えー、わたしにはこう見えている『TUXEDO JAZZ』、あるいは、『TUXEDO JAZZ』の楽しみ方こあら風、話の続きっす!

 その昔、『マラケシュ』を観たときに誰かと話したんだよな。kineさんとだっけ?
 リュドヴィーク@オサとオリガ@ふーちゃんの「パリの傷」の重さが、同一に語られているけれど、じつはまったくチガウって話。
 同じ傷を持つ男と女、という設定のわりに、リュドとオリガが背負うモノがちがいすぎる。
 たかが色欲のために結婚詐欺に遭った世間知らずのバカ娘の過去と、愛する女性を守ろうとしたけれど叶わず、自分のために彼女に人を殺させてしまい、その罪をかぶって闇社会へ落ちた男の過去が、同じ重さなわけないだろ。
 しかもオリガの方は腹いせで金持ち貴族のぼんぼんと衝動結婚、なんの不自由もない若奥様生活だ。今なお手を汚しあがき続けるリュドとはちがいすぎるっつの。

 でも、脚本上は「同じ」とされている。

 このワンダーランド『TUXEDO JAZZ』でも、オサと彩音は同じように迷宮を走り回りながらも、背負っているモノがチガウ。

 彩音はポップに明るい世界観にいるのに、オサは重く深い、狂気の沈む世界にいる。

 オギーの「春野寿美礼」へのイメージなんだろうか。
 「他と同じだよ♪」と見せかけておいて、じつは彼だけめちゃヘヴィだっての。
 やさしくゆるいふりをしていて、『TUXEDO JAZZ』にも毒がうすーく塗り伸ばしてあるように。
 ライトユーザーには安全。でも、何度も何度も観るリピーターはもれなく中毒。後戻りできない。うひゃあ。

 さて、交通事故で終わりを告げた、表と裏の物語。

 暗い重い物語の主人公だったオサは、次の場面ではいきなりコミカルになる。
 ボロボロの姿で現れた彼は、街の女たちに促されるまま仕立て屋へ。

 ここもすごーく、『不思議の国のアリス』ちっくだよなー。

 次々差し出されるとんでもない服。ダークスーツしか着てこなかった渋いギャングになにを薦めるんだ(笑)。

 ここでオサを手玉に取るのが、彩音とまっつ。客であるオサの言うことを聞いてあたふたしている、わけなんだが、追うモノと終われるモノ、回転ドアをくぐれば別世界、振り回すモノと振り回されるモノが逆転している。
 ほんとうなら、客が自分のペースで買い物をするのに、選ぶのに、彩音たちが自分たちのペースで主導しているんだ。
 加速するファンタジー感。現実ではないテンポ。

 結局オサはまとぶの来ているタキシードに惚れ込み、ソレを購入することに決定。

 まとぶはこの作品において、終始オサの「敵」「障害」として登場。
 だけどここでのみ「彼の着ている服がイイ」になる。
 そしてふたりでシンクロして踊ることになる。

 敵とは、同等の能力を持ってはじめて敵になりうる。あるときは彼に憧れ、共に踊るくらいに。

 明るいオサ、コミカルな彩音、敵ではないまとぶ……でもこれは、どうも現実とは少しチガウようで。

 仕立て屋からバーへ変わった舞台は、オサが酒を飲んだあとから幻想シーンへと展開する。

 回転ドアをくぐって現れたピンクのドレスの女@いちか。その姿は、妖精めいていて。
 酒一杯でトリップ……というより、もともと現実ではなかったのかもしれない。
 首からメジャーをかけた仕立て屋@あやね、友人のように共に踊るタキシードの男@まとぶ……全部夢?

 ブルードレスの女たちが踊る中、わかなちゃんが歌うのは、別れの歌。
 仕立て屋からバー、そして幻想までずーっとオサを見守っていた男@まっつが重ねて歌うのは、別れゆくモノへの哀惜と祈り

 ナニが現実? ナニが夢?
 不思議の国は回り続ける。

 幸福な夢は、覚めたときがかなしい。
 夢だとわかって見る夢もまた、せつない。

 あやふやな夢は一気に「完全な夢」、中詰めの「レヴュー・シーン」に変わる。「ザ・コンチネンタル」ですな。
 プロローグと同じ、オサと彩音は幸福な恋人同士として並んで踊る。敵のはずのまとぶも隣で笑う。

 まとぶは歌うのさ、「♪夢ならば覚めないで」と。
 キラキラキラ。
 幸福な、光の洪水。
 現実と隔絶した、あきらかな夢。夢。夢。

 現実には手を取り合うことの出来ない恋人同士が、幸福そうに微笑む夢。

 ずっと探していた。
 アリスのように。
 あなたを探して、彷徨い続けていた。

 出会うことが運命だった、でも共に生きられない、なつかしいあなた。

 キラキラ、幸福感がまぶしい。
 そして、かなしい。

 プロローグや中詰め、現実を離れた「レヴュー・シーン」でないと愛し合えない、オサと彩音。

 それでも、ふたりは運命の恋人。

 オサが背負うほどのモノを、彩音は背負わない。いや彼女はきっと、なにも知らないだろう。オサもあえて教えないだろう。
 それでもふたりは「同じ」ようにすれちがい、「同じ」ように出会えたことをよろこび、愛を語るんだ。すばらしき世界を讃えるんだ。

 夢はいつか覚める。
 幕はいつか下りる。
 華やかなレヴューは終わり、現実がはじまる。

 いつか見たサックス吹き@はっち組長がけだるく音を奏でる。
 舞台は、プロローグの街の雑踏とリンクする。

 スタートに戻ったのか。
 夢の中でだけ出会うことの出来る恋人同士、オサと彩音はどうなる?

 「♪たしかにここにある 夢の名残」シビさんが歌う。
 ……夢だったんだね、みんな。
 あれは幸福な夢。

 倦怠と退廃が支配するジャズバーで、白いスーツの男たちが現実を憂いて歌う。
 暴力的なまでの、ゆるいゆるい絶望感と閉塞感。

 とどめを刺すような強い絶望でなく、ゆっくり窒息していくような慢性的な失望。

 これが、オサのいる現実。

 閉塞感に押されるように、急き立てられるように、ナニかが変わっていく。
 白い服のオサを侵すよーに、赤い色が画面のそこかしこに見えはじめる。

 赤。

 それは、幸福の色だったはずなのに。
 プロローグで、その色を着て愛する少女と共に踊っていたのに。

 赤を着た男たちが浸食をはじめ、不安なソプラノが響く。
 ちあきさんのソロから、みとさんへ。

 みとさんの歌声が、すごい。
 『マラケシュ』のときもそうだったが、彼女の声には狂気がある。
 金属的な、不安をかき立てる音。
 オギーのみとさんの高音の使い方は、いつもぞくぞくさせてくれる。

 追いつめられる。
 底のない恐怖。
 喧噪。焦燥。加速する不安感、絶望感。叫び出す一歩手前の窒息感がじりじりと続く。

 絶望が最高潮に高まったその瞬間。
 狂う、このままでは狂ってしまう……その、最後の瞬間に、光が差す。

 暗闇を照らす、清浄な光。

 詰まっていた呼吸が、止まりかけていた心臓が、ふたたび動き出す。その、光を受けて。

 光とは、彩音だ。

 ただただ美しく、運命の恋人はオサの前に現れる。

 「♪もしも昨日の朝 あなたと出会ってたなら ちがう明日への扉開けたでしょう」……透明な少女の声が歌うのは、過去形の未来。

 叶わない未来を、美しく歌う。
 叶わない夢が、美しく舞う。

 ……ありえねえって。
 なんなのこの痛さ。

 オサの生きる「現実」って。

 
 続く〜〜。


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