ナニをもって「配慮」とするか。@哀しみのコルドバ
2015年11月24日 タカラヅカ 雪全ツ『哀しみのコルドバ』あれこれ。
アルバロ@翔くんの使い方に、心からアタマを抱えました。
あちゃー……。
えー、アルバロは脇役です。その昔、花全ツのときにご贔屓が演じていたために、いろいろ人物考察したり自分なりに楽しんではおりましたが、「いてもいなくても関係ない、モブに毛の生えたよーな役」であることは確かです。
番手付きスターにやらせる役じゃありません。番手付きスターがこの役をやらされる場合、「格下げ」「路線外し」という意図があります。
だけど、露骨にそんなことをしたら、ファンから反発を喰らいます。そしてその反発、反感が、劇団が「上げたい」と切望する下級生スターに向けられる恐れがあります。それじゃ意味ナイ、下級生スターに人気を出させたいからいい役をさせるのに、いい役をさせたから反感を持たれるなんて本末転倒。
だからその下級生に抜かれることになる番手スターにも、「配慮」が必要。どんだけ作品中で役付きを落としても、最後の階段降りだけは番手相応の位置にするとか。
タカラヅカはそうやって「配慮」しつつ、落としたい人を落とし、上げたい人を上げてきた。(配慮するのがあたりまえ、だからそんな配慮さえしない月組がこわい、てなもんで)
この公演では4番手のはずのまっつが、4番手役をもらえずに、脇のアルバロ役になった。
露骨な格下げ、路線外し。
ここまでわかりやすく意志を示しながらも、劇団はいちおー「配慮」をする。
名前のあるモブ、だけじゃまずいってもんで、1曲歌わせることにした。もともとは誰の役だっけ? アルバロ役が歌うことになってない、導入部分のソロを、まっつに変更した。
ほーら、ソロがあるからまっつさんはまだスターですよ、4番手役はずされたからって自棄にならないでね、という体裁。
まっつは「歌手」として認識されていたから、歌の見せ場は確かに「配慮」になる。
まっつに似合うタイプのきれいな衣装を着せてもらって、冒頭から朗々と美声を披露する……てのは、ファンにもありがたいし、純粋に作品を観に来た観客にもありがたいことだろう。物語解説、ナレーションも兼ねた役割だから。まっつの声質と滑舌はナレーション向き。
だから導入部分のソロは、「4番手役をはずされた、まっつへの配慮」であってだね。
アルバロ=導入部分のソロじゃない。
同じように4番手役をはずされ、アルバロ役になった翔くん。
まっつと同じように「格下げ」「路線外し」されたのだから、「配慮」されなくてはならない。
その場合の「配慮」とは、ソロ歌披露じゃないはず。
翔くんがもっとも魅力的に見えるモノで、見せ場を与える。
「配慮」ってのは、そういうもんだろ。
まっつに「歌」だったように。
翔くんには……ええっと、今ちょっと思いつかないけど、とりあえず歌じゃないはず。
てゆーか、翔くんのいちばんの弱点は歌じゃないすか? 彼がもう少し歌えていたら、彼の路線人生違ってたんじゃないの? 「音痴歓迎」だった劇団が、「歌唱力必須」に移行している現在。
なのに、なんの考えもなく、導入部分のソロを翔くんに歌わせる劇団に、アタマを抱えた。
なんも考えてねえ……。
翔くんのことも、そして、観客のことも。
『哀しみのコルドバ』は古い作品ゆえに、歌が少ないのよ。オープニングで次々スターが歌い継ぐ、てな作品じゃないのよ。
ろくに歌のない長いオープニングが終わって、ようやくがっつりソロ来ましたー、しかもナレーション兼ねた情報量多い、一気に観客を牽引しなきゃいけない歌ですよー、……が、翔くん、というのは……観客としても、きついっす……。
翔くんがんばってたけど。
目がきらきらして、強い強い力を感じた。
いろんなものを、跳ね返す気合い。
歌だって翔くん比でよくなってた。
しかし。
役割に担う歌唱力も声質も、彼は持っていない……。
歌は別の人に任せて、翔くんのダンスソロとか、ダメだったのか。
それなら彼の美貌を存分に活かせて、観客の耳にも目にもやさしく、ストーリーにも入って行きやすい。
中村Aになんの期待もしてないけどさー。
ほんっとなんにも考えてないんだなー。
サラリーマンだからそれで十分と思ってるのかもしれないけど、作品にも生徒にも観客にも、もっと愛を持ってほしいよ。
アルバロ@翔くんの使い方に、心からアタマを抱えました。
あちゃー……。
えー、アルバロは脇役です。その昔、花全ツのときにご贔屓が演じていたために、いろいろ人物考察したり自分なりに楽しんではおりましたが、「いてもいなくても関係ない、モブに毛の生えたよーな役」であることは確かです。
番手付きスターにやらせる役じゃありません。番手付きスターがこの役をやらされる場合、「格下げ」「路線外し」という意図があります。
だけど、露骨にそんなことをしたら、ファンから反発を喰らいます。そしてその反発、反感が、劇団が「上げたい」と切望する下級生スターに向けられる恐れがあります。それじゃ意味ナイ、下級生スターに人気を出させたいからいい役をさせるのに、いい役をさせたから反感を持たれるなんて本末転倒。
だからその下級生に抜かれることになる番手スターにも、「配慮」が必要。どんだけ作品中で役付きを落としても、最後の階段降りだけは番手相応の位置にするとか。
タカラヅカはそうやって「配慮」しつつ、落としたい人を落とし、上げたい人を上げてきた。(配慮するのがあたりまえ、だからそんな配慮さえしない月組がこわい、てなもんで)
この公演では4番手のはずのまっつが、4番手役をもらえずに、脇のアルバロ役になった。
露骨な格下げ、路線外し。
ここまでわかりやすく意志を示しながらも、劇団はいちおー「配慮」をする。
名前のあるモブ、だけじゃまずいってもんで、1曲歌わせることにした。もともとは誰の役だっけ? アルバロ役が歌うことになってない、導入部分のソロを、まっつに変更した。
ほーら、ソロがあるからまっつさんはまだスターですよ、4番手役はずされたからって自棄にならないでね、という体裁。
まっつは「歌手」として認識されていたから、歌の見せ場は確かに「配慮」になる。
まっつに似合うタイプのきれいな衣装を着せてもらって、冒頭から朗々と美声を披露する……てのは、ファンにもありがたいし、純粋に作品を観に来た観客にもありがたいことだろう。物語解説、ナレーションも兼ねた役割だから。まっつの声質と滑舌はナレーション向き。
だから導入部分のソロは、「4番手役をはずされた、まっつへの配慮」であってだね。
アルバロ=導入部分のソロじゃない。
同じように4番手役をはずされ、アルバロ役になった翔くん。
まっつと同じように「格下げ」「路線外し」されたのだから、「配慮」されなくてはならない。
その場合の「配慮」とは、ソロ歌披露じゃないはず。
翔くんがもっとも魅力的に見えるモノで、見せ場を与える。
「配慮」ってのは、そういうもんだろ。
まっつに「歌」だったように。
翔くんには……ええっと、今ちょっと思いつかないけど、とりあえず歌じゃないはず。
てゆーか、翔くんのいちばんの弱点は歌じゃないすか? 彼がもう少し歌えていたら、彼の路線人生違ってたんじゃないの? 「音痴歓迎」だった劇団が、「歌唱力必須」に移行している現在。
なのに、なんの考えもなく、導入部分のソロを翔くんに歌わせる劇団に、アタマを抱えた。
なんも考えてねえ……。
翔くんのことも、そして、観客のことも。
『哀しみのコルドバ』は古い作品ゆえに、歌が少ないのよ。オープニングで次々スターが歌い継ぐ、てな作品じゃないのよ。
ろくに歌のない長いオープニングが終わって、ようやくがっつりソロ来ましたー、しかもナレーション兼ねた情報量多い、一気に観客を牽引しなきゃいけない歌ですよー、……が、翔くん、というのは……観客としても、きついっす……。
翔くんがんばってたけど。
目がきらきらして、強い強い力を感じた。
いろんなものを、跳ね返す気合い。
歌だって翔くん比でよくなってた。
しかし。
役割に担う歌唱力も声質も、彼は持っていない……。
歌は別の人に任せて、翔くんのダンスソロとか、ダメだったのか。
それなら彼の美貌を存分に活かせて、観客の耳にも目にもやさしく、ストーリーにも入って行きやすい。
中村Aになんの期待もしてないけどさー。
ほんっとなんにも考えてないんだなー。
サラリーマンだからそれで十分と思ってるのかもしれないけど、作品にも生徒にも観客にも、もっと愛を持ってほしいよ。