2002年の再演時、『ガイズ&ドールズ』の原作小説を読んだ。

 デイモン・ラニアン作『ブロードウェイ物語』。全4冊。

 ブロードウェイ界隈を舞台にしている、というだけで内容は個々まったく無関係な短編集。時代と舞台が同じだから、同じキャラクタや店が出て来る場合もあるけど、「オムニバス小説」と呼ぶには弱い。別の短編小説と捉えていいと思う。

 特徴は独特の語り口。
 すべて一人称の伝聞調、そのうえ現在形で書かれている。

 文体はクールでスパイシー。起こっている出来事はけっこうトンデモないんだが、飄々と語られてしまう。

 プロットが巧みで複数の事件やキャラクタが絡み合い、思わず「にやり」とする結末に行き着く。

 が、収録作品のクオリティの差がひどく、1~2巻と3~4巻の落差にショックを受けた(笑)。
 1~2巻は面白いのよ。でも、3~4巻のテキトーな感じときたら……。盛大な肩すかし。
 面白いプロットを組める人なんだと思う。それゆえに、「いつものパターン」で軽く書き飛ばすことができるんじゃね? 3~4巻収録作品はそんな感じ。「いつものパターン」「さらりとまとまってるけど、つまらない」「軽い、浅い」「マンガ的トンデモさ・ドタバタ感」。

 それにしても、文体の勝利だわ。「おれ」の目線と語り口が素敵でね。ある意味全編が叙述トリック入ってる感じ。

 ミュージカル『ガイズ&ドールズ』の原作になっているのは、1巻収録の「ミス・サラー・ブラウンのロマンチックな物語」The Idyll of Miss Sarah Brown(1933)。
 「ザ・スカイ」という渾名の男が、伝道師の美女、ミス・サラー・ブラウンに恋をした。彼はなんとか彼女に振り向いて欲しいが、賭博師の彼を彼女は嫌ってしまう。伝道師のサラーのために、ザ・スカイは賭博師のブランディ・ボトル・ベイツと魂を懸けた賭をする。ザ・スカイが勝てばブランディ・ボトルはサラーの教会で魂を救ってもらう、ブランディ・ボトルが勝てばザ・スカイが彼に千ドル払う。この噂が広まったため、たくさんの賭博師たちが押し寄せてくる。ザ・スカイは負け続け、ついに破産。そこへサラーが現れる。ザ・スカイ自身の魂を懸け、サラーと勝負。
 勝ったのはサラー。ザ・スカイは伝道師となり、サラーと結婚。
 だがこれはみんなザ・スカイの計画で、ブランディ・ボトルと一芝居打ったのだ。

 てな話。ほんと短い、さら~~っと終わっちゃう短編小説。
 …………なんか、ぜんぜんチガウんですけど。概ねラインは同じだけど……いちはん根っこになる部分がチガウ。
 サラーを騙して結婚、って、それ、まったくチガウじゃん、これじゃ別の話じゃん。

 ラニアン的にはこの方が正しい。この「騙して終わる」方法は、彼の得意パターン。作品の大半がこういうオチなの。突き放した文体で語られ、ウエットになりすぎず、皮肉っぽい。
 でも、ロマンチックかと言われるとねえ。『ガイドル』の方がロマンチックよね。
 ラニアンの小説のろくでなし共は、ほんとどーしよーもない奴らなんだけど、みんな憎めないというか、かわいいのよ。
 でも、このザ・スカイという男は好きになれないわ。

 それともうひとつ、原作としてよく引き合いに出される短編。「勝ち馬はどれだ」Pick the Winner (1933)。3巻収録。
《穴馬(ホット・ホース)》ハービーとミス・キューティ・シングルトンは、婚約してもう10年近くなる。金ができたら結婚する、と言いつつも、予想屋のハービーではどうにも金が貯まらない。マイアミでウッドヘッドという大学教授をカモにしようと、ハービーはキューティに水晶玉占いをさせた。水晶玉に映ったものを、ハービーは「南風号」だと信じて教授に賭けさせる。しかし南風号は大負け。教授はかんかん……ではなく、なんとキューティと駆け落ちしてしまった。教授から届いた詫び状は、婚約者を奪ったことではなく、水晶玉占いの勝ち馬のことだった。彼は水晶が映したものは「ミストラル号」だと思って、ハービーに内緒で賭けて大儲けをしたのだ。……ちなみにおれも賭けたのは南風号ではなく、「レッグ・ショー号」……風でご婦人のスカートが舞い上がる脚のショーのことさ。

 この話はほんと、おもしろくなかった。
 単に10年近く婚約したまま、男はギャンブラーってだけが『ガイドル』と同じなだけ。
 「ミス・サラー・ブラウン」の方がまだマシだな……っていうか、4冊の中で3巻がいちばんレベル低いものばかり収録されてる……。


 こんだけ「まったくチガウ」話から、モチーフだけ借りてミュージカル『ガイズ&ドールズ』を作ったのはGJ。
 元になっている原作より、ミュージカル『ガイズ&ドールズ』の方がずーーっと好き。

 ただほんと、元になっている短編が好みじゃないだけで、他の話は面白いのよ。
 いちばん好きなのは「サン・ピエールの百合(リリー)」かなー。これ原作にミュージカル作ってくれ……!
 悲しい、やるせない物語なんだけど、ただのウエットな物語におさまらず、ぴりりとした後味。
 すごく、かっこいい物語。
 数ある短編作品の中で、この話を全4巻の1発目にもってきたわけだ。テクニカルであり、デイモン・ラニアンという作家の作風が顕著に出ている。
 ろくでなしで、飄々としていて、ユーモラスで、かっこいい。

 同じハートで「レモン・ドロップ・キッド」も好き。とてつもない愛の物語。泣いた。
 プロットの巧みさでいちばん好きなのが「ブロードウェイの出来事」。こんな話書きたい。

 他のくっだらない話も、大体好き。マンガ的というか、ラノベだろこれ、とか思う(笑)。
 いかにもアメリカな、ブラックすぎる笑いについて行けず、閉口したりもするけどさー。

 語り口のせいかもしれないが、悲惨だったりトンデモだったりする話もみな、ファンタジックだ。

 ナイスリー・ナイスリー、ベニー・サウスストリート、ラスティー・チャーリー、ネイサン……知った名前のキャラクタが、『ガイズ&ドールズ』とはまったくの別人としてあちこちで現れるのもまた、楽しい。
 ビッグ・ジュールとブラニガンが恋敵だったりな……(笑)。ビッグ・ジュールとブラニガンが幼なじみで、ブラニガンが二枚目の若い男、でもって恋愛絡みってことは、BJも見た目のいい若い男なんだろーなー、とか、BJってば恋人からは「ジュリー」って呼ばれてるんだなにソレかわいい、とか。
 わたしはハリー・ザ・ホースが好きだった。バカでまぬけでかわいいの。

 小説を原作に舞台化するなら、これぐらい自由にしてもいいよね、ってくらい、原作とは別モノの『ガイズ&ドールズ』。
 キャラクタもストーリーもナニもかもチガウけど、原作の持つ「空気」はちゃんとあるんだもの。

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