『相続人の肖像』が、すごい。開いた口がふさがらないほど、すごい。
 なにもかもすごいんだけど、なんといっても主人公チャーリーがすごすぎる。

 チャーリーとは、どんな人物か。
 「頭脳的にアホ」であり、かつ「精神的にアホ」だと、わたしは思った。
 頭がよくても心がアホだからなにごともうまくいかない人っているよね。思いやりがないとか、想像力がないとか。それ言ったら相手を怒らせて、取引だめになるのに、バカだから言っちゃうとか。
 反対に、学校の成績は悪いけど、思いやりがあって人気者っているよね。なにかあったときたくさんの人から自然と助けられる、そんな人。
 頭のいい悪いと、心の賢さは別。
 そしてチャーリーは、絶望的なことに両方アホだと思う。


 オックスフォードの学生だったけど、コネとカネで入学出来ていただけ。
 高校時代も成績はひどかったらしい。なのに名門校へ入学出来たことを不思議に思っていない(実力で合格したと思っている)辺り、本物のアホらしい。
 入学時の成績が足りていなくても、大学生活でなにかしら益を上げていれば、理不尽な退学はなかったはずだ。素晴らしい成績とか、人望とか。いくらおばーさまが裏で手を回したとしても、惜しい人材なら理不尽な処置に対し、力になってくれる人がいるはずだ。
 成績も悪く、惜しんでくれる教師も、共に闘ってくれる友だちもいなかったようだ。

 その設定だけでも十分絶句していたのに。

 ヴァネッサへの逆恨みだけで、子どものような駄々をこね続ける。

 ヴァネッサと暮らさなければ、父の遺した全財産を失う。つまり、ヴァネッサを屋敷に置いておくだけで、遺産はすべて彼のモノ。たやすくクリア出来る条件だ。
 最初の場面のおばーさまとヴァネッサの会話でわかるように、この広い屋敷の中では、住人はあまり顔を合わさずに生活することも可能なようだ。
 また、途中から「食堂も使わせてやらない、あとから食べに来れば?」と言い渡すことによって、最低限の顔を合わせる機会すらなくすことが出来るのだ、とわかる。
 つまり、ヴァネッサとこの屋敷で共に暮らす、ことはそれほど大変なことじゃない。
 ふつーなら「得られるモノ」と「失うモノ」を天秤にかけ、計算するはずだ。

 だがチャーリーはふつうじゃない。
 ヴァネッサが同じ屋根の下にいること自体、許せないのだ。
 彼女を追い出すと自分も含め、すべての人が不幸になるとわかっていても、彼女に報復せずにはいられないのだ。
 ……だから彼女は、もともと無一文で出て行くと言ってるので、報復にもなんにもならないんだけどね。自分を基準に考えるから、無償の愛で行動しているヴァネッサが理解出来ないの。

 いわば、「赤信号だから、止まりなさい」と言われても、「いやだいやだ! ボクは今渡るんだ! 止まれなんて意地悪を言うのはひどい!!」と泣きわめきながら道路に飛びだして行く子どもだ。
 突然飛びだして来た子どもを避けようと、車が次々と衝突、大事故が起こっているのに、「車を避けようとしてすりむいちゃったよーー、痛いよーー!! ボクかわいそーー! 許さないからなー!」と泣きわめいている。いやその、周囲血の海ですけど?!

 チャーリーがわがままを撤回すれば、すべて丸く収まる。
 すべてはチャーリー自身が撒いた種。

 伯爵家を守るために金持ちと政略結婚しなくてはならない……なんて不幸なボク!! でもみんなのためにしなくてはならない、ああ、この貴い犠牲の上にみんなのしあわせがあるんだ……くっ(唇を噛む)。
 ……いやあの、そもそもお金がなくなったのは、あなたがわがまま言って、財産放棄したせいでしょ?

 ヴァネッサが同じ屋敷に住む、よりも、好きになれない相手と政略結婚、の方がマシだと、何故思うのかわからない。
 ヴァネッサがそれくらい嫌いなんだ、許せないんだ、という感情論じゃない。
 常識的な計算が出来るか出来ないか、の話だ。
 ヴァネッサとは別に会わなくてもすむし、自分は自分の人生を自由に生きていけるけど、政略結婚したら自由はなくなりますよ? 年齢的にヴァネッサはチャーリーより先に死ぬけれど、同世代の結婚相手はへたしたらチャーリーより長生きし、一生鎖でつながれた生活ですよ?

 こんな誰にでもわかる計算も出来ないアホって……。
 それで、「可哀想なボク」って苦悩されても……。

 で、本当に嫌な相手(目的は爵位。チャーリー自身に愛も興味もない)とは結婚せず、昔から自分にべた惚れの幼なじみベアトリス@もあちゃんと婚約する。
 選んだ理由は、「まだマシだから」。えええ。

 ベアトリスはメガネの年増、とてもじゃないが男には相手にされないだろう残念な女性、として描かれている。恋に舞い上がっていて、周囲が見えていない。
 あー、少年マンガによくあるなー、「ブス」というだけの記号女。主人公が「勘弁してくれえ」と逃げ回るやつ。ブスだからどれだけ足蹴にしてもヨシ、というお約束のご都合キャラ。男性目線の作品だと、女性に対する最大の価値基準は「美人かどうか」、次が「若さ」なので、ブスの年増に生きる資格はナイ。

 カネのためとはいえ、少しはまともな対応をするかというと、んなこたぁーない。
 チャーリーはただの一度も、ベアトリスをまともに相手にしなかった。
 心ここに在らずとか、「オマエなんかどーでもいい」とわかりきった言動。
 別に、ベアトリスを貶める気はなく、ただ、心の底から、どーでもよかったんだ……。

 イザベルに恋していると気づいてからは、めっちゃ重荷、障害でしかない、という態度。

 「ボクはイザベルを愛してる……でもボクは、みんなを守るために生け贄にならなくてはならないんだ……この恋は口にしてはならない……ああ、苦しい……」てな調子。
 ちょお待て、ベアトリスはヤマタノオロチか? モンスターか? ナニ「貴い犠牲者」ぶってんのよ、そもそもオマエがわがままこいて破産必至な状況に追い詰められたんだろ?

 チャーリーが苦悩すればするほど、込み上げる疑問。

 たしかに今彼は、苦しい状況にある。追い詰められている。障害がある。
 だがな。

 その障害をそこに置いたのはチャーリー自身で、自分で置いたのだから、自分で取り除けられるんだ。

 のーみそも性根も、掛け値なしでバカですが、なんなのコレ?


 続く。

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