自由を得るため、贄を捧げよう。@星逢一夜
2015年8月26日 タカラヅカ 『星逢一夜』についてうだうだ語る、前日欄からの続き。
泉ライン、吉宗ラインと2本の軸で進んできた晴興@ちぎの物語。
2度目の江戸城の場面では、どちらのラインも消えてしまい、なにを語りたいのか不明のまま、実に気持ち悪く次景へ引き渡される。
この場面に晴興の心情表現はなく、ただ「10年経った。晴興は変わってしまった」という、外側の説明のみがある。
なのに、次の三日月藩場面になると、2本の軸は復活、気持ち悪く歪められた吉宗ラインもなにごともなかった顔で復活している。
でもって、三日月藩の一揆にて、晴興が思い悩んでいることってなんだ?
これがこの物語のクライマックス、起承転結の転。
もっとも大きく物語が、そして主人公の心が変わるこの場面で、主人公が抱え、苦悩し、変わるのは、なんだ?
泉@みゆちゃんとの恋? 源太@だいもんとの友情? 三日月藩の農民たちとのこと?
全部チガウ。
吉宗@エマさんとの、関係だ。
晴興が捨てたのは、泉でも源太でも三日月藩でもない。
だって彼はそんなもんで悩んでなかった。一揆の最中、「これが私の生きる道か」「これがあなたのお生まれになったお立場でございます」と、鈴虫@がおりと話すように、泉のことではなく、自分の宿命について悩んでいる。
そして、一揆平定は藩主としてというより、吉宗の命令ゆえだ。藩主としてだけなら、それこそ農民たちと結託して幕府に楯突く側に回ることだって出来るし、お上の顔色をうかがいつつ自分の藩だけは得をするように立ち回ることだって選択肢としてはあるのだから、「反乱する農民たちを殺す」のが「生まれつきの宿命」じゃない。
「良い殿様とはなにか?」や「三日月藩の幸福」よりも、「吉宗の命令、吉宗の掲げる理想を遂行する」ことを、晴興は重要として生きてきた……それゆえの苦しみだ。
吉宗と共に生きようと思った。
恋を捨て、故郷を捨てても、吉宗の描く理想を追うことをよしとした。
それでいいはずだった。
なのに、それに迷いが生じた。
吉宗との関係に、影が差した。
心が通じ合わないまま、吉宗の命令を受けて三日月藩の一揆平定に出向き、藩の混乱と仲間たちの血を目の前にして、さらに吉宗への疑問が募る。吉宗に付き従う自分自身に、疑問が募る。
その結果、吉宗との決別にたどり着く。
本当なら晴興は、一揆後も三日月藩を守るべきだ。
藩の民衆からは悪者扱いされても、政治の中央である江戸にて、藩を守るべく闘い続けるべきだ。三日月藩の味方であり得る政治家は、晴興ただひとり。その晴興が政治から手を引いたら、もう藩を守る者はいなくなる。
どんなにつらくても、苦しくても、江戸で政治に関わり続けるべきだった。
だが、それは出来なかった。
晴興にとって最重要の関心事は三日月藩でも泉でもなかったから。
吉宗から、離れること。
泉と三日月藩が飢えて死に絶えるかもしれないことより、晴興はまずなにがなんでも、自分が吉宗から逃れたかった。それが最優先だった。
それゆえに、追放を望んだんだ。
晴興の性格からしたら、藩を投げ出して逃げて終わりなんて、おかしいもの。
とりあえず目の前の処刑だけ防ぎました、あとは餓死や、生き長らえてもよりきつい管理が待っていても知りません、なんて。
今まで流してきた血を無駄にしないために、心を鬼にして戦ってきたはずなのに、それを全部投げ出して終了、なんて、おかしいもの。
源太はじめ、晴興が指揮して行ってきた改革で死んだ人たちみんな、犬死にですか。
おかしいし、理不尽。
だから、そんな晴興らしくない無責任なことをするくらい、ただもうひたすら、吉宗から逃れたかった、ということなんだろう。
晴興はある意味、三日月藩を贄として差し出したんだ。
吉宗の手を振り切るためには、血を流すしかなかった。吉宗と晴興は深く関わりすぎていて、毛細血管が絡み合っているレベル。癒着してしまった患部を切り離すには、外科手術……血を流すことが必要だった。
だから晴興は、三日月藩を犠牲にした。
晴興が愛し、見守るはずだった故郷を「今後どんな扱いをしてもかまいません」と刑場に引き渡した。
そのことで晴興が傷付き、血を流すことが前提。大切なモノを差し出し、傷付くかわりに、どうか自由を。
もちろん吉宗も、2度目の江戸城の場面にて晴興との不和を自覚しているし、三日月藩平定が賭であることを知っている。
晴興を三日月藩に返すことで、試したかったんだと思う。晴興と自分の絆を。
晴興が再度三日月藩を捨て、自分を選ぶことを望んで……危惧も抱きながら、それでもあえて野に放ったんだと思う。
たぶん、そうして穴を開けねばならないくらい、吉宗と晴興の関係はやばいところにまでいっていたんだろう。荒療治に出なければ、近い将来破綻する……そう思えるほどに。
だからこそ吉宗は、賭に出た。
賭に敗れた吉宗は、晴興の望みを叶える。
すなわち、自分から、解き放つ。
江戸に連れ帰り責を負わせるのではなく、遠く目の届かない場所へ追放した。
死罪でも永蟄居でも、晴興の望みは「吉宗のいないところへ行きたい」なのだから……三日月藩を犠牲にしてまで切望した彼の望みを、叶えてやったんだ。
続く。
泉ライン、吉宗ラインと2本の軸で進んできた晴興@ちぎの物語。
2度目の江戸城の場面では、どちらのラインも消えてしまい、なにを語りたいのか不明のまま、実に気持ち悪く次景へ引き渡される。
この場面に晴興の心情表現はなく、ただ「10年経った。晴興は変わってしまった」という、外側の説明のみがある。
なのに、次の三日月藩場面になると、2本の軸は復活、気持ち悪く歪められた吉宗ラインもなにごともなかった顔で復活している。
でもって、三日月藩の一揆にて、晴興が思い悩んでいることってなんだ?
これがこの物語のクライマックス、起承転結の転。
もっとも大きく物語が、そして主人公の心が変わるこの場面で、主人公が抱え、苦悩し、変わるのは、なんだ?
泉@みゆちゃんとの恋? 源太@だいもんとの友情? 三日月藩の農民たちとのこと?
全部チガウ。
吉宗@エマさんとの、関係だ。
晴興が捨てたのは、泉でも源太でも三日月藩でもない。
だって彼はそんなもんで悩んでなかった。一揆の最中、「これが私の生きる道か」「これがあなたのお生まれになったお立場でございます」と、鈴虫@がおりと話すように、泉のことではなく、自分の宿命について悩んでいる。
そして、一揆平定は藩主としてというより、吉宗の命令ゆえだ。藩主としてだけなら、それこそ農民たちと結託して幕府に楯突く側に回ることだって出来るし、お上の顔色をうかがいつつ自分の藩だけは得をするように立ち回ることだって選択肢としてはあるのだから、「反乱する農民たちを殺す」のが「生まれつきの宿命」じゃない。
「良い殿様とはなにか?」や「三日月藩の幸福」よりも、「吉宗の命令、吉宗の掲げる理想を遂行する」ことを、晴興は重要として生きてきた……それゆえの苦しみだ。
吉宗と共に生きようと思った。
恋を捨て、故郷を捨てても、吉宗の描く理想を追うことをよしとした。
それでいいはずだった。
なのに、それに迷いが生じた。
吉宗との関係に、影が差した。
心が通じ合わないまま、吉宗の命令を受けて三日月藩の一揆平定に出向き、藩の混乱と仲間たちの血を目の前にして、さらに吉宗への疑問が募る。吉宗に付き従う自分自身に、疑問が募る。
その結果、吉宗との決別にたどり着く。
本当なら晴興は、一揆後も三日月藩を守るべきだ。
藩の民衆からは悪者扱いされても、政治の中央である江戸にて、藩を守るべく闘い続けるべきだ。三日月藩の味方であり得る政治家は、晴興ただひとり。その晴興が政治から手を引いたら、もう藩を守る者はいなくなる。
どんなにつらくても、苦しくても、江戸で政治に関わり続けるべきだった。
だが、それは出来なかった。
晴興にとって最重要の関心事は三日月藩でも泉でもなかったから。
吉宗から、離れること。
泉と三日月藩が飢えて死に絶えるかもしれないことより、晴興はまずなにがなんでも、自分が吉宗から逃れたかった。それが最優先だった。
それゆえに、追放を望んだんだ。
晴興の性格からしたら、藩を投げ出して逃げて終わりなんて、おかしいもの。
とりあえず目の前の処刑だけ防ぎました、あとは餓死や、生き長らえてもよりきつい管理が待っていても知りません、なんて。
今まで流してきた血を無駄にしないために、心を鬼にして戦ってきたはずなのに、それを全部投げ出して終了、なんて、おかしいもの。
源太はじめ、晴興が指揮して行ってきた改革で死んだ人たちみんな、犬死にですか。
おかしいし、理不尽。
だから、そんな晴興らしくない無責任なことをするくらい、ただもうひたすら、吉宗から逃れたかった、ということなんだろう。
晴興はある意味、三日月藩を贄として差し出したんだ。
吉宗の手を振り切るためには、血を流すしかなかった。吉宗と晴興は深く関わりすぎていて、毛細血管が絡み合っているレベル。癒着してしまった患部を切り離すには、外科手術……血を流すことが必要だった。
だから晴興は、三日月藩を犠牲にした。
晴興が愛し、見守るはずだった故郷を「今後どんな扱いをしてもかまいません」と刑場に引き渡した。
そのことで晴興が傷付き、血を流すことが前提。大切なモノを差し出し、傷付くかわりに、どうか自由を。
もちろん吉宗も、2度目の江戸城の場面にて晴興との不和を自覚しているし、三日月藩平定が賭であることを知っている。
晴興を三日月藩に返すことで、試したかったんだと思う。晴興と自分の絆を。
晴興が再度三日月藩を捨て、自分を選ぶことを望んで……危惧も抱きながら、それでもあえて野に放ったんだと思う。
たぶん、そうして穴を開けねばならないくらい、吉宗と晴興の関係はやばいところにまでいっていたんだろう。荒療治に出なければ、近い将来破綻する……そう思えるほどに。
だからこそ吉宗は、賭に出た。
賭に敗れた吉宗は、晴興の望みを叶える。
すなわち、自分から、解き放つ。
江戸に連れ帰り責を負わせるのではなく、遠く目の届かない場所へ追放した。
死罪でも永蟄居でも、晴興の望みは「吉宗のいないところへ行きたい」なのだから……三日月藩を犠牲にしてまで切望した彼の望みを、叶えてやったんだ。
続く。