すみれ組があった頃。~年寄りの昔話~
2016年6月8日 タカラヅカ 年寄りの昔話シリーズ。
歴代『エリザベート』語りをしたいのだが、初演雪組から、次の星組に行く前に、当時のネット事情なんかを語ってみる。
わたしの最初のネットデビューは、いわゆる「インターネット」ではなく、パソコン通信だ。ばばあじゃけん、ネット以前の消えた文化が最初でしたのよ。
パソ通には、いろんなフォーラムがあって、わたしはまずいそいそとタカラヅカフォーラム「すみれ組」に登録した。ヅカの話のできる場を求めていたんだ。
で、ざーっと各ツリーに目を通した後、新参者専用のツリーに挨拶を書き込んだ。他の人がしているのに倣って、「はじめまして」からはじまって、簡単な自己紹介をして「よろしくお願いします。」で終わる。わずか数行。小心者なので、お手本通り、はみ出すこともない代わり、オリジナリティもない、あたりさわりのないふつーの挨拶。
そしたら、その他愛ない挨拶に、知らない人たちからレスが返った。「ようこそ!」と好意的に受け止めてくれている。
うれしかった。
しかも、わたしが軽く触れただけの文脈を読み取って、それについて返してくれている。
大喜びしたわたしは、レスにレスを返した。そうです、これだけの言葉でわかってもらえるなんてうれしい。
そしたらまたレスが返った。「わかりますよー」と。
んでまたレスを返し……。
で。
怒られた。
別の知らない人に。
自分たちしか通じないような会話を、挨拶ツリーでやるなと。
はい。
わたしの「ネットデビュー」はこれで終了しました。
初心者として挨拶をした、そこで一度怒られた。……これだけで、終了。最初の挨拶合わせて合計3回くらい? 全部合わせても十数行? それが、人生での書き込みのすべて。
以来もう二度と、書き込みはしなかった。
小心者っすから。
理がどっちにあるにしろ、「知らない人から頭ごなしに怒られた」だけでびびって退散したんだ。
まー、なんてチキンハート。
レスでわたしにかまってくれていた人たちは古参らしく、そうやって初心者の挨拶にレスをして歓迎するのが習わしらしかったけど、わたしがなつくもんだから調子に乗っちゃったみたい? 他の古参さんに叱られるまで一緒になってきゃあきゃあやっちゃったんだな。
古参さんたちは「怒られちゃった。てへぺろ」だったけど、わたしはすくみあがって逃げ出した。
レスをくれた人たちと個人的にやりとりは続けたけれど、私はもう二度と不特定多数に開かれた場で発言をすることはなかった。
すみれ組だけではなく、他にも登録したフォーラムはいろいろあったけれど、挨拶書き込みすらしなかった。完全沈黙。
まあ、お金もなかったしね。
パソ通は、わたしには高価な遊びだった。アニメ・マンガの兼業ヲタクだったもんで、定点観測するだけでもかなりの時間が必要、ROM専でも今のスマホ代よりはるかにかかっちゃう。若かったしね。今よりはるかに、びんぼーだった。
友人とかは毎月何万も費やしてて、そのうちシスオペだっけかになってたりしたけど(ついでに、今の旦那もそこで見つけてたけど・笑)、びんぼーなわたしには無理。
ROMだけだとしても、すみれ組ライフは楽しかった。
わたしはずっと、「他者の目線」に飢えていたんだ。
ヅカ友はいたけれど、全員もともとの友だち、ヅカで知り合った友だちじゃない。
元から友だちだから、趣味も感性も似ている。普段からつるんでいるから互いの好みもわかっていて、なにを見てどう思うか、どんな感想を言うか、大体わかる。
わたしが思うようなことは、大抵友人たちも思っている。
そうじゃなくて、まったく別の視点に触れてみたかった。
わたしが得られる情報は公式機関誌に載っていることのみ。それには「劇団検閲済み」のモノしか載っていない。
そうではなく、もっと自由に発信された意見を知りたかった。
コミケで売っていた「タカラヅカ評論本」「公演レポ」とか、人づてに教えてもらった「タカラヅカファンサークルの機関誌」とかも入手して読んだ。
「本当に同じものを観たのか??」と目を疑うような、生まれてはじめて知る感想で埋められていたりした。
公式とは違う、とても偏った「評論」や「感想」たち。わたしの周囲では誰ひとり言わない・思わないことが、「世界中の人がこう思っている」みたいに語られていたり、カケラも共感出来ない意見にぽかーんとなることもあったし、「うわなにコレ、めっちゃ腹立つ!」てな内容にもよくお目にかかったけれど。
共感出来なくても、そんな意見があることを「知る」方が、わたしには興味深かった。
だから、すみれ組でいろんな意見を読むのが楽しかった。
いろんな人がいて、いろんな考え方がある。それを学んだ。
それと、ネチケットなー。書き込むことはなくても、繰り返される他人のやり取りから、「やってはいけないこと」を学んでいきました。
すみれ組時代に「ROMに徹する」ことを習性としてしまったので。
その後、インターネットの時代になっても、そのスタンスは変わらなかった。
開かれたBBSには書き込まない。つぶやくこともない。
いやあ、そういう習性が染みついていて、よかったよ。
もしパソ通でびびって逃げ出してなかったら……脊髄反射で自分の意見をがんがん書き込んで、他者と会話しまくることを日常としていたら。
宝塚歌劇団公式掲示板全盛期に、なにかしらやらかしていただろうから。
……ということで、この年寄りの昔語りで俎上に上げたいのはパソ通ではなく、公式BBSだ。(いつものことだが前置き長いよ)
歴代『エリザベート』語りをしたいのだが、初演雪組から、次の星組に行く前に、当時のネット事情なんかを語ってみる。
わたしの最初のネットデビューは、いわゆる「インターネット」ではなく、パソコン通信だ。ばばあじゃけん、ネット以前の消えた文化が最初でしたのよ。
パソ通には、いろんなフォーラムがあって、わたしはまずいそいそとタカラヅカフォーラム「すみれ組」に登録した。ヅカの話のできる場を求めていたんだ。
で、ざーっと各ツリーに目を通した後、新参者専用のツリーに挨拶を書き込んだ。他の人がしているのに倣って、「はじめまして」からはじまって、簡単な自己紹介をして「よろしくお願いします。」で終わる。わずか数行。小心者なので、お手本通り、はみ出すこともない代わり、オリジナリティもない、あたりさわりのないふつーの挨拶。
そしたら、その他愛ない挨拶に、知らない人たちからレスが返った。「ようこそ!」と好意的に受け止めてくれている。
うれしかった。
しかも、わたしが軽く触れただけの文脈を読み取って、それについて返してくれている。
大喜びしたわたしは、レスにレスを返した。そうです、これだけの言葉でわかってもらえるなんてうれしい。
そしたらまたレスが返った。「わかりますよー」と。
んでまたレスを返し……。
で。
怒られた。
別の知らない人に。
自分たちしか通じないような会話を、挨拶ツリーでやるなと。
はい。
わたしの「ネットデビュー」はこれで終了しました。
初心者として挨拶をした、そこで一度怒られた。……これだけで、終了。最初の挨拶合わせて合計3回くらい? 全部合わせても十数行? それが、人生での書き込みのすべて。
以来もう二度と、書き込みはしなかった。
小心者っすから。
理がどっちにあるにしろ、「知らない人から頭ごなしに怒られた」だけでびびって退散したんだ。
まー、なんてチキンハート。
レスでわたしにかまってくれていた人たちは古参らしく、そうやって初心者の挨拶にレスをして歓迎するのが習わしらしかったけど、わたしがなつくもんだから調子に乗っちゃったみたい? 他の古参さんに叱られるまで一緒になってきゃあきゃあやっちゃったんだな。
古参さんたちは「怒られちゃった。てへぺろ」だったけど、わたしはすくみあがって逃げ出した。
レスをくれた人たちと個人的にやりとりは続けたけれど、私はもう二度と不特定多数に開かれた場で発言をすることはなかった。
すみれ組だけではなく、他にも登録したフォーラムはいろいろあったけれど、挨拶書き込みすらしなかった。完全沈黙。
まあ、お金もなかったしね。
パソ通は、わたしには高価な遊びだった。アニメ・マンガの兼業ヲタクだったもんで、定点観測するだけでもかなりの時間が必要、ROM専でも今のスマホ代よりはるかにかかっちゃう。若かったしね。今よりはるかに、びんぼーだった。
友人とかは毎月何万も費やしてて、そのうちシスオペだっけかになってたりしたけど(ついでに、今の旦那もそこで見つけてたけど・笑)、びんぼーなわたしには無理。
ROMだけだとしても、すみれ組ライフは楽しかった。
わたしはずっと、「他者の目線」に飢えていたんだ。
ヅカ友はいたけれど、全員もともとの友だち、ヅカで知り合った友だちじゃない。
元から友だちだから、趣味も感性も似ている。普段からつるんでいるから互いの好みもわかっていて、なにを見てどう思うか、どんな感想を言うか、大体わかる。
わたしが思うようなことは、大抵友人たちも思っている。
そうじゃなくて、まったく別の視点に触れてみたかった。
わたしが得られる情報は公式機関誌に載っていることのみ。それには「劇団検閲済み」のモノしか載っていない。
そうではなく、もっと自由に発信された意見を知りたかった。
コミケで売っていた「タカラヅカ評論本」「公演レポ」とか、人づてに教えてもらった「タカラヅカファンサークルの機関誌」とかも入手して読んだ。
「本当に同じものを観たのか??」と目を疑うような、生まれてはじめて知る感想で埋められていたりした。
公式とは違う、とても偏った「評論」や「感想」たち。わたしの周囲では誰ひとり言わない・思わないことが、「世界中の人がこう思っている」みたいに語られていたり、カケラも共感出来ない意見にぽかーんとなることもあったし、「うわなにコレ、めっちゃ腹立つ!」てな内容にもよくお目にかかったけれど。
共感出来なくても、そんな意見があることを「知る」方が、わたしには興味深かった。
だから、すみれ組でいろんな意見を読むのが楽しかった。
いろんな人がいて、いろんな考え方がある。それを学んだ。
それと、ネチケットなー。書き込むことはなくても、繰り返される他人のやり取りから、「やってはいけないこと」を学んでいきました。
すみれ組時代に「ROMに徹する」ことを習性としてしまったので。
その後、インターネットの時代になっても、そのスタンスは変わらなかった。
開かれたBBSには書き込まない。つぶやくこともない。
いやあ、そういう習性が染みついていて、よかったよ。
もしパソ通でびびって逃げ出してなかったら……脊髄反射で自分の意見をがんがん書き込んで、他者と会話しまくることを日常としていたら。
宝塚歌劇団公式掲示板全盛期に、なにかしらやらかしていただろうから。
……ということで、この年寄りの昔語りで俎上に上げたいのはパソ通ではなく、公式BBSだ。(いつものことだが前置き長いよ)