悩みの種はひとり娘。
 せっかくわたしに似て美人なのに、ちっとも女の子らしくしない。
 男の子にもおしゃれにも興味なし。男の子みたいな格好しかしないの。そして、よりによってサッカーに夢中。
 今日も同じ女子サッカーチームの友だちが遊びにきている。
 ケンカでもしたのかしら。なんだか雰囲気が悪かったけれど……。
「あなたは私を裏切ったのよ!!」
 娘の叫び声。
 お茶とお菓子を運ぼうとしたわたしは、ドアの外で凍り付く。
 娘とその友人の少女が激しく口論している。
 その内容は……。
 ああ、神様!!

 友人じゃない。
 あの少女は、娘の恋人だわ!!

          ☆

 ご機嫌な映画を見ました。
 『ベッカムに恋して』。

 バーミンダ・ナーグラ、キーラ・ナイトレイ主演。

 女の子のサッカー映画。
 ……と言えば、想像するよね? その想像まんまの映画。

 主人公のジェスはサッカーに夢中な女の子。部屋はあこがれのベッカムの写真だらけ。彼女は毎日、男の子にまざってボールを蹴っていた。
 インド系イギリス人の彼女の家庭は厳格。「女の子は女の子らしく!」が基本。両親はジェスがサッカーをすることに大反対。
 ある日ジェスはジュールズという少女に、女子サッカーチームに誘われた。女の子にもサッカーリーグがある! そのことを知ったジェスは家族に内緒でチームに入る。
 チームは勝ち続け、ジェスにはサッカー選手としての輝かしい未来が予想される。
 ……が。サッカーチームに入っていることが、両親にバレてしまった! 当然ジェスはサッカーを禁止され……。

 「女の子は女の子らしく」という概念。「女は家庭に入るのがいちばんの幸福」という概念。「おっぱいが邪魔でプレイできないだろ?」と笑う男たち。
 それらをはねのけて、自分で人生を切り開いていく女の子たちの青春映画。
 友情と恋と夢と家族愛。

 女の子のサッカー映画、と聞いて想像するまんまの映画。

 そう、まんまだからいいのよ。
 見ていて気持ちいい。お約束のテーマとストーリーを真っ向勝負。

 ヒロインのジェスがインド系だってのがいい。
 現代のふつーの家庭の女の子が、「サッカーなんてはしたないものは禁止!」って言われても「はぁ?」って感じだよね。ふつーにスポーツじゃん、って。家族の反対が、大して障害にならないよね。
 でも、なんといっても彼女はインド系。規律の厳しさが、わたしたちとはチガウ。
 家族の反対が、とても大きな障害なの。そりゃ、この家庭環境でサッカー選手になろうなんて、ものすごい反骨心だよ、と思わせる。
 現代で「身分違いの恋」をやってもそれほど盛り上がらないけど、明治時代とかヨーロッパの貴族社会とかでやると盛り上がるのと同じ。
 障害が障害として、正しく機能。

 インド系イギリス人の生活なんて、まったく知らなかったから、それを見るだけでも興味深かった。
 ほんとにインド人なんだ……家も服もふつーに現代なのに。生活はイギリス、でも習慣はインド。なんて頑な。日本とはチガウ。

 女の子と家族、女の子と社会の戦いの物語。
 ジェスとジュールズ、ふたりの少女はそれぞれ両親にサッカーを反対されている。
 インド人とイギリス人ってことで、反対の度合いがチガウけれど。
 インド人のジェスは完全反対、イギリス人のジュールズは反対はされるけれど、されるだけで、彼女は自分のしたいようにすることができる。
 この対比もいい感じ。
 立場はまったく同じなのに、障害の大きさがチガウの。それが民族のちがい。
 インド娘とイギリス娘の家庭が、きちんと描いてある。
 ……自由度のちがいはあるものの、家族や社会に理解されずに、自分の道を貫くのはつらいよね。
 だから応援したくなる。
 がんばれ、女の子。
 自分の人生を、自分の意志で決めるんだ。

 女の子と家族の関係が、とてもいいの。
 対立を描くわけだから、主人公の女の子側ばかりを描いてもダメ。障害となる家族側も、ちゃんと描かないと。
 いいファミリーなんだ。
 ジェスもジュールズも、いい子だってのが納得できる。このファミリーに愛されて育ったんだから、そりゃいい子たちだろうよ。

 そしてもうひとつのお約束、恋と友情。
 ジェスとジュールズは、同じ男性を好きになる。
 チームのコーチで、ハンサムでやさしく厳しい好青年。
 さあ、男が絡めば友情は危機だ。
 ジェスとジュールズは絶交!!
 ……まったく、女の子ってば、公私の区別つかないからなあ。恋とサッカーは別もんだろうに……恋でモメると、サッカー的にも大変さ。

 これらの出来事は、すべて気持ちのいい大団円になだれ込む。
 そりゃーもー、お約束通りに。
 期待通りに。

 
 この映画の気持ちいいところは、すべてが「お約束通り」であることだ。
 お約束の気持ちよさを優先して、気分の悪くなるよーな部分は描かない。

 たとえば、家族に内緒でチームに入ったジェスは、金銭的なことはどーなっているのか? とか。
 日本のサッカーマンガでこのパターンならまず、主人公はチームの月謝に苦労するね。ユニフォーム代、シューズ代はもとより、スタンドの使用料、コーチの給料とか、月謝として徴収されるよねえ? 高校生の女の子が、学校に通いながらどう捻出するんだ?
 でもそんな部分は描かない。ジェスは問題なく毎日練習して腕を上げていく。

 たとえば、ジェスとチームメイトの軋轢。
 スカウトで入ってきた、「家族には秘密」のストライカー。家庭都合で試合に出たり出なかったり。
 ふつー、嫌われるって。ジェスが入ったことで、レギュラーからはずされた子とかがいるはずだ。あとから来たジェスより、もとからいる子を大事にしないか、他のチームメイト?
 でもそんな部分は描かない。ジェスは問題なくチームメイトに迎えられ、毎日たのしく練習して腕を上げていく。

 ジェスがはじめから抱える「障害」はあくまでも「家族」だけにまとめる。
 そしてこれは、「家族愛」でハッピーエンドに。
 次に、ストーリーが進むことで生じる「問題」が、恋と友情の板挟み。他のチームメイトとかは一切描かない。ジェスとの関わりは、ジュールズのみ。
 そしてこれも、「友情」で美しくハッピーエンドに。

 「お約束」の実行のために、他のことを切り捨てる潔さが秀逸。

 だから見ていてとても気持ちいい。
 期待通りの快感に酔える。

 あと、爆笑を誘っていたのが、ジュールズのママ。
 浅慮な価値観に凝り固まっている、かわいい女性。
 コーチをめぐってケンカするジェスとジュールズの会話を立ち聞きして……「痴話喧嘩」だと誤解。
 娘がレズだなんて!! と、いちいち過剰反応。
 ママが出てくるたびに、場内爆笑。

 ジェス側も、ジュールズと仲良くしているところを小うるさいおばさんに目撃され「男の子と道端でキスしてるなんて!」と誤解されて大変なことになったり。

 ジュールズがとにかく、美形だから。
 ボーイッシュで傲慢。引き締まったカラダもかっこいい。
 ……男の子にまちがえられたり、レズの男役だと思われたり。大変だな(笑)。ふつーに恋してる女の子なのに。

 クライマックスの結婚式のシーンがいいよ。
 カラフル!!
 インドの結婚式って大変だ。
 踊れ踊れ。
 幸福を祝って踊れ。
 インド女性として、同族に祝福されて結婚する姉と、それらすべてと相反することになる、サッカーの決勝戦で戦う妹の、対照的な……でもそれぞれがもっともしあわせなシーンが交差して描かれる。

 
 たのしい映画だった。
 エンディングはNG集みたいになってるの。かわいいー。
 スタッフもキャストも、サリーを着たおばーちゃんも、ころころしたおばさんも、みんなみんな踊り出す。
 かわいいー。

 原題は「ベッカムのようにボールを曲げろ」という意味らしい。
 ベッカムがボールを曲げるように、自分の人生を自分の力で曲げろ、という、エールに満ちたタイトル。
 すべてが直球勝負だ(笑)。
 大好き。


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