あの人は、やさしい人です。
 頼りがいがあって、思慮深くて。行動力にも富み、勇敢です。
 私が国を出る覚悟を決めたのも、あの人がいたからこそです。

 再会したときは、うれしかった。
 運命だと思いました。
 祖国をあとにし、困難な闘いに身を投じようとしていた。そんなときに、あの人と再会したのです。
 あの人はいつも、道を指し示してくれます。
 私が暗闇の中で膝をついてしまったとき、あの人が導いてくれるのです。

 あの人は、光です。

 強く、美しく、清廉で……だが……これは仲間たちにも言っていませんが、私はあの人に背徳の艶を感じます。
 いいえ! あの人が私になにか仕掛けたとか、そういうことではありません。あの人は、私に触れようとはしなかった。
 あの人からは、誘惑されているような、抗いがたい力を感じていました。その力に屈した私が一歩を踏み出すと、あの人はなにもかもわかっているかのように、するりとすり抜けていくのです。

 そして私はさらに、あの人を追ってしまう。

 祖国の独立、現政権の打倒、なによりも諸悪の根元ともいえるあの美貌の皇后の呪縛から解き放たれること。
 それらは私の悲願であったはずなのに、ときに混乱する。わからなくなる。
 本当にこれは、私の意志なのか?

 のばした私の手に添えられた、青白い手。
 その手が指し示したものを、私は必死に得ようとしているだけではないのか?

 あの人はたしかに男性ですが、ときどき迷います。
 女性だと思うわけではありません。
 男だとか女だとか、そういう有り体の枠を超えた、言葉では表せないなにかを感じるのです。

 あの人は、人間ではなかったのかもしれません。
 いつの頃からか、あの人は私たちの前から姿を消しました。
 だけど、いつもあの人の意志を感じました。街角であの人の姿を見たような気もしました。私はすっかり年を取っているのに、あの人は出会った頃と同じ、美しい青年の姿のままでした。

 宿敵であったはずの皇后の息子、若き皇太子が私たちの前に現れたのも、偶然だったとは思えません。そこには、あの人の導きを感じました。
 ナイーヴで理想主義の皇太子は、息をのむほど皇后に似ていました。彼もまた、あの人に魅せられたひとりなのかもしれません……私と同じように。
 皇太子が誰もいない部屋で、たしかに誰かと話しているのを聞きました。あの人と話しているのでしょうか。

 そう、私の胸にあったのは、嫉妬かもしれない。
 もう私には姿を見せてもくれないあの人に、今現在導かれている皇太子に対し。
 あの人がもっとも執着した、今もまだ執着しているのかもしれないあの皇后そっくりの青年に。

 この皇太子では、革命は為せない。わかっている。
 それでも皇太子にかしずき、彼を扇動するのは、あの人の意志。あの人がのぞんでいる。それがわかるからです。
 今、立ち上がる。長年の悲願、祖国のために……たしかに私自身の意志であるはずの闘い。私の意志だった、はずの。
 わからない。
 私が欲したものは、なんだったのか。

 時が流れ、年老いた私の前に、あの人が現れました。
 出会った頃……私が血気盛んな若造だった頃に見た姿のまま。
 年老いた元革命の闘士の元に、美しい神が舞い降りた。

 あの人は、やさしい人です。
 頼りがいがあって、思慮深くて。行動力にも富み、勇敢です。
 ……それらはみんな、私自身が求めた、私の姿。私の夢。
 あの人は、私自身がなりたかった私になって、私の尊敬を集め、私を利用したのです。

 ウィーンのカフェで、「新しい時代をこの手で今掴み取ろう!」と民衆と共に意気をあげたあのとき。
 中心にいたのは、あの人です。私ではない。革命を!と叫ぶのは私であるはずなのに。私は民衆のひとりでしかなかった。
 すべてが、あの人の意志。

 それでもあの人は、やさしい人です。
 こうして今、私を迎えに来てくれた。
 受けた銃弾が元で動かなくなった片足を引きずりながら、私は両手を伸ばし、あの人のもとへ行く。
 その抱擁を、接吻を受けるために。


          ☆

 記憶に残っている、いくつもの『エリザベート』、何人かのエルマーを思い起こしてみても、現在の雪組『エリザベート』のエルマー@ひろみちゃんはかなり特異なタイプだなー、と思う。

 エルマーだけにとどまらず、シュテファン、ジュラも含めて、今回の革命家トリオ、弱すぎ。
 こいつらじゃ、絶対革命なんて起こせない。
 公演を重ねるごとによくなってきているとはいえ、やっぱり弱すぎてどーしよーもない。

 でも。
 だからこそ、おもしろいんだよな。

 ひろみちゃんのエルマーは、弱いぶんとても繊細だ。
 ルドルフとかなりかぶるところがある。

 彼はもうひとりの「ルドルフ」なのではないか? ってくらいに。

 ナイーブで美しい、理想主義の青年。
 魂が潔癖であったがゆえに、汚濁を含む現実ではうまく生きられない……。

 トートはシシィに対しては異次元生物全開の気持ち悪い愛情表現しかしていないけれど、エルマーやルドルフに対してはくすぐったくなるほど「甘い顔」をして見せている。
 「人間」がどういう「飴」を求めているか知っているんだ。
 そしてソレを、与えてやることが出来る。
 ……のに、愛するシシィにだけはソレをしない、つーのがまた萌えなんだが。

 トートの異次元生物感が際立っているからこそ、カフェでの「奇遇です」「どうぞ我らのお仲間に」が嘘くさくて、たのしい。
 エルマー、アンタ絶対騙されてるって! その男、やさしいふりしてるだけだから! 逃げて〜〜!!(笑)

 水くん×ひろみちゃんって、すげー美しいカップリングだよなあ……しみじみ。

 革命家の弱さは、トートを際立たせるための計算か。
 ただの傀儡にしか見えない、埋没する地味さ、力のなさ。
 トートに翻弄される、力無き人々カテゴリ。
 今回のトートはとっても化物なんで、彼とのコントラストとして、革命家たちの姿は「正しい」のだろうと思うよ。


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