『ベルサイユのばら-オスカル編-』初日感想箇条書き。

・かずきそらが小公子……!! いやその、新公オスカルなんだからおかしくはない。ない、が……「かわいこちゃん枠」「美少年枠」に彼がいることに慣れない。
・印刷技術の進歩に心からの拍手。現代ってすごいね。あの大きさの印刷ができるんだね。>オスカルイラスト
・まぁくんとヲヅキふたりの銀橋ソングの破壊力……っ。まぜるな危険、このふたりをこんな風に歌わせちゃダメ……っ!
・かなめ様は、どうしてこのビジュアルで歌かうまくないんだろう……歌さえマシなら、どんだけ……!
・オスカルの姉妹たち……役がないゆえにけっこー上級生の役と化しているこの5姉妹たちの、年齢設定が、さらに下がっていた!
・アンドレがはじめてジャルジェ家にやってくる……ときでさえ、けっこうひどい年齢設定なのに、それよりさらに7年前。オスカルが生まれる前って……。
・せーこちゃんが絶賛幼児プレイ中。
・「今にも赤ん坊が生まれるから大変!」と駆けつけてきたばあや@一原さんを呼び止めて、えんえんどーでもいい話を繰り返すジャルジェ将軍@汝鳥様に、相当イライラ。ばあやは産婆も兼ねてるの? そうでないとしたって、早く行ってあげなきゃいけないだろうに……。ジャルジェ将軍の身勝手さ、空気読めなさにイライライライラ。
・よーやくばあやがジャルジェ将軍を振り切って隣の部屋に入るなり「おぎゃあおぎゃあ」「生まれたーー!」 って、ばあや、なんにもしてねえ……!
・ジャルジェ将軍、出ずっぱり+ナレーション。説明台詞の嵐。
・子オスカル@モンチの、衣装の謎。
・なんちゃって軍服……? 現在すでに近衛兵で大尉様であるオスカルが、「軍服をイメージして作ったコスプレです。ミャハ♪」みたいなおかしな服を、わざわざ自宅で何故着ているんだろう……。
・てゆーかオスカルの精神年齢低すぎ。そして、悪いけどジャルジェ将軍、太りすぎ、おじーさん過ぎ。剣がうまいようにも現役の軍人にも見えない。
・てゆーか、オスカル様、いつ出てくるの……?
・1場面過ぎ、2場面過ぎ、3場面過ぎ……ジャルジェ家のどーでもいいどたばた、きんきん声の応酬が続く。
・ねー……オスカルはいつ出るの? アンドレもまだ出ないよー? もう説明台詞とカーテン前飽きたー。
・長い長い説明台詞で、ジャルジェ将軍はジェローデルは、将軍が選んで付けた、オスカルのお目付け役だと語る。
・えええっ?!
・で、オスカルが近衛隊から衛兵隊に移るので、「次はアンドレがお目付け役」と説明。
・オスカルは、12歳で軍人になってから30過ぎの今まで、ずーーっと親の庇護のもと、「軍隊ごっこ」をしていたらしい。
・オスカル、ひとりだちしてなかったんだ……。大人のつもりでふるまっていたけれど、全部父親がお膳立てした箱庭の中だったんだ……。
・王宮の飾り人形レベルぢゃないなー。社会人ですらなかったとは。
・どーでもいいけど、1幕はじまって20分後に、よーやくオスカル登場ってどうなの。(思わず時計見た)
・1幕は1時間。タイトルロールの主役が、3分の1出てこない……?! それまではえんえん、ジャルジェパパのカーテン前説明台詞って。
・朗読劇「ジャルジェ将軍の苦労とは」。←苦悩ぢゃなく、苦労。愚痴。
・アンドレ@まぁくんの脇役感に、違和感。
・なんせジェローデル@かいちゃんと同格。近衛隊ではジェローデル、衛兵隊ではアンドレ。ジェローデルもカストルとポルックス主張していいよコレ!
・オスカル編ってこんなだっけ……? アンドレってここまで脇役でいいの?
・衛兵隊は腕まくりなし。全ツであった点呼もなし。つまらん。
・りくくんに目が行く。かっけー。
・アラン@ヲヅキが、おっさんだ。
・そうか……ヲヅキも年を取るんだね……ちょっとショック。
・オスカルとアランの一騎打ちが、さらりと、そして違和感なく決着がついた。すごい! テルキタならではのあうんの呼吸? 大抵この一騎打ち、「手順丸見え」で見ていて痛々しいのに。
・ブイエ将軍@すっしーここで登場って新しいな。
・着任当日に三部会の警護って……大変ねー。
・ロザリー@みりおん登場に、耳がよろこぶ。ようやく……ようやく、うまい歌が聴けた。
・「オスカルは今、モデルになってるのよ」……えっ、三部会の警護に「即刻」行ったんぢゃないの?! ケガしたアランとか、衛兵隊士だけ働かせて、自分は絵のモデル?!
・画家が若返ってるのに、なんの意味が?
・ルルーうぜえ。←脚本のせい
・ベルナールは歌えないとキツイんだよなあ……。群衆のセンターでソロが出来る人でないと、役割を果たせない。
・それはともかく、ベルナール@ちーちゃんかっけー。
・って、ちーちゃん、そのモミアゲはいったい……?!!(笑)
・なにごともなかったかのように、三部会場面。へ? 命令受けて、家でパパのお誕生会やったりモデルやったりしてたんだよね??
・わたしのカンチガイ? 命令のあとすぐに三部会場面だった? 「出動」→「ホームドラマ」の流れに椅子から落ちかけたんだけど?
・つか、三部会場面うぜえ。議員たちはまだいい、衛兵隊の家族たちがうざすぎる。
・「少しでも早く」←
・ジェローデルの「マドモアゼル、あなたの前で卑怯者になれない」発言の、順番がチガウ!!
・ジェローデルまだプロポーズしてないよね? あくまでも「元部下」よね? 上官に対して「マドモアゼル」?? やだこの改悪許せない!!
・ジェローデルは、自分を振った女のために、「謀反人として処刑されてもかまわない」とまで覚悟を決めて、兵を退くのよ?!
・これじゃ、恩を着せたあとでプロポーズする卑怯者になっちゃうよ!
・「オープランタン♪」の歌は、今が人生の春、という少女たちの歌であって、子持ち中年女性の歌じゃないっっ。
・ジャルジェ家の人々が最悪すぎる……。いつもだけど。
・よーやくアンドレのターン。ここまで脇役でいいの? 2番手じゃないヲヅキが役替わりで演じるから、比重を落としてるの? コム姫の「オスカル編」では特出トップスターの役だったからちゃんと準主役だったよね?

・ペガ子、キターーーーっ!!

・ペガ子すごい、マジすごい! 歓声というか、溜息漏れたぞ!
・あーゆー動きするとは思わなかった。

・惜しむらくは、乗っているオスカル様のテンションが低いこと……(笑)。
・コム姫はやけくそみたいな満面の笑顔だったなー……。遠い目。
 『ベルサイユのばら―オスカル編―』初日観劇。

 観終わったあとに、箇条書きでメモしてたんだけど、ツッコミどころが多すぎて書き切れず、一幕で力尽きていた(笑)。ムラから乗換駅まで30分かかるんだけど、電車着いちゃったのなー。乗り換えたあとは坐れなかったから、端末出せなかった。
 だもんで、2幕の感想メモは残ってない。

 1幕よりも、2幕の方がひどかった印象。

 2幕がはじまって、アンドレ@まぁくんが戦死するまで、同じことしかやってなかった。

 つまり、「パリ進駐は危ない、とんでもない、やめて!」って話を、毎場面毎場面、繰り返してた。
 最初のうち、数えてたの。何回同じこと言うんだろうって。
 途中でわかんなくなった。数多すぎて。

 でもって、爆笑したのが、「ジェローデルの噂」。

 パリ進駐命令が出て、オスカル@かなめくんは衛兵隊隊長としてパリへ行くって言ってるのに、隊士たちは信じない。まあ、なんて信頼関係のない人たち。
 で、その信じない理由のひとつとして、「ジェローデル大佐が、オスカルに求婚するという噂がある」。

 噂って……!!

 オスカル、初耳。
 まだそんなこと、当のジェローデルからも、命令するジャルジェ父からも、カケラも聞いてない。
 なのに、噂。
 先に、噂。

 で、オスカルは結婚するから、パリへは行かないんじゃないかってさ。
 なにこのアホアホ展開。

 寝耳に水のオスカルは(そりゃそうだろう)、「貴族とか関係ない、わたしはひとりの人間だ!」とか、なんか原作の台詞寄せ集めの演説ぶって、お涙頂戴話にもっていって、盛り上がっている。
「隊長……っ!!」「(涙)……!!」

 ……という展開も、観ていて相当がっくりきてるんだけど。
 問題は、そのあと。

 みんなが「フランスのために!」と壮大な決意で盛り上がっている中、アンドレひとりが、「オスカルが結婚……?!」と、大ショック。
 人の話、聞いてねええ!!

 オスカルと衛兵隊の会話も、相当アホで脱力失笑もんだけど、それでもみんなが一丸となってるなかで、個人的なことしか考えられないって、どうよ?

 しかもだ。
 ここからいつもの毒殺モードに入るのよ。
「このアンドレがオスカルをもらう。オスカルを殺してでも……!!」

 噂だけで、毒殺!!

 オスカル自身、結婚の「噂」はまったく知らなかったし、否定してパリへ行くって言ってるのに。アラン@ヲヅキたちはそれを信じているのに。
 アンドレひとり、なーんも聞かないで自分ひとりの枠にこもって、出した答えが「他の男に盗られるくらいなら、殺す」。

 こわい。
 この変質者、こわすぎる……!!

 ……すみません。
 爆笑しました。
 声殺すの大変。

 噂がある、ってだけで、殺人宣言だもん……。

 オスカルも大変やなー。本人の責任ちゃうやん、そんなの。まだ求婚もされてないんだから、断ることすら出来ないし。

 この作品、アンドレの比重がとても低い。
 アンドレ、ジェローデルが同格になっている印象。
 てゆーかさー、オスカルの「近衛隊歴」と「衛兵隊歴」を比べると、衛兵隊歴の方が長いわけでしょ。その長い間、「オスカルを陰で支える役目」がジェローデルだったってことは、ジェローデルの方が「カストルとポルックス」じゃね?
 なんでここまでアンドレを落としているのか、わかんない。
 や、わかるとしたら、「役者の格」のこと。

 植爺は役者の格をとても大切にする。お気に入りの専科さんが演じるならば、それに相応しい出番と見せ場と豪華な衣装を用意する。作品の内容も、物語の流れも関係ない。大切なのは役者の格。
 だから端役にすぎなくても、格式ある専科さんには無意味に豪華な衣装と何行にも渡る無意味に長い台詞を用意する。
 物語的におかしくても、スターの演じる役は、無意味にファンファーレを付けたり豪華衣装だったり出番と台詞を水増ししたりする。
 豪華な衣装と長い台詞が、役者のステイタスだからだ。

 今回アンドレ役は、2番手ではないヲヅキも演じる。そんな生徒に「歴代トップスターが演じたのと同じ比重の役」はやらせられない。そんなことをしたら、歴代トップスターに失礼だ。
 役者の格がいちばん大事、作品も物語もどーでもいい、役者の格に合わせて、アンドレの比重を下げよう。

 そして、ジェローデル役の比重を上げることで、アンドレとジェローデルの2役を演じるまぁくんへ配慮。

 そういうことなのかなと思った。

 それ以外で、「ジェローデルがジャルジェ将軍の命で、幼い頃よりオスカルを見守っていた」なんて設定にする意味がわからない。

 そして、ラスト場面。
 バスティーユで劇的に落命したオスカルに、アンドレの声が聞こえ、立ち上がって見回すと、ガラスの馬車に乗ったアンドレが……!!
 という、定番演出。

 これは鉄板だと思ってた。
 タカラヅカの『ベルばら』の鉄則。
 フェルゼン中心バージョンでない、バスティーユで終幕する場合、アンドレがガラスの馬車で迎えに来る。
 実際ガラスの馬車なんてプゲラ過ぎて、お約束を理解しているファン以外はどん引きか爆笑、ネタとしていじられるだけの演出だと思ってるけど。
 でも、いい悪いじゃなく、これがお約束なんだと思ってた。

 2006年のコム姫版『オスカル編』だって、ラストはガラスの馬車だった。
 だから、「オスカル主役バージョンだから、ラストはオスカルひとりなんだ」というのは通用しない。

 やはり、アンドレの比重を下げるためとしか……。

 出番も少なく、「カストルとポルックス」もジェローデルに取られ、「噂で殺人未遂」と、いいとこなしのアンドレ。

 その上ラストシーン、アンドレ無視かよ?!! と、目を剥きました。

 うん、ごめん、爆笑した。
 オスカル様が、アンドレのことなんか眼中にない、ひとりでしあわせ! とイイ笑顔でいるラストシーンに。

 そっかあ、アンドレなんか、いらないんだー。

 よかったね、ひとりでしあわせになれて!!
 うざかったんだね、あの暗いストーカーが。


 …………『ベルばら』ってこんな話ちゃうやろ。

 とにかくひでーよ。
 『ベルサイユのばら―オスカル編―』は、いつもの植爺らしい、ひどい作品。
 雪組全ツ『ベルサイユのばら-オスカルとアンドレ編-』はやっぱ、植爺以外の人が監修したんだね。同じ人がやってこうはならないわ。雪全ツは奇跡。

 奇跡は滅多に起こらないからこそ、奇跡。
 前回の奇跡は2008年の星組全ツ『外伝 ベルサイユのばら-ベルナール編-』だった。その次がこの間の2014年雪全ツ。
 6年かかったんだね。
 んじゃあと6年は、奇跡が起こらなくても仕方ないね。
 溜息。


 今回の『オスカル編』、本編ももちろんひどかったのだけど。

 わたし的にいちばん許せないのは、フィナーレだ。

 素朴な疑問なんだけど、植爺って、タカラヅカが嫌いなのかな?

 世界でも類を見ない、未婚女性だけで構成された劇団。
 男役と娘役に分かれ、ふつうに男女の芝居やダンスをする。

 それがタカラヅカだよね?

 なのにそのタカラヅカの基本を、植爺だけが無視する。否定する。

 「女性だけ」で演じることが前提なのに、えんえん男性の声を使ったり。
 100周年記念式典で、男性を踊らせたり。

 女性だけなんてダメだ、男の力が必要だ。
 そう思っている?
 男役なんて、所詮オンナノコのお遊び、本物の男にはかなわない。
 だから、本物の男を舞台で使う。

 や、男役は男役だからいいのであって、本物の男になってほしいとはわたしも思ってない。
 そうじゃなくて、なんつーかこう、「上から目線」で見下されている感じがするの。
 「女」ということを。

 男役と男が違うことなんか当たり前。
 男が出す魅力を、男役は出せない。
 そんなの当たり前。

 男そのものじゃないから、男役は下等、というなら、そもそも女性だけの歌劇団を運営する意味がない。

 本物の男にはない魅力があるからこそ、男役は素晴らしい。女性だけで演じる舞台に魅力がある。だからこそ、タカラヅカは多くの人々に支持されてきた。

 その「大前提」を、植爺は見下している気がする。
 だから、使う必要はどこにもないのに、舞台でえんえん男を使う。
 男性に歌わせ、喋らせ、踊らせる。
 「本物の男と比べたら、男役なんて、オンナノコのお遊びだ」と言わんがばかりに。


 と、ここんとこ疑問に思っていた、不満に思っていたことが、吹き出しました。
 『ベルサイユのばら―オスカル編―』のフィナーレで。

 トップスター凰稀かなめが、女として黒燕尾を着て踊る。

 ピンヒール履いて、胸を強調した着こなしで。

 タカラヅカの男役否定。

 わたしには、そう見えました。

 いやあ、ショックでした。
 わたしあれ、生理的にダメだ。
 キモチ悪い。

 かなめくんに罪はない。
 やらせたヤツが悪い。

 植爺があんな演出をするのは、「オスカルだから」でしょう?
 それもまた、吐き気がする。
 オスカルは、あんなんじゃない。

 男たちの間で、男たちと同じ服を着て同じように振る舞っているけれど、ことさら「女」を強調する。
 彼女が女であることは一目瞭然。女が男の真似をしてるんだ、所詮猿真似だね……作中でブイエ将軍が口にするのと同じこと。
 ああ植爺には、オスカルがこう映っているんだ。
 くねくね女を強調しながら、男と同じ待遇を要求する、カンチガイ女。女なんか所詮子どもを産む道具なんだから、おとなしく男の命令に従っていればいいものを、ナニをカンチガイして、片腹痛い。

 「オスカル」ならば、あんなキモチ悪い姿で踊らない。
 誰よりもオトコマエにストイックに、「男役」そのものに踊るはずだ。
 素の男役姿で十分、「タカラヅカのオスカル」たり得るはずだ。

 植爺はタカラヅカが嫌いなのかな。
 タカラヅカを否定したいのかな。
 「所詮オンナノコ」と見下したいのかな。

 そんな意識が透けて見える気がして、生理的に受け付けなかった。
 ぞっとした。


 あと、なんつーんだ、キャラの差もある。
 たぶんこれがまさおなら、ここまで拒絶反応出なかったと思うんだ。
 それがまさおくんの特異なところで、あの子ならナニやっても、「まあまさおだしな」と思えてしまう。
 彼はやたら若くてきゃぴりんしたイメージがあるからか、「オンナノコ」扱いも、きゃぴりんと楽しそうにやっちゃいそう。

 まさおもかなめ様も、落とす意図はまったくないですよ、念のため。個人的なキャライメージの話であって、たとえまさおであっても、植爺演出に憤ることは変わらない。

 しかし、かなめ様だと、特に違和感が大きかった。男役として恵まれた、美しいスタイルもそうだし、周囲の男たちより大きいこともそうだし。
 安易に「女」をやらせるのは……。

 それに、実年齢はともかく、とても大人びた人だから。

 OGに見えた……。

 OG公演であきるくらい観た、男役OGの「女性としての黒燕尾」。

 本場タカラヅカの本公演で、なんでOG公演みたいなものを見せられなきゃならんのだ……。
 ピンヒールで黒燕尾なんて、OGになってから出来るじゃん。つかみんなやってるじゃん。そんなの、OGになってからにしてよ。

 男役の凰稀かなめを見せろ。

 トップスターの凰稀かなめを見せろ。

 なんでこんな基本的なことに、憤らなきゃならないんだ。
 情けない。
 『ベルサイユのばら―オスカル編―』初日感想メモにも書いたけど。

 ヲヅキが大人になってしまったことが、ショックだった。

 わたしは、ヲヅキのアランが好きだった。
 あれは2006年。コム姫主演の『ベルサイユのばら―オスカル編―』。
 新人公演で、ヲヅキはアランだった。

 荒くれで、男気があって、ハートの熱いアラン。やんちゃさと頑固さが素敵にミックス。いちばんに感じられたのは、「人としての、誠実さ」。

 新公も良かったけれど、さらにさらに素敵だったのは、そのあとの全ツ!!
 主演水しぇん。
 アンドレがちょー勘違い男壮くんだっただけに、「オスカル、アランとくっついちゃいなYO!」と本気で思った(笑)。

 新公では誠実で恋愛感情のあまり感じられないアランだったんだけど、全ツではその誠実さに加えて、「ひとりの男としての艶」みたいなものも感じられたの。
 だから、オスカルと恋愛ENDの妄想も出来た。

 水しぇん相手で、あんだけ男らしくダーリンが出来る人だ。
 公式テルキタなら、どんだけ素晴らしいだろう。

 ヲヅキさんとかなめくんは、仲良しこよし。
 イイか悪いかはさておいて、ふたりの関係性は、宙組でも踏襲されている。

 アランはヲヅキのハマリ役。彼の彼らしい魅力を、存分に発揮出来る役。
 そのヲヅキの、得意だとわかっている役で、堂々と大好きなかなめくんを愛し、守ってイイんだよ。
 どんだけ素敵なアランを見られるだろう……!!

 そう、期待していたので。

 登場したアランが、……以前わくわくどきどきしたアランとは違っていたことに、肩を落とした。

 なんだろう……とても、大人になっていた。
 大人……おっさん?

 アランはオスカルより年下で、青っぽい男だ。好きな女の子をいじめてしまうよーな、子どもっぽい、素直じゃないところのある、かわいい男だ。
 だけどヲヅキのアランは、そんな青さはなく、落ち着いた大人の……おっさんだった。

 もう若くなくて、分別をわきまえた男。
 第一線を退いた、半分隠居入ってるみたいな、請われて現役に席だけ残してます的な。
 立ち位置が他の衛兵隊士たちとチガウ。リーダーなんじゃなくて、や、リーダーなのはたしかだけど、OBっぽいというか。

 チガウ……これは、わたしが見たかったアランじゃないし、そもそもアランってこうじゃない。

 ハマリ役、これぞアラン!! と盛り上がった過去の記憶がはっきりとあるだけに……。

 寂しかった。

 ヲヅキは、大人になってしまったんだ。

 もう若気の至りみたいな、はねっ返った男の子は演じられないんだ。

 役者にも、年齢はあり、時期はある。
 その年齢でしか演じられないモノが、ある。
 ヲヅキさんは若い頃から子役からおっさんまでいろいろ演じてきたけれど、役者としていちばんはねっ返っていた時代は、過ぎてしまったんだろうか。
 あとは大人の男役として、年齢やキャリアにあったモノを演じる人になるのか。

 アランという「若い」役で、こうまで大人であることに、彼の役者としての限界っていうか、「時期」を考えた。
 まあたぶん、ヲヅキさんは若い美形役とか、いかにもなスターさんの役をやる「欲」が欠けているように思えるからなあ。
 おっさん役、真ん中を支える役を、とても誠実に務める役者。
 だからこそ、花形役を与えられると、意識の違いが出て、「なんかチガウ」になってしまうのか?
 若い頃はそれでも、真ん中寄りの艶のある役が出来たのにね。トップスターに必要なキラキラはなくても、その横に立つに遜色ない、男の艶があった。
 それが学年と共にどんどん渋い方へ成長していった……真ん中寄りの艶ではなく、舞台を支える重鎮としての魅力を増した。

 ヲヅキさんは大好きな役者。
 スターというよりは、役者。

 彼の才能を愛しつつも、「スター!」っぽかった昔をなつかしく思う。

 せっかく今、昔よりずっと「スター!」な扱いになってるのに。
 昔よりさらに脇体質になってるって、どうなの。

 もっと欲を出して、真ん中意識持ってくれていいんだけどなー。
 それによって役者としてのヲヅキさんがどう変わるのか見たいよ。
 だってヲヅキ、新公主演もバウ主演も、ナニもしてない。「真ん中に立つ」「興行を支える」「自分の名前でその公演を売る」経験をしていない。
 それだけの責任を負った、覚悟を持った、ヲヅキを見てみたかった。

 今回のアランは、あまりにも「今」のヲヅキだ。
 脇役だ。
 自分の分を知り、わきまえた芝居だ。
 粛々と役目を果たす「大人」の姿だ。

 なんか、寂しい。
 『ベルサイユのばら―オスカル編―』、ジェローデルの描き方には、物申したい。

 奇跡の雪全ツ『ベルサイユのばら-オスカルとアンドレ編-』で、ジェローデルの人格が守られていた。オスカルに対し終始敬語、暴力を振るうこともない。
 それはよかったし、今回の『オスカル編』でも引き継がれていた。

 でもさ。
 致命的な失敗をしてる。

 プロポーズの、順番。

 原作では、

1.プロポーズ
2.アンドレの毒殺未遂
3.「身を引きましょう」
4.「たとえ謀反人と呼ばれても」

 の順番。
 ジェローデルが貴族らしく男らしく、正攻法でオスカルに求婚。それを知ってアンドレは絶望、毒殺未遂事件を起こす。
 アンドレの気持ちを知ったオスカルはプロボーズを断り、ジェローデルは潔く身を引く。
 そこでもう無関係になったはずなのに、オスカルの危機を救ってくれる。オスカルに傷つけられたはずなのに、それでも命懸けでオスカルを護ろうとする。

 なのに今回は、

1.「たとえ謀反人と呼ばれても」
2.プロポーズするらしいよという噂
3.アンドレの毒殺未遂
4.プロポーズ→「身を引きましょう」

 いきなり、オスカルを護るところからスタート。「尊敬する上官」のことを「マドモアゼル」と呼びかける。
 それってさ、なにも知らずに観たら、「え? この人上官のことバカにしてんの? 女だからって手心加えるの? それって下に見てるってこと?」と受け止められる可能性あるよね。
 単に上官として、人間として尊敬しているなら、「お嬢ちゃん」呼びするはずがない。階級も年齢も上の相手をつかまえて。

 ここでまず、「うわ、ジェローデル最低」と思った(笑)。
 まあその前の、長々しいジャルジェ将軍の解説で、「オスカルを見守らせてきた」とあり、アゴが落ちてはいたんだけど。

 ジャルジェ将軍の命令で、十何年とオスカルのそばでオスカルを見守っていて、お役御免ののち、困っている彼女を助けるときに「お嬢ちゃん」と呼びかける……って。
 やなやつだなー。

 で、「反逆罪で死刑になるかもしれない」と、オスカルに恩を売っておいて。

 求婚の、噂。

 噂って。
 なにをどうやったら、そんな噂が?
 ジェローデル、あちこちに吹聴して回ったの?
 それとも、「お嬢ちゃん」呼びしてかばったことから、「ジェローデルはフランスのためを思って行動したのでも、オスカルの主張を正しいと思ってかばったのでもない。たんに彼女と結婚したかったから、かばったんだ」って、世間に判断されたってコト?

 最悪だな。

 そしてアンドレは、そんな「ただの噂」に踊らされて、毒殺未遂を起こすし。

 オスカルの周り、ろくな男いないな……。

 そしてよーやく、プロポーズ。
 なにしろジェローデルは、「命の恩人」。オスカルの命、オスカルの部下たちの命、平民たち、平民議員たちの命の恩人だ。
 ここまで恩を受けておいて、まさか断るなんてこと、ありえないよね……?

 だけどオスカル、助けてもらったことなんか、きれーさっぱり忘れてる。
 話題にもしない。
 そしてあっさりと、振る。

 ひでーな、オスカル……。


 順番を入れ替えるだけで、全員「最低」になった。
 潔いまでに(笑)。

 ほんと植爺って、アタマ悪いよな。
 作劇、計算が出来ないの。1+1=2が出来ないの。こんなのただの計算式じゃん。ここをこうしたらこう作用して、この結果に行き着く、って。
 なにか根本的なモノが欠けていて、てきとーに上っ面だけでパズルをするから、めちゃくちゃになるの。

 ふつーに算数出来る人、劇団にいないのかしら……。
 『ベルサイユのばら―オスカル編―』は、いつもの仕様です、ひどいです(笑)。

 だけどとりあえず、みなさんビジュアル素敵です。

 テルカル様が美しいことは言うまでもない。

 ほんとに美しいんだが、すげーでかいんだよなああ。
 アンドレよりでかい……。ジェローデルよりもでかく見える……。アランとは同じくらい……?

 そして、不思議と女っぽい?
 橋の場面とか、ただのオンナノコになって泣きわめいてた。

 オスカルの凜々しさは演じる人によって違うので、かなめくんのオスカルはこーゆーさじ加減なんだなあ、と受け止める。

 脚本が変なので、そのあおりを食って「オスカルがめんどくさい人」「変な人」に見えているきらいはある。
 なにかっちゃーすぐ演説はじめて、うざいよこのオスカル……(笑)。


 アンドレ@まぁくんは、……カツラがんばれ。
 まずビジュアルが、大変そう。

 今回のアンドレはほんと出番もないし、しどころもない。
 噂に踊らされて毒殺未遂とか、天国でオスカルに振られるとか、ろくなもんじゃない。
 てゆーか、ここまで可哀想な扱いのアンドレってはじめて見たかも。

 歌ももう少しうまくなってくれるといいなあ。

 ただ。
 今回すごくずきゅんと来たのは、声。

 まぁくん、イイ声になってるなあ。

 正直まぁくんひとり、芝居がチガウ、浮いていると思った。
 ナニを手本にしたんだ、ぎとぎとにねばっこい芝居、台詞回し(笑)。
 テルカル様がさっぱりしてるし、宙組の芝居自体がさっぱりしている中で、まぁドレひとり絶好調で植田芝居。

 おかげでアンドレがますます変な人に。
 ペガサスオスカル妄想語るとことか、「噂」を聞いて殺人決意するところとか、「この人、変!(笑)」って感じに、入っちゃってる。

 それが、心地いい。

 いやあ、アンドレって、『ベルばら』って、こうでなくっちゃね!!
 さらりと流しちゃダメなのよー、ねっちこくぎとぎとにやんないと!

 ひとりだけ間違ってる感ゆんゆん!だけど、わたしはまぁくんの芝居を支持。

 乗りに乗ってるイッちゃった声が、またイイ感じに「男役」。
 長い年月を経て、イイ声に育ってきてるんだなあ。
 このままこの声を深めていって欲しいっす。

 ……あと、せめてもう少し歌がうまくなってくれれば……。(2回言いましたよ)


 ジェローデル@かいちゃんは、きれいだった!
 ジェローデル似合いすぎ。

 スタイルいいなあ。お貴族様似合うなあ。

 かいちゃんというと「うまくない」ってのがいちばんに気になっちゃうんだけど、今回は気にならなかった。
 や、歌は気になったけど(笑)。今まで歌だけでなく芝居も立ち姿も、とにかくいろんなところで気になっていたのに、今回は大丈夫。
 素直にそのかっこよさを味わえた。

 しかしジェローデルが銀橋ありとか、すげえな。


 アラン@ヲヅキ氏は、メイクがなんか独特で……。
 どうしちゃったんだろう。
 もう少しわかりやすくオトコマエにつくってくれてもいいのにな。


 民衆の場面、ロベスピエールを出すのはやめた方がいいと思うなあ……。
 なんつーか、民衆に檄を飛ばすのはロベスピエールの役目という気がして。
 そもそも原作でベルナールが演説してるところって、ロベスピエールいないんだよね。彼はもう政治家として別のステージにいっちゃってるわけだし。
 次代のフランスの指導者がいるのに、まったく無名のベルナールが音頭を取ってるのが、スタンドプレイっぽく見えて苦手。
 自分が活躍したいから、わざとロベスピエールには喋らさないで、なにかあるとすぐ「自分が」「自分が」と話の中心になろうとする。
 ベルナールだけでなく、ロザリーも一緒になって「自分たちこそが救世主!」みたいに演説するから、植爺の民衆場面苦手。

 それでも、ベルナール役に「トップスターの説得力」があるならいい。
 月組のみりおくん、雪組のちぎくんのように、多人数場面のセンターで、ピンライト浴びてそのライトを自分で跳ね返す勢いで発光して、ソロをばーんと歌って周囲を圧倒させる……「スター」として確立した人がベルナールをやるなら、わかる。
 ロベスピエールがいたとしても、ロザリーが横から口を出しても、そんなのモノともしない「スター力」「真ん中力」があるならば。

 ……力のない人のベルナールセンターは、やっぱりなんか、据わりが悪い。

 ちーちゃんは大好きだけど、宙組観劇の理由のひとつではあるけれど……こういう使われ方をすると、実力のなさが明らかになるなあ。
 せめて歌唱力があればなあ。

 力のない群衆センターに肩を落としつつも、それでも「ちーちゃんに見せ場があることがうれしい」と思う。……ヅカヲタって矛盾しまくり。

 ちーちゃんビジュアル最強だもんな。
 わたしにとっては宙組一だもの。や、好みの顔ですから!!
 ずっとずっと、彼の美貌を愛でたかったの。

 宙組も変わっていくんだよなあ。
 や、5組の中でいちばん変わりまくってる組だから、今さらってなもんだけど、それにしても。

 あの脱力のまさこバウで、体当たり演技をしていたことが、ついこの間のことのように、思い出せるよ……。
 あれからもう、8年も経つのか。
 チート少年は大人になり、立派なモミアゲの似合う男になって、卒業していくんだなあ。
 幸か不幸か、わたしは意地汚い。

 つらいことがあっても、自分が満足出来ない結果だからといっても、「こんなことなら、最初から出会わなければよかった」「好きにならなければよかった」とは思わない。

「こんなにつらいなら、生まれてこなければよかった」
 と思わないのと同じで。

 「しあわせなこと」がわたしの心のメーターを+100動かすとして。
 「つらいこと」が10倍の-1000動かすとしたら、プラマイでいけば-900、大赤字。

 なんつーんだ、まっつの舞台を観ることで、そのたび100ずつしあわせで、それが10年間続いたとしても、それはメーターが常時100を示しているということで、100×10年分という数字にはならない。
 そして今このタイミングでの退団発表は、メーターがマイナス1000一気に動く衝撃だった。

 得が100で、損が1000では、比べるべくもない。損の方がはるかに大きい。
 という場合でも、「こんな大損害こうむるくらいなら、なにもしなければよかった」とは思わない、ということだ。

 それは、「つらいこともしあわせなことも、生まれてきたから味わえるのよ。感謝しなくちゃ。キラキラ」ってな美しい話ではなくて。

 1000のつらい思いをしてもだ、100のしあわせを味わわずにいるのは、悔しいんだ。
 なにもしなければ「1000泣かずにすんだわ、ラッキー」ではなく、「得られるはずの100のしあわせを逃がしてしまったわ、くやしい!」なのよ。

 基本、意地汚いので。
 ご贔屓に入れ込めば退団がつらいことがわかっていても、つらさよりも意地汚さが勝った。
 好きだ、という利己心が勝った。

 しんどいけど、つらいけど、だからといって投げ出してしまうのは、もったいない。
 意地汚いわたしは、まっつから与えられるわくわくを重要視する。
 味わわなきゃ、損だわ。
 
 まっつの次の舞台が、役が楽しみ。
 彼がどんなものを見せてくれるのか、わくわくする。

 ラストステージだとか、卒業だとか、喪失だとか、そーゆーことは置いておいて。
 痛みは消えないけれど、恨みごとも愚痴も文句も山ほど(笑)あるけど。

 それでも、まっつを味わい尽くす。
 コレが重要。

 泣いてる場合じゃない。
 まっつ退団発表の日。

 わたし、なにをすればいいんだろう。と、思った。
 なにかしなきゃいけない、そう思うけれど、具体的にどうしたもんだか、ぼーっとして、よくわかんない。

 集合日までに『心中・恋の大和路』の感想書ききろうとがんばってたけど、間に合わなかったし、なんかもー続き書く気持ちが一気に霧散したし。

 なにをしよう……と、考えて。

 そうだ、原作本を読もう! と、思った。

 なにをしていいのかわかんないなら、まあとりあえず、本でも読んでおけと。
 大野タクジィ作『一夢庵風流記 前田慶次』の原作、『一夢庵風流記』。
 隆慶一郎の本読むのって、『捨て童子・松平忠輝』以来だわ。あまり好みではない作家という印象しかないけど、ヲタクのタクジィのこと、原作や歴史を知っていればいるほど、作品を楽しむことができるはず。

 公式HPから配役表をプリントアウトして、それを栞代わりに読書開始。

 で。

 まっつの役に、ウケた。

 雪丸(小姓上がりの牢人) 未涼 亜希

 原作での出番、17行。
 553ページある本の中で、1ページに満たないという。

 しかも、その出番つーのがだ、現在進行形のなにがしではなく、他のキャラクタを解説するためのエピソードでしかない。
 雪丸というキャラクタは、いない。「こんなことがあった」と作中で名前が出るだけだ。

 いやあ、一気にわくわくした。

 これが、「出ては来るけど比重は低い」役とかだと、不安が募る。名前だけはよく出るけど、別にどーでもいいよね的なモブキャラ。
 舞台にはいつもいるかもしんないけど、ただいるだけで見せ場もなんもない役。『この恋は雲の涯まで』のトドの役みたいな。

 でも、「原作に登場しないキャラクタ」を、わざわざ新設定まで作って配役している、つーのは。
 名前と設定だけ借りた、オリジナルキャラクターってことよね?
 それって、どこの武部春樹?(笑)

 公式には「隆慶一郎による人気小説を舞台化」とあるけれど、原作よりもコミカライズ版が有名なわけだから、マンガの『花の慶次』要素も取り入れるのかもしれない。
 マンガ版は今のとこ読んでないので(連載当初「ジャンプ」で読んでいたが、雪丸なんてキャラおぼえてねーよ)、そういう意味ではどうなるかわかんないけど。
 あくまでも「小説を舞台化」するとして、雪丸ってキャラはタクジィのオリキャラになりそうだ。

 小説では「雪丸」は「前田利家の寵童の小姓」だ。
 そして、タクジィ作では、「小姓上がりの牢人」だ。
 小説版よりも「あとの時代」ってことだな。小説では、雪丸は助右衛門の妹・加奈に自慢の顔を斬られたあと行方不明になっている。
 元小姓の牢人、だから、その出奔したあと、小説で語られているあとの姿ってことだ。
 また、タクジィ版では、前田家お抱えの忍びの頭・四井主馬が雪丸の弟ってことになっている。小説にそんな設定はない。
 てゆーか、年齢設定がよくわからんわ(笑)。四井主馬ってふつーにおっさんのはずだが、「寵童」の弟って……。

 タカラヅカだから年齢不詳、みんな若く美しい設定なんだろう。ぶっちゃけ年齢キニスンナ、んなこと考えたらわけわかんなくなるぞと。

 で。
 前田利家役は、にわにわです。
 んで、まっつは、にわにわの、寵童です。
 …………いやあ…………濃い設定ですな。
 『ファントム』のまりんさんパトロン説のリシャール@まっつを思い出すわ……その、個人的に(笑)。

 そして、顔に傷アリまっつの弟が、利家さんちの影の軍団リーダー、主馬@翔くん。
 にわにわは、まっつ&翔くんという美形兄弟を部下にしてたわけだが、兄を愛人にして弟をボディガードにした、てな感じっすかね。……その人選はどうなの、と思わんでもないが。にわさんは、翔くんよりまっつが好みだったのね。色気、という点重視かしら(笑)。
 翔くんが再びまっつの弟役ってのは、うれしいわ。ちっちゃい兄にでっかい弟(笑)。

 ともみんの深草重太夫も、原作ではあっちゅー間に殺されて終了する役だから、きっとオリジナル要素満載なんだろう。

 小説はあくまでも「原作」で、タクジィのオリジナル日本物になるんだろうと思う。
 配役から感じられるのは、タクジィが「フリースペース」を存分に使えそうなところをわざわざ取り出しているなということ。もっと歴史優先っていうか、縛りガチガチなところを取り出すことも出来たろうにそうはせず、「名前と設定だけある」=潤色し放題な感じが。
 楽しみだわ。

 …………寵童時代のまっつも見たいっす…………あざやかな小袖を着た前髪アリの若衆姿のまっつ…………美少年まっつ(笑)………いかん、(笑)が付いてしまう。

 牢人まっつは、安定の色気ダダ漏れおっさんまっつだと思うので、少年時代もぜひ見てみたいっす。本気で「美少年」を演じているまっつが。

 退団でさえなければ、ただ楽しみなだけの公演なのにね。
 精神的に落ちている、ことに加え、仕事が切羽詰まっているので時間がない。てなこともあり、ブログどころじゃなかったわけですが、らんとむさんの卒業も目の前だし、放置しっぱなしのブログをなんとかしようと思い立った途端、来年の話が来るとは。
2014/05/09

2015年 公演ラインアップ【宝塚大劇場・東京宝塚劇場】<1月~3月・雪組『ルパン三世』『ファンシー・ガイ!』>


5月9日(金)、2015年宝塚歌劇公演ラインアップにつきまして、宝塚大劇場・東京宝塚劇場の上演作品が決定いたしましたのでお知らせいたします。

雪組
■主演・・・早霧 せいな、咲妃 みゆ

◆宝塚大劇場:2015年1月1日(木)~2月2日(月)
一般前売:2014年11月29日(土)
◆東京宝塚劇場:2015年2月20日(金)~3月22日(日)
一般前売:2015年1月18日(日)

ミュージカル 
『ルパン三世』
脚本・演出/小柳 奈穂子

モンキー・パンチ氏原作によるテレビアニメ「ルパン三世」は、世代を越え、今や世界中で圧倒的な人気を誇る日本アニメの金字塔です。怪盗ルパンの孫で、神出鬼没の大泥棒ルパン三世を中心に、次元大介、石川五ェ門、峰不二子、そして銭形警部ら多彩なキャラクターにより繰り広げられる「ルパン三世」、今回は恋とロマンあふれる冒険活劇として、宝塚歌劇の舞台に初めて登場します。
なお、本公演は雪組トップスター・早霧せいな、トップ娘役・咲妃みゆの宝塚大劇場お披露目公演となります。

ファンタスティック・ショー 
『ファンシー・ガイ!』
作・演出/三木 章雄

宝塚歌劇101年目の第一歩、新生雪組のスタートにあたり、早霧せいなのショースターとしての魅力に迫った、男役の魅力満載のショー作品。
 『ルパン三世』て!!

 なにはともあれ、いちばん最初に思ったのは、まっつのバカーーっ!! でした(笑)。

 今年になってから何百回と「まっつのバカーー!!」と思ったりメイトに愚痴ったりしてきてますが(笑)、今回もまた、そう思った。

 なんで辞めるのよ、辞めるにしても今はひどいでしょ、あと1年なんでいてくれないかな、と、何百回思ったことを、また思いました。
 『ルパン三世』ってメインキャラおっさんばっかで、まつださんに活躍の場がありそうな作品じゃないですか。

 冷静に考えると「タカラヅカでなんで『ルパン三世』」「劇団の斜め上っぷりひでーな」「劇団はちぎみゆにナニ求めてんだ」「ネタで盛り上がるだけなら、タカスペで収めとけよ」と不安や不満もてんこ盛りなんですが、そーゆーのはあとからついてくることで、最初はやっぱ、「超有名作品」ってことに心が揺れました。

 次元@まっつが、見たかった。

 五ェ門じゃないです。次元です。
 まっつは五ェ門も似合うと思うけど。

 子どもの頃は五ェ門が好きだったけど、大人になってからは、次元一択です。
 あのヒゲ親父のかわいさがわかるようになってこそ大人!(笑)

 てゆーか、同人界では次元って総受キャラだったよね? わたしがコミケに参加してた頃って、ルパンさん、大抵鬼畜キャラだったし。ルパン×次元本、いろいろ買ったな……まだ押入に眠ってるかしら。
 カップリングもキャライメージも時代と共に変化するものだから、今はどういう位置づけなのかわかんないけども。

 腐った話はさておき、ちぎまつが見たかったのです。
 ルパン@ちぎくん、次元@まっつで。「相棒」と呼べる関係のふたりを。
 五ェ門はそういう意味でもちょっとチガウ。ルパンの「相棒」は次元でしょう。
 五ェ門は、ふたりから一歩はなれた位置にいるからこそ魅力的なキャラ。

 まあ、まっつがちぎくんお披露目まで残っていて『ルパン三世』に出演したとして、ルパン一味だとか原作キャラではなく、オリジナルのラスボス役だったかもしれないけどね。


 『ルパン三世』でもっとも知名度があるのは『カリオストロの城』だろうし、『カリ城』を原作に出来たら素晴らしいけど、無理なんだろうな。『カリ城』原作なら、タイトルは『ルパン三世』よりむしろ『カリオストロの城』になってそうなもんだし。
 キャラクタだけ使ったオリジナルストーリーだとしたら、……微妙? アニメ声優のモノマネありき、になるのは残念だなあ。でもアニメと同じにしないといけないんだろうなあ。
 小柳タンだからうまく舞台化してくれるとは思うけど、『Shall we ダンス?』で抱いた疑問を、『ルパン三世』でも感じることになるのではないかと不安ではある。

 個人的にちぎくんのコメディキャラは得意ぢゃない……あくまでも、わたしが。生真面目に使命感漂わせて三枚目をする姿には、悲壮感を感じてしまうの。
 彼の真骨頂はドシリアスだと思うの。生真面目だと思うの。繊細芝居だと思うの。
 とはいえ、真面目な彼のこと、きっちりルパンを作ってくれるだろうという、安心感はある。
 話題先行の派手な演目が、今後のちぎくんと雪組の力になってくれるといいな。
 みゆちゃんはオリジナルキャラクターの可憐なヒロインよね。ともみんはどの役もできると思うけど、とりあえず銭形はやだ、前回ドニーだったんだから、今度は二枚目役にして! 三枚目専科はどんなジェンヌにもなってほしくない。
 そして新人公演も楽しみだ。レオくんのチャラルパンが見たい……レオあすがっつりが見たいよー。

 それから、ショーと二本立てってのがいいね! お披露目でショーがあるのは昨今めずらしいもの。ラッキー! 大作一本だてお披露目より、新体制でショーがある方がいいよ!

 と、とっても楽しみです。 

 ポスターはきっと、ルパン他、主要キャラ勢揃いのにぎやかなもので……。
 …………。
 ……。
 わーん、やっぱりまっつがいないのがつらいよう!!(泣)←最初に戻る
 今日は梅田で、『蘭寿とむラストデイ』を見てきました。

  らんとむさんがかっこよくて美しくて、かっこよすぎてあちこち恥ずかしくて(!)、この「きゃ~~っ!!」と恥ずかしい感じがもう「蘭寿とむ!!」で、最後の最後まで残らずきゃーきゃーな気持ちで堪能しました。

 こちらの精神状態がよくないため(3ヶ月半後にある某公演千秋楽のことを考えてしまう)、気持ちが千々に乱れ、らんとむさんのラストデイだけに集中出来なかった部分があり、それが悔しいです。

 わたしほんとに、長くらんとむを見てきたんだなあと思った。
 ラストの公演中継を見ているはずが、いろんなことが二重写しになるの。
 『ミケランジェロ』新公とか、阪急百貨店での若手スターのトークショーとか、『マノン』とか、『スカウト』とか。
 ちょんまげ姿で軍服着てた姿とか、毛布握ってた姿とか。
 当時のらんとむを思い、当時のタカラヅカを思い、当時の自分を思い出す。
 昔から一貫してカッコよかったし、昔からずーっと大人っていうか研20なんぼとか言われていた人だった。それでも今、昔を思い出すからこそわかる、今の磨き抜かれた、美しさ。
 人はここまで美しくなれるんだ、という。

 公演中もそんな感じだっただけに、サヨナラショーのあと、らんとむさんのメッセージ紹介と、そのとき流れる過去映像が胸熱でした。
 ライブビューイングだと、スクリーンいっぱいに映像が流れるのね。劇場で見ると、映像は緞帳の真ん中部分のみで、はしっこには組長さんがいるんだけど、映画館で映す場合は組長さんまで映す必要がないため、映像のみ全面。
 思い出のらんとむに、さおたさんのナレーションが心地いい。

 最後まで、らんとむはらんとむで、「蘭寿とむ」だった。
 そのことに、心から感謝する。敬服する。
 「蘭寿とむ」というのは名前ではなく、「生き方」なんだな。「蘭寿とむという生き方」。
 貫き通した姿が、光彩を放っている。

 寂しいけれど、清々しい気持ちが満ちる。
 胸に風が吹く。澱みを取り払い、浄化するような風。

 ああでもやっぱり、寂しいな。


 『ラストデイ』としての感想は、過去に見た『ラストデイ』よりも、らんとむ中心のカット割りだったなあという印象。
 芝居はともかくショーは、らんとむが出ているときは、カメラ固定ってな勢い。その場面のソロ歌手が誰かもわからない(笑)。今までの『ラストデイ』は、いちおー最低限の「状況確認」くらいは出来ていた記憶があるんだが……おぼえ違いかな。
 潔いまでの「らんとむカメラ」っぷりに、「ああ、これって『蘭寿とむラストデイ』だったな」と思い出した。確固たる視点、意志のある画面構成。
 …………トップスター以外を見たい人は、なにがなんでも劇場に行かなければだめなんだと、改めて思った。や、3ヶ月半後にある某公演千秋楽について。
 みつるに専科移動の話が出たのは、いつなんだろう。

 ……すみません、そんなことが気になりました。

 『蘭寿とむラストデイ』でサヨナラショーを見て、らんとむのサヨナラショーであると同時に、みつるの花組サヨナラも兼ねているんだなと気がついたため。
 ムラで前楽を観たとき、「ここでみつるなんだ!」と思った。「らんとむの昔なじみの親友」として登場するのが、次期トップのみりおでも、現3番手のだいもんでもなく、みつるであること。

 そのときは、学年の違いと高学年トップの現実を考えた。
 旅立つトップスターを単独で見送るスター下級生、というシチュエーションで、該当者がみつるしかいないということ。
 この「昔なじみ」というのは、新公やバウを一緒に作り上げた、がんばった仲、というイメージだ。
 89期のだいもんは、らんとむと同じ舞台に立っていないんだ、新公の。
 バウだって、だいもんは下級生過ぎて台詞もろくにないその他大勢、もしくは怒濤の役替わりのなかの1パターンでかろうじて組んだ、とかで、らんとむの支えとして作品を作り上げた、というには弱い。
 今の花組の「スター下級生」は89期のだいもん以下。82期のらんとむと新公の舞台に立った者はひとりもいない。

 落下傘以外の就任の場合、組には「戦友」的なスター下級生がいる。
 舞台はみんなで作るもの、役すらない下級生でも、ひとりずつがかけがえのないキラ星である、てのは前提だが、それにしたって主演クラスとモブでは背負う比重が違うだろう。
 重い責任を負って共に戦った「スター」という宿命を持つ者……タカラヅカは路線スター同士の「絆」を特に重要視する。だからこそ、トップから2番手のバトンタッチが感動的だったりするわけで。
 らんとむは花組育ちの花組トップスター。まったくもって花組らしい、花男。ことあるごとに「花組の」ということを押し出してきた。

 だけど卒業する今、「花組の」下級生スターとの絆をクローズアップできない。
 唯一、みつるがいるだけなんだ。
 えりたんもみわっちもまっつもいない。新公という特別な時間を過ごしたスターが、いないんだ。

 みつるに不足があるわけではなく、「昔なじみのスター」というポジションにみつるが登場し、「みつるだけしか残っていない」ことに、改めて気づいたんだ。
 そっか、だいもんははじめてのムラ新公出演がまっつ主演のときだ。みわっちとすら、ムラ東宝通して一緒の舞台に立ってないんだ。それくらい、らんとむとは学年が離れているんだ……。

 高学年トップの旅立ちは、これほど世代差が出るものなのか。落下傘なら仕方ないけれど、花組育ちのらんとむでさえ。

 いい悪いではなく、その「現実」を、少し寂しく思った。

 次は89期のみりおくんがトップになる。2番手以下の「スター」たちは89期以下の学年である。……この、世代差。
 7年飛ぶってのは、中学1年生から幼稚園児にバトンタッチする、ってくらい、時代が飛んでるんだもんねえ。
 年寄りのわたしは、時代の飛びっぷりにちょっとくらくらする。
 月組のきりやんからまさおも、同じだけ飛んでいたが、きりやんトップ就任時から2番手として地均しされていたので、くらくら感はなかったな。……代わりに、通常の公演で2番手との格差を感じていたけれど。
 らんとむさん、卒業が見えてから突然若い2番手が来たからなー……。

 そんな現実を前にしみじみしていた、ムラ公演。

 あれから2ヶ月近く経ち、みつるの専科異動も発表になった今、『オーシャンズ11』のラスティとして登場するみつるに、「昔なじみのスター」というだけでない意味を知り、腑に落ちる。
 決まっていたことなんだなあ。
 花組育ちの花男、「花組らしい」スターのひとりであるみつる。彼が花組のファンに晴れ姿を見せる、という意味もあるキャスティングだったんだなあ。

 らんとむとみつるといえば、わたしにとっては『くらわんか』よりも『恋天狗』。だって『くらわんか』はみつる出演版観てないもの。(わたしにとっての貧ちゃんはまぁくんです)
 らんとむとコンビで奮闘していた『恋天狗』。らんとむのうまさと、みつるのフレッシュな美貌が光っていたっけ。

 みつるが専科に残ってくれることがうれしい。その美貌と芝居力を、リアルイケメンにしか見えないオフの姿も含め、この花園で発揮し続けてほしい。
 うれしくて……うらやましくて、切ない。辞めずに、残ってくれることが。ほんと、うらやましいよ。
 がんばってね、みつる。いろんな組でみつるを観られること、楽しみにしてる。
 東宝遠征はしていないので、東宝版『ラスト・タイクーン』を見たのは、『蘭寿とむラストデイ』がはじめてだ。

 これかぁ、変更されたのって。

 ユニオンのみなさんが突然心変わりするところ、ムラで観たときは、ナニが起こったのかわからなかった。
 初日観劇後、友人たちと「わたしが寝てたからわかんなかったの? いや、寝てないけど!」てな会話をしたっけ。目を開けたまま寝ていたとしか思えない、それくらい突然の展開に置き去りにされた。

 失敗した、と思ったらすぐに変えてくる、生田せんせの柔軟さに感心しました。
 や、そもそも展開に無理があるので、加筆したところで「ええーー???」感はあるんだけど、ムラ版の「1場面くらい飛んだ? でないとこんな展開にならないよね??」というわけのわからなさは軽減されたと思う。
 そういや『WMW』も途中で演出というかオチの一部変更したんだっけ。その柔軟さはいいよな。

 いっくんというと、先日見ただいもんの「Brilliant Dreams +NEXT」で、会話になってなかった姿を思い出す……こだまっちと同種のヲタク感というか、社会生活苦手なんだろうな感……(笑)。
 や、だいもんのホストとしての能力も足りてなかったとは思うけど、それにしてもコミュ力低そうだな、いっくん。

 変更された場面は、説明過多っぽいんだけど、花組メンバーの熱演で「わーーっ!!」と持って行かれた感じ。
 熱量押しは景子たんがうまいんだよなあ。生田くんもがんばれー。


 中継映像だと、芝居は「カメラによる演出」が加わる。制作側が「見せたい」と思うものを選んで映す。
 ……ので、キャサリン@蘭ちゃんがかわいかったっす。ちょっと心病んだ風なのがいいな。ブロンソン@だいもんとの場面より、モンロー@らんとむといるときの、ちょっとした「空白」の顔がいい。
 生舞台だとどうしても「見たいところ」ばかり見て、あんまり蘭ちゃん見てなかったんだなー、と改めて思った。
 そういやわたしが蘭ちゃんいいなと思ったのって、狂った姿ゆえだっけ。『HAMLET!!』に『二人の貴公子』……蘭ちゃんというと狂っちゃう女の子専門なのかと思ったくらい、ピックアップされるのは同じ役割ばかり、と当時ウケたよなー。

 だいもんは映像よりも、生の方が狂気が伝わるなという印象。
 今の「映像がいちばん大事」という風潮からははずれてるのかなあ? わたしは古い人間だから、生舞台の方が大事だと思うけど……生舞台はそのときだけで消え、何年と残るのは映像のみだから、この風潮は仕方ないんだろう。
 でもやっぱ、生のだいもんの空気感が好き。

 この作品のみりお様はよくわからないので、スルー。なにがしたいのかわからん。脚本ひどいわー。そしてこのひどい脚本を煙に巻くには、みりおくんは得意分野を封じられて気の毒。
 カメラワークも悪い(あくまでも『蘭寿とむラストデイ』なので、らんとむ中心)ので余計に、ブレーディさんわからないわ……。
 ただ、みりおくんは映像にも強いなと思う。スクリーンでアップになってもきれい。

 カレーくんの成長っぷりが心地いい。
 ムラ初日付近、ひどかったからなー(笑)。群舞センターで「声」を出す役割を果たしてなかった。こんなへなちょこ(失礼)が群衆芝居のセンターだと、作品自体苦しくなるよなあ、てくらい心許なかったのに、みるみる変わっていった。
 ムラ終盤もよくなってたけど、東宝はさらによくなってるのね。若者は吸収早いわあ。
 やっぱ「舞台に立つこと」がいちばんの勉強よね。


 原作を読んでいないので、「何故こうなった」のかわからない。オチだとか原作忠実だと聞くし。
 読んでないのに言うなだけど、わたしなら、こうはしないんじゃないかなと思う。もっと別の切り口で、別の話にすると思うなー。
 そして生田せんせにも、別のモノを期待していたよ。『BUND/NEON 上海』と『ランスロット』は面白かったもの。あーゆーのをやって欲しかったなー。(『春の雪』は大劇で観たいとは思わない)
 いろんなしがらみが多すぎたんだろうな。大劇場デビューでトップ退団公演だもんな。

 いろいろ問題ありすぎの大変な作品を、熟練トップスターが、力業でねじ伏せていく。
 という点で、「蘭寿とむのすごさ、得がたさ」を思い知らせてくれた。
 なんというか、とても「タカラヅカ」だ。
 『ラスト・タイクーン』も、らんとむも。
 まっつのことだけで許容量オーバーで、触れられませんでしたが。

 雪組退団者がショックです……。

 何故、ゆめみさん……!!

 雪組が誇る歌姫のひとり。オギー作品で活躍したひとり。
 歌えて踊れて芝居も出来る、我らが副組長。
 ゆめみちゃんも辞めちゃうなんて……。
 なんか、「時代」の終焉を感じる。
 オギーに狂喜乱舞してたあの愛しい時代。『アルバトロス、南へ』は神公演だったさ……。

 てゆーか、いつかまっつが卒業するとき、お花渡しをしてくれるのはゆめみちゃんだと考えるまでもなく思っていたよ……。これだけ上級生と呼ばれる大人のジェンヌがいなくなるなか、組内に同期がいるって稀有なこと。
 まっつには、雪組には、ゆめみちゃんがいると思っていた……。

 わたし、ヅカヲタになってからずーっと雪組ありきで来たから、ゆめみちゃんはほんと下級生時代から眺めて来ていて。
 寂しいです。
 ほんと、寂しいです。


 ザッキー卒業って、何故ですか。
 美形で歌ウマ、ショーではちょーキザ男。雪組において貴重な高濃度高粘度の男役。
 そして玄人はだしのイラスト力。

 大人の男役としての活躍が期待される、旬はまさに「これから!」の人なのに。

 そして、すずちゃん……!!
 『インフィニティ』での圧倒的歌唱、忘れてないよ! 大好きだよ!
 かわいくて歌ウマで芝居も出来て……なんでもっと活躍の場がないのか不思議でしょうがない。

 ザッキーとすずちゃんといえば、『フットルース』の夫婦。
 そんな、ふたりそろって行ってしまうなんて。

 もうひとり、『フットルース』の思い出の女の子、あだちゅう。
 台詞もろくになかったよーな気がするが、そのスタイルの良さときれいなダンスに釘付けだった。
 制服姿がめちゃくちゃ好みだった……アニメみたいなスタイル。
 『インフィニティ』にも出てたしさー。愛着ありまくりなんですが。ショーで探して眺めるのが好きな女の子のひとりなんですが。

 大好きな『フットルース』のメンバーが、どんどんいなくなる……。かなしいよお。

 さらちゃんは安定したかわい子ちゃん、ついこの間の『心中・恋の大和路』が印象強すぎ、これからもっと実力発揮できるだろうに。
 もったいないー、もったいないー。


 トップさんの退団公演は、大抵退団者が多いから、毎回どきどきするけれど。
 今回もまた、痛手だと思う。
 切ないなあ。
 実のところ、アンドレ@みつる、オスカル@だいもんが観たかった。

 中日『ベルサイユのばら-フェルゼンとマリー・アントワネット編-』のことです。

 超路線スターのキキくんがいるから、無理なことはわかっていましたが。

 みつる×だいもんが観たかった。

 ハートは「夢よもう一度」……つまり。

 衛布×桃娘再び、ってことっす。

 なんかもう、すごく昔のことに思える。

 だいもん氏が、何故か突然、娘役をやっていた。
 主人公に父を殺され、男装してスパイとして生きる、可憐でけなげな美少女役。完璧な娘役2番手、準ヒロインの役。
 なにしろ作中で「子猫ちゃん」と呼ばれていた……くらいに、公式設定美少女。

 今のだいもん氏からは、想像もつかない……。

 なんかだいもんさん、ここ1年ほどで顔変わった気がするの。よりいかつくなったというか。
 もともと非フェアリータイプというか、男っぽいタイプだったけど、さらに男ぶりが上がったというか。
 下級生のかわい子ちゃん時代しか知らないせいか、上級生としてトークしているところとか、素顔の方でも、なんかかなりイメージちがう……。

 だからほんと、桃娘やってたことが、嘘のよう。夢幻のよう。

 えーと、ともかく、昔だいもんさんは、可憐なお姫様をやってましたの。

 で。
 そのけなげなお姫様を、脅して自分のモノにする悪党役が、みつるさんでした。
 もともとはだいもん父の部下だったのに、あっさり裏切った男。憎い仇のひとり。そんな男に「正体をばらされたくなかったら言うことを聞け」と脅され、慰み者にされる……という、すげー設定。すげー関係。

 もちろん、ラヴシーン……というか、無理矢理チュー場面あり。

 まさかの、みつる×だいもん。

 まあねえ、だいもんさんというと花組一の被虐キャラでしたからねえ。蹂躙されつつ歯を食いしばるのが似合うっつーかね。
 にしても、ふみかの次はみつるかー。演出家も、だいもん使いがディープだよなあ。
 と、思ったもんです。

 その記憶があるもので。
 なつかしー思い出があるもので。

 夢よ再び。

 もう一度、観たかった。みつる×だいもん。
 今度はラブラブで。

 今の花組配置を見ていたら、みつるに主要役が回ってくるとは思えなかったけれど、専科異動が発表になったので、餞として大きな役が来る可能性が、あるかもしれない。
 てことで、ひっそりと希望していたの。

 だいもんにオスカルが似合うとは、あんまりというかほとんど思ってなかったけれど、花形役だから見たかったし。
 つか、アンドレなら、もう見たし。外伝だったけど。別の役を見たいと思うじゃないですか。
 ほんと、キキくんは強いなあ。

 配役した人はキキだいの身長差を知らないとか、ナマ舞台見たことナイのかもしんない。
 まー、トドアンドレにたかこオスカルがアリだったんだから、だいもんアンドレにキキオスカルも楽勝だと思うが。

 毒殺シーンがありますように。
 だいもんには是非、ダーク場面を演じさせて欲しい。

 配役を見る限り、今までにないオリジナル要素たっぷりらしく、不安てんこ盛りです(笑)。
 みりおくん、がんばれー。トップスターってのは、超駄作を押しつけられるのが当たり前、それを力業でねじ伏せるのが義務。
 最初から、すげー大きな試練だニャ。


 ……今のみつるとだいもんで、衛布と桃娘やったら、どんだけ大変なことになるかなー。見たいなー(笑)。
 最近わたし、思うのね。

 わたしって植爺『ベルばら』マニアなのかもしれない、って。
 嫌い嫌いも好きのうち? 嫌いが高じて好きになった?

 植爺は嫌い。
 彼の感性、考え方、言葉の選び方、作劇能力のなさ、計算・構成力の壊滅さ、芝居や公演への姿勢、なにもかも嫌い。
 なかでも、倫理感の違いっちゅーか、わたしが「人として最低」と思うことを、植爺世界では「素晴らしい人格者」として誉め讃えられることが、もっともキツイ。その「最低」なことを「最高」にするために、なにもかも歪められて、まともな人がひとりも存在しない洗脳空間が繰り広げられることが、大嫌い。

 嫌いであることは、間違いない。
 美点もあるが、そんなもんが言い訳にならないくらい、ひどい部分の方が多い。

 そんだけ大嫌いなのに、わたしには植爺作品を「観ない」という選択肢がない。

 むしろ、「観たい」と思う……いや、「観たい」ではないな。
 「観なければならない」という、義務感が先に立つ。

 わたしは一観客であり、観劇になんの義務もない。そんなに嫌いならば観なければいい、文句を言うために観るなんて下品な行為だ。
 ……てなことはわかっているんだが、やっぱり『ベルばら』が上演されると、観に行ってしまう。「観ない」という選択肢がない。

 これはやはり、マニア心のなせるわざではないか。
 大嫌いだけれど、無視出来ない。見届けたい、と思ってしまう。

 植爺が計算の出来ない作劇能力のない人なおかげで、植爺作品を観るたびに「頭の体操」が出来る、ということも、大きいかもしれない。
 何故こうまで不快なのか、どこで間違えてこんな悲惨なことになっているか、間違いを正すにはどうすればいいか、を、いろいろと考えることが出来る。
 わたしはこーゆーことを考えるのが好きだったりする。
 感覚の域での微妙な差異や間違いではなく、植爺の場合あきらかに物理的に間違っているので、添削しやすい。
 人の振り見て我が振り直せ、自分を省みる機会にもなる。
 そういう重箱の隅をつつく系の愉しみって、いかにもマニアっぽい?


 ただし「ほんとは好きなんじゃないの?」ということは、絶対にないと断言出来る。
 何故なら、たった今、植爺が引退表明し、「この世では二度と植爺作品が上演されない」ということになったら、大喜びするからだ。まったくもって、惜しくない。
 なくなってくれていい。それくらい、嫌い。
 だけど、ある以上、無視出来ない。それくらい、嫌い。

 人生、こんだけ嫌いなモノに出会えることは、めずらしいと思う。ある意味貴重な体験。

 キライ過ぎて、マニアの域に達してしまった。
 ただの嫌いならこうはならない、原作は大好きで、演じている「タカラジェンヌ」という存在も、舞台となる「タカラヅカ」という世界観も大好きなんだもの。
 植爺だけが嫌い。
 「嫌い=観ない」ではなく「嫌い=マニア」になってしまっても、仕方ないか。


 こうして考えると、わたしが植爺を嫌いなのはひとえに、わたしがヅカヲタである、ということに尽きるんだな。
 「植爺新作だ、どんだけ酷いことになっているんだろう」と1回観に行って「やっぱり酷かったわ。間違いまくりだったわ」と思うだけなら、別にアリだと思うんだ。「ここが間違っている、ここが酷い」と添削して自己満足して終了。
 あら、イベントとしてなら、楽しめるじゃない。

 だけどわたしはヅカヲタなので。
 「タカラヅカ」を好きな分だけ、許せなくなる。
 まず、わたしにとっての「タカラヅカ」は、生徒ファン>作品ファンという認識。生徒を観に行くところであって、作品を観ることは副次的なモノ。
 作品目当てなら、おもしろそうな公演を1回観て終わり。テレビドラマや映画を見る感覚で。「物語」を見たら、それで十分。
 だけど、舞台上でナマで演じている出演者のファンならば、どんな作品でもその出演者がいる限り観に行くし、ナマである以上何度でも行く。テレビや映画じゃない、1回1回が別モノなのだから。
 何回観るかは人それぞれだけど、「タカラヅカ」はリピート観劇が基本だと思っている。「もう一度観たい」と思わせてなんぼだと思っている。だからこそトップスターは初日の挨拶で「何度でも観にいらしてください」と客席に向かって言うんだ。「観劇は1回限りが普通、複数回観る人は変、変な人のことは無視してイイ」とは、劇団も思ってないんだと、わたしは理解する。
 てことで、「タカラヅカはリピートが基本」だと定義した場合、駄作を複数回観るのは、つらい。
 ただ壊れている、つまらない、おもしろくない、だけなら、がんばっている出演者や、美しいスターの姿を眺めているだけでも楽しめる。
 だがしかし、「生理的に不快」なモノは、観劇時の苦痛さが半端ナイ。
 人として最低、許せない……ことが、舞台上で「素晴らしい!」と誉め讃えられ、そうしない人こそを悪と罵る……倫理観が悲鳴をあげる状態が続くのは、拷問でしかない。
 また、組子たちはその作品を上演するために集められたユニットじゃない。生徒たちは劇団に属しており、劇団にいられる時間は決して長くない。
 短い寿命しかないフェアリーたちが、植爺作品に当たると出番も見せ場もなにもなく、ただの背景扱いにされる。それこそ、組子の大半が1幕の出番がモブの数分だけ、てな酷いことに。
 タカラジェンヌの貴重な時間が浪費される。

 てな理由から、植爺作品が嫌なんだ。

 と考え、わたしがヅカヲタでなければ、別にどーでもいいことなのか、とも思い直した。

 ただの植爺『ベルばら』マニアで、1回観て「植爺嫌い、今回も酷いわ」と言うだけなら。
 リピートしないから不快なのはそのときだけ、不快であるがゆえに添削して頭の体操、あら有意義。
 組子の出番なんかどーでもいい。下級生の成長もどーでもいい。誰が入団して誰が退団しても、興味ない。『ベルばら』さえ観られれば満足。

 わたしが植爺嫌いなのは、ヅカヲタだからなんだな。
 ヲタでなければ、どーでもいいようなことで、吠えているわけだ。
 そして、いろいろこじらせて、「マニア」になった、と。


 花組中日『ベルサイユのばら―フェルゼンとマリー・アントワネット編―』の配役表を見ながら、震撼したわけだ。
 新キャラのオンパレード、ということから、またしても植爺が新作書き下ろし気分でいるらしい、と想像して。
 どんだけひどいことになるのか、見届けたいと思う。
 マニアですから!
 『太陽王~ル・ロワ・ソレイユ~』初日観劇。

 うーん……微妙?
 有名海外ミュージカルの日本初演で星組で、というと『ロミオとジュリエット』を思い出しますが、『ロミジュリ』のときは心からわくわくしたし、1幕からダダ泣きだったんだけど。
 なんともモタつくというか、構成イマイチ感が終始気になった。
 作品自体についていちばん強く思ったことは、つぎはぎ感すげえ。でした。
 統一感が薄いというか、場面場面が浮いているというか、別物過ぎて。黒ミサとかなんであんなことに……。
 や、絵としては楽しいかもしれんけど、わたしは求めてないっていうか、他の手法でダーク&エロスを表現してくれても良かったのに、と。こりゃまた安易なとこに走ったなあ、てな。
 単純に場面ごとにも唐突感や断絶感を感じたのだけど、キャラクタもそうだったの。
 マカゼの話にしろ、忘れた頃に出てくるベニーにしろ、もう少し「ひとつの物語」として描けなかったなかったのかと。
 ひとつの場面が長く、曲も長く、やりとりも長い。そして場面ごとがつぎはぎっぽい。
 特に1幕は盛り上がりどころのないまま進んだ印象。幕が下りるちょい前でよーやく動き出した。

 そのぶつ切り感を、主役のれおんくんが力技でつないでいた。

 もっと面白い話に出来そうなのに、なんとももどかしい。わたしなら同じストーリーラインで、別の描き方するのになあ、と。
 まず、狂言回しいらない。この人が出てくるたびに「作りごと」感が増して「つぎはぎ」が強調される。もっとうまい人なら、自在に空気を操れたのかもしれないけれど……少なくとも初日の段階では、わたしには不要な役目に思えた。
 狂言回しを使うなら、もっと物語内で重要な役目を持った人にする。第三者が語るのではなく、一人称にできるような。
 ラストにフランソワーズに集約するなら、彼女が狂言回しでもいいな。そうすれば、恋愛を超えた位置のヒロインとして、統一感を出せる。
 また、つぎはぎ感が強かったムッシューや、ボーフォールを狂言回しにしてもいい。彼らに役割を与えることで、彼らの物語が浮かなくなる。

 もともとのミュージカルが、どれくらいの大きさの劇場でやることを想定された作品なのか、無教養ゆえ知らないのだけど、もっと小さい箱でやった方が良かったんじゃないかなと思った。
 舞台の使い方も小さいし、出演者もわずかで済んでいるよーな。そりゃモブはいくらいてもいいんだろうけど……派手な場面があるわけでなし。
 わたし、『太陽王』という壮大っぽいタイトルゆえに、劇場もわざわざオーブだし、すげースペクタクルなモノを想像していたの。
 まさか、王宮を舞台にした、お茶の間劇だったとは、思ってなくて。
 ほとんどが部屋の中のやりとりで終始する、半径数メートル内での出来事ばかり。
 だから大きな舞台も必要なく、階段や額縁みたいな枠で区切られた、小さな空間だけで済んじゃった。

 あー、でも、王様モノってそうなっちゃうのか。大抵身内の陰謀とかで大騒ぎしてるものね。


 でも、その狭い舞台が、きれいだった。
 元作品がどうなのか知らないけど、キムシンらしいシュールな背景てんこ盛りで。

 作品は、わたしにはちょっと残念だったんだけど、れおんくんが次々豪華衣装で登場するので、その着せ替えぶりだけでも、ファンにとっては観る価値あると思う。
 それに、初日だからばたばたしてつぎはぎ感が大きかっただけで、こなれてくれば違うのかも。
 そして、リピートしたら楽しくなるのかもしれない。
 タカラヅカはスターありきだし、リピート基本だし。

 他の出演者も衣装がきれいで髪型が凝っていて、眺めるだけでも楽しい。

 りこちゃんと風ちゃんの場面では泣かせてもらったし。


 ……面白そうだからこそ、もどかしかった。
 かゆいところに手が届かない作劇で。
 『太陽王~ル・ロワ・ソレイユ~』初日感想あれこれ。

 風ちゃんのラスボス力に、感動した。

 太陽王と呼ばれた……つか自身が宣言していた、フランス国王ルイ14世@れおんくんの半生を綴った物語。
 ただの一代記ではなく、彼の「愛」に焦点を当てた、ロマンチックな作品。

 この作品には、4人の女性が登場する。

 まず、ルイの初恋の相手、マリー@綺咲愛里ちゃん。
 いやあ、かわいいねえ。立っているだけで、「あそこにかわいい子がいる。可憐な子がいる」と思わせる、ヒロイン力。
 それはともかく、いちばん感心したのは、お芝居、うまくなったね!! ってこと。

 綺咲愛里ちゃん、つーと、ザ・棒読み!という印象があってさ。
 かわい子ちゃんは芝居音痴、というヅカでありがちなルールを踏襲して完了する子かと、危惧してました。
 なんだ、ちゃんとうまくなってる。
 二度見しちゃうくらい大根だったのは過去のこと、『眠らない男・ナポレオン』でもそこそこちゃんとやっていたし、「棒読み? いつの話してんのよ?」てなもんかもしれないけど、最初の刷り込みってのは強いからさー。

 このままどんどん成長していって欲しいな。
 かわいい、てのは貴重な武器。そこに実力を付けてくれたら、言うことない。


 マリーはかわいい。ルイの初恋の相手として、説得力がある。
 だがそれはあくまでも、「若き日の想い出」「初恋」だから許されるかわいさだ。

 なんつーか、星組トップスター・在位6年目・10年にひとりの逸材であるところの柚希礼音と対等に立つには……やっぱり、物足りなかった。

 トップスターの部分的な相手役として、新人女優が起用されたんだね、初々しくていいね。
 足りない部分も「初々しい、初恋の相手」という役割のうち。


 そして、ふたりめの女性が、政略結婚の相手、妻のマリー=テレーズ@りこちゃん。
 りこちゃんは堅実だし知性があるし、役割的には申し分ない。
 でもやはり、「トップスターの相手役」には、「脇役感」が大きい。
 彼女がどーんと登場しても、「ヒロインキターーッ!」とは、たぶんみんな思わない。
 次のヒロイン登場までのつなぎだと思える。
 マリー=テレーズがそういう役割だから、それで正しいんだけど。
 マリー、マリー=テレーズとふたり続いて「チガウ」感があり。


 3人目の女性、愛人のモンテスパン夫人@しーらん。
 イロモノキターーッ!(笑)

 や、その、美しいです。しーらんは問題なく美しい。
 だけど彼が持つのも「ヒロイン登場しました!」ということではなく、わかりやすくイロモノ臭をぷんぷんさせている。

 てゆーかさあ、モンテスパン夫人の描き方にはわたしかなりツボりまして。
 ルイの寵愛を独占するために、彼女はダーク世界に足を踏み入れる。黒ミサだーの媚薬だーのの力を借りるわけな。

 「寵愛を守るためなら、手段は選ばない!」という姿勢はいいんだけど、その方法がさあ……。
 黒ミサ主催しているところをルイに踏み込まれて、なにもかも知られてしまうんだけど、あそこがイタ過ぎて、正視がつらい(笑)。

 目尻のシワを気にするおばさんが、10代の少女のような若作りして太股丸出して歌い踊っているところへ、愛人が踏み込んでくるのよ……?
 いたたたたっ。
 わたしはおばさんなので、なんかすごくリアルに「きゃーーーーっ」という気持ちになって、身がすくんだ。
 これは、キツイ。きつすぎる。
 言うならば、「自分ひとりの愉しみだから、いいよね」と本気のゴスロリ衣装(ミニスカ+ヅカメイク)でおひとりさまカラオケでノリノリに歌い踊ってるところを、会社の人に見られた!!みたいな。双方ドア越しに固まった、的な。見た方も見られた方も気まずさに石化してしまう、的な。
 見ていて、モンテスパン夫人が哀れすぎて、胃がきゅーっとなる感じだったわ。
 黒ミサも、もう少しマシな格好でやってればよかったのに……。ミニスカ若作りはナイわー。

 モンテスパン夫人は登場したときからイロモノっぽかったけれど、愛人になってからの行動の突拍子もなさが「正しいイロモノ!」で、これまたヒロインカウントに入らず。

 マリー新人未熟、マリー=テレーズ地味脇役、モンテスパン夫人イロモノ大変。
 
 そしてよーやく真打ち、フランソワーズ@風ちゃん登場。


 風ちゃんは「主役芝居」をする子。
 タカラヅカの娘役は、男役に寄り添ってナンボ、支えてナンボ。
 だけど彼女はあまりヅカっぽくなくて、「わたしが主役!!」という様子で舞台に立つ。
 前回のマカゼ主演舞台とか、それで空中分解していたなあ。

 今回もまた、「わたしが主役!!ぶりは変わらず。
 とにかく登場すると、喋ると、それがどんなにささやかな場面でも「あ、あの子は主要キャラだ」とわかる。
 空気がチガウ、格がチガウ。

 そっか、脇役みたいにかなりあとの方からちょろりと出てきたけど、彼女がヒロインなんだ。
 そう、思う。

 ルイ14世は紛れもなく「主役」。それは揺るがない。
 だけど後半になって、もうひとつ「主役」が現れた。

 てことで、わくわく。
 ふたつの「主役」はいつ出会うの?


 物語的に、ルイとフランソワーズは、あまり一緒にどうこうしない。
 最後がこのふたりだった、というだけ。

 それが、じれったかった。

 だって風ちゃんはあまりにも「主役」だ。ひとりで「わたしは主役」とやっている人が、本来の主役れおんくんと対峙して、どんなことになるのか、知りたいじゃないか。
 見たいじゃないか。

 終始、れおんくんの「孤軍奮闘」ぶりが目についた。今の星組の特色かもしんないが、れおんくんが突出して色濃く、他の人たちは小さく足踏みしている状態。
 れおんくんが10年にひとりの逸材だから、そうなってしまうのは仕方ないのかもしれないけれど、一観客としては、「同じレベルに立つ役者」が見たい。
 れおんくんの個人技だけでなくて。
 彼の存在感に負けない力を持つ役者と、舞台上でガチにバトルして欲しい。
 舞台人として。

 マカゼの相手役として風ちゃんは相応しくなかったと思うけれど、「ミュージカル」でトップスター柚希礼音と闘うには、なかなかどうしていい役者だと思う。
 歌という武器を持ち、「主役」の看板を懸けて闘う気概がある、っていうか。

 ルイを取り巻く、4人の女性。
 初恋のマリーが通しの「恋愛ヒロイン」ポジだとは思う。
 だけど、最後に登場するフランソワーズの、「作品ヒロイン」ぶりは、とても愉快だ。
 前に登場した3人の女性を、全部「前座」にしてしまう、力。そのラスボス力。

 そっかあ、れおんくんだと、これくらい強い子じゃないと、物足りないよなあ。

 れおんVS風ちゃんで、なにか1本本気な作品を観たいです。
 (&でも×でもないです、VSです・笑)
 『太陽王~ル・ロワ・ソレイユ~』感想あれこれ。

 マカゼとまさこ様がカッコよかった。

 ほんとにこのふたりのビジュアルは最高だわ。好みど真ん中だわ。
 だからこそ。

 歌が、つらかった。


 この作品で、最初に「歌」で勝負するのって、よりによってボーフォール公@マカゼなのね。

 何故、よりによって……!!

 全体的にマカゼ氏は、歌唱力が向上していたと思う。思っていたより、歌えてた。
 しかし。
 最初の一発目の歌が、……大変。

 大作ミュージカルの、最初のソロってさあ、「空間掌握」しなきゃ、いけないよねえ?
 がつーんと歌の力、音楽の力を見せつけて、観客を一気に作品世界へ引きずり込む。
 楽曲自体はそのつもりで作られたものらしい。パンチの効いた、カッコイイ曲。
 しかし……。
 歌っている人が……。

 聴きながら、とほほな気持ちになった。
 これって、歌唱力でがつーんといくはず、だよねえ? 歌詞もメロディも演出も、そのつもりだよねえ?
 頭で理解しているものと、実際に耳にするものが違い過ぎて……途方に暮れる。
 いっそマカゼは黙ってパフォーマンスするだけで、あんるに歌わせた方が良かったんじゃ……?

 作品冒頭から、かなりテンション落ちました。
 ふつーのヅカ公演ならそうでもないんだけど。「鳴り物入り海外ミュージカル日本初演」だと身がまえていた分、肩すかし感というか、がっかり感パネエっす。

 だがしかしっ。

 ボーフォール@マカゼは、かっこよかった。
 くそー。マジかっけー。

 特に後半、白髪まじりが、好み過ぎる!!

 それと、歌はダメダメだけど、マカゼ氏の声はいいと思うの。
 学年が上がるにつれて、どんどんイイ声になってきてるなあと。


 マザラン@まさこは、とにかくかっけー。
 ふつーに政治家の顔してるところもだけど、いちばん胸キュンしたのは、コミカルにしれっと踊る姿!!

 どこの場面だっけ? ベニーさんセンターだった? 真ん中の記憶がないんだけど、上手端でアンヌ@柚長と並んで踊ってるとこ。
 他の人たちはわかりやすくコミカルに、でもアンヌとマザランは立場上、キャラの性格上、コミカルに踊ってはならない。
 そのぎりぎりのところで、しれ~~っと踊っている姿が、好み過ぎて!!
 やだもー、好き! 大好き!
 両手でぽかぽかしたいくらい、萌えた(笑)。

 しかし。
 マリー@愛里ちゃんを説得する場面の歌が……うわー……。

 ミュージカルなんだけど、あんまし歌でがつんと物語を進めることがない作品なのね。
 だから、作中でかなりめずらしい、「説得」を歌で表現している大切な場面。1幕のクライマックス。

 まさこ様の歌唱力のなさっつーか、歌の不自由さに、遠い目になった……。

 ここって、歌ウマさんがやってたら、すげーいい場面なんだろうなあ。
 その迫力に飲まれ、息をするのも忘れて見入る、そんな場面なんだろうなあ。

 演出からそう想像するのみ。
 だって、実際に耳にするものは……。

 ビジュアルと歌唱力って、比例しないモノなのかしら。
 ミュージカルでここまで歌えない人が、メインにいるっつーのは、なかなかどうして、キツイなあ……。


 だがしかしっ。

 マザラン@まさこは、カッコよかった。
 歌さえ終われば、がっかり感を忘れさせるくらい、やっぱり格好いいんだ。
 くそー。

 なんで神は、二物を与えないんだろう。
 マカゼとまさこ様に、歌唱力を与えないんだろう。神様のバカ。


 ムッシュー@ベニーは、いい仕事をしていた。

 要求される役割を、きちんと果たしている。
 ピエロみたいな不細工に見えるメイクに、派手派手衣装、大げさで滑稽な仕草。
 場の空気をぶち壊す勢いで登場して、空気を混ぜっ返す。

 ベニーのためにあるような役だ。

 いつものベニー。期待されるだけのベニー。

 危惧したのは、初日でコレだと、今後「いつものベニー」でしかなくなってしまうのではないか、ということ。
 というのもだ、一部の人たちが、ベニーが登場するだけで、笑うからだ。
 ベニーがなにかしたから笑うんじゃない。「紅子キターーッ!」って、ただそれだけで笑うの。待ち構えて、笑うの。

 なんの芝居もしていないのに、素の役者のキャラだけを求め、それしか見ないで、笑う。
 一般的にそれはいいことなのかな?
 わたしは、好きじゃない。
 ムッシューという役で笑いを取るのはいいけど、「ベニーだ」というだけで笑うのは、役者に失礼だと思うし、真剣に作品を観ている一観客として不快だ。

 これから先、ベニーは登場するだけで「常連客」から笑われるのかなあ。
 ベニーってそういう位置づけで、そしてこれからもずっとそういう位置づけで、いいの?

 ムッシューはおいしい役なのかな? ベニーの明るさで救われてはいるけれど、期待したほどおいしい役に、わたしには見えなかった。
 もっと物語に絡んでくれなきゃ、ただ浮いているだけで終わっちゃうわ。

 あとお化粧、あれで正しいのかなあ。道化を意識してもいいけど、タカラヅカなんだから、最低限美形にしてくれた方が、わたしはうれしい。

 きちんと仕事をしているだけに、気になった。

 ベニーとマカゼ、逆の役でもよかったかも……。
 ベニーに必要なのは素のバラドルキャラでやっちゃえる役じゃなく、骨太の大人の男の役じゃないかな?
 そしてマカゼはとことん道化に徹し、空気を変える役じゃないかな?
 キムシンってアテ書き(ぴったり配役)する人、それゆえに、今回は裏目に出たよーな気もする……。


 まあともかく、みなさん見目麗しくて、大変眼福でした。ラ・ヴォワザン@夏樹くんの美貌と迫力、コルベール@ポコちゃんの美貌と官僚っぽさ。

 そーいやシュウシオツキ氏が魔女っこみたいなヘアスタイルでしたな。や、みんな髪型愉快なんだけど、男たちの方がえーらいこっちゃな髪型(笑)。同じくらい盛っていても、「男」ってだけですげー!になる。
 そしてシュウシオツキ氏が、素敵にホモの三角関係やってましたな。女同士でも絡みがあったし……素敵なフランス宮廷。
 や、センターではれおんくんとベニーとしーらんがなんか歌ってやりとりしてたと思うんですが、歌詞がぜんぜん聞き取れないので、早々に放棄して、周囲見てました(笑)。


 にしても、いろんな記憶が甦る時代設定ですなあ。

 ボーフォール公といえばヒゲのダンディで、ホモ。最後はルイ14世を指さしして「あなたは人殺しだ」と罵るのよねー。フィリップのことを心から愛していたから。
 とか。
 マザランといえば、しいちゃん。赤い法衣姿がめちゃくちゃ美しかったなああ。
 とか。
 コルベールといえば、トド。なんかすげーやる気なさそうにやってたなあ……でも、美しかった。
 とか。
 フィリップといえば、ゆーひくん。銀橋を渡る姿に驚いたっけ。
 とか。
 ルイ14世といえば、キムくんだし。
 アンヌといえば、ぐんちゃんだし。

 いろんなモノが混ざるわー(笑)。
 どの役がどの作品か、全部わかる人いる? あ、マンガも混ざってる(ヅカで舞台化もされたけど)。
 和希そらの、本気を見た。

 新人公演『ベルサイユのばら-オスカル編-』にて。

 そらくん、新公初主演おめでとー。

 いやあ、きれいに仕上げてました、そらくん。本気で、お化粧がんばってた。なんだよ、ここまできれいに化けられるんじゃん! 本気だな、キミ、本気なんだな! と、ツボに入った。その攻めの姿勢はイイ!
 実力派の彼に足りないモノはビジュアル(身長含む)、と思っていたゆえ、「オスカル? えええ? そんな柄違いの役で新公って……」と危惧していたんだが。
 すまして立っていれば、ちゃんときれいなオスカル様がいた。
 表情がつくとまた別っていうか、特に口元はいつものそらくんで、残念っちゃー残念……なんだが、そこはもう個性ってもんでしょう。なんかタータンに似てるなーって気がした。これであと、きれいにこだわった表情が出来るといいな。

 星組のことちゃん新公と同じく、開演アナウンスからウケた。なんてイイ声!!

 で、幕が上がるなり大階段にそらくんひとり。ライトを浴びて歌い出す……。

 最初の歌は思ったほどではなかったけれど、十分歌えている。いろんな条件下でこれだけ歌えるんだから、大したものだと。

 そらくんに関しては、ほんと「オスカル」というビジュアルに不安があっただけで、それ以外は安心していた。つか、期待していた。いいものを見せてもらえるだろうと。

 若くしゃきしゃきした、優等生なオスカルだった。
 大人ではまったくなく、少年のよう。正義感も空回りも幼さゆえ。本公演のモンチオスカルがそのまま大人と称して動き回ってるみたい。
 男役云々よりも、たしかに「女性が演じているオスカル/オスカルって女の子だよね」という気がした。わたしのオスカル像とはまったくチガウけれど、これはこれでアリだと思う。

 本役のテルカルが人類を超えた美スタイルの持ち主ゆえ、そのイメージを残したまま見ると、たしかに小柄さにびっくりする。
 てゆーか、問題は身長よりも頭身バランスか。六頭身に足りてない?……ってのは、男役には少々つらい。カツラのせいで今回は、頭身低く見えているのかも。

 そらくんが真ん中向きとはあまり思ってないんだが、それでもこうして彼が真ん中を経験してくれたのはうれしい。
 一観客として、実力のあるスターさんの存在はマジ助かるんだもの。声よし歌よし芝居よしのスーパー下級生。これからも若手を牽引して欲しい。

 最後の挨拶で、「自分の持ち味とはチガウ役に挑戦させていただいたこと」と言っているのを聞き、ああそうだよなあとうなずいた。
 本人も思ってたんだな、自分はオスカルキャラじゃないって。わたしのイメージでは、そらくんはジャルジェ将軍かブイエ将軍だった。……実力のある子にやらせる、大切な役。この舞台もだが、これからの組に必要な役者認識。
 そらくんオスカルがアリなら、いまっちにもオスカルやらせてほしかったよ……と、今さら言う(笑)。


 アンドレ役の実羚淳くんという子は、わたしはまったくもっての初認識。今までまったくノーマーク……なので研2くらいの大抜擢なのかと思った。
 背が高いので、新公メンバーではよく目立つ。てゆーか宙組ってのっぽさんのイメージ強かったけど、若い子たちはそれほど大きくないのね。

 誰かに似てる……と思い続け、途中で気づいた。英真なおきだ! エマさんの若い頃を存じ上げないのだけど、こんな感じだったのかなあと思いながら見てた。いやその、似ているのは顔だけで、芸風はまったくかすりもしてないと思うけど。
 そらくんが角度によってはタータンっぽく見えたので、タータンとじゅんこさんって、いつぞやの星組か??てな気分に(笑)。

 実羚くんには、終始首をかしげていた。というのも、とても不思議な声をしているからだ。
 彼の素の声はどんな感じなんだろう? 舞台でがんばって男役として発声しているから、あんな不思議な声になったんだろうか。

 下級生男役にありがちなオンナノコ声……女子校演劇部風の、「ふつーのオンナノコが男言葉を使っている」声じゃない。
 だけど、男役の声でもない。
 なんだろう、この二重線みたいな声は?
 変な表現ですまん。うまく表現出来ない。ふつーなら1本線で描くところの絵が、2本線になっている感じ。なんで2本線? 1本でいいのに。何故こんなぼわんぼわんとした声?

 苦手な音色だったので、彼の芝居の善し悪しはよくわかんない。まず音の段階で降参しちゃった。

 若いならまだ発展途上だろうし、これから声も変わるだろう。今判断するより、今後の彼に期待しよう。……わたしが苦手なだけで、一般的に魅力的な声なのかもしれないし。今まで聞いたことがないタイプの声ってことは、かえって武器なのかもしれないし。
 歌はふつーに歌えてたよね? びっくりしたのは声だけで、歌はなにも思わなかったから。
 初抜擢の緊張の中でそれなりに歌えるってことは、歌ウマさんなのかも?

 今、彼の学年を調べてびっくりしたっす……。研6だったのか……。
 てゆーか、みなとくんと同期なら、何故みなとくんより役付上になったんだろう……。


 で、ジェローデル@みなとくんは、堂々たるもんですな。新公で主要役やるの慣れてます的な。
 順当に彼がオスカルやるのかと思ってた。

 きれいだし安定しているし、かちっといい仕事してました。
 新公学年でこういう仕事をする人って、このまま脇固め要因にされちゃうのかしら。
 アゴ以外はタカラヅカ的にきれいな子だと思うんだけどなあ。主演回ってこないのかなー。


 アラン@パッションくんは、とってもパッションでした。
 てゆーか、出てきた瞬間からアゴ割ってきた!!と、ウケました。
 タカラヅカでお尻アゴ作る人ってめずらしいよね?
 そーゆーことをやっちゃうところがパッションくん(笑)。
 芝居も歌もまかせろ!! 特に歌は新公随一のうまさだよね。
 あとはほんと、ビジュアルのみ。実年齢も若いし、顔も変わっていくだろう。いい男に育ちますように。


 ヒロインのロザリー@うららちゃんは……。

 『翼ある人びと』は、ほんと素敵だった。歌以外完璧だった、見たいモノを見せてくれた。

 でも……。

 なんつーか、困るなあ……。
 見ていて困るというか、途方に暮れる。

 わかりやすいところでいうと、歌。
 ここまで歌えない人ってのは、なかなかめずらしい。音を外す以前に、声が「ない」。歌の途中で声がなくなるんだもん。びっくりした。『殉情』のれーれを思い出した……。

 そして、「ロザリー」じゃなかった。
 きれいなんだけど、「春風」じゃない。
 おとなびた、陰のある、寂しい美女だった。
 『翼ある人びと』のクララまんま。
 クララは素晴らしかったけど、出来る役がクララ限定というのは……。

 ここまで出来る役と出せる音域が限られている美貌の娘役、もう研6、つーのは、なんつーか、途方に暮れる……。
 ハマったときがあんなに素敵だとわかっているだけに。
 これからうららちゃんはどこへ進むんだろう。
 1本モノ新人公演のお楽しみのひとつは、2時間半の作品を90分強にどうまとめてくるか。
 特に『ベルばら』はいらないところ・壊れているところだらけなので、それらを削り落とした新公が「本公演もこの構成でやってくれ!」的な出来映えになっていることが多い。

 スズキケイはこの「短縮版」の作り方がうまくてねえ……演出家としての彼に夢を抱いていた時代もありました……遠い目。
 短縮新公をうまく作れても、作劇能力や構成力があるわけじゃない、というのを教えてくれたのもスズキケイでした……。

 ともあれ、うまく短縮した新公を見せてくれるとうれしい。さあ今回の『ベルばら』は、どんな再構成ぶりかしら。

 と、わくわくしていました。新人公演『ベルサイユのばら―オスカル編―』

 1幕のオスカル登場してから場面を、2幕にくっつけただけ。

 1幕は60分、しかしオスカルが登場するのは開始から20分経ってから。
 2幕は90分、だけどフィナーレ~パレードが30分近くある。
 単純計算で40分+60分……あら、そのまま新公可能だわ。

 ……ほんとに、ただそのまんまだった……がっくり。
 本編からして特出版と通常版とあってめちゃくちゃだった雪はともかく、月組のときは素晴らしい短縮振りだったのになあ。

 新公演出は、生田くん。


 この日わたし、本公演から観ていたので、『ベルばら』をまるまる2本ダブル観劇!って結果になり、かなり精神的に消耗しました(笑)。衛兵隊の家族とオスカルの家族大嫌い。彼らの場面があると「植爺大嫌いメーター」がマックスまで跳ね上がって、しばらくタカラヅカから離れたくなる(笑)。
 演じている人は関係ないですよ、念のため。悪いのは植爺です。


 今回の新公でのわたしのいちばんの収穫は、ベルナール@瑠風輝くん。
 るかぜひかる、と読むのか。98期、研3。

 すらりと長身で、明るいさわやかな光がある。
 素直な声で滑舌がよくて、歌ウマ。

 なんか、咲ちゃんを思い出した。
 ベルナールをやっている輝くんは、雪全ツの咲ちゃんベルナールっぽく見えた。あー、でも、咲ちゃんより細いかな……。(咲ちゃん……)

 が、顔をじーっと見てると、ヲヅキに似ている気がしてきた。
 若いヲヅキ……? あー、でも、ヲヅキより薄いかな……。(ヲヅキさんは若い頃からイロモノ風味強かったさ……)

 さわやかにうまかったので、要チェックです、期待です。


 ジャルジェ夫人@彩花まりちゃんが美しくてうまかった!
 きれーだわー、うまいわー、見ていて安心だわー。
 たしか歌もうまい子よね?
 このまま女役路線でいっちゃうのかなあ。マジにヒロイン系やってるとこ見てみたいな。

 ブイエ将軍@かける、マジうまい!
 最初誰がやってるのか知らなくて、帽子とヒゲで顔もわかんないし、でもうまいな誰よこれ、新公学年なのよね……? と思ったら、かけるくんでした。
 そっか、まだ新公学年だったんだね。
 今回ブイエ将軍まともな人だから、かけるくんの堅実な芝居でさらに太い楔が打ち込まれた感じ。

 ジャルジェ将軍@美月くんは、個人的には本役さんより好き(笑)。
 ジャルジェ将軍はおでぶな老人ではないの、すらりとした美中年なんだよー。汝鳥さんは大好きなおじさまだけど、剣術指南場面まであるジャルジェ将軍にはきつい……と、思っているもので。汝鳥さんに含みはない、すべて植爺が悪い。
 なんでもかんでも汝鳥さん頼みの植爺への疑問を、美月くんの「現役軍人」ぶりが跳ね返してくれた。
 汝鳥さんのイメージとはぜんぜん違う、若い役作り。貫禄出そうと年齢上げず、美月くんの守備範囲まんまでやった感じ?
 新公だから、それはそれでアリだと思う。周りがぴよぴよと若いから、美月くんの持ち味で大人に見える。

 ワーグナー@『翼ある人びと』以来、喋る春瀬くんに慣れた気がする。
 慣れた……というか、『翼ある人びと』でかなりびっくりしたので。
 春瀬くんというと美形の人、というだけの認識で、きれいだから目につく、……それ以外は特になにも、役付もよくなくて、うまいのかどうかすらよくわかんない……いや、うまくはないよなあ……でもきれいな子だよねー……というイメージをけっこう長く持って来たような。
 モブのきれいな子、あまり出番も台詞もないのがデフォルト、喋ると残念度が増す……というイメージから、『翼ある人びと』で「えっ、こんなに喋るんだ!!」とびっくりして。
 今回の画家役でもぺーらぺらとひとりでよく喋っていて、「おおっ、今回もまたよく喋る」と思い、思ったけれど別にびっくりしない……そうかあたし、慣れたんだ!
 えっと、春瀬くん、うまくなってるよね。ワーグナーは最初どうしようと思うくらいだったけど……うまくなってるー。
 きれいなので、どんどん喋って、どんどんうまくなってほしい。

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