ふたりのタルハーミネ・その2。@新人公演『金色の砂漠』
2016年12月3日 タカラヅカ 新人公演『金色の砂漠』を観て、とても困ったこと。
ひとさまがどうではなく、わたしが。
音くりちゃんの演じるタルハーミネを観て、とても困った。
繰り返すが、芝居は好みの問題なので、音くりちゃんに罪はなく、わたしの問題だ。すまん。
彼女はとても芝居がうまい。歌がうまくて台詞が良く聞こえて、学年以上の実力を持っている。
そう納得していてなにがここまで無理なのか、説明する言葉を持たないことがもどかしい。
彼女が悪いわけではないし、わたしでない人は彼女の演技に感動したり感情移入したりして、ふつうに楽しんでいるのだろうから、これはもうほんと、「困った」としか言いようがない。
実際、音くりちゃんはいい人やかわいい人の役をやる分にはただ好みじゃないとか、苦手だなーと思うだけで、ここまでの破壊力を感じないので、「この手の役」が鬼門なのかもしれん。
この手の役……本役のシャラデハがそうであるように、無神経な役。相手の気持ちを想像出来ない人の役。
音くりちゃんに非がなくても、わたしの目線では「このタルハーミネはナイわー」となってしまっているので、作品をちゃんと味わえていない。
未熟だわわたし。なんでこう引きずられてしまうの。
子ども時代のタルハーミネは気持ち悪いと思うけど、それは一旦忘れよう、現在のタルハーミネとは別人よ、と思う。
思うけど、それならそれで、なんで別人がひとつの芝居で同じ役をやっているの、という演出意図への疑問がわいてこれまた集中出来ない。
未熟。
それでもクライマックスを迎える頃には、みれいちゃんのタルハーミネを受け入れられた。
いやあ、みれいちゃんは大河ロマン調のタルハーミネですな!
運命に翻弄されつつ、流されることなく立ち続けたヒロイン、って感じゆんゆん。
ギィ@あかちゃん相手にぎゃーすかわがまま言ってた女の子、というよりも、タルハーミネの周囲をギィがぐるぐる回ってなんやかんや言っていたような、物語の重心がギィではなく彼女へ移動しているような、色の強さがある。
ああ、これぞみれいちゃんだな、と思う。
この強さ、ドラマを自分に引きつける力が彼女の武器。
長い別人格の子ども時代が真ん中にえんえん入っていたり、タルハーミネとしてぶつ切り過ぎて、わたしにはナニが「タルハーミネ」なのかよくわかんない。
ただ復讐者ギィが城に攻め入るあたりの「王女タルハーミネ」の持つドラマは、女性向けエンタメとして正しく機能しているなと思う。
ヒロインに感情移入できないと、ラブロマンスは面白くならない。
や、感情移入ってのは「わたしがタルハーミネになって、ギィに愛されるの、疑似恋愛するの♪」とかいうことではなくて。物語を動かすキャラクタの感情を理解出来ないと、物語自体意味不明になるということ。
みれいちゃんの「わたしがヒロイン!」「わたしが物語を動かす!」というパワーに巻き込まれて、なんか一緒になって怒濤展開を味わい、最後は「おおっ、なんかいいもん観たな」と思わせてくれた。
ラスト、デュエットダンスまで入れてくれ、と思ったよ。
芝居部分だけで幕、だとつらい。
本公演でも、デュエットダンスで泣けたもの。ああ、よかったね、って。
メリバだとしても、芝居だけでENDはつらい……と思うくらいには、最後で一気に持って行ってくれた。
……とはいえ、やっぱりわたしが観たい「タルハーミネ」ではなくて。
みれいちゃんはうまいけど……や、限定項はまずいか、みれいちゃんも、うまいけど……。
うーん、わたしは一体ナニを求めているんだ。
とりあえず、これで3人のタルハーミネを観た。
そしてわたしは新公後にもこの芝居を観る。……から、最後に本役、かのちゃんのタルハーミネで締めるの。やっぱりこの役は、かのちゃんの役だなあ、とも思うから、本公演を観るのが楽しみだ。
ひとさまがどうではなく、わたしが。
音くりちゃんの演じるタルハーミネを観て、とても困った。
繰り返すが、芝居は好みの問題なので、音くりちゃんに罪はなく、わたしの問題だ。すまん。
彼女はとても芝居がうまい。歌がうまくて台詞が良く聞こえて、学年以上の実力を持っている。
そう納得していてなにがここまで無理なのか、説明する言葉を持たないことがもどかしい。
彼女が悪いわけではないし、わたしでない人は彼女の演技に感動したり感情移入したりして、ふつうに楽しんでいるのだろうから、これはもうほんと、「困った」としか言いようがない。
実際、音くりちゃんはいい人やかわいい人の役をやる分にはただ好みじゃないとか、苦手だなーと思うだけで、ここまでの破壊力を感じないので、「この手の役」が鬼門なのかもしれん。
この手の役……本役のシャラデハがそうであるように、無神経な役。相手の気持ちを想像出来ない人の役。
音くりちゃんに非がなくても、わたしの目線では「このタルハーミネはナイわー」となってしまっているので、作品をちゃんと味わえていない。
未熟だわわたし。なんでこう引きずられてしまうの。
子ども時代のタルハーミネは気持ち悪いと思うけど、それは一旦忘れよう、現在のタルハーミネとは別人よ、と思う。
思うけど、それならそれで、なんで別人がひとつの芝居で同じ役をやっているの、という演出意図への疑問がわいてこれまた集中出来ない。
未熟。
それでもクライマックスを迎える頃には、みれいちゃんのタルハーミネを受け入れられた。
いやあ、みれいちゃんは大河ロマン調のタルハーミネですな!
運命に翻弄されつつ、流されることなく立ち続けたヒロイン、って感じゆんゆん。
ギィ@あかちゃん相手にぎゃーすかわがまま言ってた女の子、というよりも、タルハーミネの周囲をギィがぐるぐる回ってなんやかんや言っていたような、物語の重心がギィではなく彼女へ移動しているような、色の強さがある。
ああ、これぞみれいちゃんだな、と思う。
この強さ、ドラマを自分に引きつける力が彼女の武器。
長い別人格の子ども時代が真ん中にえんえん入っていたり、タルハーミネとしてぶつ切り過ぎて、わたしにはナニが「タルハーミネ」なのかよくわかんない。
ただ復讐者ギィが城に攻め入るあたりの「王女タルハーミネ」の持つドラマは、女性向けエンタメとして正しく機能しているなと思う。
ヒロインに感情移入できないと、ラブロマンスは面白くならない。
や、感情移入ってのは「わたしがタルハーミネになって、ギィに愛されるの、疑似恋愛するの♪」とかいうことではなくて。物語を動かすキャラクタの感情を理解出来ないと、物語自体意味不明になるということ。
みれいちゃんの「わたしがヒロイン!」「わたしが物語を動かす!」というパワーに巻き込まれて、なんか一緒になって怒濤展開を味わい、最後は「おおっ、なんかいいもん観たな」と思わせてくれた。
ラスト、デュエットダンスまで入れてくれ、と思ったよ。
芝居部分だけで幕、だとつらい。
本公演でも、デュエットダンスで泣けたもの。ああ、よかったね、って。
メリバだとしても、芝居だけでENDはつらい……と思うくらいには、最後で一気に持って行ってくれた。
……とはいえ、やっぱりわたしが観たい「タルハーミネ」ではなくて。
みれいちゃんはうまいけど……や、限定項はまずいか、みれいちゃんも、うまいけど……。
うーん、わたしは一体ナニを求めているんだ。
とりあえず、これで3人のタルハーミネを観た。
そしてわたしは新公後にもこの芝居を観る。……から、最後に本役、かのちゃんのタルハーミネで締めるの。やっぱりこの役は、かのちゃんの役だなあ、とも思うから、本公演を観るのが楽しみだ。