『鈴蘭(ル・ミュゲ)-思い出の淵から見えるものは-』にて、物語のキーパーソン、主人公リュシアン@ことちゃんの初恋の相手であり、清冽な印象を残すシャルロット@はるこ。

 そして、わたしがこの物語でいちばん納得できないことが、シャルロットの死だ。

 公女シャルロットはリュシアンがまだ少年の頃に政略結婚をさせられる。
 顔も知らない子持ち男へ嫁がされるわけだ。
 ふつうなら不幸を嘆いていそうなものだが、彼女は「両国の懸け橋になる」と前向きだ。強がって言っているわけではなく、本心から、自分の人生を楽しんで言っているようだ。

 こんな、明るく強く聡明な女性が、夫であるガルニール公を殺害し、秘密裏に処刑された……いったいなにが起こったのか? というミステリー的なはじまり方をするわけだ。

 冒頭に出て来るシャルロット像はとても魅力的で、たしかにこの女性が、「夫を殺して処刑される」なんてことはありえない、と思えた。
 ありえないからこそ、物語が成立する、「何故?」と。

 そこにはものすごーい秘密が隠されているに違いないっ。

 探偵リュシアンの調査によると、殺されたガルニール公は素晴らしい人格者で、シャルロットともラヴラヴだったらしい。
 ならばなおさらおかしい。ラヴラヴ夫婦が殺人なんて。

 そしてリュシアンは真実にたどり着く。
 ガルニール公はその座を狙う弟ヴィクトル@せおっちに殺され、シャルロットは夫の後を追って自殺したのだと。

 ……え?

 それまでふつーに物語に付いて行っていたわたしは、ここで盛大に置いていかれた。

 人格者で優秀な施政者であったガルニール公が、かなりまぬけな弟にあっさり殺されちゃったの?
 物語中で語られる君主様像からはピンとこないんだけど……まあ、ここまではいい。

 シャルロット自殺が、まったくもってわからない。

 愛する夫が死んだから、後を追う。
 これが双方年老いてからなら、あるかなとも思う。子どもたちに家督を譲り、隠居したのちならば。
 だが、そうではない。
 後継者すら決まっていない、中途半端な時期だ。跡を継ぐのは娘のエマ@真彩だが、彼女は年若い。信頼できる夫を得てからはじめて後継者たりうる。
 シャルロットまで死ねば、エマは子どものまま責を負わされることになる。
 第一、ガルニール公は自然死ではない。明らかに毒殺されたわけだ。シャルロットがその犯人とされるほど、完全に他殺体で発見された。
 無残に殺された夫を見て、真相を究明せずに自殺するの? 聡明なシャルロットが?
 一市民であったとしても、「夫殺された→愛してるからと妻即後追い自殺」は周囲に禍根と混乱を残す。一国の君主とその妻がしていいことではない。
 シャルロットは政治の道具としてガルニール公に嫁いでいる。ガルニール公の不審死を放置して自分も死ねば、ふたつの国に亀裂が入ることを想像しないのか。

 シャルロットがのーみそお花畑のゆるふわ公女なら、「あいするだーりんがしんじゃった、かなしすぎる、わたしもしぬ」になるかもしれない。
 でも、冒頭で描かれたシャルロットは、使命感を持った聡明な女性だ。
 戦争の引き金になるかもしれないのに、自分だけが楽になるために自殺するとは思えない。

 「シャルロットの日記」とやらが思わせぶりに出て来るし、なにかしらどんでん返しがあるんだと信じて見ていたよ。
 まさかほんとーに、賢人ガルニール公はまぬけな弟に殺されて、聡明なシャルロットは感情のままに自殺して、犯人のヴィクトルは「騒ぎになるとまずいから隠蔽しよう。これで終わり、ナニも調べない」で、えええ、他国人の嫁が王様殺したのに完スルーって「犯人私です、これはお家騒動です」って言ってるも同然、こんなトンデモない展開なのに公王の母マルティーヌ@柚長は「ナニも気づかなかった。息子のために厳しく育てたのに(涙)」って……バカしかしかいないの?

 シャルロットを鈴蘭のような女性、で、ひたすら美しく描きたかった気持ちはわかる。その方が物語は美しい。
 だがそれなら、ミステリ部分をもう少しなんとかしようよ……。

 「シャルロットは何故死んだのか?」からはじまる物語なのに、その死の理由が杜撰過ぎる……。

 なんつーか、少女マンガだなあ。
 「彼女が死んだのは、愛ゆえにです」「彼が罪を犯したのは、愛ゆえにです」「彼女が彼の罪に手を貸したのは愛ゆえにです」「彼女が息子の歪みに気づかなかったのは愛ゆえにです」……。「愛」万能過ぎやろ。
 なんでもかんでも都合の悪いことは「愛ゆえにです」。
 愛、とさえ言っておけば通ると思ってる。なんて少女マンガ脳。

 も少しロジカルにしてくれ……。

 愛ゆえに、ってわたしも大好きな理屈だけど、コレはあまりにも「愛」の大安売りしすぎ。

 肝心要の「鈴蘭」たる女性の生き方がブレてしまっているために、物語全部がブレてしまった。
 せっかく優等生的な作りの物語なのに、もったいない。

 樫畑せんせって論理的組み立て苦手なのかしら。でも、物語自体は教科書丸写しかってくらい、計算されてるのになー。不思議。

 それとも、実は冒頭のシャルロットはリュシアンの妄想なのかしら。

 シャルロットはのーみそお花畑で、自分が気持ちいいことしか考えられないおさるさん。鈴蘭大好き、うふふあはは。政略結婚? なあにそれ? わかんないけどきれいなドレス着られてうれしい、いってきまーす。
 ……そんな残念な美少女。でもとりあえず善良で美人だったから、リュシアンは憧れていた。子どもだもん、自分に優しい美人なおねーさん、ってだけで恋するよね。

 そんなおバカさんだったから、嫁いだあとも人形みたいにかわいがられて、ガルニール公ともラヴラヴ、自分でモノを考えられないから、庇護者であるガルニール公が死んじゃったら即後追い自殺。

 おつむの出来がアレなことは公母マルティーヌも知ってるから「あの嫁なら、モノの善悪もわからず夫を殺してしまい、こわくなって自分も死んだのかも」とすんなり納得してしまう。
 ヴィクトルが真相を隠そうとするのも言葉通りに受け取るし、シャルロットに他意があるわけないことがわかっているので、戦争にもならない。

 ガルニール公も別に賢人ではない。家族の欲目。勉強は出来たかもしんないけど、中身はヴィクトルと五十歩百歩、だからお人形シャルロットと遊べたし、ヴィクトルに殺されもした。

 リュシアンは鈴蘭の毒夢から醒めて、現実の女の子と恋をする……そのきっかけが、お花畑全開のシャルロットの日記を読んだためだった……!

 あら。
 冒頭のシャルロットがリュシアンの妄想、シャルロットはおバカさんだった、とすればすべて説明が付くわ。

 リュシアンがクライマックスあたりで、「あれはすべて私の夢だったのだ……!」つぶやく。
 その後ろを、「幻想のシャルロット」が「少年時代のリュシアン」と美しく戯れながら通っていく、だけ。
 こんだけの追加でOKよ?

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