パスワードがわからない。
 私的なメールにはロックがかかっていて、パスワードがないと読めないのだ。
 時間がない。
 彼はもう、脅迫者と対峙するために出て行った。このままでは彼の生命が危ない。
 脅迫者が彼をどこに呼び出したのか。
 彼を助けるために、彼が受け取ったメールを読まなければならない。
 部屋にはふたりの刑事と、彼の昔の恋人たちが駆けつけている。そんななかで、私はひとりノートパソコンに向かっていた。
 私は彼の私設秘書だ。私は彼のために働かなければならない。私は彼の生命を守らなければならない。
 パスワードがわかりさえすれば……。
 試せるだけの単語は入力してみた。本人の誕生日やカードの番号、昔の恋人の名、母親の名前……あとはなんだ? なにがある?
 彼が、パスワードにする特別な単語は?

 g・i・u・s・e・p・p・e

 ほんの思いつきだった。
 あらゆる単語を思いつくままに入力していたのだ。半分あきらめながら。

 まさか。
 ……まさかこの単語で、開くなんて。
 部屋の者たちが一斉に私の周りに集まってくる。
 わたしは冷静に脅迫者のメールを読み上げる。彼はこのメールに呼び出されて行ったのだ。
 彼は死ぬのだろうか。脅迫者に殺されるのだろうか。

 思わず神頼みをした私を、彼の元恋人のひとりが怒鳴りつけた。神頼みをしている場合ではないと。
 わかっている。
 だが、神に祈る以外にどうしろと?
 私は敬虔なクリスチャンだ。

 彼が何故、私の名をパスワードにしていたのか。
 その事実に動揺しているこの私は。
 彼は近日中に「運命の女性」とめぐり逢う。私の祖母が占った結果だ。正確には、「栗色の髪に琥珀色の瞳をした運命の相手」……バレリーナだとかベルギー人だとかは、私があとからでっちあげた。その方が彼の好みだと思ったからだ。
 おばあちゃんは、「栗色の髪に琥珀色の瞳をした運命の相手」と言ったんだ。
 私の髪は……栗色だ。私の瞳は……。
 「運命の相手」。おばあちゃんは、性別を言わなかった! 俺か? 俺なのか? レオ様の運命の相手って?!

 俺は敬虔なクリスチャンだってば! そんな運命はこまる!
 ああだが、もしもそうなら……そうなんなら……どうしよう。

 それもアリかもしれない。
 なんて思っているこの俺は?


          ☆

 なーんてことを考えてしまった、3回目の観劇。
 『シニョール ドン・ファン』。

 レオのメールのパスワード、なんだったのかしらね?
 そしてなんで、ジョゼッペはパスワードを言わなかったのかしら。苦労してよーやく見つけたパスワードでしょ? ふつー言わない? 「パスワードは**だったんだ!」とかさ。

 言うに言えない単語だったのか?

 と、思ったわけよ。
 あの熱血秘書が口にできない単語ってなによ?

 自分の名前だったりしたら、そりゃー言えないわな。
 あのレオ様が、俺の名前をパスワードに?!
 レオ様は、じつは俺のことを……?!

 そして物語は、あの愉快なラストシーンにつながるのよ。
 女たちすべてを振り切ったレオ様は、ジョゼッペに「恋をしようかな」などと言う。
 女をすべて捨てて、そばにはジョゼッペ。
 女の代わりはいくらでもいるが、ジョゼッペの代わりはいない。
 レオ様は俺を選んだんだ! やはり、「運命の相手」って……!!
 盛り上がるジョゼッペ。
 ごめんなさい神様。ひとりで十字を切り、次の瞬間には「レオ様、据え膳はありがたくいただきます!」と恋に猪突猛進。
 行け行けジョゼッペ。
 ヤっちまえばこっちのもん。カンチガイでも独り相撲でも、大丈夫、レオ様なら苦笑しながら受け止めてくれるよ。

 てな、かわいい(?)ラブコメのプロットが簡単にできあがったんですが。
 

 と、かねすきさんに言ったら。
「あそこでパスワードを言わないのは変ですもんね」
 さすがわがソウル・フレンド。打てば響くお答え。
「わたしが描くなら、刑事カップルですが」
 カップル? カップルですか、かねすきさん。
「どっちが受?」
「もちろんふつーに、越リュウでしょう?」
「ふつー? 越リュウ受がふつー?」
「だって相手が楠さんだし」
 答えになってない(笑)。
 しかしあの刑事はコントラストがはっきりしていていいね。
 どっちも濃い野郎系なんだが、のぞみちゃんはホットで、越リュウはクール。ラストの赤いハートの風船を持った姿がベリキュート。……のぞみちゃん、笑いすぎ(笑)。

 いや、わたしは他にもホモカップルをでっちあげているんですが……ふふふ、やはりさえちゃんは受だよね?

 
 昨日の晴天とはうってかわって、大雨。
 歩くのを躊躇するよーなどしゃ降り。
 まだ1日ズレております、8日の日記ナリ。

 いーかげんネタバレしまくってると思う。一応、多少の自重はしているし、ストーリー本体には触れていないつもりなんだが。
 友人のオレンジが言うには、公演が終わるまで一切のネタバレは、ネットで書いてはならないらしい。
 そーかもしれんが、こんな辺境の個人の日記だから、世間に与える影響は少ないはずだ。だいたい、映画の話は公開前にさんざんしてるしなー。
 いいよね? ってことで、自分に甘いわたしは、多少のネタバレをものともせずに好き勝手にほざくのです。

 体調不良で数時間おきに鎮痛剤を飲みながら、それでもムラへ出掛ける。
 だってかねすきさんとデートだもん。
 ランチだけ一緒して帰るつもりが……またしても観てしまった、月組公演。
 好きなんだもん、『シニョール ドン・ファン』。

 またしても、サバキがぜんぜん出ない。
 そして、人も少ない。
 欲張らずに早々に座席に着いたのだが。

 客席は、真っ赤です。

 サバキゾーンが寂しかったわけさ。人口密度が低かったんだもの……。

 あんなに空けたままにしておくくらいなら、公演限定パスポート作ってくんないかなぁ。
 2階席限定で開演5分前座席指定とかなら、ダフ屋に流れることもないんじゃない? チケットは購入者の顔写真付きにしてさ。
 USJを見習おうよ。
 景品つけるより、値引きしようよ。
 そしたらわたし、通うよ? 『シニョール ドン・ファン』なら。阪急電車の定期券だって買っちゃうさ(今は回数券)。

 
 『シニョール ドン・ファン』がたのしいのは、プロットが正しく機能していることの他に、余白がいっぱいある、ってことも大きいと思う。
 それぞれのキャラの視点に立って、空想をたのしむことができるんだ。
 脚本と出演者がうまく噛み合っているんだろうな。
 ぴっちりと突き詰められた作品だと、そうはいかない。適度にゆるみがあった方が、観客としてはたのしい。「少年ジャンプ」が売れるよーなものさ。
 二次創作にはもってこいの題材だねえ。

 
 わたし的には、コウちゃん以外のキャラはすべてバッチリ配役だったのです。
 コウちゃんは……ごめんよ、彼以外の人で観たかった、としか言えない。
 コウちゃん、キザることだけに夢中で、中身が見えない……。そりゃ男役として最後の役だから、「男役芸」を見せること表現することに必死になるのはわかるけどさ。
 コウちゃんの神髄は、やっぱハートフルな三枚目だと思うのよ。きりやんの役だと、さぞやうまかったろうなと思う。
「きりやんと汐風さんの役が逆でもよかったのに」
 と、かねすきさん。
 うん……きりやんがロドルフォだったら、さぞや「情念」の世界が展開されたでしょうな。暑苦しいまでの「人間の闇の部分」を全面に出して来たんじゃないかと思う。

「コウちゃん以外の専科なら、誰でもよかったよ」
 と、わたし。
 ワタル兄貴でもよかったし、樹里ちゃんでもガイチでもよかった。存在を失念していたが、トドさまでもいいさ。
 そしたらかねすきさんはさらりと。
「彩輝さんでも?」
 と返してくる。
「さ、さえちゃん?」
「ええ。ただ彩輝さんが演ったら、ただのホモになりますけど」
 爆笑。
 た、たしかにロドルフォがさえちゃんなら、ただのホモだ(笑)。
 それはそれでたのしいかもしれんが。
 

 あ。
 そーいや『花の風土記』の方。
 わたしったらメイン部分のお衣装の色、思いっきりまちがえてますわねー。
 笑っちゃったわ。
 でもきらきら言い訳のよーなラメの光が、初見では印象に残ったのね、とっても悪い意味で。
 

 んでもって。
 研一の純矢くん、3回目になるとどこにいてもわかりました。ほんとに背低いね……。娘役みたいに見えるよ……。


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