「しいちゃんはいつ、大人になったんだろう?」

 ……『My dear New Orleans』観劇の帰り、nanaタンと話していた。

「しい様が、かっこよすぎる」と。

 「しいちゃん」というお子ちゃまな呼び方ではなく、崇拝を込めて「しい様」と呼んでしまうよーな、そーゆーかっこよさだ。

 いったいいつから、そんなことになったんだろう?
 しいちゃんはいつでもしいちゃん、太陽過ぎて安心過ぎて、危険な情事より「お友だちでいましょう」な健康優良児だったじゃないか。
 

 何度も語っていることだが、わたしとタカラジェンヌ立樹遥との出会いは、『ラヴィール』のロケットボーイからだ。

 しいちゃんはぴかぴかの若い男の子で、きらきらしていた。

 風はまさに彼に向かって吹いていたときで、次の公演『ノバ・ボサ・ノバ』では新公主演、本公演では「この役をやった人はトップになるのよ」と前夜祭でOGに言われるほどの、ドアボーイ役。
 次の『バッカスと呼ばれた男』では新公で美形悪役、本公演は抜擢されはじめた音月桂と共に王子様(領主の息子)役。
 さらに次の『凱旋門』で大役、トップスター・トドロキ様の恋敵、彼からトップ娘役を取る役だ。

 トップ路線の若手として、しいちゃんは快走していた。……最初は。

 わたし的に、しいちゃんのつまずきは、その大役『凱旋門』のアンリ役だと思っている。

 トップスターと渡り合い、彼からトップ娘役を奪う役。
 大人の男。……トド様より大人で、安定していて、ぐんちゃんがトド様を捨てて走る、そーゆー役。描き方によっては2番手が演じてもおかしくないよーな役どころ。(比重は低いので、もちろん2番手の役ではありえないが)

 ぜんっぜん、できてなかった。 

 無理に大人を演じようと背伸びして、お化粧変えて、いっぱいいっぱいになって空回っていた。

 トド様ともぐんちゃんとも演技が噛み合っているよーに見えず、しいちゃんだけすごく代役っぽかった。
 ……実際、ほんとはかしちゃんの役だったわけだから、代役っぽいのも力不足なのも仕方ないんだが……そして、かしちゃんもトド様たちと対等に渡り合えてなかったから、ほんと役が難しすぎただけなんだけど。

 あきらかに「できてない」役を見せられたあと、しいちゃんの歩いていたコースは、変わってしまった気がした。

 アンリ役でついた変な癖……それまでの「きらきらしいちゃん」にはなかったいびつさを持ったまま、『猛き黄金の国』があり、『愛燃える』があった。
 そして、『猛き黄金の国』ではキムが新公主演をし、彼の勢いがよくわかるよーになる。『愛燃える』から壮一帆が雪組に加わり、路線スターとして壮くんを押したい思惑が見えはじめる。

 キムは若すぎるため、今すぐ番手のあるスターに、という意志は感じられなく、「まず新公で地固め」という感じだった。
 だが、新公を卒業しようという学年の壮くんは、「かしげの次の番手」にしたい、バウ主演もさせたい、という風が強く感じられた。

 花組からやってきた壮くんは、「アンリを演じる前」のしいちゃんに、似た輝きと、涼やかさを持っていた。
 もちろんキャラも持ち味もチガウんだが、「雪組」として、番手スターに置きたいのはこーゆー子なんだな、と納得させるだけのカラーを持っていた。

 壮くんに押し出される形で、星組へ組替え。
 ふつー組替えしたら優遇されるもんなんだが、なんと組替え先では下級生の真飛聖の下に配置された。

 もう、路線ではない、と。
 宣告された。

 ……よく、辞めずにいてくれたと思う。
 大抵のジェンヌは「路線」と呼ばれたコースから外されると(外される気配があると)、退団してしまうものだから。

 下級生の壮くんに押し出され、下級生のまとぶんの下に置かれ、さらに下級生の柚希礼音に追い越され。

 立場が、立ち位置が変わっていく中で、しいちゃんの持ち味は、舞台上のキャラクタは、けっこー迷っていたと思う。

 本来のしいちゃんはきらきら太陽キャラだ。ぱーっと輝くお日さまだ。

 本来、いちばんその輝きで成長し、ファンも増やすべき時期に、身の丈に合わない役を全霊を挙げてやりすぎて、停滞してしまった。
 本来はお日さまなのに、月とか陰とかを求められ、本来は若者なのに大人を……おっさんを求められ、咀嚼できなくなってしまった。
 もともと器用な人ではないんだろう。
 できないならさらりとかわして、その役のときだけ身を潜めていればいいのに、本来の自分を見失うくらいがんばりすぎてしまった。

 もう、なにも知らなかった頃のきらきら青年には戻れない。それに、きらきら青年ポジには壮くんが入ってしまったし、さらに若いキラキラ少年ポジにはキムが入ってしまった。
 同じきらきら若者路線では、居場所がない。しいちゃんは、大人になるしかない。だけど。

 大人にならなければならないからって、簡単に大人になれるのか?

 たしかにもう、ロケットボーイやっていたときの無垢な輝きはないものの、本来の持ち味、魂のカタチってのは、あとから簡単にどうこうできるできるもんぢゃない。
 どっちつかずのまま、星組へやって来て。

 れおんくんと組まされることによって、必然的に「兄貴ポジション」を負わされることになる。
 きらきら若者だけど、年長さん。兄貴。

 太陽属性は変わらないから、悪役はできない。いい人役は得意。年長のきらきら笑顔のおにーさん、で落ち着き掛けたときに、汐美真帆退団、彼が担っていた「大人の二枚目系立ち役」という役目が、しいちゃんの肩に掛かる。

 や、だから、大人は苦手なんだって。しいちゃんはフェアリーだからトシ取らないし。彼は永遠の青年なのよ?

 最初のうちは試行錯誤……ってゆーか、ぶっちゃけ足りてなかったでしょう? 「立ち役」として。

 だけど、そのときの星組で、求められているのはこのポジション、この役割。
 雪組から異動になったとき、しいちゃんのいた場所に、しいちゃんが失った持ち味を持った子が入ったように。組に求められている役割を果たすことの出来るモノが、そのポジションを得られることは、周知の通り。

 素は美しい女性が老人の役をやるタカラヅカだから、大人が大人らしいわびしさを持たなくても許される。「大人」じゃないのに、大人の役をやり、「しいちゃんってやっぱ若いなあ」と、それでも愛されてはいた。

 しいちゃんの魅力のひとつは、「大人にならないこと」だった。

 いつまでも青年。いつまでも青春。いつまでも、太陽。

 ロケットボーイで彼に出会ったわたしは、「かわいい年下の男の子」として、しいちゃんはダイスキでずっと特別だけど、ある意味「恋愛対象」ではなかった。
 かっこいい~~、きゃ~~、と思いはしても、それはテレビのアイドルに対するような感覚で、大人のわたしがリアルに恋をする対象ではなかった。

 や、ジェンヌは架空の存在なので、リアルにどうこうっつーのも変だが。そのへんの揚げ足は取らないで。

 しいちゃんは変わらないのだと、わたしは思い込んでいた。
 
 これだけ立ち役を求められてなお、『フェット・アンペリアル』のウィリアムをそのまんま演じられてしまうような、永遠の青年なんだと思っていた。


 それが、どーしたこった。
 永遠の青年が、大人の男スキーなわたしの恋愛対象にはならなかったあのしいちゃんが、立樹遥が、今、大人の男だ。

 ダイスキ、で済んでいた、きらきら太陽の若者が、ときめき焦がれる対象である、大人の男になっている。

 太陽キャラであることは、ショーを見れば明らか。
 それでも、太陽でありながら、それだけではない魅力を得ている。

「しいちゃんはいつ、大人になったんだろう?」

 今、彼の卒業を前に、それを考える。

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