いつか、この手にあったはずの薔薇。@My Dream TAKARAZUKA
2014年7月27日 タカラヅカ えりたんがトップであること。
それがこんなに郷愁をかき立てるとは、思わなかった。
『My Dream TAKARAZUKA』は、『ラブ・シンフォニー』に似ている。
中村Bの「トップ退団ショー」の手持ちがソレしかないので似てしまうんだろう。もともと、同じものしか作れない人だし。
なんかあちこちで、惑乱する。
ここはどこ?
今はいつ?
「第2章 パリ・ドリーム」で、上手端でネコちゃんたちを従えて踊るまっつを見ていると、懐かしい歌声が聞こえてくる。
ああ、オサ様だ。
どれだけ愛しただろう、通っただろう、オサ様の花組。
オサ様というカリスマのもとに、一生懸命なまとぶんがいて、好きに暴れているえりたんがいて。マイペースなみわっちがいて。
わたしはいつも、まっつを見ていた。オペラグラスでまっつだけを追いかけていた。
まっつだけの視界に、歌声がかぶる。ああ、オサ様だ。私のトップスター、私の神様。
オサ様の歌声にのせて、まっつを見ていた。
「パリ・ドリーム」で歌いながら登場するえりたんの、歌い出しのあたりが、オサ様の声と似ていて。
どきっとする。
花組にいるような気がして。
スーツ姿のえりたんに、オサ様の面影を見て。
相性良かったよな、オサえり。
まとぶんが1年半かけてまだ馴染んでいないオサ様と花組に、えりたんは戻ってくるなりすんなり馴染んだ。これがDNAというものか、と舌を巻いた。
オサ様が楽しそうに、安心した、預けた笑顔でえりたんを見ていた。
あのころの花組を、思い出す。
えりたんの歌声を聴きながら、まっつだけを視る。
この既視感。この日常感。
記憶が逆流する。遡る。フィルムの逆戻しみたいに。
そうだ、『TUXEDO JAZZ』。えりたんが花組に戻ってきた、最初の公演。初日、上手花道にトランクを抱えて現れたえりたんは、コートの雪を払ってた。そして、銀橋で再会したみわっちとまりんから、花を贈られるんた。雪組から花組へ。お帰りなさい、花組のえりたん。初日だけの演出。
その、えりたんとまっつが最初に同じ舞台に立った公演。……や、えりたんが雪に組替えになる前もふたりは同じ舞台に立っていたけれど、わたしがまっつファンになったのは、えりたんが雪組に組替えになったあとだ。わたしが通う花組に、えりたんはいなかった。
だから、えりたんが花組に戻ってくるのが、ちょっと不安だった。雪組のえりたんは空気読まないキャラで、舞台クラッシャーだったから。
でも、それは杞憂だった。雪組ではあんなに浮きまくってたのに、花組では「ずっといましたけど、ナニか?」って感じに、馴染んだ。
さすが花組っ子! 花のえりたん、いいじゃん!
てな思いだった、その最初の公演。
白いスーツで踊るまっつを、わたしは見ていた。
BGMはえりたんの歌声。「♪手探り探す心臓の場所。生きている意味を知りたくて」
かっこいい歌詞、かっこいい歌声。
えりたんはこのときたしか、銀橋にいたんだと思う。わたしは本舞台で踊るまっつしか見ていない。
銀橋のえりたんと、本舞台のまっつ。
記憶が動く。思い出をめくる。
オリーブグリーンのスーツで踊るまっつ。トランプのカード。
ああ、『ラブ・シンフォニー』だ。中村Bの。
えりたんが銀橋で歌ってた。でもわたしの記憶にはない。わたしはずっと、本舞台のまっつを見ていた。
映像でなら知ってる、テレビカメラは銀橋のえりたんを映しているから。
それがわかっているからわたしは、劇場へ行く。何度も通って、まっつを見る。テレビには映らない、映像に残らないまっつを見るために。
えりたんの歌を聴きながら、まっつを見る。
それがわたしの日常だった。
日常だ。
だから今もまた、同じようにしている。
えりたんの声を聴きながら、踊るまっつを見ている。
日常なのに。
終わってしまうの?
中詰め、花のセットを背後に登場するえりたん、出迎えるみんな。『ラブ・シンフォニー』しか思い出さないってば。
あのときはオサ様だった。わかってる、今ここにいるのはオサ様じゃない。
だけどあの頃を思い出す。
オサ様を失うことが寂しくて悲しくてたまらなかった、だけどまっつはまだここにいてくれて、まだまっつとの未来を信じられて、ゆーひくんの組替えも発表になってないから、みんな来年からは番手がひとつずつ上がるって信じてて(みわっちなんか新聞に新3番手って書かれてたよな)、……悲しみと高揚とヘビーリピートでランナーズハイ状態の日々だった。
しあわせだった。
今思うと、しあわせだったな。
まっつがいた。まっつがいた。まっつがいた。
惑乱。
今はいつ。
中詰め、ミトさんと朝風くんが歌うなか、えりたんとまっつが踊っている。
ミトさんのソプラノは、心の弱いところに響く。
『マラケシュ・紅の墓標』のパリの場面。「素晴らしいわオリガ」。
白燕尾で羽根扇を持って踊っていたまっつ。
ううん、スーツ姿で雨を歌うまっつ?
君の頬の雨。君を救いたい。
ミトさんの歌声が響く。
不安で不快な高音。まがまがしさのある高音。
ねえ、クリフォード。
君がクリフォードでなかったら、わたしは君を愛してなかったのかも。
砂漠の薔薇。
救いたい。やり直したい。
やり直せるはず。
星のベドウィン。相似形の君。
ミトさんの声が好き。
不快なソプラノ。やすらげない、神経を逆撫でするような音。
だからオギー、彼女の声が必要なんだよね。
『TUXEDO JAZZ』、狂乱の夜に歌声が響く。
心の奥の鍵がこじ開けられる、パンドラの箱が開く。
狂った女神は贄を求めてる。
白いスーツのまっつ。奔流の中に消える。
いやもお、なにがなんやら。
わたし今、盛大に病んでるんで、ときどきアタマおかしいっす。
いろんなことが浮かんできて、生きてるのが嫌になる。
まっつも大変だ。偶像であることを強いられる商売なんて。
咲ちゃんが音校ポスターのモデルやってた、あのキャッチコピーは秀逸だと思うの。
「君が、誰かの夢になる。」
まっつはわたしの夢だから、まっつを失うわたしは、夢を失うのよ。
夢がなくなったら、人生真っ暗闇じゃん?
ひどいなあ。絶望しかないよ。
悲しい人間の常で、未来は見えず、考えられず、過去ばかり思い出ばかり見ている。
だから余計に、わからなくなるのね。
今がいつなのか。
なにを見ているのか。
年寄りには、膨大な過去があるばかりで、未来なんて大してないわけだしね。総じて後ろ向きな話になるわよね。
今またえりたんと同じ組で、えりたんの歌声を聴きながらまっつを見ている。
えりたんえりたん。
えりたんの声好きだよ。先日の不調のときでわかった、えりたんは「壮一帆の声」として、今の声を作っていたんだね。努力と経験で作り上げた声。
その声と、わたしのまっつの記憶は、こんなに深く結びついている。
これから先もずっと、わたしはまっつと、えりたんの声を思い浮かべるんだろう。
それがこんなに郷愁をかき立てるとは、思わなかった。
『My Dream TAKARAZUKA』は、『ラブ・シンフォニー』に似ている。
中村Bの「トップ退団ショー」の手持ちがソレしかないので似てしまうんだろう。もともと、同じものしか作れない人だし。
なんかあちこちで、惑乱する。
ここはどこ?
今はいつ?
「第2章 パリ・ドリーム」で、上手端でネコちゃんたちを従えて踊るまっつを見ていると、懐かしい歌声が聞こえてくる。
ああ、オサ様だ。
どれだけ愛しただろう、通っただろう、オサ様の花組。
オサ様というカリスマのもとに、一生懸命なまとぶんがいて、好きに暴れているえりたんがいて。マイペースなみわっちがいて。
わたしはいつも、まっつを見ていた。オペラグラスでまっつだけを追いかけていた。
まっつだけの視界に、歌声がかぶる。ああ、オサ様だ。私のトップスター、私の神様。
オサ様の歌声にのせて、まっつを見ていた。
「パリ・ドリーム」で歌いながら登場するえりたんの、歌い出しのあたりが、オサ様の声と似ていて。
どきっとする。
花組にいるような気がして。
スーツ姿のえりたんに、オサ様の面影を見て。
相性良かったよな、オサえり。
まとぶんが1年半かけてまだ馴染んでいないオサ様と花組に、えりたんは戻ってくるなりすんなり馴染んだ。これがDNAというものか、と舌を巻いた。
オサ様が楽しそうに、安心した、預けた笑顔でえりたんを見ていた。
あのころの花組を、思い出す。
えりたんの歌声を聴きながら、まっつだけを視る。
この既視感。この日常感。
記憶が逆流する。遡る。フィルムの逆戻しみたいに。
そうだ、『TUXEDO JAZZ』。えりたんが花組に戻ってきた、最初の公演。初日、上手花道にトランクを抱えて現れたえりたんは、コートの雪を払ってた。そして、銀橋で再会したみわっちとまりんから、花を贈られるんた。雪組から花組へ。お帰りなさい、花組のえりたん。初日だけの演出。
その、えりたんとまっつが最初に同じ舞台に立った公演。……や、えりたんが雪に組替えになる前もふたりは同じ舞台に立っていたけれど、わたしがまっつファンになったのは、えりたんが雪組に組替えになったあとだ。わたしが通う花組に、えりたんはいなかった。
だから、えりたんが花組に戻ってくるのが、ちょっと不安だった。雪組のえりたんは空気読まないキャラで、舞台クラッシャーだったから。
でも、それは杞憂だった。雪組ではあんなに浮きまくってたのに、花組では「ずっといましたけど、ナニか?」って感じに、馴染んだ。
さすが花組っ子! 花のえりたん、いいじゃん!
てな思いだった、その最初の公演。
白いスーツで踊るまっつを、わたしは見ていた。
BGMはえりたんの歌声。「♪手探り探す心臓の場所。生きている意味を知りたくて」
かっこいい歌詞、かっこいい歌声。
えりたんはこのときたしか、銀橋にいたんだと思う。わたしは本舞台で踊るまっつしか見ていない。
銀橋のえりたんと、本舞台のまっつ。
記憶が動く。思い出をめくる。
オリーブグリーンのスーツで踊るまっつ。トランプのカード。
ああ、『ラブ・シンフォニー』だ。中村Bの。
えりたんが銀橋で歌ってた。でもわたしの記憶にはない。わたしはずっと、本舞台のまっつを見ていた。
映像でなら知ってる、テレビカメラは銀橋のえりたんを映しているから。
それがわかっているからわたしは、劇場へ行く。何度も通って、まっつを見る。テレビには映らない、映像に残らないまっつを見るために。
えりたんの歌を聴きながら、まっつを見る。
それがわたしの日常だった。
日常だ。
だから今もまた、同じようにしている。
えりたんの声を聴きながら、踊るまっつを見ている。
日常なのに。
終わってしまうの?
中詰め、花のセットを背後に登場するえりたん、出迎えるみんな。『ラブ・シンフォニー』しか思い出さないってば。
あのときはオサ様だった。わかってる、今ここにいるのはオサ様じゃない。
だけどあの頃を思い出す。
オサ様を失うことが寂しくて悲しくてたまらなかった、だけどまっつはまだここにいてくれて、まだまっつとの未来を信じられて、ゆーひくんの組替えも発表になってないから、みんな来年からは番手がひとつずつ上がるって信じてて(みわっちなんか新聞に新3番手って書かれてたよな)、……悲しみと高揚とヘビーリピートでランナーズハイ状態の日々だった。
しあわせだった。
今思うと、しあわせだったな。
まっつがいた。まっつがいた。まっつがいた。
惑乱。
今はいつ。
中詰め、ミトさんと朝風くんが歌うなか、えりたんとまっつが踊っている。
ミトさんのソプラノは、心の弱いところに響く。
『マラケシュ・紅の墓標』のパリの場面。「素晴らしいわオリガ」。
白燕尾で羽根扇を持って踊っていたまっつ。
ううん、スーツ姿で雨を歌うまっつ?
君の頬の雨。君を救いたい。
ミトさんの歌声が響く。
不安で不快な高音。まがまがしさのある高音。
ねえ、クリフォード。
君がクリフォードでなかったら、わたしは君を愛してなかったのかも。
砂漠の薔薇。
救いたい。やり直したい。
やり直せるはず。
星のベドウィン。相似形の君。
ミトさんの声が好き。
不快なソプラノ。やすらげない、神経を逆撫でするような音。
だからオギー、彼女の声が必要なんだよね。
『TUXEDO JAZZ』、狂乱の夜に歌声が響く。
心の奥の鍵がこじ開けられる、パンドラの箱が開く。
狂った女神は贄を求めてる。
白いスーツのまっつ。奔流の中に消える。
いやもお、なにがなんやら。
わたし今、盛大に病んでるんで、ときどきアタマおかしいっす。
いろんなことが浮かんできて、生きてるのが嫌になる。
まっつも大変だ。偶像であることを強いられる商売なんて。
咲ちゃんが音校ポスターのモデルやってた、あのキャッチコピーは秀逸だと思うの。
「君が、誰かの夢になる。」
まっつはわたしの夢だから、まっつを失うわたしは、夢を失うのよ。
夢がなくなったら、人生真っ暗闇じゃん?
ひどいなあ。絶望しかないよ。
悲しい人間の常で、未来は見えず、考えられず、過去ばかり思い出ばかり見ている。
だから余計に、わからなくなるのね。
今がいつなのか。
なにを見ているのか。
年寄りには、膨大な過去があるばかりで、未来なんて大してないわけだしね。総じて後ろ向きな話になるわよね。
今またえりたんと同じ組で、えりたんの歌声を聴きながらまっつを見ている。
えりたんえりたん。
えりたんの声好きだよ。先日の不調のときでわかった、えりたんは「壮一帆の声」として、今の声を作っていたんだね。努力と経験で作り上げた声。
その声と、わたしのまっつの記憶は、こんなに深く結びついている。
これから先もずっと、わたしはまっつと、えりたんの声を思い浮かべるんだろう。