると、「ああ、あの場面がそうだ」とわかるんだけど、2日目に見たものとはチガウ。ダンスの中にさらっと収まっている。
ドイツにて、昔の恋人あゆっちにすがりつくところも、2日目の泣きの演技のすごさは、それ以降まったく見られなかった。
度を超して泣いてたもんなあ。その、なんつーか、「きれい」な表情ではなかった。
みっともない、痛々しい顔。
しかも、長かったよ……。
ドイツ場面なあ、あとになればなるほど、「短く」なるのよ……あゆっちにすがりつく時間が。
ちくしょー、「芝居」よりも「ダンスの振付」になってやがる……。
もちろん、ダンス場面であり、あゆっちにすがりつくのも振付なので、それは当然のことなんだけど。
まっつの真面目っつーか、演出や型に「忠実」なところが、ちょっとじれったかった。もっとくずしていいのに、突っ走っていいのに、と。
脇なら真ん中の芝居や舞台進行を妨げないよう、型通りでなきゃいけないかもしんないけど、今回は真ん中なんだからいいじゃん、芝居に熱入るがゆえに型や手順から少々はみ出したって!
……しかしまつださんはまつださん、決してはみ出さず、むしろ抑えられて短くあっさりになってゆくのでした……(笑)。
あっさりだから悪いわけではなく、なんつーんだ、とってもエコな印象。不要なエネルギーカット、最小限の燃料で最大の効果を生む一点を見つけたので、そこに集約させてみましたっていうか。
秘孔を点くケンシロウ的な集中力っていうか。
過剰な演技に頼らず、短く必要なだけの芝居をしてみせるのは、職人的でさすがですが、わたしはもっとやりすぎた、コワレた未涼さんも見てみたかったっすよ……(笑)。
ベニスでコマくんにコナかけてみたりと、2日目はいろいろ過剰だったんだね、まっつ的に。
そのあと何公演もアドリブなし、落ち着いた頃にぽつぽつやってみるあたりが、もう……。
もちろん、回数を重ねるにつれ、歌声はより伸びていくし、ダンスも生き生きしていったわけなんだが。
慣れによる「プロ」としての高クオリティ舞台も良いけど、ここがタカラヅカであるために、「いっぱいいっぱい」ゆえの瞬発力も楽しみたかったのですよ。
それが見えたのが2日目だけ、つーのが、とってもまつださん。3日目からは安定、まかせて安心舞台でしたもの。
んで、2日目に見た「泣き」のまっつとはもう二度と会うことは叶わず。
それでも日によって、公演によって、感情表現部分は揺れ動いてはいるようで。
それがよくわかるのが、ドイツのラストとマタドール。
あゆっちとの絡みは「型」や「振付」に落ち着いてしまった(笑)ので、あまり楽しみはない。
ポイントは、そのあと。
サイレンが鳴り響き、人々が一気に消えてしまう。そして、舞台にはまっつひとりが残される。
その一連の流れがねー、感情の「揺れ」がよくわかる部分だった。
切ない成分多めのときなんか、ここでのダメージっぷりがすごいの。
呆然となって、心が戻ってこない。
ひとり取り残されたあと、一瞬だけ笑うんだけど、この笑みがまた、壮絶で。
笑いというよりも、引きつっただけのような、いびつな、「醜い」顔をしたりもする。
ここでの流れは「呆然」→「自嘲」→「背を向けて着替えに行く」で、いつもきちんと同じことをやっているんだけど、日によってまっつ……ここの役名、ヘル・ベルリン……ベルリンさん、ってえらい名前やな……のドラマがちがっている。
絶望が大きすぎて魂が欠けたまま背を向けるときもあれば、露悪的に笑って悪の顔で背を向けることもある。
そのあとの「夜明け」では概ね均一の感情で歌っているんだけど、絶望が高いときはやっぱ心がここにないまま、なにか高次のものにすがるような風情で歌っていたり。
んで、歌が終わり、コーラスに現れていた人々も去り、まっつひとり、背を向けて舞台奥へ去る背中に幕が下り、1幕終了……なんだけど、ここがまた、日替わり。
希望の歌を歌い終わり、人々がそれぞの明日へ進んでいくラストシーンなのに、まっつは素直に希望に酔うことはない。
前へ進む決意をしたのか、厳しい顔で拳を握ることが多かったが、そーではなく、希望を歌ってなお切なそうなときも何度かあった。
わかりやすいのは、拳を握るか否か。
両腕は自然に脇に垂らしているんだが、ラストでグーになるときと、そうでないときがある。
絶望高いときは、拳を握ることもせず、呆然とした表情のまま、去って行く。……ちょ、あーたこれからどうなっちゃうの?!!と、こちらがびびる儚さで。
拳は握っても、瞳に力がないままだと、やはり「ちょ、この人、魂失ったままだよ」と心配する……魂失ったまま、それでも「行かなきゃ」となにかの使命感でとにかく進み出すって、それってなお悪い結果しか想像できないんですがっ?!
とかな。
公演後半は、拳握って決意の顔をしていることが多かったと思う。
なにか吹っ切れたんでしょうか、中の人。
あと、マタドールはやることが多いので、真面目なまっつさんはあまりナニかしてくれることはありません(笑)。
台詞や振付がナイ方が、いろいろ芝居するよねこの人。
でも、曲と役がまっつ的に入り込みやすいのか、きっちり同じことをやりながらも、温度に高低がある。
や、わずかなんですけど。
前半日程の真ん中あたりで、なんかやたら激しい回があり、めずらしくメロディより歌詞が浮き上がっていたことがあったなと。歌詞が台詞に近くなっていた。キムくんとかはよくやるけど、まっつでははじめて聴いた。びびった(笑)。
まったく同じことをぴしっとやりながらも、温度高い日は漂う緊張感が半端ない。客席も一緒に緊張する……ので、この人の高温ってはた迷惑かも、と思った(笑)。発散型で、客席も一緒に高揚してわーっ!てなタイプぢゃないんだ(笑)。
しかしこの、針が落ちてもわかる緊張感に、空間を満たしてしまうのはすごい。
そんなこんな。
公演終わったからこそ言える、全体見回してみてのまっつさん感想。
初日は舞台上も客席も緊張していた。
その翌日、1回公演の日。
わたしも、緊張しすぎて、初日は泣くことすらなかった。与えられるモノを受け止めるのが精一杯で。
2日目にしてよーやく、内容を理解する余裕ができた、それゆえに見えただけ、わたしの気持ちの問題、かもしれないが。
2日目に見たものをもう一度見たいと期待してその後の公演に通ったけれど、結局2度と見られなかった……。
えー、つまり、涙成分過多なまっつ。
センチメンタルというか。
南仏の後半、黄昏の歌からダンス部分、あんだけ切なそうにしていたのは、2日目だけだったよーな。
あまりに顔を歪めていたので、もう一度ちゃんとアレを見たい、と思ったのに、3日目ではさらっと流されていて「あれ? キュン死するかと思ったあの表情は、どこの場面だっけ? わたしどっかと間違えておぼえてた?」と迷うくらい、……なくなってた。
回数を重ねて見慣れてくると、「ああ、あの場面がそうだ」とわかるんだけど、2日目に見たものとはチガウ。ダンスの中にさらっと収まっている。
ドイツにて、昔の恋人あゆっちにすがりつくところも、2日目の泣きの演技のすごさは、それ以降まったく見られなかった。
度を超して泣いてたもんなあ。その、なんつーか、「きれい」な表情ではなかった。
みっともない、痛々しい顔。
しかも、長かったよ……。
ドイツ場面なあ、あとになればなるほど、「短く」なるのよ……あゆっちにすがりつく時間が。
ちくしょー、「芝居」よりも「ダンスの振付」になってやがる……。
もちろん、ダンス場面であり、あゆっちにすがりつくのも振付なので、それは当然のことなんだけど。
まっつの真面目っつーか、演出や型に「忠実」なところが、ちょっとじれったかった。もっとくずしていいのに、突っ走っていいのに、と。
脇なら真ん中の芝居や舞台進行を妨げないよう、型通りでなきゃいけないかもしんないけど、今回は真ん中なんだからいいじゃん、芝居に熱入るがゆえに型や手順から少々はみ出したって!
……しかしまつださんはまつださん、決してはみ出さず、むしろ抑えられて短くあっさりになってゆくのでした……(笑)。
あっさりだから悪いわけではなく、なんつーんだ、とってもエコな印象。不要なエネルギーカット、最小限の燃料で最大の効果を生む一点を見つけたので、そこに集約させてみましたっていうか。
秘孔を点くケンシロウ的な集中力っていうか。
過剰な演技に頼らず、短く必要なだけの芝居をしてみせるのは、職人的でさすがですが、わたしはもっとやりすぎた、コワレた未涼さんも見てみたかったっすよ……(笑)。
ベニスでコマくんにコナかけてみたりと、2日目はいろいろ過剰だったんだね、まっつ的に。
そのあと何公演もアドリブなし、落ち着いた頃にぽつぽつやってみるあたりが、もう……。
もちろん、回数を重ねるにつれ、歌声はより伸びていくし、ダンスも生き生きしていったわけなんだが。
慣れによる「プロ」としての高クオリティ舞台も良いけど、ここがタカラヅカであるために、「いっぱいいっぱい」ゆえの瞬発力も楽しみたかったのですよ。
それが見えたのが2日目だけ、つーのが、とってもまつださん。3日目からは安定、まかせて安心舞台でしたもの。
んで、2日目に見た「泣き」のまっつとはもう二度と会うことは叶わず。
それでも日によって、公演によって、感情表現部分は揺れ動いてはいるようで。
それがよくわかるのが、ドイツのラストとマタドール。
あゆっちとの絡みは「型」や「振付」に落ち着いてしまった(笑)ので、あまり楽しみはない。
ポイントは、そのあと。
サイレンが鳴り響き、人々が一気に消えてしまう。そして、舞台にはまっつひとりが残される。
その一連の流れがねー、感情の「揺れ」がよくわかる部分だった。
切ない成分多めのときなんか、ここでのダメージっぷりがすごいの。
呆然となって、心が戻ってこない。
ひとり取り残されたあと、一瞬だけ笑うんだけど、この笑みがまた、壮絶で。
笑いというよりも、引きつっただけのような、いびつな、「醜い」顔をしたりもする。
ここでの流れは「呆然」→「自嘲」→「背を向けて着替えに行く」で、いつもきちんと同じことをやっているんだけど、日によってまっつ……ここの役名、ヘル・ベルリン……ベルリンさん、ってえらい名前やな……のドラマがちがっている。
絶望が大きすぎて魂が欠けたまま背を向けるときもあれば、露悪的に笑って悪の顔で背を向けることもある。
そのあとの「夜明け」では概ね均一の感情で歌っているんだけど、絶望が高いときはやっぱ心がここにないまま、なにか高次のものにすがるような風情で歌っていたり。
んで、歌が終わり、コーラスに現れていた人々も去り、まっつひとり、背を向けて舞台奥へ去る背中に幕が下り、1幕終了……なんだけど、ここがまた、日替わり。
希望の歌を歌い終わり、人々がそれぞの明日へ進んでいくラストシーンなのに、まっつは素直に希望に酔うことはない。
前へ進む決意をしたのか、厳しい顔で拳を握ることが多かったが、そーではなく、希望を歌ってなお切なそうなときも何度かあった。
わかりやすいのは、拳を握るか否か。
両腕は自然に脇に垂らしているんだが、ラストでグーになるときと、そうでないときがある。
絶望高いときは、拳を握ることもせず、呆然とした表情のまま、去って行く。……ちょ、あーたこれからどうなっちゃうの?!!と、こちらがびびる儚さで。
拳は握っても、瞳に力がないままだと、やはり「ちょ、この人、魂失ったままだよ」と心配する……魂失ったまま、それでも「行かなきゃ」となにかの使命感でとにかく進み出すって、それってなお悪い結果しか想像できないんですがっ?!
とかな。
公演後半は、拳握って決意の顔をしていることが多かったと思う。
なにか吹っ切れたんでしょうか、中の人。
あと、マタドールはやることが多いので、真面目なまっつさんはあまりナニかしてくれることはありません(笑)。
台詞や振付がナイ方が、いろいろ芝居するよねこの人。
でも、曲と役がまっつ的に入り込みやすいのか、きっちり同じことをやりながらも、温度に高低がある。
や、わずかなんですけど。
前半日程の真ん中あたりで、なんかやたら激しい回があり、めずらしくメロディより歌詞が浮き上がっていたことがあったなと。歌詞が台詞に近くなっていた。キムくんとかはよくやるけど、まっつでははじめて聴いた。びびった(笑)。
まったく同じことをぴしっとやりながらも、温度高い日は漂う緊張感が半端ない。客席も一緒に緊張する……ので、この人の高温ってはた迷惑かも、と思った(笑)。発散型で、客席も一緒に高揚してわーっ!てなタイプぢゃないんだ(笑)。
しかしこの、針が落ちてもわかる緊張感に、空間を満たしてしまうのはすごい。
そんなこんな。
公演終わったからこそ言える、全体見回してみてのまっつさん感想。
安定安心いつものまっつ、…ですが? その1。@インフィニティ
2012年1月19日 タカラヅカ まつださんはいつでも安定高クオリティ。
アドリブもなし、リピーターやコアファンだけ盛り上がってライトユーザー無視なんてことはいたしません。初見の人にもやさしい舞台です。
……なのは、正しいのでしょう。
バウのみでちんまりと行われた公演、『インフィニティ』。芝居ではなくショー作品なので、もっと内輪受け要素がありそーなんだが、そんなことは一切なく。
とってもふつーに一般的な「タカラヅカ・レビュー」であったわけです。
ハードリピーターでコアファンであるわたしには、少々じれったくもありましたが。
お遊びを入れられるベニス冒頭やマッツマハラジャすら、アドリブ入れ出したのは公演終了カウントダウンはじまってからだし。
いつも同じなのはいい。
しかし。
髪型くらい、変化つけようよ。
まっつといえば、いつも、同じ髪型。
安定安心、どのショー、どの場面でも変化なし。
……って、主演バウでも、そうなのか。
や、よく見ればわずかに変化はあるんですよ。わずかにね。撫でつけた髪の流れる向きが違っていたりね。リーゼントのボリュームが心持ち違っていたりね。……ってソレ、わからないから!! 鏡の前でわかる違いでも、客席からはわかんないから!!
ほんっとに、髪型変えないタカラジェンヌだなー。黒髪だけで何年も通しただけのことはあるわー。
いちおーね、微妙に髪型変えてはいるんだと思いますよ。
オープニングからアメリカは、デコ全開だけどわずかに片側だけ前髪あり。わずかに。言われなきゃわかんない程度に。
でも一旦はけて、次に出てくるときはデコ全開、「前髪? なにソレおいしいの?」状態。
次に登場するフランスでももちろん前髪なし、デコ全開。帽子の邪魔にならないよーにか、きっちり固めてある。分け目があるからオールバックという呼び名ではないのかな?
次のドイツでも前髪なし。真ん中から立ち上げて厚みのあるオールバックに。
んで、次は2幕。オープニングのキューバではやはりデコ全開、髪をサイドに流して撫でつけてますが、一本だけシケあり。
次のスペインはドイツと同じかなー。デコ全開。あ、でも分け目あるな。
インドはターバンあるのでわからず。でも絶対デコ全開のいつもの髪型だ。
次がもうラスト、日本の黒燕尾、デコ全開の男役スタイル。そのままフィナーレまで。
はい終了。
全場面、デコ全開。
オフでも最近ずっとそーだよね……デコ全開の潔い「男役」スタイル。
まつださん……。
アナタが美形だってことは、じゅーっぶん、わかってます。理解してます。自信のデコ全開なのは、わかります。
前髪なんかで誤魔化す必要なし、だって美人だもん! この美しいラインをごらんなさい、ほほほ、てなもんですか。
はいはい、実際端正ですよ、美しいですよ。
されど。
別の髪型もして見せてくれ。
「前髪見たいよねー」
「髪が揺れてるとこ見たいよー」
「誰かお手紙で、『オールバックも素敵ですが、乱れ髪もきっとかっこいいと思います(はぁと)』とか書いてみてよー」
「んなこと書いたって、ファンの希望なんか聞いちゃくれねーよ」
てな会話を、バウのロビーでしてましたね……。
誰かがほんとに手紙に書いたのかどうかはわかりませんが、まつださんはほんっとーにただの一度も、前髪を見せてはくれませんでした。
髪の毛はいつもぴったり固めて止めて、乱れナシ。
デコは全開、隠すものはナニもなし。
顔むき出し、輪郭そのまま。
よーく見て、よーく考えれば、場面ごとに髪型は微妙にチガウよーだけど、一見全部同じ。
デコ全開のオールバック。ガッチガチのビッシビシ。
……全場面別の髪型で登場する、コマくんを見習って欲しいよ……。
お茶会でも同じ髪型だったしさー……。
ベンヴォーリオみたいに、長い前髪を揺らして踊って欲しかったっす。前髪の下からのぞく整った額のラインや、怜悧な眼差しを堪能したかったっす。
まっつってば、プガチョフもブラット部長もアトス様も、とにかく全部、いつも、デコ全開なんだもん……。
ショーでは絶対にデコ全開ヘア以外しないしさ……。
とまあ、こんなにも安心のまつださんクオリティ。
自身の初主演バウでも、髪型に特別感ナシです、ありがとうございました。
それでも、本人の気分なのか、単なる間違いなのか、ほんの少しだけ、髪型が、いつもとちがっていることがあったわけで。
7日の午後公演だっけ、ドイツ場面の髪型が、めっちゃかっこよかった。
基本いつもと同じ髪型なんだけど、前髪が少しあるの。踊ると揺れるの。
二次元的かっこよさ。アニメかゲームのキャラクタみたいですよ、まつださん!!
……1回こっきりで、二度とやってくんなかったけれども(笑)。
そして愉快だったのは、12日午後公演の、マタドール。日時メモしてあるわ、すごかったので(笑)。
いつもびっちり固めて一筋の乱れもない髪型をしているこの場面で。
ナニを思ったか、髪を固めずに出てきたの。
まっつ的に、この苦悩のマタドール場面は、髪を乱して踊るイメージがあるんだと思う。
だけど髪を乱すのは純粋に踊りにくいから嫌なんだろうな、と、思って見ている。
なのに、この日は、あえて髪を固めていない……。
それゆえに、えらいことに。
翌日欄へ続く。
アドリブもなし、リピーターやコアファンだけ盛り上がってライトユーザー無視なんてことはいたしません。初見の人にもやさしい舞台です。
……なのは、正しいのでしょう。
バウのみでちんまりと行われた公演、『インフィニティ』。芝居ではなくショー作品なので、もっと内輪受け要素がありそーなんだが、そんなことは一切なく。
とってもふつーに一般的な「タカラヅカ・レビュー」であったわけです。
ハードリピーターでコアファンであるわたしには、少々じれったくもありましたが。
お遊びを入れられるベニス冒頭やマッツマハラジャすら、アドリブ入れ出したのは公演終了カウントダウンはじまってからだし。
いつも同じなのはいい。
しかし。
髪型くらい、変化つけようよ。
まっつといえば、いつも、同じ髪型。
安定安心、どのショー、どの場面でも変化なし。
……って、主演バウでも、そうなのか。
や、よく見ればわずかに変化はあるんですよ。わずかにね。撫でつけた髪の流れる向きが違っていたりね。リーゼントのボリュームが心持ち違っていたりね。……ってソレ、わからないから!! 鏡の前でわかる違いでも、客席からはわかんないから!!
ほんっとに、髪型変えないタカラジェンヌだなー。黒髪だけで何年も通しただけのことはあるわー。
いちおーね、微妙に髪型変えてはいるんだと思いますよ。
オープニングからアメリカは、デコ全開だけどわずかに片側だけ前髪あり。わずかに。言われなきゃわかんない程度に。
でも一旦はけて、次に出てくるときはデコ全開、「前髪? なにソレおいしいの?」状態。
次に登場するフランスでももちろん前髪なし、デコ全開。帽子の邪魔にならないよーにか、きっちり固めてある。分け目があるからオールバックという呼び名ではないのかな?
次のドイツでも前髪なし。真ん中から立ち上げて厚みのあるオールバックに。
んで、次は2幕。オープニングのキューバではやはりデコ全開、髪をサイドに流して撫でつけてますが、一本だけシケあり。
次のスペインはドイツと同じかなー。デコ全開。あ、でも分け目あるな。
インドはターバンあるのでわからず。でも絶対デコ全開のいつもの髪型だ。
次がもうラスト、日本の黒燕尾、デコ全開の男役スタイル。そのままフィナーレまで。
はい終了。
全場面、デコ全開。
オフでも最近ずっとそーだよね……デコ全開の潔い「男役」スタイル。
まつださん……。
アナタが美形だってことは、じゅーっぶん、わかってます。理解してます。自信のデコ全開なのは、わかります。
前髪なんかで誤魔化す必要なし、だって美人だもん! この美しいラインをごらんなさい、ほほほ、てなもんですか。
はいはい、実際端正ですよ、美しいですよ。
されど。
別の髪型もして見せてくれ。
「前髪見たいよねー」
「髪が揺れてるとこ見たいよー」
「誰かお手紙で、『オールバックも素敵ですが、乱れ髪もきっとかっこいいと思います(はぁと)』とか書いてみてよー」
「んなこと書いたって、ファンの希望なんか聞いちゃくれねーよ」
てな会話を、バウのロビーでしてましたね……。
誰かがほんとに手紙に書いたのかどうかはわかりませんが、まつださんはほんっとーにただの一度も、前髪を見せてはくれませんでした。
髪の毛はいつもぴったり固めて止めて、乱れナシ。
デコは全開、隠すものはナニもなし。
顔むき出し、輪郭そのまま。
よーく見て、よーく考えれば、場面ごとに髪型は微妙にチガウよーだけど、一見全部同じ。
デコ全開のオールバック。ガッチガチのビッシビシ。
……全場面別の髪型で登場する、コマくんを見習って欲しいよ……。
お茶会でも同じ髪型だったしさー……。
ベンヴォーリオみたいに、長い前髪を揺らして踊って欲しかったっす。前髪の下からのぞく整った額のラインや、怜悧な眼差しを堪能したかったっす。
まっつってば、プガチョフもブラット部長もアトス様も、とにかく全部、いつも、デコ全開なんだもん……。
ショーでは絶対にデコ全開ヘア以外しないしさ……。
とまあ、こんなにも安心のまつださんクオリティ。
自身の初主演バウでも、髪型に特別感ナシです、ありがとうございました。
それでも、本人の気分なのか、単なる間違いなのか、ほんの少しだけ、髪型が、いつもとちがっていることがあったわけで。
7日の午後公演だっけ、ドイツ場面の髪型が、めっちゃかっこよかった。
基本いつもと同じ髪型なんだけど、前髪が少しあるの。踊ると揺れるの。
二次元的かっこよさ。アニメかゲームのキャラクタみたいですよ、まつださん!!
……1回こっきりで、二度とやってくんなかったけれども(笑)。
そして愉快だったのは、12日午後公演の、マタドール。日時メモしてあるわ、すごかったので(笑)。
いつもびっちり固めて一筋の乱れもない髪型をしているこの場面で。
ナニを思ったか、髪を固めずに出てきたの。
まっつ的に、この苦悩のマタドール場面は、髪を乱して踊るイメージがあるんだと思う。
だけど髪を乱すのは純粋に踊りにくいから嫌なんだろうな、と、思って見ている。
なのに、この日は、あえて髪を固めていない……。
それゆえに、えらいことに。
翌日欄へ続く。
安定安心いつものまっつ、…ですが? その2。@インフィニティ
2012年1月20日 タカラヅカ いつも高品質安定感パネェまつださんの、『インフィニティ』。
2幕中盤にある、スペイン場面。
マタドールの孤独と苦悩を表現する、まっつひとりのシーンですよ。ヤンさん振付のちょーかっこいいダンスですよ。
この場面である日、まっつはチガウ髪型で出てきた。
いつもならぴったりギトギトに固めて撫でつけている髪を、そこまで固めていなかったの。
苦悩を表す激しいダンスだから、髪を振り乱す方がわかりやすいし、絵になる……とは、誰でも考えそうなこと。でも、髪がぶんぶん揺れると邪魔、踊りにくい。ダンスにだけ集中したいから、髪は動かない方がいい……とも、誰でも想像つきそうなこと。
だからまっつは、普段ぴったり髪を固めているし、このときふと思いついて(かどうか知らないが)、髪を固めずに出てきたんだと思う。
出てきた瞬間、「あ、髪型チガウ」と思った。
で、実際踊り出すとよくわかる。同じカタチなんだけど、ぴったり固めてないので、髪が動く。
苦悩の、激しいダンス。
髪が動く。踊る。
そう、苦悩を表現するのに相応しい。……が。
髪は動き、揺れ、そして……。
どんどん、ぼさぼさに。
えっと……。
なにしろマタドール場面なので。超ドシリアスで、まっつ本人が自分の心情にかぶるとかCSで発言していたりする場面で、ファンならば涙流して見入る息苦しいほど切ない場面なわけですよ。
なのに。
髪の毛が……大変なことに。
まっつって髪の毛、多いのかなあ?
ぴたっと固めてないと、膨れるの?
サイドを固めずに、トップだけ撫でつけてある髪型で激しく踊り狂うとだ、髪の毛が、膨張する。
実はそれより前にも一度、マタドール場面でサイドを固めずに出てきたことがあり、踊り終わる頃には頭が膨張して愉快な姿になってたんだけど。
この日はそれ以上に、えらいことに。
髪が長くて量の多い男子が、カチューシャで前髪だけ留めた状態。
デコの周囲だけぴったり頭のカタチに撫でつけられているんだけど、カチューシャより外側は盛り上がっちゃって、ライオンのたてがみ状態。
あのドシリアスなマタドール様が、ライオン丸に。
しかも途中から、前髪が一房、弧を描いて額に貼り付きまっつ。
まっつのカタチ良いデコに、ギャグマンガのよーな、三日月前髪が。
だから、マタドール様。
真剣に苦悩してらっしゃるんですってば。
絶望の表情とか、なさってるんですってば。
慟哭が突き抜け、虚無の表情なんか、なさってるんですよ……おマヌケな前髪くっつけて。
……もう、どうしようかと……。
振付の一貫の振りして、髪をかき上げるとかしてくれればいいのに……。
最後まで、デコに三日月貼り付けたまま、踊りきってくださいました。
まっつ……まっつ……。
ごめん、笑いこらえるの、大変だった……。
せっかく髪型、いつもとチガウよーにしてくれたのにね……きっとがんばって、髪が動くようにセットしてくれたんだろーにね……。
なのにこんな、えーらいこっちゃ!に(笑)。
まっつ絶対、二度と髪の毛自由にしたりしたないわ、次からぴっちり固めて、一切動かないようにしているに違いないわ。
そう思った通り。
翌日から、ぴちっと固めて、一筋の緩みもないマタドール様がそこにいらっしゃいました。
やっぱアレ、相当不本意やったんや……(笑)。
でもねまっつ、敗因は「中途半端な固め方」をしていたことにあると思うのよ?
一筋だけ貼り付いちゃったのは、部分的には固めたままだったからだと思うの。
いっそ、全部フリーにしていれば……前髪ふつーに下ろして、自然の分け目で流して、そのまま踊っていれば、額に貼り付くにしたって、あんなにマンガみたいなことにはならないわ。前髪全部貼り付くだけだもん。
サイドだけ固めず、額に沿ったラインは固めてあったから、あんなことに……。
その後ずーっと、頑なに髪を固めていたまっつ。
ほんとのところ、「マタドールでは乱れ髪」にしたかったんだなと実感したのは、千秋楽でも、またやったからだ。
またしてもこの人、髪全部撫でつけてませんよ?! サイドは固めてませんよ?!
最後の最後にコレで来たってことは、ほんとは髪を揺らして踊りたかったんだ……。
しかし。
12日にやって、手痛く失敗したやん。なのにまたやるのか!
今度はあのときほど髪を自由にしていない。額に貼り付いたりしないよう、加減してセットしたっぽい。
でもさー。
千秋楽、スカステのカメラも入ってます。
後日放送されるのは、この千秋楽映像1本限りです。DVD発売されるスター様とちがって、この1回限りなんだってば。これしか、カタチには残らないのよ。お願い、髪型失敗しないで。冒険しなくていい、色気出さなくていい、いつも通りでいいから!と、祈ってました、幕が上がる前から。
なのにその千秋楽にて、肝心要のマタドール様が、気合いの「乱れ髪狙い」ヘアで登場したときは、軽く目眩がしました。
まっつ……。
乱れ髪にしたいのはわかったけど、今まで一度も成功してないんですが? なのに、映像に残ってしまう日に、また挑戦するの……?
まつださん、なんてチャレンジャー!!(笑)
わたしとしては、いつものままでよかったんです。失敗の恐れがあるなら、どんなにつまんなくても、「いつもの安定安心いつものまっつ」でいいよ。いつもはいつも通りすぎて新鮮味に欠けるけど、とりあえずカッコイイんだから、ソレでいいよ。失敗が映像に残っちゃうのは残念だよ……と。
いやいや、失敗と決めつけるのはまだ早い。
すごくカッコイイ乱れ髪になるかもしれないじゃないか。
そう思って。
そう祈って。
…………。
はい。
華麗に、失敗してました。
頭、膨張……。
あー……。
多くは、語りません。
あの膨張した髪の毛が、カッコイイと思う人だって、たぶんきっといるんだと思うし。
わたしとわたしの周囲のまっつファンに不評なだけで(笑)。
ただ。
いつものマタドール様は、もっと格好良かったんだよ。と、大きな字で言っておきまっつ。
髪の毛はぴたっと固められていてね。どんだけ踊ってもびくともしなくてね。登場したときのままの美しいヘアスタイルでしたのよ。
いつもがんとしてやんなかったのに、千秋楽だけ張り切ってやってみて、自爆しているまつださんが、愛しいです(笑)。
乱れ髪やりたかったなら、キューバのときみたいに、シケ一本にしとけばよかったのに。となるとキューバの髪型を変えなきゃならないから、髪型のバリエーションのないまっつには無理だったのか。
不自由な人だ(笑)。
千秋楽の出をギャラリーしたんだが、髪を自然に下ろしている、つまり前髪のあるまっつが、めちゃくちゃ美しかったです。
好みすぎて心拍数上がりました。
……てことを、記しておきます。
どーせまっつは、公の場では気合いのデコ全開男役ヘアとか、前髪だーのサイドだーのを固めた男役ヘアでしか登場しないんだもんよ。
楽屋出だけかい、好みど真ん中の髪型してくれるのって。
2幕中盤にある、スペイン場面。
マタドールの孤独と苦悩を表現する、まっつひとりのシーンですよ。ヤンさん振付のちょーかっこいいダンスですよ。
この場面である日、まっつはチガウ髪型で出てきた。
いつもならぴったりギトギトに固めて撫でつけている髪を、そこまで固めていなかったの。
苦悩を表す激しいダンスだから、髪を振り乱す方がわかりやすいし、絵になる……とは、誰でも考えそうなこと。でも、髪がぶんぶん揺れると邪魔、踊りにくい。ダンスにだけ集中したいから、髪は動かない方がいい……とも、誰でも想像つきそうなこと。
だからまっつは、普段ぴったり髪を固めているし、このときふと思いついて(かどうか知らないが)、髪を固めずに出てきたんだと思う。
出てきた瞬間、「あ、髪型チガウ」と思った。
で、実際踊り出すとよくわかる。同じカタチなんだけど、ぴったり固めてないので、髪が動く。
苦悩の、激しいダンス。
髪が動く。踊る。
そう、苦悩を表現するのに相応しい。……が。
髪は動き、揺れ、そして……。
どんどん、ぼさぼさに。
えっと……。
なにしろマタドール場面なので。超ドシリアスで、まっつ本人が自分の心情にかぶるとかCSで発言していたりする場面で、ファンならば涙流して見入る息苦しいほど切ない場面なわけですよ。
なのに。
髪の毛が……大変なことに。
まっつって髪の毛、多いのかなあ?
ぴたっと固めてないと、膨れるの?
サイドを固めずに、トップだけ撫でつけてある髪型で激しく踊り狂うとだ、髪の毛が、膨張する。
実はそれより前にも一度、マタドール場面でサイドを固めずに出てきたことがあり、踊り終わる頃には頭が膨張して愉快な姿になってたんだけど。
この日はそれ以上に、えらいことに。
髪が長くて量の多い男子が、カチューシャで前髪だけ留めた状態。
デコの周囲だけぴったり頭のカタチに撫でつけられているんだけど、カチューシャより外側は盛り上がっちゃって、ライオンのたてがみ状態。
あのドシリアスなマタドール様が、ライオン丸に。
しかも途中から、前髪が一房、弧を描いて額に貼り付きまっつ。
まっつのカタチ良いデコに、ギャグマンガのよーな、三日月前髪が。
だから、マタドール様。
真剣に苦悩してらっしゃるんですってば。
絶望の表情とか、なさってるんですってば。
慟哭が突き抜け、虚無の表情なんか、なさってるんですよ……おマヌケな前髪くっつけて。
……もう、どうしようかと……。
振付の一貫の振りして、髪をかき上げるとかしてくれればいいのに……。
最後まで、デコに三日月貼り付けたまま、踊りきってくださいました。
まっつ……まっつ……。
ごめん、笑いこらえるの、大変だった……。
せっかく髪型、いつもとチガウよーにしてくれたのにね……きっとがんばって、髪が動くようにセットしてくれたんだろーにね……。
なのにこんな、えーらいこっちゃ!に(笑)。
まっつ絶対、二度と髪の毛自由にしたりしたないわ、次からぴっちり固めて、一切動かないようにしているに違いないわ。
そう思った通り。
翌日から、ぴちっと固めて、一筋の緩みもないマタドール様がそこにいらっしゃいました。
やっぱアレ、相当不本意やったんや……(笑)。
でもねまっつ、敗因は「中途半端な固め方」をしていたことにあると思うのよ?
一筋だけ貼り付いちゃったのは、部分的には固めたままだったからだと思うの。
いっそ、全部フリーにしていれば……前髪ふつーに下ろして、自然の分け目で流して、そのまま踊っていれば、額に貼り付くにしたって、あんなにマンガみたいなことにはならないわ。前髪全部貼り付くだけだもん。
サイドだけ固めず、額に沿ったラインは固めてあったから、あんなことに……。
その後ずーっと、頑なに髪を固めていたまっつ。
ほんとのところ、「マタドールでは乱れ髪」にしたかったんだなと実感したのは、千秋楽でも、またやったからだ。
またしてもこの人、髪全部撫でつけてませんよ?! サイドは固めてませんよ?!
最後の最後にコレで来たってことは、ほんとは髪を揺らして踊りたかったんだ……。
しかし。
12日にやって、手痛く失敗したやん。なのにまたやるのか!
今度はあのときほど髪を自由にしていない。額に貼り付いたりしないよう、加減してセットしたっぽい。
でもさー。
千秋楽、スカステのカメラも入ってます。
後日放送されるのは、この千秋楽映像1本限りです。DVD発売されるスター様とちがって、この1回限りなんだってば。これしか、カタチには残らないのよ。お願い、髪型失敗しないで。冒険しなくていい、色気出さなくていい、いつも通りでいいから!と、祈ってました、幕が上がる前から。
なのにその千秋楽にて、肝心要のマタドール様が、気合いの「乱れ髪狙い」ヘアで登場したときは、軽く目眩がしました。
まっつ……。
乱れ髪にしたいのはわかったけど、今まで一度も成功してないんですが? なのに、映像に残ってしまう日に、また挑戦するの……?
まつださん、なんてチャレンジャー!!(笑)
わたしとしては、いつものままでよかったんです。失敗の恐れがあるなら、どんなにつまんなくても、「いつもの安定安心いつものまっつ」でいいよ。いつもはいつも通りすぎて新鮮味に欠けるけど、とりあえずカッコイイんだから、ソレでいいよ。失敗が映像に残っちゃうのは残念だよ……と。
いやいや、失敗と決めつけるのはまだ早い。
すごくカッコイイ乱れ髪になるかもしれないじゃないか。
そう思って。
そう祈って。
…………。
はい。
華麗に、失敗してました。
頭、膨張……。
あー……。
多くは、語りません。
あの膨張した髪の毛が、カッコイイと思う人だって、たぶんきっといるんだと思うし。
わたしとわたしの周囲のまっつファンに不評なだけで(笑)。
ただ。
いつものマタドール様は、もっと格好良かったんだよ。と、大きな字で言っておきまっつ。
髪の毛はぴたっと固められていてね。どんだけ踊ってもびくともしなくてね。登場したときのままの美しいヘアスタイルでしたのよ。
いつもがんとしてやんなかったのに、千秋楽だけ張り切ってやってみて、自爆しているまつださんが、愛しいです(笑)。
乱れ髪やりたかったなら、キューバのときみたいに、シケ一本にしとけばよかったのに。となるとキューバの髪型を変えなきゃならないから、髪型のバリエーションのないまっつには無理だったのか。
不自由な人だ(笑)。
千秋楽の出をギャラリーしたんだが、髪を自然に下ろしている、つまり前髪のあるまっつが、めちゃくちゃ美しかったです。
好みすぎて心拍数上がりました。
……てことを、記しておきます。
どーせまっつは、公の場では気合いのデコ全開男役ヘアとか、前髪だーのサイドだーのを固めた男役ヘアでしか登場しないんだもんよ。
楽屋出だけかい、好みど真ん中の髪型してくれるのって。
1 2