太田せんせーへのあれこれを書いた勢いで、ひさしぶりに『アリスの招待状』のビデオを引っ張り出して、再鑑賞。

 …………駄作、だよなあ。

 でもまだマシなんだよなあ、コレ。『フィガロ!』や『ホップスコッチ』や『それでも船は行く』より。
 まさか『アリスの招待状』がマシに思える日が来るなんて、当時は思いもしなかったよ、ママン。
 まあ、そんな駄作のビデオを、定価12000円も出して購入していたあのころのわたしも、十分イタイ奴ですがな。まだキャトルレーヴなんてものはなく、阪急百貨店の宝塚コーナーで買ったよ。

 
 内容に関しては、もう語る気にもなれないので置くとして。

 今見るとおどろくことがひとつ。

 まちかめぐるがいっぱい、てのも、今は横へ置いておいてっ。

 その他大勢の下級生たちのなかで、ソロをもらっているのが、ねったんとゆみこちゃんつーのは、どーゆーことですか。

 ねったんはいいのよ。下級生たちのなかでいちばん扱いがいいのはわかる。学年的にも、ポジション的にも。
 ただそこにゆみこが入ってるのが、びっくりだ……。
 ゆみこちゃん、このときまだ研2? 研3? たしか『嵐が丘』より前だよね? わたしがゆみこちゃんに注目したのは『嵐が丘』なので、それより前はノーマークなのよ。
 そうか、太田作品ですでに目をかけられていたんだな。

 われらがしいちゃんには、ソロも見せ場もまったくありませんでした……。がっくり。
 てゆーか、ほんとにビデオに映ってないよ……ねったんとまちかめぐるばっか映ってるよ……。

 
 そして、ケロ。

 …………若いなぁ。
 このときまだ、23歳? 22かな?
 …………かわいいなあ(笑)。

 ケロちゃん見たさに、観に行った公演だったんだよな。ビデオを買ったのはたかちゃん目当てだったけど(ヲイ)。

 あー、せっかくだから、主要キャスト書いておきますわ。

 アーネスト@高嶺ふぶき → ジョニー
 メアリー@貴咲美里 → スーザン
 マイケル@和央ようか → マイク
 チャールズ@泉つかさ → ヘンリー

 えっ、矢印の後ろの名前はなにかって?
 聞かぬが花ですよ♪ キャラ立ても設定もまんまですからっ♪


 まちかめぐるの情報があるとわざわざ知らせてくれる友人デイジーちゃん。最近は、すずみんの情報があっても知らせてくれるよーになった。

 産経新聞のすずみんインタビュー記事を知らせてくれたときのメールのタイトルは「産経勇敢(違)」だし。そんなデイジーちゃんはもちろん、まちか氏も涼氏も、好きではありません……。
 にしてもマメだよなー、ありがとうありがとう。わたしゃ言われなきゃチェックしてなかったよ。

 ええ、サンケイは写真がいいので安心、の、月に一度の全面掲載大判カラー写真付きの、あのコーナーですよ。
 素顔のすずみんの写真も、美しゅーございました。いつものスマイルですよ。舞台写真はもちろん『それでも船は行く』から数点。よりによって、いちばんド派手な赤いスカーフ衣装(笑)。インタビューも、とってもいいこと言うてました、はい。

 ここでも彼は、「男役の色気と余裕」について語ってました。
 でもどーしてっ?!
 「抱負」じゃなくなってたよーっ。「色気と余裕を身につけたい」になってた。
 やーん、なんでそんなに謙虚な発言してるのよーっ。「募集要項に『容姿端麗』とあったから宝塚音楽学校の受験を決めた」とゆー名言を持つくらい、てらいのない喋り方をする人なのに。ナチュラルに自信家なところがチャームポイントなのに。

 編集の結果かなぁ。あたりさわりのない、適度に感じのいいコメントに変換されちゃったのかしら。

 物足りない。とっても物足りないぞ。三越トークショーのビデオ見たけど、そのときも運動会のエピソードで「ズルしてナンボ、みんなでズルして勝とうよ!」と組子を勧誘した話(もちろん賛同者ナシ)とか、聞いている方が心配になるよーな潔い喋りっぷりが好きなのに。
 突き抜けた天然さは、この人の得難い魅力だと思うから。

 あ、サンケイの記事は、HPで読めますよ。もちろん写真も。

 
 すずみんのカラー巨大記事はうれしいんだが、産経新聞。
 なんで裏が『エリザベート』公演評なの? いや、そっちが表なのかもしれないが。
 ちがうページに配置してくれればいいのに……。

 『エリザ』の記事しか欲しくない人が記事を切り抜いた場合、すずみんの写真を切り裂くことになるじゃん……うわーん。


 最近のタカラジェンヌの名前は、大変愉快なことになっている。
 どう愉快かとゆーと、ソレ、人間の名前チガウやん!! とゆー愉快さだ。
 膨大な数の先輩と名前がかぶってもいけないし、いろいろ縛りやルールがあって、とっても難しいんだろーとは思うさ。そんななかで「芸名」を考えるのは。

 それにしたって、ものすごいよなー、最近の子の名前。おばちゃん、若い子の感性についていけないわぁ、みたいな(笑)。

 そんな現代だからこそ、古風なタカラヅカっぽい名前の方が目立ってしまったりする。

 「紅ゆずる」……その名をはじめて目にしたとき、わたしは言った、らしい。よくおぼえていないが。

「ナンチャッテジェンヌの名前みたい」

 ヅカのファン以外、それこそ「竹の塚」しか見たことないよーな人がてきとーに「ヅカっぽい名前」をつけたら、こんな感じ。てな。

 タカラヅカで見かけたのなら、いくらわたしでもこんな無礼な発言はしない。プログラムや出演者表に載っている名前をつかまえて、こんなことを言ったりしない。
 その名をはじめて見たのは、外部の舞台のロビーでだったんだ。

 ロビーは花で埋まっていた。公演初日だ。わたしとkineさんとサトリちゃんは、お花の贈り主の名をいちいちチェックして回っていた。知った名前があると、なんかうれしいんだもの(笑)。

 タカラヅカ関係の人からのお花も多かった。OGも現役も。
 出演者宛ではなく、みんなもれなく、演出家の先生宛だ。
 ワタさんのよーなトップスターはひとりで大きなお花を贈っている。下級生たちは何人か連名だったり、あるいは「同期一同」というカタチで、それぞれ贈っているよーだった。
 なるほどなー。現役のジェンヌが出演している外部の舞台なのに、そのジェンヌ宛に花を贈ったりしないんだ。あくまでも「先生宛」。ぬけがけナシで連れや同期と一緒に贈ります、か。
 そんななかで。
 たったひとり、横一列の慣例を飛び越えている花があった。

「あ、コレしいちゃん宛だ」

 演出家の謝珠栄先生宛ではなく、出演者のひとりにすぎない立樹遥宛。全部見て回ったけど、タカラヅカ関係者でしいちゃん単体に花を贈っている人は、ひとりもいなかった。
 その花、たったひとつ。
 しかも。

「ひとりで贈ってる……」

 みんな連名なのに。仲間と一緒に横並びに礼儀を示しているのに。
 ただひとり、その花の贈り主だけが、本人のみの名前を表記されていた。

「宝塚歌劇団 紅ゆずる」

 これがファースト・インプレッション。たくさんの花の中、たったひとつの花。
 てか、誰?

 同期と一緒に先生へ、が暗黙のルールみたいな場所で、たったひとりでしいちゃん宛の花を贈っていた紅ゆずる。あまりに浮いていたので、つい「ナンチャッテジェンヌみたいな名前」と言ってしまったのよ。もちろん本気でなく。

 これが、たったひとりで先生宛に贈っているなら「点数稼ぎ」みたいな色眼鏡のかかった見方もできるけど。
 たったひとりでしいちゃんへ、というあたりがなんか……微笑ましくて。
 なんとなくハズしている風なのがまた、かわいらしくて。
 
 そんなところではじめて見た名前は、わたしの記憶の奥の方へ。
 そんなことがあったことさえ、忘れていた。

 バウ公演『それでも船は行く』において。
 1幕で目に付いたすっきり顔の男の子を幕間にチェック。口には出さないが、この子が舞台のあの子だよね? と、ひとりで納得。
 公演が終わったあとにみんなで「気になった子がいるけど、名前わかんなーい」というのをやって、なーんだ、みんな同じ子が気になったんじゃん! と話したとき、はじめてその子の名前を口にした。プログラムの名前や写真を指さしもした。
 それって、紅ゆずるだよ。……ん? 紅ゆずる……どっかで見たことがあるよーな字面。デジャヴ? なんだろなんだろ、なんか引っかかる……。

 紅ゆずるの謎。

「しいちゃんに花を贈った子ですよ」

 アタマを抱えるわたしに、kineさんが答えをくれた。
 そっか、あのときの子か!!
 忘れていたよ、そんなことがあったっけ。

 『タック』のロビーでウケていた、あの「ひとりだけ」ジェンヌか。
 よーやく名前と顔が一致した。

 わたしの大好きなしいちゃんに、お花を贈ってくれた子が、わたし好みの顔の子で、すごくうれしい(笑)。
 着こなしも所作も演技も、なにもかも「これからの課題」の子であったとしてもな(笑)。

 
 ところで。

 わたしの「緑野こあら」って名前、タカラヅカの娘役っぽいよね? と本気で言ってみたんだが、誰からも賛同を得られなかった。えーーっ?(不満の声)


「星組あんま観ないから知らなかったけど、ぎんがみちゃんがこんな立場になってるんだ」

 とゆー誠さんの言葉に、自称星担のわたしとkineさんはあわてて言う。

「なってないから!!」

 星バウ『それでも船は行く』初日の幕間。

 わたしはいつものよーになんの予備知識もないまま観に行ったので、すずみんとせんどーさん以外の出演者も知らなかった。
「えっ、せんどーさんヒロインじゃないの?!」
 なんてことを、当日にkineさん相手に言っていたくらいだ。

 まさか2番手が、ぎんがみくんとは……。

 
 バウホールの2番手配役っちゅーのは、いろんなパターンがあるよね。
 まず順当なのが、若手スターの起用。主役と2番手の人気でチケットを売ろうという魂胆。興行として正しい姿。
 次にあるのが、下級生の抜擢。大劇場でんな冒険はできないが、バウでならできる。期待を込めて、まったく無名の若手にやらせたりする。
 みっつめは、舞台レベル補強としての助演者。主役が実力面でちと弱い若手アイドルスターだったりする場合に、そこそこ実力のある、されど完全な路線スターでない人を配置したりする。

 だが、今回のぎんがみくんは、そのどのパターンにも当てはまらない……。

 彼はべつに「若手路線スター」じゃないし、「抜擢された無名の下級生」でもないし、「脇の実力派」でもない。
 そこそこの脇ポジションにいる、そこそこの下級生で、実力は……ええっと……キャリア不足だから仕方ないよな、というレベルの男の子。
 何故この子が2番手……?
 星担のつもりでいたけど、わからない。そして星担でない人は、「ぎんがみくんって路線なんだ」と誤解した発言をしちゃったよ?

 まあ、これを皮切りにぎんがみくんのプッシュがはじまり、路線スターになるのかもしれないが。

 ただたんに、めぐり合わせ、というだけの気がするけどな……たまたま彼だった、というか。他にいなかった、というか。
 言葉が悪くてごめんよ。ぎんがみくんに含みはない。
 配役が不思議なだけだ。

 でもってぎんがみくんのやっていた役は、ふつーの路線スターがやる分には「おいしい役」だったと思う。
 見た目にきれいで、ちゃんと女の子と恋愛をして。出番も役割もちゃんとあって。
 脇の実力派がやっても、きっと「おいしい役」だったろーな。

 ただ。
 ぎんがみくんには、荷が重すぎたね……。

 わたしが観たのが初日だから、そのせいもあるかもしれないけど。
 うわー、いっぱいいっぱい。「手順」こなすことだけで精一杯、他はなにも考えられません状態……。

 仕方ないよな、今までこんな重責与えられたことなかったもんな。路線でも実力派でもないんだし。
 そのための教育も経験もなにも与えてもらえなかった人が、突然スポットライト浴びて真ん中に立たされても、とまどうばかりだよな。

 この公演、路線系スターがすずみんとせんどーさんだけ、というの、なんとかならんかったんやろか……。
 花組の『くらわんか』も路線系は主役ひとり状態だったけど、2番手のビンちゃん役は「初心者男役にやさしい役」だったじゃん。「男役」としての基礎ができてなくても、なんとかなる役。
 しかし、『それでも…』のマイク役は、「男役」の基礎ができてないと苦しいよ……。しかも「路線系の基礎」がないと、きびしいよ……。

 主役以外があまりに学芸会テイストで、どーしよー、って感じ。
 ワークショップだから? でも値段はワークショップ価格じゃないよ、歌劇団。

 と、好き放題言っておいて。

 路線でもなければ実力派でもない、「これからこの子を売りますんでヨロシク!」的な配役をもしていない、この意義のよくわかんねーバウ公演が、けっこー好きなのだ(笑)。

 下級生観るの好きですから!
 下手でも学芸会でも、「一生懸命」「いっぱいいっぱい」なところを応援するの、好きですから!

 だからぎんがみくんがまさかの2番手役なのも、うれしいの(笑)。
 こーやっていろんな子に、いろんな可能性を広げてやってくれよ。

 
 ヒロインのせあらちゃんは、「これからこの子を売りますんでヨロシク!」的な配役なのかな?
 この子はちゃんと、「ヒロイン」としての仕事をしていたよ。
 うまいし、かわいい。
 初の重責という分にはぎんがみくんと同じか、ヒロインなぶんだけ彼以上に大変だったと思うんだけど、見事に真ん中で輝いていたよ。
 余裕はないけど、そこがまた個性になっていてよかったかと。スーザンはきりきりしている女の子だから(笑)。

 
 スーザンと対照的に余裕で演じられているのかジュリア@せんどーさん。
 ああ、ぷりちーだ、せんどーさん。丸っこい曲線がたまらない。余裕と包容力をもって「役」を演じるその姿に救われる。
 同じ余裕でも、ジョニー@すずみんは「うれしいたのしい充実しているスタァなボク」的な余裕なのに、せんどーさんは「きっちりお仕事どーんと来い(胸叩きっ)」的な余裕なのが素敵。


 みきちぐ氏には、「いてくれてありがとう!」だわ。この人がいなかったら、どーなっていたことか。
 非美形脇男役の重要さを体現してくれ。……もちろんヅカですから。「非美形」っていってもみんな、十分美しいんだけどなっ。言葉の上では、そーゆーカテゴリ。必要だよ、マジで。

 
 老け役のおふた方のことは置いておいて。
 以下の下級生たちときたら、「誰が誰やら」状態でねえ(笑)。かろうじてわかる舞夕ちゃんの他は、プログラム買ってお勉強しなきゃね!って感じさ(買ってません)。

 いちばん下級生に詳しいkineさんも「お勉強」ムードだから、記憶力と判別力に乏しいわたしや、あまり星組を観ていないもずっちたちにはコメントの声も挙がりません。
 あがらない……ん、だけ、ど。

「アレ、なんて子?」
「だからどれ? なんの役やってた?」
「役名忘れた……でもなんか、目につく子」
「私も目につく子がいたけど、名前わかんないー」

 ぼそぼそ要領の得ない会話を繰り返したのち。
 どーやら、わたしたちはみな、ひとりの男役の話をしている模様。
「で、名前は?」

 意見総合したあとなら、答えられるよ。

「紅ゆずる」

 この子だけは、早いウチに名前とカオが一致した。なにしろ、好み系のカオだから(笑)。

 名前を答えたくせに、わたしは首をひねる。
 あれ? 紅ゆずる? 変だな、なんか引っかかる。なんだろう??

 なにが引っかかっているのかも、わからない。
 ただ、この名前を口にした途端、「なにか」感じたんだ。

 その答えは、kineさんがくれた。

 
 てことで、紅ゆずるの謎は、次項へ続く〜〜。


 ……たぶん。

 太田哲則作品は、ひとつまちがえると、すごくわたし好みの作品になるのだと思う。

 ああっ、どーしてソコを押さないのよーっ、ソコがツボなのにっ。

 と、いつもツボをはずされているのだな。
 そうやってはずされているけど、ツボがあるのは見えているのよ。
 だからこそ、ひどくもどかしい。ツボなんてカケラも存在しない、わたしと別宇宙にある作品なら、こんなに不快にもならないのに。

 太田作品がわたしのツボを押すためには、圧倒的に熱意と誠意が不足している。そして、慟哭。絶望。そんなものが、足りない。

 ひとつまちがえれば、ものすごくものすごく、好きな作品になるだろーに。
 そのあとひとつが、いつもかわされてしまって、不発。

 あー……。


 太田哲則作『それでも船は行く』を語る、というか、『それでも船は行く』を使って太田哲則を語るというか。……の、続き。

 わたしは太田作品が嫌いなので、どーしても視点が偏っていると思います。
 それを踏まえた上で、読んでくださいませ。
 

 えー、『それでも…』のネタは、太田せんせは過去に複数回使ってます。わたし程度の人間でも、2本は知ってるし、大きなネタだけでなく小さなネタも合わせればもっと他の作品のネタともかぶっていると思う。
 すごいなー。

 そしてさらにすごいのは、その同じネタと話を焼き直すことの、言い訳。
 「古典的な話だから、ありきたり」ときたもんだ。kineさんに見せてもらったプログラムの、太田本人の言葉。わたしはプログラム買ってないので、本人の言葉まんまはおぼえてない。わたしのフィルター通したうえでの言葉(すまんのう、私感入ってて)。
 わたしには、「『それでも船は行く』は焼き直しじゃない、もともとありきたりな話なんだ」って意味で書いているとしか思えないんだ。

 もちろん、「人々がおもしろいと感じる物語」にはパターンがある。それに従って書けば、どうしても似たような話になるだろう。

 しかし。
 世の中のありきたりの話ってのは、「主人公が別の名を名乗って元恋人をだます。元恋人にはキザりまくりの成金の婚約者がいる。主人公と元恋人はえんえん舌戦をかわす。ふたりの出会いが回想形式ではいる。彼らは本当は愛し合っているが、タイミングが悪くてケンカ、別れるに至った。嘘で混乱した空間に、犯罪者とそれを追う者が入り乱れる。最後は登場人物それぞれカップルになって大団円」という話しかない、わけじゃない。
 ここまで過去の自分の作品と同じネタを使っておきながら「焼き直しじゃなく、世の中の古典的ネタを使ったら、ありきたりになった」と言い切る姿勢に、疑問。「ありきたりな古典的ネタ」ってのは、このひとつだけなの? ここまで同じ符丁だけで構成されるの? 他のパターンは存在しないの?

 しかも太田せんせ、ものすげえことに断言してます。
「『それでも船は行く』は、ありきたりな話。それがおもしろくできないとしたら、出演者の力不足」

 出演者、だけの責任?

 焼き直し的ありきたりな話を書いた作者には、責任がないの?

 この薄っぺらい先の見えるご都合主義脚本には、なんの問題もないのね。破綻してない、ということしか取り柄のない、他の欠点をすべて「オシャレ」という抽象的な形容で正当化している作品が。

 なんて誠意のない。

 わたしは、作品を書く上での誠意ってものに、興味がある。
 誠意のない作品は嫌い。

 とはいえ。

 おもしろければ、いいのよ。

 たとえ作者が「客なんてバカばっかだ。真面目になんか書くもんか。けっ」と鼻をほじりながら書いたとしても、おもしろい作品なら、それでいい。
 誠意がなかろーが焼き直しだろーが、おもしろければぜんぜんかまわない。作品と作者は別物だから、「誠意がないからいやだわー」と文句たれるかもしれないが、素直にたのしむ。おもしろいものが欲しいんだもの。

 駄作なうえに、誠意もないだと?

 『それでも…』がありきたりなのは昔からあるパターンを踏襲しているせいであって、焼き直しだからではないと? 
 おもしろくなければ、役者のせいだと?

 グレイトだ、太田哲則。

 悪いのはみんな他人、手柄は全部自分のもの。
 見習いたい厚顔さだ……。
 やっぱこれぐらいコワレた人でないと、作家にはなれないんだろーな。

 太田作品は嫌い。誠意がないから。そのうえ、独りよがりでおもしろくないから。

 
 でも、『それでも船は行く』はもう一度観たいわ。
 ジョニー@すずみんに会いたいんだもの。

 駄作を必死で盛り上げる、出演者たちの熱いハートに触れたいから。


 わたしは、太田哲則が嫌いだ。
 作品がどうこうより、たぶんきっと「製作態度」が嫌いなんだろう(笑)。
 それはわたしが、作品を創るうえでの誠意というものに、重点を置いているせいだと思う。

 『それでも船は行く』もまた、誠意の感じられない作品だった。

 『それでも…』は作者曰く「お洒落な、大人のラブコメディ」なんだそーだ。
 お洒落か。ははは。お洒落なー。

「ねえねえ、この間お見合いしたんでしょ? 相手の人、どうだった?」
「……(沈黙)……えーと……そのー、いい人、だったよ」

「その失敗ばっかりしてる後輩ってさぁ、どーゆー子なのよ? 一度がつんと言った方がよくない?」
「……(沈黙)……えーと……そのー、でもいちおう、かわいい子、だし」

「『天の鼓』ってどうだった? おもしろかった?」
「……(沈黙)……えーと……そのー、とりあえず、きれい、だったよ」

 という会話例と同じですわ。「お洒落」の使い方。

「『それでも船は行く』ってどうだった? おもしろかった?」
「……(沈黙)……えーと……そのー、とりあえず、オシャレ、だったよ」

 他に誉めようがない場合の、大人の処世術。さしさわりのないことを言って、お茶を濁す。
 そーゆー意味での「オシャレ」だよな、太田せんせ?

 この「オシャレ」具合が、かなしいまでの誠意のなさ。
 やる気のなさを「さしさわりのない言葉」で誤魔化している状態。

 登場人物の人格が一定せず薄くご都合主義なのも、「オシャレ」にするため。
 ストーリーがメリハリに欠け、盛り上がらないのも、「オシャレ」にするため。
 意味のない長台詞と装飾過多の不親切な自己満足会話も、「オシャレ」にするため。
 過去作品の焼き直しなのも、もちろん「オシャレ」にするため。

 都合のいい言葉だな、「オシャレ」って。

 キャラクタもそうだが、ストーリーのいい加減さはどうだろう。
 破綻してはいないよ。太田せんせは最低限破綻したものは書かない。
 しかし、そこに誠意が欠けるために、圧倒的に熱量が欠けている。

 熱量。
 役者で言うなら、ハマコとかハマコとかハマコとか。最近ではさららんとか(笑)。
「いや、なにもソコまでやらなくてもいいから!」
 と肩を押さえたくなるほどの大熱演。
 役に入り込むあまり、髪振り乱して顔ぐちゃぐちゃにしての大暴走。手加減ナシ!

 ……それがいいか悪いか、そのときの舞台や役に即しているかどうかは、今は置くとして。

 そんな手加減ナシで大熱演している人の横で、「てきとー」に流している人がいたら、どうだろう?
 決められた通りの振り付けでちゃんと踊っている。決められた台詞は言う。最低限の仕事はしている。でも、それだけ。
「なりふりかまわず一生懸命なんて、かっこわるぅい。ふつーにやる方がオシャレよ」
 疲れない程度、失敗や実力不足がわからない程度に力を加減して、ほどほどの仕事をしておく。最高点を出す努力なんかしない、でも平均点はふつーにあるから、それでいいはずよ、と。

 出来不出来以前に、わたしはそーゆーのは「誠意がない」と判断する。

 『それでも…』の「オシャレさ」には、そのにおいがする。
 「オシャレ」を言い訳に、最初から平均点あたりを目指して作り、そのことに納得している。たとえ平均点に届かなくても、平気。だって頂点を目指してないから、鈍感な心は何点でも傷つかないの。

 主人公ジョニーを、もっと魅力的な人物にすることは可能だったはずだ。
 嘘つきでいい加減で気ままな彼を、「それでもほんとはいい奴」「わざと悪ぶって、もう」と観客に思わせる仕掛けは、できたはずだ。
 できるのに、しない。
 そしてそれを「オシャレ」と言う。

 ジョニーとヒロインのスーザンの関係も、もっと盛り上げることができたはずだ。作者の独りよがり台詞を変えるだけでも、ぜんぜんちがってくるはずだ。
 マイクとジュリアの関係も、公爵夫人と男爵も。
 キャラクタひとりずつを、もっと真摯に表現することができたはずだ。
 キャラがみな深みを持たず表面的で「軽い」。それを「オシャレ」という言葉で誤魔化している。
 涙を流して熱演することを「暑苦しくてかっこわるい」、なにごとも動じずさらりと流すことを「クールでかっこいい」と言うような感じで。

 なんつっても、誠意があれば、過去作品のネタを焼き直して使わないだろう。

 これで何回目だ、太田せんせ?
 何回同じネタを使えば気が済むの?

 もちろん、ひとつのテーマをえんえん書き続けることがいけないわけじゃない。ほんとうに情熱をかたむけてひとつのテーマを追求するならば、それは「ライフワーク」という。「作風」という。正塚晴彦が「やせ我慢の美学」と「自分探し」をえんえんえんえん書き続けているのはアリだと思うさ。齋藤吉正が「母なる聖女」「義賊」「復讐」「コスプレ」「猫耳」ばかりをえんえんえんえん表現し続けていても、「このヲタクめ(薄笑)」で済むさ。
 正否はともかく、それを書きたくて、情熱を持って書いているのだから。

 しかし情熱もこだわりもなく同じネタや同じ話を繰り返し書くのは、ただの焼き直しだろう。

 この、誠意のなさったら。溜息。

 
 文字数ないので、続く〜〜。


 ケロ友の晃さんから、手紙が届いた。

 なんだろー、手紙にしては妙に厚みがあるし、封筒も大きい。

 そう、ちょうど同人誌が送られてきたときの感じ。厚みといい、大きさといい。

 晃さんが同人誌?!
 なに、なにか作ったの?! ケロ受?!!←毒されてます。

 分厚さの正体は、ケロちゃんの写真でした。

 
 千秋楽の、ベールをつけたケロちゃんが微笑んでます。

 
 ………………泣いた。

 不意打ちだー。
 泣けたよ、晃さぁん。わーんわーんわーん。

 同人誌かと勘ぐったあとなだけに、このカウンターはすごいよ。← んな勘ぐり自体おかしいっす。血迷ったか自分!!

 ベール姿のケロちゃんを筆頭に、いろんなお写真がどーんと太っ腹に入ってました。
 わたしが「魔法のエレベータ」で出会った、黒燕尾姿もあります。

 千秋楽やディナーショー、若いころの写真も。
 ああ……なんて微妙な写り……(笑)。ほんとにカオに一貫性のない人だ……知らない人が見たら別人写真がいっぱい……。
 

 ありがとうございました。
 泣きながら、ほっこり笑ったりつっこんだりしながら、堪能しました。

 そして、晃さんからのお手紙に、「(ケロちゃんのお写真で)お茶会土産のアルバムを埋めていこうかな」とあり、瞬間首をひねりました。

 お茶会みやげのアルバム?
 ……はっ、そーいやケロちゃんの最後のお茶会での記念品は、アルバムだったっけ。

 記憶にないのは、お茶会で買いあさったグッズももらった写真やらなんやらも、すべて一式宿泊先のHOTEL DOLLYで袋詰めして、そのまま封印してあるからです。

 そう、封印。
 あの場で手に入れたものは、なにもかも。

 …………たしかわたし、ケーキの上のマジパン@ケロの名前入りも、大切に取っておいたよーな。

 マ、マジパンって、腐ったりするんでしょーかっっ。
 てか、カビる?
 3ヶ月封印してたら、どーなります?!!

 うひゃー。

 そ、それでもまだ、封印を解く気にはなれませんが(カビたマジパンも見たくないしな……こんなところでも現実逃避・笑)。


「私、漢字が読めないんです」

 と、バウのプログラム(kineさん購入。わたし、もずっち、誠すわんで回覧中)を開きながら、キューティもずりーなが真顔で言いました。
 のでわたしは、間髪入れずに慈愛の微笑みで教えてさしあげましたのよ。

 涼 紫 央

 という文字を指して。

「これは、『リョウ・ムラサキヲ』と読むのよ」

 と。

 おわかりになりました? にっこり。

 
 いや、まあ、その。
 もずえさんの日記で、いろいろとわたしの行動をばらされているので。
 どーゆー読み方を教えたのか、先に自分でばらしておきますわー。ほほほ。

 
 実はまた、さっきまで書いていた日記が消えてしまったので、同じものを二度書く気にならないし、同じものなんか書けないし、で、フテ寝しよーと思います。

 んじゃおやすみなさい。

 
 私信。
 暫定巨乳のはなはなさん、無事メール届きました。
 んじゃぼちぼちというか、そのうちというか、いつかきっと(ヲイ)DVD送りますんで、のんきにお待ち下さい〜〜。


 この船に、あの人がいるかもしれない。

 紺色の制服を着た、笑顔のすてきな航海士。

 貫禄の船長と、駄洒落の好きな副長。甲板では、陽気なセーラーマンたちがデッキブラシを持って踊っているの。
 白いコートのセレブと、そのパートナーの黄色いドレスの貴婦人も乗っているんだろう。
 いたずらな小悪魔も一匹、まぎれこんでいるにちがいない。

 星組バウホール公演『それでも船はいく』
 セレブなすずみんが乗っているんだから、きっとそうだよ。
 この船はあの船なんだ。
 時空はゆがんで、「今」は、「あのとき」につづいているんだ。

 だって同じ制服のセーラーマンがいるもん。
 黄色いスーツは着てないけど、御曹司なすずみんがいるから、まちがいないよ。

 だからきっと、あのひともいるんだよ。
 まだお別れしてないんだよ。
 彼は今も、笑顔で船の上にいるんだ。

 
 ……なんでまた同じよーな豪華客船の物語で、同じ衣装を使うんだろーね、太田哲則。なにも考えていないとしたら、無神経な奴だな。←ちょっと八つ当たり気味。


 すずみんバウの感想を書くつもりで、ミニパソにちまちま書いていたんだが。
 それはまた翌日に!

 今はこれだけ言わせて。

 レオン@バイオハザード4ヘンリー@サイレントヒル4に、漫才やらせてえ……っ!!

 もちろんレオンがツッコミで、ヘンリーがボケで。

 うおー、いいキャラだぞレオン。
 どれくらいいいキャラかっつーと、ヅカでいうなら、さららんで見たいくらい、いいキャラだ(笑)。

 ああ、後ろからすっ転ばせたい……。
 いじりたおしたくなるキャラだわ。

 黙っていれば超絶美青年なんだけどね。さらさら金髪のセンターパーツときたもんだ。
 しかし、いったん口を開くと、もお。
 ああ、さららん。今なら絶対さららんよ。TPOを無視した熱い男さららんがぴったりだわー。うっとり。

 ヘンリーは、今ならぜひ嶺恵斗で!!(笑) あの茫洋とした独特のキャラは人気赤丸急上昇@わたしの周囲・すげー範囲狭いぞ、の、嶺恵斗くんで!

 今なら、という限定項付きが泣かせるねっ。
 先のことは知らない。今現在のわたしの気分。

 ああ、レオンを、『静岡』の世界にぶちこみたい……。どんなツッコミを披露してくれるかしら。どきどき。

 
 『バイオハザード4』の話もまた、いずれ改めて。


 某雑誌のインタビュー記事で、涼紫央さんはこう答えています。

「今年の私の抱負は『男役の色気』と『男役の余裕』の二つに決めているんです」

 この話をチェリさんから聞いたとき、大ウケしました。
 だって、抱負ですよ。目標じゃないんですよ。

 たしかに「抱負」という言葉には「のぞむ」という意味もあるけど、「目標」や「希望」という言葉とニュアンスがちがいますよね。

 「目標」だと、いまはまだ届いてないけれど、それを目指してがんばる、というニュアンスがあるけど、「抱負」っちゅーと、今現在持ち合わせているもののなかから、これと決めた、みたいな感じ。

 さすがだ涼紫央!!

 「男役の色気」も「余裕」も、あったりまえに持ち合わせているんだなっ。
 たくさんある引き出しから、今年はあえてコレで行くんだなっ。

 ブラボー。
 そうでなくっちゃ。

 たんなる言葉のアヤかもしれないが、わざわざこーゆー言い方をしてくれるすずみんが好きだ(笑)。

 
 わたしがすずみんを好きな理由のひとつに、この臆面のなさがある。
 いつも謙虚に「自信ないんです」とかゆーふりをしていた方が、楽じゃん? うまくできなくても、日頃から「自信ないです」「そんな、わたしなんか」と言っておけば格好もつく。
 でも、いつも余裕ぶっこいていたら、いざなにか失敗したときに格好がつかないよねえ? だから「勉強なんてしてないよ」と口では言いながら家で猛勉強している子どもみたいに、予防線を張っておく方が、楽。
 努力なんてかっこわるい。がつがつ上を目指すなんてあさましい。
 そううそぶいて自分を守るのがあたりまえっぽい、この世の中で。

 すずみんてば、いつもなんてまっしぐらに「スタァ」なの!

 ナチュラルにスタァ。
 輝く人。
 飾らない関西弁と、自分がスタァである事実をへりくだりも隠しもしない人。

 それだけのことをしてここにいるのだから、まっすぐに前を見ていていいんだよ。
 自信を持っていいんだよ。
 努力することは、上を目指すことは、かっこいいことなんだから。

 という、すばらしさ。
 すずみんイェイイェイ、抱負は色気と余裕かイェイイェイ。いいぞいいぞ、ついていくぞ。

 
 とゆーことで、ずっとたのしみにしていました、涼紫央主演バウホール公演『それでも船は行く』初日観劇。

 なにがすごいかって、あーた。
 芝居なのに、ウインクがばちばちとんでくることですよっ!!


 すずみん万歳! それでこそ涼紫央だ!

 場の内容関係なしに、ウインクとばしまくりだ涼紫央。いいなあ。好きだなあ(笑)。

 すずみんってば、余裕でした。
 単独初主演? え? どのへんが?
 多少台詞を噛んでいた以外、ほんとに余裕だよー。お金払って観るだけの仕事をしてくれてるよー。

 ふつーこういう下級生バウの初日って、出演者がいっぱいいっぱいで、舞台も客席も緊張感で一発触発状態になるもんなんだけど。
 すずみんは余裕で物語をすすめていく。
 それこそ、ウインクとばしまくるくらいに。

 さすが「今年の目標は『色気』と『余裕』」と宣言する男だ!
 有言実行。かっこいー(笑)。

 
 えー、脚本と演出に関しては言いたいことアリ過ぎなので今は触れずにおくが、まず言えることは主人公、性格悪すぎ!!
 いいところがまったくない男なんだ、主人公のジョニーってヤツ。
 傲慢でいい加減で自己中心的で嘘つきで、他人を騙してへらへら笑っているよーなひどい奴。個人的に、女の子を怒鳴ったり罵ったりする男は嫌いなんだが、そればっかやりまくってくれる。いいところは、どこにもナシ。
 ……脚本だけでいうとな。

 脚本では、観客がジョニーを好きになる要因はナニもない。
 彼が「好人物である」というエピソードも台詞も、なにもない。
 あるのはただ、常識的に見てどれほど彼がひどい人格破綻者であり社会生活不適応者であるか、ということのみだ。

 救いは、このひっでー役をやっているのが、すずみんだということ。

 ジュニーの言動はどれもこれもひどいもので、いつも怒鳴ってばかりなんだけど、そこに「かわいげ」がなければならない。
 ほんとうは彼が「いい人」で、「わざと悪ぶって」「あえてひどい言い方をしている」んだということを、演じなければならないんだよ。

 脚本以外の仕事をしなければならないの。
 ただ台詞を言って、決められた演技をしているだけではダメなの。この脚本のままじゃ、ジョニーはただの卑劣漢だよ。

 すずみんは、すずみんらしい細やかさで、きちんと演技しているのだわ。
 最悪な脚本なのに、ジョニーを卑劣漢にしない。
 かわいい大人の男にしている。
 
 ええ、あちこちで客席にウインクとばすくらい、余裕綽々でチャーミングに演じているよ。
 あーもー、救われた。
 この役をやっているのがすずみんでよかった。他の余裕のない下級生が、いっぱいいっぱいでただ台詞を書いてあるまんまに叫ばれたりしたら、きつかったろーなー。

 笑顔きらきらで演じてこそのジョニー。
 一点の曇りもない「スタァ」な笑顔と存在感があってこそ、この下劣な男は「チャーミング」になるんだよ。
 豊かな表情、過剰なまでの表現力、手加減ナシな姿がいい。

 脚本に書かれている性格が最悪だということを除けば、ジョニーはセレブでハンサムで、口もたつうえにケンカも強いという完璧な男。いろんな意味で瞠目してしまう派手なスーツを着こなしたすずみんの「二枚目」ぶりを堪能できてたのしい。

 だってさー、すずみんが御曹司役だよ? それだけでもう「キターーッ!」って感じじゃない?

 なにがすばらしいってあーた、ヨットに自分の名前をつける男だよ?
 マストに「Johnny」って名前の入ったヨットでデートされた日にゃあ、腰砕けるね。
 もー、かわいいったら。

 主役の役割が半端でなく重いのは、今年のバウの特徴なのかな。
 主役は出ずっぱりで喋りっぱなし。
 そしてジョニーは性格もやっていることも最悪なので、役者を嫌いだった場合、見ていてつらいかも。
 女の子に向かってひどい言葉を投げつけて、傷つけて笑っている姿とかを見て、役者を嫌いだった場合は悪い方へしか受け取れないかもな……それだけが心配。なにしろ脚本がひどいから。
 すずみんを好きなら、見ても損はない。彼のきらきら笑顔を見ているだけでたのしいぞ。
 ただ、嫌いだったら絶対見ないこと。作品は駄作だから、心おきなくスルーしてヨシ! わざわざ見て「あの主人公ムカつくー!」とか思わなくていいから。

 ああ……わたし的にいちばんのツボは、パリのシーンでのデュエットダンス!!
 すずみんの表情がいちいちツボだー(笑)。

 と。

 すずみんGO! GO! だけで文字数使い切っちゃったわ。
 他の感想はまた翌日にでも。


 お願いします。
 無意味なカーテンコールはやめてください。

 前回の宙組新公でカーテンコールがなくてほっとしていたのに、今回の月組新公ではあった。

 しかも、タイミングからいって最初から予定されていたんじゃないかと思う。

 カーテンコールってのはふつー、拍手が鳴りやまないから再び幕を開けるものでしょう?

 拍手ははじめからほとんどなかったし、そのわずかなものさえ消えかけてるのに、幕が上がったんだよ。

 公演が終わって、あまりの拍手の少なさと、観客が早々に席を立って帰路につくのを見て、ほっとしたんだ。ああこれなら、カーテンコールはありえないな、よかったよかった、と。
 ただ、一部の人たちだけが、ささやかに拍手を続けていた。固まって坐っているらしく、一部の方向からしか聞こえない拍手だ。それも遠慮がちというか、「ものすごくよかったっ、興奮が止まらないっ」て感じじゃなくて、なんかおどおどと小さな音が小さくまとまって聞こえている。
 ああ、FCの人か、大変だな。こんな雰囲気の中でも、がんばって拍手を続けなきゃならないんだ……と、同情したさ。

 そしたら幕、開くんだもの。
 びっくりしたよ。

 舞台には、ちゃんと並んだままの出演者たち。
 幕が下りたからこれで終わった、感激を分かち合っていました、てなふうもなく、整然と並んでいる。
 思いがけないカーテンコールの場合、幕が開いてからわたわたと一列に並んだりするんだよね。まさかまた幕が開くとは思ってないわけだから、それぞれ袖に戻っていたりしてさ。

 そっか……カーテンコールやるって、プログラムのうちだったんだな。
 出演者たちはそれを知っているから、ちゃんと並んだまま待っていたんだ。
 でも拍手が消えそうになったもんだから、あわてて開けたのね。予定を消化するために。

 
 宙組新公はカーテンコールがなかった。予定されていなかったから、ほんとうに拍手が鳴りやまなくならない限りは、なかったんだろう。

 じゃあどうして月組新公は、予定されていたの? 『エリザベート』だから? わけわかんねえ。

 
 お願いします、無意味なカーテンコールはやめてください。

 ほんとうに素晴らしいものを観たら、いくらでも拍手します。
 感動したら、それを表現しますから。てゆーか、頼まれなくても拍手しちゃうよ。スタオベでもなんでもやりますから。

 だからどうか、それに値しないものに対して、強要するのだけはやめてください。

 カーテンコールが「お約束」になっちゃったら、ほんとうに感動したとき、どうすればいいの。
 ライヴであることに、誇りを持ってください。
 観客は、舞台を映す鏡です。
 映画でなくテレビでなく、ナマである誇りを。

 頼むよ……涙。

 今回のカーテンコールは、すごく感じ悪かった……。
 FCの拍手合戦、カーテンコール合戦も好きじゃないけど、そのFCの拍手すらかなしいほど少なかったのに、それでも幕を開ける「プログラム」のひとつであったということが丸わかりで、さらにものがなしい。

 『エリザベート』でさえあれば、観客は涙を流して大絶賛すると思ってたのかな。カーテンコールやスタオベが起こってあたりまえだと? だから最初から、オケやスタッフにも「カーテンコールやります」って通達してあったのかな。

 その傲慢ぶりが虚しい。
 最近の劇団のカンチガイぶりを如実に表している気がして。

 出演者はがんばってたよ。
 でもそれは『エリザベート』が特別なわけじゃない。
 どんな駄作だって、出演者はがんばっているさ。それが新公だ。

 なのに『エリザベート』だから「ありがたがれ」ってか。やれやれ。

 
 さて、その新公『エリザベート』、フジコちゃんの話しときましょー。

 本公演でフジコちゃんがどーして黒天使じゃないの、と思っていたら、新公で黒天使でした。
 しかも、マデレーネ。
 びっくりだ。そんな配役だったのか(ちょっとは勉強してから観ましょう)。

 マデレーネ、こわっ。

 皇帝陛下、そんな女に誘惑されるなんて、マニアック過ぎます。

 と、思うくらいには、こわいマデレーネだったな……(笑)。

 動きはきれいなんだが、いかんせんカオとスタイルが……ゲフンゲフン。

 黒天使でオトコマエに踊ってくれているときの方がかっこいい。
 ああフジコちゃん、あと10cm背が高かったらなあ。イカス男役になれていただろうに。もしくは二回りくらい、カオが小さかったらなあ。美しい娘役になれていただろうに。

 今のフジコちゃんのイロモノぶりも、好きなんだけどな。

 そーいやマダム・ヴォルフのコレクション、ついつい「新公のタチアナは誰かしら」と思って視線をそちらへ向けてみたら(マデレーネ見るのに忙しくて、あとはあまり見ていないのだ)。

「タチアナはダイナマァイト☆」
 という歌でポーズをキメているのが、美夢ひまりちゃんで、ぎゃふんなキモチに。

 た、たしかにダイナマイトだ。ある意味で、これ以上なく。

 ……ほんとに、何年経っても痩せないね、ひまりちゃん……。ころころしててかわいいけどな(笑)。

 麻月れんかくんは黒天使で、さりげなくいいカオで踊っていた……ああ、やっぱあのカオ好みだー。


 思ったこと。

 濃いさららんは、後ろからすっ転ばしたくなるが、マギーは濃くてもなんとも思わない。

 そっか、マギーは濃くて当たり前なんだな。ぜんぜん違和感ないや。
 て、ゆーかさ。

 エルマーってのは、いつからこんな濃い役にっ?!(笑)

 月組新人公演『エリザベート』行って来ました。
 トート@もりえ、エリザベート@まだ研3なりたてのねねちゃん、という力技な公演。
 そういやわたしは、『エリザベート』の新公は、初演の雪組以来はじめてなのだわ。この間の花組のときとかも、こんな略し方してたの?

 構成悪っ。

 『エリザベート』って作品は、省略が難しいんだってことが、よくわかった。
 某虚匠の大作とか、演出悪すぎの大作『ファントム』とかは、新公ぐらい省略しちゃった方が風通しが良くていいのに、てなもんだったが。
 『エリザベート』は省略しちゃうと興ざめする。テンション下がるしつなぎも悪いし、きびしいなあ。演出家のせいなのかしら?
 雪組のときはシーンの省略があるのみで、変な蛇足解説はなかったし、そもそも休憩挟んでの2幕構成だったからなぁ。別物だから比べちゃいかんのだろうが、なんともつらい演出になってたわ今回。

 なにしろ、プロローグがないし。
 びっくりしました。ルキーニが出てくるだけで、あとはそのままシシィ登場。トート閣下は? 主役はいつ出てくるの??
 あのプロローグがないと、どれだけ盛り下がるか、痛感したよ。

 仕方ないことなのかもしれないが、大勢口で盛り上げるシーンが軒並みカットになっている。ちまちましたシーンのみでつながった『エリザベート』……盛り上がらないってそんなの。

 もちろん、多少構成が悪くても制限があっても、出演者に力があれば、ひっくり返せる。比べてすまんが雪エリザ新公なら、この構成でもなんとかしてしまったと思う。なにしろトート@トウコ、エリザベート@美里ちゃんという布陣だ。今でもありゃあどえりゃー新公だったと思う。

 新公初主演で「歌手」という札のついていないふたりが主演するのは、そりゃあ大変でしょう……なにしろ『エリザベート』だし。
 ほんとに、全編「大変だなあ」「がんばれよー」で覆い尽くされてました。うん、よくがんばった。

 しかし……トートより手に汗握った「大役」はルキーニ@ひろみちゃんだよねえ?
 ストーリーが省略されまくってるから、「解説」しなきゃいけないし、派手なシーンが軒並みカットで盛り下がっているのをひとりぼっちでナレーションだけで盛り上げて、次のシーンにつなげなきゃならないんだもの。
 うっわー、きっつぅ……が、がんばれひろみ、負けるなひろみ。ゆら組長も応援しているぞ。客席で立ち上がってポーズとってくれるくらい、応援してくれてるじゃん、がんばれー(笑)。

 ひろみちゃんは噛みまくり、台詞が出ないのか変な間をときおりすこーんとかっとばしながら、それでも活き活きと演じていました。どんなに失敗しても(ほんとに、どんなに、だわ。たくさんしていたわ)、めげることなく「ルキーニ」のままつなげていく「しょー・ますと・ごー・おん」な精神に感心しましたよ。
 そう、失敗ぐらいで素に戻ってはいかんのだ。反省はあとでもできる。今は、今すべきことを誠心誠意、全霊をあげて行え。
 前向きな姿に好感。

 新人公演ってのは、こうでなきゃね。
 技術は二の次、とにかくがんばること。

 いちおー、ある程度のレベルはクリアしていたんじゃないですか?
 うまくないけど、椅子から落ちるほどのこともなかったし。この学年の及第点ってやつ? それは大丈夫だったんじゃないかと。
 それよりもただひたすら「がんばったね」という感想が先に出るよ。

 ただ、こういった「力のある作品」の場合、「通常の新公」の枠を超えたサプライズがあることがある。作品のパワーがその役者の通常の枠を超えた力を引き出してしまい、おっそろしい感動の波が起こったりするんだ。
 作品がもともと10の枠しかなかったら、ほんとは20の力を持っている役者も、10の力しか出せないじゃん。とくにキャリアの薄い新人の場合ね。
 ところが20や30の枠を持った作品なら、いつも10しか知らない新人でも「えっ、まだ上を出していいんだ?」てなもんで本人も知らない能力を解放したりするんだよ。

 それを期待していたんだが……なかったな。
 10の力をもともと持っている人たちは、素直に10の力でがんばってました。作品の力は20以上はあったと思うけど……誰も「未知の能力」を解放することはなかったね。
 おとなしく及第点。

 ところでいちばん実力があるのって、龍真咲っすか?

 この人ひとり、めちゃ余裕だったんですが。

 歌がうまいことは知っていたけど、ほんとにふつーに余裕にうまかったぞ。
 歌も演技も存在も。

 ただ、ちと声量ありすぎ? ルドルフ@真咲とトート@もりえだと、ルドルフ声でかすぎ(笑)。トートの声を消しちゃイカンよ、受キャラのくせに(受に見えませんでしたとも!)。

 あとなんといってもエルマー@マギーの安定したうまさと濃さ(笑)。
 エルマーっていつからこんな役になったんだ? 二枚目の青年貴族じゃなかったのか? 濃いとゆーか強いとゆーかくどいとゆーか。
 キャラが立ってます。愉快です。

 
 トートは力不足・華不足・存在感不足といろんな課題を山積みにして、いっぱいいっぱい。エルマーよりもルドルフよりも弱そう……ゲフンゲフン。
 シシィはとにかく若くて若くて若くて、それ以上を求めるのも酷だよな、というかわいらしさ。
 あ、でもねねちゃん、歌はどんどんよくなっていった。たった2時間足らずの間に。そうとも、若いんだからこの経験を吸収してくれ。まだ表情の数が限られていて、いつも同じ八の字眉毛のこまったカオをしていたのが印象に残った(笑)。
 だからなおさら、昇天のときのかわいい、さっぱりした笑顔がすがすがしい。……演技じゃなかったかもしれんが(笑)。
 フランツ@めおちゃんは……とりあえず、素顔はあんなにきれいなのになあ。なんでかなあ。背も高いし、スタイルもいいのになあ。なんであんなに舞台では透明人間なんだろう……。

 なんでこの面子で『エリザベート』なのかな、と思うよ。
 『エリザベート』は、「枠を超えたサプライズ」を期待できる作品なのに。役者の潜在能力まで引き出せるかもしれない作品なのに。
 ポテンシャルの高さのある人に、やらせてほしかったよ……守りに入らないでさ。ねねちゃんの抜擢は、それを期待したのかもしれないが、それならトートは別の人にさせるべきだった。どっちも素人じゃ支え合うこともできないじゃん。

 いっそ、マギーか真咲にトートをやらせたら、大化けしたかもしんねーのになー、と、心から悔やまれる。
 『エリザベート』という「作品」がね。

 や、もりえちゃんに含みはないすよ。「作品」についてだけの勝手な言い分さ〜〜。


 さて、『第91期宝塚音楽学校文化祭』の話、つづき〜〜。

 今回舞台を観て気になった人はふたり。

 ひとりは、のぞみちゃんに似ている……という気がして、目が追ってしまったわ。
 ええ、月組の高温度男、楠恵華ですよ。彼に似ている子がいて、わたしの目は釘付け。
 しかも、ただののぞみちゃんじゃないですよ。
 のぞみちゃんを、「端正に」した感じ。
 白い王子様風持ち味の楠恵華がいたら、こんな感じかしら。いや、そんな持ち味だったら、すでに楠恵華ではありませんが(誉め言葉)。

 端正なのぞみちゃん……王子様なのぞみちゃん……うっとり。

 そしてもうひとりは、持ち味のくどさが、目について離れない。やたらアピールしまくるしなー。すごいなー。派手だなー。
 カオの感じはミユさん+のぞみちゃんって感じ。……えっ、ここでものぞみちゃん?!

 舞台で目立っていたふたりの男が、ふたりとものぞみちゃん似だなんて。
 ひょっとして、時代は今「楠恵華」?!

 すみません。
 たんにわたしがのぞみちゃん好きだから、彼に似た男を捜してしまうのでしょう。
 似ている、と思ったのもわたしだけかもしんないし。他の人の目には、他の人に似て見えたかも。

 ああでも、幸福だったわ。
 白い美形ののぞみちゃんと、イロモノまっしぐらなのぞみちゃんを見られて。

 のぞみちゃんにくらくらしているだけで、男たちはおなかいっぱい。

 すばらしいのは娘たちの活躍。
 ダンスばかりが記憶に残る文化祭だったんだが、このダンスで活躍しているのが娘たちなのよー。男たちは印象薄いのよー。

 目を引く美人は残念ながらあんましいないよーなんだが、踊り出すと水も滴る美女・美少女がうようよ。
 わたしゃダンスのうまい下手はさっぱりわからんのですが、見ていてわくわくする感じ。ほえ〜〜、と口を開けている間に終わるというか。

 大柄な娘役さんでとてもうまい人がいたんだが、個人的にはその人ではなく、小柄で小気味よい動きをするお嬢さんが好みだったな。

 ダンスシーンはいつもセンターが娘役だったよーな……なんか新鮮だ……。

 ダンスがたのしい分、ものすごいのは、歌。

 な、なんなんや、これは。
 今年は大変なことになってんだなあ……。
 チャーリータイプなのかしら、ダンサー系の人たちって。

 いや、歌だけでなく芝居も、ものすごいことになってたな……。

 まさに学芸会だった……(笑)。
 いっそすがすがしいやね。

 文化祭の意義を考えてしまう、そんな芝居だった。

 音楽学校の文化祭って、どーゆーポジなんだろ?
 文字通りの学芸会? そのへんの小劇団クラスの料金を取っているのだから、ふつーに商業演劇に近い公演?
 純粋に、生徒の勉強の場? もしくは勉強成果の発表の場?
 それとも、多少はエンタメ的な意味アリ? つまり、「お客を楽しませる」という目的はあるの?

 わたしはこれまで、文化祭はそれらすべてを兼ねていると思っていたの。
 タイトルとしてあげている通り「文化祭」、生徒の勉強と発表の場であり、この直後から芸能人になる彼女たちのプレお披露目を兼ねた「ビジネス」としての公演。
 だって、ふつーのヅカ公演を観るノリで、たのしい催しだったから。

 でもひょっとしたら、チガウのかも。
 ほんとにただの「文化祭」で、商業価値なんか考えてないのかも。所詮ただの学芸会なのかも。

 と、思った理由が、芝居。

 たしかに今年の出演者たちははてしなく学芸会テイストで、微笑ましくも素人臭かったけれど、彼女たちの問題ではないんだわ。

 作品、最悪。

 なんなの、この同人誌みたいな話。

 趣味で書いた小説を自費出版しました、無料で知人に配っています、みたいなノリの作品でした。
 商業誌には載せてもらえないよ、アレは。
 お金を出して買ってもらえないことが、わかりきっているもの。

 中学校の演劇部がやりそーな話だったわ……。

 原作があるのか、作者のオリジナルなのかは知らないけど、そこにあるのは、作者の自己満足のみだった。

 「物語」として盛り上げようとか、観客をたのしませようとかいう気は一切なし。
 その話を書いている自分に酔っている。
 ちょっとエスプリの利いた、洒落た小品、のつもりなんだろーなー。さりげなく「深い」物語だと思ってるんだろーなー。
 「純文学」のつもりなんだろーなー。

 おもしろいのは書いているあなただけで、見ている方はおもしろくないですから!
 退屈なだけですから!

 「観客の目」を意識しないで、「観客の心」のためになんの努力も工夫もしないで、自分のやりたいことだけやった作品なんて、ただの「日記」ですから!

 もちろん、どんなに作者の独りよがり作品であっても、役者に力量があれば、観客を感動させるところまで持っていける。穴だらけでも破綻はしていない話だから。……破綻以前に平板すぎてほころびさえ意味がない、ちゅー気もするが。

 演技巧者たちがやるなら、アリだろうよ。
 しかし今は、「文化祭」だ。
 まだプロの役者として正式デビューしていないヒヨコたちが演じる、という前提の場だ。

 そこで何故、「作者自己陶酔純文学」をやる?
 観客のことなんか、まったく考えてないよな?
 舞台レベルなんかどーでもいいんだな?

 つまりそれは、所詮これは「学芸会」だから、「舞台」としてのおもしろさとか見せ場とかは問うなってことよね。商業演劇じゃない、学校の文化祭なんだ、って。そのへんの高校の文化祭行って、「プロの舞台に比べて、素人臭いわ」と言わないよーに、ここでも言うなと。
 そーゆーことだな?

 去年と一昨年は、そんなこと思わなかったから、びっくりだ。
 「勉強とその成果発表の場」と、「商業演劇」を適度にミックスしていた。
 ふつーに「物語」を楽しんだし、まんべんなく出番や役を振られた「生徒たちの姿」をも楽しめたよ。

 ……大変だったね、91期生のみなさん。
 まだ学生なのに、こんな見せ場も盛り上がりもない日記みたいな作品やらされて。
 下手さがより目立っていたよ……誤魔化しようがないもんな……。

 やっぱりわたしは嫌いだと再確認したよ、太田哲則。にっこり。

 
 来年の芝居の演出家は誰かなあ。
 作家の力量と姿勢もまるっと見えて、すげえたのしいなあ、文化祭(笑)。


 朝、駅に向かって歩いているとき、西の空に虹が出ていた。
 何年ぶりだろう、虹を見るのは。

 とゆー、花組公演発売日。
 ここんとこ少しばかりチケ運がめぐってきたわたしは、無事に希望のチケットを買うことができた。
 樹里ファンのCANちゃんに、千秋楽チケットを譲ることもできたし。
 ただ、5時起きで並び初挑戦のもずえさんが、望みのチケットを買えなかったことが心残り。すまん、本気の樹里ファンにチケット購入優先権を譲ってしまったので、もずえさんには譲れなかったよ……次はいい抽選券を引けるといいね。

 
 さて、今年も行ってきました、『宝塚音楽学校文化祭』。3年目ともなると恒例って感じっすね。

 仲間たちには「青田買いがんばってね」と送り出されました。
 青田買い? はて、わたしは青田買いに行くのかしら。
 わたしの過去の青田買いっつーと暁郷ですか? 89期文化祭のレオタード姿を見て、「この子、男だからいいけど、女としては人生つらそう……」と思ってしまったカオとガタイ。以来、ずっと目について……という?
 アレって青田買いだったのか……なんかチガウ気がする……。
 89期文化祭のときは、純矢ちとせくんがいちばん好きだったんですが……若者は顔が変わるねえ。今ちとせくん丸すぎて、男の子に見えないっすよ……。
 89期はなんかキャラの立った人が多くて、初舞台が日本物のおかっぱ姿で口上だったにもかかわらず、見分けのつく子が何人もいて愉快だった。
 90期ではなんといってもれのちゃんの美貌に釘付けだったな。あとは探さなくても見分けがついてしまう、独特のカオをした愛原実花。他にもいろいろ興味を引いた子がいたけれど、初舞台公演ではぜんぜん区別がつかずしょんぼり。
 こんなんで、青田買いしているのか、わたし……?

 
 タカラヅカの楽しみ方のひとつは、「役者の成長を見守ること」。
 貪欲なわたしは、タカラヅカをさらにたのしみたいのだ。
 若いころから知っている子が多ければ多いほど、感情移入できて人生がたのしくなる。
「樹里のことは初舞台から好きだったのよ。電車が同じだったんだもん。電車で見かけるたびに『がんばれ』って心の中で応援したわ」
 と、ご近所さんならでは発言をするCANちゃんのよーに。名もなき下級生時代から知っていると、心深く応援できる。

 そしてなんといっても、一生懸命な若者を見るのが好き。
 「一生懸命なんて、かっこわるい。本気じゃない方がかっこいい」という風潮が蔓延するこの世の中で、掛け値なしの本気、なりふり構わない一生懸命を見せてくれる子たちが好きだ。

 つっても、公演的におもしろくなけりゃ、金を出してまで観に行こうとは思わんが。
 文化祭はふつーに「エンタメ」としておもしろい。
 これでもかと盛りだくさん、高カロリー。
 短い時間で「タカラヅカ」を全部見せてくれるんだよー。日舞や楽器演奏、コーラス、芝居やダンスも。ミラーボールもくるくる回るぞ。

 ふつーにたのしいから好きよ、文化祭。

 
 プログラムはいつも、バウホール下の音楽学校生が手ずから売っているところで買うことにしている。きらきら一生懸命な目で見つめてもらえるのが好きだから。
 が。
 なんてこったい、今年の子はよそ見をしながらプログラムを手渡し、目を見て挨拶をしてくれませんでした。ええっ、礼儀を重んじる音校生がコレか? 本屋のアルバイト学生と同じレベルの接客態度か……。
 こーやって若者の品位は下がっていくものなのかしら、これが時代ってやつなのかしら、と哀しくなりつつ、階段を上がる。
 他の若者がどうあれ、そしてプライベートがどうあれ、公的な場所でのタカラジェンヌの卵には、やはり礼儀正しく誠実であってほしいのよ。

 バウホールの入口前はお仕事中の音校予科生と、取材陣でごった返している。テレビカメラを避けつつさっさと入場してしまおうと、いったん鞄を床に置き、チケットを取り出す。
 ちょうどそのとき、今まさにテレビカメラを向けられているはずの音校生がひとり、すすすっ、とすり足で走り出した。
 ほえー、両手はびしりとカラダの横、すり足でで走ってるよ、ペンギンみてー。
 と、感心していたら。
 その音校生は、まっすぐわたしのところへやってきた。
 ななな、なんですかっ?!
 びびった。
 彼女はわたしの足元にひざまずき、なにかを拾うと、「落としました」と、それをわたしに差し出した。
 あ、ありがとー……しどろもどろで受け取る。うわ、中日劇場の半券だ……まだ鞄に入れたままだったんだな。
 わたしの目は思わずテレビカメラをチェック。よかった、こっちを向いてない。
 その音校生はまたすり足で、すすすと元の位置へ走っていった。

 彼女のお仕事は「来賓受付」、3人で直立不動の人形のよーに立っているうちのひとり。
 なのに、客がなにか落としたのを見て、走り出てきたんだ。
 すごいわ、さすが礼節を重んじる音校生。
 プログラム売り場でのかなしみは、ここで払拭された。
 小柄な娘役さん(わたしからすりゃ、大抵小柄か……)でした、ありがとう。

 
 わたしが観たのは、文化祭初日の最初の公演。
 だもんで緊張感はあっても盛り上がりにはちと欠けた。
 89期のとき、はじめて観たのが最終公演だったもんで、そのときの印象がある身には、ちょっくら物足りない気はしたな。

 でも、ちゃんとたのしかったよ。

 日舞からヴォーカル・コンサート、芝居、最後にダンス・コンサートと演目の温度が上がっていくのがいいよね。
 おごそかにはじまり、躍動で終わる。
 恒例のこの流れは好き。

 文字数ないから、続く〜〜。


 最近、誰かと握手をしましたか?

 挨拶の儀礼的握手ではなく、「同志よ!!」という、魂の叫びの握手です(笑)。

 先日わたしは、そーゆー握手をしました。
 バウで『くらわんか』を観たあと。

 もずえさんのお友だちの誠さんと、もずえさんそっちのけで盛り上がったのですよ。

「腐女子とは本来、ヲタクから発生したものであり、妄想系とはまったく別モンですよね」
「生徒萌えと作品萌えは別ですよね」
「寿美礼ちゃんって、総攻と鬼畜は基本スキルですよね」
「やっぱ攻キャラはいいですよね」

 などとゆー会話ですな。

 「受」「攻」「萌え」が飛び交う、大変美しい会話でございます。

 気の毒なもずえさんは、ひとり黙って鶴を折り続けていました。
 ご、ごめんよもずえさん、アナタにわからない話をえんえんえんえんしてしまって。

「キャリエール×エリックは、基本ですよね」
「花エリザ東宝では、フランツに鬼畜入っててよかったんですよ」

 気の毒なもずえさんが折る鶴の数はみるみるうちに増えていく。
 ご、ごめんよもずえさん、アナタにわからない話をえんえんえんえんえんえんえんえんしてしまって。

 
 ところで、握手。

「そーいや少し前に流行った、受攻度判定みたいなヤツ。わたしは攻寄りのリバでした」

 と言えば誠さんが、

「私もです!!」

 光る目と目。
 わたしたちは、がっつり握手をかわしました。

 リバですよ、ワンダホーですねっ。
 人生2倍たのしいですよ。
 しかも攻ですよ。
 人生3倍ですか。
 うははははは。

 
 そして。
 気の毒なもずえさんは、鶴を折り続けるのだった……。

 
 P.S. ほんとのとこわたしは、自分を受子ちゃんだと思ってるけどなっ。


 本日はバレンタインだが、だからといってなにがあるわけでもなし(笑)。
 チェリさんからいただいたチョコレートを開けてみる。もらったのはエリザ初日に会ったときだけど、やっぱバレンタイン当日に開けなきゃねー! と温存しておいた。
 甘いモノが得意でないわたしは、チョコレートはほとんど食べられないんだけど、眺めるのは好き。チョコってかわいいんだもの。目で堪能するのだ。食べることもできる装飾品を眺めるハート。

 毎年ケロちゃんに贈っていたけど、今年から贈れなくなってしまった。贈る相手がいなくなったから、と仲間たちにチョコをくれたチェリさん。
 ……なんか、切ないね。

 ケロちゃんの代わりに、ありがたーくいただきます!

 さて、『バイオハザード4』でコントローラの握り過ぎで微妙に親指が痛かったりするんだが(まだ古城にいるよ……死にまくってるよ……)、中日『王家に捧ぐ歌』の感想つづき。

 鳩ちゃんと目が合いまくった午前公演のあと、それ以上チケットを持っていないわたしはサバキ待ち。
 お茶会ラッシュだという三連休、サバキはほとんどなくて、待っている人がいっぱい。午後は午前よりさらに品薄だ。
 いよいよ手に入らなくて、サバキ待ちにつきあってくれていたkineさんに先に中へ入ってもらい、わたしひとりでさらに待ち続けた。もともと1回観られればそれでもヨシだったわけだし、オペラグラス忘れてきたし(最近前方席でしか観てないから←傲慢発言!)、思い出を胸にひとり早々に大阪に帰ろうかな、とか思いつつ。
 間際になってGET、しかもオペラなしでも見える席だー、やったー、あたしって強運? と、浮かれて劇場へ入ると。

 無人になったロビーに、しいちゃんがいた。

 わわわわ。
 思いがけない接近遭遇!!
 そうか、ぎりぎりだからジェンヌさんがいるんだ。彼女たちは観客の混乱を避けるために開演ぎりぎりに客席に着くから。
 しいちゃんと、みっこさんがいました。ふたりで座席表を見ながら、席を確認している。
 わたしはしばらくぼーっとしいちゃんを眺めている怪しい人になってました。うわー、しいちゃんだー、あいかわらず派手な顔……てゆーか、化粧濃い……どーしたんだ、しいちゃん、その気合いの入り方は。

 しいちゃんとみっこさんが客席へのドアの向こうに消えてから、わたしもあわてて別のドアから中へ入った。
 入れないよ、同じドアからなんて!!
 そんなことしたら、しいちゃんの後ろを歩くことになってしまう。ファンとしては、そんなおこがましいことはできませんて。

 にしてもわたし、めちゃくちゃ幸運? あのサバキ待ちの人数のなかで、まっとーな席をGETできただけじゃなく、しいちゃんにまで会えちゃうの? チケットが手に入らなかったら、しいちゃんにだって会えてないんだよぅ。ぎりぎりだったからこそ、接近遭遇だよぅ。kineさんは2階席だから、ひょっとしたら1階席のしいちゃんには気づかないままかもしれないし。
 天下一のピュアしいちゃんファン・サトリちゃんに、わたわたと事実だけの1行メールを送る。しいちゃんがいつ中日に現れるか、気にしているはずだから。

 客席はジェンヌさんがやってきたときのあのざわめきに満ちていた。しいちゃん、スターなんだねえ。あちこちで「しいちゃんが来た」って話してるよ。まあ、星組のみの認知度かもしれないが。(こらこら)
 とほほなのは、わたしの隣の席のおばさま方。「しいちゃんが来た」と話しているのはいいけど……「しいちゃんが、お付きの人と一緒に来た」っていうのは……一緒にいたのは、お付きの人じゃなくてみっこさんです……そりゃ地味めのメイクだったけどさー。

 なにはともあれ、わたしにとっての最後の『王家に捧ぐ歌』。さすがにもう名古屋までは行けません。

 ありがとう。
 会えてうれしい。
 大好き。

 感謝と幸福感でいっぱい。

 
 この作品を好きであること、キャラクタを好きであることを噛みしめながら、ファラオ@チャルさんの美声に酔いしれました。……やっぱいちばんすばらしいのはチャルさんの歌だよなあ。「聞け〜〜!!」とか言われると、「ははぁ〜〜っ」ってひれ伏したくなるもんなー。
 あとアモナスロ@ヒロさんのかっこよさが上がってたのもすごいよなー。戦場でのアモ様、かっこよすぎ。槍使いってのは派手でいいよなあ。

 ワタさんと檀ちゃんの並びだと、わたしの目はついつい檀ちゃんにばかり注目してしまうんだが、それにしてもやっぱ檀ちゃん、ダンス下手(笑)。デュエットダンスにリフトが追加されていたけど、心から「しなくていいから、そんな汚いリフトは!」と思ってしまう。あれじゃワタさんもつらいだろ……。

 それにしてもワタさんって、でかいよねっ。

 中日劇場がますます小さく見える。
 大劇場でも、大階段の中央にひとりでポーズ決めて立ってるとき「大階段小さっ」と思わせてくれる、我らがワタさん。
 そう。

 中日劇場ごときでは、湖月わたるには小さすぎる。

 たしか前に中日に来たときも思ったな。

 ハマコには、中日劇場は小さすぎる。

 ……ワタルと、ハマコか。
 最強だな。

 
 にしてもわたし、めちゃくちゃ幸運? と、チケ運に浮かれていたわたし。
 翌日、友会から届いた花組チケットを見て失速。

 来ましたよ、2階6列目が!!

 ふふふふふ。
 そーよね、わたしのチケ運なんてこんなもんよね。


 「ひとりで行くには遠すぎる。だって寂しいんだもん!」な名古屋行き、今回の同行者はkineさんでした。

 そのkineさんと、行きのアーバンライナーでいろいろ話していて、何故か映画の『タイタニック』の話になった。

 そこでkineさんの名言。

「『タイタニック』のヒロインの婚約者って、嶺恵斗が演じそうな役ですよね」

 爆笑。
 大ウケにウケました!

 『タイタニック』のヒロインの婚約者。
 悪役の中の悪役。
 傲慢で卑劣で小物。
 いいとこひとつもナシ! 同情の余地ナシ! ええい、この卑怯者めっ。ボーフラ並の小物めっ。

 日本人が好きな「美形悪役」なら、もっと筋が通っていて、どんなに「悪」でもどこかいいところや共感できるところがあって、暗い過去だとか傷があって、「あの男も、ほんとうは被害者なんだわ」とか「ほんとうはいい人だったのよ。どこかで道を違えてしまっただけで」とかゆーもんなんだが。

 さすがアメリカ映画、見事な悪役ぶり(笑)。
 「悪」というより「卑劣」さが際立っていて、ヘタレ感5割り増し!!

 そうだよなあ、嶺恵斗に演じて欲しい役だよなあ。
 ハンサムでセレブな、卑劣で下劣な、ケツの穴の小さい男!!

 
 えー、今さら言うのもなんですが、わたしもkineさんも、嶺恵斗くんが大好きです(笑)。

 
 好きだけど、中日公演『王家に捧ぐ歌』のケペル役は、見事に自爆していると思うの。

 失敗の理由はひとつ、元キャラまんまを演じようとしているから。

 元のケペル……親友ラダメスにラヴラヴな、まっすぐで迷いのない熱血漢。
 なにしろ感情表現がストレートだから、なんでもそのまま顔に出る。
 怒りや悲しみに素直に翻弄されるが、それでも自分の役割や立ち位置を見失わない男。
 人一倍傷つくけれど、それでもちゃんと自分で立っていることのできる男。

 それをそのまんま演じようとして。
 恵斗くんがやっているのは、「ヘタレて泣いている男の子」だ。

 
 最初のウチはいいんだよね。「軍人」として迷いのないケペルは、ふつーに二枚目でいられるから。恵斗氏は恵まれた容姿ゆえに、立っているだけで見栄えがする。

 問題は、1幕の終わりから。
 親友ラダメスの変心にショックを受けるところから。

 恵斗ケペルは、べそをかいてる子どものよーになってしまう。

 ぶっちゃけ、表情が汚いんだわ。

 顔、くしゃくしゃ。
 たしかに「ショック」の表情であり、「慟哭」の表情であるんだろうけど。
 「最強国エジプトの武将ケペル」の表情じゃない。

 幼すぎる。

 クールな顔、ニヒルな顔は得意なのにね。
 泣きの顔は、ここまでダメダメなのか……。

 元々の持ち味と、「がんばって元キャラと同じ表情をしよう」としているところが、ものすごくちぐはぐだ。
 心の動きもキャラ立ても、元キャラまんまであることを求められているせいなんだろう。
 元キャラのコピーをするはずが、技術が足りていないゆえに、盛大に自爆している。

 ケペルはヘタレててもいい役っちゃーいい役だけど、「大人の男」であるうえでよ?
 ママに叱られた坊や、になっちゃダメなのよ?
 「ラダメス、なに言ってんの? そんなのボク、聞いてないよ、うわーん!!」じゃこまるよー。

 初日明けに観たときよりさらに、ヘタレ度が増していたんだよね。
 役に入れ込んでいるせいだと思う。
 ケペルとしての心の動きが深くなっているから、余計に大きく泣いてしまうんだと思う。
 そしてその泣き顔は、かなしいかな美しくない……。「役者」の顔じゃない……。

 月影千草先生の言い方を借りれば、「ケペルの仮面をかぶりきれていない」のだわ。
 そこで泣いてるの、ケペルじゃなくて「嶺恵斗」自身でしょ?

 圧倒的にキャリアが不足しているんだから、仕方ないけどね。
 「自分の仕事をちゃんとこなしている」恵斗くんしか見たことなかったから、自爆している姿を見ておどろきました。

 
 と、ここまで言いたい放題言っておきながら、だ。

 ガキんちょケペルも、ソレはソレでたのしくていいぞ、っと(笑)。

 表情と感情の流れ、キャラ立てがめちゃくちゃで、一貫性がないところが、味になっている。
 時折とても「黒い」のに、つつくと「わーん、ママぁ」てな顔で泣き出す男。
 このヘタレ男、ちょっとここへいらっしゃい、一発張り倒していいかしら(笑)、て感じが、よいではないですか。

 それこそ、『タイタニック』の悪役氏のよーに。

 
 エチオピア・トリオも同じよーに失敗してるのに、エジプト・コンビがOKなのは、何故か。

 もちろん、わたしが恵斗氏を好きだから、多少の失敗も微笑ましいわ、てな意味合いもあるが。
 それだけじゃなく、エジプト・コンビの方は、片割れのメレルカ@みらんくんがきちんと成功しているために、ケペルの自爆ぶりが「味」になることが可能なんだと思う。
 ふたりそろって自爆されたら、きつかったろうけどねー。ひとりだけなら、いいコントラストになるよ。

 メレルカはひたすら男ぶりを上げ、ケペルはヘタレていく、と(笑)。

 キャラが立っていいじゃないですか(笑)。

 
 ほんとにもー、役者の個性に合わせて、演出変えてくれりゃーいいのになー。
 かっこいー嶺恵斗のケペルも見てみたかったよ……。

 
 中日『王家に捧ぐ歌』、サウフェ語りのつづき。

 アレ、サウフェじゃない。

 だってちっともヘタレてない。弱くもない。狂気もない。
 ふつーに強そうでかっこいい、きれーな男の子だった。
 文官だなんてとんでもない、もともと兵士なんだわ、きっと。剣の達人だったりするんだわ。
 この子だったらべつに、エジプト兵に※※されてなさそう。だって健康的な少年なんだもの。嗜虐心を刺激しないわ。シマリスくんを前にしたときのアライグマくんの気持ちには、ならないわきっと@古くてすまんな、『ぼのぼの』ネタだ。

 つまんない……あんなにキャラがはっきりしていたエチオピア・トリオは、みんな似たりよったりのキャラになっていた。
 ウバルドは薄くおとなしく王子様らしくなり、カマンテとサウフェは武人設定。3人が3人とも、愛国心と復讐に燃えるかっこよくて強い男たちかよ……。
 しょぼん。

 ウバルド@まとぶんは大変だなあ。自分とキャラのかぶる子をふたり後ろに従えての孤軍奮闘。ラダメスの恋敵、ではなく、脚本通りの戦う王子様なだけに、難しいよなあ。薄く地味なキャラになっているのは、カマンテ・サウフェとキャラがかぶってるせいもあるよなー。
 まとぶんはもともと正統派の白い二枚目さんだとわたしは思っているから、薄かろうがどうしようが、王子らしさと端正さをこのまま大事にしてほしいよ。

 カマンテ@ゆかりちゃんは、キャラ立て以前に、技術がぜんぜん足りてないんじゃないかと思い、愕然としたわ。
 ゆかりちゃんがうまい人なのかどうか、美貌に目がくらんで、まったく判断ついてなかったんだもの(笑)、今までずっと。
 ひょっとして、かなり下手?
 清十郎様のよーに、持ち味にぴったりな役ならいくらでも余裕で演じられるけど、引き出しにない役はダメ?
 表情が数種類しかないらしく、カマンテになっていない。歌もものすごかった……音はずしたまま、どこまで歌うのかとうろたえたわ。途中で強引にぶっちぎったわね(笑)。
 たんに経験不足なんだと思う。磨けばいくらでも光りそう。今は下手でもいいよ。このままキャリアを積んでいい男になってくれ。

 サウフェ@しゅんくんは、なにがやりたかったのか、わたしにはまったくわからなかった。役を理解していない? なんでそこでサウフェが膝をつくのか、わかって膝をついてる? そういう演出だからとりあえず膝をついてますって感じに見えるんだけど。
 こちらもニンでなかったということかな。可憐な外見に反して、けっこー骨太な男なんだねしゅんくん。
 別人キャラを意識して作っている風でもないしな。すぐに膝をつく演出はそのままだし。ひどくアンバランスだ。演出は大劇時代と同じよーにヘタレ系なのに、演技は気の強そうなかっこいい若者、というのが。
 ゆかりちゃんと配役逆でもよかったかなあ。カマンテ@ゆかりは泣きすぎだし、サウフェ@しゅんくんは強すぎた。
 しゅんくんは美しいうえに実力もある、将来がたのしみな男の子。今この役ができないからって、まったく問題はない。何度でも壁にぶつかって、そのたびいい男に脱皮していってくれ。

 てゆーか、ほんとに「再演」なんだなと思ったよ。
 せっかく役替わりしているのに、嘆息しちゃうほど、元公演の演出にこだわっている。
 役者が変わったんだから、その個性に合わせて別キャラにしちゃってもいいだろうに、なにがなんでも元のキャラのまま再演するのね。
 キムシン、自信満々なんだろーなー。元公演が「パーフェクト」だから、「なにひとつ変える必要はない」と思ってるのかしら。
 元公演のコピーが観たいわけじゃないのに。

 進化した姿が、観たいのに。

 カマンテもサウフェも、「中日バージョン」にしちゃえばよかったのよ。

 ゆかりカマンテなら、とびきりクールに。
 それこそ、なにがあっても表情ひとつ変えない氷の男に。
 徹底して無表情なのに、激しいウバルドと同じ行動を取るの。

 しゅんサウフェなら、純粋な少年に。
 若さゆえの潔癖さで怒りに燃える少年。幼い彼が、子どもの正義感でテロへ走るのは、とても痛々しく映るだろう。

 「本役のコピーでお勉強」なんてのは、新人公演でやらせとけ。

 せっかくの「再演」なんだから、さらにおもしろくなったカタチを、「新しい可能性」として見せてくれよ。
 役者が変わるたびにわざわざ別作品創ってみせる、オギーのよーに。

 
 元の役コピーなのは、エチオピア・トリオだけじゃない。
 エジプト・コンビもそう。

 元のキャラまんまコピーしようとして、大失敗しているのが、ケペル@嶺恵斗(笑)。
 キャリアは伊達じゃないな、成功しているのが、メレルカ@みらん。

 元キャラは、陰と陽でいうなら「陽」の持ち味の役者たちが演じていた。
 だが、中日では「陰」のふたりが演じている。

 そこで、文字通り実力による明暗が分かれてしまった。

 みらんくんは、ほんとにうまい人なんだなと再確認した。
 キムシンは本来あて書きの人で、主要スターのキャラに合わせた役をうまく割り振ってくれる。
 メレルカは、元役のれおんくんのキャラに合った役。きらきらした青年将校。人生挫折ナシ、これからもエリートコースまっしぐらな若き武将。

 みらんくんは、れおんくんより「暗い」味を持つ。「重い」ともいうな。
 その「暗さ」と「重さ」を持ったまま、新しい「メレルカ」を作り上げていた。
 つまり、「若く傲慢な、毒のある青年将校」だ。
 エリートコースを歩いてきた若者の、明るさと強さ、傲慢さがしぶく光っている。
 つまり、かっこいい。
 主役的なかっこよさではなく、あくまでも「主役の友人」としてのかっこよさ。
 表情豊かに笑い、憤りもするけれど、そこにはいつも「強さ」がある。
 元キャラの「体育会的明るさ」ではなく、「エリート軍人の明るさ」だ。
 メレルカってのは、こーゆーキャラ立てもアリなのか、と感心した。
 元キャラまんまをやっていながら、自分の持ち味で勝負している。

 その横で気の毒なのが、嶺恵斗。
 えーとね。

 かなしいくらい、幼いですよ、ケペル。

 ママに叱られて泣き出した子どもみたい。
 元キャラのケペルと同じことをやろうとして、失敗してるのね。ケペルって感情が激しすぎて、びーびー泣いてる男だったから(笑)。
 でも、ただ泣かれてもこまるんだよなあ。大人の男なんだから。

 恵斗くんの引き出しに、ない役なんだろー、ケペル。
 黙っているとき、演技していないときには、意味もなく黒い表情をしていたりする。もともとの「陰」の持ち味が作用して。
 でも、「さあっ、今からケペルの演技するぞっ」てなときには、途端顔をくしゃくしゃにして子どものよーな顔をするのだわ。

 つーことで次はケペルの話。

 続く〜〜。


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