だいもんは相手役を選ばない男だと思っていた。
 だいもんさんの中の人のことは知りません。舞台上のことっす。
 見た目には体格とか映りとかいろいろあると思う。だいもん小さいから、長身の娘役とは合わないだろうし。
 でも、芸風としては、誰でも合うと思っていた。トドロキとかトウコとかがそうであるように「男」としての技術が確定しているから、相手がはるかに年上でも年下でも、ノミの夫婦になろうとも、なんでもどんとこい!だと思っていた。

 合わない人って、いるんだな……。

 マジで、考えたことがなかった。
 ヒロインするほどの立場の娘役スターさんなら、大抵ある程度の実力も美貌もあるのが当たり前だし。
 娘役は男役より旬も出来上がりも早いから、学年関係なくカタチにはなっているものだし。
 だからほんと、考えてなかった。

 『ドン・ジュアン』のヒロイン、みちるちゃんもまた、ふつうにかわいくてうまい娘役さんだ。
 ふつうにかわいくてうまい。
 そう思っていた。
 いや、ふつうよりうまいと思っていた。
 『るろうに剣心』の弥彦が、とてもうまかったから。かわいかったから。
 新公ヒロイン姿はそれほどでもなかったけれど、1回きりの新公より、東西2ヶ月通して上演し続ける本公演でかわいくてうまい方がよっぽど重要。よっぽど尊い。

 一定以上のスキルを持ち、本公演の大役と新公ヒロを重ね、着実に経験値も上げている。
 それで十分じゃん? なにを不安に思う必要がある?
 だから、なんも考えてなかった。

 『ドン・ジュアン』を、観るまでは。

 すでに書いた通り、KAAT初日のみちるちゃんの出来には首をかしげたけれど、「まだ初日だし」と思った。
 もっとも経験の浅い下級生娘役ちゃんだもの、ベテランさんたちと比較して足りてないのは当たり前。初日で判断するものではないわ。

 そして、DCにて。
 KAAT初日同じように「足りない」と思った咲ちゃんが、見事に成長していた。いいものを見せてくれた。
 それなら、期待するじゃん?
 さすが神奈川で1興行打ってきたメンバーだ、この迫力、このまとまり、すごいハイクオリティ。出演者の気合い半端ナイ、成長半端ナイ。
 よーし、このまま未曾有の感動へ突き進むぞおーー!

 えーと。

 マリア@みちるちゃん……?
 何故ひとりだけ、成長してないんだ……?

 盛大に、水を差された。
 盛り上がるぞおーー! と振り上げた心の拳が、虚しく宙を切る。
 高揚したカラダに、ばっしゃーん、と冷水をぶっかけられた。
 あ、あれ?
 ナニが起こったかわからない。
 わたし今、すごく興奮して、感動して、盛り上がって……?
 混乱。

 ほら、KAAT初日感想でわくわくと書いたじゃないですか。
 次々と実力者が歌い出す。この人も歌ウマ、この人も歌ウマ、なんなのこれすごい、ついに主役が歌い出した、これがまためちゃ歌ウマだーー!! えええ、すごいーー!!
 興奮が連鎖し、拡大しているわけですよ。
 次から次へと実力者が登場し、世界を何倍にも深めていく。
 なのに。
 この世界に突然、別の世界の人が混ざってくるんですわ。

 『ベルばら』の劇画界に、『ちびまる子ちゃん』キャラが現れたような肩すかし感。

 しかも、ヒロインとかいう……。
 えええ。

 だいもんの歌声が盛り上がる、うわああすごい……っ、と興奮したところに、素人っぽい歌声が割り込む。え……っ。びっくりする。
 びっくりして、素に戻る。
 のめりこんでいたのに、現実に戻される。
 だいもんがまたぶわーっと盛り上げる。うわあああ、気持ちいい……っ、と思ったところに、素人っぽい歌声が割り込む。え……っ。びっくりする。
 びっくりして、素に戻る。
 現実に、引き戻される。

 そのくり返し。

 つ、つらい……っ。

 なんだこりゃ。
 この実力の差はなんなの。

 ミュージカル俳優たちの舞台に、事務所だかスポンサーだかの都合で、ひとりだけテレビアイドルが出ている感じ。ひとりだけ、明らかに異質。
 しかもこの場違いアイドルさん、ヒロイン役だし。

 きついわ……。

 歌唱力がない分、天才的な芝居をするとか。
 あるいは、絶世の美女だとか。
 そういうこともなく、「こどもっぽくかわいい」だけの女の子が、ひとりだけレベルの低い歌を歌い、色の違う芝居をしている、という現実。
 うわーん。

 みちるちゃんも、この公演でなければ別に問題ない人だと思う。
 ただ、今回ばかりはミスキャストだ。
 これだけ公演数重ねても成長しないってことは、彼女の許容量を超えた役割を与えられてしまっているのだろう。

 ヒロインがどうであれ、だいもんは誰でも合うだろうし、誰でも実力で引っ張り上げてくれると思ってた。安心してた。
 そんなわけじゃ、ないんだね。
 誰でもいいわけじゃない、合わない子がいるんだ。

 最低限、「ここまでは歌える」というレベルが必要なんだ。

 「どんなに相手役が難アリでも、本当に素晴らしい役者ならば観客にそんなことを感じさせないはずだ。相手役が歌うたびに夢から覚めるというなら、それは主演にその程度の力しかないためだ」……という意見もあるだろう。その通りなのかもしれない。
 「その程度の主演」でしかないとしてもだ。ヒロインに足を引っ張られていい理由にはならん。
 むしろ、だいもんが「その程度」なら、彼を盛り立てられるヒロインを付けてくれ、と思う。

 だいもんどうこうというより、ひとえに「わたしが」がっかりした。
 わたしが、気持ちよくいたのに。もっと気持ちよくなりたかったのに。
 水を差されて、落胆した。

 別に、みちるちゃん個人に対し、どうこうは思わない。他の作品なら、たとえだいもん主演でも問題なかったろうと思う。ここまで、「歌」に力のある作品でさえなければ。『アル・カポネ』のヒロインは、音痴と定評のあるせしこだったくらいだし。

 縣くんがひとりヘタでも作品は壊さない。彼の役割は少ないからだ。咲ちゃんがヘタだった場合も、カルロ役はドン・ジュアンに吹っ飛ばされて色を失うだけだからなんとでもなる。ドン・ジュアンがカルロを軽んじているから。
 でもマリアは。この役だけは、ヘタな人は務まらない。ドン・ジュアンが人生を変えることになる役、作品のキーだ。そこがもっとも力のない役者だと、作品にヒビが入る。
 わたしは、ヒビの入っていない『ドン・ジュアン』を観たかった。

 このヒビごと、『ドン・ジュアン』だと思っているけど。


 運が悪かった。
 みちるちゃんにとっても、わたしにとっても。

 ただもう、残念だ。
 ヒロインに、こんなにストレスを感じることになるなんて。

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