人形遊び。@外伝 ベルサイユのばら−アンドレ編−
2009年9月8日 タカラヅカ「この世で最も大切なのはオスカル様。オスカル様のためになら、腕でも脚でも目玉でも、なんでも捧げて良し。むしろ捧げなさい」
「この世で最も尊いことは、オスカル様のために生きること。身も心も時間もなにもかも捧げること。この世で最も尊いことは、オスカル様のために死ぬこと」
「オスカル様は素晴らしい。オスカル様は神。オスカル様、オスカル様……」
幼いアンドレは、繰り返しこの呪文を聞いて育った。
謎の九州弁で話すフランスのプロヴァンス地方で育った彼は、好きな女の子もいる、ふつーの少年だった。
だが両親の死をきっかけに、彼の人生は大きく変わる。
ほぼはじめて会う「祖母」を名乗る老婆が現れ、まずアンドレ少年を徹底的に否定した。
「うん、しか言えないの? これだから田舎モノは……」
アンドレがどんな人格かは関係ない。
彼に与えられるのは、徹底した「否定」。
「家を畳まなきゃならないから、孫になんか構ってられないよ! ああ忙しい忙しい」
亡き息子夫婦に代わってアンドレを引き取りに来たと言う老婆は、「アンドレのために来た」はずなのに、彼のことを「どうでもいい」と切り捨てる。
彼はみなしごの「やっかいもの」で老婆に迷惑を掛けるだけのどうしようもない存在なのだ。たたみかけられる言葉に「うん」しか返せない低脳な彼に価値などなく、「生かしてやるだけ感謝しな」ということなのだ。
この老婆しか身寄りがないアンドレは、なにを言われてもなにをされても、この老婆にすがるしかない。
出会った最初から叩き込まれる、「否定」。
お前はダメな奴だ、お前に生きる価値などない。
繰り返し繰り返し、老婆は少年に言い聞かせる。
出会った最初から叩き込まれる、「罪悪感」。
お前は厄介者だ、お前が生きているだけで他人に迷惑が掛かる。
繰り返し繰り返し、老婆は少年に言い聞かせる。
プロヴァンスの生まれ育った家を引き払う最中に、またベルサイユへの道すがら、老婆はわずか8歳の少年の人格を粉砕する。
「生きていてごめんなさい、生まれてきてごめんなさい」
……少年がそう思うところまで、追いつめる。
さあ罪の子よ、お前に救いの道を示そう。
生きる価値もないお前が赦されるのは、唯一女神を守ることのみだ。女神の手足となって生き、盾となって死ぬことだ。
繰り返される呪文。
アンドレを否定し、オスカルを讃える。
アンドレは、幼なじみの少女のことを忘れた。幼い恋も、約束も。
人格も変わった。彼自身の意志はなく、ただ「オスカルのため」という使命感だけが彼を支配する。
「オスカル様のためになら、アンドレの目のひとつやふたつ」
と言って、当のオスカルの父親に「馬鹿者、アンドレもオスカルも同じ人間だ」と叱られる老婆、というやりとりの直後に、
「オスカルのためなら、目のひとつやふたつくれてやる!」
と、威勢良く飛び出していくアンドレの、なんと教育の行き届いたことか。
老婆の言葉は、そのままアンドレの言葉。
老婆の意志は、そのままアンドレの意志。
アンドレにはなにもない。
彼の人格は8歳のときに砕かれた。アンドレはもう死んだ。
今ここにあるのは、老婆の人形。
老婆ののぞむままの言葉を喋り、行動を取る。
「目が見えなくなるなんて、それじゃ誰がオスカル様をお守りするの? なんて役立たず。オスカル様を守れないなら、もうお前になんの価値もない、意味もない」
「見えなくても見えている振りをして、戦場に行くよ、おばあちゃん。オスカルを守って立派に死ぬよ」
「そうよ、死になさい。オスカル様のために死ぬのがお前の幸せ、お前の存在が赦される理由だからね」
そうして人形は死んだ。
見えもしない目で戦場へ行き、真正面から撃たれて死んだ。
老婆の施した洗脳通り、「オスカル……」と最期に女神の名を呼んで。
しかし彼の女神、当のオスカルをパリで、戦場で見かけた者は誰ひとりいない。
アンドレは、そこにいない女神の名を呼んで、衛兵隊の仲間たちに囲まれてひとりで逝った。
「アンドレとオスカル様はパリで死んだ」
と、老婆は涙ながらに語る。……だが、オスカルの死体を見たものはいない。パリでオスカルを見た者はいない。
ただ老婆が語るのみだ。
ところで。
フランス革命をたくましく生き抜いた老婆の手元には、彼女が望んでいた通りのものが手に入ったとか。
孫に「目でも命でも捧げろ」と言い聞かせていたくせに、自分の髪の毛一本傷めることはしなかった老婆は、哀れな人形をひとつ使い潰した上で、ほんとうに欲しかった人形を手に入れた。
美しいブロンドの人形は、「愛するアンドレは、パリで死んだ」と知ってからすっかり心を閉ざし、老婆の言いなりになっているとか。
「さあオスカル様、おぐしを梳かしてさしあげましょうね……」
☆
マロングラッセこわすぎ……。
「この世で最も尊いことは、オスカル様のために生きること。身も心も時間もなにもかも捧げること。この世で最も尊いことは、オスカル様のために死ぬこと」
「オスカル様は素晴らしい。オスカル様は神。オスカル様、オスカル様……」
幼いアンドレは、繰り返しこの呪文を聞いて育った。
謎の九州弁で話すフランスのプロヴァンス地方で育った彼は、好きな女の子もいる、ふつーの少年だった。
だが両親の死をきっかけに、彼の人生は大きく変わる。
ほぼはじめて会う「祖母」を名乗る老婆が現れ、まずアンドレ少年を徹底的に否定した。
「うん、しか言えないの? これだから田舎モノは……」
アンドレがどんな人格かは関係ない。
彼に与えられるのは、徹底した「否定」。
「家を畳まなきゃならないから、孫になんか構ってられないよ! ああ忙しい忙しい」
亡き息子夫婦に代わってアンドレを引き取りに来たと言う老婆は、「アンドレのために来た」はずなのに、彼のことを「どうでもいい」と切り捨てる。
彼はみなしごの「やっかいもの」で老婆に迷惑を掛けるだけのどうしようもない存在なのだ。たたみかけられる言葉に「うん」しか返せない低脳な彼に価値などなく、「生かしてやるだけ感謝しな」ということなのだ。
この老婆しか身寄りがないアンドレは、なにを言われてもなにをされても、この老婆にすがるしかない。
出会った最初から叩き込まれる、「否定」。
お前はダメな奴だ、お前に生きる価値などない。
繰り返し繰り返し、老婆は少年に言い聞かせる。
出会った最初から叩き込まれる、「罪悪感」。
お前は厄介者だ、お前が生きているだけで他人に迷惑が掛かる。
繰り返し繰り返し、老婆は少年に言い聞かせる。
プロヴァンスの生まれ育った家を引き払う最中に、またベルサイユへの道すがら、老婆はわずか8歳の少年の人格を粉砕する。
「生きていてごめんなさい、生まれてきてごめんなさい」
……少年がそう思うところまで、追いつめる。
さあ罪の子よ、お前に救いの道を示そう。
生きる価値もないお前が赦されるのは、唯一女神を守ることのみだ。女神の手足となって生き、盾となって死ぬことだ。
繰り返される呪文。
アンドレを否定し、オスカルを讃える。
アンドレは、幼なじみの少女のことを忘れた。幼い恋も、約束も。
人格も変わった。彼自身の意志はなく、ただ「オスカルのため」という使命感だけが彼を支配する。
「オスカル様のためになら、アンドレの目のひとつやふたつ」
と言って、当のオスカルの父親に「馬鹿者、アンドレもオスカルも同じ人間だ」と叱られる老婆、というやりとりの直後に、
「オスカルのためなら、目のひとつやふたつくれてやる!」
と、威勢良く飛び出していくアンドレの、なんと教育の行き届いたことか。
老婆の言葉は、そのままアンドレの言葉。
老婆の意志は、そのままアンドレの意志。
アンドレにはなにもない。
彼の人格は8歳のときに砕かれた。アンドレはもう死んだ。
今ここにあるのは、老婆の人形。
老婆ののぞむままの言葉を喋り、行動を取る。
「目が見えなくなるなんて、それじゃ誰がオスカル様をお守りするの? なんて役立たず。オスカル様を守れないなら、もうお前になんの価値もない、意味もない」
「見えなくても見えている振りをして、戦場に行くよ、おばあちゃん。オスカルを守って立派に死ぬよ」
「そうよ、死になさい。オスカル様のために死ぬのがお前の幸せ、お前の存在が赦される理由だからね」
そうして人形は死んだ。
見えもしない目で戦場へ行き、真正面から撃たれて死んだ。
老婆の施した洗脳通り、「オスカル……」と最期に女神の名を呼んで。
しかし彼の女神、当のオスカルをパリで、戦場で見かけた者は誰ひとりいない。
アンドレは、そこにいない女神の名を呼んで、衛兵隊の仲間たちに囲まれてひとりで逝った。
「アンドレとオスカル様はパリで死んだ」
と、老婆は涙ながらに語る。……だが、オスカルの死体を見たものはいない。パリでオスカルを見た者はいない。
ただ老婆が語るのみだ。
ところで。
フランス革命をたくましく生き抜いた老婆の手元には、彼女が望んでいた通りのものが手に入ったとか。
孫に「目でも命でも捧げろ」と言い聞かせていたくせに、自分の髪の毛一本傷めることはしなかった老婆は、哀れな人形をひとつ使い潰した上で、ほんとうに欲しかった人形を手に入れた。
美しいブロンドの人形は、「愛するアンドレは、パリで死んだ」と知ってからすっかり心を閉ざし、老婆の言いなりになっているとか。
「さあオスカル様、おぐしを梳かしてさしあげましょうね……」
☆
マロングラッセこわすぎ……。